クソゲーの『悪役』令嬢と『デーモンスレイヤー』   作:傘花ぐちちく

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エピローグ 「あ、もしくはA」

 黒炎は絶え、魔物は沈み、カオスゲートには朝が訪れた。

 

 街はもう南半分しか残ってないが、多くが生き残った。

 

 人々は立ち上がる。

 

 約千六百年前、人類は西の半島を奪われたが、今では失う前と同程度に広がり、繁栄を謳歌している。

 

 カオスゲートも同じだ。

 

 あの戦い――“邪神遠征”から一週間が経った。

 

 街は邪神に(・・・)焼き払われる前と同じ様に壁に囲われた。砂漠になった場所には、権利書から召喚された城や家屋が建っている。 

 

 人類の生存領域に飛来する“厳冬龍”は全て狩られ、以後“厳冬”に怯える必要はなくなった。

 

 そんな中、“邪神遠征”で活躍した英雄ペルティアは、冒険者ギルドでの雑事を済ませていた。今後の復興、東の壁以東への遠征計画立案とそれに付随する市長との協議、冒険者に支払う報酬の吟味、住民の食糧問題などなど……についての会議だ。

 

 一介の冒険者に任せる範疇を越えていたが、そもそも冒険者ギルドは開拓者達が立ち上げた組織が変化したものだ。これからの役に立つ、あるいは猫の手も借りたい、そういった思惑もあって駆り出されたのだ。

 

(……ケイオーラゲオス市長には元貴族だとバレていますし、これで貸し借りを無しに出来たのは良かったわ)

 

 さりとて、何度目かの徹夜であり、ペルティアにも太陽が黄色く見える程の激務であった。

 

 彼女がギルドから出てくると、キットが駆け寄って来た。

 

「お疲れさん、もう終わりだネ?」

「そうね……これからは開拓に力を注げるわ」

「本格的に動くのは?」

「一年後よ、詳細は追って話すけど……アズを知らない?」

「ああそうそう、それで来たんだヨ。東門で待ってるってさ」

 

 ペルティアはキットに別れを告げて、東門まで足を伸ばす。

 

 Nyarlathotepを倒して以後、あまりの仕事量に忙殺されていたのはどちらも同じであり、まともに顔を合わせるのは一週間ぶりだ。

 

 人々はペルティアの事を口々に英雄などと言うが、彼女自身にはそんな自覚はなかった。

 

 “勝った”と言うよりも“助かった”という印象が強い。気付いた時にはアズが還っており、邪神が撃退されていたからだ。

 

 ペルティアが複雑な心のままで東門に赴く。

 

 迷宮壁とレンガと石で作られた門の、大扉はピッタリと閉ざされており、アーチの上にアズが立っていた。

 

 兵士はペルティアを見て詰め所に引き返していく。

 

(……何この……何? 誰が気遣ってるの? 何か気持ち悪いわね)

 

 彼女は得体のしれない心地を味わいながらも、跳躍して彼の隣へ立つ。

 

「来たか」

「アズ……待った?」

「そうだな。しばらく待っていた」

「こういう時は「待って無い」って言うものよ」

 

 ペルティアは門の外に脚を放り投げて、迷宮壁の上に腰を下ろす。

 

 それに倣って彼も座った。

 

 冷たい風が吹き付けるが、真上に登った太陽をうけて陽気が来る。それでもまだ冬なので、都市外の草は縮こまっている。

 

 ようやく会えたというのに二人して黙りこくったままだったが、それでもペルティアには居心地が良かった。

 

 ただ、話したいことが山程あったので、彼女が口火を切る。

 

「……あなたに言いたい事が山程あったんだけど、忘れたわ」

「思い出すまで、側に居るぞ」

「…………やっぱりヘンね。前より表情豊かになってるわよ」

「表情? 見えるのか」

「分かるものよ、こういうのはね」

 

 ペルティアは微笑みながらアズの顔を見た。兜に閉ざされて見えはしないが、今どのような顔をしているか彼女にはお見通しだ。

 

「ん? ……あーーっ!」

「どうした」

「今思い出したら腹が立ってきたわ!」

「何に対してだ」

「あなたよ! 兜を取りなさい! 嫌なんて言わせないわよ、一方的に私を捨てようとしたんだからね!」

 

 アズは腕を持ち上げて、一瞬だけ逡巡した。

 

「見ても面白いものではないぞ、俺を産んだ母親は絶句しながら死んだ。邪神の選別と配合によって作られたのが俺だ……本当に、見ると――」

「うだうだ言うんじゃない! 今更私が顔で男を選ぶと思っているの!?」

「……そういう女だったな、お前は」

 

 アズは鼻で笑い、呆れた声色で言う。

 

「はぁぁあぁああ!? あのねぇ、私はいま怒ってるのよ! こういう時は黙って慰めるのが紳士の役目だと思わ、ない…………の?」

 

 彼が兜を脱ぐと、ペルティアはぽかんと口を開けて絶句した。

 

 あまりの衝撃に何も言えないのだ。

 

 アズは彼女の様子を察して気遣う。

 

「見るに耐えない顔だろう。自分で見たこともないが、奴の事だ」

「えぇ、まぁ、どんな化け物顔が出てくるのかと思っていたけれど……」

「脱がない方が良かっただろう」

「……私は好きよ。それなりにね」

 

 ペルティアはかなり言葉を選んだ。

 

 あの邪神が交配しただけあって、彼のそれは神がかったものだ。

 

「見ても平気なのか?」

「えーーーーー、えー……。私以外には見せたら駄目、絶対に駄目よ。見せるのは私と二人きりの時だけにしなさい」

 

 大分考えを巡らせてから、ペルティアは判断した。

 

「やはり悍ましいか」

「私はそうは思わないけれど、絶対に他人に見せては駄目よ。絶対に!」

「ああ、そうしよう」

 

 再び兜を被ろうとする彼の手を、ペルティアは素早く掴んだ。

 

「待って、最後に一発、あなたには罰を受けてもらうわ!」

「罰か。好きにするといい」

「言ったわね? それなら……目、目を閉じなさい」

 

 アズは目を閉じた

 

 ペルティアはまず深呼吸をした。それから拳を握って開いて、グッと力を込めると、勢いよく彼の顔に手を伸ばす。

 

 柔らかい感触がお互いの唇に伝わる。

 

 たっぷりと触れ合って、ペルティアは吐息を漏らした。

 

「まだ、目を開けたら、駄目よ」

「そうか」

 

 彼はペルティアに顔を寄せて、唇を重ねた。

 

「愛している」

 

 太陽は二人を照らす。

 

 影は東に伸び、夕日が空をオレンジに染めた。

 

 

 

 また、夜が来る。

 

 これから幾度となく破滅と絶望がやって来る。

 

 “世界の穴”の“混沌”に異世界の邪神、幽星界の悪魔ども……ちっぽけな人類を嘲笑うほど大きな存在が未来に立ち塞がるだろう。

 

 だが、朝は必ず訪れる。

 

 無限の闇を二人は乗り越え、進んでいく筈だ。

 

 共に在る限り、自由と未来は続く。

 

 もう、彼らが役を演じる必要は無いのだから……。

 

 

 

 




クソゲーの『悪役』令嬢とデーモンスレイヤー・完













あとがきは活動報告にて。

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