BanG Dream! 澄み渡る空、翔け抜ける星 作:ティア
ですが、その分今回は長いです!まさかの10000字超えでした……。
さて、クライブも終わり、次は文化祭……の前置きって感じの話です。何気に、新キャラも登場します。
そのキャラに何かピンと来た人、その予感は……当たっているかもしれませんよ?
では、どうぞ!
香澄たちがクライブを終えて、数日が経った。
たえを新しいメンバーへと迎え入れ、ようやくバンドとしての形が見えてきた。毎日の練習も欠かさず、香澄のギターセンスも目に見えて上達している。
4人の仲も良好だし、今のところは順調ってところか。特に問題も起こることなく、少しずつバンド結成へと近づいている。
「……君、聞こ……すか……」
あえて言うなら、ドラムの人材確保か。俺がバンドに入ってやれば済む話だが、それはさすがに無理だ。ガールズバンド規定法があるからな。女子だけで構成されていないといけないって言う決まりが。
となると、どうにかして探す必要がある。けど、全くと言っていいほどあてがない。クラスの中にそう言う人がいたらいいんだけど。
少しでもドラムかじってたとか、それくらいの経験者でいい。同じクラス内なら話も早くて助かるし、集まる時もすぐに集まることができる。
「……わくん……てます……」
SPACEまでの道はまだ遠いが、近づいてはいる。オーディションまでこぎつけるのも、案外すぐの話かもしれない。
簡単な事ではないのはわかっているが、もしかしたら――。
「成川君!!」
「……うおぉぉっ!?」
少女の大声が、鼓膜を突き抜ける。俺は突然の事で驚き、座っていた椅子ごと倒れこんだ。
大きな音とともに背中を打ち付け、教室にいたクラスメイトも何事かと俺の方を見てくる。そもそも、俺だって何が何だかよくわかっていないんだけど……。
「う、いってぇ……」
「あっ!?だ、大丈夫ですか!?」
「ま、まぁな……」
目の前に手が差し出され、俺はありがたくその手を取って立ち上がる。そこでようやく、俺は彼女が誰なのかに気が付いた。
緑の髪を腰まで伸ばした、清楚な女子。身長は平均的な女子高生と同じくらい。多分、香澄に近いんじゃないか。
「そんな大声出さなくても、俺は聞こえてるって。もっと普通に呼んでくれたらよかったのに」
「成川君が返事してくれなかったからですよ?もう何回も呼んでるのに」
「えっ!?」
頬をプクーっと膨らませて、少しご機嫌斜めみたいだ。そんなに呼ばれていたって事か……。ヤバい、全然知らなかった。
「あ、え~っと……そ、それは、その……悪かったです」
「ふふっ。そんなに慌てなくても、私は怒ってませんよ?冗談です」
「な、何だ。月島さんも冗談言うんだな……」
「私だって、冗談の一つや二つ、言う時はありますよ?」
上品に口元に手をあて、おかしそうに笑うこの子は……同じクラスの、月島琴音さん。
俺のクラスメイトで、第一印象は雅な大人の女性。同級生に使う表現ではないんだけどな。
けど、立ち振る舞いとかも可憐で、同性であっても釘付けになるほどらしい。入学してそれなりに時間は経つが、まだまだ彼女の人気は衰えていないようだしな。
そんな月島さんが、俺に声をかけるとは。あまり話したことはなかったはずだが、何かあるのか。
「それで、俺に何か用だったか?そのために呼んだんだろ?」
「今日提出の古典のノート、出していないの成川君だけでしたから。出してもらえませんか?」
「あっ、ヤベ……!」
しまった、忘れてた。ノートも出さず、人の話も聞いていないとか、俺って迷惑でしかないだろ……。
「……本当悪い。すぐに出す」
「ありがとう、成川君。助かりました」
「それと、俺もノート持ってくの手伝うよ。確か、職員室まで運ばないといけないんだろ?」
「それはそうですけど……いいんですか?」
「さすがに悪いだろ。せめて、これくらいはやらせてくれ」
見たところ、月島さん以外に係の人はいないみたいだったからな。1人で持っていくのなら、全員分はかなり量がある。力仕事ならバイトで慣れてるし、任せてもらいたい。
「なら、お願いしてもいいですか?ちょうど、もう1人の係の子が休んでいるので……」
「だから月島さんだけなのか。だったらなおさら手伝わないわけにはいかないな。任せてくれ」
