タイトルの通り虞美人が何故か第一部序盤で召喚されていて、六章攻略したぐらいの時点でマスターからの絆がLV.10になっていた話。

各所でネタにされてた話ですけれど、真面目に考察してもループもののとしても面白いかな、でも一章のリブートなんて出来っこないと思って書いた短編。

百合風味。

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~虞美人が何故か第一部序盤で召喚されていて、六章攻略したぐらいの時点でマスターからの絆がLV.10になっていた話~

『好きです、芥先輩』

 

 

 あの時の驚きと慟哭、殺意は今でも覚えている。

 

「サーヴァント、アサシン。召喚に応じ馳せ参じ……」

 お決まりのセリフが喉の奥で詰まったのは余りに驚てしまったからだ。

 召喚されたサーヴァントが当世でまず初めて目にするのは召喚者、マスターの顔だ。

 サーヴァントはまず真っ先にその顔を覚える。それはすりこみにも似ている。生まれたての雛が初めて目にするものを親と思うのと同じように。

 いや、当然か。

 これから主人と従者として聖杯戦争、或いは何かしらの負けられぬ戦いに運命共同体として付き合っていかなければいけないのだから。

 だが、このマスターに召喚された時、私は相手の顔を覚える必要がなかった。

 何故ならその顔はよく見知った顔だったからだ。

 英霊の座に自ら腰を据えた今でもなお忘れることなく霊基に刻まれている強烈にして鮮明なる記憶。我が怨敵、殺しても飽きたらずなお苦しみと絶望を与えてやろうと思う顔だったからだ。

「お前は……藤丸立香!!」

 赤銅の髪の少女。人畜無害そうな顔。魔術師とはとても思えぬ緊張感のない雰囲気。それらを認識した刹那、私は双剣を手に藤丸立香にとびかかった。

「先輩っ!?」

 立香を四つに切り分けるかに思えた斬撃はけれど決意の盾によって防がれた。ラウンドテーブル。そうか。立香が居るならばその傍らには必ず彼女が立っている。

「マシュ・キリエライト、邪魔をするな」

 盾に打ち付けた剣撃の反動で一旦距離を取る。だが、あまり相手に時間を取らせるつもりは毛頭なかった。姿勢を正す動作と共に剣を投擲する。私の血を与えられた双剣は我が意のままに宙を游ぐ様に舞う。双剣は怨敵めがけ飢えた鮫のように遅いかかる。けれど、クソ、双剣の突撃はマシュの盾に防がれる。人の身の丈ほどもある大盾を振り回し、私の剣を悉く打ち落としてくる。

「……?」

 キャメロットの城塞を体現する鉄壁の防御。流石ね、と私は息をのむ。けれど、違和感。その割にはあの娘から感じる霊基が弱いように思える。

 けれど、そんなことに構っている暇はない。双剣の攻撃対象をマシュに固定させる。防戦一方になるようその場に釘付けにさせる。その隙に私本体がマスターを仕留めればいい。

「おっと、悪いけれど、それはさせないよ」

 衝撃。道に出た瞬間、飛び出してきた車にはねられたかのようだ。一抱えほどある鉄拳、文字通り鉄でできた巨大ガンドレッドが私を打ち据えたのだ。私は弾き飛ばされ、またも藤丸立香から距離を離された。

「ダ・ヴィンチか!?」

 姿勢をただし、アタッカーに目をやる。絵画のモナ・リザが額縁から出てきたような成人女性が立っていた。成人? またも違和感。

「レオナルド、シバの近くで戦闘はよしてくれ」

 スピーカーごしに何処かで聞いたことがある声が聞こえてくる。管制室にいる職員だろう。ロマニ・アーキマンか。また、違和感。彼の声が聞こえるはずがないという。ソレを無視して、目下、最大の脅威であるダ・ヴィンチを睨み付ける。

「ああ、わかっているさ。だが、あちらさんがそれに応じてくれるかどうかは別の問題……」

 ダ。ヴィンチが呼応する様、視線を返してくる。と、その台詞が途中で止まった。動揺しているのが私にも感じられた。何に驚いたのかまるで分からないが、あの万能の天才が動揺している。ならば、

