BanG Dream! 澄み渡る空、翔け抜ける星   作:ティア

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どうも、ティアです!まずはこんなにも間が空いてしまった事をお許しください……。

コロナの影響もですが、今回はオリジナル要素がかなり交っているので、そこで時間を取られてしまいました。けど、その分長めになっておりますよ。読みごたえはあります!(多分)

では、どうぞ!


phrase52 懐疑

「は~、つっかれた~!」

 

「今日の授業終わっただけだろうが」

 

翌日。俺たちは学校も終わり、有咲の蔵へ向かっているところだった。俺にとっては見慣れたはずだった光景も、今日からは新鮮なものへと変わっていた。

 

「さーや、今日から蔵練デビューだね!」

 

「蔵練って?」

 

「蔵練の事?」

 

「りみ、多分当たってる。だろ、香澄?」

 

「そうそう!よくわかったね?」

 

いや、わかるだろ。普通に略しただけだし、お前の考えなんか大体わかる。何年一緒にいると思ってるんだ。

 

「ふぅ~ん。さすがは幼馴染って奴だな」

 

「うるさいぞ、有咲。そう言うお前も、香澄とは仲いいだろ」

 

「お前らほどじゃねーよ」

 

「え~っ!?有咲、私の事嫌いなの……?」

 

「翔ほどじゃねーってだけで、嫌いなんて一言も……って、あ、ちょ、ちが、そんな目で見んな!///」

 

あ~本当微笑ましい。香澄もウズウズしながら抱き着いて行ったし。有咲はやっぱり、肝心なところで素直になれないな。

 

「そう言えば、沙綾ちゃんのドラムってどうなったの?」

 

「有咲の家に届いてるはずだよ。もう来てる?」

 

「おう、バッチリ。ばあちゃんが受け取ってくれたからな」

 

「おばあちゃんに無理させちゃいけないよ。有咲、いけない子だ」

 

「おたえは黙ってろ」

 

沙綾のドラムは既に届いてるらしく、このまますぐに練習に参加できるらしい。おばあちゃんが受け取ってくれたらしいが、本当にお世話になりっぱなしだ。練習場所だって提供してくれてるんだしな。

 

たえが有咲に叩かれ、涙目になりながら頭をさする。その横で苦笑する俺たちだったが、ふと思い出したように沙綾が有咲に話を切り出す。

 

「でも、本当によかったの?ドラム、有咲の家にずっと置いてていいって言ってくれたけど……」

 

「そんなの気にすんなって。練習だって、うちでするじゃん?どうせ前と何も変わんねぇから」

 

気が利いてるんだか、マジで寂しんぼうなだけなのか。そんな事口走ったら、確実に有咲は顔を真っ赤にしてポコポコ殴ってきそうな気がするが。それすら可愛らしいんだろうけど。

 

ま、何だかんだあったが、ようやくポッピンパーティーもバンドとしてスタートを切ることができそうだ。今まで重ねた苦労は、この日の始まりのためにあったんだ。

 

「いいぞ、有咲。太っ腹」

 

「うるせぇぞ、翔。後で覚えてろ」

 

「有咲、太ってるの?ちゃんと運動しないと。明日から私と走る?」

 

「おんまえも後で覚えてろよぉ!?」

 

俺の言葉に、たえも便乗して軽くボケを放つ。有咲がツッコミを入れ、それを見た沙綾とりみが笑いあって……。

 

「……香澄?」

 

俺たちが並んで歩く、その後ろで。香澄は静かに、ただじっと俺たちを見ていた。いつもなら会話に交ざってくるはずなのに、一言も話そうとしない。

 

何かあるのか。けど、その表情には何も深刻そうな含みはない。むしろ逆だった。頬を緩め、儚げながらも嬉々とした眼差しをこちらに向けている。

 

「あっ、ごめん!つい嬉しくって……ジーンとしちゃって」

 

