クソゲーの『悪役』令嬢と『デーモンスレイヤー』   作:傘花ぐちちく

5 / 14
第五話 正反対の二人

 ペルティアとアズは馬を駆り東北東へ進む。

 

 三日ほどの旅路の果てに彼らが辿り着いたのは、人口約二十五万人の都市、ヘゲルイト領のカオスゲートだ。

 

 東の大山脈に最も近い領地であり、日々混沌の勢力が無秩序な侵攻を続ける戦いの最前線である。

 

 ディセンブルグ領が南東の山脈から降りてくる数多の魔物を屠る処刑台なら、カオスゲートは無尽蔵に処理を続ける裁断機だ。

 

 カオスゲートでは、人間も魔物も亜人も魔獣もデーモンも、全ての命が等しく軽い。

 

 魔物もダンジョンの数も他の都市とは比較にならない量であり、となれば当然、戦いに赴く冒険者が多く集まる。

 

 特にカオスゲートの冒険者はプライドが高く、「王都の一流、カオスゲートの三流」という言葉が生まれてしまう程だ。

 

「ペルティア。最低限だが、藍紫(らんし)級であれば、俺に付いて来れる」

「最低限、ね……」

「そうだ。戻って久しいが、知り合いが居た。今なら(バイオレット)級にはなっているだろう。いずれ場を設ける、学べ」

 

 冒険者ギルドの階級は、色にちなんで名付けられる。

 

 (ブラック)級、(レッド)級、(オレンジ)級、(イエロー)級、黄緑(ライム)級、(グリーン)級、青緑(せいりょく)級、(ブルー)級、青藍(せいらん)級、(インディゴ)級、藍紫(らんし)級、(バイオレット)級、紫白(しはく)級、空白(ロストホワイト)級の十四に分けられる。

 

 黒と赤は初級、緑までが中級で、青藍までの“青混じり”と呼ばれる者達が上級と呼ばれる。

 

 (インディゴ)を超えると超越と呼ばれ、尊敬を集める。行き過ぎれば畏怖に変わるが、数を考えれば当たり前の事だ。

 

 エゲレス王国には冒険者が三万五千人は居るとされており、現在なら青混じりは五〇〇人程度。(インディゴ)級は二十一人、藍紫(らんし)級は三人、(バイオレット)級は〇、紫白(しはく)級が一人。

 

 人類で見ても、(インディゴ)級は九十三人、藍紫(らんし)級は十四人、(バイオレット)級は二人、紫白(しはく)級が一人。

 

 アズ――“針鼠の肉屋”が求めているのは国で五本の指に入る実力であり、比喩抜きで人類の希望になれる生存能力だ。

 

「カオスゲートには藍紫(らんし)級が2人居るそうだ」

「そういえば、行商人と話してましたね」

「情報も命綱だ、次は混ざれ」

 

 城壁が近づくと、ペルティアはその高さと大きさに感嘆の声を漏らした。

 

「――これは、想像以上ですわね」

「ここは裁断機、地獄に最も近い場所。防備で言えばエゲレス一だろう。アーティファクトも道具もそれなりのものが揃う」

「あなたも沢山持っていましたね」

「人には過ぎた物だ」

 

 巨大な壁に囲まれた都市カオスゲート。

 

 地獄に最も近いとは言うが、人々の生きる意志がひしひしと伝わる場所だ。

 

 熱気も音も漏れ聞こえるが、華やかさとは真逆の泥臭い雰囲気だ。

 

 カオスゲートへは魔術的な検査の後に入ることができ、城門をくぐり抜けた瞬間に音が波のように押し寄せた。

 

「おぉぉぉぉおおおおい!!」「これ全部だ!!」「バカヤロー!てめぇ!」「金はあんだろうが!」「無理なもんは無理だ!」「こっちだぁ!こっち!」「遅いぞ半人前!」「臨時はあっちだ!」「水―!よく冷えた水はいらんかね!」「早く進め!」「押すな押すな押すな押すんじゃない!」「ドロボーだ!!」「待ちやがれぇ!」「プレイヤーズクレリックはこっちです!」「官憲を呼べぇ!」「ダンジョンの発掘品はウチが一番だよ!」

 

 

「すごい……」

 

 ディセンブルグのように余裕のある圏内ではない。

 

 カオスゲートはまさに死の淵にある決死圏。

 

 東の大山脈を下る混沌の勢力を防ぐように、エゲレス王国の東に蓋をする“東の防壁”。千年前に作られたその壁は、壁そのものを維持するために一定間隔で穴が開けられている。

 

 そして穴には《誘引》の大魔法が仕掛けられ、混沌の勢力を呼び込み、カオスゲートのような東の都市に住む者はそれを討つ。

 

 カオスゲートの穴は中でも一番大きく、一番多くの敵を呼び寄せる。

 

 故に栄える。

 

 二人は高い宿をとって馬を置くと、市内へ繰り出した。

 

「それにしても、冒険者ギルドはどこかしら? カオスゲートは初めてなのよね」

「初級中級は西、上級以上は東だ」

「分かれて行動するの?」

「同行する、西だ」

 

 西の冒険者ギルドには人が溢れかえっており、二人が入った程度では誰も気にしない。

 

 迷彩色の装備も、カオスゲートでは珍しくない。

 

「この娘の登録を頼む」

 

 アズは受付嬢に話し掛けてから、ペルティアに銀貨を握らせて処理を任せた。

 

 彼は大きな掲示板に張り出された多種多様な依頼書の内の三つを手にとって、別の受付嬢に手渡した。

 

「この依頼を、あの娘と受ける」

「依頼ですね? こちらは……『オークの小集団討伐』『火の魔犬討伐』『森に出た大蜘蛛の調査』……すみませんが、こちらは新人の(ブラック)には回せませんし、(グリーン)以上が三人はいないと……」

