クソゲーの『悪役』令嬢と『デーモンスレイヤー』   作:傘花ぐちちく

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第八話 「ゴミ箱一個分に含まれるゴミ箱は無限大だぜ!」

「アズ、“祈りを捧げる者達の(プレイヤーズ)教会(クレリック)”の本拠地が分かっていたりしないわよね?」

 

 冒険者ギルドから出たアズとペルティアの二人は、大通りの人混みに流されていた。

 

「目星は付けている」

「それなら、今すぐ乗り込んで――」

「まだ、だ」

「……どうしてかしら」

 

 敵の真っ只中に飛び込んで傷一つ無いくせに、と恨み言を一つ付け加えてジトっと見つめる。

 

 大抵の脅威なら、確かに、アズの前では塵芥に等しい。

 

「ペルティア、お前を連れて乗り込むには、十分だろう」

「ならば何故?」

「勘だ。お前はこの依頼(クエスト)に対して適正な実力(レベル)を持っているが、それでは不十分な気がした」

「……あなたの勘を否定するのって、ものすごく難しいと思わない?」

 

 “祈りを捧げる者達の(プレイヤーズ)教会(クレリック)”がまた何かやらかすかもしれない。

 

 カオスゲートの誰かの命が、手をこまねいている間にも奪われるかもしれない。

 

 次の被害者は二十八人どころでは済まないかもしれない。

 

 アズはそれを分かっていてなお、ペルティアを選んだ。

 

 本能的に、まだ踏み込むべきでないと気付いたから。

 

「論理的ではない」

「実力が保証しているわ、しばらく鍛錬ね。ところで」

 

 ペルティアが足を止めた。

 

 大通りだろうがなんだろうが、わざわざ彼女達の後ろを歩くような愚鈍で危機感知能力の無い人間はいない。

 

「どこに向かっているの?」

「これから間引きに行く」

「間引き? 何の?」

「ダンジョンだ」

 

 ダンジョンは、勝手に生えてくる。

 

 そもそもダンジョンとは、混沌から産まれ出たと言われるものだ。

 

 混沌(・・)から世界が産まれ、世界が混沌から産まれた以上、混沌というものが世界に何を放り込んでこようと止める術はない。

 

 だからといってダンジョンを放置すれば、1年弱で中から魔物が溢れ返り、地上を我が物顔で歩き回るようになる。

 

 東から来る混沌の軍勢というものはダンジョンから溢れた魔物であり、それに四苦八苦している現状、国内――ひいては人類の生存圏内でダンジョンを放置してよいはずがない。

 

「他の冒険者に任せないのかしら? あなたのことだから、それも成長に繋がるとか何とか言いそうですけど」

「駄目だな」

「何故なの?」

「間引けるダンジョンが少なすぎる」

「…………もしかすると、人類はかなり危ういのでは?」

「ついに気付いたか」アズが肯定する。

「……貴族時代が長すぎたかしら?」

「自嘲は止めろ。目に見えて分かる変化ではない」

 

 人類で見て、(インディゴ)級が九十三人、藍紫(らんし)級が十四人、(バイオレット)級が二人、紫白(しはく)級が一人。

 

 超級以上の冒険者が人類全体で百十人、冒険者ギルドに所属していない者を含めても四,五人程度の誤差。

 

 超級冒険者の数自体は大して変わっていない。

 

 だが、その質は四年前――アズが消えた後から急激に低下した。

 

 竜窟(りゅうくつ)や巨人の棲家、神の麓と呼ばれる超高難易度ダンジョンを間引き出来なければ、地上は恐るべき魑魅魍魎(ちみもうりょう)跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する地獄と化す。

 

 物量や、勇気や、生贄や、対話や、慈悲による問題解決は望めない。

 

 迷宮産の竜と龍と巨人と亜神を殺せる超越者がいなければ人類はいともたやすく滅びる。

 

 だが、有象無象に群れる人外共が徘徊する階層を幾つもくぐり抜け、ダンジョンの最下層で主を殺し、迷宮核を持ち帰らなければダンジョンは消えない。

 

