BanG Dream! 澄み渡る空、翔け抜ける星   作:ティア

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どうも、ティアです!かなり間が空いてしまい、本当すみません……。

何とか書き進めていくんで、これからもよろしくお願いします!

では、早速行きましょう!


phrase40 時間の重さ

「でさ、最後にじゃーんでみんなで飛ぶのってどう?」

 

「えー?ナツ、できんのそれー?」

 

「大丈夫だってー!」

 

あの時の私――山吹沙綾は、浮かれていた。

 

まだ中学生だった私は、友達と一緒にバンドを組み、毎日集まって練習を繰り返していた。日に日に上達していくのを実感する自分の技術。周りの呼吸が噛み合い、私の音とシンクロする感覚。

 

何よりも、みんなとバンドができる事が、私は一番楽しかった。一緒にいる時間が、いつしか愛おしくなるほどに。それだけ、私の中でこのバンド――CHiSPA(チスパ)が、大きな意味を持っていた。

 

この時は、ナツとだって普通に話せたんだ。さっきみたいに、逃げ出す事なんて何もなかったはずなのに。

 

「チスパの初めてのライブだし、やっぱかっこよく決めたいじゃん!」

 

「うん、そうだね。じゃあ、フミカとマユにも相談して見よっか?」

 

「だね!……と、話してたらいいとこに!お~い、フミカ!マユ~!」

 

「「あ、お疲れ~!」」

 

私の元バンド仲間、フミカとマユ。もう全然顔見てないな……。

 

「ねぇねぇ、今マユと話してたんだけど、スタジオに行く前にシュシュ買って行かない?」

 

「えっ、シュシュ?」

 

「ライブでお揃いのつけたらよくね、って話してたの。ナツもそう思わない?」

 

「えー?スタジオの時間、間に合うかー?」

 

「いいじゃん、フミカ!可愛いかも!」

 

こんな風に、あの頃は。ナツと、フミカと、マユと。

 

「ナツもいいよね?」

 

「う~ん……しょうがないな~。じゃあ、ダッシュで行くぞー!」

 

「あ、ちょっと待ってよナツ~!」

 

走っていくナツを、私が後から追いかける。フミカも、マユも、後に続いて、笑いあって。

 

本当に、楽しかったな~……。毎日スタジオで練習して、ファミレスで課題点を見つけ合って。学校では、仲良くおしゃべりしたり。

 

バンドが、私たちをつなぎとめていた。そんな関係が、ずっと続くと思っていた。

 

 

でも……。

 

 

それは、過去の話なんだ。

 

 

もう、戻りたくても戻れないんだから。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「やっばい!マジでやっばい!どうしよう~!」

 

「うぅ、すっごい緊張する~」

 

商店街のイベントなんだよ?大丈夫だって。リラックスして、落ち着こう?」

 

「そうは言っても、これが私たちの初めてのライブなんだよ、沙綾~!」

 

この日は、商店街でライブを行うことになっていた。私たちの初めてのライブ。緊張で手が震え、ようやくバンドマンらしい舞台に立つことができているんだと、私は実感していた。

 

何よりも、ナツたちとここに立っている事に、私は心を動かされていた。あの日スタジオ前に買ったお揃いのシュシュが、より一層気持ちを高ぶらせる。

 

「今日まで練習頑張ってきたんだから、心配ないって」

 

この日のために、練習も毎日夜遅くまで頑張った。できるだけ時間を見つけて、音を合わせて。やれるだけの努力は、全てやってきたはずだ。

 

「だ、だよね……!でも、挨拶飛ばしちゃったらって思うと……」

 

「それは大丈夫だよ、ナツ!その時は沙綾がいるんだから!」

 

「うんうん。沙綾、よろしく!」

 

「えぇっ!?フミカにマユまで!?それは無理だってば!ちょっとナツ、頼むよ~!?」

 

この時は、初めてのライブの緊張をほぐすため、軽口を叩きあっていた。いつものように円満に笑いあって、本番で成功させようとするために。

 