「三人、揃ったわね。あの名探偵がいないようだけれど、むしろ好都合よ。今の内に絶滅させてあげるわ」

 大気から魔力を急速充填する。私が何をしようとしているのか察したダ・ヴィンチが邪魔をしようとしてくる。それを更に飛翔する剣撃で邪魔をする。

「芥さん!」

 私の剣撃を防ぎながらマシュが声を上げる。

「どうして、貴女がここに!?」

「どうして? さぁ? 召喚ばれてしまったからとしかいいようがないわ」

 両の腕を初め、全身に絶えがたい痛みが走る。血涙。これらか滅びゆくものに対する怨嗟と羨望の涙。滅びの運命にすら見放された、我が永遠の慟哭――。宝具でもって怨敵であるカルデアのサーヴァントとそのマスターを葬り去る。呪血尸解……

「召喚されて……? どういうことです。だって、芥さんはあの事故でコールドスリープ装置に……」

「え?」

 マシュの疑問符はそのまま私の疑問符になった。

 私が、コールドスリープ装置に入っている? それはいったい、いつの話だ。私はもうその冷たい棺から出てきて、そうして、クリプターとなり、けれど、敗北し、始皇帝にたぶらかされて英霊の座に……そういえばここはカルデアじゃないの。南極にある滅んだはずの秘密基地。つまりここは魔術王が目論んだ人理焼却の真っ最中の世界。私にとっては過去のカルデアだ。

「ぐだ子ちゃん、令呪だ!」

 と、私の攻撃を防いでいたダ・ヴィンチが声を上げた。

「し、しまった」

 それをさせないために速攻していたのだ。だが、遅かった。

「れ、令呪をもって命じる。アサシン、止まって――!」

 つきだしたマスターの右腕が強く輝く。それに射すくめられたよう、私の全身から力という力が抜け落ちていった。

「くそっ……」

 せめて一矢酬いようと腕を伸ばしたが指の先から血が一滴滴り落ちただけだった。そうして、私は意識を失った。

 

 

 

「なんてことがあってから後一ヶ月ほどで一年か」

 カルデアの食堂。一年前の大失態を思いだし、私こと虞美人はため息をついた。対面に座る我がマスターこと藤丸立香はばつが悪そうに視線を彷徨わせた後、それを誤魔化す様にお茶のカップに口をつけた。

「あの時は本当に驚きました。芥さん……虞美人さんがサーヴァントだったなんて」

 向かって私の左手側に座るマシュが同意を示してきた。

「ふむ。その当時、私はまだ召喚されておりませんでしたが何とも不思議な話ですな。とすると今カルデアには冷凍睡眠装置で眠っている芥ヒナコ殿とここでこうして我々とお茶を飲んでいる虞美人殿と、二人の芥殿/虞殿がいるという訳ですな」

 そう、飲みもしない茶碗に手を付けたまま仮面のサーヴァントがしたり顔で頷いてきた。いや、仮面を被っているので実際の表情は分からない。だが、この山の翁、呪腕のハサンはその髑髏の仮面の下で笑っていることだろう。

「サーヴァントとその元となった英雄が同じ時間同じ場所に存在するというのはあり得ない話じゃないわ。天文学的な確率でしょうけれど」

「ふむ、確かに。私も何処かでそのような話を見聞きしたことがある様な気がします」

「ただ、ついでに言っておくと私の場合は少しばかり事情が違うわよ。私は自然の触覚、精霊だから呪腕のような真っ当なサーヴァントじゃないわ。元になった英雄を本物と定義するならサーヴァントは偽物、コピー品にすぎないわ。ただし、私の場合はどちらの私も本物と定義できる。サンプリングマスタからのコピーではなく、どちらもオリジナル……ってなんて顔をしてるのよ」

 と、私は立夏が何かポカンと呆けた様な顔をしているのに気がついた。そう指摘すると立夏はバネ仕掛けを作動させた様に背筋を真っ直ぐピンと伸ばした。

「さては、私が言っていることを一つも理解していなかったでしょう。まったく。アナタ、何年魔術師をやっているのよ。形而上学的理解はどの系統の魔術でも使うものじゃない。魔術師じゃない私でも知ってるわよ」