俺は自分のノートを取り出すと、前の教壇に積んであったノートの束と合わせて両手に抱える。さすがに全部は持てなかったが、月島さんの負担は少なくなったはずだ。
職員室まではそこまで距離もないし、月島さんの仕事も早く終わりそうだ。俺は月島さんと並んで歩き、ノートを運ぶ。
「あの、そう言えば成川君。さっき全然返事してくれませんでしたけど……何か考え事でもしてたんですか?」
「ん?あぁ、いや……特に思いつめる事でもないんだけどさ。香澄のバンドのこと考えてて」
「香澄って……戸山さん?」
「そうそう。あいつ、今バンド組もうとしてるんだよ。ギターも始めたんだけど、まだまだ素人って感じで」
「ギター……!バンドの花形ですよね!カッコよくて、一番注目されるパートですよね!」
お?俺が思ってたよりも食いつきがいいな。バンドってイメージとはかけ離れた人だからな。
「それで、戸山さんは今どれくらい弾けるんですか?」
「基本コードはそれなりに……ってとこかな。今は少しでも上手くなれるように練習してるよ」
しかも向こうから話を広げてきた。俺が思っているよりも、バンドや音楽に対する興味や関心はありそうだな。
「そうだったんですね。私の友達にも、バンド……と言いますか、そう言う事をしている人がいるんですよ」
「へぇ、月島さんの友達もバンドやってるんだ。バンドの名前って何て言うんだ?」
「な、名前は……」
と、そこで月島さんの言葉が途切れる。特に変わった質問ではない。が、明らかに態度が変わってしまった。少しぎこちなく、何かをためらうような態度。
「……悪い。言いたくないなら、別にいいんだぞ?」
「あっ、すみません。どうしても名前聞かれると、言うのためらってしまって。悪い意味で、有名になってしまったバンドですから」
「悪い意味で?」
「初ライブで……その、歌ってるフリや演奏してるフリをする……要はエアバンドだった事がバレてしまって。ましてバンドなのに演奏してない事が世間に知れ渡ってしまって、今の評判は最悪なバンドなんですよ……」
「初ライブで、エアプ……まさか、最近デビューしたって言うアイドルバンドって奴じゃ……?」
「フフ。やっぱり知ってましたか。今は活動を休止しているんですけど、それもどうなるかわからなくて……」
確か……Pastel*Palettes(パステルパレット)と言ったか。デビュー前から、アイドルなのにバンドとして、実際に演奏しながらパフォーマンスをする斬新なユニットとしてそれなりに注目されていたはずだ。
それだけに、期待を裏切るようなあのデビューライブは痛ましいものだった。俺も後からニュースで知ったが、やはり印象はよくないものだったな。
少しはほとぼりも冷めたが、そんな状態のバンドだ。公にして、そのような目を向けられるのが嫌で、名前を口にしたくなかったんだろう。
友達のバンドなのに。こうなるまでは、胸を張って名前を言えたはずなのに。こうも肩身の狭い思いをしないといけないなんてな……。
「……早く月島さんの友達のバンド、胸を張って名前を言えるようになりたいな」
「そうなりたいですね……」
まだ時間はかかるかもしれないが、いつか彼女たちが表舞台に出てくる日を期待したい。その時は……俺も及ばずながら、歓声を送ってやろう。
「この話はもうやめようか。無理に話すことでもないし」
「でしたら、戸山さんのバンドについて話してくれませんか?私、戸山さんがバンドやってるなんて知りませんでしたから、ちょっと気になっちゃって」
「香澄のバンド?あー……えっと、それがまだ未完成なんだよ。ドラムパート以外はいるんだけどさ。俺ドラムやってるんだけど、ガールズバンド規定法もあるし、メンバーに慣れないからな……」
「えっ、成川君ドラム叩けるんですか!?カッコいいです……!」
何か照れるな。面と向かってこんな事言われたのは初めてだ。ドラムやってよかったかもしれない……なんてな。
「あ、そうだ。月島さんはバンドやってたりとかする?」
「私はしてませんよ。けど、音楽は好きですし、バンドや楽器の知識にも自信はあります。それに……楽器も少しやってるので」
おっ!?こいつはいいんじゃないか!?もしかしたら、ドラムとしてバンドに入ってくれるかもしれないぞ!
