BanG Dream! 澄み渡る空、翔け抜ける星   作:ティア

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どうも、ティアです!

大変お待たせしました!1ヶ月も間をあけてしまった事、まずは申し訳ありませんでした!これから調子を戻せるように頑張っていきますので、これからも応援よろしくお願いします!

さて、今回から文化祭当日!ここから話は大きく動きます。が、少しアニメとは違った展開で進んで行くかも……?

では、どうぞ!


phrase45 振り絞る声

「うっ、うう~ん……」

 

窓から射し込む光で、有咲は目を覚ました。やけに疲れが残っている気がして、ボーッとする意識を働かせながら、有咲は昨日の事を思い出す。

 

(確か、うちに戻る前に楽器屋に寄って、それから……)

 

クラスメイトに会って、そこで山吹さんがバンドやってたって話を聞いたんだ。まさか山吹さんがバンドやってたなんて、思いもしなかったけど。

 

んで、翔が香澄呼び出して、何か話してると思ったら……香澄が店飛び出して行って、山吹さんと色々話しこんでいたんだ。私たちも後を追いかけていったら、今度は翔も沙綾と話がしたいとか言い出してさ。

 

結局昨日は打ち込みの音源を使って練習したんだっけ。うちに来たのも遅くなったし、少しだけ練習して、それからみんなでご飯食べることになって……。

 

「……あ」

 

 

あぁ、そうだった。香澄たち、うちに泊まっていったんだったな。

 

 

本当は嫌だったけど、ばあちゃんも泊まらせる気満々だったしな……。牛込さんはまだいいとして、問題なのはあの二人。

 

香澄と、花園たえ。ただでさえ一緒にいると疲れるのに、夜まで付きまとわれると思うとぞっとしてたんだ。けど……。

 

「……香澄、やっぱり気にしてたな」

 

もっと騒がしくすると思ったら、全然そんな事なかった。黙り込んで、今日の本番でやる新曲の歌詞のノートを広げて、泣きながら歌詞を書き直していた。

 

山吹さんとの話を経て、歌詞に込めたい思いも変化したんだと思う。何かしたいのに、まだその一押しが足りなくて。だからせめて、香澄は香澄なりに、ライブで伝えようとしたんだ。

 

結局、ずっとノートと向き合って、私たちは先に寝てしまったけど……大丈夫だろうな?今日の本番に支障が出たら、それこそ何のためにライブをするのかわからなくなってしまう。

 

「はぁ……。何か、急に心配に……っ!?」

 

今、私はベッドで一人で寝ているはずだ。香澄たちには人数分の布団を用意してあるから、そっちはそっちで寝ているはず。

 

なのに……。

 

「な、何でこいつ……花園さんがいるんだよ!?」

 

やかましい片割れ、花園たえ。それが何故か、私と同じベッドにいる。昨日寝る時はいなかったのに、どうして私のベッドに入り込んできてんだよ!?

 

「んん……」

 

ちょ、えっ、待て。こっちに寝返り打ってきた。避けようにも、狭いベッドじゃ逃げ道はない。

 

てか、こいつ背中に手まで回してきた。それに、近い!近いちかーー。

 

「は!?やっ、ちょ……っ~~~~!?」

 

 

口元に柔らかい何かを感じた時には、既に手遅れだった。

 

 

「う~ん……。あれ、有咲ちゃん?それに、おたえちゃんも……?」

 

やべっ!?今の騒ぎで牛込さんも起きたみたいだ。こんな場面見たら、ぜってー誤解される!もう見られてるけどな!?

 

このままじゃ、牛込さんに変な印象を与えかねない。何とかして花園さんをどかそうとするが、上手く行かない。

 

「んぐっ、ん~っ!んんん~~~~!!」

 

「……オッちゃん」

 

誰がオッちゃんだ!つーか、まだ寝てやがんのかよ!いい加減起きやがれ!