「……ジーンと、か」

 

「うん。やっと揃ったな~って思って。私たち、ポピパが」

 

ポピパ……もしかして、ポッピンパーティーの略か?初めて聞くから何かと思ったぞ。

 

けど、確かにな。ここまで来るのに色々あったし、ジーンとしてしまう気持ちもわかる。

 

「ポピ……何?」

 

「コピペだよ、コピペ」

 

「いや、言ってねぇだろ」

 

それに、お前の理屈だと香澄の揃った発言はどう解釈するんだよ。面白いコピペ集でもできたのか。

 

「ポッピンパーティーの略だろ?ポピパって」

 

「なーくん、正解!」

 

「ポピパか~。可愛いかも」

 

「美味しそう」

沙綾の感想はわかるが、たえは何をどうしたらそんな場違いな感想が出てくるんだ。

 

「よくわかったね、翔君」

 

「まぁな。こいつの考える事なんて、手に取るようにわかるぜ?」

 

「えぇっ!?な、なーくんって……もしかして、超能力者だったり?」

 

「エスパーかも」

 

どっちもちげぇよ。

 

「本当かよ。口から出まかせじゃねーの?」

 

「いや、何となくでわかるだろ。有咲だって、香澄とは何だかんだで付き合い長いし」

 

「私と翔とじゃちげーじゃん。翔、幼馴染じゃねーの?何かパワーとかあんだろ」

 

「ねぇよ」

 

まずパワーって何だ。双子は互いの考えてる事をシンクロできるとか言うけど、そんな類じゃねぇだろ。

 

「じゃあなーくん、私の考えてること当ててみてよ!」

 

「……まーたお前は変な事始める」

 

「変じゃないよ!これは勝負だよ、なーくん!」

 

「勝負って……」

 

何かいきなり勝負始まったぞ。このままスルーして逃げるのも手だが、香澄はやる気みたいだし、期待のこもった眼差しで俺を見てくる。

 

「フフン。今回は当てられない自信があるよ?」

 

「……やらなきゃいけない?」

 

「いけない」

 

「何でたえが答えるんだ」

 

面倒くさいなぁ……。別に確証があるわけじゃないが、大体で予想できるからな……。

 

「……どうせ、今すぐにでも練習したいとか、早く蔵に行きたいとか、そんなとこだろ?」

 

「えー!?何で分かるの!?」

 

「わかるに決まってんだろ」

 

マジで思った通りじゃねぇか。

 

「やっぱパワーあんじゃん。幼馴染パワー」

 

「うるせぇな、有咲」

 

何か前にも聞いた気がするぞ、幼馴染パワー。それに、恥ずかしい思いをしたような記憶もあるんだが。

 

てか、すごくどうでもいい話をしてる気がする。そろそろ蔵に着きそうだし、俺も動き出すか。

 

「じゃ、みんな。今日はこの辺でさよならだ。練習頑張れよ」

 

「あっ、そっか。なーくん病院行くんだったよね。さっきの勝負の続きやりたかったのに……」

 

お前になら、いくら勝負持ち掛けられても負ける気がしないから諦めてくれ。それに、香澄が言ったように今日は病院に行く予定があるからな。ここからは別行動だ。その理由についてだが……。

 

「翔、どこか具合悪いの?」

 

「バカ。今日は美羽が退院する日だ。今日も昼休みに話しただろ」

 

と言うわけだ。手続きとかもあるし、母さんは仕事で忙しいからな。任せるわけにはいかない。家族で向かえるのは、俺しかいないしな。

 

それに……ちょうど病院に向かうんだ。あの銀髪の子……美空の病室にも、少し顔を出すだけの時間はある。そろそろ、何か変化のきっかけが欲しいところだしな。

 

「でも、本当にいいの?私たちも時間あるし、一緒に行ってもいいんだよ?」

 