 二〇〇〇年以上続く人類の歴史から見ればたかが四年――その僅かな時間で並み居る強者達は死に絶え、弱者達が繰り上がるように超級冒険者になった。

 

「それで、どこのダンジョンに? 私が攻略できるようなものは粗方潰してしまったじゃないの」

「当然、竜窟だ」

「はい?」アズは言葉を続けた。

「今度ばかりは命の危険がある。短期に、急激に力を付ける方法で()って、実力を底上げする」

 

 アズが再び歩き出し、ペルティアが早足で追いかける。

 

「そんなダンジョン、攻略できるわけないわ!」

「そうだ、だが違う。今回行うのはドブさらい(スカム)だ。ペルティア、ダンジョンの出入り口に続く階層の数を言ってみろ、おさらい(・・・・)だ」

「……入り口からは三つ、出口からは無限。出入り口はあの暗黒の膜ただ一つ」

「そうだ。ダンジョンに繰り返し入ろうとも、三つの階層(マップ)に出るのみだ。最下層を除けば、ダンジョン内部では上下の階層に続く場所が必ず出現する。故に枝分かれした階層はほぼ無限に広がり、結果として出口は多くなる」

 

 地上からの出入り口は暗黒の膜ただ一つだ。

 

 しかし、地上からダンジョンに入った後、内部に広がっている地形は三パターンしか存在しない。

 

 例えば、「穴1」というダンジョンに入った時、第一階層の地形はA、B、Cのどれかになる。

 

 「穴2」に入ったとすれば、第一階層の地形はA’、B’、C’のどれかになる。

 

 各第一階層には上下に続く階段(・・)が存在するが、第二階層に下りて、下りた時とは別の階段(・・)から第一階層に戻れば、そこの地形はDやD’となる。

 

「本当に変なルールよねぇ」

「ダンジョンは混沌であるが故に秩序を内包する。今回はそれを利用する」

「どうやってやるのかしら?」

 

 カオスゲートを出ると、二人は草原をかき分けて南東方向に突き進む。

 

 前に立ち塞がる魔物は蹴散らして、求めるダンジョンは「No. 2 竜の巣穴」。

 

「入り口の暗黒膜に顔だけを入れ、感知して一体だけで孤立している魔物がいれば倒す」

「……アズ、無闇な出入りは冒険者ギルドで禁止されていたはずよ」

「確かに、繰り返せば目覚めたばかりの魔物に不意撃たれる危険がある。だが今回は別だ、使った後に片付ける」

「なるほど……?」アズは早口で続ける。

「竜窟とは言うが、竜以外も出る。倒す敵の狙いは絞る、それは教えよう」

「……狙いを絞って倒す、だからドブさらい(スカム)なの?」

「戦い、死線を越え、繰り返し、追い詰められ、お前が掬い取るものは千金にも値する。だが、多くの者は泥に沈むか血に塗れるかだ。故にドブさらい(スカム)と呼ぶ」

 

 竜を中心とした迷宮――通称竜窟はその名の通り竜が現れるが、それに匹敵する魔物も多く現れる。生半可な覚悟では一体たりとも倒すことは出来ないだろう。

 

 どれほど貴重なアーティファクトに身を包もうとも、マトモに攻撃を喰らえば死にかねない。

 

 装備による二重耐性とアイテムや魔法で付与する耐性を合わせた三重耐性がなければ、強力なブレスを食らっただけで即蒸発だ。

 

 ペルティアは身震いしたが、同時に闘志も湧いてきた。

 

 この期待の重さに応えた時、自分が掴むものは己に輝きをもたらすはずだ。夜明けに燃える太陽より眩しいはずだと、己を鼓舞した。

 

「聴いて、視て、勝て」

「……相変わらず、無茶ばかり言うんだから」

 

 二人が到着したのはポッカリと口を開いた洞窟、魔法の角灯(ランタン)で照らされた空間は薄暗い。

 

 求めたダンジョンは洞窟の横穴に広がっていた。

 

