BanG Dream! 澄み渡る空、翔け抜ける星 作:ティア
さて、今回はついにあの人が登場。うん、長かった。その分、大暴れさせてます。難しいけど、書いてて一番楽しいのは彼女だね。
では、どうぞ!
「はぁっ……。疲れたな……」
グリグリのライブが終わってから約1時間半。俺は疲れた体に鞭打ちながら、ステージの片づけを手伝っていた。
非番とは言え、今日はアクシデントが重なって大変だった。休みだからと言う理由だけで、自分だけ先に帰るわけにもいかないからな。手伝うのは当然だ。
それにしても、何とかライブが成功したようでよかったな。間に合わないかと思ったけど、上手く時間をつなげることができたし。
途中で香澄がステージに上がっていったときは、俺もどうなる事かとヒヤヒヤしていたけどな。
で、現在俺はSPACEの休憩室のベンチに腰を下ろしながら、ぐったりとしているところ。何とか仕事を終わらせ、一息ついていたというわけだ。
いい汗はかいたが、さすがに疲れる。休日返上してるんだからな。
「お疲れ、翔」
「おっ、その声は……」
腰まですらりと伸びたロングヘア。スタッフ用の作業着に身を包んではいるが、スタイルは抜群で清楚な印象を与える少女。互いに知っているのは、スタッフ仲間と言うのもあるのだが……。
「たえか。そっちも仕事終わったのか?」
「うん。今日は翔のおかげで助かったよ。ありがとう」
花園たえ。俺と同じくSPACEのバイトで、花女の生徒。と言うか同じクラスの知り合いだ。最初に話したのはSPACEでの事で、そこから同じ学校だと知った。でも、学校ではあんまり話してない気がするな……。
「それにしても、グリグリがライブに遅れるなんて思わなかったな。スタッフもかなり慌ててただろ」
「グリグリはSPACEじゃ人気のバンドだから。来ないなんて知ったら、お客さん悲しんじゃう」
ふぅ、と息を吐き、たえは俺の横に座る。汗ばんだ髪がひらりと舞い、俺の鼻腔を刺激する。
と、この花園たえと言う少女だが……見た目は割と可愛らしい部類に入ると思う。いっそのこと、モデルでもやらせたら人気に火が付くこと間違いなしだ。
まぁ、見た目は、だけどな……。
「そうだな。それより、何か飲み物奢ってやるぞ」
俺はブラックコーヒー片手にくつろいでいたが、たえは今さっき来たばかりだ。喉だって乾いているに違いない。そう思い、俺はポケットから財布を出したんだが……。
覚悟しておけよ?たえの本領は、ここからだからな?
「え?何で?今日って何か記念日だった?」
「い、いや違うけど……」
「私、誕生日まだまだ先だよ?」
「お、おう。知ってるよ。前に聞いたし」
「じゃあどうして奢ってくれるの?」
「…………」
こいつ、香澄以上に言動がわからない。その上、ド天然。そこから繰り出されるボケは、ベテランの芸人でも全く見当がつかないはずだ。タイミングすら予測できないからな。
「……今日は一日中バイトだっただろ。アクシデントもあったし、お疲れさまって事で」
「そう言ってくれないとわからないよ~。翔のイジワル」
今のは俺が悪かったのか?よくわからないが、このままだと話が進まないので口には出さずにスルーする。
「……で、何にする?コーヒーか?微糖のやつ」
「……?ビトウさんって誰の事?」
「逆に誰だよ」
ほら。進めようとしても、ちょっと気を抜いたらすぐにこれだよ。本人も無自覚ってのがどうしようもない。ま、面白いと言えば面白いんだけどさ……。
「だって、ビトウの奴って……」
「苗字じゃないんだよ。佐藤の奴、調子乗りやがって……とかそう言う言い回しをしてたんじゃないんだよ。コーヒーは微糖か無糖か聞いてんだよ」
「え?砂糖はどこに行ったの?今、砂糖の奴って」
「…………」
が、我慢だ俺!今のところ、飲み物奢りましょうか?ってところから全く話が進展してないのはわかっているけど!
たえはこういう奴なんだって、俺はSPACEでの付き合いでよ~くわかっているはずなんだ!