「沙綾は初めての練習だろ?気持ちは嬉しいけど、今日はそっちに専念してくれよ。オーディションに向けて、練習しないとだろ?」

 

今のポピパの目標はそこだ。そのために今は、少しでも練習する時間は欲しい。オーディションだって、待ってはくれないからな。

 

「ってわけだ。時間もないし、美羽も待ってるからな。そろそろ行くよ」

 

「わかった!また明日ね、なーくん!」

 

俺は5人に見送られ、その場を後にする。ふと振り返ると、子供みたいに手を振る香澄の姿が見えて苦笑してしまった。

 

あんな感じだけど、バンドへの情熱は確かなんだ。オーディションまでの残された時間で、どこまで成長できるのか……期待と同時に不安でもある。他の四人も、不安に思うところはあるしな。

 

とは言え、また明日になれば、俺も練習に参加できる。あいつらのサポートに回るだけの時間は取れるし、少しでも支えになれたらいいんだけどな。

 

 

あいつらの夢を、俺が支えてやる。

 

 

そう思っていた。

 

 

それが、当たり前だと思っていた。

 

 

だが……。

 

 

俺はまだ、知らなかった。

 

 

香澄たちと次に会う時は、明日ではないことを。

 

 

そして、その時を境に……いや、違うか。

 

 

もしかしたら、今この瞬間から……そもそも、既にそうなるべくしてなっていたのか……。

 

 

わからない。わかりたくもない。けど。

 

 

悪夢は、近づいていた。

 

 

ゆっくりと、何かがきしむ音を立てていた。

 

 

歯車は、悪い方向へとずれて、回り始めていた……。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「あっ、お兄ちゃんやっと来た!」

 

「悪い、美羽。ちょっと寄り道しててな」

 

慌てて病室に駆け込んできたお兄ちゃんの姿を見て、私は待ち焦がれたように胸が高鳴るのを感じていた。この時を、どれだけ夢見ていたかわからないから。

 

今日は私が退院できる日だ。数週間の間続いた、長かった入院生活ともこれでお別れできる。文化祭の間は学校にも行けたけど、それでも帰る場所が病院なのは……ちょっと寂しかったし。

 

一人の病室よりも、やっぱり誰かが待っててくれる家の方がいい。これからは、またお兄ちゃんと一緒にいられる。

 

それに、明日からはまた、いつも通りに学校に行って、友達とお話しして、ギターも弾いて……あ~楽しみだな~!もっともっと、やりたい事はいっぱいあるし……何から始めていこうかな!

 

「とりあえずまずは……荷物まとめて、それから退院の手続きだな」

 

「あ、荷物なら私の方でまとめておいたよ!早く退院したかったし!」

 

「気が早いな……。元気なのはいいが、調子は大丈夫か?退院できるからって、我慢なんかしてないだろうな?」

 

「そこは問題なしですよ、お兄ちゃん。今の私なら、ギター弾きながらドラム叩くくらい余裕だよ!」

 

「それは絶対無理だって」

 

苦笑するお兄ちゃんを見て、私も目に見えて舞い上がってるな~と内心笑う。でも、それだけテンション上がっちゃうんだ。多分、今日はずっとこんな感じだと思う。

 

って、あれ。そう言えば、さっきから気になっていたんだけど……?

 

「ところでお兄ちゃん。その手に持ってる紙袋って何?」

 

「ん?これか?この病院にもお世話になったし、お礼も兼ねて買ってきたんだ。ちょっとしたお菓子の詰め合わせだけどな」

 

寄り道してきたって、こういう事だったんだ。ちょっとした気配りだけど、こう言うところはしっかりしてるよね、お兄ちゃんって。

 

「ふ~ん。私にはないの?」

 

「何で美羽にも買ってこなきゃいけないんだよ。それに、荷物だって持って帰らないといけないのに、また荷物増やすわけにはいかないだろ」

 

「え~いいじゃ~ん!お兄ちゃんのケチ~!」

 

