BanG Dream! 澄み渡る空、翔け抜ける星 作:ティア
さて今回は……いや、言わないでおこう。前書きでネタバレするのもあれだし。
じゃ、珍しく簡潔になったけど、どうぞ!
「今日も終わらなかったね~」
「うん。それに、また先生に怒られちゃった」
翔たちが蔵に集まっていた時から数時間が経った。日もすっかり暮れ、香澄はたえと一緒に帰っている途中だった。たえも電車通学のため、香澄とは帰る方向が一緒だった。
「練習にも間に合わなかったし……。あーあ、また明日の居残りか……やだな~」
「でも、楽しかったよ。香澄、ギターの呑み込みは早くてびっくりしちゃった」
翔が教えてくれたように、香澄はまだギターを始めて日が浅いみたいだった。弾き方もよくわかっていないみたいで、弦を弾くように音を鳴らしていただけ。
だから、まずはギターのコードについて教えることにした。香澄も昨日からやる気だったし、居残りの時間になったら、すぐにでも教えようって決めてたんだ。と言っても、まだ簡単なコードしか教えていないけど。
最初は苦戦しているみたいだったけど、少しずつモノにしているみたいだった。それは、香澄のギターに対する姿勢ややる気が相当なものだからだと思うんだ。
「えへへ、私も!ね、おたえはいつからギターやってるの?」
「小学生の時からかな。あの時はピアノを習っていたんだけど……」
「えっ、おたえピアノやってたの!?」
「うん。でも、すぐにやめちゃった。楽しくないわけじゃなかったんだけど、そこが色んな楽器を教えてる音楽教室でね」
懐かしいな。あの時はピアノに夢中になっていたけど、今ではギター一筋だから。まさか昔の自分も、こんなにギター大好きになるとは思ってないだろうなぁ……。
私がそうなったのも、ある出来事が関係していて……。
「それでそれで?」
「いつもみたいに音楽教室に来てたんだけど、付き添いのお母さんとはぐれちゃって。それで、探しているうちにギターを教えてる教室に入っちゃったんだ」
お母さんに似ている人を見つけて、てっきりお母さんだと思って後をつけちゃって。そうしたら全然違う人だったんだけど……教室に入ったら、その人がギターを弾いてて。
演奏している姿がかっこよくて、何だかしびれちゃって。すぐに心奪われてた。あの時、間違って教室に入らなかったら、ギターをすることだってなかったかもしれない。
もしかしたら、昔出会ったあのベースの上手な女の子と仲良くなることだって……。
「…………」
「……おたえ?」
「えっ、あ……ちょっと懐かしくてボーっとしてた」
あの子の事、思い出すなんて。また会えるのなら、会って話がしてみたいな。
今、何をしてるんだろう……?
「私がギター始めたきっかけは、本当に偶然だったから。そこで聞いたギターの音がどうしても頭から離れなくて……それでギターを習い始めたんだ」
「わぁ、すごい!それって運命だね!」
「うん。……ふふっ」
「おたえ?どうしたの?」
「香澄、今翔と同じこと言ってた。翔にこの前話した時も、運命だなって」
SPACEでバイトを始めて、翔と音楽の事について話している時だった、楽器を始めたきっかけを話した時、翔はまさに香澄と同じことを口にした。
何だか似てる。香澄と翔って。だから、香澄といると楽しいのかな。そう思ったら、何だか嬉しくって。
翔と出会って、私は救われたから。
「なーくんと同じか~……。えへへっ、私、何だか嬉しいな」
「そうなの?」
「なーくんと一緒の気持ちだったから、それがとっても嬉しいんだ!」
香澄、本当に嬉しそう。さっきよりも声が弾んでる。ほっぺたもちょっと緩んでる。もしかして、香澄って……。
「香澄、翔の事好きなの?」
「……っ!?え、あ、う、い、ええっ!?お、おぉ、おたえ!?///」
香澄、相当慌ててる。こんなに動揺して、言葉も飛び飛びになってる人って初めて見たかも。今の香澄、ちょっと可愛いかも。
「図星?」
「い、いや私、そんな事ないよ!?なーくんはなーくんで……その、幼馴染でしかないし……」
「いつから好きなの?きっかけは?もしかしてもう付き合ってるとか?」
「ちょ、おたえ!?///」
「どっちから告白したの?デートとかした?キスは?いや、まさかとは思うけど……一緒に寝たり、その先まで――」
「す、ストーーップ!!これ以上は恥ずかしいからやめよう!///」
あれ?香澄、顔に手を抑えて悶絶してる。暗くてもわかるくらいに顔が真っ赤だ。色々聞きたかっただけなのに。
「そ、それに私、なーくんとは何もないよ……。おたえが言うように、付き合ってるとかそう言うのもないし……」
「でも、翔と一緒で嬉しいって。恋人同士だからかと思って」
「あれは普通に嬉しかっただけだよ~!……本当は、そうなれたらいいけど」
「香澄、何か言った?」
「い、言ってないよ!///」
ふ~ん。何か残念。香澄、翔の事が好きなのかと思ってたのに。隠しているだけなのかな?
