BanG Dream! 澄み渡る空、翔け抜ける星 作:ティア
「あー、怖かったね~!」
「あぁ……。マジでヤバかった……」
「でも、面白かったよね。あのお化け屋敷」
「「えっ!?」」
休憩時間となり、俺は香澄とりみの3人で文化祭の出し物を順番に見て回っていた。今は上級生のクラスのお化け屋敷に入り、恐怖体験を済ませてきたところだ。
だが……祭りの出し物にするレベルの怖さじゃない。セットやメイクのクオリティ、考え抜かれた恐怖演出、全てに力が入っている。入る前は正直甘く見ていたが、今なら言える。もう二度と入りたくない。
なのに、それをりみは面白かっただと……!?俺はこれでもホラー系統はある程度免疫があるが、今回はマジの怖さだった。それだけホラー好きなんだな、りみは……。
「りみりん、あれ面白かったの……?」
「えっ?うん。怖かったけど、面白かったよ」
「す、すごいね、りみりん……。私、怖いの苦手だから、ずっとなーくんにしがみついちゃった……」
「おかげですげぇ動きにくかったし、踏まれたり蹴られたりでボロボロだったんだからな!?」
「うぅ、なーくんごめんねぇ……」
しかも香澄がくっついてるせいで、走って逃げようにも逃げられなかったし。無理に動こうとしたら、香澄が暴れて体中傷だらけになるし。
それに、俺が離れないように引き留める勢いで、何か柔らかい物も……おっと、その話は止めだ、止め。誤解を招くような言い分は避けよう。
「にしても、あのお化け屋敷は怖かったぞ……。まだ心臓バクバクしてる……」
「本当だ。翔の心臓、すごく速いね」
ん?翔?香澄とりみは俺を呼び捨てにしないはずだし、しかも背後から温もりを感じる……。
「……って、うおぉぉぉ!?は、おま、たえ!?な、何でここにいるんだよ!?」
振り返って確認すると、そこにいたのはたえだった。ピタリとくっつき、背中に耳をあてて心音を聞いているようだった。
ただでさえ怖い思いしてたのに、不意打ちで現れるんじゃねぇよ!しかもこいつ、さっきまでいなかったはずだからな!?
「私も怖かった。すごく心臓バクバクしてる。翔も聞いてみる?」
「質問に答えろ!お前今、シフト入ってる時間帯だろ!?抜け出してきたんじゃないだろうな!?」
「さすがにそれはないよー。ブーブー」
「変な鳴き声出してんじゃねぇ!お前は豚かよ!」
「これ、ウサギの鳴き声だよ?」
「どっちでもいいんだが!?」
何かもう、さっきまでとは別の理由で心拍数上がりそうなんだが。
「ちょうどお客さんも落ち着いてきたみたいだったし、休憩してもいいよって」
「だからって、急に後ろから話しかけるな。心臓止まるかと思ったぞ」
「え?翔の心臓動いてるよ?」
「バカ、言葉のアヤだ」
本当こんな時でもブレないのな、こいつは。
「ビックリしたよ、おたえ~……」
「ごめんね、香澄」
「おい、俺には謝らないのか」
「それで、次はどこに行くのか決まってるの?」
しかも普通に無視するのかよ。俺の事はそっちのけって訳ですか。すげぇ悲しいんだけど。
「ううん、まだ全然決まってなくて……」
「おたえちゃんは、どこか行きたい場所あるの?」
「それが、実はね……」
「おっ?何か気になるクラスの出し物でもあるのか?」
「ないかな」
ないのかよ。だったらそれっぽく間を開けなくてもいいだろうが。いつにも増して、花園節全開だな。
ま……それはつまり、こいつも普段通りに見えて、実は文化祭楽しんでるって事だよな。昔のたえの素性を思うと、こうして友達と一緒に過ごす文化祭は、楽しいに決まってる。
「そっか……。じゃあ今からどうしよう?なーくん、どこか行きたいところない?」
「俺かよ。だったら、一応はあるんだけど……」
「えっ、どこどこ!?」
「すげぇ食いつくな……。いや、そろそろ美羽のクラスにも行ってみたいと思ってな」
「みーちゃんのクラス!うん、私も行ってみたい!」