これ見よがしに頬を膨らませながら、ブーブーと文句を垂れ流す。からかい半分、本音半分。それをお兄ちゃんは多分わかってはいるだろうけど、ちょっぴり困った顔になる。

 

「お前なぁ……ったく、わかったよ。帰りに何か好きなお菓子買ってやるから、それで我慢しろよ?」

 

「わーい!嬉しい!やっぱりお兄ちゃん最高!大好き!」

 

「大げさなんだよ……。このおねだり上手め」

 

「じゃあ私グミね!ちょっとシュワっとしてるの!」

 

「はいはい、わかったから。退院祝いって事で、ちゃんと買ってあげるからな」

 

退院できるだけでも嬉しいのに、おまけにグミまでついてきた!今日は本当、いいこと尽くしだ。もしかしたら、もっと他にもいい事が起きるかもしれない。

 

「けど……本当に元気そうでよかったよ。退院ありがとな、美羽」

 

「ありがとって……普通おめでとじゃないの?」

 

「元気に退院して、戻って来てくれてありがとうって事だよ」

 

ありがとう、なんて……本当、お兄ちゃんは優しいな。そこが好きだったりするんだけど。でも……その言葉を言いたいのは、私の方なんだよ。

 

いつも病気の私を支えてくれて、そんな私に優しくしてくれて。苦しそうな顔なんか何一つ見せずに、私に寄り添ってくれる……。

 

私は、重荷になっているのかもしれない。お兄ちゃんに、迷惑ばかりかけているのかもしれない。私は、何も返せていないのかもしれない。

 

 

だから、言いたいのは私なんだよ。ありがとうって。

 

 

「よし、じゃあ早く退院の手続き済ませて、美羽がどうしても食べたいってねだって仕方ないグミを買ってやるとするか!」

 

「ちょっと、お兄ちゃん!?それじゃあ私がわがままな食いしん坊みたいじゃん!」

 

「冗談だって。んじゃ、ちょっと行ってくるよ。美羽は先に荷物持って、ロビーで待っててくれ」

 

「りょ~かい!すぐに戻って来てね、お兄ちゃん!」

 

「あぁ、わかってるよ」

 

お兄ちゃんは紙袋を片手に、病室を出ていった。私も忘れ物がないかどうかを確認し、荷物を手に持ち、それから愛用のギターを背負って病室を出る。

 

ふと、去り際に後ろを振り返った。数週間とは言え、ずっと過ごしてきた場所だ。初めて来たときのように静かになった室内を見て、少し名残惜しくも感じていた。

 

その気持ちを振り払い、私は1階のロビーへ。空いている席を見つけて、そこに腰かける。この時間はロビーにいる人も少ないから、私以外に10人ほどいたくらいか。暇つぶしにギター弾いてもいいんだけど、お兄ちゃんもすぐ戻ってくるはず。チューニングもしてないし、今はスマホでもいじっていよう。

 

L〇NEのクラスグループに目を通し、今日で退院する報告を入れておく。すぐに何人かのクラスメイトが、おめでとうと反応してくれた。明日香は……部活もあるし、さすがに反応なかったか。

 

私もありがとうと返信し、そこから何気ない雑談が続く。まだお兄ちゃんも来てないし、しばらくはおしゃべりを楽しんでいよう。

 

昨日見たテレビの話や、駅前に新しくできたクレープ屋の話。明日の放課後に遊びに行く予定を立てたり、また会えるのが楽しみだと言ってくれたり……。

 

「……幸せだな、私って」

 

私は、本当に幸せ者だ。周りの人に、恵まれすぎている。

 

いつ病気の発作が襲うのかもわからないのに、倒れてしまうのかもわからないのに。それでも気さくに接してくれるのは、周囲の優しさがあったからだ。負担をかけてしまう方が多いはずなのに。

 