「そ、それよりもさ。おたえはバンドってやってるの?」
「ううん。まだ全然そんなレベルじゃないよ」
さりげなく話変えられた……天才なの?
けど、バンドか。私、ギターは一人で弾いてたから、そう言うのはあまり気にしたことなかったな。やりたいって気持ちも、そこまでなかったし。香澄に言ったように、レベルが不足してるのもあるけど。
「えー、じゃあ私なんかまだまだだー……。コードも全然覚えられてないし……」
「…………」
確かに、香澄はまだまだかもしれない。コードだって、全てをものにできたわけじゃない。演奏なんてまだろくにできないはずだ。
けど、それでも。今の香澄には……。
「……大丈夫」
「えっ?」
「好きなら、大丈夫。ギターはね、弾きたい人が弾くの」
ギターが弾きたい。大好きで、早く演奏したいって気持ちが香澄にはある。確かな目標を、香澄はしっかりと持っている。
その気持ちさえ忘れずにいれば、きっと香澄は大丈夫だから。技術は、すぐに気持ちに追いついてくるよ。
「……うん!また明日も、ギターの事教えてね!」
「任せて、香澄!」
***
「……ふぅ」
蔵での練習を終え、俺は家に戻っていた。いつも通り、母さんは仕事で家にはいない。いるのは、療養中の美羽だけ。
……いや。
「おっかえり~!お兄ちゃん!」
「ただいま、美羽。テンション高いな」
「当たり前だよ!今日から学校に行けたんだから!」
そう。美羽は、今日から学校に復帰していた。家での退屈な生活とはおさらばし、朝も元気よく家を飛び出していった。よほど行きたかったんだろうな。
心配ではあったが、今日くらいは美羽の自由にさせてやらないとな。だから俺も、あえて話題には出さなかったし。本人は満喫できたみたいだから、何よりなんだけどな。
「聞いてよ、お兄ちゃん!私、今日学校でね!」
「はいはい。ちゃんと聞いてやるから、とりあえずごはんの用意するぞ。話はそれからな?」
「は~い!」
クラスメイトと久しぶりにおしゃべりしたこと。休んでいた間の授業について教えてもらったこと。今日あった面白いことなんかも話してくれた。明日香も登校中にすぐ声をかけたみたいで、心配してくれてたんだな。
夜ご飯を二人で食べながら、俺は美羽の話し相手になってやる。話す美羽はずっと笑顔で、楽しそうで。俺は相槌くらいしか打てないくらいに、美羽は延々と話し続けた。
楽しそうでよかった。何よりも、話す姿が生き生きとしていた。病気を抱えていることを、一瞬忘れてしまいそうになるくらいに。
だから、この先も美羽が笑顔で、何も苦しむことなく過ごしていけたら……俺は嬉しいんだ。
「でね、その後何て言ったと思う?」
「わかんないな……。もったいぶってないで、教えてくれよ」
「それはね~……あれ、友達から電話かかってきた。ちょっと電話してくるね!」
友達同士の電話を、立ち聞きするわけにもいかない。美羽はその辺りも考えたのか、自分の部屋に戻っていった。
先にごはんを食べてしまうのも美羽に悪い。俺は適当にスマホをいじり、時間を潰すことにする。いくつかのサイトを見て、SNSを確認して。と、
「……どうにかしないといけないよな、この問題」
そこに映っていたのは、ある事件を報道した記事。数年前に都内のある場所で起きたものだった。
