クソゲーの『悪役』令嬢と『デーモンスレイヤー』   作:傘花ぐちちく

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第二話 おめーの家ねぇから!

 《門》を抜けると、私は薄暗い森の中にいることに気づいた。

 

 ”針鼠の肉屋”は丁寧に私を下ろすと、冒険者が身につける小汚いローブと革の防具、運動用の靴と下着を差し出してきた。

 

 彼の頭は私よりも二回りほど高い位置にあったので、背中を目一杯反らして見下すように睨み付けた。

 

「身に着けろ、この先ドレスでは身が持つまい」

「下民の真似をする覚えはありませんわ。疾く私を学園へ返しなさい」

 

 力及ばず粗暴な冒険者に誘拐されたが、心まで屈するつもりはない。

 

 結婚前の肌を下卑な視線に晒すつもりもないし、モノを差し出してくれば噛み切ってやる心積もりだ。

 

(それに、私の位置を教える魔法のアイテムを持って来ているわ。捜索隊が直に辿り着いて、この者を八つ裂きに――)

 

 脳裏に浮かんだ立食会での惨劇。

 

 おぞましい評判の数々。

 

 打ち立てられた英雄的な偉業。

 

 果たして、”針鼠の肉屋”に勝てる者が領内に居るのか?

 

 実力者を集えば時間が掛かり、私の純潔は……。

 

『追う者は居ない、ここはダンジョンだ』

「誰!」

 

 背後から別の男の声がした。

 

 落ち着いているが老獪な雰囲気を醸し出す、低い男の声だ。

 

「“ローグライク”よ、ペイルティシア嬢は誘拐できた。約定に従い務めを果たそう」

『務めを果たせ、“針鼠の肉屋”。それと、追跡の護符は破壊した。ここでは厄介なギミックが発動する』

 

 “ローグライク”と呼ばれた男は暗褐色のローブに身を包み、フードを深く被っているので顔はおろか種族すら判別がつかない。彼の裾からは30センチ程の杖が顔をのぞかせており、恐らく魔術師だと推測できる。

 

 ……それにしても、追跡の護符を破壊した?

 

 あれは領内一の付与術師(エンチャンター)に作らせたもの、木っ端な魔術師の戯言に惑わされてはいけないわ。

 

「……鼠が二匹、身代金が欲しいのかしら? それよりも命を大事にするべきですわ」

『……ふむ、お前の目利きにしては見る目がないな』

「心の気高さを見よ。折れず、曲がらず、突き通す芯こそ彼女の美しさだろう」

「私を無視しないで下さる!?」

 

 折角、今解放するのなら許すことも考えると言っているのに!

 

「見よ、“ローグライク”。震えるこの身のなんと気丈なことか」

「……ぇ」

 

 その瞬間、体の奥から寒気と恐怖が迫り上がってくる――!

 

「あ、あ、あぁ……」

 

 本心を指摘された、見透かされた、貴族たるこの私が?

 

 “針鼠の肉屋”の兜の奥の赤い目が、ギョロリと私を、見て、大きく――――怖い、怖い怖い怖いこわいこわい!

 

『更に怯えたようだ。収拾をつけるか?』

「……頼む」

『《獅子の心(ライオンズ・ハート)》』

 

 “ローグライク”と呼ばれた魔術師が腕を一振りすると、先程の恐怖が嘘のように消え去った。

 

 《獅子の心(ライオンズ・ハート)》はよく使われる魔法で、父上に盗賊の討伐に連れられた時に見たことがある。

 

 効果は目の前の冒険者共に対する敵意が沸々と湧き上がってくる程で、敵に塩を送られた形になってしまうが寧ろ良かった。

 

 貴族とは、切った張ったではなく弁舌と権威、権力と金と兵力が物を言うものだ。

 

 優雅に、そして巧みな舌技で乗り越えてみせる!

 

『さて、面倒事の前に理解(わか)らせるとしよう。』

「何をする気だ?」

『自己紹介、そして此度の冒険の話を』

「“針鼠の肉屋”だ。“紫白(しはく)”、“血塗れの”、好きに呼ぶといい」

「……本物なのね」

 

 怯え、竦み、頭に血が上って冷静でなかったわ。小動物のように怯えるなど私らしくもない。

 

 だけど、目の前に立つ“針鼠の肉屋”が恐ろしい人物であるのも確か。

 

 気をしっかり保って、粘り強く交渉するのよ、私!

