クソゲーの『悪役』令嬢と『デーモンスレイヤー』   作:傘花ぐちちく

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第十話 データを上書き保存します?

 薄ぼんやりと部屋に差し込む朝日が、アズの代わりにペルティアを起こした。

 

「起きたか」

「んんーっ!」

 

 ペルティアが大きくのびをして半身を起こすと、彼は黄金球の得物を肩に担いで立ち上がった。

 

 彼女は大きな空色の瞳(・・・・)を開けて――

 

「少し目を見せてみろ」

「……突然どうしたのよ?」

 

 ペルティアが挨拶を言う間もなく、アズは彼女の頬に両手を添えて真剣そうに瞳を覗き込んだ。

 

 起きて早々騒がしいと、ペルティアは毛布の温もりに後ろ髪を引かれる。

 

 しかし、朝の肌寒さや酷い眠気に老廃物等は彼女の装備が耐性や維持の力で排除しているため、ペルティアの意識はすぐに覚醒した。

 

 頭を回転させたペルティアは、何か重大な事件が発生したのではないかと戦々恐々とした心づもりでアズの声に耳を傾けた。

 

「瞳の色が……いや、気のせいだったようだ」

「充血していたの? やだ……」

「大事無い。鏡を見ればすぐにでも分かる」

 

 ペルティアは鏡の前で入念に顔をチェックしたが、瞳の色はいつもどおり真紅(・・)だ。

 

「心配させるようなことを仰らないで下さいな。昨日の今日だって言うのに」

「すまない」

「さ、行きましょう。バシュタールは明日だから、今日は上級と超越を勧誘するわよ」

 

 バシュタール(冬籠り前の大掃討)には魔物の誘引と殲滅が必要だ。

 

 一日掛けて魔物の数を減らしたのなら、魔物ひしめく奥深くへ踏み込むようなことはせず、魔物が街の方へ自然に寄って来るまでまた一日待つ。

 

 魔物は「恐らく人の居る方を目指している」といった具合に移動しているため、わざわざ刺激しなくとも寄ってくる。それに加え、掃討できていない場所は魔物だらけであり、無闇に命を危険に晒す必要はない。

 

 バシュタールは慣例的には三日掛けて行われるが、状況によっては四日だろうと五日だろうと日にちを伸ばしても問題はない。冒険者の数と厳冬期の到来が許す限りだが。

 

 兎も角、時間的な猶予があるので、二人は意気揚々と冒険者ギルドに繰り出した。

 

 二人が立案した建国という杜撰な未来予想図にも冒険者が必要なことは記されていたので、連れて行く冒険者は多ければ多いほど、優秀であれば優秀であるほど良い。

 

 カオスゲートから冒険者を山程引き抜いても支障はあんまりない。ペルティアたちの作る街が最前線の役目を引き継ぐのだから。

 

 尤も――

 

「あら? 誰もいないわね」

「酒の残り香がいつもより濃い。何か関係がありそうだが……」

 

 ――酒盛りで酔い潰れた冒険者が真面目腐ってギルドに来るはずがない、という可能性を見落としていなければ。

 

「これじゃあ勧誘できないじゃない!」

「では人員集めの為の、求人広告とやらを作っておくといい」ペルティアはアズの口ぶりから全てを察した。

「止めはしないけど、何のために何をしに何処へ行くつもりなの? 場所が場所なら付いていくわ」

「稼ぎのために混沌核(カオス・コア)を集めにダンジョンへ行くつもりだ。明日の朝には帰ってくるが、少し遠方のダンジョンを潰して回る」

「よろしい。それなら私は広告を作るわ。それから街を見て回って、開拓に必要なものを探してみるつもりよ」

 

 今日の予定を決めたところで、ペルティアは声を潜めて彼に訪ねた。

 

「資金、もしかして少ないのかしら?」

「ああ、大部分を寄付していた、溜める必要がなかったからな。だが、お前の建国のためにも、多少なりとも資金が必要だろう」

「私ってば魔性の女ね」

「誑かされている訳ではない。必要を満たしているだけだ」

「そうね、あなたには感謝しているわよ。末永くよろしく頼むわ」

「では解散だ。間違っても怪しいところには近づかないように」

 

