クソゲーの『悪役』令嬢と『デーモンスレイヤー』   作:傘花ぐちちく

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残虐な描写があります


第六話 プレイヤー@神様のお陰

「ああ……私は…………こんな…………のように……………………」

 

 牢獄。

 

 そう呼ぶには少し快適だが、牢の中には一人の女が居た。

 

 ブツブツと壁の隅で何者かと話すように言葉を紡ぐ様は見ていて怖気が走るが、一時の噂では第二王子の(きさき)の座を狙っていたと言われる美女だ。

 

 黒い髪は艶やかに光り、幼気な顔が庇護欲を掻き立てる、そんな美貌の持ち主であった。

 

 彼女、名をアリスと言う。

 

 アリスは、ディセンブルグ侯爵を筆頭にした貴族達と第二王子バニイルの暗殺計画を企てた平民の悪女――となっている。

 

 第二王子本人の懇願もあって処刑は延期されているが、遅かれ早かれ断頭台に並ぶ宿命だ。

 

「私は……私は主人公(プレイヤー)よ……この世界の中心、世界に冠たるエゲレスの女王になる存在……! ありえないありえないありえない……これは遊戯(ゲーム)、都合の良い世界……!」

 

 部屋の隅の暗がりで女の目が爛々と輝けば、一片の狂気が滲み出る。

 

 世界は己を中心に動く舞台装置であり、意のままに操ることのできる都合のいい脚本が用意された物語。

 

 そう信じて止まないからこそ、己が囚われるというありえない事象が起きたことに動揺を隠せないのだ。

 

物語(シナリオ)が破綻した……それは何故? あの冒険者のせい? まさかあの冒険者も主人公(プレイヤー)なの?」

 

 執着、嫉妬、憎悪、傲慢、強欲、ドス黒い感情を全て釜で混ぜて煮詰めれば、狂気と呼ぶにふさわしい結晶が出来上がる。

 

 行き場のない熱がアリスの顔を真っ赤に染めれば、彼女は這い回る虫を払うように全身を爪で掻き毟る。

 

「こんな物語(シナリオ)破棄よ……! 破棄破棄破棄破棄破棄破棄破棄破棄……新しい道筋(攻略ルート)を構築するわ……私がこんな目に合うはずがない!」

 

 ボサボサになった髪を振り乱し、亡者の様相で叫ぶ。

 

「……そうよ、これはきっと語られなかった部分よ。物語(シナリオ)は発言一つで二転三転するもの……物語(シナリオ)に必要なのは輝かしい成功だけ……! 敢えて捨てられた部分、それなら、私は何をしても成功する筈よ!」

 

 アリスは狂い叫び、身悶えながらアハハハと童女のように口を開けて嗤う。

 

 舞台装置でしかない世界、思い通りになる展開、都合良く動く人間、その全てを見下して嘲笑っている。

 

「あはァ……それに主人公(プレイヤー)には苦難が付き物じゃない……来る大戦争もそう、全部上手くいくただの遊戯(ゲーム)! 遊戯(ゲーム)遊戯(ゲーム)遊戯(ゲーム)遊戯(ゲーム)!」

 

 キャハハHAはハはハ ハは。

 

 悍ましい声が牢獄に木霊した。

 

 だが、どれだけ叫ぼうとも看守は来ない。

 

 彼らは既に《魅了(チャーム)》され、アリスの為に動く操り人形と化している。

 

 脱獄の準備は万全で、処刑時の影武者の用意すらされている。

 

 直に、彼女が“ハーレムメンバー”と呼称する六人の男達が駆け付ける予定だ。

 

 たかだか平民の為に国の重鎮達の息子が六人揃って強権を振るい、逃亡の準備を進める異常事態。

 

 アリスの頭の中では、ハーレムメンバーと無数の国民達が神を崇めるように賛辞を送り、贅を尽くした宮殿の中心で太鼓とフルートの音を響かせた狂宴が開かれている。

 

 女は、不気味な笑みを湛えていた。

 

 

 

***

 

 

 

「はい、確かに混沌核(カオス・コア)ですね。『No. 13』の攻略、お疲れ様でした。確認が出来次第、報酬を支払いますので、報告書の作製をお願いします」

 

 都市カオスゲートの、西の冒険者ギルド。

 

 その受付嬢から一枚の紙を手渡された冒険者がいた。

 

 彼女の名を、ペルティア。

 

 この一ヶ月で瞬く間に名が知れ渡った冒険者である。

 

 彼女はあの“紫白”の弟子であり、噂ではやれ「雷鳴の如く轟く咆哮を放つ」だの「髪の毛が逆立った五メートルを越す烈女」だの言われているが、実際は無数のアーティファクトに身を包み、容姿端麗の上に品行方正。

 

 経歴は不明だが、元貴族ではないかと囁かれる程の気品に溢れる人物だ。

 

 注目しない方がどうかしている。

 

 ギルド中の視線を独占しながらペルティアが踵を返すと、そこには新たな依頼書を手にした冒険者の男が一人。

 

 彼女もそうだが、彼もこの場に相応しく無い装いをしている。

 

 頭を覆う兜は血管を張り巡らせた様な赤黒い下地に紫の瞳が塗装され、多様な生物を感知する究極のアーティファクトである。更には、()(冷気)()()()(暗黒)赤銅(闘気)(破邪)のオーラが立ち上り、敵の攻撃に対してオーラが自動的に反撃を行う。手を出すだけで大抵の生物は死ぬ。

 

 次に、体の前面と背面で別れている特殊な構造の鎧は、見る角度によって異なる色に輝く玉虫鋼と呼ばれる超貴重な鉱物を使った逸品。羽のように軽い上に強靭であり、元素――炎、冷気、雷、毒、酸――と麻痺や盲目等の状態異常への耐性を兼ね備え、装備する者に凄まじい素早さを授けるアーティファクトだ。

 

 他にも、腰に下げられた魔法の光を放つ角灯(ランタン)や靴に外套、十の指輪、篭手等、人類全ての財をかき集めても入手できない武具を山程身に着けた男。

 

 人類の頂点に立つ“紫白”級冒険者、“針鼠の肉屋”。

 

 迷彩色の塗装を落とした彼の姿は人々にとって凶悪に映る上に、眠っている冒険者を撲殺した、という悪評がそれに拍車をかける。

 

 更に、巨人の持つ粗雑な棍棒――巨大で歪な球体に先細りする柄を付けたような、二メートルはある金色の鈍器を肩に担いでいる。

 

