BanG Dream! 澄み渡る空、翔け抜ける星 作:ティア
俺も今日観に行って来ます!いや〜楽しみだな〜!!
そろそろ話が動き出して、面白くなってくると思うので……楽しみながら読んでくれると嬉しいです。
あ、同時刻に投稿した、つながりって小説もよかったら見てください!お願いします!
「うん、これで喫茶店のシフトは大体決定っと。後は香澄のシフトだけかな~」
文化祭まで、後3日。A組の文化祭の出し物の準備は、問題なく終わりそうだった。飾りつけやエプロン、シフト表なども順調に決まっている。パンは当日、学校まで運んでくれるとの事だった。
「戸山さん、ライブ以外の時間は全部喫茶店に出るって言ってましたよね?」
「あっ、月島さん。お疲れ様」
教壇にシフト表を広げ、全体のスケジュールをまとめていた沙綾の元に来たのは、クラスメイトでもある月島琴音。その手には缶ジュースが。
「山吹さんこそ、お疲れ様です。実行委員として、いつも頑張ってくれているじゃないですか」
「私は副委員ってだけだよ。そんなに大した事してないって」
「あの戸山さんをサポートして、その上でクラスを取りまとめて、文化祭の準備も率先して引き受けてくれる……。働きっぱなしじゃないですか?」
「そうかな……?でもありがとう。心配してくれて」
「いえいえ。私たちは同じクラスメイトであり、この花女に通う生徒なんですから」
琴音から缶ジュースを手渡され、沙綾はそれを一口。集中しきっていた体に染みわたり、肩の力も抜ける。
と、そんな沙綾のためを思ってか、琴音は空いている椅子を二つ運んでくる。働きづめだからこそ、休むときには休んでほしい。琴音の好意を感じた沙綾は、やる事も一区切りついていたこともあって、椅子に腰かけて休憩する事に。
「喫茶店の準備、もう少しで終わりそうですね」
「そうだね。後は当日の段取りを確認して、本番に備えるってところかな」
準備もいよいよラストスパートだが、それで終わりではない。むしろ、文化祭を迎えるこれからが本番だ。
とは言え、長かった準備もゴールが見えているのは、素直に喜んでもいいだろう。琴音の言う通り、沙綾はずっとクラスのために行動してくれていたから。
「でも、ここまで頑張れたのも、皆のおかげだよ。月島さんこそ、ありがとね」
「私は何もしてませんよ。あ、それでさっきの話ですけど……」
「さっきの話って?」
「ほら、言ってたじゃないですか。戸山さんのシフトが決まっていないと」
「あぁ、そうそう。さすがに全部出るのは香澄も大変だろうから、まだシフト表は空欄にしてあるんだ」
教壇の上に置いてあるシフト表を引っ張り出し、それを琴音に見せる。表を使ってクラスメイトごとにわかりやすく割り当てされているが、香澄の部分だけが空欄となっている。
「今の時間は……体育館で練習しているんでしたっけ?」
「あー、そうだった。翔に牛込さん、花園さんの姿もないね」
沙綾も、香澄たちのバンドの事については理解している。歌詞作りにも付き合い、どれだけ真剣に向き合っているのかを感じ取ることもできた。
とは言っても、シフトの件については相談しなくてはいけない。戻ってくるのを待ってもいいが、今から聞きに行く方が効率がいいか。
「よし、じゃあちょっと香澄にシフト聞いてくるよ。これ決めたら、今日は解散にするから」
「でしたら、私が行きますよ?ずっと忙しかったんですし、それくらいなら私にもできますから」
「ううん、大丈夫。自分で行ってくるよ」
「そうですか?私、成川君に用があったので、どっちにしても体育館に行くつもりだったんですが……」
