BanG Dream! 澄み渡る空、翔け抜ける星 作:ティア
本番前日。俺たちのクラスは全ての準備を済ませていたため、ライブの練習に専念させてもらえる事になった。放課後を迎え、早速有咲の蔵に向かおうとしていたのだが……。
「その前に、ちょっと行ってみたい場所があるんだ!」
「寄り道か~?そんな余裕ねーんだぞ?」
「わかってるけど、ちょっとだけ!いいでしょ、なーく~ん?」
「素直に有咲に抱き着きに行けよ!何で今日に限って俺なんだ!?」
んで有咲も、いい気味とばかりに俺を見るな。クソ腹立つから、後で何か仕返ししてやる。
「え~?抱き着くのくらいいいじゃん!」
「よくねぇ。有咲はまぁ……百歩譲って、女の子同士だしいいと思うんだけどさ」
「すげー雑な理由押し付けんな!」
「俺はほら、男だぞ?そう言うのは、こんな外でやるもんじゃないって」
「じゃあ……家に着いてからならいいの?」
「だからそう言う……はぁっ!?///」
お、おいこら。何か誤解を招くような言い方は止めろ。俺たちが幼馴染で、家が隣同士だって事はみんな知ってるし……このままだと、帰ってからいつもそう言うことしてる見たいだろ!?
「……ふ~ん?翔って、そう言う……ふ、ふ~ん?」
「2回言うな!」
「あ、あぅぅ……し、翔君が、香澄ちゃんと、香澄ちゃんと……///」
「ち、違うから!待ってりみ、そんな目で俺を見るな!これは誤解だから!」
「え?ここは五階じゃないよ?」
「お前は何も言うんじゃない!」
香澄が変な事言うせいで、気まずい空気になってしまっただろうが……。りみに関しては、完全に疑われてるし。あぁ……誰か、この空気を修復する方法を教えてください。
んで、どうして当の本人の香澄は、何も気にしないでケロッとした顔してんだよ!?こいつ、自分が何言ったのかわかってないな!?
「あ、あれ……?みんな、どうしちゃったの……?」
「別に……香澄って、私が思ってたよりも大人だったんだな……って。こ、こっちが恥ずかしいだろ!///」
「か、かか香澄ちゃん……。し、翔君と末永くお、おおお幸せに……」
「ごめん。私もよくわかってない」
だからたえは黙ってろと言ったはずだ。
「え、なーくん、どうして……?」
「いや、お前のせいだよ!」
「だから何で~!?」
こいつ、マジで理解不能って顔してやがる。恋愛に関心がないのか。普通このワードから想像つくだろ!?
「何でじゃねぇよ!お前がそ、その……家に着いてからとか、そう言う事言うから……///」
「うん、言ったよ?だから『有咲の』家に着いてからなら、いいんだよね?」
「あぁ、有咲の……有咲ぁぁぁぁぁ!?」
***
「うぅ、まだほっぺが痛いよぉ……」
「悪気はないんだろうが、すまん。今回は普通にムカついた」
「私悪くないのに……」
で、香澄の頬をお仕置きとしてつねってから、俺たちはある場所へと向かっていた。香澄が行きたいと言っていた、ある場所に。
そこは、学校から近いところにある楽器屋。ライブ前に、ギターの事で何か探し物でもあるんだろう。
まぁ、それはいいんだが……。
「いっちばーん!」
「2番だー!」
「「はぁ、はぁ……」」
何故か香澄とたえは猛ダッシュ。出遅れた俺たちは、息を切らしてようやく追いついたところだった。
「つーか、いきなり走んなよ!」
「えへへ、ごめ~ん。早く楽器屋さんに行きたかったから~。でも、いい運動になったでしょ?」
「時間が惜しい気持ちはわかるが、さすがにこの二人の事も考えてやれよ……」
俺はまだいいが、りみと有咲は運動が苦手みたいだからな。その二人に合わせて走っていた俺の事を、少しは見習ってほしい。