 

……この時は。

 

 

「も、もちろん頑張るよ!でも、親が見に来るとか緊張するね……!」

 

「うちもカメラ持ってきてるし……ほら、あそこ」

 

「何か発表会みたいだよねー」

 

商店街のイベントに参加するだけあって、親もライブに顔を出すほど。それが余計に張りつめた空気を作り出している。

 

「沙綾んちは来てる?」

 

「うーん、栗って言ってたけど、ここからだとちょっと見当たらないな~……。今の間に電話してみるね」

 

お母さんも、今日のライブは楽しみにしていた。お父さんはお店があるから、行けなくて残念だって嘆いていたけど。

 

紗南と純も昨日は遅くまではしゃいでたし、お母さんと一緒に来ているはず。この会場のどこかで、ステージを見ていると思うんだけどな……?

 

私はステージ裏の控え室を抜け出し、今どこにいるのか聞いてみる。

 

 

それが、私がバンドを立つきっかけになるとも知らずに。

 

 

「あ、もしもしお母さ――」

 

「うわぁぁん!ねーちゃぁぁん!!」

 

「え、純……?どうしたの!?後ろで泣いてるの、紗南……!?」

 

私はお母さんに電話をかけたはず。なのに、どうして純が電話に出ているの。電話越しに紗南の鳴き声も聞こえるし、純も動転している。

 

「おかーさんが、おかーさんが……!」

 

「落ち着いて、純!何があったの!?」

 

「い……いきなり、倒れて……!」

 

「え……!?」

 

私は言葉を失った。どうして、お母さんが倒れるなんてことになったの?昨日も、今朝だって元気に送り出してくれたのに。

 

 

どうして。

 

 

「沙綾?そろそろ本番だけど……何かあったの?」

 

そこに、ナツたちが私を呼びに来た。本番が迫っているが、お母さんの事も放ってはおけない。私は、すぐに事情を知らせる。

 

「お、お母さんが、倒れたって……!」

 

「えっ!?それって、本当なの!?」

 

「純たち、泣いててよくわかんないけど……お父さんも店にいないみたいで……」

 

お父さんが見せにいるなら、泣きついてくることなんてない。私が電話するよりも早く、お父さんの方から電話してくるはずだ。きっと、パンの配達か何かで、店を少し空けていたんだ。

 

「……早く行って!何してんの!?」

 

「えっ、で、でもライブは……!?」

 

「ライブなんて言ってる場合じゃないよ!?いいから急いで!」

 

「純たち、待ってるよ!」

 

「う、うん……!ごめん、みんな……。ごめん……!!」

 

私は、すぐに会場を後にした。店に戻り、動けないお母さんを病院に運び、今日と言う一日は終わった。おとうさんもすぐに店を閉め、病院に来てくれた。

 

すぐに意識は戻り、お母さんは幸い大事には至らなかった。入院する必要もなく、それからは家でしばらく療養の日々が続いた。

 

 

そんな日々を続けているうちに、私はお母さんの苦労を知った。

 

 

私がバンドの事で家を空けている間、家事にかかりきりになっていた事。紗南と純の世話もして、家の事は全て一人で背負い込んで……。

 

なのに私は、そんなお母さんの苦労を、倒れるまで気づいてあげる事ができなかったんだ。倒れて、ようやく知ったんだ。

 

私がバンドをしている間にも、お母さんは無理をしていた。自分だけが楽しんでいる間に、弱い体を酷使して。

 

そんなのでいいはずがない。私には、何も周りが見えていない。そんな私は、どうすればよかったんだろう。

 

 

簡単だった。だったら私が、お母さんの代わりになればいい。

 

 

もう私は決めたんだ。学生らしく、自由で楽しい時間を過ごすのは……おしまいなんだって。自分のやりたい事だけするなんて、ただのわがままでしかないんだって、気づいたから。

 

 

だから私は……バンドを捨てた。

 