 私も魔術師じゃないです、と立香が眼で訴えてくる。その顔に苛立ちを憶える。

「というか、そもそも、今日のこの集まりはアンタの暗殺者の運用がなってないからってわざわざ講習会を開いてやったんじゃないの! 生徒がその低レベルさでどうするのよ!」

 そうそもそもこうしてサーヴァント三騎マスター一人が膝をつき合わせて食堂の一角に陣取っているのはそういう理由なのだ。

 もう既に六つもの特異点を修復していながら、未だこのマスターはサーヴァントの運用がなっていないのだ。先日も偶発的に発生した特異点解消のために私たちはレイシフトした。だが、その結果は辛勝も辛勝、ある意味では大敗北もいいところであった。

「ワイバーンの群れに追いかけ回されるなんて二度と御免よ。低級とは言え竜種なんだから、無闇矢鱈に突っ込むのは……」

「まぁまぁ、虞殿、その辺で。怒鳴ってばかりでいては生徒は萎縮し、憶えられるものも憶えられなくなりますぞ」

 つい立ち上がって激高していた私を呪腕のがたしなめてきた。むぅ、確かに。マスターであるコイツが失敗すればそれは即ち私の消滅にも繋がるのだ。腹立たしくはあるが立香の能力アップは重要課題だ。冷静にならなければならない。

「ところでアンタ、一体いつお茶を飲んだの?」

「はて? 妙な事を聞きますな虞殿。お茶ぐらい、いつでも飲みますぞ」

 呪腕が仮面を外してお茶を飲む場面を私は見てなかった。マシュに目配せするが彼女も同じようだった。首を横に振られる。と、また呪腕のお茶が減っていることに気がついた。

 私とマシュと立香は驚きに目を見張る。私たちの意識の隙をついて一瞬で仮面を外し、一瞬で茶碗に口をつけ、一瞬でお茶を飲んでいるのだ。流石は本職のアサシンのサーヴァント。私の様に具合がいいというだけで暗殺者の霊基に収まっている者とは違うらしい。

「兎に角ですな、魔術師殿。我々アサシンのサーヴァントが最も得意とすることは間諜。無論、命じられれば難なくとこなしてみせますが、正面切っての争いはいささか不手。三騎士やバーサーカーの様に獅子奮迅の働きぶりを発揮するにはやはりそれなりに助力、というものが必要になってきます」

 ふんふん、と頷いてみせるマスター藤丸立香。

「防御はマシュ殿がいれば十分でしょうが、やはり、守り一辺倒では負けはしませんが勝てもしません。我々の手足を鉄の様に固くできる術士か、或いは、前線に立つ者を鼓舞する様なカリスマをもったサーヴァントを配属するのが常勝の手段かと。同じ暗殺者のサーヴァントならば未だ名を明かさぬあの幼女皇帝……不夜城のアサシンなどが良いかと思います。ああ、カリスマと言えば強力な力を持ったサーヴァントが一騎、いましたな。幸い、未だカルデアには召喚れていないようですが。いやいや、アレはいけないアレはいけませんぞマスター殿」

 苦い顔で、いや、仮面を被っているのでどうなのか分からないが苦い顔で首を振う呪腕の。どうやら苦手なサーヴァントが一騎いるらしい。自分も男とも女ともつかぬ完全な肉体を持つ皇帝の事を思い出し身震いする。まさかアイツは召喚れないでしょうね。

「サポートも大事だけれど、アナタの指示の精度を上げることも重要よ。前回の、あのワイバーンの群れ。アレなんかいい例ね。アナタあの時、兎に角、近づいてくるワイバーンばかり狙うよう指示していたけれど、アレじゃあ駄目ね。ほら、後方に陣取っていた黒いのがいたでしょ。たぶん、あれがあの群れの長だった竜よ。ワイバーンに上級竜種みたいな知能はないでしょうけれど、それでも軍団なら指揮系統というものが存在するわ。だったら状況に寄るでしょうけれど、頭を潰すのが対軍戦闘では常套手段よ。呪腕のも言っていたじゃない。アサシンのサーヴァントは間諜を得手とする。敵の親玉の息の根を真っ先に止めて敵軍に混乱を引き起こさせるのが私たちアサシンの戦い方よ」