「そうなの?それじゃ、一緒に行こっか。香澄たちの練習してるのも、ちょっと見て見たいからね」
***
「本番まで、後3日だよ、みんな!」
「あんま意識しないようにしてたんだから、止めろって……」
「そうだぞ。クライブの時とは、わけが違うんだからな?」
出し物の事は沙綾に任せ、俺たちは体育館に来ていた。文化祭で有志ライブをするバンドは、今日から本番までの間、体育館のステージで練習をさせてもらえる事になっている。
キーボードはもちろんの事、ご丁寧にドラムまで用意してくれているようで、俺としても助かった。他にも、貸し出し用のギターやベースもあるみたいで、その点もしっかりしているらしい。
「どうしよう……緊張してきちゃった」
「ほら見ろ、香澄。りみだって緊張してるだろ」
「うっ、ご、ごめ~ん……」
口にするのとしないのとでは、結構違ってくるからな。プレッシャーにだってなるし、そこからミスが生じる事だってある。
「こういう時は、手のひらに人って字を3回書いて……。はい、飲む?」
「あ、ありがと……」
「人に飲ませんのかよ」
にしても、有志バンドってそれなりにいるな。人気だと言っていたが、軽く10組くらいはいる雰囲気だぞ。
「色んなやつがバンド組んでるんだな……あ」
「どうしたの、翔君?」
「ん?いや、何でもないよ」
偶然、この前沙綾とバンドの事について話していた女子生徒を見つけた。確か……海野さんって言ったっけ。その周りには、3人の女子生徒が。
ここにいるって事は、あの子もバンドをしているって事なんだよな。周りの子も、きっとメンバーに違いない。
「…………」
沙綾の事……まだ聞き出せていないんだよな。クラスが違うのもあって、ちゃんと話ができていないし。
けど、海野さんは確かに沙綾の抱える事情を知っている。あの時の突き放した沙綾の態度は、2人の間にある決定的な何かから生じたものだ。
それを知って、俺に何ができるのかはわからない。何をすればいいのかもわからない。
ただ……知りたいんだ。沙綾が何で悩み、苦しんで、あんなにもバンドそのものを拒もうとするのか。音楽の話題になる時、悲しそうな顔をするのかを。
きっと、沙綾自身が望んでいる事じゃない。望んでいるなら、痛ましい表情なんかしない。それを見て、俺もここまで気にかけたいと思うはずもない。
沙綾……。一体、何と戦っているんだ?
「おい、何ぼさっとしてんだよ翔。次、うちらの番だから、早く練習始めるぞ」
「……あ、あぁ、すまん」
と、有咲に脇腹を軽く突かれる。いつの間にか、俺たちに順番が回って来ていたみたいだった。前にステージにいたバンドも、いなくなっている。
「翔、何か変な事でも考えてたの?」
「考えてないから」
「私はハンバーグの事考えてた」
「聞いてないから」
自分のペースを崩さないたえの事は放っておいて、俺たちはステージに上がる。それぞれ楽器を準備し、俺もドラムの叩き具合を確認。特に困ることはなさそうだ。
「つか、人多くね……?」
「うん……。練習なのに、ちょっと怖いかも……」
確かに、練習と言っても見ている生徒が多い。小規模でやっていたクライブとは、わけが全然違うな。
これが本番となると、さらに人数は増える。俺たちは演奏をこなす前に、観客の圧力に負けないかどうかが問題となりそうだ。
今は体育館にまばらにいる生徒も、いっぱいになるくらい集まるわけだし……。
「……ん?」
体育館の入り口付近、見覚えのある人影が見える。あれは……。
「……沙綾?」
それと、隣にいるのは……月島さんか?教室にいるはずの2人が、こんなところでバンドの見学か?