行き先も決まったところで、俺たちは高等部の校舎を離れ、中等部の方へと向かう事に。内部生のりみやたえは懐かしさに浸るのかもしれないが、俺や香澄は初めてだ。ちょっと楽しみだ。
「香澄ちゃんと翔君は初めてなんだよね。中等部」
「あぁ。りみとたえは、去年まではこっちの校舎にいたんだよな」
「うん。行こうと思えばいつでも行けるけど、高等部の子にとっては思い出の場所だよ」
遠く離れてしまったわけじゃないけど、思い出として残り続ける大切な場所……か。そう言うの、俺は結構いいと思うな。
「ところで、美羽ちゃんのクラスって何の出し物なの?」
「メイド喫茶なんだって!あっちゃんに教えてもらったんだ!」
「冥途の土産……」
「そっちじゃねぇよ」
中等部の校舎の造りはわからないが、メイド喫茶って言うくらいだ。メイドの格好をした生徒が、どこかにはいるはず。まずはそれを探していくか。
「さて、美羽はどこに……おっ」
俺の視線の先には、よく見るメイド服の格好をした生徒が。プラカードを持って、客引きをしているようだが……あれは、俺たちにとっては見覚えのある顔だ。
「あ!あそこにいるの、あっちゃんだ!お~い、あっちゃ~ん!!」
「うぇっ!?お、お姉ちゃん!?」
そこにいたのは明日香だった。明日香も香澄に呼ばれて気がついたのか、俺たちの方に目を向ける。が、香澄に大声で名前を呼ばれ、しかもブンブンと手まで振られていた明日香は、恥ずかしさから若干スルーしてたけど。
ま、その後近づいた香澄に抱き着かれて、もうげんなりしてたけどな。明日香、強く生きるんだ。
「久しぶりだね、明日香ちゃん」
「あっ、牛込さん。それに翔さんと……花園さんでしたよね。お久しぶ……ちょ、お姉ちゃん、近いから。みんな見てるから、くっつかないで……」
……そりゃ、実の姉にこうもベタベタされたら、名前呼ばれてもスルーしたくもなるよなぁ。
「え~いいじゃん!私たち、あっちゃんのクラスに遊びに来たんだよ!」
「遊びにって……喫茶店に来てくれたって事?」
「あぁ、そのつもりだよ、明日香。美羽に誘われたんだ。ちょうど時間も空いてたし、どうせなら香澄たち誘って行こうかなって思ったんだ」
今朝も、美羽は俺たちが来てくれるのを楽しみにしてくれていたからな。俺もメイド喫茶がどんなものなのか、気になってるし。
「…………」
もう一人、ここに連れていきたい子が、いたんだけどな……。
***
「それにしても翔、ぎこちなかったよね。さっきも緊張してたし、こういう場所って翔なら行き慣れてると思ってたのに」
「たえ、次にそれ言ったらグーで殴るぞ」
明日香に案内してもらい、俺たちはメイド喫茶の中へ。すぐに何人かの生徒扮するメイドにお出迎えしてもらい、今はジュースを注文してくつろいでいるところだった。
でも俺、メイド喫茶とかよくわかんないんだよな……。教室に入る時も、お帰りなさいませとか何とか言われたが……縁がなさ過ぎて、どう返せばいいのか戸惑う。決してたえの言うような変なイメージ通りの男じゃないぞ、俺は。
「メイドさんの衣装って可愛いね!私たちのクラスも、メイド喫茶にすればよかったかな~?」
「わ、私は恥ずかしいかな、香澄ちゃん……」
いや、俺とかどうするんだよ。一人だけ女装する羽目になってしまうぞ。と、そんな俺たちに声をかける一人のメイドが。
「ごゆっくりできてますでしょうか、ご主人様?」
「あぁ。最初はちょっと、こういう場所に慣れてなかったから戸惑ったけど……って、何だよ美羽か」
「あ~何その言い方!可愛い妹がこうして来てくれたのに、ちょっと酷くない!?……あ、やば、ついいつもの口調に……!」
「わ、悪かったって。そんなつもりは何もなかったから」
思わず素の自分に戻ってはいたが、そこにはメイドになり切った美羽が。さっきの明日香もだが、いつもとは違った新鮮な格好に身を包む姿に、俺は目を奪われていた。
「うわぁ~めっちゃ可愛い!」
「美羽、すごく似合ってる!」
