クソゲーの『悪役』令嬢と『デーモンスレイヤー』   作:傘花ぐちちく

3 / 14
第三話 この世界が乙女ゲー版うんこゲーム・オブ・ザ・イヤー(通称FGOY)2010年ノミネート作品だと私だけが知っている

 十日が経過した。

 

 ダンジョン攻略後は“ローグライク”に連れられて別のダンジョンに《テレポート》し、一度も外へ出ることなく第四十九階層まで探索し終えた。

 

 最初の日、ペイルティシア嬢は「まぁこの程度余裕ですわ」と守られながら歩いていたが、日が経つにつれて疲労し、髪や肌の手入れ、特にトイレに関して長々と文句を吐き出していた。

 

 だが、今やその面影もなく、無言のまま歩き続けている。

 

 彼女は足の裏に出来たタコを隠して堂々と歩き、筋肉痛で顔が歪まないように表情を整え、ふらついた時には「ダンスの練習です!」などと言って無理にでも弱みを隠した。

 

 安全地帯に着けば、「テントを張りなさい! この愚図!」と、強気の言葉で準備させ、聞いてもいないのに「私は貴族なのですから一番最初に休むのが当然です」と自己保身に走る。

 

「この諦めの悪さ、素晴らしいとは思わないか」

『……素人がこの探索速度に付いてこられた事実には、同意しよう』

「……はっ。ちょっと、夕食はまだなのかしら?」

 

 コクッと一瞬だけ船を漕いだペイルティシアが食事の催促をする。

 

 “針鼠の肉屋”は焚き火で炙った*美味しい肉*を串に刺して手渡す。

 

「んっ、まぁ中々、ふむ、冒険者にしては、はむ、良いものを出すわね」

 

 彼女は肉を小さく齧り、上品に食事する。

 

 泥に塗れても貴族、腐っても鯛だ。

 

 対する二人の冒険者だが、“針鼠の肉屋”は様々な穀物と小麦を混ぜて圧縮して油で揚げたものに砂糖をまぶした固形物を食している。“ローグライク”は、口元が見えず、何を食べているのか不明だ。

 

 食事が終われば、彼女は寝物語をねだる子供のように――演技であることはバレている――二人について聞きたがっていたのだが、今日は違うことを述べた。

 

「それで、街には行くのかしら? 私持病の“街に行って五日以上療養した後旅芸人の話を聞いて名物を味わった後のんびりと三ヶ月別荘で過ごさないと死ぬ”病が発症しそうですの」

 

 ダンジョン探索の途中、“針鼠の肉屋”は頻繁に脇道に入っていた。

 

 聞けば魔物が出たらしく、ペイルティシアを守るために遠くで倒したとか。自分の命がそれなりに“重い”ものだと理解した彼女は、自分自身の命を交渉材料に彼を脅す事にした。

 

 死ぬ気は毛頭ないが、この程度の二枚舌はお手の物だ。難癖をつけるのも忘れない。

 

「……死なれるのは困る」

「そう、私もですわ。いい加減野蛮人のような生活を続けるようでは、名誉の自死を選ぶ必要がありますもの」

「お前は俺のものだ。生きろ」

「まぁ、怪物に身を投げて、あまつさえ八つ裂きにされてしまったらどうしましょう?」

「魂を捕まえて劣化を防止した後、肉体を再構成する」

「そうですよね、困りますよね? 分かったのなら私を早く街に――――え?」

「肉体の死は生命の一つの状態でしかない。精神(アストラル体)の教育は受けていないようだな。《蘇生》程度ならできるが」

 

 要求を通すための策は、並大抵の相手なら成功しただろう。

 

 ちょっと死ぬ程度なら問題無い、という相手でなければ。

 

「……………………」

「そして、予定の変更は無い。“ローグライク”の探索の都合による」

『私はお前のように筋力があるわけではないのでな、ザックか地図が埋まれば帰還する』

「そうか。魔法のポーチは重量を9割も減らすが、埋まるのか」

 

 見るに見かねた“ローグライク”が、この程度の釣果はいいだろうと救いの手を差し伸べる。

 

『必要なものは必要なだけあれば良い。《座標》を残し、探索を切り上げて帰還するとしよう』

「まぁ! どこの都市へ行くのかしら?」

 

 帰還する、という”ローグライク”の言葉にペイルティシアが食いついた。

 