 足早に去っていったアズを見送って、ペルティアも腰を上げた。

 

「さて、広告用に少しは洒落た文でも考えようかしら。まずは……紙と筆とインクが要るわね」

「おっ、ペルティアじゃねーか。今日は一人か?」

「あら……“愛の星”じゃない」

 

 横合いから彼女に声をかけたのは、五人組の女性冒険者パーティー“愛の星”のバルライカだ。反魔法の大盾とアダマンタイトの鎧を着込んでおり、休みの時だというのに完全装備だ。

 

「今日は仕事?」

「いや、なんつーか習慣でよ。いつ何が起こるか分かったもんじゃねぇから、いつもこうしてんだ。マリメラも同じだな」

「おいすー! 呼んだか?」

「呼んでねぇよ」

 

 “愛の星”の魔術師マリメラが威勢よくギルドに入ってきた。

 

 エルフにしては世俗に馴染んでいる彼女は御年百十三歳。現代のエルフという種族からしてみればそれなりの年齢で、ヒトで言うところの三十代だ。

 

 ほんの二千年前ならまだまだ子供と呼べる歳だっただろうが、今のエルフは最も長く生きる者でも四百歳程度だ。彼らは滅びの危機に瀕する種族なのだ。

 

 小柄な彼女は二人の居る席につくと、意地悪そうにニヤリと笑った。

 

「冒険者の勧誘は進んだかい、お嬢さん?」

「進めているのよ、おチビさん」

「手厳しいなぁ。手持ち無沙汰みたいだが、何やってるんだ?」

「暇なら一つお使いにでも行ってちょうだい。書くものが要るのよ」

「はぁ、そりゃまたなんでさ」

「広告を考えているのよ」

 

 広告ぅ?と、二人は同時に首を傾げた。

 

 冒険者になって歴の長い彼女たちであるが、こういった物事には疎いようだ。

 

「人を集める紙よ。あらゆる場所に貼りだして、開拓団を結成するの」

「ほーん、そんなもんで集まるのか?」

「どんな手を使ってでも集めるし、集まるのよ」

「大した自信じゃないか」ひゅう、とバルライカが口笛を鳴らした。

「当然よ。私は藍紫で、彼は紫白よ。切り拓けない道は無いわ」

 

 キッパリと清々しいくらいに言い切ったペルティアに、彼女たちはやはり感心した。

 

 二人が知る限り、開拓をやる冒険者など精々が安全な内地(・・)で、人類がおよそ住めないような外縁部(・・・)に赴こうとする者は居ない。端から成功しないような試みに対して、こうも容易く断言できる豪胆さは気持ちが良い。

 

 これがほんの数週間前であれば、実力もなく“針鼠の肉屋”を後ろ盾にしている女の言葉であった。大言壮語であり鼻につく傲慢さが気に入らないと、バルライカとマリメラに一笑に付されただろう。

 

 しかし、今のペルティアは竜殺しを成し得る猛者であり、短期間でのし上がってきた烈女だ。少なくとも、バシュタールでの彼女の立ち振舞い――地味であったが――をつぶさに観察していた“愛の星”たちは、それが養殖と揶揄されるような不味いものでは無いと確信を得ていた。

 

「買い物なら私の使い魔に行かせるよ。筆とインクは貸してやろう、そら行って来い」

 

 マリメラは蛇の使い魔に金の入った袋を括り付けて外へ送り出した。

 

「そういえば、他の三人はどうしたの?」

「ヒンメルは朝の礼拝、キットは装備を探しに市場だな、ヴェローチェは魔法棒の補充だ」

 

 ペルティアがそう、と素っ気なく流せば、「ケェェエー!」という甲高い鳴き声が上の方から聞こえてきた。

 

「飛竜便ね」

「毎度毎度うるさくって、アタシはあんまり好きじゃないよ」

「って、バシュタールの時期に飛竜を飛ばすなんざ相当おかしいぜ。厳冬に怯えて飛ばなくなるような生き物だってのに」

「何か緊急の知らせかしら」

 

 ギルドに三人、妙な緊張感が漂う中、階段を降りてきたギルドの職員が掲示板に一枚の紙を貼った。

 

「――手配書ね」

 