もしかして、喫茶店の準備で何かあったのか?けど、そこまで切羽詰まった感じはしないし、何か話しているみたいだし……。
ただ……俺たちを見つめる沙綾は、どこか物悲しそうだった。
「大丈夫だよ、りみりん!何も考えないようにすれば、怖くなんかないよ!」
「あっ、また人の字飲む?はい、手のひらに書くから……」
「お前はもういいんだよ!つか、翔も早くカウント取ってくれよ!」
「……あぁ、悪い。もう準備はいいのか?」
「いつでも。つーか、さっきから何かボーっとしてるけど、何かあるのか?」
おっ?有咲にしては俺を気遣う言葉をすんなりとかけてくれてるじゃないか。本番が近いからか、有咲もいつもよりテンション上がってるのかもな。
……本人に言ったら、後でどうなるかわかんないけど。
「いや、特にどうってわけじゃないんだ。入り口の辺りに、沙綾と月島さんがいたからさ」
「さーや?琴音ちゃんはいるけど……」
「えっ?」
もう一度視線を戻すと、そこに沙綾の姿はなかった。月島さんは確かにいたが、沙綾だけが煙のように消えていた。
だが、月島さんの様子がどうもおかしい。やけにチラチラと、後ろの方を気にしているようだった。今はここにいない沙綾の事を、気にしているのか?
「どこにもいねーじゃん。見間違いじゃねーの?」
「おたえちゃん、沙綾ちゃんの事見た?」
「う~ん、いたかな?翔は見間違いが多いから。この前だって、みかんをオレンジと見間違えてたよね」
「変な事実をねつ造するな。それに、みかんとオレンジは同じだろ」
「……天才なの?」
「俺が天才なら、お前はどうなるんだろうな!?」
とまぁ、こんなやり取りはあったが、持ち時間を使って練習は無事に終了。大きなミスもなく、見られていると言うプレッシャーに押しつぶされることもなかった。この調子を維持できたらいいんだけどな。
「うーし、やっと終わったな~」
「有咲、ちょっとおっさんみたい」
「黙ってろ、花園さん」
さて、これからどうするか。喫茶店の準備がないなら、これから有咲の蔵に行って練習の続きをしてもいいんだけどな。
だが、どうも沙綾の事が気になる。来ていたと思ったら、いきなり消えていたからな。今は練習も大事だが、このまま放ってもおけないな。
その謎の手掛かりとなりそうなのは……1つしかない。
「すまん、香澄。ちょっといいか」
「うん?どうしたの。なーくん?」
「みんなと先に教室に帰っててくれないか?俺ちょっと――」
「あっ、お兄ちゃんだ!」
と、香澄との話を遮るかのように、俺の名前を呼ぶ声が。それに、俺の事をお兄ちゃんと呼ぶのは……1人しかいない。
「何だ美羽か。出し物の準備とかはいいのか?」
「可愛い妹が来たのに、何だはないでしょ~!?今は休憩時間なんです~!」
「アハハ……。あ、どうも翔さん。バンド、頑張ってるみたいですね」
「みーちゃん!それにあっちゃんも!」
体育館に入ってくる美羽と、その付き添いの明日香だった。バンドの練習でも見に来たってところか。
「てか、そんなフラフラ歩き回って、大丈夫か?お前ここにいるけど、一応は病人なんだからな?」
「わかってるって!堅苦しい事言わないでよ!」
そう。ここに美羽がいると言う事は……そう言う事だった。病室で美羽と話し、美羽の意志を聞き出した後、俺はすぐに学園長と話をした。
もちろん、反対された。学園長だって、最初は美羽を説得してほしいと俺に頼み込んできたんだからな。立場を変えた俺の意見を、受け入れてくれるはずはない。
だが、俺もそこで引き下がるほど腰抜けじゃない。それに、美羽の覚悟は十分に伝わってきた。その気持ちに応えてやらないと、兄として情けない。
その甲斐あって、学園長は折れてくれた。美羽もこうして学校に出て、毎日を楽しんでいる。文化祭の準備も、クラスメイトと楽しそうにしているらしい。今の笑顔が、それを物語っている。
