閃乱カグラ 少年少女達の希望と絶望の軌跡   作:終末好きの根暗

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皆様大変お待たせ致しました。

今度こそ、焔の過去に入ります。

気付けば約半年の間休んでいました。

6月からはリアルの忙しさが尋常では無かった為、どうかご容赦下さい(その影響でモチベーションが下がっていたのも事実ですが……)

取り敢えず、今回は焔視点が多いです。

それから以前、友人から今の蛇女編って時系列的に何月くらいなの?や焔のドーピングってどれ位強いの?という質問を受けましたので、後書きにて時期的問題や現在の戦力差をを書いておきました。

長い後書きなので、暇潰しにでもご覧になってみて下さいませ。

それでは、どうぞ

**********************


第5話 紅蓮の少女の始まりの物語

 ――鈴取り合戦終了後。

 

 昼休みも終わり、午後の時間となった。

 

 そして、天守閣最上階の焔の部屋では、蒼鬼と焔による書類の整理が行われていた。

 

 というのも、鈴取りから戻った焔が自室で休もうとした所、中途入学者達の書類が書見台の上に所狭しと積まれていた為、蒼鬼を呼んだのだ。

 

蛇女子学園には中途入学する者も居る為、監督生と選抜筆頭はその書類のチェックを行わなければならないのだ。

 

 ――とはいえ、焔は先程まで限界ギリギリの戦いを行っていた事から重傷を負っていた。

 

 その一方で蒼鬼は、何故か既に傷一つ無い程に回復が完了しており、不調も見られない。

 

 なので、書類の9割以上は蒼鬼がチェックする事になったのだが、焔は蒼鬼がチェックを入れた書類に片っ端から焔と書かれた印鑑を押しているだけなので、実際には焔はかなり楽をしている。

 

 因みにだが、蒼鬼は入学者側の記入ミスや書類側のミスをチェックしてから焔に渡し、焔が印鑑を押した書類に監督生視点で入学者の希望するクラスに入れるだけの力があるのかを記入、入学者が希望するクラスよりも相応しいクラスがあると判断したら、監督生視点で他クラスを推薦、それ等を記入した後に蒼鬼の印鑑を押す事で漸く一枚が終わる。

 

 今日は秋から入る中途入学者の書類を1000枚程チェックしているのだ。

 

「――善忍学校を落第した者、退学した者、元々悪忍の家系だった者、ならず者……はぁ、いつも通りの顔ぶれだな」

 

「そう言わないで下さい。 それに、これだけの数が入学するのであれば、中には私達よりも上の実力者も混じっているかもしれませんよ?」

 

「だから少しはやる気を出せ、か? 別にやる気が無い訳じゃないぞ?」

 

「そういう意味では……」

 

「いや、すまないな。 少しからかい過ぎたか。

……それにしても、よくこれだけの人数をスカウト出来た物だ。 しかも、全て秘密裏にこう言った人材を見付けてきているのだから、本当に恐ろしい物だな」

 

 軽口を叩きながら、二人は書類を一枚一枚チェックしている。

 

 尚、他のメンバーはどうしているかというと、まず籠鉄が医務室で治療中であり、真司蛇は不明、春花達は鈴音から座学の授業を受けている。

 

「蒼鬼、残りは後どれ位だ?」

 

「大体200枚前後です。 その内の100枚は私がチェックするだけで良いので、実質焔さんは後100枚前後になります」

 

「やっと終わりが見えてきたか……というか、お前は毎日この書類の山の整理をやってるのか?」

 

「いえ、大体数万枚前後は毎日見ています。 普段と比べたらそう難しい作業ではありません」

 

「…………」

 

「? どうかしましたか?」

 

「……いや、少しだけ罪悪感をだな……」

 

「え?」

 

「いや、別にお前は悪くないから気にするな」

 

――よくそんな量を文句も言わずにやれるな。

 

と焔は思ったが、また何処か自虐めいた言葉を聞かされれば再び此方が大きな罪悪感に押し潰されそうなので、口に出さない事にした。

 