 ペルティアが一瞬だけ言葉に詰まる。

 

「五十万ジェム! かなりの大金じゃねぇか。何やらかしたんだ?」

「えー、名前はアリス。この者はさる高貴なお方たちを連れ去り、六の都市で計百六十八人を殺した重犯罪者である。非常に凶悪であり、強力な魅了の持ち主である。……全く、どんなモノだって暴力は重罪だろうに、よくもまぁこれだけ殺したもんだ、どうやって生きてきたんだ?」

「殴っていいのは妖魔と魔物と犯罪者だけってな。久々のおやつにしちゃ食いでがあるねぇ」

「丸々太り過ぎだぜ、切り分けてフルーツステーキにでもするかい?」

「いつも通りの味が一番さね」

「これだけありゃ頭数で割っても触媒を買い込めるぜ」

「マリメラの触媒ってそこまで高かったか?」

「奥深い趣味だよ、神秘の魔法ってヤツはね」

 

 高額の引換券(賞金首)に二人が沸いた。

 

 ペルティアがそちらに意識を向けていれば、おかしな金の数え方を指摘されただろうが、元貴族の彼女にとっては大した金額ではなかった。

 

 上級や超越にとって、犯罪者というものは早い者勝ちのお小遣いだ。倒せば金がもらえる上に、持ち物は盗品でない限り奪いたい放題(もちろんバレなければの話だが)。行きの道中や帰りの寄り道に人型感知を使って見つける事ができれば、ちょっと嬉しいご褒美が降って湧いてくる。

 

 中級冒険者も実力だけで判断すれば、大抵の犯罪者を一方的にリンチできる。しかし、人殺しやそれに準ずる行為は、同族殺しとして特に重く見られている。実戦経験の浅い者と倫理を打ち壊した者の邂逅は、計り知れない危険を孕んでいる。

 

 一方、超越の実力は手軽で簡単に犯罪者狩りができる程だ。隔絶した力量差は危うさを滅し、超越たちに対して安定した資金源をもたらす。超越達にとって犯罪者狩りのような気軽に(・・・)金を稼げる機会は殆ど無く、一種の息抜きも同然だ。

 

 強者というものは大なり小なりイカれている。既に慣れきっていたペルティアは二人のちょっとした欲望を軽く流した。

 

 だが、アリスという女に関しては軽く流せない過去があった。

 

(私が――ディセンブルグ家が潰されたのは、恐らくエゲレス王国の『計画通り』なのでしょう。ええ、癪に障りますが過去(・・)のこと、後で思いっ切り度肝を抜いて差し上げるとして、許しましょう。ですが! 私の女としての誇りに泥を塗りたくった、こいつだけは、絶対に許さない)

 

 立場というものがある。思想というものがある。性別があって、種族もあり、単純な実力(レベル)の差がある。

 

 様々なものを受け入れ始めたペルティアであったが、アリスに対する屈辱と憎しみだけは決して消えないだろう。

 

 とはいえ、わざわざ見下している相手に時間を割くほどペルティアも暇ではない。アズと同じく直接的な復讐に走るのは、何よりペルティア(・・・・・)にとって欠片も意味を持たない。

 

 全てを捨てたあの丘の下に彼女の過去が眠っている。けれども、掘り起こしてはいけない。蒸し返してはいけない。それを思い返すのは最後なのだから、自分から決着をつけようとしてはならない。

 

 憤怒を抱えていても、憎悪を抱くことはなく、誇りを被せてひた隠す。

 

 なぜなら「ペルティアとは関係ない」から。

 

「んじゃ、街練り回ってくるわ」

「あらそう、上手くいったら首の一つでも持ってきてちょうだい」

「首ってお前……このレベルは晒されるから無理だぜ」

 

 ほぼ不眠不休で戦ったあの地獄の一ヶ月がなければ、ペルティアはいとも容易く感情を発露させただろう。

 

 彼女は平静を装い、余裕を醸し出し、微笑む。尤も、二人にはかなり恐ろしい表情に見えていたが。

 

 ペルティアは強くなった。命綱に繋がれていたとしても、困難を乗り越えたのは紛れもなく彼女自身の力である。その自信と実力が、ペルティアを支える一本の柱となっていた。

 