 “紫白”とその弟子、この奇妙なペアは、西の冒険者ギルドで張り込んでいれば二,三日間隔で目撃することができる。

 

 彼らは必ず依頼を四,五個受注して出ていく。

 

 通常の冒険者では死にかねないペースでの依頼達成は、ペルティアを一ヶ月という短い期間で(ブラック)級から二つ上の(オレンジ)級に押し上げた。中級冒険者の仲間入りである。

 

 異例の昇級に妬みや僻みは数知れず、特に数多のアーティファクトがあれば誰でもと言う声もある――確かに大半はそうだ――が、実力は確かだ。

 

 足運び、重心の移動、周囲の警戒、探索、攻撃、防御、感知、魔道具の扱いに瞬時の判断、野営。ペルティアの冒険者としての技量は、つい最近まで貴族令嬢であったとは考えられない程卓越したものになっていた。

 

 だから、だろう。

 

 依頼書を手にしたアズを見て、ペルティアの意識がクラリと遠のいた。

 

「……受注してから、宿に行きましょうか」

「そうか?」

 

 ペルティアとアズの生活は帰還して新たな依頼を受けてすぐに出立する、という過酷なものであり、今現在も丸二日眠らずにダンジョンを攻略したばかりだ。

 

 この狂った生活は以前も、その以前も、以前の以前の以前も、以前の以前の以前の以前も行われており、二人はろくな睡眠時間を取れた試しがない。

 

 そんな生活を一ヶ月も繰り返していれば、大抵の人間はその途中で死ぬか、大怪我をして休養を取らざるを得なくなる。

 

 間違っても死ぬことはないが、ペルティアの発揮する能力は日に日に(かげ)りを見せていた。

 

 ペルティアは高級宿に戻ると、まず何よりも先にベッドに飛び込んだ。

 

「どうした」

「……眠いわ」

「眠い?」

 

 ボスンと大の字になれば、天国に居るかのような最上級の快楽に包まれる。なにせ、今まで寝る場所といえば馬上か迷宮の土の上で、その上帰ってくる度に戦利品を宿に置いてベッドの前で折り返すばかり。

 

 ――ああ、睡眠とはこうも素晴らしいものだったのね!

 

「眠れば、あのデーモン共が感づく。手を出されなければ、俺でさえ感じることができん」

「……言わせてもらいますが! 普通の人間は二,三日寝ないだけで死ぬの!」

「俺は死んでない」

「死んだ人間がここにいて(たま)りますか!」

 

 ガバッと起き上がったペルティアが怒り心頭で怒鳴り散らす。

 

「もう少し世間の常識を学んだほうがよろしいのでは!?」

「……そうか。確かに、俺は睡眠が不必要な肉体だ」

 

 アズはふと思い出したように、脱人間宣言をした。

 

「……? え……? ん? さっぱり分からないわ? 頭がおかしくなったの?」

「少しおかしい」

「自覚あるのね……まぁ、眠いし事情は後で話して頂戴」

 

 布団を被ってぐーすか眠りこけると、アズはやはり、一睡もせずに見守る。

 

 武器を手放さず、時々窓と部屋の外を警戒し、ピクリとも動かず待機する。

 

 今までずっとそうしてきたように。

 

「……」

 

 アズの視界が一瞬だけ明滅する。

 

 ――ああ、いつものか

 

 彼は夢を見ない。

 

 だが不意に、記憶の欠片が走馬灯のように駆け巡る時がある。

 

 頭を過ぎるのは、十四の時の黄緑(ライム)級だった自分。

 

 都市アッテムトで、復讐を果たす時の記憶だ。

 

***

 

 

 

 当時、アッテムトを拠点にしていた俺は、村を滅ぼした盗賊の一人を拷問にかけ、アッテムト中の情報屋を金塊で走らせ、殺すべき者たちを探し続けていた。

 

 いま見ている記憶は、盗賊の残党が市長の館で何事かを企んでいるという情報を手に入れた時だ。

 

「聞いたわよ、遂に見つけたのね。アンタに言っても無駄でしょうけど」

 

 話しかけてきたのは、同じくソロでダンジョンに潜る女冒険者だ。

 

 名前は記憶していない。

 

 顔も靄がかかったように思い出せない。

 

「殺るのね、今日、この街で」

「■■■■■■■■■■■■」

「……違う、偶然よ。弟の様子を見に行くついでに……って、勘違いしないでよ」

「■■■」

「ま、事が済んだら付き合いなさいよ。堅物のアンタに遊びってモンを教えてあげるわ」

 

 何かと付き合いの多い奴だった。

 

 受付嬢の紹介もあり、タッグを組んでダンジョンに潜る事数回。腕も申し分なく、こちらの得手不得手を把握してスタイルを変える奴なので、何かと便利に使い倒していた。

 

 ダンジョンで背中を預けたのは、“ローグライク”を除けばコイツだけだった。

 

 場面が飛ぶ。

 

 市長の館に乗り込み、村を焼き滅ぼした■■■■■と■■■市長を急襲した時の記憶だ。

 

「なん――」

 

 理由も弁明も命乞いも聞く気は無かった。

 

 二人を認識し、即座に鎚を――『原初の泥の』ウォーハンマーを振り下ろした。

 

「ぎゃぁぁあぁぁああああ!?」

 

 得物を叩きつけると同時に、真っ黒な泥に酷似した酸が吹き出した。

 

 それを被った■■■■■は、皮膚が白い煙を吹き上げ、焼け爛れて炭化していく。

 

 奴はゴロゴロと床を転げ回って酸を落とそうとするが、俺は得物を空振りして酸を振り掛け、転げまわる奴を焼いた。

 

 そして、逃げ出した市長も同様の末路を辿った。

 

 どちらも動かぬ炭になると、自然と全身の力が抜けて腕が垂れ下がり、両膝をついた。

 

 全てが無になった。

 

 何も感じなかった。

 

 復讐に費やした四年間は、煮え滾る程の憎悪を抱えていたというのに、終われば、悦びや達成感はおろか胸をすくような晴れ晴れとした気持ちすら抱けなかった。

 

 消えたのだ、俺の全てが。

 

 だが、まだ始まってすらいなかった。

 

 俺の復讐は此処から始まった。

 

 酸で溶解したはずの市長の痕から、闇の如き暗黒を湛えた人型が現れた。

 

 ささくれ立つ黒い肌に黒い血、枯れた枝のように細い手足を持つ悪意の一族――悪魔(デーモン)だ。

 