――それよりも今は、というか前々から蒼鬼に尋ねておきたかった事があるので、焔はそちらの問題について質問する。

 

「それより、私はお前に聞きたい事がある」

 

「何ですか?」

 

「お前も昨日と先程の戦いでそれなりの傷を負っていた筈だが、何故既に傷が塞がっている? 前々から気になっていたんだがな」

 

「……前々から、ですか」

 

「ああ。 昨日のチーム戦でも、さっき行った鈴取り戦でも、お前は私達と比べてそれ程傷に差がある様には見えなかった。

……にも関わらず、お前は全快している。 私も人並み以上に回復は早いと自負しているが、お前は幾ら何でも早過ぎる」

 

「…………」

 

焔が気になったのは、蒼鬼の回復速度の事だ。

 

 ――実言えば、蒼鬼は医療忍術による傷の治療を行っていない。

 

 普段は傷を負った生徒に医療忍術と薬草による治療を施している所をよく見掛けるが、任務中を除いて自分の回復をしている所を誰も見た事がないのだ。

 

 故にここで真相を確かめたいのだが……

 

「……ごめんなさい」

 

「ん? 急にどうした? ……もしかして、聞いたら不味い事だったのか?」

 

「いえ、そうではなく……」

 

「……?」

 

 そうではない?

 

 聞かれたくない事だから謝って断るというのなら、蒼鬼の性格上ある程度は理解できる。

 

 しかし、そうでないなら一体……

 

 そんな事を考えた時――、

 

「私も分からないんです」

 

「何だと……?」

 

「昔からずっとこうで、何時からこんな体質なのか、何かの能力なのか、私自身も全く分かっていないんです」

 

「…………」

 

「だから、質問には答えられません。 ……本当にごめんなさい」

 

 ――全くの予想外の発言だった。

 

 てっきり知っているからこそ話したくない理由があるのだと思っていたが、自分自身も知らない事だとは思わなかった。

 

こうなると、いよいよ謎が深まるのだが……

 

「――いや、別に構わない。 それに、知った所で私はお前への態度を変えたりはしないしな」

 

「ッ……良いんですか?」

 

「悪は善より寛大だからな。 それ位の事を気にしている様では、器の広い悪忍など務まらん」

 

「……ありがとうございます」

 

「大袈裟な奴だな」

 

蒼鬼は深くお辞儀をして感謝の気持ちを伝える。

 

焔は軽く微笑むと次の書類をチェックしようと机に向かって手を伸ばす。

 

「――ん?」

 

すると、焔はその書類を手に取り、顔写真を真剣な表情でまじまじと見詰める。

 

「焔さん? どうかしましたか?」

 

「いや、この女の顔が少し気になってな……」

 

 ――何故だろう。

この女の顔を見ていると、怒りや憎悪、吐き気を催してくる。

 

そう思った焔は志望動機を見た。

 

――そこにはこう書かれていた。

 

『私には殺したい女がいる』

『そいつ()は私の兄の仇だ』

『兄は刺客として女に近付いたが、返り討ちにされてしまった』

『それから約一年の間は昏睡状態だったが、何とか目覚めて悪忍に復帰した』

『そして復帰して間もなく、挽回として同じ内容の任務に挑んだが、別の女に再び返り討ちにされ、今度は半殺しだけでなく腕も失った』

『それから再び意識を取り戻すまで一年以上掛かり、兄は目覚めるも廃人寸前になるまでの精神崩壊を起こしてしまった』

『最早兄は、忍としては愚か、人として再起する事も叶わない』

『私はあの女達を絶対に許さない』

『必ず八つ裂きにしてやる』

『そして掴んだ情報によると、兄の腕を奪った女は青い髪をしているらしい』

『そして青髪の女には姉がいるらしい』

『ならば、その姉も同罪だ』

『家族揃って地獄に送ってやる』

 

「…………」

 

――ガンと頭を殴られた様な気がした。

 