「だ、だったら香澄のバンドに入って、ドラムとかやってみないか!?きっと香澄も喜ぶし、考えてくれたら……!」
「えっ!?ちょ、落ち着いてください!ノート落としますよ!」
月島さんに指摘されて、俺は自分の持っていたノートが少しぐらついているのに気づく。ノートの事も忘れてしまうくらいに熱が入ってしまっていたとは……ついテンションが上がってしまったみたいだ。
「あ……わ、悪い。でも、ドラムができる人はどうしても必要なんだ。ドラムやってる人なんて、俺全然あてとかないからさ……」
「そうですか……」
「だから、月島さんの力を貸してほしいんだ。楽器の知識もあるみたいだし、頼む!」
ノートを落とさないように、俺は器用に頭を下げる。すれ違う生徒が何やら騒がしくしているが、そんな事気にしていられない。
不意にめぐってきたチャンスなんだ。逃すわけにはいかない。楽器もやってて、知識もあるなんて、香澄にとっては大きな効果があるだろう。
もちろん、月島さんの意見も尊重しないといけないけど。そんな月島さんの返答はと言うと……。
「あっ、ご、ごめんなさい……。私、キーボードしか弾けなくて……」
「えっ!?で、でもさっき楽器は少しできるって……」
「それはその、言い方が悪かったです……。ごめんなさい」
「い、いやいいよ。けどそうか、キーボードか……」
キーボードのパートには有咲がいるからな。いなかったらバンドに協力してもらいたかったんだが、仕方ない。ここは潔く、俺の方から手を引くしかないな。
「落ち込まないでください、成川君。きっとすぐに、ドラムを引き受けてくれる人も見つかりますよ」
「月島さん……そうだな」
焦ったところでどうにもならない。打てる手を確実に打っていかないと、結果は出てこないからな。それが俺のやるべき事なんだよな。
「私の方でも、ドラムやってくれる人、探してみます。少しでも成川君と戸山さんの力になれるなら、私も協力しますよ」
「いいのか!?助かるよ!」
「もちろんですよ。成川君がここまで必死になってるのを見たら、私も放っておけませんよ」
クスリと笑いかける月島さん。バンドには協力してもらう事はできなかったが、心強い助っ人と巡り会うことができた。
俺はそのありがたさを身に染みて感じながら、いつか出会う5人目のメンバーについて想像を膨らませていた。
「あっ、そう言えば成川君」
「うん?どうした?」
「成川君にとっては初めてですけど……そろそろですよね、文化祭」
「あ……」
そうか。まだホームルームで話には挙がっていないが、言われてみればそんな時期か。ま、俺にとっては初の文化祭だけどな。
出し物決めて、役割分担して。当日までに準備して、全員が一体となって取り組んでいく。女子校とは言っても、文化祭は文化祭だろうし、楽しみではある。
「私たちには、もう恒例行事って感じですけど。高校になっても、クラスメイトは中学の時から一緒の子がほとんどですから」
「そうか……。持ち上がりだと、何となく新鮮味に欠けるって感じなのか」
「でも、やっぱり楽しみにしてしまうんですよね、文化祭。あ、戸山さんも初めてじゃないですか?花女の文化祭って」
「あ……確かにな」
「戸山さんの事だから、きっと楽しみにしてるんじゃないですか?フフッ」
楽しみも何も……こいつを香澄に聞かせたら、どんな反応するかなんてわかりきっているんだけどな。
***
「文化祭!楽しみ!」
「そう言うと思った」
で、案の定目を輝かせて興奮する香澄をよそに、俺は日直の日誌を書いている。授業も終わり、今は放課後だ。
「文化祭か~!クラスで出し物作って、みんなと一緒に他のクラスも回って……あ!それからライブも!」
「ライブ?」
「有志ライブ!体育館でライブできるんだって!毎年盛り上がるみたいで、私も出ようかなって思ってるんだ!」