 

そしてこれからも、バンドの道に戻る事は絶対にない。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「くそ……見失ったか」

 

あれから俺はすぐに沙綾の姿を追いかけたが、どこにもその姿が見えない。教室に戻っても、沙綾は来ていないと言う。どこかにはいると思うが、そのどこかがわからない。

 

『やらない。友達が勝手に書いちゃって……ごめん』

 

どうしても、さっきの沙綾が頭から離れない。あんなにも冷たい沙綾は、一度も見た事がないから。いつもは大人びていて、それでもどこか少女らしくあるのが沙綾なのに。

 

「……苦しそうだったな」

 

逃げるように去った時、沙綾は歯を食いしばっていた。それは、後ろめたい気持ちがあるからじゃないのか。

 

「海野さんの話……。バンドがどうとか言ってたけど……」

 

沙綾の抱える事情と、海野さんのバンドの話は、無関係ではないはず。突き詰めていけば、きっと見えてくる。

 

だが、今はこの話は止めだ。俺には今日、どうしても話をつけなくてはいけない人物がいる。解決しなくてはいけない問題があるからな。

 

そのために、俺はクラスのみんなに断って、先に帰らせてもらっている。香澄たちに黙って出ていく形になったのは悪いが、こればっかりは優先させておかなくてはいけない。

 

「……そろそろ、学園長の話を確かめないといけないからな」

 

それは、昨日の話。香澄たちと沙綾の家に向かう前、学園長と密かに会っていた時の、あの話だ。

 

 

 

『お久しぶりです、学園長』

 

『おや、君は……成川君じゃないか。顔を出しに来てくれるとは』

 

『せっかくなので、今日は直接伺おうと思いまして。あの、報告と言っても、期待できるようなものではありませんが……』

 

『いやいや、大丈夫だよ。いつもメールでやり取りはしているからね』

 

時間がない時はそうしているが、基本は会いに行っている。いつ会いに行っているかは……企業秘密だ。

 

『それに、私の方からも話しておきたいことがある』

 

『学園長から、話……ですか』

 

俺は話と聞いて、何か嫌な予感を覚えた。まさか、ここに来て特務生としての入学を無効とする、なんて言い出されたりしたら、たまったものじゃないからな。

 

そんな素行の悪い事、もちろんした覚えはない。が、学園長から持ち出された話は……ある意味で核心を突くものだった。

 

『そんなに身構える必要はないよ。君の妹、美羽さんの事についてだ』

 

『美羽の……?何かあったんですか?』

 

『いや、何かあったと言うわけでは……。実は、少し厄介な事態になってしまってね』

 

 

 

俺は目的の場所に到着する。そこは、美羽の病室。

 

扉をノックし、美羽の名前を呼ぶ。すぐに返事がした。今日は弾き語りはやっていないみたいだな。

 

俺が中に入ると、ベッドの上でギター片手に奮戦している美羽がいた。その前には楽譜が広がり、練習の真っ最中だと言う事がわかる。

 

「練習の途中だったか?タイミングが悪かったな」

 

「そんな事ないよ。患者さんに弾き語りしてたら、リクエスト貰っちゃったから、その練習してたところ。えへへ、すごいでしょ?」

 

「それだけ美羽の演奏がすごいって事だよ、きっと」

 

なかなか評判いいみたいだな。美羽も自慢げだし、今だって真剣にギターの練習をしていたみたいだ。

 

けど、今はそんな話をしている時間はない。そいつは後回しだ。

 

「でもこの曲、サビ前の部分が難しくてさ。ここなんだけど、コードチェンジが追いつか……どうしたの、お兄ちゃん?」

 

「……悪いな、美羽。今日は少し、話があるんだ」

 

「何?」

 

ギターを肩から外し、ケースにしまって壁際に立てかける。上半身を向け、何を言われるのかとドキドキした様子で俺を見る。

 

「…………」

 