 

「あ、アハハ……仲いいんだね。有咲ちゃんとおたえちゃんって」

 

「んむ……っ、プハァッ!よくねぇよ!これのどこがいいんだ!?」

 

「有咲ちゃん、顔真っ赤だね」

 

「朝起きてこれだぞ!怒りで赤くなってもおかしくねぇだろ!?」

 

ようやく花園さんから解放され、私はまだ暖かい唇を拭う。と、ここでやっと花園さんの目がうっすらと開きだす。

 

「……ん、あれ?有咲?」

 

「あれじゃねぇよ。早くベッドから離れろ」

 

「何でいるの?」

 

「こっちのセリフだ!」

 

寝ぼけてベッドに入るにしても怖すぎるだろ。もうしばらく、こいつと一緒の部屋で寝たくない。

 

「やっぱり仲いいよね、二人とも」

 

「よくない!」

 

「香澄ちゃんは……あれ?」

 

「ん?どうした、牛込さん?」

 

「香澄ちゃんがいないんだけど……」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「ん……」

 

窓から射す光で、私はーー山吹沙綾は目を覚ました。

 

いつにもなく疲れていたような、それでいてスッキリしているような、不思議な感覚。何だか、今まで以上に眠れたような気がしていた。そんな奇妙な思いを抱きながら、私はスマホを起動して時間を確認する。

 

よかった。寝坊はしていないみたい。そこまで深く眠っていたわけじゃなさそうだ。

 

「あ……」

 

と、そんな私の目に入る、1つの音声データ。これは、昨日送られてきた……。

 

「…………」

 

そう言えば、そうだった。香澄が私の家に押しかけてきて、もう1度バンドをやらないかと持ち掛けて……。

 

私は断った。自分だけ都合よく楽しんで、その代償に誰かが苦しむ姿を見るのが嫌だったから。そのためには、私が我慢するしかないって、そう思ってた。

 

でも、香澄は。そうするしかないと思っていた私に、怒ってくれた。何でも一人で決めるのはズルいって。一緒に考えさせてほしいって。そうさせてしまう事も、私の中では辛い事だと思っていたのに。

 

 

その言葉を聞いて、少しだけ縋ってみたいって思ってしまった。

 

 

そこに、市ヶ谷さんや牛込さん、花園さんもやってきて……。立ち止まる事を選んだ私に、できる限りの言葉をぶつけてくれた。

 

そして、翔も。香澄の次に言葉を投げかけてくれたのは、翔だった。

 

自分を犠牲にして、感情を殺す生き方をしてほしくない。そう力強く、翔は語り掛けてくれた。そこに秘められた、翔の過去を知る事にもなった。

 

まだやり直せる。もう1度、バンドを。その熱意が、私の心を動かした。封じ込めて、諦めていた気持ちを押し出すことができた。

 

みっともなく泣いてしまって、翔には恥ずかしいところも見られたけど。本当に感謝してる。あなたがいてくれたから、私は過去の自分にけじめをつけることができた。前を向いて、またバンドやってみようって……そう思えたんだ。

 

 

それで、その後は……。

 

 

その後、は……。

 

 

……?

 

 

「あ……っ!?///」

 

 

た、確か私、いなくなろうとしていた翔を呼び止めて、落ち着くまでいてほしいとか、そんなことを言ってた気が……!?

 

そこからの記憶がほとんどないけど、何故だか安心して温かかったのは覚えてる。知りたいような、知りたくないような……///

 

「わ、私……」

 

何でそんな事言ったのかわからない。あの時、どうして手を伸ばして、翔を掴んだのかもわからない。

 

でも、ただ側にいてほしくて。いたくて。このまま翔に帰ってほしくなくて……。それで、自然と体が動いてたんだ。

 

お、思い出したら恥ずかしくなってきた。顔が一気に火照り、鼓動が早まり、それでいて胸がキューっと心地よく締め付けられるような、甘い感覚。

 

 

けど、そんなのまるで……。

 

 

「……んん」

 

「っ、し、翔……!」

 