「もちろん考えてたよ。だって、有咲のためだから」
「どういう意味だ、テメー……!」
「それで香澄ちゃん、何を見に来たの?」
「ギターの弦だよ!おたえに、材質で音が変わるって教えてもらったから、ちょっと自分の好きな音を探してみようかなって!」
やっぱりそう言う事か。前に美羽と一緒にセッションした時に、ギターの弦についての話は聞いたことがあったからな。本番ギリギリとは言え、少し試してみたい気になったんだろう。
「お前、余裕持ちすぎだろ。明日のライブまで時間ねぇってのに」
「そうだぞ、香澄。弦を見るのはいいが、なるべく急いでーー」
「……市ヶ谷さん?」
有咲の事を呼ぶ声がして、俺は誰なのかと顔を向ける。人脈の広い香澄ならともかく、人脈のなさそうな有咲が、しかも名指しで呼ばれたんだからな。
だが、その人物は、決して俺と無関係と言うわけでもなかった。
「あんたは……!」
「どうも、成川君。B組の海野夏希、覚えてる?」
「あぁ、もちろん」
沙綾の過去について、本人以外で唯一知っていると思われる人物、海野夏希。前は話ができず、そこから会うタイミングも掴めずにいたが、まさかここだとは……。
「なーくん、知ってる人?」
「前に少し……ってか、有志ライブの練習の時、体育館にいただろ」
「あれっ?そうだっけ?」
「あ……確かに、翔君の言う通り、見た事あるかも」
てか、有咲はさっきからずっとたえの後ろに隠れているんだが。クラスメイトだってのに、そこまで頑なに顔を合わせないようにしなくてもいいだろ……。
「何人かは初めましてみたいだから……私、B組の海野夏希。私もバンド組んでて、有志ライブに出るつもりなんだ。みんなは、市ヶ谷さんのバンドメンバー?」
「うん!私は戸山香澄!こっちは、なーくんにりみりん、それにおたえ!みんなA組なんだよっ!」
「もう少しマシな説明してやれよ!……あっ、違っ……。も、もう戸山さん!もっと皆さんの事、わかりやすく海野さんに教えてあげないといけないでしょ?オホホ……」
「オホホ~」
「……って、真似すんな!花園たえ!!」
化けの皮が剥がれ落ちるのが早すぎるだろ。
「へぇ、意外。学校とキャラが全然違う」
「そ、それはその……」
「有咲は一癖ある子なんで」
「手のかかる子供みたいに言ってんじゃねー!」
こうしていると、有咲も普通なんだけどな……。猫なんか被らないで、もっとクラスメイトとも普通に接していけばいいのに。
「…………」
と言うか、海野さんの後ろでモゾモゾ動いてるのは、まさか……。
「市ヶ谷さんのこんな一面が見られてよかったかも。何だか活き活きしてる」
「い、いや、これは……」
「戸山さん……だったよね。明日の本番まで、もう全然時間ないけど……お互い、頑張ろうね!」
「うん!あっ、後ろにいるその子も、もしかしてメンバー?」
いや、この人は違う。さっきからずーっと背後霊みたいにへばりついているが、海野さんのメンバーだからじゃない。
むしろ、俺よりもりみの方が接点はあると思うんだが……。
「アハハ。私のメンバーじゃなくて、先輩だよ」
「えっ、先輩!?……でも、どこかで見た事あるような?ね~有咲?」
「香澄もか?私もどっかで見た事ある気が……」
ん?この様子、二人は気づいてないな。何回か会っているはずなんだけどな。俺とたえは、よく会っている人なんだけど。
「……まさか、こんなところで遭遇するとはな」
「えっ……翔、あの人誰だっけ?」
「って、おい!たえはSPACEで何回も会う機会あるだろ!?」
「冗談だよ。ひなこさんだよね」
お前が言うと、全くジョークに聞こえないから心臓に悪い。
「うん、そうだよ。グリグリのドラムの、ひなちゃん」