 そこまで話して私はふと疑問が浮かんだ。

「そもそもどうしてあんな指示をだしたの。ああ、いえ、怒るためじゃないのよ。いえ、怒りそうだけれど。アナタも何度も激しい戦いをくぐり抜けてきたんだから、まったくの考えなしの素人って訳じゃないでしょ。何かしら理由が……」

 立香に理由を聞こうとして、呪腕のが肩を震わせているのに気がついた。コイツ、影に潜む事を得手とする暗殺者のくせに感情表現が豊かすぎないか。

「それを魔術師殿に聞くのは酷、というもの。虞美人殿、ここは先の議論に戻った方が良いかと」

「ハァ? 何言ってるの呪腕の」

「わ、私も虞美人さんの戦術に興味があります」

 と、静聴に徹していたマシュが口を挟んできた。

「その虞美人さんはサーヴァントですが、Aチームのマスターでもあったわけですから。マスターとサーヴァント両方の考え方と言いますか、戦いに対する心構えをよくご存じだと思います。ね、先輩。芥……虞美人さんのお話、興味ありますよね」

 マシュの言葉にもげるのではと思えるほど首を上下させるマスター。本当に興味津々だったようだ。お願いします先輩、と私に視線を向けてくる。

「うっ。ま、まぁ、一応、主従関係ってものがあるし。私もお願いを無碍に断る程、鬼じゃないわ」

「吸血鬼ではありますが」

 呪腕のが妙なボケを入れてきたので睨み付けておいた。

「いいわ、取敢えずは戦闘を俯瞰して見る様にするって事を教えるわ」

 柄でもないが抗議を始める。マシュは当然ながら立香もしっかりと私の話を聞き入ってくれている。時々、私の話が理解出来なかったのか立香が呆けた様な顔をすると呪腕のが補足の説明を入れてきた。そんな感じで私のマスター講義は長々と続いた。

 他人に対してこうも長々と話すのは私の長い人生の中でそうあったものではない。人間とは相容れぬものとして常々距離を置き、必要があったときでも最低限を心がけていた。

 人間以外、真祖である私の側に近しい者との出会いもそれなりにあったが、そういうときは努めて近づかないようにした。同族嫌悪ではない。化け物一匹でも人間にとっては討伐の対象になるのだ。二匹揃えばどうなるかそれは火を見るより明らかだった。

 それでも長く他人と話すということが全くないわけではなかった。

 悠久の時の流れに浚われ摩耗していく記憶の中にあって唯一、色あせない記憶。強面の、無骨な武人の顔。彼は寡黙で会話らしい会話はあまり交わさなかったが、確かにあの時は私は私の長い生の中で一番他人に対して口を開いた。。

 剣の様に鋭い山々の威容。隠れ野に咲く桃の花の美しさ。国の起りと滅び。私の生を持ってしても変わらぬ黄河の流れ。

 話すことは自然についてのことが多かった。たまには貴方様から話して頂けますか、とせがんだこともあった。その時、彼は人の世の理について話してくれた。自分はこんな話しかできないと断ってから。正直なところ、人間などに興味はなかった。けれど、彼の話を聞けるだけで私は満足だった。それでも彼の巨視的感覚から語られる社会論は面白かった。戦争をして平和を築き革命を起こされまた戦争をする。栄枯盛衰を繰り返す人の世も俯瞰して見れば自然の四季の移ろいと同じようなものであると。所詮は人間も自然の一部に過ぎないのだと気付かされた。同時に、一部のくせにどうしてああも同じ自然を破壊するのに長けているのだと憤りもしたが。

 兎に角、それが私が一番多く他人と話をした時期だった。かけがえのない、大切な、一時だった。

 私の中で決意がまた固まる。剣のイメージ。二振りの血に塗れた燃える剣。我が決意。何としてでも今一度、あの時代を、あの一時を取り戻そうという決意の意思の剣。それを私は胸に抱く。