「ど、どうしたの?表情硬いし、何かこっちまで息苦しくなっちゃいそう……」

 

「……単刀直入に聞くぞ」

 

「う、うん。どうぞ」

 

美羽の許可は取った。だから……回りくどいことはなしで、直接問いただす。

 

 

「学園長に言われたんだ。美羽が、どうしても文化祭に出たいって話。あれは、本当なのか?」

 

 

「それは……」

 

あの時、学園長から言われた話。それは、美羽が文化祭への参加を、学園長に対して要求していた事だった。

 

「……呼び出されたの?学園長から」

 

「まぁな。いきなり呼ばれたから、何事かとは思ったけど」

 

「……その時、学園長は何て言ってた?」

 

「俺に聞かなくても、答えは美羽が一番よく知ってるんじゃないのか?」

 

元気にギターを弾き、いつも楽しそうにしている美羽。弾き語りを見せ、周りからも称賛の嵐。具合が悪いなんて、微塵も思わせないほどだ。

 

けど、美羽は病魔に苛まれている。それだけは、誰が何と言おうと変わらない。表向きは元気でも、そんな姿を取り繕っても、美羽は病気なんだ。重く、治すことも難しい……病気を抱えているんだ。

 

だからこそ、慎重にならないといけない。いつ症状が悪化し、最悪の事態になるのかも予想できない。些細なきっかけで、それが引き起こされてしまうかもしれない。

 

ずっと病院生活を送れと言っているわけではない。しばらくは入念に様子を見て、それから日常に戻そうと言うだけ。

 

だが、問題はそこではない。

 

 

このままでは、文化祭が終わる頃にしか、退院の許可は下りないと言う事が問題だった。

 

 

美羽は今、中学3年生。これが、中学生での最後の文化祭になるんだ。学校や人間関係は変わらないが、どうしても変わってしまうものはある。

 

だから美羽は、学園長に話を持ち掛けていた。

 

 

 

『この前電話があってね。どうしても、最後の文化祭だけは出たいとね』

 

『え……!?』

 

『前に医者から話を聞いたみたいで、そちらにも既に話を持ち掛けているらしい。退院の日時を早めてほしい、とね』

 

何かのきっかけで、美羽はそのことを知ってしまったんだ。俺が病院にいない間に医者から説明を受けたか、美羽の口から聞いたのか。

 

どっちにしても、それは美羽にとって望ましくないことは確かだ。俺だって、同じ立場ならそうしている。

 

『その話は受け入れてくれなかったらしい。まぁ、美羽さんの事を考えたら、医者として当然の判断だとは思うよ』

 

『で……美羽は何と?』

 

『病院からでも、文化祭の間は学校に通わせてほしいと言っている。既に始まってしまったが、準備期間も含めてね』

 

『美羽……』

 

病人をそう易々と、院外に出すわけにはいかない。文化祭の時に症状が酷くなれば、せっかくの楽しい時間が台無しになってしまう。かえって混乱を招いてしまうだけだ。

 

『電話がかかってきたのも数日前の話だ。機会があれば伝えようとは思っていたが、遅くなってしまったよ』

 

『それは構いませんが……学園長はどう返事を?』

 

『もちろん、断ったよ。気の毒だとは思うけど、入院している生徒を、それも自宅で倒れて運ばれるほどの容態の生徒を学校に通わせることは、こちらも容認できない』

 

『……俺も同意見です。美羽の言い分も、わからなくはないですが』

 

ここは耐えてもらうしかない。その話は前に、俺と担当医との間で話がついているんだ。体の事を考えたら、それが第一だ。

 

『けど、美羽さんはどうも、素直に聞き入れてくれなくてね。譲れない気持ちがあるんだろう』

 

『……でしょうね。でなければ、病院側から断られているのに、わざわざ電話なんてかけませんよ』

 

『翔君の言うとおりだよ。結局、話は平行線のまま終わってしまってね。だから……意味の方から美羽さん説得してもらえないかな?それでもダメなら、こちらから対処はするつもりだ』