 

『俺は”大魔導師”、”総ての魔を知る者”、空白(ロストホワイト)級にして頂点に立つ唯一(ゆいいつ)(いち)、”白紙の地図を埋める者”である。そう、ローグライク(ならず者のように)、だ』

 

 ”ローグライク”、その男はさも当然のように名乗りを上げると、ローブの隙間の暗黒からこちらを一瞥した、ような気がする。

 

 まぁ、ハッタリでしょう。

 

 空白(ロストホワイト)級は、それこそ伝説に詠われる勇者が持つ称号。

 

 実質最上位である紫白(しはく)級の上に存在するものの、形骸化した階級で冒険者がそれを名乗るなど不可能。

 

 つまり嘘よ。

 

「…………こちらは胡散臭いのね。”紫白(しはく)” の冒険者よ、裏切られぬ内にこちらに味方しなさいな」

「強かな女だ。しかし不可能。《門》のスクロールに脱出の準備、そして知恵。恩義を返さなくては取り立てられてしまう」

『“針鼠の肉屋”よ、一つ教えておこう。我儘は取捨選択するものだ。故に出発するぞ』

「……同意する。守れぬほど腕は錆びていない」

 

 そういって二人は示し合わせたかのように歩き始めた。

 

「え、あ、あの! どこへ行きますの!?」

『冒険だ。未知のダンジョン――ダンジョンの中に出来たダンジョンを攻略する』

「ペイルティシア嬢よ、貴女は既に俺のモノであるが、命惜しくば付いて来い」

 

 そういえば、この森は夜だというのに夜目が利くように物が見える。

 

 聖なる泉がある我が家の私有林よりも、マナが濃く見える。

 

 怪しい魔術師の言葉を鵜呑みにする訳ではありませんが、私とて貴族の中の貴族。身の回りの環境を見抜けないわけないわ。

 

 どうやら、本当にダンジョンに連れてこられたみたいね。

 

 ――ダンジョン、混沌から産まれ出た宝と魔物の巣窟だ。

 

 二人の冒険者が木々の奥に隠された台座に手を置くと、地面がゴゴゴと振動し、地下へと通じる隠し階段が現れた。

 

 二人を見送るべきか、付いていくべきか。

 

 彼らは脅すような言葉を残していったが、私は貴族教育を受けた者。

 

 多少は魔法の心得がある。

 

 地面の揺れ動く音で近くの怪物が目覚め、襲ってきたとしても撃退できるわ。

 

 低級ダンジョンなら一人で帰還する程度は余裕よ。

 

『動こうとしないが?』

「彼女ではこの付近に涌く(・・)魔物を倒せまい。耐性は皆無な上、経験も魔法の腕も足りん」

『見捨てるのか』

「否、頃合いを見て助ける。しばし待たれよ」

『良い。誘拐という冒険の、ささやかな報酬であるが故に』

 

 腐っても冒険者、上位ダンジョンに出てくるような化物に来られては、私も敵わないわ。

 

 いえいえ、ハッタリという可能性も――

 

「ッ!」

 

 ――この階層でとんでもないことが起きている!

 

 私の直感が体全身に悪寒を伝える。

 

 ここに、一人で居てはいけない。

 

「つ、つつついていくからた、助けなさい!」

「言質はとった。俺と共に歩む限りその身を救おう」

 

 噂以上の、化物だ。

 

 悍ましい程の力を感じてなお平然としている。

 

 どうやら、単純に逃げ出すようでは意味がないわ。

 

『では、深淵へ足を踏み入れるとしよう。“針鼠の肉屋”は10フィート(約3メートル)棒を持て。小娘はその後ろに隠れよ』

 

 待ちきれないと言わんばかりの喜色の込もった声で、“ローグライク”は私をダンジョンへと誘う。

 

 ああ、お父様、お母様、そしてお兄様。

 

 私、ペイルティシア・マルトイ・ディセンブルグは必ずや無事に帰還してみせます。

 

 どうかその日まで健やかに、誇り高く。

 

ハック&スラッシュ(奪って倒す)の時間だ』

 

 “針鼠の肉屋”の先導に従って、私は階段を降りていった。

 

***

 

 ダンジョン攻略は順調であった。

 

 ペイルティシアの反抗的な態度が嘘のようになくなり、”針鼠の肉屋”が用意した装備にもアッサリと着替えた。

 

 ただ、時折うわ言のように「嘘よ……本当に空白(ロストホワイト)級が……“紫白”もこんな……化物……」と、なにやら難しいことを思案している。

 

 そんなこんなでダンジョンの中に潜むダンジョンの最下層へ、あっという間に到着した。

 