制服のまま、壁を背もたれにして寝息を立てているのは、紛れもない翔。まだ寝てはいるけど、こんな寝間着姿を見られるのは恥ずかしい。いや、昨日の間にもう見られているのかもしれないけど……。

 

で、でも翔が私の部屋にいるなんて……。しかも、記憶が曖昧だと言っても、同じ部屋で一晩過ごしたんだし……///

 

ちょ、一旦落ち着かないと……。でもこの状況……ど、どうしたら……。

 

「……ん、あれ……?」

 

手遅れだった。私がパニックになっている間に、翔は目を覚ましてしまった。ボンヤリとはしていたが、すぐに私と目が合う。恥ずかしくて布団で寝間着姿を隠し、ちらりと顔をのぞかせて翔の方を見る。

 

何も反応がない。まだ意識が完全に戻ったわけじゃないのか、見つめ合う事数秒。金縛りにあったように動けないでいると、突然。

 

「……はっ、え、さ、沙綾!?」

 

置かれている状況に気づいたからか、翔もまた顔を赤くする。目のやり場に困ったからか、そっぽを向いて何かぶつぶつと話し出した。

 

「そ、そうか。俺、確か昨日、沙綾にいてほしいって言われて……」

 

昨日の事を思い出し、私のように悶えたりため息をついたり。それもそうだよね。翔だって男の子だし、さすがに一晩同じ部屋で過ごしてたって言うのは……。

 

「……わ、悪いな沙綾。その、俺が勝手に残ってたのに、そのまま寝てしまったみたいで……」

 

「う、ううん。いいよ、全然。むしろ、私がいっ……いてほしいって、翔に頼んじゃったから……///」

 

改めて本人に言うと、とても恥ずかしいね、これ。どうしても、一夜を共に過ごしてしまった事と……それから、私自身が翔に縋ってしまったことが頭から離れずに、いつもとは少し違った意識を向けてしまう。

 

それはきっと、翔だって同じことだとは思う。だから今、こうして同じ部屋でしどろもどろになってるんだし……。

 

 

そう考えると……場違いだとは思う。私、不思議と嬉しくなってるんだ。

 

 

「た、多分何もなかったと思うし、変な心配とかしなくてもいいからな?そんな気とかないし、沙綾も気にしてるんだったら……」

 

「そ、そんなの気にしてないよ!翔がそう言う人じゃないって、私知ってるから!」

 

「お……おう。そうか。な、ならよかったかな~なんて……」

 

やっぱりぎこちない。さっきよりは話せてるけど、翔も私の方を見ないようにしてるし、この状況をどうにかしないと。そう思い、私は何とか頭を使って考えようとして……。

 

「お、おねーちゃんと……何で翔にーちゃんがここにいるんだ……!?」

 

「「あ」」

 

私を起こしに来たのか、半開きになったドアから震える指を向ける純に見つかってしまった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「あらあら。夕べはお楽しみだったみたいね?」

 

「ちょっ、お母さん……///」

 

「冗談よ。でも、沙綾もなかなか思い切った事するのね?」

 

「ち、違うんだって……///」

 

朝から心臓に悪い事態になってしまった。

 

沙綾を説得し、過去にけじめをつける事には成功した。俺と同じ道を歩む前に、後戻りできなくなる前に、やりたいと思う事をしてほしい。その想いは届いた。

 

沙綾には、それだけの自由がある。昨日までは、自分自身の手で自由を縛り、苦しみの中で必死にもがいていただけだったから。

 

 

……そこまではいい。だが、その後が問題だった。

 

 

変えなくてもよかった時間。捨てなくてもよかった居場所。そのギャップが沙綾に後悔となって蝕み、俺が帰ってから一人耐えられる自信がなかったんだろう。

 

だから、安心するまで残ってほしいと言われた時、戸惑いはしたがここに残った。それで少しでも、沙綾の力になればいいと思って……。

 

けど、まさかそのまま朝まで一緒にいる事になるなんて、想像してもなかった。俺はともかく、沙綾は気まずかっただろうな……。友達とは言え、同じ部屋で一緒にいたんだからな。