 

『……はい』

 

 

 

これが、俺と学園長が交わした会話の全て。そして今から、俺は学園長に頼まれた通りに、美羽を説得しようとしている。

 

「……やっぱり、ダメなの?」

 

「当然だろ。美羽は病人で、その病気を治すためにここにいるんだ。もし学校に行って、病気が悪化したらどうする?それこそ、ずっとこの病院にいる事になるかもしれないんだぞ?」

 

「それは……そうだけど」

 

美羽だって、そんな事はわかっているはずだ。こうも簡単に、俺の話を聞いてくれるはずがない。

 

「でもね、私にだって引けない時はあるよ!たとえお兄ちゃんが相手でも!」

 

「……だろうな」

 

やっぱりか。だが、想像していた通りだ。言い方は少しきつくなるかもしれないが、何とかして美羽を言いくるめなくては。納得させるのは、今のこいつには無理がある。

 

「けど、今は引くんだ。来年になって、文化祭がないわけじゃない。それこそ、他の学校に進学するのなら話は別だが……美羽はそうじゃないだろ?」

 

「確かに、来年だって文化祭はあるよ。今のクラスのみんなとは……クラス替えもあるし、離れ離れになるけど、同じ学校だからいつでも会えるし」

 

「だったら、ここは折れろ。……次がないかもしれない自分の体と、次があるとわかってる文化祭。どっちを取るのが正解なのか、そこまで考えなくてもわかるはずだ」

 

次がない、なんて……本当は言いたくなんかなかった。俺が望んで、最愛の妹に言ってると思うか?

 

が、現実と言う刃を突き立てて、美羽を追い詰めなくては。心を折らないと、身体は守れない。

 

「……そうだね。わかるよ」

 

「なら、不正解の方を捨てろ。それが正しい選択なんだ」

 

「……わかった」

 

さすがに、自分の体を天秤にかけたら、誰だってそっちを選ぶさ。文化祭の事は、この状況ならまだ捨てられる。

 

美羽にはまだ、将来がある。まだ今年で15歳の女の子なんだ。一時の感情だけで、全てを棒に振る必要はないんだ。

 

だから、諦めろ。諦めるべきものを。

 

 

……なのに。

 

 

「自分の体。捨てるのは、そっちにするよ」

 

 

「……え」

 

 

何の迷いもなく、俺の予想していた答えとは正反対の言葉を、美羽は口にした。

 

 

俺の目の前で、言い切った。

 

 

「な……どうしてだ!?バカなことを言うのは止めろよ!?俺は……いや、学園長やここの先生だって、美羽の事を心配して言ってるんだぞ!?」

 

「そんなの、何の心配でもない!本当に私の事を思っているのなら、私の気持ちを優先させてよ!体なんて、後から考えたらいいだけの話じゃん!」

 

「……何だと?」

 

今、何て言ったんだよ。ふざけるなよ。安っぽく口にするなよ……!

 

「体『なんて』……!?そんな事、簡単に言うなよ!!」

 

病院であることを忘れ、俺は大声で美羽を叱る。周りの事なんか見えていない。俺は、美羽しか見ていなかった。

 

「美羽は、俺のたった一人の妹なんだぞ!?どんなものにも代えられない!なのに、そんな……粗末なものを扱うような言葉を、自分に向けて使うなよ!!」

 

「私の体が悪いのは、もうずっと前から知ってる事だよ!?当たり前すぎて、今更って感じなの、こっちは!引っ張り出して、取ってつけたような理屈で私の事を縛り付けるのは止めてほしいの!」

 

「それは縛るためのものじゃない!美羽を守るための――」

 

「……今しかない!今しかないんだよ!!」

 

怒号が病室を突き抜ける。美羽の意見を拒絶して、それでも執拗に訴えて。どうして、そこまで必死なんだ。

 

自分の体だぞ?何度も死に直面する場面は、これでも昔からあったんだ。美羽は当たり前と言うけれど、こんな悲しい日々を当たり前にしないでほしい。

 

 

いつ発作に苦しめられ、倒れるかもわからない日々を。

 

 

くらい病室で、一人きりで過ごすことになるかもしれない日々を。

 

 

いつだって、生死の境目に立たされている日々を。

 

 

そんな体をも蔑ろにして、どうして美羽は……文化祭に力を入れるのか。

 

 

今じゃないと、いけないんだよ……!?