 強くなって少し高い場所から世界を見渡せるようになった彼女だが、「自分が何をするために産まれ、何をして生きるのか」という己に課した問の答えは出せない。

 

 しかし、遠くの未来に思いを馳せて、輝かしき日々を過ごすであろう己を思い描けば、その隣にはアズが居る。

 

 ペルティアの、答えに最も近いのがそれだ。

 

 師であり、先導者であり、仲間であり――

 

(――間接的な仇であるアズ。私を偉大なる旅路に誘った「にくたらしい」ヒト……でも、不思議と、彼以外と過ごす未来が考えられないのよね)

 

 「アズが両親の死に関わっている」とペルティアが疑念を抱いたのは、奇しくも地獄の一ヶ月で意識が朦朧としていた時だった。戦いの最中、走馬灯のように脳裏をよぎった過去が気づかせたのだ。

 

 疑念が確信に変わったのは、エゲレス王国が不自然な程に彼へ干渉しないと分かったからだ。元々腫れ物に触るような扱いを受けていたアズだが、アリスの手配書にでさえ何も記されていない。

 

 あの夜の婚約破棄(正確にはペルティアの誘拐)が無かったことになっている――ペルティアは当然ながら愕然とした。そんな政治力が彼にあったなんて!

 

 そしてもしも、もしも「彼を恨まないのですか」などという無粋な問を投げ掛ける者が居たのなら、彼女はこう返すだろう。

 

「そうする他無かったからでしょう? 彼、不器用なのよね」と。

 

 アズが何をした者であろうとペルティアの目指す大望は小揺るぎもしない。

 

 彼女は既に過去と決別したのだ。

 

 古傷の痛みに立ち止まるのではなく、愚直に前へ、ひたすらに前へ前へと進む事が最良の選択であり唯一の進路だ。

 

 進むべき道の遙か先を照らす者に追いつくために、ペルティアは止まってはいけない。怒りに流されるなど以ての外だ。

 

 バルライカとマリメラが外に出たタイミングを見計らって、彼女はふぅと小さく息を吐いた。

 

「少し……羽根を伸ばしましょうか」

 

 ペルティアは席を立ち、真紅の外套を翻してギルドの外へ出た。

 

 そのまま東の冒険者ギルドから冒険者道を通って道なりに歩く。

 

 道すがら、彼女は自身に向けられる視線の多さに気付いて歩調を緩めた。堂々たる足取りのまま胸を張り、頭のてっぺんから指先までの所作に女性らしさを滲ませた。

 

 力強く、猫のようにしなやかで蠱惑的な魅力を放つペルティアは常に憧れの中心に位置し、彼女の名前を知らない初級・中級冒険者は居なかった。

 

 そのまま三十分ほど歩いて西の冒険者ギルド向かえば、東のギルドとは比べ物にならない人数の冒険者たちでごった返していた。

 

 その中でも特に存在感を放つペルティアは“恐るべきあの人”の護衛を常に伴っていたが、今日に限ってはいない。

 

 あの“針鼠の肉屋”がいない事を好機とみた冒険者たちが声を掛けようと彼女の視界に飛び込めば、えも言われぬ威圧感に押されて萎縮してしまう。

 

「お、おい見たか今の!?」

「“藍紫”に上がったのか、“真紅の雷光”は!」

「聞いたぜ俺、上級超越とバシュタールに混じってたって!」

(……いいわね、称賛って好きよ。定期的に通おうかしら)

 

 西の冒険者に足を踏み入れたペルティアは人混みの間を縫って、親しくなった受付の者に声を掛けた。

 

「忙しそうね、ニィミーニャ」

「あっ! お久しぶりです、ペルティアさん! 今日は一体どういった要件で……?」

 

 彼女が声をかけたのは受付嬢のニィミーニャ。獣人の猫人(キャットマン)で、外見は人並みの大きさになった二足歩行の猫だ。ニィミーニャは青い瞳と白黒の斑模様が特徴的で、猫人(キャットマン)特有の四本指で羽ペンを器用に扱って書類を作製している。尤も、全裸というわけではなく、ギルド指定の制服に身を包んでいる。

 

「あら、気付いた?」

「えっ、いつの間に“藍紫”になっちゃったんですかにゃ(・・)!?」

 