「お久しぶりで~す、有咲さん!」
「うわ出た、生意気な妹」
露骨に嫌がるんじゃねぇ。
「久しぶりだね、美羽ちゃん。えっと、そっちの子は……明日香ちゃん、だったよね?」
「あっ、はい。中等部3年の、戸山明日香です。いつもお姉ちゃんがお世話になってます……」
クライブの時に少しだけ会っているか。有咲だけは、それ以前にも会ったことがあるんだったよな。
「あっ、そうだ!お兄ちゃんたちの練習って、いつから始まるの!?」
「残念だったな、美羽。ついさっき終わったところだ」
「え~っ!じゃあもう1回やってよ~!」
「いや、それは無理だって……」
ま、ここに来た時点で想像はついていたが、美羽は俺たちの練習を見ようとしてたんだな。明日香はクライブの時にいたから知っているが、美羽はまだ俺たちの演奏を見た事ないんだよな。
「でもね、実を言うと……ここに来たいって言いだしたの、明日香なんだ!色んなバンドを見てみたいんだって!」
「えっ?あっちゃん、そうなの?」
「ま、まぁ……ね。ちょっと気になって」
照れ臭そうにしながら、明日香はバンドへの興味がある事を口にする。美羽じゃなく、明日香からここに行きたいと言い出したのは、少し意外ではあったけど。
「そう言うわけだから、私たちは他のバンドの練習見てるね!お兄ちゃんたちは、これからどうするの?」
「ま、一旦教室に戻ってから、その後の事は考えるつもりだな。で、香澄」
「何なに~?」
「さっきから待たせてる人がいるからさ。先、教室に戻っててくれ」
俺が見つめる先、こちらの輪の中に入りだすタイミングを掴もうとしていたのは、月島さん。さっきからこんな感じだったし、そろそろ話を切り上げた方がよさそうだ。それに、俺も月島さんとは話がしたいからな。
「えっ、私ここで待ってるよ?」
「気持ちは嬉しいけど、今はまず教室戻って、文化祭の準備を手伝う方が優先だろ。もし何もなかったら、ライブの練習もしないといけないんだ。俺なんか待ってる余裕はないぞ?」
「そっか……。なーくん、頭いい!」
その発言、すごく馬鹿みたいに聞こえるからやめた方がいいぞ?
「……まぁ、とにかくだ。俺もすぐに追いつくから、教室の様子見て、準備か練習を始めててくれ。後でまた連絡は入れるから」
「うん、わかった!じゃあ皆行こっ!」
「それじゃ、私たちもバンドの練習見てるから、またねお兄ちゃん!」
香澄たちは香澄たちで、美羽たちは美羽たちで別れ、残ったのは俺と……少し先に月島さんだけ。俺は近づいて、声をかける。
「月島さん、悪い。待たせてしまったな」
「いえ。私の方こそ、無理に話を遮るような事をしてしまって……」
「気にするなよ。何か話があったんだろ?」
「あ、はい。ここだと練習の迷惑にもなると思いますし、場所を変えましょうか」
俺たちは体育館を後にし、人の少なそうな裏庭のベンチへ。あまり人通りもないし、話をするにはうってつけの場所だ。
「それで、話って何だった?」
「文化祭の準備の事なんですけど、前に頼まれていた備品のリストが完成したので、その報告をと思いまして」
「あぁ、そうだったな。悪いな、こんな雑用任せてしまって」
「成川君は実行委員ですし、ライブの練習もありますから。少しでも負担を減らせるように、私の方から手伝うのは当然ですよ」
俺は月島さんから書類を受け取り、中を確認する。備品と言っても、この喫茶店のために購入したものや借り受けたものをリストアップしただけだ。
後でわかりやすくするために勝手にやったことだし、別に無理にしてもらう必要はなかったんだけど……月島さんのおかげで、楽に会計をまとめられることができそうだ。
「ありがとな。助かったよ」
「ウフフ。そう言ってもらえると、頑張った甲斐がありました♪」
綺麗に図式化されている。月島さん、こう言うのまとめるの上手なんだな。俺は感謝を口にすると、月島さんもニコリとほほ笑んだ。