 

で、目覚めて沙綾が目の前にいて、軽くパニックになっていたところに純が登場。そこに紗南も現れ、二人に促されるがままに朝ごはんをごちそうしてもらった。沙綾の母さんも、快く承諾してくれたしな。

 

身支度もここで済ませていいとの事だったので、お言葉に甘える事に。まぁ、制服のままだったから、そこまで支度する事もなかったけど。

 

「わ、私制服に着替えてくるから、ちょっと待っててね、翔」

 

「おう、わかった」

 

……にしても、沙綾の寝間着姿可愛いな。じゃなくて。

 

何から何までお世話になりっぱなしだ。また今度、お礼とお詫びを兼ねて何か持っていこう。

 

「本当すみません……。結果的に勝手に泊まることになって、その上色々と迷惑かけてしまって」

 

「気にしないで。でもまさか、あなたが沙綾の部屋にいるとは思ってなかったけど……」

 

「……申し訳ないです」

 

「あっ、そう言う事じゃないの。ただ……それが、今の沙綾にとって必要な事だったんだなって、そう思っただけだから」

 

……今の沙綾に、か。なら、もうとっくに気づいていたのかもな。

 

沙綾がバンドを止めた事も、それが他でもない自分のせいだと。家の事につきっきりで、感情を押し殺し、素直に欲望に縋る事を捨てた事が、沙綾にとっては苦しい選択だった事も。

 

沙綾のお母さんは、ずっと気にかけていたんだろうな。止めたかったんだろうな。でも、沙綾の決意は固くて……言葉は、そう簡単には届かなくて。だから、負担を与え続けるしかなかったんだな。

 

そんな沙綾が、初めて感情的になった。香澄に、そして俺に。沙綾の心を動かし、刺激して、閉ざされた扉を壊す力に変える。沙綾が心の底で願っていたものは、言葉は、確かに届いた。

 

それを叶えてくれた俺を、とやかく責めるつもりはないと言いたいんだ。沙綾のお母さんは。

 

「文化祭、頑張ってね。準備とかは大丈夫なの?」

 

「昨日までにある程度は準備してましたから、今日については問題ないかと。あ、喫茶店のパンの件、ありがとうございます。本当に助かりました」

 

「いいのいいの。お父さんも張り切ってたし、今日の文化祭楽しみにしてたから。もちろん、私に純……紗南もね」

 

やまぶきベーカリーに協力してもらえなかったら、ここまでスムーズに喫茶店のメニューを揃える事も出来なかったはずだからな。パンは学校まで運んでくれるとの事だが、受け取りの時間も考えると、そろそろ学校に向かった方がよさそうか。

 

「楽しみにしてください。それじゃあ、俺はこの辺で失礼します。本当に、色々とありがとうございました」

 

「気にしないで。……沙綾の事、これからもよろしくね」

 

「……はい」

 

少し含みがあるような言い方だったが、そこまで深い意味合いはない……と思いたい。

 

「おーい、沙綾!そろそろ行くぞ!準備できたか!?」

 

「大丈夫!すぐ行くよ!」

 

程なくして、沙綾は下りてきた。いつもの制服姿に着替え、シュシュで髪も束ねている。

 

「お待たせ、翔」

 

「おう。……沙綾」

 

「うん?」

 

「言っておかなくてもいいのか?」

 

「あ……」

 

明日、バンドの事も含めて話し合いたい。沙綾は昨日、そう言っていた。さすがに今からじゃ時間はないが、このわずかな間にも、伝えるべき事はあるはずだ。

 

「……お母さん」

 

「どうしたの、沙綾?」

 

「今日の文化祭、絶対見に来て。私……どうしても見せたいものがあるから」

 

かつての自分じゃ見せられなかったもの。今の自分じゃないと、見せられないものがある。その言葉だけで、今は十分だった。

 

「……えぇ、もちろん。楽しみにしてるから……待っててね」

 

「うん……!」

 