『帝都だ』

「て、帝都? あの帝都パルスなの?」

『そうだ』

「ひょっとしてそれは冗談で言っているの?」

『くどい。帝都だ』

「敵国の貴族をその首都に送り込む愚行がありますか!」

『であれば、勝手にどこへでも行くがいい』

「”紫白”の冒険者! あなたはいつまでこの魔術師に付き合うつもりなの?」

「このダンジョンの攻略までだ」

『あと何層降りるか分からんぞ。体力の持つ内に寝ることを推奨する』

「……ふわぁあ。淑女を夜遅くまで話に誘うなんて無礼、次は許しませんわ」

 

 ペイルティシアはわざとらしく小さな欠伸をしてから、テントに潜り込んだ。

 

 頭に血が上っていたが、今の彼女は生き汚い。

 

 それにしてももう少しうまくやる方法があるだろうが。

 

「後1層で最下層だが、言わないのか?」

『……お前が種明かしをするとばかり思っていたが』

「依頼人が言わない事だ、黙るのが賢明だろう」

『ふむ……最下層には《エクスカリバー》というアーティファクトがある、と言われている』

「……そうなのか。それを取りに行くつもりか?」

『違う。《エクスカリバー》を引き抜けば、滅びが放たれるという伝説がある。何もなければそれで良し、滅びがあれば滅ぼす。そういう冒険だ』

 

 クックック、と”ローグライク”は噛み殺したような笑いを漏らした。

 

 

 

 次の日。

 

『この部屋で最後だ』

 

 最下層の大きな扉の前で”ローグライク”が杖で地面をカツンと叩いた。

 

「俺の感知では、(ドラゴン)がこの先に居る」

『だろうな』

「ど、ドラゴン!?」

「足手まといはどうする」

「ちょっと!」

『我が背に』

「聞いているの!?」

「では俺がひと当たりしよう。彼女に目隠しと遮音をしてくれると助かる」

「私を無視するなど――」

『《盲目(ブラインドネス)》《静寂(サイレンス)》《耳栓(デフネス)》』

「――――? ――――!!」

「助かる」

 

 “針鼠の肉屋”が軽く頭を下げ、鎧の背部だけを外す。すると、肉体が変容を始めた。

 

『凄まじいな』

「扉を開けたら接近する。巻き込むなよ」

『ふむ。では、生き残るとしよう』

 

***

 

 状態異常の魔法が解除され、黒い竜の死骸を見て、ペイルティシアは理解した。

 

「……先程の無礼は許しましょう。我が身を守る働き、大儀であったわ」

 

 黒竜の首を刎ね飛ばした“針鼠の肉屋”は何時も通りの格好で、竜の血を空き瓶に詰めていた。

 

「……あなた、何をやってますの?」

「血の採取だ。そのまま飲めば炎、冷気、雷、暗黒、混沌への耐性を一時的に得ることができ、加工しても良い品ができる」

「……ドラゴン、これ、持ち帰れません?」

 

 ペイルティシアの目が金に眩んだ。

 

 ドラゴンはそれ一頭が宝の山である。

 

 血、爪、瞳、鱗、脳みそ、皮膚、肉、ありとあらゆる物が素材であり、希少な効果を持ち、莫大な金を産む。

 

(竜に関する言い伝えはいくつかありますが……これの一部を領地に持ち帰れたのなら、多少の損失は取り戻せますわ!)

 

 尤も、帰る領地があればの話だが。

 

「全ては不可能だ。頭だけなら、努力しよう」

「まぁ、私に下さるのね? 嬉しいわ」

「いや、そんなことは一言も言ってないが」

「……」

 

 彼女はギロリと“針鼠の肉屋”を睨みつける。

 

 日常であれば、大抵の貴族も平民もこれでイチコロなのだが、相手が悪い。頭のおかしな冒険者相手に何を今さら強請ろうというのか。

 

 恨めしい視線を受け流しながら血を採取し終えた彼は、部屋の奥にある台座の前に立つ“ローグライク”の下へ行く。

 

 彼は台座に刺さった古めかしい一本の剣を観察していた。

 

『これが《エクスカリバー》だ。私では抜けなかった』

「《*鑑定*の巻物(スクロール)》。……付加効果はいいが、イマイチなアーティファクトだ」

 

 *鑑定*の巻物に《エクスカリバー》の性能が記される。

 