 ヒトの背丈より高く大人が二人両手を広げても足りない幅の横穴に、暗黒の膜は仄暗い輝きを放ちながら待っていた。

 

 ペルティアは魔法の角灯(ランタン)の感触を確かめると、生唾を飲んだ。

 

 彼女の脳裏にアズと初めて潜った時のダンジョンの記憶が蘇る。

 

 死に物狂いで戦って、実際に死ぬ寸前まで追い詰められた。

 

 それ以来、そのような自体には陥っていなかったが、命綱があるという安心があった。

 

 今度は違う。

 

 消し炭になれば、地面のシミになれば、塵一つ残らなければ。

 

 二度と助からない。

 

「ペルティア。ドブさらい(スカム)のやり方を説明しよう――」

 

 実力は付けてきた。

 

 装備は実力以上に強力なものばかりだ。

 

 アズも可能な限り助け舟を出す。

 

「――理解したか」

「ええ。やりますわ」

 

 ペルティアは新しいアーティファクト――祝福された『勇気凛々の』短剣《竜殺し》を構えた。

 

 力が無くとも攻撃回数をある程度確保でき、小さな傷を与えただけでアーティファクトに込められた『殺戮(固定値)』の概念が敵を裂く。

 

 本来であれば、ペルティアは純魔術師としての道を歩むはずだった。

 

『ペルティアよ、お前は“がまんづよい”。冒険者の健脚に追い縋り、精神力も申し分ない』

 

 混沌(カオス)の魔法を修める彼女が魔法一本に特化すれば、並の冒険者などあっという間に凌駕していただろう。

 

 だが、それだけ。

 

 頂点ではない。

 

 誰もが見上げる“一番星”ではない。

 

『しなやかな筋肉、素早い動き、タフな肉体、頭の回転の速さ。純魔術師よりも、手段の多い魔法戦士を目指すことが最も成長できる』

 

 困難な道のりだった。

 

 不得手な分野に手を伸ばし、成長を実感できないままもがく日々を過ごした。

 

 だがアズから差し出された手を離せば、今度こそ全てを失ってしまう。

 

 ペルティアにとって、先の見えない明日こそが乗り越えるべき闇であった。

 

 闇を切り開く篝火(かがりび)が彼で、その背に追いつき、立ち並び、未来の先にある景色を求めた。

 

 頂点から見下ろす景色、そこには『婚約者』でも『貴族』でもない生き方があるかもしれない。

 

 自分は何をするために産まれたのか、何をして生きるのか、その答えを探す。

 

(だから、もう負けない)

 

 覚悟を胸に、ペルティアは竜の試練へ挑む。

 

***

 

 「竜の巣穴」に光源はなく、鍾乳洞に生える石筍(せきじゅん)が竜の牙のように鋭く天地に伸びていた。

 

 この石でできた森は非常に視界が悪く、時折奈落へ続く広大な穴が闇の中で獲物を待ち構えている。

 

 浮遊状態を付与するアーティファクトがなければ、ペルティアは「竜の巣穴」に入った直後に落下死していた。もしかしたら、死ねないかもしれないが、空気の流れがないので落ちてみなければ分からない。

 

 この天井すらも果てしない巨大なダンジョン(迷宮)、通路をただ歩くことでさえ油断できないが、ダンジョンである以上幾つもの部屋が存在する。

 

 その広い部屋は違和感さえ抱くほど綺麗に整地されており、スケールの桁が違う魔物が眠りに就いている。

 

 ペルティアはそのうち一体の魔物を叩き起こし、寝息すら立てない彼奴らの間で死闘を繰り広げていた。

 

「ふ、はっ、ふ、はっ」

 

 呼吸のリズムを一定に、軽傷を積み重ねるスタイルを活かすため脚は絶えず動かす。

 

 ペルティアが相対するのはクリスタルドレイク――やや太めの体躯を発達した二本の後脚で支えており、細い前脚から鋭い鉤爪を伸ばした、竜の頭を持つ亜竜だ。

 