「あぁ、前に話してたやつか。今思い出した」
って事は、当分は文化祭ライブに向けて練習することになるんだな。クライブを終えたばかりだってのに、また違う目標ができるとは。バンドへの関心がありまくってるな。
だったら、なおさら5人目のメンバーが必要となってくる。有志ライブだし、俺が協力できるとは思うんだが……それでも、見栄え的には女子のメンバーが欲しいところだ。バンドとしての形は作っておきたい。
「……なぁ、香澄」
「なーくん?どうしたの?」
「お前ってさ、バンドのメンバーの目処ってついてたりするか?」
「え?う~ん……いないかも」
「だよな……」
となると、やっぱり俺の方でも探していくしかないのか。香澄も人脈はあるだろうけど、今の感じだと進展がなさそうだしな。
って、本当お節介しか焼いてないな、俺は。ま、香澄のバンドのために応援するって決めたからな。一緒にバンドはできないが、やれるだけの事はサポートしてやらないと。
「あっ!でもね、一緒に文化祭でライブしたいな~って思ってる人はいるよ!」
「え?誰だそれ?」
「さーや!バンドはダメみたいだけど、せめて文化祭では一緒に歌いたいな~って!」
「沙綾、か……」
確かに、沙綾は放課後は家の手伝いで時間もないしな。バンドはできなくても、文化祭と言う場でなら、即席だろうと一緒にバンドは組むことができる。香澄も、沙綾と一緒にバンドがやりたいと言ってたからな。
だが……俺はその申し出に、沙綾が素直に応じてくれるとはとても思えなかった。沙綾には、何か大きく深い事情がある気がしていたから。それも、音楽に関する事で。
前からずっと、音楽の話題になると影を見せている部分があった。向こうからする事もあったが、特にバンドの話になると……無意識に避けようとしている傾向が強かった。
気にはなっていたんだ。けど、無理につついて掘り返すような事でもない。だから今まで、ずっと触れないようにしてきたんだが……何かあるのは確かだろう。
その何かが沙綾の中に根付いている以上、いくら香澄の頼みとは言え、受け入れてくれるようには思えない。それが目に見えているから、俺は気がかりだった。
「……なーくん?」
「ん、あ、いや、何でもない。沙綾に頼むのはいいだろうけど、やっぱ練習の事とかも考えたら、時間取れるのかな……ってさ」
「だったら、昼休みでも練習するよ!それでもダメなら、放課後はさーやの家に行ってお手伝いして、少しでも練習できるように時間作ってもらう!」
「はは……香澄は本当、当たって砕けろ!ってやつだな。店の迷惑になるとか、そう言うの何にも考えてないだろ?」
「うっ……だ、だからその、練習するのにさーやをお借りします!って言う、お願い?」
「手伝ってやるから沙綾と練習させてくれって事かよ……」
何にせよ、香澄はこういうやつだ。思い立ったらまず行動する。その過程で壁が立ちふさがるなら、その時考えてまた動く。香澄がその気なら、まぁ何を言っても仕方ないと割り切るか……。
「って、もうこんな時間かよ。香澄、話はまた今度だ。SPACEのバイトもあるし、日誌だけ返して行かないと」
「そっか。じゃあ私は有咲の蔵で練習してるね!」
「わかった。終わったら一応連絡するからな」
話に夢中で、時間を忘れてしまっていた。俺は急いで日誌を書き上げ、職員室へ返却しに行く。返却自体は何事もなく終わったので、その足で昇降口へ。
この感じだと、少し急ぐ必要があるか。ま、多少の遅刻なら、俺なら大目に見てくれ……ないだろうな、さすがに。そう思いながら、靴を履き換えてると……。
「げっ、マジか……。雨降ってきやがった」
小雨だが、地面に水たまりを作っていた。波紋が広がり、曇り空を滲ませる。今日の予報だと、一日中晴れるはずだったんだけどな。まさか雨が降るなんて思ってもいない。