「みーちゃん、キラキラしてる!」
「そんな、とんでもない!わたくしのようなメイドに対して、何ともったいないお言葉か……な~んてね♪皆さん、来てくれたんですね!」
って、結局メイドモードから元に戻るのかよ。まぁ顔なじみではあるし、こっちの方が余計な気を回さなくても済むか。
「ちょうど休憩時間になったし、そろそろ美羽のクラスにも行こうと思ってな。それで、調子の方はどうだ?」
「フッフッフ……それがね、お兄ちゃん。思ったよりも受けが良くて、もう大繁盛だよ!中等部もだけど、高等部からもメイド喫茶に来てくれるんだ!」
「おっ、それはよかったな!」
「忙しいけど、楽しいし!お客さんも喜んでくれてるし、出し物をメイド喫茶にして本当に正解だったよ!」
メイド喫茶を提案したのは、確か美羽だったみたいだしな。自分の案がこうして成功していて、嫌な気にはならないだろう。
それに……美羽には、この文化祭に並々ならない思いがある。本当は今頃、まだ病院のベッドにいるはずだったんだ。その反対を押し切り、今こうしてクラスメイトと一緒に文化祭に参加しているんだ。
最後だから。その思いが、美羽の言葉が、俺を動かした。だから今、美羽はここにいる。その喜びは……俺なんかじゃ推し量れるものじゃない。
「おぉ~!すごいね、みーちゃん!」
「エヘヘ!香澄さんたちの方はどうなんですか?」
「うん!こっちもバッチリだよ!みんなで……そう、みんなで頑張ってるよ!」
今……香澄、『みんな』と言った時に一瞬言葉が詰まったな。ここにはいない彼女の事が、俺の頭にもチラリとよぎる。
「お互い、上手くいってるって事ですね。あっ、そうだ!私、そろそろ休憩時間だし、一緒に見て回ってもいいですか!?」
「もっちろん!みんなもいいよね?」
「あぁ。美羽さえいいなら、俺は大歓迎だ」
「私もいいよ!」
「さんせ~い」
「ありがとうございます!それじゃ、着替えてくるので待っててもらえますか?」
「あっ、待ってみーちゃん!着替える前に、メイドさんの格好で一緒に写真撮ろうよ!」
教室の裏方に消えていこうとする美羽を、香澄は急いで引き留める。せっかくなら、この格好の美羽と写真を撮っておきたいって事だろう。
「おぉ、記念写真!しかもよく見たら、たえさん立派なカメラ持ってるじゃないですか!」
「えっへん。すごいでしょ」
「お前のじゃねぇだろ。で、撮ってくれるか?」
「うん、いいよ!あっ、だったら明日香も呼んでこよう!お~い、明日香~!」
先に外に出ていった美羽を追いかけ、俺たちも教室を後にする。他の生徒もいるし、さすがに邪魔になるしな。
と、意気揚々と飛び出していった美羽もすぐ俺たちの元に戻ってきた。明日香の手を掴んではいるが、当の本人はあまり乗り気じゃなさそうだ。周りを気にして、露骨に嫌そうな顔をしている。
「ほら、明日香!お兄ちゃんたちがせっかく写真撮るんだから、一緒に入ろうよ!」
「えぇ……。みんな見てるし、恥ずかしいんだけど……」
「いいじゃん!ほら、皆さんからも言ってやってくださいよ!」
ここに来て他力本願かよ。もう少し自分で説得しようとは思わなかったのか。
「あっちゃん、お願い!私と写真撮って!小さい頃は、仲良く写真撮ってたじゃ~ん!」
「そ、それは小っちゃかった時の話でしょ!?そんな事言われても……」
「それに今日、急に来られなくなった友達がいるんだ。その子のために、思い出をカメラに残しておきたくて~!いいでしょ?」
「ちょ、うるさいし……。お姉ちゃんのせいで、人集まってきちゃったから嫌なんだけどな……」
そうこうしている間に、周りにはチラチラと俺たちを伺う中等部の生徒たちが。高等部の生徒ってだけでも珍しいのに、どうやらさっきの香澄の大声のせいで余計に注目を浴びてしまったらしい。
そうじゃなかったら、別にこのメンバーで注目を集めるような事は何も……って、待てよ。この状況、冷静に考えたら俺も注目集める一因じゃね……?