 それも、頭部に捻れた二本の角を生やし、背に皮膜の翼を広げた上級悪魔(グレーターデーモン)

 

 当時の俺の実力では、まず敵わない相手だった。

 

『はははははは! 傑作じゃないか!』

 

 奴は口に相当する空洞を三日月に歪めて、喜悦に富んだ笑いを上げた。

 

 声色の高い男の声だ。

 

『ん? んぅ~? 反応が薄いぞ、驚愕しろ、恐怖しろ、私を喜ばせろ。お前は復讐者なのだから!』

 

 奴があの百度殺してもなお憎たらしい顔を俺に近付けると、汚物を詰め込んだ肥溜めより強烈な臭いの吐息を俺の鼻に吹き掛けた。

 

「なんだ」

『気の抜けた声だ……張り合いがない! もっと面白い(ショー)を所望しているのだよ? 我らが主は? お分かりかね?』

 

 奴は分厚い絨毯の上で、足を踏み鳴らしながら歩き回った。

 

『復讐が終わって気が抜けたのかね? お前のような素晴らしい玩具(・・)は沢山無いのだ、もっと激しく泣きたまえ、都市を滅ぼすほど怒りたまえ!』

 

 奴は俺の周囲を何度も何度も歩き、吟遊詩人が物語に合わせて楽器を弾くように足音を響かせた。

 

『疑問か? そうだろうそうだろう。お前は我らが意図せぬ内に産まれた奇跡のような人間! 運良く村を滅ぼされ、運良く生き残り、運良く事が運び、運良く復讐相手を見つけ、運良く殺した! あァ、なんという良き日だ……私の手元にこれほど楽しい玩具が転がり込んでくるとは』

 

 仰々しい仕草で踵を合わせると、奴は俺の前で背筋を伸ばして手を後ろに組んだ。

 

 視線が、自然と奴の顔に向いた。

 

 予感(・・)がした。

 

『そう、全ては偶然! 気まぐれでお前の村を滅ぼした時に全てが始まった!』

 

 ――あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!

 

 高笑いが響けば響くほど、腹の中で灰になった何かが激しく燃え上がった。

 

 ――げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら!

 

 囃し立てられれば、全てに納得がいった。

 

『我が《支配》の魔法で、これほど楽しい事ができるとは思ってなかったぞ! 感謝する!』

「……そうか」

 

 この時、はっきりと分かった。

 

 憎いだけだ。

 

 憎しみだけが在ったから、復讐してもどうでもいい。

 

『どれ、一つ歌でも歌ってやろう。ありがとォォ~~ありがとォォ~~♪ 産まれてェ~きてくれてェ~♪ 楽しかったよォ~♪』

 

 奴が歌う最中、《祝福》《回復力強化》《耐地獄》の生命魔法を唱え、加速の杖や元素耐性の薬で強化を掛けて準備を整えた。

 

 そして、手拍子に合わせて歌う奴の顔目掛け、《ファイアボルト》の巻物(スクロール)を発動した。

 

 放たれた火矢は着弾と共に爆炎を撒き散らすが、奴にはほんの僅かなダメージしか伝わっていなかった。

 

『復讐者クンおめでとォォ~~! 楽しませてくれたまえ』

 

 多分、とても安心した。

 

 復讐は当分終わりそうになかった。

 

『矮小なるニンゲンの門出を祝し、我が名を教えよう。我はジャブツェルコ、始祖の――』

アイスボルトの巻物(スクロール)

『――煩わしいぞ! 《ファイアボール》!』

 

 仕返しと言わんばかりの火球が炸裂するも、火炎の三重耐性を持つ俺には欠片も通用していなかった。

 

 だが、屋敷に炎が燃え移った。

 

 俺の持つ元素のスクロールによる魔法の矢と、ジャブツェルコの《ファイアボール》の、五度の撃ち合いが終われば、屋敷は既に倒壊していた。

 

『満足したか?』

「そうか」

 

 俺はジャブツェルコに歩み寄り、酸属性のアーティファクトを――『原初の泥の』ウォーハンマーを構えた。

 

 奴には酸耐性が無かった。

 

 幸運だった。

 

 手持ちの武器で殺せた。

 

 俺は奴の懐に潜り込み、一心不乱になって武器を振るった。

 

 奴の鋭利な爪を掻い潜り、巨大な角の一撃をどうにか受け流し、受けた傷よりも多く奴の肉を叩き、叩き、叩き潰した。

 

 余裕綽々だったジャブツェルコは、俺が傷を負ってもすぐに回復し、万全となってすぐさま反撃してくるのに焦っていた。

 

 焦りが手に取るように分かった。

 

 何故か、憎い相手のことが手に取るように分かった。

 

 奴の命を手中に収める――激しい攻防の最中、その時が刻一刻と迫るのを狂おしいほど待ち望んでいた。

 

『がァッ……! き、貴様! この都市のニンゲンは我が《支配》下にあるのだぞ! 命惜しくば――』

 

 ジャブツェルコの命は、数値で言うのなら後五〇%程だろう。

 

 分かる、理解できる、把握できる。

 

 俺の体はそういう(・・・・)風になっていた。

 

 だから叩く、潰す、マナへと返す。

 

 生まれ変わったような清々しさがあった。

 

 極限まで高まった集中力と驚くほど思い通りに動く体。

 

 できないことはなかった。

 

 俺が奴の爪撃に合わせてウォーハンマーを叩きつけると、爪が圧し折れて塵のように砕け散り、マナとなって世界へ還った。

 

 また一つ、俺は理解した。

 

 悪魔(デーモン)の体は、精神(アストラル体)を擬似的な肉にしている。

 

 魔法と魔法の武器以外では傷付かず、肉体の傷が精神状態に反映される。

 

『貴様ァァあッぁああああ!』

 

 ジャブツェルコは憤怒の叫びをあげ、皮膜の翼で飛び上がった。

 

『この都市の全ての者よ殺せ! 殺せ! 殺せェェええええ! ニンゲンは見つけ次第殺せ! ありとあらゆる手段で殺せ! 全ての力を振り絞って殺せッ! この男を殺せェぇえええエええ”えッ!』

 

 俺も浮遊を可能にする靴で飛び上がって追撃するが、《テレポート》で逃げられた。

 

 見失った。俺はギルドで保管していた悪魔(デーモン)感知の武器を取りに向かった。

 