それは、お兄ちゃんだって同じだ。優しくて、とても頼りになる。頼りすぎて、迷惑ばっかりかける事の方が多いけど……何も返すことができてないけど……。

 

でも、そんなお兄ちゃんが好きだ。私の事を大切に思ってくれてるお兄ちゃんが好きだ。どんな時も、必死になって心配してくれるお兄ちゃんが好きだ。

 

何よりも、家族や妹だからって上に見たり下に見たりしないで……同じ歩幅で、高さで、ありのままの私を受け入れてくれるお兄ちゃんが……好きだ。大好きだ。

 

これまでも、そしてこれからも、何も変わらないでいてくれたらいい。私の大好きな、優しくて頼りになるお兄ちゃん。

 

 

この関係が、ずっと続いてくれたらいいのに。

 

 

「……って、あれ?」

 

ふと現実に戻り、私はスマホの画面から目を離して顔を上げる。ロビーの一画にある時計を見ると、それなりに時間が過ぎていたことがわかる。

 

けど、まだお兄ちゃんは戻ってこない。手続きに時間がかかっているのか、それともお医者さんと話し込んでいるのか。グループでの会話もいつの間にか途絶え、ロビーにいるのも私だけ。

 

そんな事を考えている時だった。待ち続けていたお兄ちゃんの姿が、視界に入ってきたのは。

 

「あっ!来た来た、お兄ちゃ――」

 

 

私のいる方向とは真逆の、エレベーターの前に立っているお兄ちゃんが。

 

 

「……え?」

 

退院の手続きは終わったのかな?その部屋も、エレベーターとは反対方向にある。わざわざエレベーターに乗り込む必要はないはずだ。

 

もしかして、病室に何か忘れものしてた?けど、私が出る時にはちゃんと確認したし、何もなかったと思うんだけど……?

 

それに、紙袋も手に持ったままだ。あれはお医者さんに渡すお菓子の詰め合わせのはずじゃ……?

 

気になる事が多すぎる。まだエレベーターは来ていないみたいだけど、お兄ちゃんは確実に乗り込むはず。やけに周りを気にして、キョロキョロしているようだったけど。

 

どうしよう……追いかけた方がいいのかな。それとも、待っていた方がいいのかな。お兄ちゃんの不可解な行動に、私は何か妙な空気を感じ取っていた。

 

だってそうだ。すぐに戻ると言いながら、戻ってくるのも遅かった。そして、何故か私をスルーしてエレベーターへと向かっている……。それに、紙袋の事もある。

 

何かあるのかな。私の知らない、お兄ちゃんの秘密があるのかな。そう考えると、少し暴いてみたい気持ちが強くなる。

 

 

でも……それは本当に、知ってもいい事?

 

 

やけに人目を気にしたような素振りだった。あそこまで周囲に気を向けていたら、さすがに私にも気がつくと思うんだ。ロビーには私しかいないし、そこまで人目の付かない場所を選んだつもりはない。

 

誰にも知られてはいけないような、そんな……覗いてはいけない何かを覗こうとしているんじゃないの?

 

「……いや」

 

そうじゃない。私の思い過ごしだ。お兄ちゃんに限って、そんな不審な事に手を染めているわけないよ。

 

きっと、本当に私がいる場所がわからなかっただけだ。だから、私がいないか周りを探してキョロキョロしているだけなんだ。

 

 

そう……なんだって、思い込みたいだけなのかな。

 

 

「あっ……!」

 

エレベーターの扉が開いた。私は考えるのを止めて、荷物を持ってエレベーターへと駆け出す。

 

けど、扉は非情にも閉まってしまう。幸いにも隣のエレベーターがすぐに来たため、私はそっちに乗り込んで私の病室のあった階層を目指す。

 

これでお兄ちゃんが病室に戻っていれば、私の思い過ごし。でも……もしそうじゃなかったら?