りみは当然気づいてたな。正解だ。この人は、りみのお姉さん、ゆりさんのバンドのメンバーの一員。ひなこ先輩だ。
「「……あーっ!?」」
「やっと気づいたな、二人とも」
「い、いや、何かステージで見るのと少し違う気がするし!」
違う……か。まぁ、確かにな。この人の性格は、ライブの時と普通の時とは……文字通り、別人だからな。
多分、すぐにでも……。
「言われてみればそうだ!お疲れ様ですっ、先輩!」
「フフ……。集え、少年少女よ!大志を抱け!フゥーーーーッ!!!!」
「「えぇ!?」」
……やっぱり、始まったな。
「え?えっ!?ふ、フーッ!抱けー!!」
「声が小さーい!」
「抱けーーっ!!」
「お店に迷惑だーっ!!」
「えぇーーーーっ!?」
この人は……香澄以上にぶっ飛んでいるからな。むしろ、香澄がまだ大人しく見えるくらいだ。逆に振り回されてしまっているからな。
「やべぇよ、りみ……。この人、何か変だ!」
「いい人だよ?」
「こんな人のどこがだ!?」
「有咲、失礼だぞ。バンドの相談とか、楽器の事とか、親身になって聞いてくれるみたいで、面倒見のいい人なんだぞ」
「う、嘘だろ……?」
まぁ、今の一面からは想像もつかないだろうけどな。こう見えて、人気はある。こう見えてな……。
「えーと、きらきら星の香澄ちゃん!花園ミステリアスたえちゃん!蔵弁慶の有咲ちゃん!女子からの評判は割といい翔君!そして、マイシスターりみちゃん!」
「マイシスターじゃないよ~」
「な、何で私の事知ってるんですか!?話したの、初めてですよね……?」
「この間、蔵でライブしたってゆりりんに聞いたからー!可愛い少女たちは、全部ひなちゃんワールドにご招待!」
それだと俺は招待されなさそうなんだが。いや、別に招待されたいと思っているわけじゃないから、このままスルーしてくれてもいいんだけど。
「あっ、もちろん翔君も招待するよ~!」
この人は心の声でも読めるのか。タイミングがピッタリすぎるだろ。
「こ、こぇぇ……」
「有咲、気持ちはよくわかる。俺も最初はそう思ってたからな」
「ライブ中はしゃべらないから、静かな人だと思うよね」
SPACEの控室で話をしているのを聞くこともあるし、俺たちはこのキャラを知っている。けど、ライブではたえの言ったように終始無言を貫くように徹底している。まぁ、それにも一応理由はあるみたいで……。
「止められてるんだよね、ひなちゃん?」
「んー!なんかねー、イメージ崩れるから黙っとけって!」
ライブの時まで暴走してたら、どうにも手が付けられなくなるからな……。ライブどころじゃなくなってしまう。
「……おい、翔。マジでこの人ヤバいって」
「慣れろ」
「もっと他にアドバイスはねぇのかよ!?」
「あっ、有咲ちゃん!ツインテ可愛いー!」
「ぎゃー!ぜってー無理だ!助けてくれー!!」
本人が目の前にいるのに、あからさまに無理とか言うなよ……。って言ってる間にツインテール弄られて、逃れようと必死になってるし。何か、トラウマになってそうだな……。
「そう言えば、翔君は香澄ちゃんのバンドでドラムやるんだよね!」
「は、はい。あくまで文化祭のライブなので、臨時と言う形で参加しているんですが……」
「ガールズバンド規定法だね?そうだよねー!女の子の中に、男の子が1人!何だかバランスが悪い気がするなー!」
「アハハ……それはわかってますよ。できる事なら、女子でドラムの経験者が近くにいたらいいんですけど……」
「なーんだ、そんな事で悩んでいるのかい、少年?だったら、その悩みは一瞬で解決だ!」
すぐに解決する?どういう事だ?まさか、ひなこ先輩がドラムとして入ってくれるって事か?
