BanG Dream! 澄み渡る空、翔け抜ける星 作:ティア
まずは、その……申し訳ございませんでした。かなり間が空いてしまいました。リアルが忙しい時期で、執筆に時間を割くことができませんでしたので……。
そんな中でも、UAが30000を突破していたのは素直に嬉しいです!ありがとうございます!
引き続き、完結目指して頑張っていきますので、よろしくお願いします!では、どうぞ!
「悪い、美羽。さっきバイト先から電話があって、すぐに行かないといけないんだ」
「あ、うん……。そうなんだ」
さっきの電話の事もあり、俺はすぐに美羽の元に戻っていた。インフルエンザでスタッフが総倒れになってるんだ。緊急事態みたいだし、美羽にも事情を話しておかないと。
「帰りは遅くなるかもしれない。悪いけど、晩飯は美羽に作ってもらうしかないか……」
「そ、それくらいなら平気だよ。うん……」
「けど、病み上がりで無理させるのもな……。あっ、今日だけ明日香の家にお世話になるか?」
「い、いいよ。私は大丈夫。大丈夫だから……」
美羽はそう言って、どこか言い聞かせるように繰り返す。その言動に、俺は何か違和感を覚えていた。
さっきまでの美羽とどこか違う。何か様子がおかしい気がしていた。俺がロビーで美羽と別れるまでは、いつもみたいに明るく接していたはずだ。退院できることを喜び、はしゃいでいたはずなのに。
なのに今は、その興奮が嘘のように冷めている。話す口調もぎこちなく、別人のようにも感じていた。俺がいない間に、何かあったのか。
「……本当に大丈夫か?」
「えっ?」
「何か変だぞ?元気ないし、どこか具合悪いとかじゃないだろうな?」
「う、ううん。違うよ。退院できるのは嬉しいけど、ぞれでも少しはここで過ごしたから……何か寂しくなっちゃっただけだよ。だから大丈夫」
何だ、そういう事だったのか。短い間だったとはいえ、お世話になった場所だしな。ちょっとした思い入れを持ってしまうのも、無理ないか。
「ならいいんだが……っと、時間がない。マジでヤバいみたいだから、ちょっと行ってくる!」
「い……っ、行ってらっしゃい。お兄ちゃん」
俺は美羽の言葉を待たずに、病院を飛び出す。ここからなら、急いで走ればすぐに着けるか。美羽には悪いが、今日はこっちを優先するしかない。
だから……。
「…………」
この時の翔は、気づいてやれなかった。
「……嘘だよ、お兄ちゃん」
そう呟く美羽の瞳からは、頬を伝う涙が一つ。
「何で、こんな嘘つかなきゃいけないのかなぁ……?」
***
「遅かったね、2人共」
「たえも来てたか」
「うん。さっき着いただけだよ」
オーナーに出迎えられ、俺はSPACEに到着した。既にたえの姿もあり、少し息が上がっているのがわかる。俺もかなり息切れしてるけど。
息を整えながら中を見ると、そこには目まぐるしく作業を進める少人数のスタッフが。中には今日は休みだった人もいる。俺たちのように呼び出されたって事か……それだけ人数が必要なんだ。
「それでオーナー、インフルエンザで人手が足りないってのは……」
「あぁ、全員アウトだ。参ったよ」
「他にスタッフは?」
「よくて3名。後はダメだね。残りは今いるスタッフだけだ。こいつでどうにかするしかないね」
「大丈夫なんですか……?」
たえが不安になるのもわかる。いつもとは違い、個人に与えられる仕事量は多い。バイトを始めてまだ経験の浅いたえが、どこまで仕事をこなせるかは正直なところ分からない。
「大丈夫かどうかを心配してる暇はないよ。客は待ってるんだ。弱音を上げて止まってる時間はない」
「オーナー……」
が、そんな不安を軽く一蹴してみせるのが、このオーナーだ。厳しい面もあるが、こうしたカリスマ性も持ち合わせているのが、何とも憎めないところだ。
「今日はGlitter*GreenとRoseliaのジョイントライブでしたよね?」
「そうだ、成川。客たちも、この日を楽しみにしてたんだ。どんな状況だろうと、やるしかない」
グリグリはともかく、ロゼリアか……。最近注目されている、本格派のガールズバンドだったよな。プロも顔負けで、その高い技術や演奏力は圧巻と称されている……。