概要を見ているだけで、腹が立ってくる。痛ましく、悲しい事件だった。当時はニュースでも少しの間取り上げられたほどの出来事ではある。
今でも、まだこの問題は解決していない。いや、表向きには全て収まっている。まだ根底の部分が、解決できていなかった。そしてこの問題をどうにかしなくてはいけない。他でもない、俺自身が。
「人って……ここまでひどいことができるんだな」
この問題を解決するには、一筋縄ではいかない。だが、あの学校にとどまるためには、泣き言を言っても始まらない。その瞬間に、俺の居場所はなくなる。
そうなれば、俺の目的は……。
「いや~面白かった~!……あれ、お兄ちゃん?そんなに深刻そうな顔してどうかしたの?」
「……ん、終わったのか。何でもないよ」
「ならいいけど……何かあったら私にも言ってよ?私たち、兄妹なんだから」
「あぁ、わかってるよ」
そうだよな。俺たちは兄妹だ。だからこそ、心配にもなる。気にしたくもなる。
それでも……。
「……人の心を動かすって、どうすればいいんだろうな」
どうしても言えないことはあって。
「…………」
大切だからこそ、陰で支えたいと願う事もあって。
そんなか弱く、小さな願いを叶えるために課せられた使命は……。
あまりにも大きかった。
***
「有咲、おはよ~う!」
「おはようかす――げっ」
「俺を見てそんな反応をするな」
翌日。俺は久しぶりに、香澄と一緒に有咲の家に向かっていた。普段は香澄が有咲を迎えに行ってるからな。俺はのんびりと、一人か美羽と一緒に学校まで行っている。
今日は明日香と一緒に行くみたいだったし、美羽はいない。で、一人のところを香澄に捕まえられ、今に至るってわけだ。
「何でお前までいるんだよ」
「邪魔なら先に行くけど」
「それもそれで何かちげーんだよ!」
じゃあ俺は一体どうすればいいんだよ。
「けど、香澄が来てくれて嬉しそうじゃないか」
「えっ、本当なの有咲!?」
「……っ///あーもう、そんな目で見んな!そんな事ねーから!」
「制服も着て、鞄も持って、すぐにでも出られるように準備して出迎えてくれた奴の言うセリフじゃないぞー」
「翔はいい加減黙ってろぉーー!!」
普段引きこもって学校行かないくせに、香澄が来るとわかったら準備してるんだからな。それで気がないなんて言い逃れ、通用なんてまずしないぞ?有咲?
「もうっ♪有咲ったら~」
「ちょ、やめ……抱き着くなって言ってんだろ!やるなら翔にやれ!」
「何で俺だよ」
「じゃあなーくんに……ドーン!」
「うおっ!?ま、マジで抱き着くなよ!もっと相手を考えろ!」
年頃の男の子を相手にやる行為ではない。こいつには羞恥心とか、そんな感情は持ち合わせてないのか!?
「くっ……と、とりあえず行くぞ。有咲、早く出てこい」
「お前がタジタジしてるの見てたいから、もう少しだけこのままでもいいんだけど」
「んな事言ってないで、早く出てこい!学校遅れるぞ!」
で、強引に香澄を引きはがし、有咲を外に連れ出す。不満そうに頬を膨らませていた香澄だったが、これ以上は俺のメンタルが持たない。他人の家で女の子に抱き着かれるシチュエーションを想像してみろよ?
