BanG Dream! 澄み渡る空、翔け抜ける星 作:ティア
「あ~っ、また間違えた……」
「でも、押さえ方はよくなってたよ。ギター弾いてる人の手になってた」
迫るクライブに向け、俺たちは今日も有咲の蔵で練習に励んでいる。ここ数日の練習で、香澄だけじゃなく、俺たちも演奏技術が上達したように思う。
曲だって自分のパートは通して演奏できるようになったし、後は細かなミスをなくしていくだけ。そのためには、やはり練習が必要不可欠なんだけどな。
だが……問題は別にあった。
「ホント!?えへへ、やった~!」
「やった~!じゃねーっつーの。そろそろみんなで音合わせないと、本番まで時間ないんだぞ?マズいんじゃね?」
「今の私の真似!?有咲、もう1回!」
「話を逸らすな!ちょ、こっちくんな!!」
そう、俺たちはまだ、一度も音を合わせて練習してはいない。香澄の指導が原因とは言え、かなり時間を取られてしまった。個人ではできていても、集団ではどうなるかはわからない。
微妙な音のずれが生じたり、細かなミスが他のパートを狂わせる事もある。自分の演奏に集中しつつ、他のパートの音も聞いて、音色を重ねていかなくてはいけない。
それは、個人練習では絶対に見につかないスキルだ。そして難しい。だからこそ、今からでも音合わせに時間を割く必要がある。
「まだ自分のパートしか練習してないもんね」
「そうだぞ、香澄。できる事なら、俺も合わせておきたい。もう一通りは弾けるんだろ?」
「うん!もう弾き方は覚えたよ!でも……」
「どうした?」
「演奏だけでもいっぱいいっぱいなのに、歌までちゃんと歌えるかな~って……」
あぁ、なるほど。よくありがちな心配だな。片方の事に集中してしまうと、どうしても片方が疎かになってしまうからな。
まして香澄はまだ初心者の域だ。ギターで手一杯なのに、歌に気を回している余裕なんてない。俺たちよりも一段階上の事をしようとしているんだから。
「大丈夫だ。香澄ならやれる」
「簡単にやれるって言うけど、根拠あるのかよ」
「あるぞ、有咲。今からやるのは、あくまで練習。ミスはいくらでもしていいんだ。本番でミスしないためにな。そのための音合わせだろ?練習だろ?違うか?」
今こうして練習しているのは、一体何のためなのか。それに気づかせてやるだけでも、緊張感は一気に和らぐはずだ。
これは練習でしかない。ミスのない練習なら、別に練習する必要はないんだ。
「おぉ……!」
「な、何だよ香澄」
「なーくん、何だかリーダーっぽくてかっこいい……!私もあんな風になれるかな~?」
憧れるのは勝手なんだけど……香澄にできるイメージが全く湧いてこないんだが。ある意味、周りを引っ張ってはいるんだけどな……。
「無理だろ、香澄には。向いてねぇって」
「えー、そんな事ないよー!私だって、こう……リーダーっぽいことできるよ!」
「基本振り回してばっかのお前が、そんな気の利いたことできんのかって言ってんの」
「で、できる!た、例えば……有咲のためにお茶用意してあげるとか……」
「それってリーダー要素全然なくね!?」
いや、一応気遣いって意味では間違っていない……のか?