『神から賜った言葉もマトモに話せないの? 訛りも酷いし聞くに耐えないわ』

 

 ――などと言ってしまえば、今まで築き上げたイメージが台無しだ。ペルティアは苛立ちを完璧に誤魔化し、笑顔で応対した。

 

「ついこの間よ、竜窟でワイアームを狩れるようになったの」

「ええっ! あのワイアームを一人で倒しちゃったんですかにゃ!?」

「(煩いわね……)えぇ、是非祝って欲しいわ」

「おめでとうございます~!」

 

 そう言ってニィミーニャが無邪気にはしゃいでプニプニと拍手をするものだから、ギルド中にペルティアの事情が伝わっていく。

 

 無論、そういった口の軽さと頭の弱さを利用しているのがペルティアで、大抵の噂話の出処はニィミーニャである。

 

 賢いギルド職員にとってはアンタッチャブルな“針鼠の肉屋”の関係者なので、わざわざ彼女を注意したりはしない。ニィミーニャがあの二人の目を引いてくれているのだから。

 

「コラ! ニィミーニャ、また大声で叫んで!」

「にゃっ!」

 

 子供のような怒鳴り声がペルティアの背後から彼女に飛ぶ。それと同時に、鳥の羽ばたきに似た小さな音をペルティアは聞き取った。

 

「ピルシ? いいのよ、そんなに怒らなくても」

「貴女は自分の情報に無関心すぎるのです!」

 

 ピルシと呼ばれた女性は、ヒトの頭ほどの大きさしか無い妖精族だ。彼女もギルドの職員であり、のんきなニィミーニャとよく一緒にいるのが目撃されている。被害担当職員として扱われているニィミーニャと関わっている辺り、彼女の世渡りの下手さがわかる。

 

 ペルティアが中途半端に掲げた手をピルシはパタパタと迂回して、ニィミーニャに説教をし始めた。

 

「(思わず叩き落としそうになったわ……)」

「お漏らしばっかりしてるのですから!」

「にゃにゃ……でも最近は、そういうこともなくなってきたよ?」

「そういうことじゃないのです!」

「いいのよピルシ、いずれ知れ渡ってしまうことだから」

 

 ペルティアは彼女たちと会話に興じる事でいつも通り情報収集をするのだが、今日ばかりは違った。

 

 彼女の後ろで大きく足を踏み鳴らし、鼻息荒く声をかけてきた男がいた。首に“(グリーン)”の認識票を下げて大きなメイスと全身鎧で武装しており、頭頂部の体毛が無いヒトだ。

 

「おい! いつまで話してんだこのアマ!」

「――二人共、今日は忙しいみたいだからそろそろ帰るわ」

「あ、はい! またお話聞かせて下さい!」

 

 心象を悪くするのは彼女の本意ではない。ペルティアは別れを告げて立ち去ろうとするが、彼女が言い返さないことに気を大きくした男が挑発し始めた。

 

「けっ、山程アーティファクト身に着けやがって、ナニでも咥えたのか知らねぇが調子乗ってんじゃねぇぞ!」

 

 悪い予感がする――ダンジョン内ならば、この場にいる冒険者たちの勘は正しかった。

 

 揉め事の予感を感じ取った彼らは二人を中心に一歩二歩と下がり、遠巻きに動向を見守った。

 

(切り捨ててやろうかしら……って駄目よね)

 

 ペルティアは物騒な考えを放棄して、一瞬だけ思案を巡らせた。

 

 皮肉に皮肉で返してオホホと笑うのが貴族のやり方ならば、罵倒に皮肉で返すのは馬鹿のやり方だ。小賢しい真似は好まれない。

 

 では、人類未踏地を切り拓く冒険者の頭が返す言葉は何だ。

 

 許して器を見せるか、脅して強さを強調するか、それとも切り捨てて馬鹿を見るか。

 

「あなた、ここで何年冒険者をやっているのかしら」

「五年も“(グリーン)”やってんだぜそのバカ!」

 

 外野の返答にドッと野次馬が沸いた。

 

 あと一つ階級を上げれば晴れて上級の仲間入り、“青混じり”として堂々と振る舞えるのだ。だというのに男は五年も燻っている。

 