 結局の所、私がこうして殺しても飽き足らぬ憎らしいカルデアのマスター・藤丸立香の元でサーヴァントとして従っているのは偏にその為だ。

 一年に及ぶ人理修復の戦い。それに私が身を投じているのは、極めて個人的な事情のためだ。他の英霊、いや反英霊でさえも魔術王の暴挙に抗っているのは人類史という自分たちのルーツそのものを守るためである。だが私は違う。

 私が戦っているのは、二〇一八年を迎えるためだ。

 魔術王に対する人理修復を完遂し、国連主導によるカルデアの監査と解体を迎え、そうして、その先に起る出来事……地表の漂白、汎人類史の敗北、異聞帯同士の生存戦争。それに抗う新たなグランドオーダー。その争いに参加する為だ。

 かつて私は億に一つ、那由他の果ての奇跡によってあの素晴らしい日々の続きを目にすることができた。

 その奇跡はこの立香ではないカルデアのマスター・藤丸立香の手によって儚くも崩れ去った。

 そして、私はあの皇帝の口車に乗せられ、サーヴァントに身をやつした。或いは永い時の流れの果てに三度、再開も叶うだろうと。

 その奇跡がもう一度、訪れた。

 何の因果か私は人理焼却の真っ最中のカルデアに召喚されたのだ。だとすれば私がやることは一つだ。もう一度、あの異聞帯、永世秦帝国へ何としても辿り着く。その為の障害はどれほど困難であろうとも超えなければならない。七つの特異点、魔術王の人理焼却、そして、ロストベルト。私という因子が加わったことでこの世界が私の記憶通りには進まないかも知れない。特にクリプターである私、芥ヒナコが目覚めてからは。

 だが、そんなこと構うものか。あらゆる手を尽くす。あの時と同じだ。私には一度失敗した経験がある。二度目は成功させる。決意の剣は我が胸に無数にあるのだから。

「あの…芥先輩」

「へっ?」

 どうやら講義に熱を入れすぎて、いつの間にか完全に自分の世界に浸ってしまっていたらしい。不意に声をかけられて私は現実へと引き戻された。

 テーブルの前の席には藤丸立香が座っている。立香だけだ。呪腕のハサンもマシュ・キリエライトもいない。

「……呪腕のは兎も角、マシュが席を立ったのに気がつかないなんて」

 余程、自分の考えに没頭してしまっていたらしい。

 マシュと呪腕のは用事ができたから、と立香が説明してくれた。

「ええっと、それで何処まで話したかしら」

 戦闘を俯瞰して見るコツについて話していたことは憶えている。サーヴァントの動きは高速過ぎるため、動体視力強化の魔術を取得していないのならなおさらそういったものの考え方が必要だと話した様な気がする。それとも戦闘を点ではなく面、空間で捉えろという所まで話したんだったか。

「つまり対サーヴァント、サーヴァント級の戦闘力を持った相手との戦闘というのは……って、何よ」

 立香がこちらにじっと視線を向けているのに気がついた。けれど、立香はそのことを指摘すると逃げる野ウサギの様にさっと視線を逸らした。俯き加減に肩を震わせている。

「疲れてきたの? それじゃあ、もう終わりにしましょうか」

「い、いえ、続けて下さい! 芥先輩」

 唐突に顔を上げて大きな声を出してくる立香。

「ちょ、ちょっと大声を出さないでよ」

 私は周囲に目配せする。

 人間として集団に混じっていたこの数年、注目を浴びない様にするために私は色々と苦労してきた。その名残か。注意を引く様なトラブルがあった時はつい周りを確認する癖が付いてしまっているのだ。既に自分はサーヴァント、人間ではないと知れ渡っているのだからそんなことする必要はまるでないのに。

 と、違和感。

 いつもはサーヴァントやカルデアの職員の姿を常に見掛けるはずの食堂には人っ子一人いなかった。厨房にいつも立っている紅い外套の弓兵もあの向こうに非はないものの可能な限り近寄りたくない野生生物っぽいバーサーカーもいない。