 

 ヒトの受付嬢は困ったようにアズを見る。

 

 迷彩色の装備を持つ冒険者はカオスゲートでは多々存在し、彼をそんな冒険者達の1人だと思ったのだ。

 

 しかもギルドの発行するプレートを持っていない。

 

 西の冒険者ギルドに来る辺りが目の前の男の資質を表している……と、受付嬢は考えた。

 

紫白(しはく)だ」

「は?」

紫白(しはく)だ。横紙破りは理解しているが」

「からかっているんですか?」

「違う」

 

 アズは困惑した。

 

 始祖の悪魔(デーモン)の居城に殴り込む前は、階級を疑われたことは王国中のどこの冒険者ギルドでもなかったからだ。

 

 早い話が、顔(武装)パスに慣れ、時間が経つに連れ邪魔になったので捨てた。

 

 帝国では竜殺しのドサクサに紛れて誤魔化せた上、ディセンブルグでも正しく認識されていた。

 

 積もり積もって初歩的なミスを犯したアズは、一縷の望みを掛けて受付嬢に懇願する。

 

「これ以上ゴネるなら、人を呼びますよ?」

「……紫白(しはく)のプレートは失くした」

「はいはい、東へ行って下さいね」

「待て、俺は本当に紫白(しはく)だ」

「次はありませんよ?」

 

 受付嬢に追い返されたアズは、黒い認識票を下げたペルティアにため息で迎えられた。

 

「はぁ……東に行きましょうか」

「そうする。少し待っていろ」

「え、ちょ――」

 

 外に出たアズは霞む程の速さで、人混みの中を危なげなく駆けていく。

 

 五分程度でカオスゲートの正反対にある東の冒険者ギルドに着いた。

 

 高級感溢れる建物は、その外観に反して騒がしい。

 

 今の時刻は四時程で、これは冒険者が帰ってくる時間帯に近い。

 

 西で受付嬢に追い返されたアズは、今度こそ失敗しないように話し掛けた。

 

「“紫白”級だ。認識票を失くした、また作って欲しい」

「寝言は寝て言え」

 

 当たり前のように拒否される。

 

 というのも、以前は彼を騙る偽物が非常に多かった。

 

 カオスゲートは混沌の勢力が無秩序に侵攻してくる場所だが、彼らの所持品(ドロップアイテム)は武具や水薬(ポーション)に塗料まで多種多様なものがある。

 

 特に塗料は需要が高く、専門に買取る者まで存在する位だ。

 

 カオスゲートでは特に安価であり、一時期は紫白(しはく)級を騙る者がわざわざ装備を塗装していた。

 

 そういう事情もあり、“針鼠の肉屋”の名前は冒険者の間で悪い意味で広まった。

 

 それ以来、受付嬢は迷彩色の冒険者には警戒し、上級や超越の冒険者は紫白(しはく)の品位を貶める行為を見咎めてきた。

 

 そんな中、使い古された手口で現れた男が一人。

 

 周囲から殺気にも似た感情が飛んでくるのは、当然のことか。

 

 彼が視界に冒険者を収めると、藍紫(らんし)級の二人組の内一人が強い殺気をぶつけている事に気づいた。

 

「出ていきな、ここはテメーみたいな甘ちゃんの来る所じゃないぜ」

 

 藍紫(らんし)級の戦士の一人が、武器の柄に手を添えて脅し文句を口にする。

 

 反射的に“針鼠の肉屋”が金棒を構えた。

 

(原始的なやり方だが、騒ぎはデーモン共の注意を引ける――ん。もう奴らは居ない。罠にかける必要はない筈だ)

 

 時既に遅し。

 

 喧嘩を売られたと気づいた藍紫(らんし)級の戦士は、静かに武器を構えた。

 

 危ない空気を感じた(インディゴ)の仲間が三人降りてきて「怪我をさせるなよ」と苦笑しつつ見守る。

 

 藍紫(らんし)級は戦士と魔術師、(インディゴ)は魔法戦士に神官に斥候だ。

 

 いずれも女で、藍紫(らんし)の戦士が「後悔させてやるよ」と少し高い声で述べた。

 

 若く、自信に溢れている。

 

 受付嬢は藍紫(らんし)のパーティー達が勝つと信じており、馬鹿に灸が据えられることを願っていた。

 

 心配性の斥候が《調査》の魔法棒(ロッド)でアズの隠蔽された能力を調べ、大したことがないと判断した。

 

 藍紫(らんし)の戦士、バルライカは反魔法の大盾と取り回しやすいメイスを持つ人間の盾役だ。アダマンタイト製の真っ赤な鎧と兜はダンジョンの深層で見つけた逸品であり、炎、冷気、雷、酸に耐性を持つ。筋力上昇の脛当てに肉体強化と毒耐性の指輪を身に着けている。黒いマントは隠密を高める夜色蝶の繭で編まれた逸品、更にダークハウンドの毛皮の靴は刺突に対して強固であり暗黒への耐性を授ける。容姿端麗な女だが、亀のように耐え、一気呵成に攻め立てるスタイルはあらゆる冒険者の憧れの的である。

 

 藍紫(らんし)の魔術師、マリメラは暗黒と自然の魔法を修めるエルフの魔術師だ。麻痺耐性の毛糸の手袋は真なる力の儀式――魔法の発動に必要な手指の動きを阻害しない。更に星の杖と呼ばれる頂部に五芒星が掘られた長杖は魔法の威力を高め、炎と閃光への耐性を授ける。紫色のローブととんがり帽子は《消音》と《耐炎・冷気・電撃》の魔法をストックしており、彼女の行動速度を高める効果がある。強力な暗黒魔法も相まってパーティーの生命線となっている。

 

 マリメラはギルド内で魔法を放つ気は無く、頭の後ろで手を組んで壁にもたれかかっている。

 