そう思ってる生徒も多かったんだろう。傘を持ってきてなくて、屋根の下で立ち往生している姿がいくつも見られた。
「折り畳み傘持ってきてよかったな……ん?」
俺は鞄から折り畳み傘を取り出し、邪魔にならないように広げようとして……困り果てたように天を眺める、見慣れた少女の姿を見つけた。手には傘も持ってない。俺は近づいて、声をかける。
「よっ、沙綾。傘なくて困ってるのか?」
「あ……翔。アハハ、実はそうなんだ……」
やっぱりか。気まずいように苦笑して、沙綾は隠すことなく困っていることを認めた。
「香澄たちは?俺より先に帰って行ったはずだけど、入れてもらわなかったのか?」
「うん、見かけたよ。でも……わざわざ入れてもらうのも、みんなに悪いかな~って。ほら、方向違うしさ」
何て健気なんだよ、沙綾は。優しさの塊なのか。いくらなんでも、自己犠牲が過ぎるだろうが。
「だから、気にしなくてもいいよ。もう少し雨が止むまで、ここで待ってるから」
「気にすんなって……そんなの、放っておけるわけないだろ。店の事もあるだろうし、俺の傘に入れてやるから」
「いいって。早く帰らないといけないのはその通りだけど、そのために翔を付き合わせるわけにはいかないよ」
頑なに態度を崩そうとしない。それだけ優しいってのはわかるが、それは逆に言えば……。
「……いいから入れって。止む目処なんてないし、もし本降りになってきたらどうするんだ?」
「その時は……その時かな」
「沙綾って、意外と頑固だな」
「……そうでもないよ。そんなに自分に素直になれる事なんて、全然だから」
そんな風に答えた沙綾の横顔は、少し曇っていて……それでいて何故か、どこか違う場所を見ているような気がした。
何かを重ね合わせて、言い聞かせているような、そんな感じ。今の返答も、どこかずれていたような気がする。
「……ま、何でもいい。とにかく、方向がどうとか、迷惑とか、そんな事言わずに傘入れ。俺は今日バイトでSPACEに行くから、そのついでって事で……いいだろ?」
「バイトって……え、あ、ば、バイトだったの?///」
「言おうとしたけどな。タイミングの問題ってやつだ」
「な、何でもっと早く言ってくれなかったのさ……。何か、今になって恥ずかしさが……///」
ここで赤面するなよ。俺も何だか恥ずかしくなってきた。
「そう言うわけだから、途中までは一緒って事で」
「じ、じゃあ……お願いしようかな?」
「もちろんだ。ここで沙綾を置いて行くなんて鬼みたいな事、できるはずないからな」
って訳で、俺は沙綾と一緒に傘に入り、雨の中を歩き出した。濡れた地面が靴に触れ、ジワジワと足元を侵食していく。靴下が濡れる感触が、妙に気持ち悪い。
が……それ以上に俺が気にしているのは……沙綾との距離感だ。
「…………」
「どうしたの、翔?」
「い、いや何でもない」
近すぎる。俺の傘は折り畳みのもので、1人用だ。大きさだって普通の物とは小さいし、そこに2人入ろうとすれば、自然と距離感は近くなる。そうしないと、傘からはみ出して雨に濡れるからな。
そのせいで俺は、沙綾とくっつきながら傘をさしている。桃色の髪は頬を撫で、雨だって言うのに制服越しに沙綾の暖かな体温が伝わってくる。
沙綾が雨に濡れてないかを確認するのに視線を向けると、その度に沙綾と目が合ってしまう。こんなにも至近距離で沙綾に見つめられたことないし、マジでドキドキする。
てか、何だ……まず沙綾と相合傘してるってのが、シチュエーションとしてどうなんだ!?こんな可愛い女の子と、同じ傘の下一緒なんだぞ!?正気でいられねぇ。
息遣いとかも普通に聞こえてくるからな。早くやまぶきベーカリーについてほしいような、そうじゃないような……!