いや、でもそれは文化祭の一時的なものにしかならない。バンドとして広い目線で考えると、ひなこ先輩に協力してもらったところで根本的に解決はしない。
と言う事は……ひなこ先輩は、ドラムの経験者を知っている?いや、むしろ俺たちが気づいていないみたいにも聞こえるが……?
「あの、あまり話が掴めていないんですが……。もったいぶらないで、俺にも教えてくださいよ」
「フフン、いいとも!ま、一番よく知ってるのは、なっちゃんだけどね~!」
「…………」
海野さん?でも、この前の体育館の練習の時には、確かギターを弾いていたはずじゃ……?
だが、その答えはすぐにわかった。確かに悩むことでも何でもなかったと、俺も香澄たちも知る事にはなる。
でも……。
その答えは……。
「……沙綾の事ですね?」
「……え?」
俺が予想もしていなかった、まさかの答えだった。
「え、さーやって……」
香澄も、すぐには理解できていないみたいだった。どうしてここで沙綾の名前が出てくるのか。沙綾は、ドラムをしていると言うのか。
そんな話は、一度も聞いていない。そう言いたげに、香澄は答えを求めるかのように俺を見つめてくる。それに見合うだけの答えは、俺だって持ち合わせていない。
……でも。
何となくつながった。沙綾がバンドを避けようとしていた事、音楽の話題を無意識に遠ざけていた事。そして、海野さんと再会した時の、あの言葉。
『そのチラシ、沙綾バンドやるの?』
『よかった。やる気になってーー』
沙綾は、前にバンドをやっていたんだ。海野さんと。今の話だと、担当パートはドラムって事か。
そう言えば、前に俺がドラムをやっていると沙綾に話した時、妙に熱の入った反応を見せていた。ヒントとなるものは、いくらでもあったんだな……。
「山吹沙綾。もちろん、知ってるよね?」
「うん……。でも、さーやがドラム経験者って……?」
「やっぱり、戸山さんたちには話してなかったんだね……」
これが、沙綾が隠し続けてきたものの正体か。バンドを組み、沙綾は香澄と同じように、他の誰かと音を奏でていた。その楽しさを、沙綾は知っていた……。
だとしたら、何故?それを隠して、1人苦しむ必要があったんだ?
バンドをやっていたのなら、何故止めないといけなかったんだ?
もう一度、香澄たちとバンドをやる事を……頑なに拒み続けないといけないんだ?
「……中学の時に、沙綾とバンド組んでたんだ。私がギターボーカルで、沙綾がドラム」
「沙綾ちゃん、バンドやってたんだ……」
「中学の時から……すごいね」
「うん。いつも放課後に集まって、練習して。メンバーの家に泊まりこんで、遅くまで練習する事だってあったんだ」
海野さんは自分のスマホを取り出し、写真フォルダを開いて俺たちに見せる。そこには、海野さんを含めた4人組の女子が、楽しそうにバンドに打ち込む姿が。それも、何枚も。
その中には、沙綾もいた。
「……山吹さん、そんなに熱心にバンドやってたんだ」
「でも、結局ライブはできなかったけどね」
「どうしてだ?」
「私たちの初めてのライブの時に、沙綾のお母さんが倒れちゃってね。沙綾のお母さん、身体弱いみたいだから」
「え……!?」
前に家にお邪魔した時も、全く弱っているようには見えなかったのに。俺たちに見せないように、ひた隠しにして振る舞っていたのか。
「それで、沙綾がいないまま、ライブ自体は何とか成功させたんだけど……」
「その後、さーやのお母さんは……?さーやは……!?」
「……その後沙綾に会えたのは、初めてのライブが終わって少ししてから。お母さんの容態は安定してるって聞いたし、その時は沙綾とも、また『いつか』ライブしようって話してて。けど……」