「芥先輩?」

「ああ、うん、何でもないわ。それはそれとして、その芥先輩ってのはやめてくれない」

「……で、でも、芥先輩はAチームのマスターだった訳で、それに私より先にカルデアに来てたんだから」

 むぅ。先輩とはいつぞやか嫌み代わりに私が立香に対して言った言葉だ。マスターとサーヴァント、その主従で言うならお前の方が上だが、カルデアに来た順番からすれば序列は私の方が上だ云々。使い魔扱いされるのが嫌でプレッシャーをかけるつもりで口にした言葉だった。だが根に持っていたのか。

「そ、それに芥はやめて。芥ヒナコは偽名よ。人間に成り済ますために適当に付けた偽名。分かった」

 ギ・メ・イとアクセントを付けて説明する。けれど、立香はどうにも納得いかない様だ。どことなく反抗的な目で私を見てくる。

「それはそうですけど…その、私は芥先輩のことをサーヴァントじゃなくってマスターの先輩だと思ってるんで。い、今まで何度も未熟な私のことを先輩マスターとして助けてくれましたし……あっ、そのサーヴァントとしては助けてくれなかったって意味じゃなくって……」

「あーもうハイハイ」

 立香の話が長くなりそうだったので手を振って話を遮る。

「分かったわよ。名は体を表すって言って魔術的には重要な意味を持ってるけれど、ひよっこ魔術師のアンタじゃ別にどうということはないからね。名前ぐらい好きに呼んでいいわよ」

 反論するのも煩わしくなってそんな風にあしらう。普通の人間の反応としてはこんな風に言われたら怒って席を立つか、意趣返しに悪趣味なアダ名で呼んでくるか、それか自棄になって虞美人と呼ぶだろう。

 けれど、何か立香には別の効果が現れてしまった様だ。何故か彼女は顔を輝かせて「芥先輩」と私のことを呼んできた。

「……何よ」

「あっ、いえ、えへへ」

 はにかんだ様な笑みを見せる立香。むぅ、不気味だ。

「芥先輩」

「だから、何よ」

「あくた、先輩」

「だーかーらー、何よもう!」

 何故か、私の偽名を連呼し始める我がマスター。分からない。分からない。今までも希に全く理解出来ない行動を取ることがあった。レイシフト先で助ける必要のない人物を助けるよう命令を出したり、大した損害を受けていないのに撤退命令を出したり。いや、前者は最近、コイツの掛け値なしの人の良さを理解し始めたのでなんとなく分かるのだが、後者は本当に意味不明だった。

 そうして、今回のは大きなアクションがないだけに更に不気味だ。何か今まで私か向けられたことのない感情を向けられている様で恐怖を覚えてしまう。

 と、私は立香が名前を呼ぶのをやめて俯いているのに気がついた。どうしたのだろう。だが、何とはなしに声をかけることができず、私は何とも言えない表情になってしまった。

「その、本当に先輩には感謝してるんですよ」

 ややあってぽつりと立香は口を開いた。

「何度も助けて貰ってるし、今もこうしてマスターとしての心構えを教えてくれてます。それに…みんなのことを悪く言うつもりはないんですけど、マシュもDr.ロマンもダ・ヴィンチちゃんも私に優しいんです」

「……優しいならいいじゃないの」

 私の反論に立香は少しだけ戸惑いをみせた。けれど、すぐに「はい。でも…」と更に言葉を返してくる。

「みんな優しすぎるんです。マスターが私しかいないから、みんなわたしのやる気を削がない様に無理に優しくしてるんじゃないかって、そう思えてくるんです。そんなことないって分かってるんですけれど、そう思えちゃって……」

 俯き加減でぽつりぽつりと語る立香。私はその言葉に黙って耳を傾ける。何を言おうとしているのかさっぱりと理解出来ないからだ。

「その中で芥先輩だけは私が失敗したり馬鹿やったりした時はキチンと怒ってくれるんで、その、変な言い方なんですけれど先輩には感謝してるんです。先輩マスターなんだなって思えて。ホント感謝してるんです」

 話が長い。苛立ちさえ憶える。いっそ、『講義を聞く気がないならお終いにする』といって席を立とうか。けれど、何かマスターから感じる意思にはそれをさせないだけのプレッシャーめいたものがあった。私は椅子に糊付けされた様に座ったままでいるしかない。