「じゃあ私は、有咲のためにお菓子用意してあげようかな」
「花園さんはさらっと話に入ってくんな!」
「アハハ……。それで、練習はどうするの?」
「あっ、そうだった!音合わせだったよね」
「ほら見ろ。自分の事で手一杯なのに、人の事までフォローできるなんて思えねぇんだよ」
「えー!?そんなぁ~……」
こればっかりは有咲の言う通りだし、俺はあえて何も言わずにスルー。
「香澄の手、二つしかないけど。いっぱいって、三つも四つもないよ?」
「そうじゃねぇんだよ!すぐにボケをかましてくんじゃねぇ!」
「香澄、不安だったら私も演奏に入ってフォローするからね」
「えっ、おたえ本当!?」
「おい、人の話を聞け!」
「フォローできるかどうかの話?」
話をぶり返すな。その話はさっきの流れで終わってるんだよ。そう言ってやりたかったが、一々たえの相手をしていると疲れる。
「くっ……何だよ、花園さん。こいつの相手してると、香澄以上に疲れる……」
「私の事呼んだ?」
「何でもねぇよ!花園さんはもう引っ込んでろ!」
な?こんな風に面倒な事になるんだよ。
「え、えっと……そろそろ、練習しない……?」
「わ、わかってるから、牛込さん。そんじゃ、えーと……」
「待て、有咲。ここはドラムパートの俺に任せろ。合図出すのは、ドラムの方がいいだろ」
リズムの中心となるのはドラム。バンド内でカウントを取るのは、基本的にはドラムの仕事だ。
時間もないので、俺はスティックを構えてドラム前にスタンバイ。他のみんなも、ふざけるのを止めて演奏の準備を始める。目配せし、準備が整ったのを確認して、俺はカウントを取った。
ギター、ベース、キーボード、ドラム。出だしはどの音も問題ない。輪の中から外れている音はなく、そのままのペースで演奏は続いた。
自分のパートだけじゃなく、他のパートも聞いて。集中力を高め、音色は響く。特に香澄は、そこに歌も入ってくるんだからな。
そして何とか、一発目の演奏は終えることができた。
不安そうにしていた歌も、少し音は外していたが、最後まで歌いきることができた。ギターに関しては、完全にたえにリードしてもらっていたが。
他のパートも、ミスはややあったが目立つほどのものでもなく、何とかやり切ることができた。俺はまぁ……自分で言うのも何だけど、できは良かったと思う。
「……ふぅ」
たった1回の演奏だが、みんなの表情には疲れが見えていた。無理もない。これが初の音合わせ。俺も疲れはあるし、汗が止まらない。
「すごい、すごいすごい!有咲すごいよ!バンド!バンドになってた!!」
「うわっ!?ちょ、終わった途端に抱き着くな!演奏で体力使ってるのに……ってもう、暑苦しいんだよ!!」
あいつは放っておいて……全体的には、まだ課題があるって感じだな。パート毎のミスは目立たないが、やはりバンド全体としてはミスが目立つ。
そこはまた練習でどうにかするしかないが、もう少し休憩してからだな。時間がないからと言って焦っても、上達にはつながらない。
「でも、香澄ちゃんの気持ちわかるな。みんなで一緒に演奏するのって、楽しいよね」
「俺もそう思うな。今までは美羽としかドラム叩いたことなかったから、新鮮な気持ちになれるよ」
「やっぱり、翔君もそう思うよね?」
「あぁ。難しいけど、それがいいって言うか……。楽しさの方が勝つんだよな」
ベトベトとくっつきあっている香澄と有咲。和やかになっている俺とりみ。
そんな中、何故かたえだけは、呆然とした様子でギターに手をかけたまま動かない。気が抜けているような、何か考え事でもしているような。
もしかしたら、さっきの演奏がたえの中で納得いかないものだったか。
「たえ、どうかしたか?」
「……え?」
「本当に上の空だな。ずっとボーっとしてたから、何かあるんじゃないかって思ってな」
「ううん。大したことじゃないよ。ただ、誰かと一緒に演奏するのって、こんな感じなんだな~って思って。いつも一人で練習してるから、私、こんな気持ち知らなかったな」