言うべき事は言った。なら、後は今日の文化祭に全てをかけるだけだ。喫茶店も、バンドも。

 

「じゃあ、行くか。沙綾」

 

「そうだね。行こっか!」

 

俺は沙綾と一緒に、店の裏口から外に出る。こんな風にやまぶきベーカリーから出るのは、文化祭の準備で来た時以来だ。

 

と、ドアを開けた途端、その隙間から何かが落ちる。ヒラリと舞ったそれは、丁寧に折りたたまれた1枚の手紙だった。

 

「ん……?何か落ちたぞ?」

 

「本当だ。こんなの、誰が……」

 

拾い上げ、手紙を確認する沙綾。と、すぐに何かを見つけたみたいで……。

 

「これ、香澄だ……」

 

「えっ?」

 

見ると、手紙の裏側には香澄の名前が。あいつ、いつの間にこんなものを持ってきていたんだ。

 

沙綾は手紙を広げ、書かれている内容に目を通す。そこには、いくつものフレーズが。

 

歌詞だ。これは、香澄が沙綾に宛てた、今日のライブで歌う曲の歌詞。俺の知らない間に、香澄は香澄にできる事を、やり遂げていたんだな。

 

 

『待ってる。さーやのこと、待ってるから』

 

 

「香澄……っ」

 

「行こう、沙綾。そのメッセージに、応えてやろうぜ」

 

「……うん!」

 

手紙をポケットにしまい、沙綾は今度こそ店を出る。これが門出だと、そう言わんばかりに。

 

 

 

 

この後、あんな事がなかったら。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

そして学校。文化祭に合わせて華やかに彩られた校舎が、俺たちを出迎えてくれる。昨日は帰るの早かったし、飾りつけの様子も見てなかったからな。

 

校門にはアーチがかかり、出店があちこちに並び立つ。校舎の中も、各クラスの出し物で普段とは違った色を見せているだろう。

 

「こんな感じなんだな……花女の文化祭って」

 

「そっか。翔は初めてだったんだよね」

 

「あぁ。ま、普通に考えたら、男子が女子校の文化祭を経験するなんてレア中のレアだろうけどな」

 

「アハハ、そうかも。それじゃ、今日は目いっぱい楽しまないとね?」

 

「もちろんだ。せっかくの文化祭、楽しまなきゃ損だしな!」

 

喫茶店にライブ。考える事は多いが、まずは楽しまないと。そんなのは二の次だ。

 

「あっ、お兄ちゃん!お~い!!」

 

と、俺を呼ぶ元気な声。その隣には、苦笑して声の主を見つめる少女が。

 

「美羽、おはよう。それに、明日香も一緒だったんだな」

 

「おはようございます、翔さん。それと……確か、前にクライブに来てましたよね?」

 

「うん。私は山吹沙綾。明日香って、もしかして香澄の妹さん?」

 

「はい、そうです。お姉ちゃんの事、知ってるんですね」

 

「友達だからね。いつも仲良くしてるよ」

 

明日香と沙綾は、ほぼ初対面だったか。クライブの時も、何か話している様子もなかったしな。

 

「調子はどうだ?美羽」

 

「バッチリだよ!今日も病院の先生に、問題ないって言われたし!」

 

「けど、美羽はまだ入院扱いなんだからな?特別に許可が下りてるだけで、本当はベッドで寝てないといけないって事は忘れるなよ?」

 

「はーい!」

 

昨日はお見舞いに行くこともできなかったからな。けど、元気そうで何よりだ。いつもより、目に見えてテンションも高い。

 

もしあの時、俺が美羽の言葉を聞かずに、美羽を病室から出すことを認めていなかったら……こんな笑顔を見せてくれることはなかったんだろうな。

 

「ねぇねぇ、明日香!やっと本番だよ!文化祭だよ!ワクワクするよね!?」

 

「あぁ、はいはい。そのセリフさっきも聞いたし、私が病院に美羽の事迎えに行ってからずーっとその話しかしてないじゃん」

 