特にボーカルの湊友希那の歌唱力は、素人目から聞いても文句のつけようがない。あっ、そう言えば前に偶然会った事もあったな。あの時はりみも一緒だったが……って、話はそこじゃない。
とにかく、ロゼリアとグリグリのライブだ。ライブハウス側の一方的な都合で、バンドの立つ場所を奪うわけにはいかない。
「……で?そいつらは?」
「俺もそれをお聞きしたかったんですが……何でいるんだ、香澄」
たえの横で、さも当たり前のように並んでいる香澄。しかも香澄だけじゃなく、有咲やりみ、沙綾までいる。これはいったいどういう事かと、俺の方が問い正したいくらいだ。
「私も手伝います!そのためにここに来たんです!」
「……あんたが?」
「はい!」
香澄は何となく予想がつくが、ブレーキ役になりそうな有咲や沙綾までいるのは予想外だ。あ、でも……根負けして仕方なくついてきた可能性も捨てきれないか。
「私たちもそのつもりです。人手不足なんですよね?おたえから聞きました」
「私も、力になりたいです。何かできる事があれば、やらせてください!」
「わ、私はその……こいつらについてきただけだし、手伝うって……」
そこで言い淀むな。沙綾とりみは、何だかんだで手伝ってくれようとしてくれてるだろ。そうさせるのも、スタッフ側からすれば不本意ではあるけどな。
「やめときな。素人に手伝わせるわけにはいかない」
「でも、できる事はないですか?難しいのは無理かもしれないけど……」
「お姉ちゃんたちのライブ、手伝いたいです。掃除とか、私頑張りますから!」
「何したらいいか分からないんで、言っていただけたら」
「…………」
オーナーは断固として拒否し続けるが、香澄たちも負けじとアピールを重ねる。だが、折れる気はオーナーにはないだろう。
強情と言うか、意地と言うのか。それでせっかくの好意を棒に振ってしまうのは、今行うべき事ではないはずだ。オーナーの気持ちもわかるが、プライドだけですべて解決できるのなら、最初から人手なんか必要ない。
だったら、俺からも加勢してやる。
「オーナー、私からもお願いします!みんな、足を引っ張る事はしませんから!」
「花園……あんたまで……」
「俺からもです。こっちにも守り通すプライドはあるかもしれませんが、今は四の五の言っていられる事態ではないでしょう?客のため、とあなたがそう仰るのなら、意地を通すのではなくライブを無事に成功させる事にこそ、意味があるのではありませんか?」
口では断っていても、現状は猫の手も借りたいほどの忙しさなのは間違いない。そうじゃなかったら、俺たちに連絡なんかよこしては来ない。
オーナーは少し考えていたが、やがて重そうに口を開いて……。
「……今日だけ頼むよ」
「はいっ!頑張ります!!」
***
「はぁ……。何で私まで……」
「口動かす暇があるなら、まず手を動かせ」
「やってるっつーの」
オーナーの指示により、俺たちは分かれて準備を始めることになった。沙綾、りみは受け付け等の確認を。有咲、かすみは楽屋の準備を。たえはスタッフのため、スタジオの機材の方を担当している。
で、俺は4人の指導役になった。友達の俺が仕事を教えた方が、変に気負う事もなくていいとオーナーが判断したからだろう。さっきまで沙綾たちの方を教えていたが、今は香澄たちの方を教えている。
「つーか、翔って毎日こんな事やってんのかよ」
「当たり前だ。仕事なんだぞ」
「うぇっ、マジかよ……。めんどくせぇ……」
ニートか、お前は。働いて金貰うありがたさを知ったら、嫌でもそんな言葉出なくなるぞ。
「ほら、嫌なら無駄口叩くな。働け働け」
「って、さっきから私にばっか偉そうに言ってるけどな……」
そう言うと有咲は、不服そうに楽屋の片隅を指さして……。
「あそこで呑気にサボってるあいつにも言えよ!私よりタチ悪いじゃねーか!」
そこには、熱心に何かに食い入っている香澄の姿が。名前を呼ばれた事で、香澄はビクついてぎこちなく振り返る。いたずらの見つかった子供みたいな反応に、俺はため息をこぼす。
「……おい、香澄。お前から手伝うって言ってここに来たんだろうが。遊びじゃないんだぞ?」
「アハハ……。き、気を付けます……」
「てか、さっきから何見てたんだよ。ノートっぽいけど」