 地上に降りて館を離れようとすると、大勢の人間が集まっていた。

 

 火事を消しに来た者、槍を構えた衛兵、野次馬の民衆、その全てが戸惑っていた。

 

「あ、足が勝手に」「ぎゃぁあああああ!」「うわぁぁあああ!?」「体が勝手に動いたんだ!」「人殺し!」「誰か止めろぉ!」

 

 衛兵が子供を刺した。

 

 野次馬は言葉では止めようとする一方で、レンガの塀を崩し、民家から刃物を取って路に現れた。

 

 子供を槍で貫いた衛兵は、苦しむ子供の体をぶら下げたまま俺の方へ歩み寄る。

 

「とっ、とめ、とめてくれぇ!」

 

 悲痛な叫びを上げる彼は人間の膂力を越えた力を発揮し、肉の盾を掲げて突進した。

 

 また理解できた。

 

 天啓が舞い降りた。

 

 ジャブツェルコは、始祖のデーモン第14席次“死に至る螺旋”に連なる一族の末端であり、《支配》の魔法はその一族のみが使える秘術。

 

 《支配》は特に優れた魔術師の《*解呪*》の魔法によってのみ解くことができ、アッテムトでは《*解呪*》ができない。

 

 《解呪》の魔法を掛けられた場合、魔法が解かれたフリをする。

 

 《支配》された者は命令を必ず実行しようとし、異常な身体能力を授かる。

 

 最適解は一つ。

 

「1、2」

 

 頭を二つ弾き飛ばして、数える。

 

 ジャブツェルコは《支配》した生物の、体だけを操り、俺を殺そうとしていた。

 

 長年掛けて、アッテムトに住む一万人以上の住民を《支配》して、それを使って殺しに来ていた。

 

 万を越す命乞いを浴びせ、油断を誘っていた。

 

「わぁぁあああああ!?」

 

 わけも分からず走る男。

 

 殺した。27。

 

「助けてぇ!」

 

 助けを請いながらナイフを構える若い女。

 

 殺した。56。

 

「やめてやめてやめて来ないでぇ!」

 

 己の子供を盾にするように掲げて石を握る母親。

 

 殺した。251、252。

 

「母さん、父さん、助けて!」

 

 親の幻影に助けを求めながらも武器を振る男。

 

 殺した。783。

 

「やだぁああああ!!」

 

 《支配》されてない冒険者を寄って集って撲殺した子供達。

 

 殺した。1078、1079、1080、1081、1082、1083、1084。

 

「あひゃひゃひゃおかしいおかしいおかしいおかしい」

 

 気の狂った老人。

 

 殺した。1483。

 

「た、助けてください、ギルドでいつも顔を合わせてますよねやだやだやだやだ動かないで来ないでやだぁ!!」

 

 顔見知りのギルドの受付嬢。

 

 殺した。2679。

 

 ありとあらゆる人間。

 

 数を数えて殺した。

 

 燃え盛る都市の中で、《支配》された住民たちが操られていない人間を殺し、死に物狂いで俺を殺しに来た。

 

 殺した。2723。

 

 返り血でむせ返る頃、俺は悪魔感知の剣を装備して都市を闊歩していた。

 

 物資を拝借しながら殺し渡り、一日中ジャブツェルコを目指して突き進む。

 

 殺した。3488。

 

 夜には大雨が降った。

 

 都市には煙の匂いが染み付いている。物資の数も心許なかった。

 

 水薬(ポーション)を求めて小さな商店に押し入ると、見覚えのある人間に会った。

 

 あの女冒険者だ。

 

「っ! もしかして、あ、アンタ……?」

「■■■■■■」

「私は、外の人みたいにおかしくなっていないわ」

「■■■」

「……悪いけど、今は動けない。正気の子供たちが奥にいるの。他の冒険者が命を懸けて私に託したから……」

 

 彼女はやつれて、覇気がなかった。

 

 どの道、連れて行くことはできないだろう。

 

 ダンジョンでは頼りにできたが、期待できない。

 

「……ねぇ、図々しいとは思うわ。だけど、孤児院に預けている私の弟の、様子を見てくれないかしら。助けてくれたら、その、何でもするわ」

「■■■■」

「……ありがとう。あ、そうよ、《解呪》の杖を持っているの! 弟が正気じゃなかったら、これを使って頂戴。満タンにしてあるから、他の子にも使えるわ!」

「■■■」

 

 この冒険者の言う、孤児院の場所は知っていた。

 

 ジャブツェルコが近い。

 

 俺は雨に打たれながらその場を後にした。

 

 殺した。3511。

 

「神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ」

 

 自ら目を潰し、おかしくなったシスター。

 

 殺した。3512、3513。

 

 泣き叫ぶ子供。

 

 殺した。3514、3515、3516、3517、3518、3519、3520、3521、3522、3523、3524、3525、3526、3527、3528、3529、3530、3531、3532、3533、3534、3535、3536、3537。

 

 孤児院にマトモな人間は居なかった。

 

 夜襲が続いた。

 

 3688。

 

 だが、朝が来れば、不気味なほど街は静まり返っていた。

 

 ジャブツェルコは俺が近づいても逃げるだけで、反撃をしてこなかった。

 

 奴はこの街から逃げないと知っていた。

 

 奴ら上級悪魔(グレーターデーモン)は身内すら信用していない。

 

 俺を逃せば、それは他の悪魔(デーモン)に手柄と獲物を横取りされるのと同義で、なおかつ、なるべく手の内を明かさないように俺をいたぶりに来る。

 

 あと二日以内に殺しに来る。

 

 3690。

 

 俺は大きな商店に押し入り、魔法のポーチや物資をかき集めた。

 

 その途中、地下倉庫に篭った冒険者を二人見つけた。

 

 戦士と魔術師だ。

 

 《支配》を受けているわけではなかった。

 

「……おいアンタ、外はどうなってる」

「■■■」

「警告どうも、それだけで十分だぜ」

「なぁ兄さん、帰還手段とかないか?」

「バカおめぇ、そんな物があったらとっくに出ていってるよ」

「■■」

 

 俺はディセンブルグに通じる《帰還》の魔法棒を渡した。

 

「マジか……」

「兄さん、逃げねぇのか?」

「■■■■■■■■■」

 

 二人はありったけの物資を俺に渡し、《帰還》した。

 

 地上に出ると、《支配》されていない九歳程の子供が一人、道の真ん中に現立っていた。

 

 ジャブツェルコが近くに居る。

 

 罠だ。

 