「あれ、もしかして緊張してる?」
「いや、そんな事ない!お、俺がそんな、緊張なんて……」
「ふ~ん?そんな事言って、目が泳いでるよ?」
「あ、いや、これは……///」
それでこのからかいよう。耳元にダイレクトに沙綾の声が響いてくる。成り行きでこうなったが、もうメンタルが持ちそうにありません。
「アハハ、冗談だよ。言い返せないくらいに余裕なさそうだね?」
「正直に言うと……ないです」
「大丈夫だよ。実はその、私も……こんな感じだけど、翔と一緒に傘入ってるの、緊張してるから……///」
あぁ、もう何だよ!ここで顔真っ赤になるのは反則だって!ちょ、本当にどうしよう!?俺このままだと、普通にバイトできそうにないんだけど!?な、何か話題を……。
「そ、そうだ沙綾!もうすぐ文化祭だよな!」
「え……あっ、そ、そうだね!確かに、言われてみれば、もうすぐ文化祭なんだ……!」
まさかの、着地点がここになるとは。これも、文化祭の話をしてくれた月島さんのおかげだな。このまま緊張ムードで帰るのも、何か違う意味で気まずいし。
「沙綾は中学からずっと花女の文化祭見てきてるんだろ?どんな感じなんだ?」
「どうって言われてもな~……。毎年楽しい……じゃ、答えになってない?」
「例えば、どんな出し物するかとかさ。俺もそうだけど、香澄もここの文化祭の雰囲気ってのを知らないからさ」
「雰囲気か~。そりゃあもう、どこもお祭り騒ぎって感じかな。色んなクラスが、色んな出し物するしさ。普段はできない恰好したり、それでみんなで写真撮ったりしてさ」
「へぇ~。沙綾も、何かコスプレって言うか、そう言う事したのか?」
「まぁね。去年だと……クラス全員で動物の格好になったり?」
何だそれ。イメージしたら、すごくよさそうな感じだったんだが。そんな事してた子たちの中に、俺なんか入ってもいいんだろうか。
とは言え……まぁ、文化祭自体は別に普通の学校と大差ない。女子校だからって、特別なものと言うわけでもなさそうだ。
……俺がコスプレするとかになったら、少し考えてもらわないといけないけどな。
「後、有志のバンドがライブするってのもあるみたいだよな。結構盛り上がるってのは、香澄から聞いてるんだけど」
「ライブは……うん、盛り上がってるよ。何て言うか、すごく楽しそうで……ちょっと羨ましく思っちゃうかも」
「羨ましい……」
「あっ、羨ましいって言うのは、楽器弾いてる姿とかかっこよくて、何だか憧れるな~って意味。さすがに、バンド組んで出場するのは、私には無理っぽいし」
「……そっか」
やっぱり、どうも何か抱え込んでいるみたいだ。今も、どこか受け答えがぎこちなかったしな。
それに『羨ましい』と言った事も少し引っかかる。沙綾は本当は、バンドをやりたがっている……?