 “台座に刺さった一振りの剣である。剣を振りかざし、軍勢を召喚できる。それは元素では傷付かない。それは筋力・耐久力・器用度・知能に影響を及ぼす。それは元素への耐性を授ける。それは暗黒への耐性を授ける。それは破邪への耐性を授ける。それは劣化への耐性を授ける。それは時空への耐性を授ける。”

 

『これは使い所に悩む、といったところだろう。俺は使わぬが、買い取るか?』

「いずれ役立つだろう。アーティファクトと交換したい」

『良い。見せてみろ』

 

 “針鼠の肉屋”が魔法のポーチからいくつもの杖を取り出すと、“ローグライク”に性能を片っ端から説明していった。

 

 彼が取り出したものは素材がアメジスト、または黄金、ダイヤモンド、龍鱗、世にも珍しい世界樹の枝、と多種多様な物からできており、並々ならぬ力が込められていた。

 

 ペイルティシアは金目のアーティファクトに目を奪われながらも、《エクスカリバー》の方へ歩みを進めていた。

 

「台座に何か彫ってあるわね……古代王国語みたい。『選ばれし……の……手に…………、世界…………』文字が掠れていて読めないわね、他には『聖な…………ぜし……剣、ここに……する』ね。銘は《エクスカリバー》、聖剣かしら?」

 

 台座の文字を訳し終えると、二人の交渉が終わった。

 

『では成立だ。あれは譲ろう』

「祝福された『螺旋模様の』世界樹の長杖(ちょうじょう)《ラッキースターセブン》だ、恐らくこれ以上のものは無いだろう」

『確かに、祝福された『螺旋模様の』世界樹の長杖(ちょうじょう)《ラッキースターセブン》を受け取った。《エクスカリバー》は好きにすると良い』

 

 “針鼠の肉屋”が《エクスカリバー》の柄に手をかけて引き抜こうとするが、どれだけ力を込めてもびくともしない。

 

「ぐっ……抜けん。筋力が足りぬのか」

 

 彼は素早く手甲や装備を変えて*筋肉増強*を発動、再挑戦する。

 

 メリメリと石畳が割れて足がめり込んでいくが、《エクスカリバー》は抜けない。

 

「筋力ではないな。《*解呪*の巻物(スクロール)》……これも駄目か」

 

 《*解呪*の巻物(スクロール)》は失敗と共に燃えた。“針鼠の肉屋”は燃えカスを踏みつけると、”ローグライク”を睨んだ。

 

『《*鑑定*》。……これはどうやら、“台座に刺さった”剣だ』

「台座ごと運ぶしかない」

「だ、台座ごと!?」

『呪いやマイナス効果は無い。重いだけだ』

「ふむ……無用の長物だ。先程の取り引きは中止だ」

『自己紹介はしたはずだ。“ローグライク(ならず者)”と』

 

 “ローグライク”は祝福された『螺旋模様の』世界樹の長杖(ちょうじょう)《ラッキースターセブン》を手放そうとしない。

 

「……全力なら、やれるぞ」

 

 空気を揺らす小さな波紋のような殺意がビリビリと肌を刺す。

 

『高い授業料だと思え。ハック&スラッシュ、そうとも言った』

「……浅慮を認めよう。持っていけ」

『フハハハハ!』

 

 高らかに笑う“ローグライク”を見て、ペイルティシアが悪魔のように囁いた。

 

「“紫白”の冒険者、殺ってしまいなさいな」

「ペイルティシア嬢が真っ先に死ぬ。貴女よりも大切なものはない」

「……それなら、待遇の改善を要求するわ!」

「拒否する」

「ケチで臆病な冒険者ね。男であれば女に良いところの一つでも見せなさいな」

 

 “針鼠の肉屋”の体が僅かに揺れた。

 

「……《ゴーレム生成の巻物(スクロール)》《ゴーレム生成の巻物(スクロール)》《ゴーレム生成の巻物(スクロール)》《ゴーレム生成の巻物(スクロール)》《ゴーレム生成の巻物(スクロール)》」

 

 彼は魔法の巻物(スクロール)を立て続けに発動して石のゴーレムを呼び出す。指で竜の死体を指せば、3メートル程の大きなゴーレム達は首のない黒竜を持ち上げ、ペイルティシアの前に運んできた。

 

「まぁ! 殊勝な心がけね」

「これは帝都の市場に流すものだ」

「……は?」

「帝国の貨幣を持っていなくてな。すっかり忘れていた」

 

 彼女はポカンと口を開けてあっけにとられた。

 