 

嫌な汗が頬を伝う。発作の時とは違う胸の締め付けが、息苦しく感じる。と、扉はすぐに開いた。私は焦りからすぐに飛び出してしまったが、そこは目的のフロアじゃない。

 

「あっ……乗りなおさないと……」

 

さっきのエレベーターは、もう上に上がって行ってしまった。私は他のエレベーターを探そうと、一歩前に出たところで……。

 

「えっ……!?」

 

 

曲がり角へと消えていく、お兄ちゃんの姿を見た。

 

 

「何で……!?」

 

ここは私の病室のフロアじゃない。と言う事は、私を探しに行くために、エレベーターに乗ったわけじゃない……!?

 

どこに向かっているのか、想像もつかない。そもそも、このフロアには来たこともない。入院していたはずなのに、何があるのかも把握できない。

 

気になる。お兄ちゃんがどこに向かっているのか。けど……。

 

「っ、足が……」

 

すくんでいる。震えて、前に進むことを拒んでいる。

 

この先に進んでしまえば、知ってはいけない何かに、本当に近づいてしまう気がしたから。引き返すなら今だと、何も知らずに戻りを待てと、何かがそう囁いた気がした。

 

 

でも……。

 

 

「……行こう」

 

ここで戻っても、このモヤモヤがなくなるわけじゃない。むしろ、知らなかった事で私は、お兄ちゃんを疑い続けてしまう事になる。

 

そんなのは嫌だ。私はお兄ちゃんが大好きなんだ。このままずっと、お兄ちゃんをそんな目でしか見られなくなるのは嫌だ。ずっと気まずい空気が流れるのは嫌だ。

 

さっき、私自身がそう願ったんじゃないか。お兄ちゃんとの関係が、ずっと続いてくれたらいいって。

 

覚悟を決めて、私は後を追う。気づかれないように、身を隠して距離を取って。すれ違う看護師や患者さんの目は痛いけど……今はそんな事言ってられない。

 

でも……何だろう。今私は、普通にお兄ちゃんを追いかけているだけだ。そのはずだ。

 

 

なのに、どうしてこんなにも胸騒ぎがするんだろう……?

 

 

「……あっ」

 

やがて、お兄ちゃんはある病室に入っていった。軽くノックをして、どこか物悲しい表情で。

 

ちょうど人通りも少ない場所にある病室だったため、私は転がるように病室の前に移動して様子を伺う事にする。

 

「この病室……知り合いが入院してるなんて話、聞いた事なかったけど……?」

 

だとしたら、この病室には誰が?病室の前にあるネームプレートを確認すると、どうやら私と同じ一人部屋らしい。

 

けど……この名字、どう読むんだろう?と……ち、く……?ダメだ、わからない。名前の方はすぐに読めたけど……美空、か。聞いた事ない。

 

「……も、元気……たか?毎日……ころに……じゃ、つまんないだろ」

 

うっすらと、お兄ちゃんの声が聞こえた。内容はわからないけど、この美空って人と話をしているみたいだ。でも、その呼びかけの声がないのが疑問だけど。

 

私は誰もいないのを確認して、扉に耳を当てて話を盗み聞く。さっきより鮮明に会話が聞こえてきた。

 

「今日の授業、ちょっと難しくてさ。あの先生の教え方は悪くないんだけど……内容が難しくてな」

 

「昨日、友達とコンビニでアイス買ったんだけど、変な味のアイスが売っててな?ウニメロンビーフって味で、肉か魚か果物かハッキリしてほしいだろ。友達買って食べてたんだけど、これが意外に合うみたいでな?俺もまた買ってみたいな~ってさ」

 

「あっ、そうそう。これ美空のために持ってきたんだ。別に怪しいものじゃないから、後で食べてくれ」

 

話題を提供し、自分から気さくに話しかけてる……。少なくとも、全く知らない人って訳じゃなさそう。てか、あの紙袋……最初からこの人に渡すつもりだったのか。

 

けど……。

 

「……相手の人、何も話してない?」

 

お兄ちゃんの声は聞こえてくるのに、もう一人……美空と名乗る人の声は一切聞こえてこない。私が聞き取れないほど小さい声なのかもしれないけど、それにしてはお兄ちゃんの話はどうも一方通行な気がする。

 

と言うより……最初から一人で、自分のことを話しているような……聞かせているみたい?