「……その有志バンド、香澄も出るつもりなんだ。有咲にりみ、たえも一緒に。俺も頭数に入れてると思うけど」
「そうなんだ!クライブでの演奏、すごくよかったから、文化祭の時も絶対見に――」
「そのメンバーの中に……香澄は、沙綾も入れようとしている」
「……っ!?」
顔が引きつった。雨の事も見えなくなっているのか、後ずさって制服の一部が雨に当たって濡れてしまっている。
「私を、バンドに……!?」
「香澄は、どうしても沙綾と一緒に、文化祭のステージに出たいみたいだ。バンドは、店の事で忙しいから諦めているが……だからこそ、こういう場で一緒になって歌いたいんだとさ」
「そ、それは……」
明らかに動揺している。俺は濡れている沙綾に傘を近づけ、雨風を凌ぐ。再び距離が近づいたが、沙綾の表情は優れない。
「きっとそのうち、香澄から誘われるはずだ。けど沙綾は、それが嫌なんだろうなって事を俺は薄々感じている。何か、バンドって言うか……そう言う事に対して、色々思う事があるんだろ?」
「……そんな事ないよ。気のせいだって」
「隠さなくてもいい。前から気にはなってたんだ。音楽の話題とか、今みたいにバンドの事とか。結構避けてるような感じがしてたからな」
「……そう、かな?私は、そんなつもりなかったんだけど。翔が気にするような事は、別に何もないよ」
「だったらいいんだけどな。でも、もし何かあるんだったら相談してくれ。香澄は、必ず沙綾を誘ってくるはずだからな。その時、自分1人で何かに悩むよりは、誰かと一緒に悩む方が、よっぽど気が楽だからな」
「……うん。そうかもね」
香澄は、沙綾の事情に何も気づいていないだろう。だからこそ、断ったところで簡単には引き下がらない。
そうなった時、沙綾は香澄との友情と俺たちには見えない何かとの間で葛藤し、苦しむはずだ。その苦痛を、少しでも肩代わりしてやれるのなら……せめて、話を聞くだけでも、力になってやりたい。
その何かを、沙綾が俺に話してくれるのを、今はただ待つしかない。
「……どうやら、もう着いたみたいだな」
「えっ?あ……本当だ」
やまぶきベーカリーの看板が見えた。大きなガラス張りの外観からは、中のパンもうかがえる。まずは沙綾を送り届ける事ができたな。
「話もまだ途中だけど……俺はもう行くよ。そろそろ急がないと、バイトに間に合わない」
「あ……なら、またパンの差し入れ持ってく?すぐに用意するけど」
「いや、今日はいいかな。本当に間に合わないかもしれないし……」
ここからSPACEまで、まだ少し距離があるからな。すぐにでもここを出ないと、集合時間に遅れてしまう。
「そっか……。それなのに、わざわざ私を送ってくれて、ごめんね?」
「何言ってるんだ。方向だって同じだったんだし、沙綾が謝ることなんてない。って言ってる時間もないんだけどな。悪い、本当に行くわ」
「あ、うん。その……今日は、ありがとね」
「……あぁ!じゃあ、またな!」
俺は沙綾と別れ、雨の中を1人走り出す。バシャバシャと水が弾き、しぶきがはねて俺を濡らす。
「……ありがとう、か」
ふと後ろを振り返る。店先にはまだ、俺を見送ってくれているように見つめている沙綾がいた。その表情には、複雑な何かがこもっていた。
ずっと、頑なに態度を崩そうとしなかった沙綾。俺が何を話しても、ずっと隠し続けてきた。我慢して、封じ込めて。
それは、ある意味で優しさの裏返しなのかもしれない。方向が違うからと言う理由で、沙綾が傘を借りるのをためらっていたように。
けど、その優しさから生じる、あの態度は。
きっと。
素直に甘えられないって事なんだと、俺はそう思う。
文化祭に向け、学校中が動き出す。
盛り上がりを見せる中、たえの奏でるフレーズから、次なる目標が見えてくる。
クラスの出し物、そして有志ライブ。
多忙を極める時間の中で、不穏な動きもまた、ゆっくりと姿を見せていた……。
次回「弾け出す存在」