香澄が持っていたのは、どこにでもあるような大学ノート。だが、使い古したような形跡があり、中もびっしりと書かれている。しかもこのノートと同じようなものが、他にも机の上には何冊かおかれていた。
「SPACE NOTEって言うらしいんだ!ここでライブしたバンドが、いっぱいメッセージ残してるんだよ?」
「ふ~ん、そうなのか」
「あっ!気になるんだったら、有咲も一緒に――」
「こら、香澄。まずは仕事しろ」
「ご、ごめんなさい……」
すぐにサボろうとするの止めてくれよ。マジで人手が足りないって言ってるのに、あんまり余裕だってないんだからな。
と、そこに沙綾とりみが合流。先に教えたからと言うのもあるが、もう仕事を終わらせてきてくれたのか。やっぱり、この二人に関しては何も心配しなくてよかったな。
「受付の方は終わったよ。特に問題なし」
「そうか。沙綾もりみも、想像通りの手際の良さだな」
「後で香澄ちゃんたちにも、受付のやり方とか私たちで教えておくね、翔君」
「いや、想像以上に助かるんだけど」
後で香澄たちにも教えようとしてたんだが、二度手間にならなくて済む。それに比べて、この二人ときたら……。
「おい、お前ら。少しは沙綾たちを見習え。手伝うって言った手前、ちゃんと集中してやってくれよ」
「はぁ!?私はやってんだよ!どっかの香澄って奴が、仕事丸投げしてるだけだ!」
「え~!?有咲だって、さっき仕事したくないって言ってたじゃん!私だけじゃないよー!」
「おま、私と一緒にすんじゃねー!平気でサボってノート読んでただろ!」
「有咲も読みたそうにしてたじゃん!だから――」
「喧嘩すんな!どっちもどっちだからな!?」
「「なんで「だよ」!?」」
沙綾とりみを一緒にするんじゃなかったか……。いや、この二人を一緒にしたのがいけなかったか。
「くっそ~!香澄のせいで、私たちの方が遅いじゃんか!」
「うぅ~……さーや、りみりん!手伝って!」
「助けを求めるんじゃない。もう少しだろうが」
隙あれば楽しようとしやがって……。そう言うの、昔から変わってないんだよな。泣きつかれるのは、いつも俺だったけど。
「でもさ、翔。私たちも待ってるだけじゃつまらないし、香澄たちの事手伝ってもいいかな?」
「いや、それはダメだ。香澄たちのためにならない」
「アハハ。何だか翔、お父さんみたい」
「お父さんって、あのなぁ……」
保護者じゃねぇんだぞ、俺は。それに、まだ高校生なのに保護者と言われても嬉しくも何ともない。
「ちょ、だから私はやって」
「2人よりも4人でやった方が早いよ。まだこれで終わりじゃないと思うし、それじゃあダメかな?」
「りみ……」
本当、沙綾もりみも優しさの塊なのか。俺が真正面からぶった切ってるのに、それでも手を差し伸べようとしているなんて。
「……ま、いっか。時間もないし、手伝ってくれよ」
「やった~!ありがと、さーや!りみりん!」
「けど、このままじゃ沙綾たちに申し訳が立たないし……今度、2人にはやまぶきベーカリーのパン奢ってやるよ」
「本当!?私、チョココロネがいいな!」
「えー!?なーくん、私はー!?」
「ない」
むしろ何であると思ったんだよ。
「奢るって、うちのパンじゃん」
「あ……そうか。だったら、沙綾には今度何か好きなもの買ってやるよ。休みの日とか、2人で予定合わせて買い物にでも行こうぜ?」
「ふ、ふた……っ、え、あ、うん」
何かしれっと約束してしまったが、まぁいいだろう。それよりも今は、このライブの準備に専念する事を考えよう。
「……は、話の流れでそうなっちゃったけど、翔と2人だけで買い物なんて……///」
「ん?沙綾、何か言ったか?」
「い、いいいやいや、べ、別に何もないよ!?」
「そうか?」
「ほ、本当だよ。アハハ……」
そうしている間にも、沙綾たちの協力もあって楽屋の準備は終わった。後は受付の段取りを教えるだけだったんだが……その仕事もやらなくて済みそうだしな。
「終わったよ、翔君」
「お疲れ様。本当はすぐに終わってるはずだったんだけどな」
「まぁ、香澄たちも頑張ってたんだし、少しくらいは大目にね?」
それはそうなんだけどな。最後の方は、香澄も有咲も軽口を叩く事なく真面目に取り組んでたし。
「そう言えば、さっき有咲がノートの話してたけど、それって何なの?」