 

全くわからない。お兄ちゃんが話している相手の、美空って人は……一体何者なの?

 

「近くの駅前にクレープ屋ができたみたいでな。俺、甘い物好きだから、また行きたいな~って思ってるんだ。妹も甘い物好きだし、一緒に行きたいんだよ」

 

ビクッとした。いきなり私の事が話題に上がったから、気づかれてるのかと思った。

 

「あっ、そう言えば今日、妹が退院するんだ。そのついで……みたいになっちゃったけど、少しでも美空に心を開いて欲しくてさ」

 

心を開く?何か精神的に重い病気を抱えている人なのかな?

 

「…………」

 

けど、そんなお兄ちゃんの気持ちに応える声は、どこからも聞こえない。耳を澄ませる先には、沈黙しかない。

 

「……美空。君の心の傷もわかる。あれだけの目に遭って、簡単に立ち直れるなんて思ってなんかいない」

 

「…………」

 

「けど、だからって君は……いつまでもこの病室で立ち止まっているつもりか?抜け殻のように生きるだけで、本当にいいのか?」

 

「…………」

 

「俺もさ……心配なんだよ、美空。このまま君が、たった一人で人生を過ごしていくなんてさ……悲しすぎるだろ」

 

「…………」

 

「君の境遇を知って、それがどんなに惨いものなのかを痛感して……放っておけないと思った。力になりたいって思ったよ。初めは……ただの使命感で動いていたかもしれないけどな」

 

使命感……?今一つ話が見えてこない。

 

「自分勝手だとは思ってる。俺の独りよがりのために、君を利用しているように見えても仕方ない。そう言う私欲しかない人間が一番嫌いだって事もわかってる。だから君は、心を閉ざしたんだろ……?」

 

「…………」

 

「最初はただの条件でしかなかったかもしれない……けど、今は違う。俺自身の目的のためだけじゃない。君のために、できる事をやりたいって思えたから」

 

私の知らないお兄ちゃんが、次々と顔を出す。条件?目的?何が何だか、全くついて行けない。

 

「この数か月の間に、俺は多くの経験をした。その中で俺は……こんな俺でも、誰かの力になれる事を知った。何もできなかった俺が、何かをできる事を知ったんだ」

 

「…………」

 

「そうだ……俺には何もできなかった。妹が、美羽が倒れて病院に運ばれていったあの日、俺は痛感した。家族にも傍にいてもらえず、ただただ病気の恐怖と戦い続けてた美羽の苦しみに寄り添える事が……できなかった」

 

「……お兄ちゃん?」

 

病室の中からは、相変わらずお兄ちゃんの声しか聞こえない。けど、そこから語られるのは、私の事……?でも、それがいつの話なのかはわからない。

 

「美空。君は今、誰かが傍にいてくれる喜びを知らない。いや、なくしてるんだと思う。けどな……美羽はあの時、やっとの思いで病室に駆け込んだ俺を見て、泣いてたんだ。悲しいからじゃない。嬉しかったんだと思う」

 

「…………」

 

「美空にも、その誰かがきっといる。その中の一人に、俺はなりたい。それが今の俺の思いだ。その気持ちを教えてくれたのは、花女に入学してからの時間でもあるし、あの時の美羽の涙でもある」

 

「…………」

 

「だから俺は誓ったんだ。もうこれ以上、美羽を一人きりで悲しませることがないように、俺が支えてやるんだって。だから……」

 

 

「そのために俺は、少しでも美羽に近い場所にいられるように、支えられるように、花女に入学したんだから」

 

 

「……っ!?」

 

今、お兄ちゃんが何を言ったのか、理解できなかった。

 

私のために、花女に入学した……?どう言う事なんだろう。そんな話、私はお兄ちゃんから一度も聞いてない……!