「…………」
けど……それだけじゃないよな。俺からするつもりの話ではあったが、月島さんの方からこんな人の少ない場所を選んできたって事は……。
「……他にも、あるんじゃないか?俺に話したい事が」
「あ……」
「そうじゃなかったら、わざわざこんなところまで俺を連れてきたりなんかしないだろ。この書類渡すだけなら、あの場でも十分だったし」
「……よくわかりましたね。むしろ、こっちが本題なんですけど」
やっぱりな。で、その本題って言うのは……。
「沙綾の事か?」
「ステージから見えてましたか?」
「まぁな。俺もちょっと、沙綾については月島さんに聞きたいと思ってたし」
月島さんも、沙綾の様子については気になるところがあったんだろう。いきなり戻って行ったんだから、それも仕方ないと思うけど。
「山吹さん、最初は戸山さんのシフトを聞くために、体育館まで来たんです。私は、元々この書類を渡す予定がありましたから。バンドの練習も見てみたいって、特に変わった様子はなかったんですけど……」
「……俺たちのバンドの練習を見て、戻って行った?」
「はい……。山吹さん、戸山さんたちの練習を見ている時、すごく辛そうで。もどかしそうで。それを必死に押さえつけているような、そんな感じだったんです」
「やっぱり、沙綾はバンドに対して、何か特別な思い入れがあるって事か……」
それに耐えきれなくなったんだろう。沙綾は月島さんを置いて、先に戻って行ってしまったと。さすがに沙綾の事だから、何か一言くらいは言い残していったとは思うけど。
「やっぱり?」
「あ……まぁ、月島さんならいいか。沙綾、理由はよくわからないんだけど、バンドを避けようとしているみたいなんだ。前にも少し、バンドの事で色々あったからな」
俺の話に、月島さんは黙って耳を傾ける。他の人に広めそうな人ではないし、構わずに話を続ける。
「その時も辛そうだった。逃げるしか選択肢がなくて、それが望んだものじゃないって事はよくわかっているのに、何もできなかった」
「成川君……」
「入学した時から、少し違和感はあったんだ。音楽の話題になると、少し影を見せるんだ。気にはなってたけど、無理に聞き出して刺激するのもよくないと思って……そのまま」
そうやって、ズルズルとここまで来た。聞こうと思えば聞き出すことができたのかもしれないが、結局俺は、その苦しみを見ないで、蓋をし続けた。沙綾が苦しんでいると、何となくわかっていながら。
「でも、最近思うんだ。このままでいいのかって。いつまでも、沙綾が苦しんでいるのを見るのは……正直辛い」
「……私も、さっきの山吹さんは見ていて苦しかったです」
「普段は優しくて、明るくて、面倒見もよくてさ。俺たちのバンド、応援してくれているのに。そんな中でも、沙綾は誰にも言えずに、自分の世界で悶えているんだよな」
普通の女子高生なのに。青春してもいい時期なのに。バンドに打ち込んで、楽しいこともいくらでもしていい時期なのに。
何かに縛られて過ごす必要なんて、どこにもないはずなのに。
「俺たちのバンドが形になればなるほど、沙綾は辛そうだった。ここ最近、沙綾の暗い表情、よく見るようになったからさ」
「……そう、ですか」
「俺は、もっと沙綾に笑っていてほしいんだ。事情があるのはわかる。けど、それで人生の一番大事な時期を棒に振る真似なんて、してほしくはない」
今からでも取り戻せるから。いや、今だからこそ、まだ始められるから。
「なのに俺、バカだよな……。沙綾の事、何も聞き出そうともしないで、今になって動いて、こうしている間にも、1人苦しんでいたのに」
「…………」
「SOSは出していたんだ。本当は、気づいて欲しかったんだ。それを見過ごして、抱え込ませてしまっていたんだ」
「成川君……」