「つーか、お前また昨日も練習来なかったな?」
「ごめ~ん、有咲~!おたえとギターの練習してたら、つい……」
「ん?香澄、あの時間にギター教えてもらってるのか?」
「うん!あっ、なーくんがおたえに指導役頼んでくれたんだよね?ありがとっ!」
どうりで課題が終わらないわけだ。しかもあの二人なら、すぐに歯止めが利かなくなるのも納得が行くな……。
「お前なぁ……。私の蔵で練習するって話はどうなったんだよ」
「忘れてないよ!課題終わったら、ちゃんと行くから!」
「そのセリフ、何回目だって話なんだよ。昨日も聞いたし、その前も聞いたし!」
「怒らないでよ、有咲~!課題も早く終わらせたいけど、おたえとの練習も楽しいんだよ!ちょっとずつギターも弾けるようになって、嬉しくって!」
「……っ」
「それに、おたえとも仲良くなれるし!ギター教えてくれるあの時間って、私楽しいんだよね!」
「…………」
少しずつ成長している感覚を知り、香澄も楽しいんだろう。上達すれば、誰だって気持ちいい。できなかったことができるようになるのは、自分の可能性を広げる事にもなる。それは素直に喜ぶべきだ。
だが、有咲は。
「……ふーん。別に私の蔵じゃなくても、練習はできるって事か」
「おい、どうした有咲?」
「何でもない。……何か、バカみたいに思っただけだ」
ひどく冷めた言葉を吐き捨て、香澄の言葉に耳を貸すことはしなかった。
***
「おたえがアンプ持ってきてくれてね。それがちっちゃくて可愛いの!」
その日の昼休み。いつものように中庭に集合し、昼食を取っていた。だが、香澄の口から出るのは、たえの話ばかりだ。
それに有咲も、今朝と機嫌が変わってない。素っ気なく、どこか棘がある。この場にいるだけで、何故か気まずくなってしまう。
りみも、この気まずさを感じているみたいだった。その原因として考えられるのは、恐らく……。
「おたえは音あんまりよくないって言ってたけど、ちゃんと音出るし!ギターもかっこいいんだよ~!青くて、シュッとしてて!」
「そ、そうなんだぁ……」
「…………」
まただ。香澄がたえの話をするたびに、有咲は嫌悪感をむき出しにする。その不穏な空気に触れ、俺とりみはどうにもできずに気まずくなっている。
「課題終わらせる気ないな?」
「あるよー!でも、ギターの方に集中しちゃって……」
「集中するところ違うって」
「おたえとギターするの、楽しいんだも~ん!」
別にいつも通りの風景なんだけどな……。香澄と沙綾が楽しく話して。俺やりみも、普通に相槌を打って。
ただ一つ、ここまで有咲が無言を貫いている事だけが違っている。この違和感に、香澄は気づかないのか?
「か、香澄ちゃん……」
「どうしたの、りみりん?」
「あの……課題終わったら、また蔵で練習しない?香澄ちゃんがいないと……」
「そ、そうだぞ。言い出しっぺの香澄がいないと、何も始まらないだろ。な?有咲?」
りみが耐え切れなくなって、香澄に練習に来るように促す。俺も助け舟を出し、どうにか有咲の気を引こうとするが……。
「私、関係ねーし」
「ええっ!?で、でも……」
ダメだった。まるで初めて会った時のように、冷たく斬り捨てあしらっている。笑顔なんて、見せようともしなかった。
「あっ、おたえだ!私、ちょっと行ってくるね!」
「香澄ちゃん……!」
「待て、香澄!これ以上は……!」
渡り廊下を通るたえを見つけ、香澄は俺たちを放っておいてたえの元に向かう。手を伸ばして止めようとしたが、少し遅かった。
俺たちの言葉は、香澄には届かなかった。有咲もまた黙り込み、残ったのは声を出すのもためらわれる気まずさだけ。
「ど、どうしよう翔君……」
「こればっかりは……な」
不安そうなりみを安心させるため、俺はりみの肩に手を置く。沙綾も、何となく事情を呑み込んだみたいだった。
「お~い、おたえ~!」
「あっ、香澄。どうしたの?」
「昨日の練習、わかんないところがあって……Gコードなんだけど」
「それなら、Gコードは中指から抑えた方がいいかも」
「あ、そっか。こうか……」
ダメだ、あいつマジで気づいてない。自分の事で、周りが見えなくなっている。戻ったら、少し教えてやろうかな……?
そう思っていた時だった。有咲が弁当を片付け、その場を離れようとしたのは。
「……おい、有咲?」
「何?」
「いや、何で戻ろうとしてんだよ。まだ休み時間あるぞ?」
「別に……翔には関係ねーだろ」
ひび割れていく。築き上げていた関係が、たった一瞬で。
「あ、有咲ちゃん……」
「市ヶ谷、さん……?」
「……失礼」
全てを置き去りに、有咲は一人に戻っていく。
「おい香澄!有咲が……!」
「……?あっ、有咲!もう戻っちゃうの?」
「それが?」
「え……?」
最後に残った、香澄と言うピースも――。
「そこをどいてよ。……戸山さん」
「……っ!?」
何もなかったかのように、崩れ落ちてしまった。