(……臭う(・・)な。腐れ落ちた臭いがする……)

 

 “針鼠の肉屋”は魔法のポーチから取り出した《加速》の魔法棒でバフをかけ、《調査》の魔法棒でバルライカの能力を察知した。

 

 この手先の早業はバルライカをして辛うじて見えた程度で、大きな反応ができない。

 

 ただ冷や汗が一筋、首を伝う。

 

 ――ひょっとすると、こいつ……。

 

「動きやすく、しておくか」

 

 “針鼠の肉屋”は更なる手加減のために普通の金槌を取り出して、二つの鈍器を構えた。

 

 兜の奥の眼光がゆらりと動き、瞬間、金棒が大盾に叩きつけられた。金属同士の衝突だと言うのに、それは恐ろしく静かで、カンと僅かに鳴っただけだ。

 

「っぐぁ!」

 

 人外の膂力で振られた一撃は受けた腕が軋みを上げるほどで、彼は息つく間もなく、体勢を崩した彼女の頭へ、肩へ、腕へ、肩へと金槌で殴りつける。

 

(や、ばい! とんでもない、回復できなきゃ、最悪、死――)

 

 焦るバルライカの頭へ、頭へ、頭へ、更に容赦のない攻撃が加わった。

 

 刹那の八連撃、上半身を滅多打ちにされて彼女はグラリと傾いた。

 

「ッ、バルライカ!」

「脆い、紙屑だ」

 

 仲間の悲鳴が聞こえるが、彼女は朦朧として意識がハッキリしない。立ち上がろうとして、一息ついた“針鼠の肉屋”に意識を刈り取られる。

 

 受付嬢が呆気にとられて、ぽかんと口を開けた。

 

藍紫(らんし)を騙るか? 弱いぞ」

 

 それは紛れもなく、本心から出た言葉だ

 

 彼は一瞬で四人に詰め寄り、理解ができないという顔をした彼女達を鈍器で打ちのめした。

 

 魔術師が肘を叩き砕かれ、魔法戦士が片足と腕を圧し折られ、神官が血と吐瀉物を撒き散らして吹っ飛び、敵わないと悟った斥候がショートテレポートで逃走したところ、ギルドの石壁を押し退けて(・・・・・)追いついた“針鼠の肉屋”に中へ叩き戻された。

 

 わずか一分。

 

 嵐のような暴力が通り過ぎると、そこは阿鼻叫喚の坩堝。

 

「何の騒ぎだね!?」

 

 階段の途中でピタリと足を止めたギルドの支部長は、砕け散った壁と“針鼠の肉屋”を交互に見た。

 

 カオスゲート随一のパーティー“愛の星”が無残に転がっているのを把握して、一気に血の気が引いた。

 

「ききき、君は、“針鼠の肉屋”か?」

「そうだ」

 

 知らぬ者は居ない。

 

 迷彩色の巨躯、光すら跳ね返さない無骨な金棒、矢返しの円形盾(ラウンドシールド)、加速の具足、能力向上の指輪、感知の兜、生命と変容の魔法を得意とする戦闘狂。攻略したダンジョンは数知れず、ドイチェ聖国では“聖人”の称号を授かってすぐに破門されたと言われている“血塗れの”神官。

 

 支部長は忘れもしない、若き日の彼がカオスゲートでしたことを。

 

「何を、仕出かしたのかね」

 

 支部長はやや胸を張って尊大な態度をとるが、目は怯えていた。

 

「認識票を失くした。紫白(しはく)のものがもう一枚欲しい」

「あ、ああ、手配する、二日ほど待ってほしい」

「軽く、一目で分かる、身に着けなくてもよいものを」

「……しかし、彼女達はウチの生命線だ」

「感謝する」

 

 アズは*体力回復*のポーションを投げ、傷を完治させた。

 

 支部長が去ると、丁度五人が意識を取り戻した。

 

 アズは彼女らを一瞥もせずペルティアの所へ戻ろうとする。

 

 五人の目は恨みと、恐怖と、尊敬を持っていた。冒険者として並び立つ者無き彼は素晴らしい人間だと、数々の吟遊詩人が語るのを記憶の奥底で覚えていた。

 

 だが、兜の奥の表情は分からずとも路傍の石を見るようで、五人は無性に腹が立った。

 

「……何が悪い。私達の、何が弱い!」

 

 藁にもすがる思いで絞り出した言葉が、バルライカ達の心に敗北を刻んだ。

 

 いつか追いつくと思って、いつか越えてみせると思って、必死で強くなった果てに待っていたのは圧倒的な壁。たった二つの階級差だというのに、息が上がらない程度の労力であしらわれただけだ。

 

「勝てぬ相手からは引け」

「っ!」

「そして、強さなどは存在しない。装備の質と、慎重さのみが*勝利*をもたらす」

 

 アズにしては珍しい、真に熱のこもった言葉だ。

 

「俺は*勝利*した。お前は、*勝利*するのか?」

 

 それだけを言い残して、風の如く去った。

 

 彼を見送った東のギルドの冒険者全てが、ホッと一息ついた。

 

***

 

 西の冒険者ギルドで合流したペルティアとアズ。

 

 彼女はギルド職員や女性冒険者から話を聞き、情報を集めていたようだ。

 

 彼女のなんと穏便なことか。ペルティアはアズから話を聞くと頭痛がした……気がした。

 

「とにかく、依頼は受けられないのね?」

「そうだ。だが、ダンジョンへは潜れる」

「そう、なら行きましょう」

「待て。準備をする」

 

 意気揚々と拳を上げたペルティアに金の入った袋を突きつけた。ズッシリと重いが、額は少ない。

 