 だが、■らねば。

 

 俺が近づくと、子供の腹部が内から破裂して臓物が降り注いだ。

 

 1。

 

『同族が死んでも声一つ出さないのか? 悲しまないのか? 慈悲を乞えよ、下等生物!』

「■■■」

『チッ……さぁ、神聖少年騎士団の登場だ! 《支配》はしていないぞ? お前を殺せば両親を開放! うーん、素晴らしき親子愛だッ!』

 

 ガチガチと震える手で短槍を構え、ブカブカの革鎧に身を包んだ年端もいかない子供が十人。

 

『いい見世物になれ。動けば子供を一人ずつ苦しめる』

「うわぁぁああああ!」

「ああああああッ!」

「お母さん! お母さん!」

 

 絶叫とともに駆ける子供の、槍の穂先を砕いて受け流す。

 

『動いたな?』

 

 臓物が降り注ぐ。

 

 2。

 

「たすけて!」

『泣け、鳴け、哭け! 跪いて許しを請え!』

 

 3、4、5、6、7、8、9、10、11。

 

 頭を飛ばして一撃で仕留める。

 

「……ジャブツェルコ」

『はぁ、次も用意しておこう。《テレポート》』

 

 奴が逃走した。

 

 俺は飛び出して、魔法のポーチから剛力の弓と悪魔祓いの矢を構えて追跡する。

 

 悪魔を感知する装備などダンジョンからいくらでも拾える。

 

 悪魔(デーモン)共は身内に盗られて逆襲されるのを警戒するあまり、魔法の武具を持たない。

 

 だから俺が追い詰めていた。

 

 視界に空を飛ぶジャブツェルコが映った。

 

 気づかれないように先回りし、有利な場所で遮蔽物に隠れて待ち構えた。

 

 一刻も早く殺す。

 

 俺は悪魔祓いの矢をつがえ、急所目掛けて放った。

 

『ぐぁッ!? 何だ!?』

 

 続けざまに四発。

 

 ジャブツェルコはようやく俺の姿を捉え、《ファイアボール》を放つ。

 

 咄嗟に奴の視界外へ飛び込み、爆心地から離れた。

 

 奴が嬲るように俺を殺すつもりなら、俺も同じ手段で殺す。

 

『《テレポート》!』

 

 逃げた奴の場所は分かる。

 

 追いかけ、矢を射かけ、魔法を耐性と距離減衰でやり過ごし、逃げた奴をまた追いかける。

 

 ジャブツェルコの自然回復能力は俺と比べても劣る。

 

 奴が時間を稼がない限り、この削り合いは俺が制する。

 

『――来たれッ、《悪魔召喚》!』

 

 俺を囲むように混沌の下級悪魔(レッサーデーモン)が十体現れた。

 

 下級(レッサー)上級(グレーター)では存在の格が違う。ただの障害物だ。

 

 ジャブツェルコは時間を稼げれば十分で、狭い路地へ飛び込んだ。

 

 素早く弓からウォーハンマーに持ち替えて、襲い来る下級(レッサー)を蹴散らし、奴が待ち構えている奥へ乗り込んだ。

 

 その間にも、四方八方から下級悪魔(レッサーデーモン)がこの地を目指して集まっているのが分かる。

 

 予め召喚しておいたようだ。

 

 そして、奴が用意したのは同じ血族の下級悪魔(レッサーデーモン)ではなく、召喚魔法によって混沌から呼び出される下級悪魔(レッサーデーモン)

 

 ジャブツェルコにとっては裏切られる心配は無く、使い捨てられる程の数を揃えられる。

 

 飛行している混沌の下級悪魔(レッサーデーモン)は、路地を埋め尽くすように上下左右前後全方向からやってきた。

 

 目くらましや混乱の呪文を唱えるか、軽い物理攻撃を加えてくるだけだ。ざっと二〇〇は居るが、障害にはならない。

 

 ウォーハンマーで弾き飛ばし、浮遊して撃ち落とし、投げ飛ばして複数体を巻き添えにする。

 

 ただ前へ、前へと突き進めば、奴の虎の子――血族の下級悪魔(レッサーデーモン)が五体、ジャブツェルコと共に開けた場所から魔法を一斉に放った。

 

 魔法で圧殺。

 

 その手段を採ることは知っていた。

 

 部屋に飛び込む前に《テレポート・アウェイ》の魔法棒で三体の下級悪魔(レッサーデーモン)をランダムにテレポートさせ、残りの二体を撲殺した。

 

 逃走したジャブツェルコを矢で射ながら、途切れた強化を掛け直した。

 

 奴は召喚した混沌の下級悪魔(レッサーデーモン)を置いて大通りに出た。

 

 アッテムトのメインストリートで道幅は広く、つい二日前までは数多くの人が行き交っていた場所だ。

 

 今は違う。

 

 軍隊のように隊伍を組んだ市民が血の匂いと腐敗臭の漂う中、不安を口にしながら立たされていた。

 

 数は、恐らく都市中の生存者全て。

 

 ジャブツェルコが上空を通過すると悲鳴が上がった。

 

『さぁ、今度は市民の義勇兵だ! 同胞の死骸を踏み付け、肉の山、血の河、骨の塚を築くまで、死力を尽くして殺しに来るぞ! 数は七千、お前に全て殺せるか?』

 

 俺も浮遊して飛び出した。

 

 《支配》された市民の中には僅かに、衛兵の持っていた血塗れの槍を持つ者がいた。

 

 彼らは俺の移動に合わせて投槍を行い、武器を受け渡していた。

 

 あちこちで絶叫がした。

 

 3721。

 

「頼むぅううう! その悪魔を殺してくれぇ!!」

『ん?』

「殺して! あいつ殺してよぉ!」

「ころせぇぇええええ!」

「もうたくさんだ!」

「娘の仇を取ってぇぇええええええ!!」

 

 怨嗟の声が街中に木霊する。

 

『おやおや意外ですね、英雄気分が味わえますよ? 楽しんだらどうですか?』

 

 ジャブツェルコが空中で静止した。

 

 今度は『原初の泥の』ウォーハンマーではなく、悪魔祓いのロングソードを構えて奴の懐に飛び込んだ。

 

『踊りなさい、《真・吸血(トゥルー・サック)》』

 

 交差する瞬間、暗緑色の光が俺から生命力を奪い去り、奴の下へ注がれていった。

 

 俺の生命力は奴と比べて低いので回復量に問題はないが、ダメージは大きい。

 