「だから、その先輩のことはサーヴァントじゃなくって、だから、その虞美人って歴史に刻まれた名前じゃなくって、マスターとしての名前で呼びたくって……」

 何か胸の中に黒いわだかまりめいたものが生まれる。直感めいた警戒心も。何だろう。私は考える。

「あの、いえ、でも、私の我が儘なんですけど。それに、ええっと、先輩マスターってだけじゃなくって、ええっと、その……」

 けれど、それが具体性を帯びるより先に立香が私に視線を向けてきた。

 真っ直ぐな、真っ直ぐな視線。潤いを帯びていて、その奥に決意が、決意の色がありありと見て取れた。

 決意? こんな食堂で、講義の真っ最中に? まさか何か余りに初心者的な馬鹿な質問でもするつもりなのだろうか。この長々とした言葉はその前フリ?

 と、そんな実際の所、私自身の現実逃避めいた考えを一撃で吹き飛ばし、エクスカリバーめいた強烈な告白をマスターは、藤丸立香はしてきた。

「その……芥先輩、好きです。その、サーヴァントとか先輩マスターとかじゃなくて、ひとりの、人として」

 マスターの私を見てくる目はまさしく恋する乙女のそれだったのだ。

「ええっと」

 つい動揺してしまい、視線を泳がせる。

 はて、何を言っているんだコイツは。

「この部屋、冷房が効きすぎじゃないかしらん……って」

 愛の告白? 私に? 一度ならず二度三度と命を狙った相手に? 人理修復の戦いを自分の目的のために利用しようとしている獅子身中の虫に対して? 他の人が優しくしてくれている所に対してきつく当たってくる奴に対して? 馬鹿じゃないのか。

「その、そうじゃなくって……」

 けれど、私は怒るに怒れない。怒る気になれない。怒ってはいけないと自分の在り方が訴えてくる。

「私はサーヴァントよ。人間じゃないの。そういう感情には応えられない」

 結局、私はありきたりなサーヴァントとマスター、化け物と人間の関係について語ることで話を終らせようとした。

 けれど、それでは駄目だった。私は立香の目を見てしまった。真っ直ぐな、真摯な、私に感情を伝えるために最大限の勇気を振り絞り、決意した瞳。

 私はため息を漏らした。

「いいえ……こう応えるべきでしょうね立香」

 立香の喉がゴクリと鳴る。私が何を言わんとしているのか理解した顔。悲しみに揺れる心が表情にさざ波をたてる。

 これ以上言わなくてもいいのではという考えが一瞬、脳裏をよぎる。けれど、駄目だ。私は決意をもって続く言葉を紡いだ。

「我が胸にはひとつ、動かしようのない想い人がある。だから、お前の想いには応えられない」

 私がそう伝えると一時、カルデアの食堂には静寂が垂れ込めた。雨期の霧の様な冷たく重い沈黙。

 それから一分、二分、或いは永遠とも感じられる様な時間が経ってから立香は口を開いた。

「知ってます」

 凜とした真っ直ぐとした言葉。

「項羽。大昔の中国の武将ですよね」

 先輩のこと、色々と勉強しましたから。立香ははにかむような笑みを見せた。

「すいません。変なこと言っちゃって。そろそろ私行きますね。マスターの心構えとか教えて下さってありがとうございました」

 立香は静かに立ち上がった。けれど、頭を下げてからきびすを返し、食堂から出て行こうと進めた歩は小走りといっていいほど早かった。

 私は立香の足音が聞こえなくなるまで静かに椅子に座っていた。

「あーもう、なんなのよーまったく」

 暫くしてから私はテーブルに突っ伏した。下手な戦闘より心労が溜まった気分だ。そこに完全に気を抜いていた私に更に追い打ちをかける様な言葉がどこからともなく聞こえてきた。

「ご苦労様です、虞美人殿」

 驚き私は椅子を倒しかけた。そうならなかったのは私のクラスが同じアサシンだったからだろう。

 何もないかの様に思えた空間から黒い影が煙の様に現れる。アサシンの気配遮断スキルを最大限駆使し姿を隠していたのだ。呪腕のハサン。髑髏の面がまた私の左隣の席に座っていた。