そう錯覚する程の衝撃が焔の頭に響いたのだ。

 

……この女……まさか……

 

――私の脳裏に、あの記憶が鮮やかに蘇った。

 

 

 

 

**********************

 

 

笑ってしまう話だが、私は根っからの悪忍という訳では無いのだ。

元々は由緒正しい善忍の一族の人間だった。

一流の忍学校に入学する為には高い知能が必要とされる為、必然的に私は小学一年生から塾通いをさせられていた。

――そして、あれは中学生の時の出来事だ。

 

私が通っていた塾は一対一の個人授業制で、私には必ず小路(こみち)という先生が付いていた。

 

 

小路は現役の大学生で、とても優しい男だった。

問題の答えを間違えても笑顔で訂正してくれ、そのおかげで私の成績は少しずつだが、確実に伸びていった。

 

 

私は両親から常に一番である事を要求されていた。

更に、日常生活は厳格な仕来りで縛られ、いつもモヤモヤしたストレスを抱えていた。

 

そんな当時の私に取って、小路は言ってしまえばオアシスの様な存在だった。

 

つまらない愚痴を聞いてくれたし、私がイライラしている様だと察し、遊びに連れて行ってくれた事もあったのだ。

 

小路が側に居てくれたお陰で、何とか精神的なバランスを取っていた気がする。

 

 

 

――認めるのは癪だが正直に言えば、当時の私は小路に特別な感情を抱いていた。

 

この人が居てくれるなら大丈夫。

この人が見てくれるならきっと何とかなる。

この人に恩を返したい。

この人の力になりたい。

 

 

あの時の感情に名を付けるなら、それが私に取っての『初恋』という物だったのかもしれない。

 

 

 

 

――そして中学二年生になった時、小路は進路について聞いてきた。

何故この時期にそんな事を、とは思ったが、普通の学生ならもう進路を考えている物も少なくはないという事を考え、私はこう答えた。

 

「私の家は少し特別な家で、私は家業を継がなければなりません。 ですから、特に進学は考えていません」

 

 

当然の事だが、忍の家系という事は秘密である。

だから忍学校を受験する事も言えなかったし、それがとても歯痒かった。

 

すると、小路は心配そうな顔をした。

 

「君の成績ならかなり上の高校を狙える。 それにこのまま続ければ最高峰の高校だって目指せるだけの伸び代もあると思う。 それなのにどうして?」

 

 

私が誤魔化そうとしても、小路はしつこくその質問を繰り返し、何度も聞いてきた。

 

「君が本気で高校に行きたいのなら、僕が両親を説得しても良い。 君の人生は君だけの物だし、自分の道を決めるのも君の正当な権利だ。 それに君は、僕に取っての初めての生徒だ。 だから、君の力になりたい」

 

小路の真剣な表情での真剣な言葉、その一つ一つがとても嬉しく感じた。

 

そしてそれと同時に、この人には嘘は通用しないだろうとも思った。

 

本当の事を言わなければ、きっと納得してくれないだろうとも思った。

 

――だから、口を開いてしまった。

 

 

 

「……この事は、誰にも言わないで下さい」

 

私は小路の事を信じた。

 

本当の事を話しても、この人ならきっと誰にも言わずに秘密にしてくれる。

 

「私の家は……忍の一族なんです」

 

「――ッ」

 

私の言葉に、小路は目を丸くした。

 

それも当然だろう。

 

今の時代に忍と言って信じる人が無関係者の中に居るわけが無い。

 

「……それを信じるも信じないも、全ては先生の自由ですが……」

 

「――いや、信じるよ」

 

「……えっ?」

 

「もう少し詳しく話してくれないか? そうすればきっと力になれると思うんだ」

 

「ッ……は、はい……!」

 

自分に取って特別な人が自分のとても大事な秘密を信じてくれた。

 

それが嬉しくて、私は忍について、そして自分の家についても話した。

 

小路はじっと黙って耳を傾けてくれた。

 

「……そうか」

 