 ペイルティシアのような素人から見ても、自称“空白(ロストホワイト)級”の”ローグライク”から見ても、“針鼠の肉屋”の持つ戦闘能力は優れていた。

 

 ダンジョン最下層の主をものの数秒で蹴散らして――ペイルティシアは何が起きたかすら理解できなかった――三人の一日目が終わろうとしていた。

 

『ギミックは厄介であった。(いささ)か消化不良だが、次の目的地は決まっている』

「ずば抜けたアーティファクトも無ければ、小粒の敵ばかり。まだ何かあると疑いたくなる」

『であるが、小娘には十分な刺激だったようだ』

「……あなた方、一体何者ですの?」

『“ローグライク”』

「“針鼠の肉屋”だ」

「はぁ……」

 

 ペイルティシアは”言葉足らずクソ野郎共”から望む回答を得られず、焚き火の中に小石を投げ込んだ。

 

 ダンジョンを歩き回っている間、彼らは口数少なく最低限度の言葉しか発さない。

 

「もう少し話しても損はしないでしょう? 出自や嗜好を知りたいの」

 

 ペイルティシアは逃げられないことを理解し、相手を油断させる方向に意識をシフトした。

 

 貴族としてのプライドは徹底的に冒険者達を拒み、権謀術数にて解決を図ろうとする。

 

 人が三人いれば派閥ができる。

 

 強者同士であれば尚更だと彼女は知っていたし、実物も見ている。

 

 例えば、アリスの取り巻きであるキルシュナは武闘派で、同じ取り巻きのドルトルヴァン家の長男は文官。

 

 彼らはアリスの前だと仲良しのフリをするがその実犬猿の仲。親も含めて相手の足を引っ張るべく虎視眈々と機会を伺っている。

 

蛆に集る蝿同士(・・・・・・・)ですら手を取り合えない。であれば、化物同士をぶつけ合えば――)

 

「ふむ、話か。……いいだろう、経緯を語ろう」

『貴様の冒険譚か、興味がある』

「まぁ、楽しみですわ」

 

 にっこり、と自然な作り笑いを浮かべるペイルティシア。

 

(冒険者の冒険話なんて、所詮は嘘臭い自慢話にきまっているわ。泥酔者の戯言のようなものよ。適当におだててやるわ。そうすれば豚だって木に登るもの)

 

 “針鼠の肉屋”は兜の下で彼女に視線を向け、抑揚のない声で淡々と話し始めた。

 

「俺が10歳の頃。月明かりの夜、村が盗賊に襲われた。一人残らず血祭りにあげられた」

「…………。それは、気の毒でしたわね」

「俺は腹を剣で切り裂かれたが、覆い被さるようにして兄が庇った。それ以上の責め苦を受けなかった。熱い血潮と冷たくなる兄の下で、村を滅ぼした盗賊の顔を一人残らず覚えた」

「……………………」

「俺は再生能力者(リジェネレーター)だった。トロールの先祖返りで、肉体は頑丈だ。そのせいで生き残った」

 

 ペイルティシアは口をポカンと開けたまま絶句する。

 

 反応に困る重たい話をされて気が遠くなるが、そんなことでは侯爵令嬢の名が泣くと一層耳を傾けた。

 

「焼け跡に残る僅かな金銭、鉄の道具、木の杭を持ち、俺は村を発った。復讐だ、復讐以外に生きる道はない。身を削りながら道を歩き、俺は第一の都市を目指した」

 

 “針鼠の肉屋”の語りに、段々と熱が入る。

 

 ペイルティシアの視線は揺れ動く炎の中に向けられ、話に聞き入り始めた。

 

「都市の壁に空いた穴から中へ侵入した俺は、スラムで日々を過ごした。小銭を集め、僅かな金で取り回しの容易い棍棒を買い、外へ出ては殺した某かの血肉を啜って生きた。死に掛けた事はあったが、危険は最低限に抑えた」

 

 バチリ、と焚き火が音を立てる。

 

「11の頃には冒険者の最下級、黒級になっていた。勝てる相手に勝ち、物資を入念に整え、金を総て戦いに注ぎ込んだ。14になる前には黄色(イエロー)級へ、その二ヶ月後には黄緑(ライム)級、そこまで昇れば情報も集まり――ついに一人見つけた」

 

 憎い奴らだ、と小枝を焚き火に放り込む。

 

「そいつは別の盗賊団に移ったが、殺すことに変わりない。泳がせ、村を襲った直後に奇襲し、捕まえた。拷問の後、殺した。……俺の村を襲った者どもは何人かくたばっていたが、頭領共は第二の都市アッテムトで市長と癒着していた。協力者も許さん。俺は、そうだ、市長と頭領を殺した。殺したはずだ」