 “緑”の彼は顔を真っ赤にして怒鳴り返す――

 

「嗤うな!」

 

 ――その前にペルティアが黙らせた。

 

 侮辱してきた男を罵倒するでもなく、彼に対する嘲笑を一喝した。

 

 “緑”の男も呆気にとられてしまい、シンと静まり返ったギルド内で、ペルティアは全ての者に語り掛けるように話をし始めた。

 

「アーティファクトが強いから私が強い、至極当然の論理よ。武器と防具は何より強さに直結しているわ。あなたの装備は十分に上級青緑(せいりょく)で通じうる」

 

 だけどね、と言葉を区切る。

 

「足りないのは上を目指す意思よ。留まるのを恥とするなら、下ではなく上を見なさい。己よりも少し強い相手と戦い、腕を磨き、地盤を固めなさい」

 

 真っ当な指摘だが、それができればこんなところで燻っていない。

 

(だが押し通す。この腑抜けの性根を叩き直す……それが一番魅力的なやり方よ)

 

 ペルティアは“存在”を放ち、場の空気を掌握して視線を一点に、“藍紫”に、“真紅の雷光”に、ペルティアという天上人に集めた。

 

 冒険者たちの目がその光景を脳裏に刻み込むように、彼女は力強く言葉を紡ぐ。

 

「槍で腹を貫かれ、死ぬ思いをしたことはある?

 数多の魔物に囲まれて、死線を越えた経験はおあり?

 竜の頭に飛び付いて首を切り落とすのはどうかしら?」

 

 ペルティアは彼らの反応を見て一拍置くと、呼吸を整えて再び演説する。

 

「私はある。全てを経験してここに立っている。

 いくたびも死の危険に遭遇し、時には切り抜け、時には逃げ出し、泥水を(すす)ってでも生き延びたわ。

 生き、生き残り、生を求め、水底から浮上するように私は命を掴んだのよ!

 そうしたら、“強くなった”のではなく“強くなっていた”」

 

 冒険者たちが固唾をのんで見守る。熱の籠もった言葉に彼らは浮かされて場の雰囲気に――ペルティアという一人の人間に呑まれた。

 

「そうして私は立っている。

 あなたが目指したものは何?

 野心を抱き来たならば、死んでも生きて帰りなさい。

 強者に挑み強く、知恵をつけ賢く、野望のため生汚く足掻いてみせなさい!

 私を唸らせ、振り向かせたいのならね」

 

 言葉を切り上げて、ペルティアは静寂の中立ち去る。

 

 冒険者たちが自然と二つに分かれて道を作ると、彼女はその間を悠々と通り抜けようとして、止まった。

 

「私は待っているわ。この場にいる全ての者が、私の背中に追いつくことを」

 

 ペルティアはそれ以上語らず、堂々たる立ち姿のまま場を後にした。

 

 “緑”の男は――否、そこにいた全ての冒険者たちは圧倒され、彼女が過ぎ去った後をぼうっと見つめる。

 

 たびたび、ペルティアは幻影の様に彼らの噂に現れたが、今日この日、白昼夢のように突然現れて激励し、期待を託して立ち去った。

 

 ペルティアは瞬く間に成り上がって“藍紫”に至った夢のような存在だ。夢を見る初級、中級冒険者は尊敬の念を強め、己の欲望を募らせた。

 

 見目麗しい彼女の演説を聞いて奮い立たぬとあれば、それはもう冒険者たる資格がない。

 

 しばらく経っても、ギルドは彼女の話題でもちきりとなり、その熱が冷めることはなかった。

 

 燃え上がる若さと燻った火種にささやかな風をもたらしたペルティアはカオスゲートで名を轟かせ、冒険者たちの間では特に注目された。

 

 恐れられ忌み嫌われる“針鼠の肉屋”とは対称的に。

 

***

 

 次の日はバシュタールの二日目だった。

 

 空は晴天、されど気温は凍える程で。されどヒトの威勢は燃えるようであった。

 

 東の平原で四十数人の冒険者たちが弧状に並び、残りの数人がその後方を守っていた。

 