「何かあったのか?」
「……うん。その『いつか』は、来なかった。それからすぐに、沙綾は自分からバンドを止めてしまったから」
自分から……?沙綾が海野さんと再会した時の2人のぎこちない様子から、何かいがみ合いが生じてバンドを止めたのだと勝手に思っていたんだが……。
「理由は色々あると思うけど……沙綾、言ってくれなかったから。一人で悩んで、全部一人で抱え込んで決めちゃって。正直、私にも本当のところは……はっきりとは分からないんだ」
もっと違う、別の理由。ターニングポイントは、恐らく初ライブでの出来事。沙綾のお母さんが倒れた事が、きっと関係している。
もし沙綾の選択が、バンドメンバーとの関係ではなく、家族との関係が生んだ結果だとしたら……。
「……似ている、のか」
「えっ?」
「いや、何でもない」
そう、似ている。自分の気持ちを押し殺し、誰にも頼ることもできずにその身を犠牲にした人を、俺は知っているから。
きっと、今置かれている状況は、本望でもある。けど、冷静に振り返ってみると、正しい道と決めつける事も容易くはできない。無理に選び取ったような、脆さがある。
だからか。沙綾の姿と、その人の姿が重なって見えるのは。
「……あの時、どうしてたらよかったのか、今でもよくわからない。もっと必死になって止めていれば、少しは違ったのかなって。沙綾、一人で悩む必要もなかったのかなって。そう思う時が、たまにあるんだ」
「なっちゃん……」
「でも、私たちは『いつか』を信じて待つことしかできなくて……。沙綾がまたドラム叩きたいって、前を向いて進む時を待つ事しかできなかった。あの時、私がそうする事を選んでしまったから」
海野さんの握るスマホは、震えていた。行き場のない感情が力となって、拳を強く震わせる。
「だけどね、高校生になって、少しずつ沙綾に笑顔が戻ってきて……嬉しかった。きっと、戸山さんたちと一緒にいる時間が、楽しかったんだなって」
「私たちと、一緒の時間が……」
「だから、戸山さんたちのバンドのチラシ見て、やっと前を向けたんだって……嬉しくって。本当は、あの時泣きそうになってたんだよ」
「それで、あの時沙綾に声を……」
コクリと頷く海野さん。その目には、うっすらと涙が浮かんでいるように見えていた。
苦しい気持ちを共有する事もできず、重荷を背負わせ、自分たちは信じる事でしか支えとなる事ができなかった。1人の道を歩かせてしまった後悔は、海野さんに強く残っていたんだろう。
そんな沙綾が、バンドのメンバーとして名前を紹介されている。海野さんにとって、それは待ち望んだ『いつか』だった。信じていた瞬間だったんだ。
「でも……ちょっと、早とちり……っ」
おもむろに、海野さんが店の奥の方へと立ち去っていく。これ以上は、言葉にするのも苦しかったんだろう。自責と後悔が渦巻き、コントロールできない感情となって支配する。その結果、みっともない姿を見せたくはなかったんだ。
残された俺たちは、誰も一言も言葉を出せずにいた。ひなこ先輩も、さすがに空気を読んだのか、軽口を言って冷やかそうともしない。
普段の沙綾からは想像もつかないほど、重い過去の片鱗を見た。そこから抜け出せずに、苦しんでいる事も、俺は改めて突き付けられた。
それを知ってなお、俺には何ができる?
力になれるのか。またドラムを叩けるように、俺ができる事は何だ。海野さんの望んだ『いつか』を、俺は沙綾に見せてあげることができるのか。
俺は……。
沙綾を変える事が、できるのか?
誰を変える事が。
人の心を変える事が、できるのか?