 

 空間が僅かに歪み、空気が悲鳴を上げ、炎がたなびき、大地が小さく揺れた。

 

「復讐は終わる筈だった――あの忌々しいデーモン共さえ居なければ。奴は、奴らは《支配》の呪文で駒遊び(・・・)をしていた。全てが手のひらの上だった」

「っ……!」

「根絶やす……デーモン共の血を、肉を、精神(アストラル)を。精神の血族の、その一切を滅ぼし尽くす。誓い、血によって贖わせた」

 

 “針鼠の肉屋”から漏れ出た殺意が地を割り、狂気の一端が空気を汚染していく。

 

 ペイルティシアは酸素を求めて口を小さく開き、浅く早い呼吸を繰り返す。

 

 初めて垣間見えた彼の感情を真正面から受け、零れ落ちる体温と流れ出る脂汗が抑えられなかった。

 

 ペイルティシアにとって初めて、眼の前の男が得体の知れない悍ましい生き物に思えた。

 

「最初に殺した上級デーモンなどは、一番の傑作だった……今でも鮮明に思い出せる。市長の皮を破って現れた奴は酸への耐性が甘く、不利と見るや《支配》した都市中の人間をかき集めて肉盾にした。未熟な俺は数多の攻撃に晒され、血に塗れ進み肉を掻き分けて、痛みを憎悪に焚べ全て殺した。殺した、忘れられない……忘れるものか、憎悪だけがあった……!」

「いやぁぁああああ!」

 

 嵐の如き黒い感情がペイルティシアに押し寄せると、彼女は頭を振ってうずくまるように耳を抑えた。

 

「……許せ」

「――はーっ、はっ、はーっ、はーっ」

 

 殺気が抑えられると、彼女は涙目で必死に酸素を求めた。

 

『《獅子の心(ライオンズ・ハート)》……となれば、《支配》を司る始祖のデーモン第14席次“死に至る螺旋”は“針鼠の肉屋”が仕留めたのか』

「少し手こずった」

『是非聞かせてほしい』

「いつかな。兎角、奴の系譜は根絶やしにした……俺の復讐は終わっている」

「あ、あな、あなたねぇ! それならなんで誘拐したのよ! 大人しく余生を過ごしなさいな!」

 

 ”ローグライク”の《獅子の心(ライオンズ・ハート)》で立ち直ったペイルティシアが、呼吸を整えながら激怒する。

 

 誘拐されなければ今頃――と夢想しているのだ。

 

 どちらにしろ貴族社会には戻れないが、それは彼女の知る由もない。

 

「理由か……俺は都市の人間を殺し尽くした。そして上級悪魔(デーモン)の《支配》から都市を開放した。ディセンブルグ家の都市を、俺が守った」

「焼け落ち辛うじて残ったアッテムトを守った、その礼を述べたことがありましたわね。(はらわた)は煮えくり返りまくっていましたが」

 

 上級デーモンはそれ一体だけで領地が傾くレベルの脅威だ。マンパワーの低下と都市機能の停止という対価だけ(・・)で、《支配》された人間が影響力を増すのを防げたのだ。

 

 もしも放置したのなら、気付かぬ内に二つ三つと都市がデーモンの勢力の手に落ち、人が一〇倍以上は死んだだろう。

 

 ペイルティシアは彼を表彰する場に出席したことを思い出した。

 

 陰で父とその部下が悍ましい被害の全容を語り、表では3人も助けたと過剰に褒めそやしていたのを聞いた。

 

「ペイルティシア嬢、君は黄金であった。八歳の君は端倪(たんげい)すべからざる精神力を持ち、何故殺したと恨み言を言った。惚れ惚れとする啖呵だった。思えば、惹かれていたのだろうか」

「~~~~っ!」

「しばらく後、亡き故郷での記憶をふと思い出し、君を思い出して誘拐した」

 

 声にならない抗議の声を上げ、ペイルティシアは立ち上がる。

 

「い、いつか殺す! バカ!」

「疲れているのか、夜更かしする前に寝るといい」

「ベッドを用意しなさい! 誘拐したのだからそれぐらいはしなさいよね!」

「ふむ、いいだろう。睡眠時間を短縮する寝袋が有る、快適さは保証しよう」

「えっ」

 

 

 

 ペイルティシアが寝静まった後、二人は焚き火の周りで静かに囁く。

 

『……真実は語らぬか』

「言うべきでないだろう。貴族は粛清される者と飼われる者に別れる。彼女の家は、もう」

 

 

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