「ダメかな?私、明日香ちゃんと一緒に写真撮りたいな」
「牛込さん……」
「そうだよ~!りみさんだってこう言ってるし!私、どうしても明日香と写真撮りたいんだよ~!」
「もう、何でそこまで……」
あぁ、そうか。美羽が写真撮る事に賛成してくれたのは……。
「……俺からも頼むよ。美羽だけじゃなくて、明日香とも写真撮りたいんだ」
「翔さんまで……」
「それに、明日香にとっては中学最後だろ?こういう形で思い出、残しておきたいからさ」
「そ、そこまで言われたら……わかりましたよ。1枚だけですからね?」
「やったー!ありがと、明日香!!」
美羽が承諾してくれた事に喜びを隠せず、思わず香澄のように抱き着く美羽。くっつかれた明日香は、恥ずかしさと同時に大げさな喜びように困惑もしていた。
けど、俺にはわかっている。美羽にとっては、内部進学せずに羽丘を目指す明日香とは、今年の文化祭が最後だから……。美羽は、明日香との思い出を残すために、少しでも多くの時間を作ろうとしているんだ。
美羽が文化祭にどうしても参加したいと説得してきた時、美羽が口にした事。中学最後の文化祭だから、その時にしか経験できない文化祭を楽しみたい。それが一番の理由だった。
けど、それだけじゃなかった。美羽は明日香と、最後の文化祭を楽しみたかった。同じ格好に身を包んで、クラスでメイド喫茶をすることも。そんな特別な時間でも、さっきみたいに言葉を交わすだけの何気ないやり取りでも。
たった1枚、写真を撮るだけでも。
「はい、カメラ隊準備完了であります」
「一人しかいないのに隊って何だよ。てか、それじゃたえが入らないだろ」
「……翔って本当天才だよね」
「お前が本当のバカだって説が有力だと思うんだが?」
たえがシャッターマンになろうとしていたので、俺はメイドの一人に写真を撮ってもらうように頼む。明日香も承諾してくれたわけだし、せっかくなので明日香をセンターにして6人で写真を撮る事に。
「うぅ……。同級生の知り合いと写真撮るならともかく、お姉ちゃんたちと撮るのは恥ずかしいな……」
「隣に同級生って言うか、幼馴染がいるのに?」
「それとこれとは別。……けど」
「けど?」
「美羽と写真撮るのは、その……悪くないかなって思ったし。一番の友達だもん」
「明日香……」
その言葉に、美羽が少し顔をそらして涙ぐみそうになっていたのは……黙っておいてあげよう。
「ポーズどうしよう。ウサギかな。それとも、ギターにしようかな」
「ギターのポーズってどうするんだよ」
「エアギターみたいな感じで、ギュイ~ンって」
そうしているうちに、カメラの人は準備OKみたいだ。俺は無難にピースサインでもしていよう。
が、たえだけポージングが決まらないと時間がかかる。ウサギなのか、ギターなのか。すぐには決めかねているみたいだったが……正直どっちでもいいんだけど。
「……よし、決めた。もう迷わないよ」
「早くしろよ。いつまでも待たせてるのも悪いし」
「うん。パンダにする」
あの二択はどこに行ったんだよ。
***
「……で、今からどうするよ」
記念写真を撮り終え、俺たちは一旦高等部の方へと戻って来ていた。美羽も一緒なら、中等部を見て回るのもいいが、高等部にはまだ来てないと思ったからだ。
明日香はまだシフト中のため、一緒には行けないとの事。ま、それなら仕方ない。美羽と香澄は泣きついてたが。
「お兄ちゃんたちのクラスにも行ってみたいんだけど……その前に、沙綾さんと有咲さんはいないんですか?」
