BanG Dream! 澄み渡る空、翔け抜ける星 作:ティア
ガルパも今月で3周年になり、新バンド追加が決定しましたが……楽しみです!ま、こっちはまだ1期の話なんだけどね。
では、どうぞ!
「何でもなくてよかった……」
「心配しすぎなの。お医者さんだって、ただの貧血だって言ってたじゃない」
「それは、そうだけど……」
お父さんに連れられて、私たちはすぐにお母さんを病院へと連れて行った。幸い、大事には至らないとの事で、私は何とか一安心する。
今はお医者さんから結果を聞いて、お母さんと二人で待合室に戻ってきたところだった。お父さんは、純と紗南を見てくれている。本当は私が二人を見るはずだったけど、私が行きたかった。お母さんの傍で、結果を聞きたかった。
やっぱり……心配だから。今までずっと、そう思い続けてきたんだから。
「文化祭も、抜けてきたみたいじゃない。さっきお父さんから聞いたわ」
「……うん、そうだよ」
「そこまでしなくてもよかったのに……。今日はお父さんもいたんだから……」
「ううん、いいの。私が……来たかったから」
私が、支えないと。体の弱いお母さんに代わって、家族を安心させないと。紗南や純にも、あの時のような恐怖を与えないためにも。そうじゃないと……ダメなんだ。
紗南の鳴き声が、純の悲鳴が、頭から離れない。私が自分のわがままで、バンドなんかに打ち込んだから。自分だけ楽しい思いをする事が、罪だと悟ったから。
そんな私を見かねて、気を遣ってくれるナツたちの思いも……私には棘でしかなかった。私のために、私に合わせてくれている。そう思えば思うほど、情けなくて。周囲の人間に、そう強要させている私が、憎くて。
だからバンドを止めた。楽しい時間はもう捨てた。自分だけいい気分で、周りの時間を奪ってまで得られる幸せに何の意味もない。それでいいんだって、そう思いながら。
思うしかなかった。
だって、そうでしょ?私が家の手伝いをするようになって、紗南や純が怖い目に遭う事はなくなった。お母さんも、一人で無理をして抱え込まずに、安定した日々を送っている。
何も悪い事なんかない。私が、私さえ我慢してしまえば。それで全てが上手くいくのなら……。
「……どうかしたの、沙綾?」
「えっ、あ……ごめん。ちょっと、ボーっとしちゃった」
もし、私がバンドの道を選んでいたとしたら。
「…………」
その時は、また繰り返してしまうのか。そうならないように、バンドを捨てたのに。
今だって、こうしてお母さんが倒れて……あの時と同じ時間が繰り返されようとしている。
選ばなかったから、今がある。選んでいた時、何が待っていたのかは分からない。その道の先が、どうなっていたのかも。
いくつもの夢を数えても。
見て見ぬふりをした。聞こえないふりを続けていた。
家族を、友人を、そして自分をも苦しめてしまうから。
私の選択は……結局、誰かに迷惑をかける事にしかならない……。
『それは、迷惑だとか損だとか、そんな話とは一切関係ない。そう思うのなら、それは優しさでもない』
そう思っていた。はずだった。
『できるの!何でも一人で決めちゃうのズルい!ズルいズルいズルいっ!!一緒に、考えさせてよ……っ!』
自分は楽をしたらいけないんだって、何もできないと思っていた私に、泣きながら言葉を投げかけてくれた友達がいる。
『みんな、沙綾と一緒に損したいだけなんだ。その代わりに得られるものは、どんなに苦しい事だって乗り越えられる力になる』
自分を閉じ込めて、耐える事が正しいと思っていた私に、本当の正しさを教えてくれた友達がいる。
あの時、私に前を向く勇気をくれた言葉が。固く鍵をかけていたはずの私の心を開いてくれた、二人の声援が。ずっと立ち止まっていた私に、力をくれる。
「……ねぇ、お母さん」
「どうしたの?」
「……今朝さ、どうしても今日の文化祭、見に来てほしいって言ったよね」