 

 

「どうして、なんだ……?そこまで、文化祭にこだわる理由が、どこにある……?」

 

「……明日香ってさ、花女とは違う学校に進学するでしょ?だから、幼馴染と最後の文化祭を、目いっぱい楽しみたいんだって思って」

 

そうか。明日香は、この1年間が最後なんだ。美羽は最後じゃないかもしれないが、同じ時間を過ごす友は、いなくなってしまう……。

 

「でも、それだけじゃないんだよ」

 

「えっ?」

 

 

「……私ね、このクラスになってから、クラスのみんなと約束したんだ。最高の思い出を作ろうって。高校も同じ学校だけど、中学の私が過ごす時間は、今年が最後だから」

 

 

「高校は、高校の私で。中学は、中学の私で。過ごす時間の重さって、きっと違うはずなんだ」

 

 

「時間にもね、重さがあるんだよ。軽かったり、重かったり。私はね、いっつも重いんだ」

 

 

「どうでもいい時間なんてない。無駄にしていい時間もない。今生きて、時間を使わせてもらっていることが、すごく価値のある事なんだ」

 

 

「周りはさ。今って時間を何となく過ごしているのかも。昨日があって、今日があって、明日がある。それが当たり前のようになってるんだな~って。それが、時間が軽いって事なんだと思う」

 

 

「私には、その何となくで片づけられる時間なんてない。いつこの時間に終わりが来るのか、震えながら生きてるんだから」

 

 

「軽く扱っていい時間なんて、私にはない。簡単に、次があるなんて諦められる余裕なんて、私にはない」

 

 

「今この瞬間だって、特別なんだよ。軽くなんかない。重くて、苦しくて……見限って、捨てる事なんかできない時間」

 

 

「お兄ちゃんはさ、私の体の事とかを考えて、あんな風に言ってくれたんだよね。普通だったら、文化祭を諦める事が正しいんだよね。それは私も、ちゃんとわかってるから」

 

 

「でも、私は人よりも先があるのかわからない中で生きてるんだ。来年なんて都合のいい将来の話なんか、あてにはできない。今目の前に、文化祭は待っているんだから」

 

 

「お兄ちゃんは、この気持ちがわかる?いつも、何かの終わりを感じながら過ごしてる?時間に重さを感じてる?」

 

 

「……なんて、ちょっと意地悪だったよね。ごめん。普通だったら、そんなこと考えながら過ごす事なんてないもんね」

 

 

「今日って言う日が、何回、何十回、何百回、何千回……それ以上の時間の繰り返しの中でやってくる日だって感覚でしかないよね。もちろん、そうじゃない日だってあるけど……」

 

 

「でも、そうやって感じられる事って、すごく幸せなんだよ」

 

 

「いつ死んでもいいように心構えをしてほしいわけじゃない。張りつめて、不安を抱えて、毎日過ごしてほしいわけじゃない」

 

 

「そんなの、息苦しいだけだから。当たり前の時間を過ごせる事に、感謝してほしいってだけなんだ」

 

 

「私には、そんな風に感じられない。今日が終わったら、明日が来るなんて限らない。今こうして話している時間が、私の最期になるかもしれない」

 

 

「これが、最期かもしれないんだよ」

 

 

「だから、私にとっては今しかない。次なんて、あるかどうかもわからない。重たい時間の中で過ごす私には、取り換えられる時間なんてどこにもないんだよ」

 

 