「……砂糖は忘れろ。で、コーヒーは?微糖なのか無糖なのか」
「オレンジジュースがいい」
「……あぁ、はい。わかりました」
もう内心ですらツッコミを入れる気力も起きないので、俺は休憩室にある自販機でオレンジジュースを買ってやる。取り出したジュースをたえに放ってやると、キャッチしてすぐに飲みだした。やっぱり、今日は疲れていたんだろうな。
「うん、おいしい。でもやっぱりコーヒーの方がよかったかな」
「後から注文するな」
「ねぇ、翔」
「……何となく言いたいことは察しがついてる」
「よくわかったね。じゃあコーヒー一口ちょーだい」
でしょうね。こういう時のたえはわかりやすいからな。新しくコーヒー買うのも面倒だし、仕方ないから俺の飲みかけのコーヒーをたえに渡す。
「ほい。全部飲むなよ?」
「それってフリ?」
「なわけないだろ。ちゃんと残しておけ」
「はーい。じゃあいただきまーす」
そう言うと、たえは口をつけて一気に飲み干し……一気に?
「って、おい!全部飲むなって言っただろ!」
「ん~?……大丈夫だよ。翔が飲む分は残してあるから。ほら」
軽く肩をひっぱたき、俺はたえがコーヒーを飲むのを阻止する。当の本人はケロッとした顔で、俺に缶コーヒーを渡してきたが……。
「おま、残ってはいるけど後ちょっとじゃねぇか!」
「残したのは残したから、問題ないでしょ?」
「限度があるだろうが……」
ないわけじゃない。でもあるわけでもない。何とも微妙なラインだが、残っているなら飲んだ方がいいに決まっている。
俺は缶に口をつけ、一気に上半身を傾けてコーヒーを飲み干し――。
「あ、間接キス」
たえの一言で、思いっきりむせた。
***
「はぁっ、はあっ……。し、死ぬかと思ったぞ」
「大丈夫?誰がそんなひどいことしたんだろう?」
「それわざと言ってるのか?」
たえのせいで生死の境をさまよいそうになった俺は、ようやく落ち着きを取り戻した。狙ったように変な事言いやがって……後で覚えてろ。
当の本人は呑気にジュース飲みだすし。人のコーヒーほぼ全部飲んでおいて、たえって奴は……。
「…………」
あ、そうだ。折角たえがいるんだし、あの話でもしておくか。前から言おうと思っていたんだが、時間が取れなかったからな。
「なぁ、そういやさ、たえ」
「どうしたの?ジュース欲しい?」
「いらないです。確か、たえってギター弾いてるんだったよな」
「そうだよ。それがどうかした?」
たえがギターを弾いている話は、前に本人から聞いたことがあった。昔からギターをやっているらしく、SPACEにギターを持ってきて、演奏している姿を見せてもらったこともある。
その腕前は、プロにも通用すると思わせるほど。美羽も技術はあるが、数段は上だ。美羽が聞いても、同じ感想を持つに違いない。
そんなたえだからこそ、俺には話したい事があった。優れたギターセンスを持つたえにしか頼めない事が。
「実は、俺の友達にギターを始めた奴がいるんだ。けど、そいつ楽器の知識なんてからっきしでさ」
香澄の事だ。有咲からギターを譲ってもらったとは言え、完全に初心者だ。一応りみもいるが、本職はベースだ。ギターの事を手取り足取り教えられるかと言ったら、正直分からない。
そこで、俺は香澄のためにも指導役となってくれる人が必要だと考えた。その役として最適なのが、たえだった。俺の知り合いで、一番ギターの技術と知識に精通しているのは、たえだからな。
「ふ~ん。どんな子なの?」
「底抜けて明るい、元気だけが取り柄な奴。ってか、俺たちと同じクラスなんだけどな。戸山香澄って知ってるだろ?」
「戸山……うん、知ってる。あの子、ちょっとおかしいよね」
お前も相当な変人だけどな。
「機会があれば、あいつにギターの事教えてやってくれよ。香澄、本気でバンド始めるつもりだからな。俺も協力してやりたいんだよ」
「おぉ……」
「って、何だよその反応は」
「翔って、本当に優しいなって思って。私が初めてここでバイトする事になった日も、翔は優しく仕事教えてくれたよね」
俺は中学からここでバイトしているから、たえとは先輩後輩の間柄だ。まぁ、今となってはそんな事気にもしていないけどな。
「いつもサポートしてくれて。誰にだって優しくて。そんな翔の事、とっても頼りにしてる」
「そんなの当たり前だろ。同じSPACEの仲間だし、学校だって一緒のクラスなんだからな。もちろん、俺だって頼りにしてるからな」
「翔……ふふっ。私、やっぱり翔の事、大好きだな」
「そっか……は!?」
い、いやちょっと待て。軽く聞き流していたが、今さらっととんでもないこと言わなかったか!?何か真剣な雰囲気になったかと思ったら、好きとか何とかって……。
たえは何食わぬ顔でジュース飲んでるし、意図が全然わからない。普通に話の流れってだけなのか、それとも本当にそう言う気があるのか?