 これが奴の不自然な自信の元だった。

 

 ――暗黒魔法、死の力を操る強力な魔法だ。

 

 思いきり斬りつけたが、ジャブツェルコはこちらの斬撃が浅いと見るや、手拍子を打って市民に命令する。

 

『ほらほらみなさん、この男を殺しなさい! 生きたいならね!』

 

 直後、無数の槍が上空から降り注いだ。

 

 回避して当たるものを剣で弾くが、下の市民に次々と突き刺さった。

 

 3726。

 

 運良く無事だった者が傷口を抉るように槍を取り出して3728、俺目掛けて穂先を振った。

 

 息ある者すら踏み付けて群がる彼らの攻撃を、靴や具足で弾きつつ、ジャブツェルコに肉薄して再び接近戦に持ち込んだ。

 

『楽しかったですか? 沢山救った気分ですよねぇ? 皆さん、あなたを英雄のように思っていますよ? まぁ勝てないんですが』

 

 ジャブツェルコと俺の近接能力は同程度だ。

 

 二回に一回は攻撃が外れる。

 

 だが、もう一つ武器が在れば別だ。

 

 手数は倍、『天下無双の』ガントレットが二振りの得物を自由自在に使いこなす補助をした。

 

 悪魔祓いのロングソードに短剣も握り締め、苛烈に攻め立てた。

 

 奴の《真・吸血(トゥルー・サック)》の回復量を上回り始めた。

 

 俺は山程ストックしてある*体力回復の薬*で素早く全ての傷を癒やした。

 

 ジャブツェルコの命が削れていくのが分かる。

 

 焦りが分かる。

 

 《テレポート》で逃げようとするのが分かる。

 

 懐に捨て身で飛び込んで短剣で一閃、胸に一文字の傷を刻み、ロングソードを投げ捨てて、魔法のアミュレットを傷口に捩じ込んだ。

 

『ガァッ! 貴様ッ、《暗黒の嵐》!』

 

 魔力を帯びた邪悪な意志が渦を巻き、有象無象を呑み込まんと荒れ狂う。

 

 《支配》された者が居ようともお構いなしだ。

 

 奴の命は七割も残っていた。

 

 だが、もうジャブツェルコは逃げられない。

 

 虎の子の魔法でさえ回復が追いつく。

 

 悪魔(デーモン)は魔力の回復手段を持たないと知っていた。持てば必要な時に奪われるから。

 

『化け物が……《テレポート》』

 

 《テレポート》は発動するが、効果はかき消された。

 

『は……《テレポート》! どうなっている!? 《テレポート》!』

 

 傷口に捩じ込んだ反テレポートのアミュレットが、ジャブツェルコの《テレポート》を阻害した。

 

 奴もそれに気づき、自らの傷口に手を差し入れようとした。

 

『グギャァアアアア!』

 

 させるはずもない。

 

 再び『原初の泥の』ウォーハンマーを手に取って、腕ごと手を砕いた。

 

 奴の動きが随分と分かりやすくなってきた。

 

『あ、ありえん……』

 

 倍の手数で切り裂き、叩き潰し、ジャブツェルコの持ちうる手段を封じた。

 

 奴の恐怖が分かる。

 

 有りもしない未来の為に、全てを出し惜しんだことを後悔し、惨めな敗残者として何もかも失うのだ。

 

『俺が、この俺が、ニンゲン如きにッ!』

 

 デタラメに繰り返された《暗黒の嵐》に《真・吸血(トゥルー・サック)》。

 

 受けた傷は生命の薬で完全に癒やした。

 

 回復手段が豊富に有り、魔力も完全に回復した俺。

 

 傷は癒せず魔力も尽きかけ、逃走もできないジャブツェルコ。

 

『負けるハズがぁぁぁぁああああああああ!!』

 

 命が今、俺の手の中にある。

 

『やめろぉぉぉぉおぉおおおおおお!』

 

 背を見せて逃げ出したジャブツェルコの、角を掴んで地面に叩きつけた。

 

『助けてくれ、悪かった、反省するがぁぁああああ!?』

 

 地に伏した奴の肩を抑えつけて、翼を毟り取る。

 

『殺さないでくれ! 《支配》も解く、やめろ! やめろ! 誰か助けろ! 下級悪魔(レッサーデーモン)どもぉぉおおおお!』

 

 ウォーハンマーを渾身の力で振り下ろし、ジャブツェルコの頭を、完全に砕いた。

 

 精神が人型を成すならば、急所もまた人型と似通う。

 

 精神の核――魂が完全に崩壊したジャブツェルコは、そのまま肉体がマナへと還った。

 

 終わった。

 

 終わらなかった。

 

「やったぞぉ!」

「化け物が死んだ!」

「俺たちの勝ちだあああああ!」

 

 《暗黒の嵐》のせいで大勢が死に、周りの空間に空きができていた。

 

 その周囲の人間が歓声を上げた。

 

 熱狂は波のように伝わり、市民が押し掛けてきた。

 

 俺はロングソードとウォーハンマーを握り直し、飛び掛かってくる市民を薙ぎ払った。

 

 4123、4124、4125。

 

 彼らは皆一様に槍、折れた枝、レンガ、太い棒等をその手に持って襲い掛かってきた。

 

「どうなっ――」

「ぎゃ――」

「悪魔は死ん――」

「足が勝手にうご――」

「とめてく――」

 

 悲鳴も驚愕も嘆きも、全てが言い終わる前に途切れた。

 

 その中で、理解(・・)した市民が声を上げた。

 

「ふざけるなぁあぁあああああ!! お前が死ねええええええええッ!」

 

 4179。

 

「そうだ! お前が死ねばいいんだ!」

「騙したなぁあああああ!」

「化け物は死ね死ね死ね死ねしねぇぇええええ!」

「あいつを殺せぇええええ!」

 

 怒りと罵声で大気が歪む。

 

 溢れんばかりの熱気が湧き上がり、轟音耐性がなければ鼓膜が破れていた。

 

 それから、市民は非常に組織だった動きをした。

 

 俺に押しかける者、家を崩して石材を入手する者、長ものを輸送する者、投石する者、彼らは分業して一つの殺戮器官と成った。

 

 残り数千と数百余りの群衆が死兵と化し、本気で殺しに来た。

 

 《支配》はジャブツェルコが死んでも解けない。

 

 当たり前だ。

 

 奴とて掛ける術しか知らないのだから。

 