「盗み聞きなんて悪趣味ね。それとも間諜のサーヴァント面目躍如ってことなのかしら」

「いや、先に弁明を聞いて戴きたい」

 私は呪腕のを睨み付ける。山の翁はそれを是と受け取ったのか、言い訳を口にし始めた。

「我が目的はマスターの護衛。ダ・ヴィンチ殿より極秘裏に承った命でして。私が知る限り虞殿。貴殿は三度、マスターの命を狙われた。いや、こうして数ヶ月、主従の関係を続けている今、四度目を行う可能性は限りなく低いでしょうが万が一、億が一ということもありえる。そう所長代行より」

 呪腕の言葉には苛立ちも反論も憶えない。客観的に見ればまず間違いのない話だからだ。一度ならず二度三度命を狙った相手を信用することなどできるはずがない。あの脳天気なマスターなら兎も角。

「この人払いもお前の奸計かしら」

「いいえ、この計らいはマシュ殿の立案です。マスター殿の告白を成功させたいと」

 余計な事を。私は舌打ちする。

「私には色恋沙汰など理解出来ませんが、あれは良かったのですか。マスター殿は泣いておられた。今生において一度きり、という事もないでしょう。騎士共の語るところによれば愛するものを守るため限界以上の力を発揮する、ということもあるそうで。そうでなくともこの時期に、マスター殿に心的動揺を与えるのは……」

「冗談ッ!」

 私は呪腕の言葉を遮る。

「このタイミングだからよ。このタイミングだからあの娘は私に愛の告白をしてきたのよ!」

 彼女の決意がどうしてこのタイミングだったのか、私には理解出来る。

 残る特異点はあと一つ。その先には魔術王が控えている。いいや、それ以前の話だ。

 第六特異点・神聖円卓領域キャメロット。今の今まで命からがらの激戦はあったが、あの戦いは別種であった。この鈍感で向こう見ずな娘でも死を覚悟せざるを得ない様な極限の戦い。あれはそれであった。

 それで理解したのだろう。我が身に明日はないかも知れないのだと。真に。理性と感情と魂とで。

 ああ、ああ。だからこの娘はこんな馬鹿なことを言ったのだ。殺してやろうかと考えているほど憎まれている相手に。こう見えて一緒に死地をくぐり抜けた間柄だ。もう私の感情をこの娘は理解しているだろう。

 それでも、なお、言わずには、口にせずには、告白せずにはいられなかったのだろう。その決意に私は賞賛する。その決意に私は驚嘆する。その決意に私は敬服する。

 そうして、だからこそ私は決意には決意を持って応えたのだ。

「あの娘の想いには私の真意で応えるしかなかった。その場限りの言い訳や耳に優しい言葉などで取り繕うことなんてできなかった。あれはああ応えるしかなかった。マスターも承知の上だった。承知の上で、結果通りあの結果になったのよ」

 私は怒りでもって呪腕のに説明する。

 そう。あれはああ応えるしかなかったのだ。私はマスターの想いにはどうあっても応えられないのだ。けれど、その決意は深く理解出来る。ああ、そうだ。私も同じだからだ。私もマスターと同じ様に恋に焦がれ愛に生きる乙女だからだ。

 自分の同じ想いで決意した乙女の言葉をどうして無為にできよう。あの決意、あの想いを足蹴にすることは私自身を否定することになるのだ。

「……失礼した虞美人殿。愛も知らぬ男の戯れ言と思って聞き流されよ」

「そうさせてもらうわよ」

 私は勢いよく立ち上がり、呪腕のを置いてきぼりに食堂を後にした。

「まったく。叶わない恋に焦がれるなんて……馬鹿な子」

 憤りでもって吐き捨てる。けれど、やはりあの決意は無為にはできない。

 或いは私が億千万の可能性の果てに項羽様との再会を果たした様に、こうして二度目の奇跡を与えられた様に……

「馬鹿馬鹿しい」

 私の隣に藤丸立香がいる。その場面を夢に想い、私は少しだけ顔をほころばせた。

 

 

END



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