「…………」
わからない。そんな力なんて、俺にあるのかどうかもわからない。
振り絞って、何かできるだけのものをかき集めても、それで解決するような何かを得られるとは限らない。
でも……。
それでも……。
変えたいんだ。
「……なぁ、香澄。ちょっといいか」
「……うん、いいよ」
香澄を呼び出し、店の外へと連れ出す。きっと、香澄だって同じことを思っていると、俺が思ったから。
さっきから香澄、悲しそうで、なのに体は震えていて。今すぐにでも走り出しそうで、キュッと紡いだ唇からは、無数の言葉が溢れ出てきそうで。
香澄も、沙綾のために何かしたい。けど、その方法がわからないで、頭を悩ませているんだって。そう思ったから。
だから呼びだした。俺のように、沙綾の力になりたいと思っている香澄に、道を示すために。そして、今の香澄の気持ちを、確かめるために。
「お前ってさ……沙綾の事、大切な友達だと思っているだろ?」
「……もちろんだよ。私、さーやの事大好き。花女に来て、初めてできた友達だから」
「……だよな、悪い。聞くまでもないよな、そんな事」
する必要もなかった。香澄はきっと、そう答えると思っていたから。
「……俺、前にある人に言われたんだ。苦しんでいる人の力になりたいなら、言葉をぶつける事でしか理解できないって」
月島さんの力強い言葉が、俺の脳裏に浮かぶ。今ならまだ変えられると、そう確信めいた響きが、俺に力をくれる。
「沙綾は今、苦しんでいる。その今を変えたいなら、直接問いただして、ハッキリさせるしかないんだ」
「……なーくん」
「お前は今、どうしたい?その答えは、ちゃんと聞いておきたい」
この答えも、俺には何となくわかる。けど、それを俺の口から言うのでは意味がない。
香澄の口から、自分の思いを聞き出さないと。
「……私、さーやと話したい。抱えている物、少しだけでも分けてほしい」
「……そうだな」
「このままじゃ、さーやはいつまでも苦しんだままだよ。そんな未来を変えたいから……今を変えたい」
「わかった。その気持ちだけで十分だ」
思いは伝わった。確かめた。なら後は……香澄の思うように、それを行動に移すだけだ。
「行ってこい、香澄。俺は後から追いかけるから」
「なーくんは?」
「他の3人を見捨てて先に行けるか。香澄は、今の香澄が正しいと思う事をするんだ」
もう日も暮れてきた。香澄が話をできる時間も、限られている。俺は香澄の肩に手を置いて……。
「力になってやろう。沙綾の」
「……うん!ありがとう、なーくん!」
肩を軽く押し、香澄を前に走らせた。その先に待つ、友の元に向かうために。
「おい、翔。いつまで……って、香澄は!?あいつどこ行ったんだよ!?」
「今、沙綾の家に向かった。さっきの話、確かめるためにな」
いつまでも外に出ていったまま戻ってこない俺たちを心配してか、有咲が様子を見に来る。走り去っていく香澄の後ろ姿を見た有咲は大声を上げ、俺に詰め寄ってきた。
「んだよそれ!?練習はどうする!?何で止めなかったんだよ!?」
「言って止まる相手だと、有咲は本気で考えているのか?」
「思わねぇけど……っ!けど!あいつが行ったところで、何ができる!?何て声かけて、どうすればいいのか……私には、わかんねぇよ……」
「そうだな。けど……」
俺は突っかかる有咲を優しく引き離し、それからこう言った。
「練習を放り出して、何ができるかわからないかもしれない事を、やらないといけない時だってあるんだ。あいつはそれを、実行に移せる力を持っている」
「それは……」
「今、俺たちがやる事は、そんな香澄を止める事じゃないはずだ。香澄を尊重してやる事だろ」
「……なのかもな。結局、あいつに何言ったって聞かねぇし。私たちはあいつに付き合ってやるしかねぇんだな」
それに……俺も。
「そうと決まったら、中の二人呼んで来い。今から沙綾の家に向かうぞ」
「私をパシリに使うなっつーの」
って言いながら、すぐに店に戻って呼びに行ってくれるんだよな。本当に素直じゃない。
「…………」
それに……。
「俺も、お前と」
沙綾と話したい事は、あるからな。
翔に背中を押され、一人沙綾の元に向かう香澄。
過去を封じ込めた沙綾に、香澄は言葉をぶつけ続ける。
もう一度、バンドを。
香澄の言葉に感化され、沙綾もまた、思いの全てをぶつけていく……。
次回「決めつけないで」