「有咲は別のクラスだけど……沙綾は、ちょっと急用で帰って行ってな」
「えっ、そうなの!?沙綾さん、今朝はあんなに元気だったのに!?」
「……まぁな」
残念そうにしていた美羽だったが、そこでハッと口を紡ぐ。どうしたのかと周りを見ると、ほんのわずかに沈んだ素振りを見せる香澄たちが。何かを悟り、深追いは止めようと思ったんだろう。
「……じゃあ、有咲さんは今、クラスにいるって事?」
「うん?多分そうだな。てか、俺たちも有咲のクラスにはまだ行ってないんだよな」
「そう言えば、今朝別れてから有咲ちゃんの姿見てないよね」
「それに有咲のクラス、何の出し物するのか知らない気がする」
「言われてみれば、確かに……」
香澄も聞いていないんだな。けど、考えてみれば有咲の口から文化祭の事を聞いた記憶が全然ない。そもそも文化祭に対して消極的だったしな。
「じゃ、そこにしましょうよ!香澄さん、有咲さんのクラス気になりませんか!?」
「気になる!みんなも行ってみようよ!」
そんなわけで、俺たちは有咲のクラスである1-Bへ。ちょうど隣が俺たちのクラスだし、この流れで美羽を喫茶店にも連れていけるな。
「ところで香澄さん、今日のライブは大丈夫ですか?前は練習見られませんでしたけど……」
「大丈夫だよ!多分……」
「た、多分なんですね……」
ライブまでの時間は、すぐそこまで迫っている。香澄が心配してるのは、演奏面の事もあるだろうが……恐らくそうじゃない。
「自信もって、香澄。前よりも上達してるし、ミスも目立たなくなってる。落ち着いたら、きっとやれるよ」
「私も心配だけど、みんなで練習頑張ったから。香澄ちゃん、きっとみんなで成功させられるよ……!」
「心配するな、香澄。信じようぜ、成功する事を。きっと上手くいくからさ」
「なーくん……みんな……」
「おっ!お兄ちゃん、今カッコいい事言ったね!」
よしてくれよ、美羽。恥ずかしいだろうが。
「さて……と。B組に着いたな。で、これは一体何の出し物だ……?」
「えっと、どれどれ……?」
教室の前には、手作りの看板が。お姫様のイラストとともに、カラフルな文字で『視聴者参加型アトラクション 姫を笑わせろ!』と書かれている。喫茶店のようなタイプの出し物と言うわけじゃないらしい。
「わ、笑わせるの?私、そう言うの苦手かも……」
「りみさんもですか?私も、笑わせられる自信ないですね……」
「りみりん、みーちゃん!諦めちゃダメだよ!おたえは!?」
「私もダメかもしれない」
いや、お前は独特のセンスで笑いを誘ってくるだろうが。ないとは言わせないぞ。
「とにかく入ってみるか。有咲もいるかもしれないぞ?」
「そうだね!よーし、行こー!」
物怖じしないで、香澄はすぐに中に入る。それが香澄のいいところだったり、悪いところだったり。
で、俺たちも中に続くと……そこには教壇を使った特設のステージが。その前には大勢の観客が集まり、前の方から順番に笑いを取ろうと持ちネタを披露している。
ステージには姫らしい女子生徒と、その側近をイメージした二人の女子生徒が。側近の一人は、あれ海崎さんだな。
「あぁ……。誰か、姫を笑わせることができるお方はおらぬものか……」
また一人、挑戦者が姫の前に玉砕したみたいだな。姫は優雅に腰を下ろし、素っ気ない表情を見せている。
けど、あれってさ……もしかしなくても、あいつだよな……?