「……そうか」
たえもまた、楽しいと思っていただけだった。俺たちと同じように。ただ、それが少しオーバーすぎただけで。
でも……たえにとっては、それくらい大げさにとらえても仕方のない事なんだよな。
「自分の音と誰かの音が重なるのって、何だか不思議」
「えへへ、そうでしょ?楽しいでしょ~?」
「つーか、いつまでお前はくっついてんだ!早く離れろ!」
「え~っ、もうちょっとだけ~!」
「くっ……もうちょっとだからな!?」
本当に有咲は、香澄に対してチョロさMAXだな。顔真っ赤だぞ。
と、そんな有咲にくっついていた張本人が、たえにぶっ飛んだ提案を持ち掛ける。
「あっ、そうだおたえ!」
「ん?どうかしたの?」
「本番、おたえも一緒に演奏しない?」
「「「「……え?」」」」
「……あ、あれ?私、何か変な事言ったかな?」
当たり前だ。これは練習だから仕方なく手伝ってもらってるし、俺もそのつもりで黙認しているところはある。
けど、本番の舞台は……クライブは、たえを納得させるライブだ。香澄の言葉を借りるなら、たえをドキドキさせるためのライブ。
なのに、本番でたえも一緒に演奏する?そうなったら、勝負はどこに行くんだよ。もはや何のためのクライブなのかわからなくなってしまう。
「またわけのわかんねぇ事言って……。花園さんに聞かせるライブだろうが」
「それはそうだけど……。でも、絶対一緒にライブした方が、ドキドキすると思う!おたえに聞かせるんじゃなくて、おたえも一緒に聞かせてほしい!」
「はぁ……。相変わらず、突拍子のない事を言うよな、香澄は」
そんなのには、もう慣れっこだけどな。俺は。
「みんなと一緒に、ライブ……!?」
「うん!きっと楽しいよ!おたえも一緒に、ライブ!ライブっ!!」
「子供かよ!」
俺もそう言ってやりたかったが、有咲が代弁してくれたから、まぁ……よしとするか。
「私は……。うん。私も、やってみようかな。ライブ」
「やった~!おたえとライブ~!」
「はぁ!?ちょ、マジでどうなるんだよ、これ……」
「え、えと……私にもわからない……かな」
「俺もわからないから、安心しろ」
「本当、香澄といるとロクでもない事ばっかだな……」
「それはわかる」
だが……たえが一緒にライブをしてくれるなら、香澄のカバーに関しては問題ないだろう。さっきの音合わせもたえは安定していたし、リズムもズレはなかった。
そう言う意味では、たえの参加は大いに助かるんだけど……。
「…………」
それだけじゃないよな、たえ。
お前が、このクライブに参加しようと思った理由って。
***
「……ったく、あいつらの世話なんて、疲れる事しかねーな」
「そう言うな……って言ってやりたいけど、同感。俺、有咲よりも前から二人の相手してるんだぞ」
「考えただけでも恐ろしいな……。そこだけは尊敬する」
「だけってどういうことだ、おい」
その後、俺たちは何回か音合わせをして、今日の練習は終わりにした。終わった頃にはみんなクタクタで、日が暮れるほど遅い時間になっていた。
そのままの流れで帰るつもりだったが、また有咲の家でご飯を食べさせてくれることに。返って飯を作る元気もなかったし、せっかくだからご厚意に甘える事にする。
香澄たちはまだ蔵の中にいる。きっと、談笑でもしながらのんびりとしているんだろう。
じゃあ俺は何をしているか?答えは簡単。俺は手伝いのために、有咲に駆り出されていた。今は食器を用意して、出された料理を盛り付けているところだった。
「つか、翔って何でもやらせたらできるもんなんだな。盛るだけにしても、綺麗にできてるじゃん」
「家事はやってるからな。美羽は病気だし、家に誰もいない事が普通だったし」
「ふ~ん。って事は、料理とかも作れたりすんの?」
「ある程度は作れるぞ。何なら、また俺の家に遊びに来たら、作ってやってもいいぜ?」
中学の時から、いつも料理はしてきたからな。色んな料理に挑戦して、作れるようにもなってたんだよな。