「だってだって、中学最後の文化祭だよ?もう出られないかと思ってたのに、お兄ちゃんが説得してくれて、それで出られるようになったんだもん!そんなの、興奮するに決まってるよ!」

 

いや、そこまで興奮されても困るんだが。

 

「説得……?翔、何したの」

 

「その辺の話は後でな、沙綾。そういや、美羽のクラスって何の出し物するんだっけ?」

 

「あれ、言ってなかったっけ。私たち、メイド喫茶するんだよ?明日香も一緒にね!」

 

「無理矢理丸め込んだだけじゃん。恥ずかしいから嫌なのに……」

 

そう言えばそうだった。美羽のクラスは、可愛らしいメイド服を着てお客様におもてなしをするんだった。

 

何でメイド喫茶なんだと聞いてみたが、『せっかくだし、普段じゃできそうにない事をやってみようよ!』って美羽が提案し、そこから決まったらしい。だからって、どうしてメイド喫茶なのかは謎だけど。

 

「それじゃ、私たちは準備とかもあるし、先に行くね!お兄ちゃん、それに沙綾さんも、後でぜひメイド喫茶に来てくださいね!」

 

「うん、そうするよ。香澄たちも連れて、みんなで行くね」

 

「明日香、行こ!今日はお祭りだーっ!!」

 

「ちょ、引っ張らないでよ!……そ、それじゃあ、また後で会いましょう」

 

「おう。明日香も頑張れよ」

 

明日香の手を強引に引きながら、美羽は校舎へと姿を消していった。付き合う明日香も大変だな。

 

けど、それくらい美羽は、今日という日を楽しみにしてたんだ。最高の一日になるように、明日香も協力してやってくれると、俺も嬉しいな。

 

「あっ、翔君。それに……さ、沙綾ちゃん……!?」

 

「ん、りみか。おはよう。それに有咲も、たえもな」

 

りみたちも今来たところなのか、俺を見つけて声をかける。が、昨日の一件もある。俺の隣に沙綾が並んでいるのを見て、心配になったんだろう。

 

「山吹さん……その、もう大丈夫か?なんて、私が言える立場じゃないんだけど……」

 

「ううん。そんな事ないよ。それに、ごめんね。心配かけちゃったみたいで」

 

「そ、そんなの気にしなくてもいいよ!それより、沙綾ちゃんは……?」

 

「……私はもう大丈夫。もう止まらない。前を向くって決めたから」

 

「それって、つまり……山吹さんが、うちらとバンーー」

 

「ストップ、有咲」

 

と、有咲が言いかけた言葉をたえが止める。口を塞ぎ、そこから先の言葉は言わせないと言わんばかりに。

 

「それは沙綾の口から聞かないと。それに、今ここにはいないでしょ?沙綾の言いたい事、一番聞きたがってる人」

 

「あ……」

 

沙綾が自分の口で、バンドへの気持ちを伝えないといけない相手がいる。昨日、必死になって説得してくれた人が。大声を出し合い、感情をぶつけあったからこそ、彼女に答えを示さないといけない。

 

「……だな。あいつ、昨日うちで練習した時、必死にノートに食らいついてた。泣きながら、真剣に曲と向き合ってたよ」

 

「昨日は有咲ちゃんの家に泊まったんだけど、今朝も起きたら香澄ちゃんどこにもいなくて。ずっと、沙綾ちゃんの事考えてたのかも」

 

「うん……。家のドアに、この手紙が挟まってた。香澄、家に来てたんだ」

 

「香澄は多分、もう学校にいると思う。きっと、沙綾の事待ってるよ」

 

「市ヶ谷さん、牛込さん、花園さん……」

 

3人にも背中を押され、沙綾の表情が引き締まる。後は、香澄の元に向かうだけだ。

 

「んじゃ……これくらいしか言えねぇけど、頑張れよ。山吹さん。私はクラスの方に行かねぇと」

 

「……ありがと」

 

「珍しく素直なエール、ありがとな、有咲」

 