 幽体ラプトルという小型の爬虫類と似ているが、クリスタルドレイクの体格は優に二メートルを越す。

 

 頭部の先端と胴体からは透明な結晶体が無数に伸び、魔法の光源が結晶の鋭利な先端を照らし出す。尻尾の先端にはひときわ大きな結晶が生えており、遠心力の乗った一撃を喰らえば身体が破裂するだろう。

 

『声を出すな。集団戦ではない、気合の一閃というものは呼吸を乱す』

「――ふっ!」

 

 アズの言葉を思い出し、ペルティアが動いた。

 

 息を吐き出すと同時に踏み込むと、ドレイクは一歩下がって角で刺し返す。

 

 彼女は右足を脱力させて体ごと沈み込み回避、勢いそのままに胴に密着して駆け抜け、すれ違いざまに得物を上下に振って皮膚を裂く。

 

 密着したペルティアを振り払うため、ドレイクは膝を曲げてその強靭な脚力を活かしたタックルを見舞う。

 

「――っ!」

 

 迫る巨体にクリスタルの剣山。

 

 ペルティアは剣山の隙間に腕を捩じ込んで結晶の一つを掴み、純粋な腕力だけで体を支え、勢いだけをくらってわざと吹き飛んだ。

 

 その直後に彼女は空中で浮遊し、見えない足場を踏んで巨体を飛び越えつつ結晶体の間隙を縫って腕を2回振る。

 

 そうして着地し、すぐに足元に潜り込むとドレイクがペルティアを見失い、一瞬だけ動きが止まった。

 

 その隙を見逃さない。

 

 ペルティアは首元目掛け駆け出し刃を突き立て、頭に向かって線状に肉を切り裂いた。

 

 すると殺戮(・・)が作用して傷口が広がり、首をズタズタにした。

 

 その巨体を傾けてクリスタルドレイクが絶命すると、死体が崩れ去って小さな宝石と未鑑定のグレイブを地面に残した。

 

 ペルティアは未だにこの奇妙な光景に慣れることができないが、アズ曰くこれもダンジョンの秩序らしい。

 

「終わったか。では次だ」

 

 いつものように気配を感じさせず、背後からアズが囁いた。

 

 彼が指差した僅か十五メートルほど先に、深い穴の上で滞空したまま眠っている赤い竜がいた。

 

 体長は優に一〇〇メートルを越しており、「竜の巣穴」でさえ狭く感じられる大きさだ。

 

 先程のクリスタルドレイクとの戦いで不用意に大きな音を立てていれば、そのまま乱入してきただろう。

 

「説明したとおり、古代の火竜(エンシェント・レッドドラゴン)だ。火炎耐性にだけは注意を払え」

 

 アズの気配がまた消える。

 

 ペルティアは休むこともなく、集中したまま火竜の方へ歩み寄る。

 

 現在十四連戦。

 

 孤立した魔物だけを狙っているので多少のインターバルはあるが、軽口を叩く余裕は無い。

 

 だがそれも明日には可能になるだろう。

 

 明後日には狩りながら。

 

 明々後日にはより上位の魔物を相手にしながら。

 

 彼女の刃はより研ぎ澄まされていく。

 

「ふ、はっ、ふ、はっ」

 

 一定の呼吸リズムを保ったまま火竜の背後に忍び寄り、巨大な尾の付け根に刃を突き立てた。

 

 ペルティアは目覚めて身じろぎした巨体の上を軽々と飛び移りながら、短剣を突き立てて傷を積み重ねる。

 

 寝起きの火竜は身体の上の異物を振り払って飛び上がり、滞空するペルティア目掛け、口を大きく開いて火球を吐き出した。

 

(――ブレス!)