「ダンジョンへ潜る準備をしろ。どこのダンジョンに潜るのかも決めてもらう。これは試練だ」

「任せなさい。この程度のことはこなしてみせるわ」

「死の危険に遭わん限り手を出さん。問題解決は全て自分で行え、探索が不可能だと判断したら、言え」

「心配しなくても、余裕ですわ」

 

 他愛もない。元貴族の自分は思考能力が違うのだ、アズに素晴らしいと言わせてやろう。と、ペルティアは駆け出していった。

 

「……あれは、駄目そうだな」

 

***

 

「さ、ダンジョンに潜るとはいえ、武器なしでは困るわ」

 

 ペルティアは貴族教育を受けた者であり、豊富な資金によって基礎を築いた魔術師である。

 

 強力な魔法を操る魔術師とは言え、護身用の(なにがし)かは必要である。

 

「まずは魔法の発動に必要な魔術書、それにアズみたいな盾があれば便利そうね。“ローグライク”が使わせた十フィート(約三メートル)棒があれば罠も発見できそうだし、護身用に杖もあっていいわ」

 

 ペルティアの装備は魔法的な効果を何ら持たない普通の外套に、普通のレザーアーマー、靴は厚底のブーツで良い品だ。ベルトには小さな収納があり、腰に固定したバッグは動きを阻害せずそれなりに物が入るが、中身はない。

 

 彼女は攻撃的な混沌(カオス)の魔法を収め、《マジックミサイル》、《閃光》、《魔力炸裂》が使えるので、最悪武器はなくても良いと考える。

 

「まず店を探そうかしら。こうごちゃごちゃしていると、探すのにも一苦労ね」

 

 ペルティアの幼少期の教育の一つにダンジョン見学(パワー・レベリング)があった。

 

 初級ダンジョンに護衛を連れて潜り、多数のモンスターを屠り経験を積むことだ。

 

彼女は初めての《マジックミサイル》でインプを倒した瞬間は鮮明に覚えているし、お化けコウモリや二メートルもの長さがある大蛇を打倒した時はお供が拍手して賛辞を送った。

 

 ――ダンジョンなど容易いものだ。“ローグライク”が居るような上級ダンジョンは流石に手を出せないが。

 

「魔法書「カオスの教え」は買った。括り付けるタイプの円形盾も買えたわ。資金が少ないし、軽傷治癒の水薬(ポーション)を二本と解毒の水薬を一本、これですっからかんね」

 

 そうして西の冒険者ギルドに戻ると、アズが彫像のように微動だにせず待機していた。

 

「……アズ。ええ、いえ、何でもないわ」複雑な顔でペルティアは言う。

「準備はどうだ」

「出来たわ、バッチリよ」

「……そうか、では行くぞ」

「待ちなさい、まだ行き先を決めてないわ」

 

 ペルティアが受付嬢にダンジョンのあれこれを聞いている間、アズは新米戦士に笑われたり、神官に生きているか心配され、同じような迷彩色の装備を着けた者が隣に立って笑いをとるのを観察していた。

 

「決まりましたわ」

「どこだ」

「カオスゲートから西に二時間ほど行った場所よ。中には弱い魔物しかいないそうですわ」

「いつ出発する」

「そうね、明日の……13時頃かしら。早く行って、寝る時間には宿に帰りましょう」

 

***

 

 二人はカオスゲートを出て西に進む。

 

 緑のさざ波が一斉に音を立てて髪を揺らす。照りつける太陽と冷たい風が体を震わす。

 

 ダンジョンは草原の中にポツンとある大穴であった。

 

 転落すれば怪我をするだろうが、注意して降りれば怪我はしない、そんな穴。

 

 まだ日は高いのに、底は先の見えない暗黒であり、立てかけられた梯子が何処かへと繋がっている。

 

 立て札には『ダンジョン注意 No. 13』と記入してあった。

 

「ダンジョン注意。ですか」

「……」

「降りますわ」

「ああ」

 

 妙な緊張感があった。

 

 それは初めての冒険という未知への第一歩だ。

 

 ペルティアは梯子をゆっくりと降りていき、暗黒の膜を通過した。

 

 梯子を降りきっても暗闇は晴れず、はて、と首をかしげる。

 

「俺は見ている、好きにしろ」

「ひゃっ! い、いつの間に来ていたの……そもそも何も見えないのだけれど?」

「準備をしたはずだ、晴らせ」

「そ、そういえばそうね……《閃光》」

 

 ペルティアの右手が魔術的に決められた複雑な動作をすると、《閃光》の魔法が発動して廊下全体が光り輝く。

 

 このダンジョンは岩肌が四角形に近い形でくり抜かれ、廊下や部屋となっている。高さは五メートルあるのに対し、横幅は人一人で一杯になる程狭い。友好的な人間同士ならすれ違えなくもないが、挟み撃ちにされれば悲惨だ。

 

「……《閃光》を繰り返すのか」

「そうよ。効果範囲は狭いけれど、少し休めば魔力の消費も回復できるわ」

 

 ペルティアは廊下の途中にある木製の扉を開けると、中で《閃光》の魔法を唱える。

 

 部屋全体が明るくなると、中にいた巨大コウモリ四体が翼をはためかせてペルティアの方へ飛ぶ。

 

「最初はコウモリ――《マジックミサイル》!」

 

 魔力で作られた矢が射出され、コウモリの翼を貫く。

 

「楽勝よ」

 

 そのまま立て続けに三発、三体のコウモリを撃ち殺した。

 

「見てました、アズ? ……アズ?」

 

 返事がない。ペルティアが訝しんで周囲を見回すが、彼の姿はどこにもない。

 

「そういう試練ね、とりあえず魔力を自然回復させましょう」

 

 少しの不安がよぎる。

 

 ペルティアは入り口の付近をウロウロして、コウモリの死体があった――死体は何故か消え去る――奥の方に入りたくないのか、そのまま座り込んだ。

 