「う、うるせぇ!」

 

「あ……市ヶ谷さんも、少しだけ付き合ってくれないかな」

 

「えっ、私も?」

 

「これは、香澄だけじゃない……みんなに聞いて欲しいから」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

そして教室。他のクラスも既に賑わいを見せている中、俺たちのクラスも負けてはいなかった。

 

メニューやシフトの確認、今日の段取りと言った話はもちろんだが、空き時間に何をするか、どのクラスを巡るか、今日の予定を立てる声もあった。

 

その中心にいたのは、他でもない香澄。話の輪をつなげ、喫茶店の事や他のクラスの話で盛り上がっている。その明るさに、自然とクラスメイトも笑顔になっているんだ。

 

「でしょっ!?それからそれから……あっ、なーくん!りみりんも、おたえも!有咲もいる!」

 

「よう、早いんだな」

 

「うん!それに……さーやも、おはよう」

 

「……おはよう、香澄」

 

昨日の事があるからか、上手く話せない二人。さっきまでは元気そうだったのに、どこかしおらしく見える。だから、

 

「……ほら、沙綾」

 

「うわっ……と」

 

俺が沙綾の背中を押し、ぎこちなかった距離を縮める。後は、沙綾の問題だ。これ以上は何もできない。

 

「あのさ……香澄。少し、話があるんだけど」

 

「……バンドの事?」

 

「うん……だからちょっと、外出て」

 

香澄を教室から連れ出し、廊下に出る。教室の中は、準備で邪魔になると思ったんだろうな。俺たちも邪魔だろうと二人から離れようとしたが、いてほしいと言う。

 

「ごめんね。今度は、こっちから呼び出しちゃって」

 

「ううん。私、待ってるって決めたから」

 

「……あれからね。私、色々と考えたんだ。翔の話も聞いて、自分なりに答えは出せたと思う」

 

「答え……」

 

「もう間違えない。嘘ついて、我慢して、それがみんなのためになると思ってたけど……そうじゃないんだって、気づく事ができたから」

 

沙綾は、目を覚ました。自分の価値観だけで、それが間違いだと疑う事無く進んだ道を、終わらせる事ができた。

 

だから、この言葉を口にできる。香澄の前で、昨日は言えなかった言葉を。

 

 

 

心の底では、ずっと言いたかった言葉を。

 

 

 

「香澄……私、バンドがしたい」

 

 

 

「さーや……!」

 

 

 

「歌詞とかリズムとか、まだ全然頭に入ってないし、迷惑しかかけないと思う。けど、この気持ちだけは……もう見ないふりして、閉じ込めておきたくない!私、香澄と、みんなとバンドがしたい!!」

 

その言葉、しっかりと聞いた。香澄も、俺たちも。

 

「……っ、さ、さーや……!」

 

「だから……私を、香澄たちのバンドに……ポッピンパーティーに、入れてくれないかな……?昨日はあんな事偉そうに言っておいて、今更かもだけど、わがままかもしれないけど……お願いっ!」

 

頭を下げて、沙綾は香澄に頼み込む。廊下を通り過ぎる人たちの視線も、今の沙綾は気にしない。本当に求める居場所は、この先にあるから。

 

けど、その答えなんて決まりきっている。今更とか、わがままとか、そんな事は関係ない。香澄は、待つと決めていたんだから。

 

「……うんっ!!大大大大……大っ歓迎だよ~!!さーや~~~!!!」

 

「うわっ!?こ、こら香澄!市ヶ谷さんじゃないんだし、急に抱き着かないでよ~!」

 

「だって……だってぇ……っ!」

 

感極まったのか、香澄は沙綾の背中に手を回して、思い切り抱き着いた。慌てながらも苦笑する沙綾だったが、すぐ近くにある香澄の横顔を見て、沙綾は表情を変える。

 

 

香澄は、自分の事のように喜び、泣いていた。

 

 

「グスッ……ヒクッ……よかった。さーやがまた、バンドやりたいって言ってくれて、本当によかった……!」

 