「勘違いも甚だしいな。お前は俺のものだ。故に、お前そのものが在れば文句はない」

「こっ、こ、このっ! 下民がっ! 私を誰だと思っているの!?」

 

 耐え兼ねたペイルティシアが激怒するが、その反応こそ“針鼠の肉屋”の好むところ。

 

「やはりお前は生まれながらにしての貴種。その誇りこそお前であり、最も美しいものなのだ」

 

 彼は聞こえないような小さな声で内心を呟く。

 

「いつか跪かせて縛り首にしてやるわっ! ふんっ!」

『漫才は終わったか。帰還するぞ』

 

 “ローグライク”が『帰還』の呪文を唱えると、3人と大荷物の姿は消え去った。

 

 

 

 

***

 

「フライス帝国はね、ライラが生まれた国だよ」

 

 幼い私は父からそう説明された。

 

――あ、その名前、聞いたことあるわ。

 

 その瞬間、私は全てを思い出した。

 

 この国、隣国に大敗します。

 

*

 

 こんな事を言われてもなんのこっちゃと思うかもしれないが、私には前世の記憶がある。

 

 まぁ、ただのOLだったよ。日本生まれ日本育ち日本死に。

 

 死因は過労死かな? 知らないけど。

 

 そんな私にも娯楽があった。それは、クソゲー。

 

 正直言って趣味が悪い。

 

 だが、うんこみてぇなゲーム達は私の心を掴んで離さない。

 

 何故こんな機能があるのか、何故これがないのか、シナリオの破綻、ゲーム性の崩壊、苦行を重ねた先にあるバグ。不足が過不足なく揃っているのだ。

 

 はっきり言って購入するかどうか悩む時間も、購入資金を稼ぐ時間も人生の無駄遣いである

 

 しかし、楽しい。

 

 私はうんこゲーム・オブ・ザ・イヤー――Feces game of the year――通称FGOYのスレッドに日々張り付いて、うんこのようなゲームを漁り、プレイレポートを読んだり書いたり議論した。それが唯一の楽しみだった。

 

 金をドブに捨てるほうが幾分かマシと言われる私の趣味は一旦脇に置くとして、フライス帝国とは、うんこのようなゲームに出てくる国である。

 

 そのゲームとは、『戦列歩兵と銃声は恋と共に』。

 

 累計販売個数九百八十三部の、乙女ゲー版FGOYノミネート作品である。

 

 ほっっっっとんど戦列歩兵は関係ないし、恋愛要素は微妙。乙女ゲーとしては落第点もいいとこである。ゲームとしても大分アレなのだが……。

 

 そんなうんこゲームの続編(よく出せたな)である2と3は、それぞれ30万部売れた名作である。

 

 後続の4と、1のリメイク版はうんこにもなれない中途半端な駄作であるので私の趣味からは外れるが。

 

 FGOYノミネート作品の系列であり、独特の世界観が魅力的だったこともあり、どのシリーズもプレイしたのだが、フライス帝国ってのはマジで影響力がない。

 

 名作の2ではそれなりに関わるが、3では名前がちらっと出てくる程度、4では名前すら忘れ去られている。

 

 まぁ、そんなこんなで世界観に魅入られていたのだが、初代のリメイク版で意外な人物が出てきたのだ。

 

 その人は、初代で本編に1行しか出てこない女の子であるにも関わらず、BAD ENDで主人公から攻略キャラを寝取るのだ。

 

 阿鼻叫喚の地獄を産んだ業の深いキャラであり、「恐ろしく速い寝取り、オレでなきゃ見逃しちゃうね」とストーリーの粗雑さを揶揄する言葉を産んだ。

 

 そんな彼女に、リメイク版ではスポットライトが当てられた。

 

 コミカライズ版で人気が出たことが起因しており、リメイク版出演の報は少なからず好意的に受け止められた。

 

 だが追加されたのは彼女の負けイベントや、彼女を含めた全員が幸せになるTrue END(通称奴隷END)、特殊BAD ENDなど、出番は最悪な方面で多岐に渡る。

 

 で、いちばん重要なのが特殊BAD END。

 

 「魔女ペイルティシアは人類を滅ぼした」という文が出てくるのである。マジで。

 

 北斗ENDとも呼ばれるこのデウス・エクス・マキナめいた滅亡だが、2や3で仄めかされた崖っぷちの世界観なら、まぁ分からなくもない。そもそも制作の頭がオカシイのは言うまでもないことである。

 

 だが、現実なら洒落にならん。

 