 入って右手側の壁に木の扉があり、そこからの侵入者に注意を払う。

 

 ダンジョンの地面には何かが落ちていることがあるが、この部屋には何もない。

 

 落胆しながら五分ほど休んでいると、入り口付近の廊下からパタパタと足音が聞こえてきた。

 

「アズ? 一体どこに行って……」

 

 違う。彼は足音一つ立てない。

 

 入った時のまま開け放たれていた扉から見えたのは、己よりも小さな人影――犬の頭を持つスモールコボルトだ。

 

 みすぼらしい身なりだが、右手に持つ短剣は鍛えたばかりの新品に見える。

 

 不思議だが、ダンジョンはそういう場所だ。

 

「ッ《マジックミサイル》!」

 

 慌てて放った魔法はスモールコボルトの左手に当たっただけ。

 

 スモールコボルトは攻撃されたことに恐れを感じておらず、無感情な瞳でペルティアを認識し、距離を詰めて短剣を振り上げた。

 

「《マジックミサイル》」

 

 接近されたが、魔法が間に合った。

 

「ふぅ……危ないところで――!?」

 

 コボルトが倒れた後も足音は続く。複数だ。

 

 すぐ側まで来ている。

 

「っ!」

 

 ペルティアが奥に下がると、スモールコボルトが四匹、狭い通路を通って雪崩込んでくる。

 

「ま、《魔力炸裂》!」

 

 魔力を束ねた球体が炸裂し、三体の肌を裂いた。範囲の広い攻撃だが、死ぬには至らない。

 

 奴らの歩みは止まらない。各々棍棒や長剣などを構えており、接近されればその末路は想像に難くない。

 

 ペルティアの判断は早かった。一気に踵を返してもう一つの扉を開け放ち、隣の部屋に逃げ込んだ。

 

「――嘘よね?」

 

 《閃光》で明かりを確保したが、逃げ場はない。

 

 加えて、人間の顔を持つ鼠が二匹、彼女を見て邪悪な笑みを浮かべた。

 

 先手を取ったのは、人面鼠だ。

 

 ――《恐怖(テラー)

 

 その魔法はペルティアの勇気をいとも簡単に打ちのめした。

 

 彼女の手足からは力が抜け、思考が二転三転してまとまらない。

 

 力が抜けて立てなくなって、魔法もろくに使えない。

 

 そうしていると後ろからやってきたスモールコボルト達が得物を持って、前にいる鼠が牙を光らせて、襲いかかってきた。

 

「っ痛い!」

 

 コボルトの力任せの一撃がレザーアーマーの部分に当たった。

 

 運良く、正気に戻れた。

 

 まだ、立ち直れる。

 

「っ《マジックミサイル》!」

 

 部屋の隅へ、転がるように移動してから魔法を唱えると、鼠が死んだ。

 

 ――厄介なのはネズミ、喰らった攻撃は一回、まだ戦える!

 

「近寄るな!」

 

 振り下ろされた棍棒を円形盾でモロに受け止める。

 

 腕が痺れるが、魔法の行使にはまだ影響はない。

 

「《マジックミサイル》!」

 

 魔法は必中、鼠は魔力の矢で貫かれて死んだ。

 

(変な魔法を唱えるネズミは排除しましたが、まだコボルトは四体!)

 

 そう、四体だ。

 

 逃げ場のないここでは、囲まれれば最後何処からでも好きなように滅多打ちにされる。

 

 だから部屋の隅に陣取って、耐えながら戦う。

 

 壁に背を預けたペルティアは軽傷治癒の水薬(ポーション)を飲み干して傷を癒やし、コボルトの攻撃を再び受け止めた。

 

 今度こそ、追い詰められた。

 

 棍棒を、長剣を、短剣を、槍を持つものが殴り、突き、切ってくる。

 

 うまくかわしていたペルティアだったが、いくら何でも限界がある。

 

 二匹殺せたが、自身の傷の方が大きくなった。

 

 傷の痛みでペルティアの意識が飛びそうになると、とうとう槍が腹に突き刺さった。

 

「ごほっ……」

 

 辛うじて死んでいない(HPが残っている)彼女の眼に、剣を振り上げるコボルトが映った。

 

「そこまで」

 

 ――頼りになる、声が聞こえた。

 

 血風が吹くと敵は息絶えており、槍が引き抜かれて体力回復の水薬(ポーション)が投げられた。

 

 傷も、傷跡も、残っていない。

 

 ただ、何というべきか。

 

「わ、わ、わ、私! 死ぬかと思いましわ!」

「そうだろう。運がいい、俺がいる限り死にはしない」

「あなたは! 人の心がないわ!」

「そうか。では、指摘はいらぬか」

「い・り・ま・す!」

 

 顔を真っ赤にして怒るペルティアの手を握り、アズはダンジョンを案内するように歩み始める。

 

「では、手を離すな、俺の側にいろ」

「……何というべきでしょうか、あなたばかりズルいわ」

「何がだ?」

「いいえ、何でもないわ」

 

 言葉を濁す代わりに、彼女は自分を握る手に力を込めた。

 

「順を追って指摘する」

 

 アズはペルティアと手を繋いだまま通路で話す。

 

「光源がない。《閃光》だけで済むほどダンジョンは狭くない」

「では、松明を?」

「あれば良いが、真鍮(しんちゅう)角灯(ランタン)がいい。油も用意しろ。だが、魔法の角灯(ランタン)なら燃料はいらない」

 

 アズは腰に付けた角灯を揺らす。迷彩色に埋もれており、ペルティアは今の今まで何故か気づけなかった。

 

「……あなた、腰にそんな物を付けていましたの?」

「注意が足りない。相手の持つものは全て確認しておけ」

 

 彼は魔法のポーチから、立方体に固めて砂糖をまぶした穀物を取り出し、兜の隙間から押し込んで食す。

 