「香澄……。うん、そうだね」

 

いつしか、沙綾の目にも涙が浮かぶ。けど、悲しい涙じゃない。一緒に泣いてくれる友の姿に心打たれ、ほほ笑むような表情で流す涙。

 

「……私も、嬉しいよ。香澄」

 

りみも、有咲も。二人のやり取りに涙腺が崩壊していたようだった。たえも、泣くことはなかったが、温かく見守っている。

 

ってか、ヤベ。俺も少しもらい泣きしそうなんだけど。

 

「……よーし!そうと決まったら、早速練習しないと!」

 

「えぇ!?今から!?」

 

「香澄ちゃん、喫茶店の準備は!?」

 

「じゃあ、それが終わってから!少しでもさーやのために、時間作らないと!」

 

「有咲、手伝ってくれるよね?」

 

「ちょ、私クラス違うっつーの!おい、花園さん!引っ張ってくな!!」

 

涙を拭き、香澄は教室へと戻っていく。りみやたえも、その後を追って喫茶店の準備に向かって行った。有咲もたえに連れていかれたが、どうにかなるだろ。

 

「……よかったな、沙綾」

 

「そうだね。……翔の方こそ、ありがと」

 

「お礼なんていいって。ドラムに関しては、俺に任せろ。最後まできっちりバックアップしてやるから」

 

沙綾の肩を軽く叩き、俺も教室の中に。もうほとんど準備は終わっているが、まだできてないところもあるからな。

 

「……本当に、ありがとね。みんな」

 

 

今日の喫茶店、そしてバンド。どっちも成功させて、ここから始める。

 

 

失ってしまったもの。取り返せないもの。

 

 

それらを、取り戻すための時間を。

 

 

私だけじゃない関係の中で。喜びも悲しみも、共有できる仲間と一緒に。

 

 

牛込さん。市ヶ谷さん。花園さん。

 

 

香澄……そして、翔。

 

 

みんなと一緒に、バンドをやり直す。

 

 

ううん……ここからまた、始めるんだ。

 

 

 

 

 

……そのはずだった。

 

 

 

 

 

「あれ、電話だ」

 

スマホが震え、沙綾は画面を確認する。そこには、お母さんの文字が。電話だった。

 

「何か、忘れ物でもしたっけ……?はい、もしもし?」

 

「あっ、やっとねーちゃん出た……」

 

「……純?」

 

お母さんがかけてきたはずなのに、どうして純が……?しかも、どこか元気がない。

 

「お父さんって、もうそっちに来てるか?」

 

「え?……ううん。時間的には、今こっちに向かってるくらいだと思うけど」

 

「あ……そっか。だから電話に出ないんだ。ごめんな、ねーちゃん。それじゃーー」

 

「待って」

 

お父さんがいないとわかると、すぐに電話を切ろうとした。まるで、何かを隠すように。あまり長く話すことを避けようとしているように。

 

私の思い過ごしかもしれない。けど、純の話し方はどこか変だ。それに、さっきから電話越しに何も聞こえてこない。静かすぎる。

 

まさかとは思う。あの時とは、また状況が違うから。

 

 

けど、それってまるで……。

 

 

「お母さんに、何かあったの?」

 

「……っ、い、いや別に、そう言うわけじゃ」

 

「話して、純。何があったの?」

 

「いや、だからーー」

 

「話して」

 

少し強く言ってしまったと後悔したけど、純はこれ以上隠しても押し切れないと踏んだのか、正直に話し出す。

 

「実は……」

 

「……何?」

 

「お、お母さんが……さっき倒れて……」

 

「え……!?」

 

起こってほしくなかった、最悪のシナリオを。

 







母の急変を聞き、沙綾は苦悩する。



文化祭を取るのか、それとも母を取るのか。



答えの出ない中、それでも時間は進んで行く。



そこに現れた父。そして香澄たち。



沙綾は、一つの結論を見出す……。



次回「待ってるから」

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