 普段、冒険者というものは各々好き勝手にパーティーを組んでいるのだが、彼らの連携はそうとは思えないほど正確であった。彼らは魔物が視界に入ると大声で叫び、数と種類と位置を専門用語で伝え合う。

 

「3j(スライム)の5-7-9だ!」「魔法で殺る、近づくなよ!」「1T(トロール)の10! 俺が相手をする!」「F(妖精)大群だ!」「遠距離射掛けろ!」

 

 平原の到る所に、東の防壁に向かって伸びるようにチラホラと黒煙が立ち込めていた。

 

 草原のよく乾いた緑が魔法の炎で延焼したのだ。それはまた別の魔法で鎮火されるが、強い風が草木灰を巻き上げて視界を遮る。

 

 そして今度は魔物が魔法で焼くのだ。炎の音が響き、焼き焦げた緑の臭いが漂う度に怒号が飛び交う。バシュタール二日目は先日とは打って変わって、ある種の混沌とした戦いが絶えず繰り広げられていた。

 

「前進しろッ――!」

 

 女の――ペルティア凛々しい声が木霊する。

 

 冒険者たちは塞がれた視界から抜け出すように、黒煙を突っ切って前へ――東の防壁の方へ歩みを進めた。

 

 見通しが悪ければ、何の魔物がどこから接近してくるか分からない。冒険者の一団は戦っては移動し、戦っては移動し、それを繰り返しながらかれこれ二時間も戦っていた。

 

 戦い、戦い、戦い続けても減る気配のない魔物の数に、辟易としている冒険者たちであった。

 

 それでも彼らが戦い続けていられるのはペルティアの声が戦場に絶えず響き、煙に遮られた向こう側を見通す感知の能力が彼女に備わっていたからだ。

 

 優れたる指揮官とは魔物の位置を広く感知できる者のことであり、存在(レベル)の揺らぎで波立たせた空間に声をのせることで広く指示を出せる者である。彼女には人を統べる天賦の才があった。

 

 更に、ペルティアが常に動き回って遊撃に務めることで魔物の圧力を減らしていることも、継戦能力に大きく関わっている。時に声を張り上げて勇ましく、強大な魔物を瞬く間に蹴散らす様は、上級冒険者の目を釘付けにする程であった。

 

「3D(ドラゴン)の67-93-72よ! 私が突貫する!」

 

 ペルティアは魔物たちの間隙を縫って三頭の永き竜(エルダー・ドラゴン)に駆け寄ると、瞬く間にこれを切り伏せて陣に戻った。

 

「やるねぇ! “壁超え”を豪語するだけあるよ!」

「バルライカ!」

「おぉ、こわいこわい」

 

 “超越”の冒険者には軽口を叩けるだけの余裕が少しだけ残っていたが、他の者には疲労が目に見えて溜まっていた。

 

 カオスゲートでも選りすぐりの冒険者達であるが、こうして平原で魔物を狩り続けるには無理がある。本来ならバシュタールは領軍と共に行うものであり、冒険者だけでやるものではない。

 

 彼らが無理なく間引き続けていられるのは、“針鼠の肉屋”がいるお陰だろう。彼は冒険者たちが居る場所よりもずっと“東の防壁”に近い場所で、絶えず暴力と死の嵐を振り撒いている。

 

 彼は本当に危険な魔物とその進路上の数百体(・・・)を間引いているだけだ。集団と協調して何かを行うことはない。

 

 だが彼に役目があるとすれば――それは彼女の命を受けた時だけだろう。

 

「――アズ、下がるわ。時間を作って」

 

 ペルティアは、とてもじゃないが遠方に届くはずがない声量で告げた。だが、その声は指向性のある揺らぎ(・・・)にのって彼の耳に届いた。

 

 アズが存在を揺らして応えることはなかったが、彼の角灯(ランタン)の青白い光が真昼に輝く星のようにひときわ強く光を放つ。

 

「合図が出たわ、全員退くわよ! 殿(しんがり)は私が務める! ゆっくり後退!」

 

 指でつまめてしまえそうな程遠くにいるアズが、青白い軌跡を描きながら視界の中を右へ左へ飛び回る。神秘の魔法より殲滅能力は低いが、それでも恐るべき勢いで死をばら撒く。

 