一言ずつ、ゆっくりでいい。この気持ちを、伝えないと。
「その理由、あの時は言えなかったから……今、話すね」
「……えぇ」
「私……もう一度、バンドがしたいんだ」
本当は、ずっと気づいてた。
私は、バンドがやりたいんだって願ってた。
「バンドがやりたくて……でも、ずっと我慢してた。あの日、初ライブの時にお母さんが倒れて、純や紗南の悲しんでる姿見て……自分だけ楽しむのは、間違ってるなって思ったから」
「…………」
「バンドのみんなも、私に合わせてくれようとしたけど……それで自分だけ楽しんでいいはずないって、そう思ったから」
「…………」
「だから、バンド止めたんだ。周りに迷惑かけてまで、続けても仕方ないって。私がバンド止めたら、誰も悲しまない。迷惑もかけない。そんな姿を誰かにさせるのが嫌だったから、私は……バンドから離れたんだよ……」
お母さんは何も言わず、ただ静かに聞いてくれる。ここが病院だからじゃない。私の言葉を、全て受け止めてくれている。
「でも、ごめんなさい……。ごめんなさい……っ!私、やっぱりバンドがやりたい!私のわがままで、お母さんにはまた一人で負担かけることになっちゃうけど……でも、もう抑えられない!我慢なんかできない!」
記憶の底の小さな声が、今確かに響いていく。
自分勝手で、どうしようもなくて。
私が自分を優先して、そのせいで迷惑をかけてしまう人もいる。
不安にさせてしまうかもしれない人がいる。
でも……これからは、欲張りでいさせてくれないかな。
ねぇ……お母さん。
この声、聞こえてますか?
「こんな私を、待っててくれる人がいるから……だから今日、もう一回バンドやるんだ。ライブもする。ここに来たのは、どうしてもお母さんにこの話をしたかったから……」
「……沙綾」
「昔の私とは違う。本当の気持ちに気づかされて、そこから逃げて諦めていた私とはお別れするために、お母さんと話がしたかった。過去にけじめをつけるために、伝える事で変わりたかったんだ……」
変われているのかは分からない。けど、変わるためには、お母さんと向き合わないといけない。
お母さんが倒れたから。お母さんに迷惑をかけたくなかったから。お母さんを少しでも助けたかったから。私がバンドから遠ざかっていた理由を作り出していたのは、全てお母さんに関係していた事だ。
だから……伝える必要があったんだ。
「……沙綾は優しいね。その優しさに、いつの間にか母さんも甘えてしまってた」
「お母さん……」
「そのせいで、大切な物まで奪ってしまってた。ダメな母さんだね……」
「そんな事ない!お母さんは何も奪ってない!私が選んでしまっただけ……!」
「でも……そうやって倒れるまで無理をしてしまって、結果的に心配させるようなことになってしまったのは、母さんの責任。倒れてしまってからも、早く安心させたい一心で、余計に無理して心配かけてしまったから……」
「……そんな事で負い目を感じる事なんか、何もないよ」
「そんな事じゃない。自分の子供の幸せを奪う親なんて、親として失格なの。だから……ごめんね、沙綾。母さん、間違えちゃったね……っ!」
スルリと、お母さんの腕が私の背中に回される。苦しさを感じるほどに力を込め、お母さんは私を抱きしめてきた。
肩に触れるお母さんの顔。そして濡れた感触。悲しさと後悔が、お母さんの震えた体から伝わってくる。後悔なんて、お母さんがすることでも何でもないのに。
でも……結局私は、お母さんを苦しめてしまった。私自身が、自分を殺して生きようとしたことで。その過ちに気づいて、前を向こうとしても。そうであった過去は変わらないし、その事実に傷つく人は確かにいた。
それこそが、迷惑だったのかもしれないって……今ならわかる。昨日までの私なら、絶対にわからなかった事でもある。
「グス……っ、沙綾、電話が……」
「えっ……?」
ふと、スマホが鳴っている事に気がついた。取り出して確認して見ると、それは香澄からの不在着信だった。ボイスメッセージも2件ある。