でも、雰囲気は結構ガチだったし……どう受け止めたらいいんだよ!?
「私、何か変な事言った?それに翔、顔赤いよ?熱でもある?」
たえが俺のおでこに手を当てて、熱を確認してくる。何だ?わざとなのか?ほんわかとした温もりを感じ、もう軽くパニックだ。
「な、ないって!それより、さっきの話だけど……」
「え?あぁ~そうだった。ギター初心者の戸山さんの事だよね」
とりあえず、回避成功。俺、たえに気があるとかじゃないんだけどな……。でも、一応男だし、見た目は可愛いし、告白紛いな事されたら、ちょっと意識はしてしまう。
「あぁ。だから香澄のギター上達のために、付き合ってもらえないかって」
「うん。私は大丈夫。ギターを弾きたい気持ちさえあれば、私はまとわりついてでも協力するよ」
「それは香澄もさすがに……。いや、案外乗ってきそうだな……」
だが、これで香澄のギターについては一安心だ。たえがいてくれるなら、きっとすぐに上達できるだろう。
そろそろ、俺は俺でやらなくてはいけない事があるしな。
「戸山さんって、どんなギター使ってるの?」
「ん?あぁ、確か……ランダムスターって名前のギターだったな。星の形をした、特徴的なギターだったはずだ」
「特徴的……。それに、変な性格……変態って事?」
「……ある意味で」
「じゃあ、戸山さんは変態なんだね?」
「いや、そう言う事じゃないからな?」
そもそもたえの中の変態の基準がよくわかっていないんだけどな。香澄が聞いたら、違うと言い張るに違いない。
「とにかく、香澄の事はよろしく頼むよ。俺、ギターはあんまり詳しくないし」
「合点」
どんなノリだよ。時代劇か。それはそれとして……ここは引き受けてくれたんだ。たえに任せておくことにしよう。
「ところで、さっきからずっと気になってたんだけど」
「うん?どうした?」
「今日って、翔休みだったよね?何でいるの?」
「ライブの客として来てたんだよ。それでこの異常事態だ。手伝いに回ろうって思うのは当たり前だろ」
「何だ、そうだったんだ。私、てっきりずっと働いてないと満足できない体になっちゃったのかと思ったよ」
「…………」
***
「……今日はご苦労だったね」
「いえ。あのまま黙ってライブを観てるなんてできませんよ。むしろ集中できないです」
それからしばらくして、俺はSPACE内のある部屋にいた。たえや他のスタッフは既に帰っており、俺と目の前のオーナー以外には人はいない。
そこは、オーナーの私室。と言っても、SPACEの資料やライブの記録などが保管されている倉庫みたいなものだ。他は最小限の家具や事務用具しか置いていない。意外と殺伐とした場所だった。
俺はそこで、オーナーの腰掛ける机の前に直立し、今日のライブについての話をしている。オーナーはいくつかの資料を並べ、目を通しているようだったが。そんな事は気にせず、俺はオーナーの望むままに話を進める。
どうしても目に入ってしまう、机の上の写真立てを横目に。
「まさかアクシデントが起こるとは、予想外だったよ。それもグリグリ関連とは。おまけもついてきたようだしね」
「と言うのは……グリグリの遅延と、ステージ乱入の件ですか?」
「あぁ。彼女たちのしたことは本来あってはならないことだ。客を待たせ、ましてやステージに一般人を立たせてしまうとは。これでは私も、立派な笑いものだよ」
結末が少し変わっていただけで、客の期待を大きく裏切ることになってしまった。その瀬戸際に、今回の一件は立たされていた。
ライブとは、自分たちの独りよがりでは決して達成しないものだ。客がいて、聞いてくれる人がいて、初めて達成されるものだ。
その期待を蔑ろにしてしまう事態になるほどに、追い詰められていたのは事実。
「だが、ステージに上がっていった彼女たちのおかげで、ライブが成功したのもまた事実だ。咎めようにも咎めがたいアクシデントだったよ」
オーナーは苦笑して、今日のライブの資料をまとめてファイリングする。そのファイルを脇に除けると、再び俺に向き合った。
「私もあの場にはいた。止めようと思えば、いくらでも止められたさ。それでも止めようとしなかったのは……あの子たちの事を、止めたくなかったからかもしれないね」
「オーナー……」
「あの子たちは……何なんだい?前にも、成川と一緒にここに来ていたはずだが」
「俺と花園の通う、花女の同級生です。3人共、俺とは面識があります。最近バンドを始めようと行動しているみたいで……」
「ほう?バンドを……」
オーナーも根っからのバンドマンだ。その点には食いついてきたか。過去については知らないが、バンドの経験でもあったのか?