 

「……って、何だか俺の一人語りになってしまったな。とにかく俺は――」

 

言葉が遠い。頭が痛い。今まで見えていた、信じていたものが崩れていく。耳に入るお兄ちゃんの声が、まやかしだって思いたい。

 

きっとそうだ。そうなんだ。私の知っているお兄ちゃんは、こんな嘘をつく人じゃない。そんなはずはないんだ。

 

けど……。

 

「もう、わけわかんないよ……っ!」

 

混乱した頭をどうにかしたくて、今は病室の前から逃げる事だけで精一杯だった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

俺は一体、何を語っているのだろう。

 

この手の話はご法度だったはずだ。美空の抱える過去を縛る鎖を、断ち切るだけの刃になりかねないのだから。

 

美空の過去を刺激し、あろう事か自分語り。美羽の事まで持ち出してきてしまった。美空の様子に変化は見られないが、何を話しているのかと疑問がられているかもしれない。単純にウザったらしく思われているか。

 

けど、どうしても知っておいて欲しかった。美空を思う人は、まだいるんだって事を。辛く苦しく、立ち上がる事も許されない傷だったとしても……その事実に身を委ねて、このまま生きる事を俺は認めたくはない。

 

もう一度前を向くんだ、美空。それは俺だけじゃない。今日はここにいないが、こころだって……そう思ってるはずなんだ。

 

だから俺は諦めない。何もできなかった俺、無力だと思っていた俺にでも、何かできる事があるんだと教えてもらったから。

 

りみ、有咲、たえ、沙綾。そして……香澄に。

 

「……ん?」

 

と、電話がかかってきた。病院の中のため、マナーモードにはしてあるが。

 

相手はオーナー。今日はバイトはないはずだし、特に連絡されるような覚えはないんだけどな。シフト調整か、それとも連絡事項でもあるのか。美空の事……って言う可能性がないわけじゃないよな。

 

とにかく、まずは電話に出ないと。だが、さすがに病院の中だ。後でかけ直すように伝えるか。

 

「……はい、成川です。悪いのですが、今病院にいるので、後から――」

 

『悪い、成川。話はすぐに終わらせるから、そのまま聞いてくれ』

 

「そういう事でしたら……わかりました」

 

どうやらただ事ではないらしい。オーナーが切羽詰まっているのが、電話越しにもわかる。

 

『早速本題に入るよ。成川、大至急SPACEに来てくれないか。予定があるなら話は別だが、そう言うわけでもないだろう?』

 

「それは構いませんが……なぜです?今日は確か、スタッフの人数多かったですよね?俺がいても、かえって手持無沙汰になるだけでは……?」

 

『そのつもりだったんだが、予定が変わった。今日来るはずだったスタッフのほとんどがインフルエンザでダウンだ。人手が足りない』

 

「え……!?」

 

インフルエンザ……おいおい、マジか。休みの俺に連絡寄こしてまで、人を集めるくらいだ。かなりピンチな状況ではあるな。

 

『さっき花園にも連絡したが、それでも人手は足りない。悪いけど、今すぐに来てほしい。頼むよ』

 

「わかりました、すぐに向かいます」

 

俺はそれだけ言って電話を切ると、すぐさま病室を飛び出した。

 







突然の招集に、翔はすぐさまSPACEへと向かう。



時を同じくして、たえもまた召集を受けてSPACEへ。だが、そこには香澄たちの姿も。



足りない人手、そして迫るライブ。



切羽詰まった事態を乗り切るため、香澄たちも動き出す。



そんな中、香澄はあるノートを見つける。



そこには、1枚の写真が入っていて……。



次回「凍てつく笑顔」

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