 もし、この世界が『戦列歩兵と銃声は恋と共に』と同じ世界ならば、リメイク版か初代版のどちらなのかをはっきりとさせなければならない。コミカライズ版ならぐう聖なので問題ないが。

 

 「突然人類滅びて草」「雑に滅びすぎでしょ」とは特殊ENDが転載された動画サイトのコメントであるが、完全に同意である。

 

 うんごゲームとしてならまだ笑えたが、現実でそうなっても真顔になるだけ。

 

 そんな訳で、第二作目『銃声は恋と共に2』――戦列歩兵という文字が消されたのに2を名乗った――のライバルキャラである私、ライラ・バランワルトゥ伯爵令嬢十五歳――三年後に婚約解消されそう――は、隣国に居るペイルティシアというキャラクターの動向を探るため、家内での発言力を日に日に高めていたのである。

 

 これでも優秀(という設定)な魔術師だからね!

 

 そんなわけで準備を少しずつ進めていたのだけど、リメイク版限定の負けイベントである婚約破棄が起こったと知らせが入った。

 

 ……そういえば年表とか覚えてないね。

 

 ま、まぁ、あの畜生主人公アリスちゃんが選んだのが伯爵嫡男ルートなら平和だし、それ以外はしばらく後の選択肢次第で特殊BAD ENDになるだけだし。

 

 ただの世界の危機よ。慌てる時間じゃないわ。

 

 やべぇ。

 

「あの、お嬢様?」

 

 放心していると、横から声を掛けられた。

 

 私は一気に現実に引き戻され、婚約破棄(・・・・)の報を伝えた年若い執事に返事をした。

 

「ああ、はいはい、聞いてるわよ。それで、手紙の詳しい内容は?」

「ディセンブルグ侯爵家は平民のアリスと共に第二王子の暗殺未遂を企てたとして取り潰し、第二王子とペイルティシア元侯爵令嬢は婚約を破棄した、とのことです」

「……は?」

 

 ――私は、結局の所、現実とゲームの区別がついていなかったのだ。

 

 ゲームの世界に酷似していようとも、それは現実なのだ。

 

 

 

 

 2010年、総評からの抜粋。

 

 2月の興奮冷めやらぬ3月、春の足音とともに刺客が放たれた。

 

 ソルトリバースの『戦列歩兵と銃声は恋と共に』である。

 

 本作は「彼と共に先陣を切る」のキャッチコピーに、「剣と魔法のファンタジー」と銘打ってある恋愛型SRPG(シミュレーション)である。

 

 ノベル形式のゲームが多い乙女ゲー界隈にもRPG要素や戦闘の指揮をとる形式の作品はあるが、某戦略級ウォー・シミュレーションゲームのような要素を導入した今作は非常に斬新であり、一部の層にとっては購買意欲をそそるものだったに違いない。

 

 だが、蓋を開けてみれば戦略どころか戦術のせの字すら出ず、シミュレーションゲームとしても恋愛ものとして非常にお粗末な出来となっていた。

 

 ストーリーは平民の主人公アリスが魔術の特待生として貴族の学校に入学するところから始まる。

 

 剣と魔法、戦列歩兵という噛みあわせの悪い設定は本編を通して明らかになるだろう。

 

 そんな期待は「はじめから」を押してすぐに木っ端微塵に粉砕される。

 

 エンジン音のする馬車から降りてくるヒーローと主人公の、昭和臭いプロローグに吐き気を催す。その後も貴族学校の生徒に平然と暴言を吐いて立ち去るなど、時代背景と設定が全く意味を成さないシーンが次々と出てくる。

 

 ストーリーは全体を通して戦列歩兵なにそれ美味しいの?状態であり、剣と魔法の要素は主人公の設定以外ではエンディングまでほとんど出てこない程薄っぺらい。

 

 アリス達は最終的に戦争へ巻き込まれるのだが、戦地へ向かう際の感情の揺れは一切なく、無駄に高い文化水準がチグハグ感を演出する。

 

 

 スレ住人は当初、パッケージを見て普通の乙女ゲーではないかと訝しんだ。確かに、章ごとに分けられた本作は10章分の共通パートと8章分の個別パートという気合の入れようであり、スレに貼られた告白シーンの盛り上がりだけを見れば十分に魅力的だと感じる。

 

 しかし、他作品から文章を流用しているのか、肝心な場面で人物の名前をカタカナ表記の“バニイル”ではなく漢字表記の“大門隼人”等と間違えまくる。その上で存在する大量の誤字脱字がプレイヤーを現実に引き戻す。