「食事は吐くからやめておけと、昔に教わりましたが」

「吐くな、腹が減る。空腹でさまよい、死にたくはないだろう。まさか、日帰りで行くつもりだったのか」

「そうね、もしかして、駄目だった?」

「駄目だ。魔物に入り口を封鎖されたらどうする。《帰還》の魔法の巻物(スクロール)か魔法棒は持ったか。深層に一日以上潜る日はどうする、行き帰りにも時間はかかる、食い物に困れば待つのは死のみ」

「そ、それは! 初級向けのダンジョンだと聞いたから……いえ、これが駄目なのよね」

 

 慌てて取り繕うペルティアだが、自身の過ちを認めてアズに質問を投げる。

 

「持たせた金銭が少ないのも、ダンジョンを選ばせたのも、私にダメ出しをするためかしら?」

「そうだ」

「臆面もなく言うことではなくってよ」

「体験せねば決して分かるまい。それに、俺が無事なうちは死なせん。道具を充実させろ。全て用意するだけの資金がある」

「ありがたい教師ですこと。それで、準備については理解したわ、戦いはどうかしら?」

「魔術師としての実力は、今の階層でやっていく分には十分だ」

「それは嬉しいわね。でも、殺されかけたわ」

「一対一ではペルティアの方が強い、強みを活かすためには部屋でなく通路で、引きながら戦うべきだ」

 

 ペルティアは何かが来ると理解した後、部屋の奥に入ったのが良くなかった。

 

 コボルト達に数の暴力で押され、判断を誤り、先の部屋で人面鼠に殺されかけた。

 

「……敵と対峙する勇気が要るのね」

「経験の少なさこそが恐怖を生む。深層に潜る時は、自信と恐怖を制御しろ」

「肝に銘じておくわ」

 

 話し込んでいると、ペルティアの腹の虫がぐぅぅと鳴った。

 

「分けて下さる?」

「ああ、圧縮している。硬いぞ、飴を舐めるように食え」

 

 彼女の頬袋がプクリと膨らんだ。

 

 腹ごしらえもそこそこに、二人は部屋を出て廊下を進む。

 

 アズはペルティアが行かなかった道を歩み、扉の前で人差し指を口の位置に当てた。

 

 彼女は黙ったままうなずき、彼が音もなく扉を開けるのを見守る。

 

(……全く音がしませんわ。足音も、木の軋む音も。どうなっているのかしら?)

 

 アズが部屋に入ると、角灯(ランタン)の照らす光が内部を薄暗い橙色に染めた。

 

 そこには巨大コウモリが地上で眠りに就いており、アズが近づいても起きる気配はない。

 

 そこで、彼は長剣を取り出して、熱したナイフでバターを切るように、頭からコウモリを両断する。

 

 肉に食い込む刃は予想に反して朱に染まらず、そして無音のまま巨体を半分に割いた。

 

 だが、不思議なことに血を出すことはおろか、痛みに目を覚ますこともない。

 

 アズはその調子で三匹に同じ処理を施す。

 

「入れ」

 

 パン、と軽く手を打てば、ぶちゅびちゅと断面から血が滴り、肉が二つに分かたれた。死体は迷宮に溶け込むように消え去り、残るものはない。

 

「恐ろしい技ね」

「戦いでは、常にこのように殺せ。深層では必要以上に感知されないことが求められる」

「アズ、無茶無謀を押し付けられても困るのよ。それに武術は苦手よ」

「いや、やれ。必要がそれを求める。武と魔法の超越者、魔法戦士を目指してもらう」

 

 ペルティアは想像以上のハードルの高さに押し黙る。

 

「……とはいえ、一日でやれとは言わぬ。装備によっては技能が補助される。俺は五年以上掛かった。……帰るぞ」

「……ええ、でも、浅はかな自分が惨めよ」

「惨めでいい。負けるな、生きろ、学べ、*勝利*は決して逃げない」

「……。そうね、世界の果てまでは、きっと遠いもの」

 

 

 

***

 

 

 

 ペルティアは湯船に浸かって着替えを済ませ、アズの待つ客室に戻る。

 

 カオスゲートでは冒険者のための安宿が多く存在するが、ここは数少ない高級宿だ。

 

 ベッドも最低限ペルティアが寝れる物であり、設備や安全面――アズの隣以上に安全な場所はないが――を考慮した結果こうなった。

 

 ペルティアがベッドに横になると、アズは明かりを消してからそれに倣う。

 

 真っ暗な室内で、ペルティアは顔を合わせることもなく目を瞑った。

 

「……ねぇ、アズ」

「どうした」

「あなた、どうして私に何もしないの? 破廉恥な格好をさせて、契りを結ぶつもりだったのでは?」

「……いや、考えたこともない」

「どうして?」

「ペルティアを思い出した時、お前が良いと思った。それだけだ……」

「私、あなたのこと何も知らないわ」

 

 もぞもぞと布の擦れる音がする。

 

「でも、いい人よ。噂とは違ってマシ」

「お前も、噂とは違う」

「あら、どんな噂かしら」

「使用人を無一文で荒野に叩き出したそうだな」

「我が家に噂好きはいても、死にたがりはいませんでしたわ」

「そうか。領民を拷問したそうだな」

「あなたのお陰でほとんど根絶しましたが、魔薬を知っていまして?」

「そうか。学園で平民に星の数ほどいじめをしたそうだな」

「勿論。女に化けたデーモンの話、破滅した男の話、どの国でも用心せよと言われてますわ」

「疑り深い奴らだ、気づかれたと思うだろう」

「尻尾は出ませんでしたが、ね」

 

 迂遠な言い回しだが、貴族らしい潔白の示し方だ。

 

 白とは言い難い灰色だが。

 

「こっちを向きなさい」

 