 恐るべき速さで駆ける光点は魔物にとっての絶望であり、五十数名の冒険者にとっての生であった。

 

 一団は馬車を停めた場所まで後退すると、皆交代しながら休息をとった。

 

 その間、ペルティアは冒険者たちに声をかけてまわり、戦いぶりを評価したり長所を見出したりと忙しなかった。戦いでの活躍もあわせれば、ペルティアは彼らの心に印象深く刻まれただろう。

 

 それからは、時間の許す限り同じことを繰り返し、帰る頃には四台あった馬車に“ドロップアイテム”が溢れるほど積まれていた。

 

***

 

 二日後の、バシュタール三日目。

 

 空は曇天、肌を刺す冷気が北風とともに押し寄せてくる。

 

 カオスゲートを出立しようとする冒険者の一団は、中級冒険者たちをあわせて百八十名にまで膨れ上がっていた。

 

 中級冒険者には慣れた者もいれば不安げに辺りを見回す者もいる。

 

 中でも目立っていたのが、“祈りを捧げる者達の(プレイヤーズ)教会(クレリック)”と思しき二十四名の集団だ。

 

 彼らを一瞥して、ペルティアとアズは示し合わせたように顔を寄せた。

 

「思っていたよりも邪悪そうじゃないわね。初陣の新兵みたいな感じよ?」

「残念だが手遅れだ。奴ら、意識と魂で()が異なる。別の人格が植え付けられ、操られているように思える」

「なんて悍ましい……! ラートロイファニェットとかいう邪神の仕業なの?」

「いかなる権能を司るのか知らないが、精神や魂への干渉に長けているな。この俺が肉眼で直接見なければ気付けなかった程だ。Ratloypanehtと名乗る神が裏で糸を引いているのは間違いない」

 

 廃教会地下での殺人事件では、Ratloypanehtという存在しない神の影が見えた。そのRatloypanehtを信仰しているのではないかと疑われていた“祈りを捧げる者達の(プレイヤーズ)教会(クレリック)”の者たちは、この場でアズに違和感を見破られたのだ。

 

 つまり、偽神Ratloypanehtと“祈りを捧げる者達の(プレイヤーズ)教会(クレリック)”の繋がりを薄く示唆している。

 

 意識と魂が別人で、一つの肉体に無理なく収まるなど尋常ではない事だ。そんな神がかった仕掛けを施せるのは、文字通り神以外にない。

 

「だが、こうもあからさまであるところを見れば、どうやら■■■は本気で俺に挑むらしい」

「えーっと、『名前の言えないアノ人』ね」

「そうだ。『奴』の力量で俺に勝つことなど不可能だ。恐らく、儀式によって邪神から力を授かる筈だ」

「儀式……まさか、先日殺された二十八人は生贄に!?」

 

 アズは一瞬だけ言葉を詰まらせた。己は――内なる声は、全く意味のない儀式で彼らが死んだと、アズに理解させたのだ。

 

「……地上を去った神々に強く働きかけるには、何かしらの代償が必要だ。太古ならともかく、神から力を授かる時と神を降臨させる時には代償が必要なのだ」アズは確かめるように述べた。

「上等な葡萄酒を用意したり、祭事を執り行って信仰を捧げたりする事がその縮小版だもの。よく知っているわ」

「……ペルティア。あの二十八人は、無意味に殺されたのだ。彼奴らの儀式には邪神に働きかける要素など欠片も含まれていない」

「なんですって! それなら……『奴』は、何の準備も無くあなたに挑むつもりなの?」

 

 話の途中、二人の間に遠慮気味なバルライカが割って入り、準備が整ったことを告げた。

 

 ペルティアが声を張って出発の合図を出すと、前回よりもゆっくりとした動きで隊列が動き始めた。

 

 アズとペルティアは彼らの先を進みながら、話を戻した。

 

「人類が神々から力を得るには代償が必要だ。しかし、例外はある」

「大昔はそうじゃなかったのでしょう?」

「厳密に言うならば、神が地上に在った時だ。遥か彼方の異種族や悪魔(デーモン)どもの神は力を失った事がなく、現世で力を振るうことができる」

「……つまり、『奴』と関わっている邪神は――」

 

「――いつカオスゲートに顕現してもおかしくない」

 

 

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