 

 更に主人公ヒーロー問わず会話のドッジボールが繰り広げられる上に、「こんにちわ、ひら民」「馬かなのだ」等の小学生の作文以下の地の文、比較的シリアスな場面での地の文へのツッコミやメタネタを多分に含み、「農業の工業の我が国の強さは100万人分である」といった日本語力を疑う悪文や無駄なパロディネタが頭痛で脳を侵食していく。

 

 その向こう側に見える「オタクにはこれで十分だろう?」というライターの顔は、ボリュームがボリュームなだけに殺意すら湧いてくる。

 

 本作での好感度上昇は三択の選択肢によって決定されるのだが、個別のTRUE ENDに行くためには常に最良の選択肢を選ばなければならない。だが、喧嘩を売るような選択肢でなければ上がり切らない好感度に困惑するプレイヤーが続出。

 

 恋に落ちるというよりいつの間にか嵌められたという有様であり主人公の猿並みの振る舞いが目に余る。ルート決定後に至ってはヒーローの聖人っぷりが不思議になる程のご都合主義である。

 

 そしてクライマックスでは伏線もなく王国が総動員をかけ、敵対するフライス帝国に対し開戦する。突然だが、急上昇した緊張感にプレイヤーは胸を躍らせるが、主人公はというと……

 

「戦争? それってなにおsれ美味しいの?(原文ママ)」

「よくわからない内に敵と遭遇したけど適当に追い返せた(皆殺し)」

「仲間がピンチだけど戦争なんてひどい!敵は殺せないわ!(殺す)」

「この作戦だとヒーローが危険!モブ達は死んでこい」

「よし、(天変地異でも起きない限り)勝てる!」

 

 というように「戦略? 兵士一杯いるし勝った!」と言わんばかりに緊張感が無いし、主人公の安定感が凄い。

 

 戦略的な話を身内だけで完結させているので大したドラマもなく、薄っぺらいままに戦争は終わる。

 

 

 システム面で言えば、文字送りが遅い上に当然のように機能しないオートとスキップ。こうした恋愛ゲームによくある章選択機能やギャラリーはなく、シナリオやCGを見返すのに最初からプレイする必要がある。

 

 そのため、BAD・GOOD・TRUEの三種の個別エンディングを見るには、長い共通パートを合計で21回も見なければならない。選択肢を一つ間違えれば最初からであり、大いなる苦行が課される。

 

 目玉であるシミュレーション要素は最後の2章に唐突に現れ、会話が合間合間に挟まれるのでテンポが非常に悪い。

 

 システムは丸ごとパクっているため遊べてしまうが、単語を無駄に置き換えている上、部隊の操作だけで15クリック以上も必要であり、手間である。

 

 戦いの一枚絵はなく、画面上には全く同じ凸形をしたユニットが並び、それを名前のみで区別しなければならないので絵面は地味の極みである。

 

 更に操作しなくても「ターンを進める」だけで勝てるお馬鹿AIと難易度も相まって「無駄なミニゲーム」になっている。

 

 

 そして悪評を決定づけた最大の要因は、自動的にハーレムルートへ移行する核地雷級のバグである。

 

 1週目にして「Aという攻略キャラは、初代の王の血を引く王族」といった伏線という伏線が地雷原でタップダンスを踊るように明かされていく。すると、2周目に待ち受けているのは過去を暴かれた攻略キャラが意味深に悩むフリをするシーンと何ら意味のない選択肢。

 

 リリースして三ヶ月後には公式から「好感度が設定されていない」という遅すぎる報告。

 

 二ヶ月後に当てられたパッチによって好感度が設定されたのも束の間、個人ルート6つの内5つが、1行しか出てきていないポッと出のライバルに寝取られるというBAD ENDに終わる。

 

 様々なショックで寝込んだ乙女たちが見たのは、好感度の上限を間違えたという公式の通達。

 

 これも最終的にはパッチが当てられて修正されたが、好感度が設定されたところでマトモな恋愛要素は無いに等しい。

 

 ともあれ、普通にプレイするだけでも苦痛な上に満遍なく散りばめられたうんこの気配、「本格戦争ゲーム」の性なのかジワジワと弱火で煮られるような後味の悪いものをプレイヤーに残す。

 

 「門番」とは異なる隙のない布陣に、スレ住人は大きな盛り上がりを見せた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。