 

 高速で放たれた竜の息吹(ドラゴン・ブレス)が彼女を中心に炸裂し、高熱をばら撒く。

 

 大抵の生物はおろか、アズでさえ丸裸で喰らえば手痛いダメージを受ける。

 

 だが、身を包むアーティファクトが熱の影響を遮断し、ダメージは少ない。

 

 装備によって得られる火炎の二重耐性と、道具や魔法で得られる一時耐性を合わせた三重耐性が、致死ダメージを軽傷に抑えた。

 

(アズが言うにはこれで約二十分の一の威力……人間って、本当に脆いのね)

 

 耐性がある分には、火竜のブレスは問題にはならない。

 

 本当に恐ろしいのは全身(・・)だ。

 

 まともな近接攻撃の直撃は身体を容易く肉塊へと変える。

 

 だがペルティアは接近せざるを得ない。

 

 彼女の使う混沌の魔法は非常に強力な部類に入るが、敵の方も強大なので相対的に劣る。

 

 その点アズから与えられたアーティファクトは非常に強力で、当分の間は殺戮(固定値)の力を積み重ねたほうが効率的だ。

 

 火竜は先ほど受けた傷を物ともせず、巨大な翼を折りたたみペルティアめがけて急降下。

 

 激突の直前で翼膜を広げて急ブレーキを掛けつつ、空間を抉るように両足と尾を振り回す。

 

 ペルティアは浮遊の効果で見えない足場を形成しつつ右へ左へ転げ回り、激流を下る木の葉のように火竜の猛攻と同化した。

 

 叩きつけるように振られた尾撃は上に飛び込んで体を反らし、刃を添えて受け流す。

 

 殺戮を作用させると同時、強引に引っ張られる体を回転させながら、回る視界のまま足場を作って飛び、続く火竜の噛み付きや翼による強打から無理やり逃れた。

 

 ギリギリの綱渡りをこなすペルティアだったが、脚撃を受け流しきれず防具の上から胴体に爪が直撃した。

 

 幸いにも切断には至らなかったが、一撃でもたらされた破壊的なエネルギーがペルティアの内側で暴れまわる。

 

「――――は、ふっ」

 

 あまりの激痛に彼女の意識が一瞬だけ飛ぶが、気力で持ち直し冷静に魔法を唱えた。

 

 空いた方の手指を動かし、魔力を作用させ、現実に異常な理を現す。

 

「《テレポート・アウェイ》」

 

 古代の火竜(エンシェント・レッドドラゴン)が何処かへと飛ばされ――ペルティアは竜感知で猶予がほとんどないことを悟った――その隙に体力回復の薬を(あお)って口内に溜まった血を吐き捨てた。

 

 血は奈落に落ちて消え去るが、見送る暇もなく石の森の通路から火竜が現れた。

 

 距離は近いが、接近戦はできない。

 

 ペルティアは隔たりを埋めようとせず、手を掲げて非常に歯切れのよい複雑な軌道を描いた。

 

「《原子分解》……!」

 

 魔法の発動と共に橙の球体が空中に現れ、火竜めがけて高速で放たれた。

 

 避ける余裕すら与えずに胴体で爆ぜた魔法は橙色の電撃の尾を引き、(ほとばし)った奔流が触れた部分はそっくりそのまま抉り取られた。

 

 軽減不可の「分解」だ。

 

 大抵のアイテムや迷宮壁、魔物でさえ容易く削る恐ろしい攻撃である。

 

(効果が薄いわね)

 

 分解は強力な魔法攻撃だが、火竜に対してはいかんせんその範囲が足りない。

 

 火竜は胴に空いた大きな傷――生物ならば致命傷だ――を気にもとめず、小さな生き物を食い殺さんと鋭利な牙を噛み合わせた。

 

(そちらから来ていただけるなら好都合)

 

 ペルティアは絶死の(あぎと)に断たれる前に後方に飛び上がり、火竜の鼻息がかかる距離で宙をもう一度蹴った。

 

 一瞬、空中でペルティアと火竜の視線が交差する。

 

(これで、終わらせるわッ!)