「沙綾は、悩んでるんだ。苦しんでるんだ。たった1人で、バンドを断ち切って、振り切って……それが、本心じゃないって、無関係の俺でも何となくわかるから……っ、辛そうに見えて仕方ないんだよ……!」
感情に任せて言葉を並べ立て、自然と吐き出されていく俺の思い。やがて言い終わり、シンと静まった空気が、俺に冷静さを取り戻していく。
「……すまん。つい熱くなりすぎた」
「構いませんよ。そうやって熱くなれるのは、立派な事だと思います」
そんな俺に対しても、月島さんは優しく言葉を投げかける。背中に手を置き、ゆっくりとさすってくれる。
「俺は……正直、沙綾の事情を聞きだすことが怖い」
気持ちの整理がつき、俺は再び言葉を紡ぐ。月島さんも、俺が話しだした事に合わせてさすっていた手を止める。
「沙綾にとっては、目を向けたくもない話のはずだ。それを、何も事情を知らない俺が、簡単に引っ張り出していいものなんかじゃない」
「…………」
「でも、その事情を知らないと、力になってやる事もできない。一緒に抱えてやる事もできない」
「…………」
「あいつらの力になるのとは、またわけが違うんだ。これまでも、あいつらとは色々あったけど、何とか乗り越えてきた。でも、沙綾の場合は――」
「……フフッ」
笑い声がした。俺の隣から。
「月島、さん?」
「……素敵ですね、成川君」
「えっ?」
「素敵だと言ったんです。そう思うのは、成川君が山吹さんの事を、大切に思っているからじゃないですか?」
「えっ……?」
確かに俺は、沙綾の事を大切に思っている。友達として。けどそれは、香澄やりみ、有咲、たえに対して持っている感情と何も変わりないもののはずだ。
みんな俺の大切な友達だし……それ以上の事は何もない。なのに、どうしてこうも困惑しているのか。
「友達だから、自分の言動で傷をつけたくはないと、そう思っているのでしょう?私にだって……その気持ち、わかりますから」
「あの、アイドルバンドの事か?」
「……はい」
まだ、世間の評判は良くないからな。うかつに名前を出して、それでバンドのイメージをさらに下げることになってしまったら、元も子もない。
「傷つけて、それが本当にマイナスに繋がってしまう事なら、止めた方がいいのかもしれません。ですが、今回は違うはずです」
「それは……」
「山吹さんは、自分ではどうにもできないほどに、自分の中の何かに追い詰められて苦しんでいる。でしたら、自分ではない誰かの言葉でしか、山吹さんは目を覚ましてはくれません」
「だから俺に、沙綾と向き合えと……?」
「はい、そうです」
月島さんの俺を見る目が、確かな光を伴って俺の心を捉える。何かが、俺の中を駆け巡った気がした。
「向き合ってください、成川君。山吹さんが何で悩んでいるのか、はっきりさせたいのなら……言葉をぶつけて、理解するしかない」
「俺が、沙綾と……」
「……そうしたくても、したところで、何も変えられなかった人もいるんです。けど、成川君はまだ、変えられるかもしれない」
傷つく事ばかり恐れていた。でも、その果てに待つものが、本当に沙綾を傷つける結果だとは限らない。
俺は、沙綾の力になりたいんだ。あいつらが苦しんで、困っていた時のように。俺の力はちっぽけで、何もできないかもしれないけど……。
「……本当にありがとう、月島さん」
「私は、お礼を言われるようなことはしていませんよ?」
「それでも、言わせてほしいんだ。俺のするべき事、ようやく見えた気がするから」
文化祭が始まるまでに、必ず沙綾と話をする。そうやって、受け止めていかないといけない。
俺だって、抱えているものはあるんだから。
文化祭を翌日に控えた夕暮れ時。
ふと立ち寄った楽器店で、香澄たちは1人の少女と出会う。
それは、翔にとってのキーパーソン。
そこで彼女から語られるのは、沙綾との過去の関係。
揺り動く気持ちは、友を救うための決意へと変わる。
次回「未来を変えるために」