「ところで……例の件についてだが、順調なのかい?」
「明日から行動に移そうかと考えてます。これまでは少し、私用で動けませんでしたから」
香澄の事もあったからな。結局、どう話が転んだのか、蔵の掃除までする羽目になったけどな!
「なのでその……今のところは、状況に変化はありません。と、言いたいところなのですが」
その瞬間、さっきよりも激しく、俺の言葉に食いついてきた。身を乗り出すほどの目に見えた変化はなかったが、目つきが変わった。明らかに興味を持っている。
「俺は、彼女たち……戸山香澄たちが有力ではないかと考えています」
「戸山香澄……そうか。それがあの子の名前か。それはそうと……やはり、考えることは同じみたいだ」
お?どうやらオーナーも同じ考えに至っていたみたいだな。香澄の事を止めなかったのも、その辺りが関係しているのだろう。
「彼女たちの演奏……いや、演奏とも呼べないお遊戯だった今日の乱入……。話にもならないものだよ」
「それはまぁ……彼女たちも、初心者ですから」
「でもね、気持ちは伝わってきたよ。バンドなんて呼べるものじゃないが、見合うだけの気持ちは備わっていた。特にボーカルの……戸山香澄、だったな?」
悪い側面じゃなくて、いい側面を見てくれたんだな。仮にもオーナーだし、人を見る目は十分のようだ。
「成川はいなかったが、ライブが終わってから言われたよ。誰かを笑顔にするだけの力を持ったバンドを、この場所から追い出す真似なんかしないでほしい、とね」
「香澄が、そんな事を……」
「それだけじゃない。カスタネットの子も、ベースの子も、あの子たちの行動には何かを感じたよ。人の心を奮わせるような、そんな何かを」
俺もだ。あんな性格だが、香澄は人を動かすことができる何かがあると信じている。だから、香澄の周りにはその人柄に惹かれた人が集まってくるんだと思う。
「……彼女たちなら」
「俺も……そうであることを信じたいです。彼女たちが、オーナーの希望であってほしい」
ふと、オーナーが机に置いてあった写真立てを手に取る。そこに写るのは、少し若さの残る女性。
そして、その脇で笑顔を振りまく……1人の少女。
「……絶対に、何とかして見せます」
「私も、成川には期待している。あの子たちにも。だからこそ、成川には頑張ってもらいたい。そのために……」
不意に、オーナーが身を乗り出してくる。そして俺の耳元に近づき、周囲に人がいたのならだれも聞こえないほどの声で――。
「あの学校へと、お前を入学させたのだから」
「……わかっています」
そう低く、俺に対してつぶやいた。
「…………」
俺があの学校……女子校である花咲川女子学園へと入学した理由。その根底には、二つの理由がある。
一つは、俺自身が求めた理由。そしてもう一つは、オーナーが求めた理由。
両者の思いがせめぎ合う中、俺は花女に……唯一の男子生、特務生として入学したんだ。
「……俺が」
果たすべき使命。俺は改めて心に刻み付けながら、明日からの行動を考えるのだった。