 

 ペルティアは頭の上に取り付くと、竜の目の中へ腕ごと短剣を捩じ込んだ。

 

 それと同時に円形盾で鱗をかち割り、隙間に手を差し込んで竜の筋肉をキツく握り締めた。

 

「っ!」

 

 火竜が頭を大きく振って暴れ始める。

 

 全身が上下左右に振り回され何度も飛ばされそうになるが、更に短剣を抉り込んで筋肉を掴む握力を強くする。

 

 ペルティアの身体が強烈な遠心力に振り飛ばされそうになると、その分彼女はしがみついて殺戮をジワジワと作用させていく。

 

『人間は肉体的に劣る。装備、スクロール、魔法棒、水薬(ポーション)でその差を埋め、最善を尽くして先へ進む。最後に物を言うのは意志だ。それなくして勝利は有り得ない』

 

 彼女の額からぼたぼたと汗が滴る、歯を噛みしめる音が鳴る、青筋が浮かぶほどの力を込める、決して火竜を離さない。

 

 致命傷を与えるなら今しかない。足元をうろついて削り殺すよりも、この手で火竜を斬り殺したいという決心がそうさせる。

 

 全てはより強くなるために。

 

「ふっ、はっ――!」

 

 火竜の動きが一瞬だけ止まり、その口元でブレスが炸裂した。

 

 彼女は炎に包まれるが、威力が体力に比例する竜の息吹(ドラゴン・ブレス)は最早効き目がない。

 

 ペルティアは目の中の腕を引き抜くと筋肉の握りを更に強くして、火竜の頭上に何度も何度も短剣を振り下ろした。

 

 依然として抵抗は激しいが、振り落とされる程ではない。

 

 鱗を裂いて肉を断ち、リズムよく切り刻んで裂傷を拡大させていく。

 

 ふと一撃が空を切る。

 

 火竜が塵となって消え去り、ペルティアが宙に放り出された。

 

 彼女は見えない足場の上に降り立つと、振ってきた“ドロップアイテム”のスクロールや未鑑定の武具を素早く手にとって不要なものを捨てた。

 

「よくやった」

「ええ、ですが」

「特異個体が来ている。お前では勝てん、しばらく見て危険なら離脱しろ」

「観察させてもらうわ。アズの戦いぶりをね」

「ペルティアには、まともな戦いは見せていなかったな」

 

 ペルティアが《加速》と《獅子の心(ライオンズ・ハート)》、各種《耐性》を魔法棒や水薬(ポーション)などで掛け直す。

 

 アズはその僅かな間に移動を済ませ、特異個体が現れる通路の横で待ち伏せている。

 

 特異個体は魔物の中でも異端中の異端だ。

 

 魔物は生き物ではない。ダンジョンに産まれ、眠り、ただ殺し合う為に生きる。魔物の目は何も視ていないが故に、混沌に従う。

 

 特異個体は意志が存在するように見える魔物だ。

 

 人の言葉を話し、良い“ドロップアイテム”を落とし、他の魔物と一線を画する力を持つ。

 

 「竜の巣穴」でドブさらい(スカム)を始めたばかりの未熟者では、少なくとも「竜の巣穴」に現れるような特異個体に太刀打ちできない。

 

 ペルティアは悪い予感を感じ取っていた。

 

 彼女が感知した特異個体は、あらゆる“りゅう”の祖先と言われるワイアームだ。

 

 竜の頭に龍の身体を持ち、三対の翅で羽ばたく巨大な魔物である。

 

(恒星龍シリウス……奴の名前ね)

 

 感知したペルティアの頭にシリウスの名前が流れ込んできた。

 

 軽い不快感に指をこすり合わせ、迫る強大な圧迫感に武器の所在を確かめた。

 

 一方のアズはいつも通りだが、彼女からすればやや退屈しているように見えた。

 

『臭うぞ、貴様を今宵の贄とする』

 

 頭に響く低音で恒星龍シリウスが鳴いた。

 

 特に意味が無い言葉の羅列だと知っていても、ペルティアは片手に持った《フロア・アップ》の魔法棒を手放せない。

 

 待ち伏せていたアズが武器を構えた。黄金球の鈍器と禍々しい瘴気を放つ手斧の二刀流だ。

 