「これ、香澄……」
「香澄ちゃんから?」
「うん……。ごめん、お母さん。ちょっと確認してくる」
***
『保存されたメッセージは2件です』
場所を移し、私は病院の中庭に来ていた。院内だと、騒がしくしてしまって邪魔になると思うし。
けど、中庭か……。いつも学校の中庭で、香澄たちとお昼ご飯食べてる時の事、思い出しちゃった。今、そんな話なんか全然関係ないはずなのに。
そうやって感傷に浸るのは、香澄からのメッセージだからなのかな。
『さーや?……あっ、私、香澄だよ』
わざわざ名前言わなくても、知ってるよ。これは香澄からのメッセージなんだから。
『お母さん、どう?さーなん泣いてない?じゅんじゅん元気?』
もう大丈夫だよ。そんなに心配しなくても、こっちは平気だから。お母さんだけじゃなくて、純に紗南の事も気遣ってくれて……。
『それに……さーやも、大丈夫?』
「……香澄」
私の事まで、心配してくれるなんて。そこまで気を遣ってくれなくてもよかったのに。
何だか、もう一人の私を見ているみたいだった。けど、そんな風に周りからは見えていたのかな……。
『カフェはね、大成功!お客さん、パンおいしいって言ってくれてね!お持ち帰りする人もたくさん!えっへへ……』
『沙綾?香澄、沙綾に電話してるのか?』
『わっ、なーくん!』
『おーい、沙綾!元気か?こっちの事は気にすんな。しっかりやってるぞ。だから沙綾も、自分のやるべきことをしっかり果たして来い』
「翔まで……」
何だろう。翔の声を聞いたら、少し安心したような気がした。昨日の事があったから……かのかな。
『えっ、沙綾!?もしもーし、お母さん大丈夫?こっちは任せて!』
『みんな沙綾の分までがんばってるよー!』
『うぅ、沙綾ちゃーん!』
『山吹ベーカリーの曲作ったから聞いてー!』
『わわっ、ちょっとみんなストップ!さーや今病院だから、あんまり騒がしいとーー』
「アハハ……。盛り上がってるな」
牛込さんに、花園さん。それにクラスメイトのみんなも。賑やかで、本当に楽しそう。私もその場にいたかったけど……これは私が自分で選んだから。
『2件目のメッセージです』
あれ、1件目終わってる。こっちは何だろう?
『もしもし、さーや?あ、さっきはごめんね。話どころじゃなくなっちゃって……』
それで新しく撮りなおしたんだ。今回は、周りもそこまで騒がしくない。場所を変えたのかな。
『こっちは大丈夫だから!それにすっごく楽しい!だから……ライブも、がんばるよ!』
「香澄……」
『さーやに届くように、がんばるから!それから、歌詞!さーやの家に届けたんだけど、見てくれた?』
うん、見たよ。今朝、翔と一緒に見た。あの曲を、香澄は今日のライブでするんだ。
みんなと一緒に作り上げて、今日のために練習を重ねたあの曲を。大勢の生徒の前で披露する。前のクライブとは規模も何もかもが違う、今日と言う日の舞台で。
その舞台には、私も求められていて。『みんな』の中には、私の存在も含まれている。
今も、きっと待っている。
ううん。きっとじゃない。待っているんだ。
あの曲を……私と一緒に演奏する時を。
『STAR BEAT!~ホシノコドウ~』香澄らしい、その曲を。
「…………」
ダメだね。この思いは離せない。
もう離さない。
ずっと離したくない。
この気持ちが本物だから……自然と涙が頬を伝うんだ。
バンドへの思いが詰まった、本物の熱だ。
「行って、沙綾」
「お母さん……」
いつの間にか、お母さんも中庭に出てきていた。その隣には純と紗南、お父さんも一緒だ。
「沙綾の優しさは本物だね。お母さんにもみんなにも、すごく優しい。その優しさを、今度は自分に向ける番。一人じゃないんだから」
「お母さん……」
「お父さんだっているんだ。もう沙綾だけに、何もかも背負わせるような父親にはならないからな」