「いらねぇ。てか、翔の家知らねぇんだけど」
「そうか……。じゃ、いつか俺の家に有咲を連れていくよ。今はクライブで忙しいけど、ちょっと落ち着いたらな」
「……は、はぁっ!?い、いや、そんな事別に、頼んでねぇんだけど!?」
「何でそこで照れるんだよ」
「お前が変な事言いだすからだろ!?///」
どこが変なんだか。俺はただ、いつか有咲を家に招待するって言っただけなんだけどな。友達を家に誘って何がおかしいんだか。
「……はぁ。にしても、本当変わったよな。私も」
「有咲?」
「前までは、誰かと言えで飯食うとか考えられなかったし。バンドだって、しんどいし疲れるし。今日も大変だったしな。でも……楽しいよ」
「有咲……」
まさか、有咲の口からそんな言葉が聞けるなんて……。
「正直、あいつらといると気が滅入るよ。香澄はウゼェし、花園さんはよくわかんねぇし。牛込さんは……まぁいいけど。でも、一緒にいる時間も、悪くねぇかなって」
「……そうか」
「私、最近思うんだよな。前は一人でいる事も普通だったし、何ともだったのに。でも今は、一人でいるよりもみんなといる方が楽しくてさ。あんなに親しかった一人の時間が、今は寂しく感じるんだ」
それは、間違いなく香澄のおかげだ。一人だった世界から連れ出してくれたのは、香澄なんだから。
その気持ちに正直になる事ができたのは、あの時の出来事があるからだろう。俺や香澄の言葉は、しっかりと有咲に届いている。有咲を変えている。
そうじゃなかったら、有咲の口からこんな言葉が出る事も……ないんだよな。
「だからな。あいつらにはその……感謝してる。香澄に、牛込さん。一応、花園さんに……山吹さんにもさ。あいつらがいたから……」
「……ここまで棘のない言葉が続くと、有咲に熱がないかどうか心配になってくる」
「はぁ!?何だよ、おい!?人が素直に感謝の言葉を言ってるだけじゃねーか!」
「あ、でもそれをあいつらの前じゃなくて、俺の前で言ってる辺り、やっぱり有咲は有咲なんだよな~?」
「それもそれでどういう意味だ、おぉい!?」
そうやってムキになって、意地っ張りになるところも有咲らしい。言ったらまた怒ってくるだろうけど。
「……ったく。これでも、翔にだって感謝してんだぞ?」
「俺も?」
「あの時、自分に素直になれなかった私を叱ってくれただろ。元の自分に戻ろうとしていた私を……気にかけてくれた」
香澄から距離を置き、気持ちを押し殺していくことが、正しいと思い込んでいたあの頃。でも、それは間違いだと気づいてもらう事ができた。
振り回して、巻き込んで。自分の事を見てくれない香澄に嫌気がさして。つい冷たい態度を取ってしまって。そうじゃないと言葉を投げかけた結果、今の有咲がある。
「私が変われたのは、香澄だけのおかげじゃない。翔……お前も、変えてくれたんだ」
心なしか、有咲の顔は赤く見えた。いつも見るような恥じらいの表情ではなく、はにかんだような照れ顔。
「……あ、ありがとな。翔」
ぎこちなくも、とても素直にその言葉を聞くことができた。
「……やっぱ、熱でもあるんじゃね?」
「う、うるっせぇよ!ほら、早く香澄たち呼んで来い!///」
「はいはい。結局いつもの有咲に戻ったか……」
「何かバカにしてんだろ!くそ……こっちは恥ずかしい思いしてんのに……」
「プリプリすんなって。あんな風に言ったけど、これでもさっきの言葉、嬉しかったんだぜ?ありがと、有咲」
「……お、おう///」
プイとそっぽを向く有咲だったが、覗く耳が真っ赤になってるのを見て、俺は苦笑する。
けど……こうして言葉を紡ぎだすことができるのは、有咲が成長した証なんだろう。
おれはそれを嬉しく思いながら、香澄たちを呼びに行くことにした。
クライブまで残り1日。最後の仕上げにかかる香澄たち。
自分たちの音を信じて。初めてのライブは、果たして成功するのか。
一方、翔はたえとの会話の中で、ある事を思い出す。
それは、たえに秘められた、悲しい過去の話だった。
次回「初めての」