 ペルティアは明かりを点けてアズに顔を向ける。

 

 彼は昼間と変わらない格好でベッドに入っており、迷彩色の兜が真横を見る。

 

「兜、外さないの?」

「耐性は外せない。こうして横になることも久しい」

「野営でもそうだったものね。……あなたの噂、知りたい?」

「知っている」

「汚名を雪ごうとは思わないの?」

「事実だ。俺は復讐に駆られ、鬼となった。人ではない」

「そう……」

「もう遅い。明日が辛いぞ」

 

 アズは会話を強引に切り上げ、明かりを消した。

 

 ペルティアの寝息が聞こえてからも、彼は隣から見守り続けた。

 

***

 

 ピンク色の雲の中、揺蕩(たゆた)う船のように体が上下に動く。

 

 ペルティアは奇妙な景色の中、自分の意識が夢の中であると気付いた。

 

「ここは、一体……?」

 

 コツコツコツと、背後から足音。

 

 ペルティアが振り返れば、そこは白亜の神殿。

 

 人間の英雄が天使に導かれる様を掘った巨大な柱が天まで果てしなく続き、広大な天には輝いて見えるほどの素晴らしい絵画が無限に広がる。

 

 神々の戦いの叙事詩が雄大なステンドガラスで描かれ、太陽と天使から真白で神聖な光が差す。

 

 そこは神殿というよりも、一つの世界であった。

 

 威圧するような荘重(そうちょう)な静けさが彼女を見下ろしていた。

 

“迷える人よ……”

 

 空間に染み入るような、父祖の如く低い声が届いた。

 

「あなたは……」

 

 気づけば、目の前に立っていたのは神父だった。

 

 派手な紅のローブを身にまとうが、上品に振る舞うことで、神聖さを醸し出している。

 

“己の罪、彼の夢、狭間の神が、あなたに真実を与えましょう”

 

 彼はゆったりした所作で、己の手を差し出した。

 

 手を取れば分かる、そう言わんばかりの雰囲気にペルティアは思わず手を伸ばし――

 

「――触るな」

 

 躊躇(ためら)った。

 

 彼の声がしたからだ。

 

「此奴は悪魔(デーモン)、夢に忍び寄り、お前の魂を拷問にかけ、永久監獄(アビス)で悲鳴を浴びる悪辣な種族だ」

「……アズ」

 

 はて、彼が夢の中にまで出てくるとは、ペルティアは首をかしげる。

 

「意識を覚ませ、始祖のデーモン第十一席次“夢見に揺蕩う籠”に連なる下級悪魔(レッサーデーモン)が、お前の夢へ《夢時空》の魔法をかけた」

“私は神の使い、デーモンの戯言に惑わされてはいけません”

「消えろ」

 

 先端が気球のように膨らんだ巨大な黄金の鉄塊で神父を叩き潰すと、彼はペルティアをその腕に抱いた。

 

「見ると良い、デーモンの黒き血が流れている」

「……私ったら、こんな夢物語のような夢を見るのね」

「危ないところだった。夢から精神を支配し、お前を意のままに操ろうとしたのだろう」

 

 アズが軽々と持ち上げた鉄塊から黒い液体がべちゃべちゃと滴る。

 

「でも、夢ならもう少し格好のいい武器にして下さる?」

「ここは夢だがダンジョンのようなものだ。脱出するぞ」

「脱出?」

「漏らすなよ」

 

 ――ばしゃぁぁあ!

 

「キャァァアアアア!! 冷たっ寒い! 何をするの!」

 

 ペルティアがベッドから飛び起きると、アズがバケツを置いて淡々とのたまう。

 

「目が覚めたか」

「ああ、あ、あなたね! 淑女を起こす時は優しくしなさいと言われなかったの!?」

「着替えろ、すぐに魔法防御を高める装備を見繕う。デーモンがお前を狙っている」

「……非常に遺憾ですが、理解しました」

 

 先の夢は夢だが現実であったことを理解したペルティアは、急いで水を拭き取ると、アズの放った防具を震える手で素早く身に着けていく。

 

 祝福された『真紅の』ミスリル製の外套《デウェルツヴァイ》、祝福された『輝く』ルビーの首飾り、祝福された『魔力を帯びた』玉虫鋼のサークレット、祝福された『轟音の』緑竜の篭手、祝福された『天空都市の』レザーアーマー、祝福された『守護者の』アイアスの円形盾《メルトダウン》、祝福された『山砕きの』レイピア《デーモンスレイヤー》、祝福された『音速の』鉄瓶底の靴、スピードの指輪、肉体強化の指輪。

 

 計十個のアーティファクトで身を包んだペルティア。

 

 レザーアーマー等の初心者が身に着ける装備とは違い、今の彼女は輝かんばかりの存在感を放っていた。

 

「最初からコレを渡せば良いのに」

「渡せば死に掛けんだろう。成長に悪い」

 

 それもそうね、と納得するペルティアだが、アーティファクトに着られている雰囲気は否めない。

 

 常用させればマッチを持った子供よろしく(ろく)な目に合わないことが容易に想像できる。

 

 だが、デーモンが暗躍すると分かった今、無防備のままで良いはずもない。

 

「それで、これからどうするのかしら」

「……デーモンを殺す」

「デーモンを殺す、ねぇ?」

 

 ペルティアは窓の外をちらりと見た。

 

 東の空も白まない真夜中、ガタガタと揺れる窓にヒュウと風が吹く。

 

 ベッドの温かさが恋しくなる気温だが、緊急事態だ。

 

 後ろ髪を引かれる思いと微かな怒りを胸に抱き、ツカツカと外に出るアズの後を追う。

 

「デーモンなんて、何処にいるんですの?」

「……渡した武器に感知の能力がある。それを、己の一部のように装備(・・)しろ」

「アーティファクトは手に馴染むと言いますが……ん、んんっ!?」

 