「お父さんも……」
「俺だって、もう大丈夫。何かあれば、助けを呼ぶくらいできるから」
「さーなもいるから、心配しないで……!」
「純、紗南……」
そうか、さっき私に連絡してきたのは、純だった……。怖がって動揺する事なく、むしろ冷静だった。
私……全然周りが見えてないね。まだまだ子供のようにしか見ていなかった。純も紗南も、私が思うほど弱くも何もなかったんだね。
「ね?何でも一人で背負う必要はないの。後は、沙綾の番」
「私の……」
「これからは、沙綾を待ってくれている友達のために……そして、自分自身のために、その優しさを使ってあげて」
わかってる。何も言葉はいらないから。踏み出す勇気は、もう十分に貰えたから。
「……ありがとう、お母さん。お父さんも。紗南と純も……ね?」
しゃがみこんで、私が順と紗南を抱き寄せる。まだ涙で顔が濡れていたけど、何も嫌がることなく、私の好きにさせてくれた。
「私、ちょっとだけわがままになってみるよ……!」
「それくらいが、沙綾にはちょうどいいのよ。さ、行っておいで。待ってる友達がいるんでしょ?」
香澄……翔……。それに、みんなも。
いつも遠くから、みんなの事をずっと見つめてた。
羨ましくて、でも届かなくて。
でも、ようやく届きそう。もう少しで届くんだ。
とっても眩しくて、バンドに対して一生懸命で……。
前向きに、いつも走ってたあなたたちに。
風に揺れた君の声は、私の心も揺らしていたんだよ。
「……うん!」
昨日、こんな私のために、家まで来てくれた人がいる。
昨日、こんな私のために、涙を流してくれた人がいる。
昨日……こんな私のために、こんな私の事を、真剣に受け止めてくれた人がいる。
眠ってた声が、思いが私を誘う。私の向かうべき場所へと。
瞼を閉じ、諦めてた夢を形にする。あなたと、みんなと。
歌いたい……奏でたい……!
「……行ってきます!」
待っててね、香澄。すぐに行くから。
昨日までの日々とは、今ここでサヨナラしたから。
***
『有志ライブの時間が近づいてきました。参加バンドの皆さんは、体育館にて準備をお願いします』
美羽を加えたメンバーで文化祭を見て回り、ライブまでの一時を過ごしていた俺たち。そこに、校内アナウンスでライブの始まりが告げられる。
「……そろそろ時間だね」
「あぁ……」
ようやく来た、この時が。今日のために曲を作り、練習し、そして……いてほしい人のために言葉をぶつけた。
まだ、全てが叶ったわけじゃない。でも、やれるだけの事をやって、今日を迎えた。必ず来るからと、だからこそ信じて待つと決めた。その全てが、今から始まる時間へと繋がる。
「頑張ってくださいね、皆さん!私も、明日香やクラスのみんなと一緒に応援しに行きますから!」
「みーちゃん……ありがと!」
美羽は中等部の方へ戻っていった。俺たちも、教室に戻って楽器を準備しないとな。
「いよいよだな……」
「うん……。どうしよう、緊張してきちゃった……」
「大丈夫。落ち着いて演奏すれば、きっと成功するよ」
ライブへの緊張感は、もちろん俺だってある。前のクライブとはわけが違うんだ。数人に聞かせるだけの、軽い音合わせ感覚じゃない。俺たちの音色が、その場の空気を作り出すんだ……!
「……沙綾」
そして沙綾。お前がいないと、今日のライブは意味がない。美羽はあぁ言ってたが、これは俺たちだけで終わらせていいものじゃないんだ。
だから……間に合ってくれよ。
あの日、あの星空の下で。
一緒に歌おうと、約束した場所がある。
あの日、文化祭を直前に控えた中で。
涙を流し、想いをぶつけあった時間がある。
過去と向き合い、未来を見据え……。
一人の少女は、ようやく歩き出す。
『待ってるから』
信じて待つ友の元へと。約束の場所へと。
掴むのは、もう一度音色を奏でる二振りの木棒。
そして……。
「さーや……っ!」
少女を迎え入れる、友の手を――!
次回「ホシノコドウ」