「死んじまえええええええええ!」

「うぉぉおおぉぉおおああああああ!」

「ああああああああ!!」

 

 三人の男が血塗れの槍を手に駆けた。

 

 4233、4234、4235。

 

 その直後に弧を描いて飛んできた拳大の石を得物で撃ち落とし、再び三つの死体を積み重ねた。

 

 4352。

 

 死体が百を超える頃には人間の手による投石が中断され、人の群れによる囲いが崩れて、スリングを持った者達が隊伍を組んで現れた。

 

 射線が俺を中心に交差しており、号令とともに無数の礫が放たれた。

 

 全てを捌ききれず、礫が体の上で弾けて意識が朦朧とした。

 

 俺が射列に飛び込もうとすると、武器を構えた者たちが捨て身で飛び込んで阻止してきた。

 

 4358。

 

 殺している間にも投石が行われ、味方の肉を貫いて俺に殺到した。

 

 《体力回復》を唱えるそばから凶器が降り注ぐ。

 

 防具で覆っていない箇所に命中すれば肉が飛び、そうでなくとも衝撃が伝わった。

 

それを耐えて、殺した。

 

 4431。

 

 不意に、投石が止む。

 

 気付いた時、俺は空高く舞い上がっていた。

 

 ジャブツェルコの召喚した下級悪魔(レッサーデーモン)が俺を抱えて飛び上がったのだ。

 

 肘打ちで拘束を緩め、素早く体を翻して叩き潰した。

 

 直後に別の個体が真上から飛びかかり、大地に叩きつけられた。

 

 体勢が崩れて足元が覚束ない。

 

 すかさずタックルしてきた市民の頭を潰すが、死体が密着して動きが鈍ると、人々が次々とのしかかりに来る。

 

 蹴飛ばし、振り払い、投げ飛ばすが、処理能力が追いつかない。

 

 4498。

 

「今だ! 崩せ!」

 

 地に伸びる影――家が崩落し、そこにいる者を巻き込んで瓦礫が降り注ぐ。

 

 数多の瓦礫に押し潰され、ろくに身動きが取れない。

 

 辛うじて生きているが、それでも身じろぎ、腕を動かした。

 

 俺に重なった人の、死にたくないという呻きが聞こえた。

 

 その最中、油が撒かれた。

 

「火を放て!」

 

 その合図とともに風を切って火矢が放たれ、炎上する。さしたる影響はない。

 

 潰れた者の断末魔の中、《テレポート》の巻物を起動し、瞬時にその場を離れる。

 

 4425。

 

 路地に飛んだ俺は、《体力回復》を唱えすぐさま大通りに飛び込んだ。

 

 浮遊して群衆の中心に分け入り、周囲の五、六人を殺して《テレポート》の杖を使って逃走し、殺した。

 

 繰り返して。

 

 4972。

 

 繰り返して。

 

 5173。

 

 繰り返した。

 

 6829。

 

 終わりが見え始めた所で、召喚された下級悪魔(レッサーデーモン)が雲霞の如くやってきた。

 

 数は百五十程度。

 

 空を飛び回り、俺の上に瓦礫を落とした。

 

 それと連携するように、武器を持った者たちが殺到する。

 

 彼らは一つの生き物のように、神懸かった指揮能力を持つ者に統率されたように、効率的に殺しに来ている。

 

 彼らは足止めをし、火力を投入する。

 

 俺は捕捉されないよう動き、削るように数を減らした。

 

 誰だって死にたくはなかった。

 

 俺■■て■し■■■■よ。

 

 7561。

 

 命が舞い上がる埃のように消えていった。

 

 その次には血と臓物が降り注ぎ、矢の雨が突き刺さり、鉄と石が全身を呑み込む。

 

 ヒトもエルフもドワーフも獣人も小人も妖精も下級悪魔も、別け隔てなく命を散らした。

 

 また夜が来て、殺した。9142。

 

 朝日が昇り、殺した。12868。

 

 昼が来て、終わった。

 

 14735と11。

 

 気付けば、武器を持つ者はあと一人だ。

 

 冴えない三十代のヒトの男。

 

 彼は血の池を踏みしめて叫んだ。

 

「だずげて、おねがい」

 

 彼の持つ剣を叩き折って、ロープを取り出す。

 

 意志に反して襲い掛かってくる彼の手をとって、地面に引き倒した。

 

 背中を足で抑え、ロープを、使おうとした。

 

 彼に頭はなかった。

 

 引き倒す段階で、反射的に薙いでいた。

 

 12。

 

 静かな、静かな、静かな都市。

 

 鳥の(さえず)り、虫の羽音、風の音、人の声、足音が、静寂(しじま)に消えた。

 

 終末が訪れたような静謐(せいひつ)にただ立ち止まり、《体力回復》を唱えた。

 

 すぐに、僅か十分ほどで、たったそれだけの時間の後に、人が来た。

 

 アッテムトに五人の冒険者が来た。

 

 《帰還》したあの冒険者が呼んだのだろう。

 

 不自然に開け放たれた正門から、メインストリートまで一直線にやってきた。

 

「おぇぇええええ、おぇ、げぇっ、ぺっ」

「うぷっ……」

「ひ、でぇ、お、おぇぇ……」

 

 全員がゲロを吐き散らす。

 

「こりゃヤバい、死体しかねぇ」

「早くディセンブルグに戻って知らせないと」

「元凶の魔物が居るかも知れない、気を付けろ」

 

 声を掛けると、女神官から《退魔》――アンデッドや悪魔にダメージを与える――を喰らった。

 

「■■■■」

「え、あ、はは……死ぬでしょこれ」

「矢ぁ何本刺さってんだ」

 

 全身鎧を着ているわけではないため、魔法的な防御があろうとも刺さる場所には刺さる。

 

 肩周り、胴体、足に刺さった鏃を引き抜いて、《体力回復》で全回復した。

 

 体内に残った釘や木材も肉ごと抉り出して、回復した。

 

 重さで動きにくいので、防具の中に溜まった血も外に出した。

 

「ああ、ぁああ! め、め、()だ!」

「ひっ! そ、それは!」

「8124の目だ」

 

 リーダーらしき男戦士が、一歩前に出て尋ねた。

 

「何があった、んですか? 生存者は?」

「――上級悪魔(グレーターデーモン)だ、殺した」

「え? じゃ、じゃあこの人達は全員、デーモンになにかされて?」

「俺が殺した」

 

 人型感知の武器に持ち替え、生存者を探した。

 