「あっ、アハハ!あれって、もしかして……!」
「おたえ、カメラ撮って!」
「もうやってるよ」
貴族と見違えそうな金髪。いつもの髪形とは違うが、香澄たちの反応を見て確信する。
「有咲ちゃんだ!」
「アハハッ、お~い有咲~!」
「似合ってんじゃねぇか!ほら、今写真撮ってやるぞ!」
「こっち向いて~。いい笑顔だよ~ハイ、チーズ!」
「じゃねぇよ!!お前ら、邪魔すんな!そんで見るな!てか、何であのウゼェ妹までいる!?」
「覚えててくれたんですね!有咲さ……プッ」
「何笑ってんだよーー!!」
最早キャラも隠すことなく、その変わりようにむしろ俺たちが笑ってしまう事態に。
で、収拾がつかなくなったのか、数分後。
「帰る!」
「え~?有咲、可愛かったじゃん!」
「そうですよ!本物のお嬢様って感じでした!」
「香澄に続いて、お前まで茶化すんじゃねーよ!ぜってー本心じゃねーだろ!」
機嫌を損ねた有咲が、大事な姫役を放棄して制服姿に戻っていた。髪もツインテールになってるし、俺たちが止めなかったらすぐにでも帰りだしそうだ。
「あーもう、恥ずかしい……。セリフがない役だからって言われたから引き受けたのに……。穴があったら入りたい……」
「穴、穴……落とし穴?」
「花園さん、ちげぇ!そうじゃねー!」
「まぁまぁ、そう怒るなよ。有咲姫」
「お前まで止めろ!本当そう言うところは兄妹だな!」
仕方ないだろ、兄妹なんだし。それに有咲はこういう役回りの方が活き活きしてる気がする。
「でも、大丈夫なの?このままじゃ、クラスのみんな困っちゃうんじゃない?」
「そりゃ、牛込さんの言う事もわかるけど……私、関係ねーし。もう疲れたし、本当に帰るからな?」
おいおい、本当に帰りだしそうだぞ。さすがに見かねたのか、香澄が手を取って止めに入る。
「えっ、ちょっと待ってよ!有咲、ライブは!?」
「知るかよ、そんなもん!」
「今日までいっぱい練習したじゃん!一緒にライブしたいよ~!」
「そんなの、そっちが勝手に……」
「あ~り~さ~!!」
「……あーもう、鬱陶しいんだよ!わかった、わかったから!!」
有咲……本当チョロいぞ、お前。
「つーか、山吹さんは?もしかして喫茶店?」
「あ……そうか。有咲はあの後の事、知らないんだよな……」
「は?何だよ、翔。どういうことだよ?」
「それがな……」
俺は有咲に、沙綾のお母さんが倒れてしまい、今は病院に付き添っていることを説明する。そのせいで文化祭に参加できず、ライブにも間に合うかどうかわからないことも。
「マジか……山吹さん、バンドやるって言ってたじゃん……」
「それはそうだ。沙綾だって、本当は残っていたかっただろうさ。文化祭、準備だって沙綾が頑張ってくれてただろ」
香澄を助け、副委員としてクラスを取りまとめていたのは、他でもない沙綾だった。なのに、今日この場に立役者はいない。
俺と香澄が言葉を投げかけ、願った思いが叶う事は……もしかしたら、なくなるのかもしれない……。
「…………」
「香澄……」
沙綾の事、やっぱり心配なんだと思う。何も連絡はなく、不安で気になってしまうのも仕方がない。香澄の瞳には、影が見え始めていた。
「沙綾ちゃんなら、きっと大丈夫だよ」
「私たちには、私たちにしかできない事がある。だから今は、そこに全力を尽くそう。クラスを盛り上げて、文化祭を成功させて……ライブを成功させられるかどうかも、香澄にかかってるんだよ?」
「うん……。けど、さっき電話して、送ったメッセージにも何も反応なかったから……」
シフトを終えて、教室を離れる少し前。香澄は沙綾と連絡を取っていた。けど、反応は何もなく、今沙綾がどうなっているのかを確かめる事も出来ない。
きっと、心ではわかっている。が、沙綾の抱えるものと覚悟を知り、それを乗り越えて立とうとしている舞台が、すぐそこまで迫っているから……不安になる。このまま間に合わず、自分たちだけでライブをする事になるビジョンを想像して。