「私の話を聞いて、お兄ちゃんが少しでも時間の重さについて考えてくれたなら……中学生の私の、ううん。中学3年生の私にしかできない文化祭を、やらせてくれないかな?」

 

 

時間の、重さ……。

 

 

「美羽……」

 

俺は、何もわかっていなかった。

 

美羽のためだと、目の前に迫っている文化祭を切り捨てる事が、正しいのだと思い込んでいた。疑うことなく、その考えを押し付けていた。

 

けど、そうじゃなかった。美羽にとっては、それは甘い考えにしか聞こえていなかったんだ。

 

たった1年。長いようで、短い時間。365回、1日を重ねていけば、たどり着くはずの時間。

 

美羽は……そうじゃない。重ねられるだけの時間が、美羽には残っているのかもしれない。でも、もう残っていないのかもしれない。

 

残っていても、ふとした瞬間に崩れ去ってしまうかもしれない。美羽は、そんな不安定な足場の上を歩きながら、一歩ずつ歩いている。

 

 

そんなの、遠い話だよな……。

 

 

「だから……最後の文化祭を、病室のベッドの上で、一人ぼっちで……!みんなが話してくれる記憶を辿るものになんてさせたくない!」

 

今しかない。それが、美羽を突き動かす理由だった。その『今』を、美羽は他人の手で、孤独な世界での出来事に変えられようとしている……。

 

その今を共有できる人は、このままの美羽だったら、どこにもいない……。

 

「…………」

 

それは、俺が望んでいる事じゃないはずだ。

 

前に、頼み込むように、俺が言ったんじゃないのか?ここの先生に。

 

美羽を、一人きりにしないでほしいと。

 

だったら、俺がしないといけないことは、美羽を説得して病室に閉じ込める事じゃない。

 

「……そうだな。美羽の言うとおりだ」

 

「お兄ちゃん……?」

 

「悪かった。美羽の気持ち、しっかりと伝わってきた。俺が間違ってたって、気づかせてくれたから」

 

「それって……」

 

「あぁ。俺の方から、もう一度美羽の事、かけあってみるよ。やりたいって思う事、こんなところで終わらせたりなんかしないからな」

 

たとえそれが、周りから見れば間違っている事だとしても。そう望むのであれば、俺はいくらでも協力してやる。たった一人の、妹のためなら。

 

 

外の世界に連れ出して、約束を果たしてやる。

 

 

「お……!おぉ、お兄ちゃぁぁ~ん!!」

 

「ぐぇっ!?おい、美羽!?いきなり抱き着いてくるな!首が……!」

 

ベッドから抱き着いてきたため、体勢で首が無理矢理引き寄せられる形になる。てか、マジで痛い。それに美羽の体重が首にかかってるから痛い痛い痛い。

 

「だって、お兄ちゃんがそんな嬉しい事言うからいけないんだよ~!」

 

「そ、それは俺が悪いわけじゃないだろ!?てか、そろそろ首が痛いから!」

 

「じゃあ、お兄ちゃんが抱っこして!」

 

おいおい。中学にもなって抱っこをせがむなよ。嬉しいかもしれないが、もう子供じゃないんだぞ?

 

「……まぁ、いっか」

 

仕方ない。たまにはこう言うのも悪くないか。妹とは言え、女の子を抱くのはいつ以来の事だろうと考えながら、俺は屈んで美羽を抱き寄せる。

 

 

小さくて、それでも確かに温もりを感じる。とても病人とは思えない。

 

 

必死に前に、前へと進んでいる。小さな体で、精一杯生きている。

 

 

そんな妹の熱を感じながら、俺は窓の外に目を向ける。

 

 

赤い夕陽が、優しげに俺たちのいる病室を照らしているような気がした。

 







文化祭の準備に追われる沙綾。



迫るライブに緊張する香澄。



過去の苦しさが隔てる距離に、沙綾は一人苦悩する。



そのサインに導かれ、二人の人物が言葉を交わす。



次回「君にできる事」
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