 ギョロリと、ペルティアの両目がお互いに真逆の方向を向く。

 

「え、ちょっと、何ですのコレ!?」

「それが感知だ」

 

 ギョロギョロと絶え間なく動く眼球。

 

 祝福された『山砕きの』レイピア《デーモンスレイヤー》が周囲のデーモンの位置を直接脳内に叩き込み、存在を“見る”ことができるのだ。

 

「しばらくすれば落ち着く」

「視界が……気持ち悪い……」

「姿形を直接“見る”事もできる、だが、存在を大まかに感じるだけに留めておけ。いずれ慣れる」

 

 確かにそうですが、と頭を抑えるペルティア。

 

 アズは彼女を支えながら無人の道を往く。花街でもないので明かりはなく、閑散としている。

 

 アズはデーモンが潜む宿のドアをピッキングして開けると、物音一つ立てずに二階へ上がる。

 

(どう動いたらこんなに静かになるのよ!)

 

 ペルティアも装備のお蔭で無音で歩けているが――首をひねって後を追う。

 

 彼は客室のドアをこれまた同じように開けると、中で眠っている冒険者らしき三人の内の一人の枕元に立った。

 

 ペルティアは入り口で遠巻きに眺めており、アズの側で眠る男がデーモンだということははっきりと理解していた。

 

(人間とほとんど変わらないわね。デーモンはささくれ立つ黒い肌に黒い血、枯れた枝のように細い手足と言うけれど……)

 

 自分の知るデーモンとは似ても似つかないわ、本もあてにならないものね、と思った瞬間、彼女の頬に生暖かい血が付着した。

 

「え?」

 

 見れば、人間のようなデーモンは頭を壁に吹き飛ばされて脳漿を撒き散らし、首から大量の血を噴水のように噴いている。

 

 

 プシュウゥゥと部屋中に(・・・・)血を吹き散らせば、同室の冒険者二人が目を覚まして悲鳴をあげる。

 

「うわぁぁああああ!人殺しだ!」

「ガ、ガイアッ! ガイアが殺られた!」

「こいつはデーモンだ」

 

 あなたの方がよっぽどデーモンよ! という言葉を飲み込んで、ペルティアは違和感に気づく。

 

 アーティファクトはデーモンを感知し続けている。

 

 ペルティアは首のない男にデーモンの存在を感じた。

 

(不良品……いえ、彼の性格からして、そんな物は持たないでしょうね)

 

 どうしたものかと悩んでいると、宿のあちこちがドタバタと騒がしくなり、部屋の二人は武器を構え、隣室の冒険者がペルティアと部屋の惨状を見て「殺人鬼はこのデカブツか!?」と叫んだ。

 

 宿全体に明かりが点く頃には沢山の野次馬で狭い廊下が溢れ、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

 

 こんな騒ぎだというのに、アズは死体?の側を離れず、武器を持ったまま警戒し続けている。

 

 官憲が二人、野次馬をかき分けてペルティアの横まで来ると、内部の惨状に「うっ」と声を漏らした。

 

 そして犯人と思しきアズに向かって槍を構え「お前が殺人鬼か!」と踏み込もうとした瞬間、舞い上がった死体?の腕が二人の足元に落下した。

 

「立ち入るな」

 

 ジリッと官憲が下がる。

 

 ピリピリとした空気が肌を伝い、濃密な死の気配が漂ってくる。

 

 ここは殺し間だ。

 

 ドアを境にした客室がアズの間合いなのだ。

 

 踏み入れば死、あるのみ。

 

 だがペルティアは大胆にも一歩足を踏み入れた。

 

『グォォォォオオオオ!!』

 

 瞬間、死体の体積を無視した大きさの黒い影が腹を割いて飛び出し、一直線にペルティアの下へ向かう。

 

 身の丈は二メートル程で、その全身がささくれ立つ黒い肌に覆われている。

 

 更に枯れた枝のように細長い手足を持ち、目口のある場所には空洞が暗黒を覗かせている。

 

 悪意を固めたような禍々しい黒の一族――下級悪魔(レッサーデーモン)だ。

 

 下級悪魔(レッサーデーモン)はペルティアに細長い爪を振り下ろし――傷口から体内に、体内から精神に侵入して、彼女の体を意のままに操り逃走する。

 

 ――人間如きに見破られるとは耐え難い苦痛だが、己の役割は果たした。あの男には敵わないがいずれ八つ裂きにし、苦痛に歪む顔を剥製にしてくれる。

 

 下級悪魔(レッサーデーモン)は壁に張り付いて潰れた肉体のまま、夢を見ている事も知らず絶命した。

 

 殺ったのは当然アズだ。

 

「夢に潜むが逃げられぬか、まぁいい。帰るぞ」

「は、ええ? ……あなた、後片付けという言葉はご存知?」

「……? デーモンは殺した。下級(レッサー)だったが、奴らの企みは後片付けで済ませられる程小規模ではない」

「この場には説明を求める人がいるわ。それに、人類で結託したほうが動きやすい筈よ。」

「浅慮だ。一人で動いた方がマシだ」

 

 二人を見つめる奇妙な視線を歯牙にも掛けず、互いの意見をぶつけ合う。

 

 ペルティアは小さな胸を張り、不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

「まさか、人は城、人は石垣、人は堀と言うでしょう。少しは人望を集めなさい」

「……人の意思など容易く折れる。だが、お前の『黄金』の輝きを信じよう」

「……あなたって、時々詩的よね?」

「お前に人望について諭されるとはな」

「さ、そこな官憲の二人。名前は?」

 

 ペルティアはテキパキと話を進め、あれよあれよという間に話し合いの場を整えた。

 

 だが、「一人で動いた方がマシ」という言葉の意味を、突きつけられることになった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。