 幾つかの魔法が彼を包んだ直後、恒星龍シリウスがこの大広間に姿を表した。

 

 青白く燃え盛る体表面。

 

 先程ペルティアが殺した火竜の三倍以上はある巨体。

 

 並の者は立っていられない暴風を巻き起こし、アズと対面した。

 

 鎌首をもたげたシリウスは絶望を(かたど)っていた。

 

『降りかかる火の粉は払わねばならぬ』

 

 瞬間、恒星龍シリウスというワイアームの身体が一気に九箇所ほど千切れ飛んだ。

 

 刹那の九連撃。

 

 殺戮(・・)の力をあてにした生易しい攻撃ではなく、人外の膂力で急所目掛けて放たれた鋭い攻撃だ。

 

 ペルティア如きとは格が違う。

 

 ついでに言えば、彼女が視認できたのは十撃目(・・・)だ。

 

 アズの黄金球がシリウスの頭に叩き込まれ、下顎が弾け飛んだ。

 

 それでもシリウスは痛がるということをせず、《竜召喚》を行う。

 

 特異個体ではないただのワイアームが5体召喚され、属性様々な竜の息吹(ドラゴン・ブレス)をアズに放つ。

 

 危ない、ペルティアはそう叫ぶのをグッとこらえた。

 

 信用していないわけではないが、いくらアズでも無傷では済まない――そんなペルティアの心配は無用のものだった。

 

 彼が喰らったダメージなどほぼ無い。

 

 爆発の直後、アズはシリウスに黄金球を叩きつけると、その反作用でワイアームの下へ飛びこれを一撃粉砕。返す刀でもう一頭のワイアームも蹴散らし、シリウスに向き直って再び連撃を浴びせる。

 

(――何が、起こったの!?)

 

 瞬きする間に、古代の火竜(エンシェント・レッドドラゴン)よりも強いワイアームが二頭も殺され、シリウスの身体の至る部分が消し飛んでいる。

 

『馬鹿なやつらだ……』

 

 彼女が我が目を疑い唖然とする間に、恒星龍シリウスは断末魔を残し消え去った。他のワイアームは言うまでもない。

 

 まともな傷すらなく終わった完全なる勝利。

 

 絶大な魔物でさえ呆気なく無に帰すその戦闘能力に一体誰が太刀打ちできようか。

 

(アズが“一番星”だ)

 

 絶望を知らず、数多の敗北を積み重ね、諦めを踏破した先に立つ“勝利者”だ。

 

 一体誰が跪かせられようか。

 

「怪我はないな」

「ええ、でも全く参考にならなかったわ」

「武器種の違い、筋力の差もある。強いていうなら、ペルティアの装備は型落ち――加速(・・)が足りない」

「肉体と事象、その時間の流れを早める力よね。そういう特別な力を持つものは、地道に探すしかないでしょう?」

「今しがた倒した奴も良い物は落とさなかった……無駄話は切り上げるぞ。ダンジョンに入り直す」

 

 石の森の通路を辿って外に出る。

 

 暗黒の膜から戻ると、洞窟の中を茜色の光が照らしていた。

 

「間引いてくる。しばし待て」

 

 彼が再び暗黒を通ってダンジョンに入ると、残されたペルティアは夕焼け空を眺める。

 

 東の空から流れてきた黒い雲が地平線に沈む太陽を追いかけ、空をすっかり覆い尽くす。

 

 燃え上がっていた草原は冷たい雨に晒され、ビュオウと彼女に冷気を浴びせ掛けた。

 

 火照った身体にはちょうどよい風だが、彼女は雨の雫を避けて洞窟の奥に戻る。

 

 すると闇の中からニュッとアズが現れて、魔法の角灯(ランタン)が彼の兜を不気味に照らし出した。

 

「準備ができた」

「きゃっ! ……コホン、次の相手は?」

 

 照れ隠しに咳払いを一つ。

 

 手を差し出してアズに握らせ、ダンジョンの中へ飛び込んだ。

 

 

 

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