 冒険者のうち二人がディセンブルグに帰還し、三人が距離を開けて俺の後をつけていた。

 

 アッテムトを隅々まで歩き回って、少し大きな倉庫の中に存在を感じた。

 

 鍵を壊し、両開きの扉を開け放つ。

 

「くっ、臭い! なにこれ……」

 

 漏れ出た臭気に女魔法戦士と女神官が疑問を呈するが、男戦士は匂いに心当たりがついたのか、盛大に吐き散らす。

 

 埃っぽく汗のこもった匂いに、独特の淫臭。

 

 粗末な藁の上に、一糸まとわぬ妊婦が三十二人。

 

 歳も種族もバラバラだが、出産間近の妊婦と同程度にまで腹が膨らんでいた。

 

 誰も《支配》されていない。

 

 悪魔に犯された後、受精して胎児が急速に成長したようだ。妊婦は痩せこけて、顔色も悪い。

 

 凄惨な拷問の痕も見て取れた。

 

「こぉ……して……」

「ろしぇ」

「ほほひへ」

「して」

「ころし、て、くださ」

 

 悪魔の子を孕んだとしても生きて行ける。

 

 だが、彼女らは苦痛に耐えられなかった。

 

 近寄って、聞いた。

 

「目を瞑れ」

 

 外に運んで、誰にも見えない場所で介錯し、また聞いた。

 

「おっど、は、ぶじで」

「無事だ」

 

 また聞いた。

 

「わた、わぁしの……むす、こ」

「助けた」

 

 聞いた。

 

 聞いた。

 

 聞いた。

 

 みな殺した。

 

 最後の一人。

 

 年端もいかない彼女の眼には、意思があった。

 

「ころして……あいつ、ら、みんな……ころして……!」

「分かった。待て、神官を呼ぶ」

 

 外に待機している女神官を呼んだ。

 

「来てくれ」

「! はい、私に任せてくだ――」

「ぎゃぁあああぁああああぁあああああああああ!」

 

 急いで駆け寄ると、彼女の腹を突き破って小さな悪魔が現れた。

 

 潰した。

 

 すぐに*体力回復*の薬を振り掛けると、傷が全て元通りになった。

 

「……ほ、よかった、目が覚めたら私が話をしますね」

「死んだ」

 

 目蓋を塞ぐ。

 

「え?」

「死んだ」

 

 抱えて、太陽の下へ。

 

「……だ、だって、これ、あの水薬(ポーション)ですよね? 何でも治す、あの」

「44は死んだ」

「……」

 

 44。

 

 俺は孤児院へ行った。

 

 まだ一人生きていた。

 

 三人も付いてきた。

 

 壊れた扉から中に入ると、あの女冒険者が居た。

 

 頭の無い亡骸の側に寄り、血の海に座っていた。

 

「……よかった……アンタ、無事だったの」

「ああ」

「……弟は、駄目だったのね」

「ああ、3524は駄目だった」

「……聞かないの、あそこに居た子供達のこと」

「どうした」

「閉じ込めた。正気じゃなくなって…………それで」

「そうか。後で行く」

「うん……」

 

 女冒険者は3524の死体を見ていた。

 

「ねぇ、弟は……ロイスは、苦しまなかった?」

「ああ」

「それなら、それなら……」

「《解呪》の杖は返す」

「うん……その……ぇ、なんで? あ、これ」

「未使用だ」

 

 女冒険者は泣き始めた。

 

「なんで、アンタ、《解呪》使えない、でしょ?」

 

 語気が強まった。

 

「手遅れだった」

「何の魔法か知ってたの……わかんない、でしょ? そうでしょ!?」

「手遅れだった」

「使ったって言って、お願い……!」

「未使用だ」

「――――」

 

 女冒険者が俺を見ていた。

 

 真紅の目を覚えていた。

 

 涙が溢れ出ていた。

 

「あ、ああ、ああああああああああああ!!」

 

 彼女はレイピアを抜くと俺を突き刺した。

 

 反射的に振り払ってウォーハンマーで顎を強打し振り抜――かず、踏み留まった。

 

 得物からは酸が飛び出して彼女の顔を焼いた。

 

 女冒険者は血の海に転がり、肌が焼け爛れようとも叫んだ。

 

「おまえがッ! どうして殺したァァァァアアアアアアアアッ!!」

 

 我武者羅に飛び込んでくるが、見ていた3人の冒険者が止めにかかった。

 

「ちょ、ちょっと何やって……」

「人殺しッ、人殺し人殺し人殺し! 何で殺したなんでなんでなんでなんでおまえがころしたんだぁぁああああああああああっ!!」

「手遅れだ」

「ふざけるなぁぁアァぁああっぁアあああぁあ"あ"アアあ"あ"あッ!!」

 

 羽交い締めにする冒険者を振りほどき、彼女は何の効果もない短剣を抜いて、縋り付くように俺の足を深く刺した。

 

 何度も刺した。

 

 何度も、何度も、何度も、涙を流して、そして力無く項垂(うなだ)れた。

 

「どうして……っ、うああああぁぁ……」

「……水薬(ポーション)を」

 

 差し出した瓶は振り払われ、地面に落ちて割れた。

 

「そうか」

「っく、ああぁぁ……なんでよぉ……っ、しんじてたのにっ……」

「■■■」

「返して、かえしてっ……! たった一人の家族だったのに、どうしてぇ」

「■■■■■」

 

 ディセンブルグから兵士が来るまで、俺達はここに居た。

 

 14735と44の命は消え、4人の生存者と3人の子供の生還者が出た。

 

 俺はこの後も都市を三つ滅ぼし、合わせて68961と3582の人を殺した。

 

 次は。

 

 次こそは。

 

 ■■■■――。

 

***

 

 記憶は一瞬で過ぎ去った。

 

 アズは過去の夢を見ない。

 

 アズは未来の夢を見ない。

 

 ただ記憶を思い出すだけ。

 

 彼は隣のベッドに眠るペルティアを見た。

 

 寝癖が悪く、体が布団からはみ出ている。

 

 アズは布団をかけ直し、彼女の端正な顔に手を伸ばした。

 

 その手が血で汚れていた――そんな気がしたので止めた。

 

(またこの女も死ぬのだろう)

 

 都市が燃え、人が死に、悪魔のある一族が死に絶えた時。

 

 その最中でアズは、人類絶滅の夢を見た。

 

 流星のように燃え尽きたペルティアの最期を見た。

 

 

 

 

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