それでは、沙綾が決意し、望んだ今日のライブの意味が失われる。これは香澄たちポッピンパーティーのライブであり、山吹沙綾と言う一人の女の子が前を向くためのライブでもあるから。
徐々に空気が沈んでいく。りみも、たえも、有咲も。何とか保たれていた明るさも、なくなっていく。
このままではいけない。今はまだ、俺も香澄のバンドのメンバーだ。俺はどうにか喝を入れようと、口を開きかけて……。
「元気出してくださいよ、香澄さん!」
代わりに口を開いたのは、美羽だった。
「さっきの話……私には、沙綾さんの抱えている事情はよく分かりません。それに、その事で香澄さんたちが何に苦しんでいるのかも……」
「みーちゃん……」
「でも、ここで落ち込んでいい理由にはならないはずです!皆さん、この後ライブがあるんですよね?そんな気持ちでライブなんて、私にはできないと思いますよ?」
美羽は、さっき俺が有咲に説明していた事を横で聞いていただけ。断片しか理解はしていない。わかったつもりでしか、話を進める事はできない。
けど、今必要なのは言葉だ。それを感じ取っているから、美羽はこうして行動に移したんだ。
「香澄さんがやりたいと思ってたバンドは、ライブは……そんな気持ちでできるものじゃありません。盛り上がれないし、熱くもなれない。そんな興奮が欲しかったから、バンドを組んだんじゃないんですか?ライブしたいんじゃないんですか?」
「それはそうだけど……」
「何かに悩んで、躓いているんだって事は私にもわかります。何となく、ですけど。でも……今日と言う日で出来るライブは、もう二度と訪れない」
それは、美羽だから言える事。病気に苦しみ、今と言う時間を精一杯生きている美羽だからこそ、そんな言葉が口を突いて出てくる。
「ライブなんて言葉でひとくくりにしてしまえば、それは確かに取り換えの付くものだと思いますよ。けど、『今日の文化祭の有志ライブ』は取り換えの付くものですか?」
「……ううん。違うよ」
「なら、落ち込んでなんかいられませんよ。たった一回しかできないライブを、どんな事情であれ、つまらないものにするわけにはいかないでしょう?」
「……うん」
「最高の形で終わらせるのか、それとも最悪の形で終わらせるのか。どっちがいいかなんて明らかです。自分から悪い道を選ぶなんて、香澄さんにはあってほしくない。せめて楽しんでライブしてほしいです」
「……楽しんで」
「多分、香澄さんが気にしてるのって、沙綾さんがこの場にいない事ですよね。それで、望んだライブができなくなるとしても……振り返って、それでも楽しくやり切ったと思えるだけのライブじゃないと、沙綾さんだって報われない」
「……!」
美羽の言葉が、香澄を捉える。暗く沈んでいた空気も晴れ、香澄は息を吹き返す。
「……そうだよね、みーちゃん。私たちが落ち込んでいるわけにはいかないよね」
「香澄さん……!」
「さーやの事も、もちろん大切で心配だけど……その前に、私たちがライブを楽しむ気持ちを忘れてしまったらダメだよね。私がやりたいって決めて、みんなと一緒に立ちたいって願ったステージだから……!」
その気持ちまで、失うわけにはいかない。そんな事は、沙綾は望んではいないはずだ。
「その意気だ、香澄。今は沙綾を信じて、俺たちは沙綾の分まで楽しむんだ。沙綾が戻ってきた時に、笑顔で迎えられるようにな」
「……うん!そうだね、なーくん!」
「…………」
沙綾……今、どうなっている。
間に合うんだろうな。
お母さんは、大丈夫なんだよな。
それに……沙綾。
お前は、大丈夫だろうな……?
一人学校を離れ、母の元へ向かう沙綾。
沙綾は、自らの手で過去と向き合い、けじめをつける事ができるのか。
そんな中届いた、香澄からのメッセージ。
そしてついに、沙綾は……!
次回「昨日までの日々に」