「さーや、これの事だよね?」
お前はいつの間に持ち出してきたんだよ。準備するのに元の場所に片づけたんじゃなかったのか。
「そいつは『SPACE NOTE』だ。ここでライブしたバンドが、メッセージや感想を残していくためのノートだな。早い話が、皆で作るSPACEの日記帳だ」
「へぇ~面白いかも」
香澄からノートを受け取り、沙綾はパラパラとめくっていく。香澄も顔を近づけ、りみも気になったのか横から覗き込んでいた。
「『ライブ最高でした』『オーナー愛してる』……だって」
「昔から置いてあるのかな。ノートたくさんあるよ」
俺がバイトを始めた時から、このノートは置いてあったからな。今のノートは新しいが、中には年季の入ったノートもいくつか見られる。
「こっちのノートには写真も挟まってるな。オーナーと出演したバンドの記念写真か?」
有咲も仕事が終わった解放感からか、適当に1冊ノートを引っ張り出し、中を見て行く。そこには、メッセージの他にも何枚かの写真が。
ライブの様子を写した物や、記念に撮った写真まである。バンドと一緒に写真に写るオーナーは、普段見せる厳しい顔ではなく、柔和な顔をしている。
「オーナー、笑ってるね」
「あのばあちゃんも笑うんだな……」
「みんなこの場所が好きなんだね。いいなぁ、私たちもいつかこのノートに……あれ?」
と、香澄が写真の中から気になる1枚を見つける。それは、明らかにライブの様子や記念写真とは違った1枚。
「え……っ!?」
そこには、1人の少女が無邪気に笑いながら、ベースを演奏している様子が映されていた。年齢は俺たちよりも一回り幼い、恐らく小学生。高学年と言ったところだろうか。自然をバックに、楽しそうな笑顔を見せていた。
「これって……?」
「女の子?ベース弾いてるね?」
「どうしてこの1枚だけ、バンドとは関係ないのにノートに入ってるんだろう……?」
「よくわかんね。もしかして、あのばあちゃんの娘とかだったり――」
「あんたたち、遊びじゃないんだよ!」
少女の写真に興味を抱く香澄たちの前に、オーナーが鬼気迫る表情で迫ってくる。勢いよく楽屋の扉を開け、どこか焦りを伴っているように。
「勝手に楽屋内の物を漁って……仕事はどうしたんだい!?」
「す、すみません!指示された仕事は終わらせたのですが、つい興味本位で……」
「成川も成川だ!何をさせてるんだい!?指導は任せると言ったはずだよ!なぜ注意しなかった!?」
「大変失礼しました!配慮が行き届いておらず、申し訳ありません!」
「仕事がひと段落着いたら、成川はすぐに私のところに来い!それからあんたたち!」
「はっ、はい!」
「邪魔するのなら出て行きな!こっちは真剣なんだ。生半可な優しさだけの雑用なら、うちには必要ないよ!!」
有咲の持っていた少女の写真を強引に奪い、オーナーは楽屋から出て行った。受け答えをした沙綾も、動揺を隠せないほどだった。俺もあそこまで切羽詰まったオーナーは初めて見たけどな。
「お、オーナーこぇぇ……」
「仕事に厳しい人……って事なのかな」
「……だろうな」
オーナーの気迫に恐怖する香澄たちだったが、俺は適当に相槌を打つだけに留める。傍目から見えるオーナーの姿に、俺は同調してやろうとは思わなかった。
あの人が見せたのは、怒りでも何でもない……恐怖だったからだ。
そしてその恐怖は、きっと香澄たちにはわからない。わからなくてもいい。わかってしまってはいけない事だ。それを恐れて、オーナーはあの写真を持ち出したんだ。
でも、俺は知っている。今この場にいなかったら、絶対に知る事のなかった恐怖を。とある悲劇から生まれた、瓦解した日常も。
そしてその日常は終わってなどいない。
今もなお、幾多の人々を巻き込んで蝕み……。
更なる崩壊を招こうとしている。
香澄たちの助力もあり、迎えたライブ本番。
ロゼリアのパフォーマンスを間近で目撃し、そのレベルの高さを実感する。
だが、余韻に浸る傍ら、香澄たちは涙を流しライブの出来を悔いるロゼリアのメンバーを見つける。
それだけのレベルの高さ、賭ける想いの違いを感じ取りながら……。
泣き崩れる彼女に対し、オーナーが掛ける言葉とは。
そんな姿に、香澄たちは何を思うのか。
次回「深まる熱情」