私の話が終わると、不意に小路が笑顔のままある一言を呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

「――漸く、尻尾を掴んだよ」

 

「えっ……?」

 

その瞬間、小路の顔から優しさが消え、それと同時に忍結界が発動した。

 

「死ね」

 

「ッ……!?」

 

小路がクナイを構えて突っ込んできた。

咄嗟に反応して紙一重で躱す。

 

すると、クナイが僅かに頬を掠め、その直後頬から血が流れる。

 

その血を見ても、私は状況が飲み込めなかった。

 

「……せ、先生……一体、どうして……?」

 

「そんなの決まっているだろ。 僕が悪忍だからだ」

 

小路が言うには私の一族を抹殺する。

 

それが小路の受けた任務の指令だったらしい。

 

 

そしてクナイが立て続けに振られる。

 

一応だが、当時の私は護身用に体術の訓練を受けていたので、辛うじてだが躱す事は出来た。

 

それでも相手はプロの悪忍、あっという間に部屋の隅に追い詰められてしまった。

 

小路が余裕の笑みを浮かべながら近付いて来る。

 

「へぇ……まだ中学生で正式な忍学校に通ってる訳でも無いのに、よくこれだけ躱せるね」

 

「私の命を狙うなら……どうして優しくしたの?」

 

「あの一族の娘かどうか確信が無かったからね。 違ったら違ったで方法はあったけど、それは僕の矜持に反するのさ」

 

 それだけ?

たった、それだけの事で、あんなに親身になってくれたの?

 

「……だ、だったら、拷問でもして、聞き出せば良かったじゃない……!」

 

小路が私の担当になってから既に一年以上の時間が経っている。

 

つまり、小路は一年以上任務に時間を掛けていたという事になる。

 

幾ら任務の為とはいえ、そこまで回りくどい事をする意味が分からない。

 

「拷問? 可笑しな事を聞くね。 でも駄目。 それじゃダメダメだよ」

 

「え?」

 

 

「さっき言ったよね。 僕には矜持があるって。 僕に取っては、拷問もそれに反するのさ。

 

――信用させてから裏切るのが良いんだよ」

 

そう言うと、小路は顔を醜く歪ませた。

 

私が信頼した先生の姿はもう何処にも無かった。

 

所詮は任務の為に偽りの仮面を被った小路の演技に過ぎなかったのだ。

 

――それが余りにも悲しく、目が涙で溢れた。

 

「そうそう! それそれ!」

 

小路は心底嬉しそうに、それでいて愉快だと言わんばかりに手を叩いた。

 

「僕はね、そういう顔を見たかったんだ。 信じていた者に裏切られた時の人間の顔。 それを見て殺すのが最高に幸せだから、僕はこうして一年という時間を掛けて君の信頼を得て裏切ったんだ。 これこそが、僕の忍としての最大の矜持さ!」

 

悔しくて唇を噛んだ。

血が出るまで噛んだ。

悔しくて拳を握った。

血が零れ落ちるまで握った。

 

こんな、心根の腐った人間が許せなかった。

こんな人間に心を開いた自分が許せなかった。

 

「いやしかし、本当に傑作だよ」

 

小路がクナイの切っ先を舐めながら笑う。

 

「今の君の顔は今まで僕が見た中でトップクラスに最高の表情をしてるよ。 ああっ……次のターゲットだっていう青髪の子は一体どんな顔をするんだろう。 想像するだけで堪らないよ」

 

そこに居たのは、狂気に染まった人間だった。

 

これ程まで狂気に染まりきった狂人を未だ嘗て見た事が無かった私には、小路は恐怖でしか無かった。

 

「――所でさ」

 

すると、途端に小路は私を見ると再び怪しい笑みを浮かべる。

 

「随分悲しそうだけど、もしかして、君さ……

 

 

 

 

 

 

 

――僕の事が好きだったとか?」

 

「――――」

 

 ――。

 ――――。

 ―――――――。

 

 ――その一言で、私の中の何かが切れた。

 

 その瞬間まで抱いていた恐怖や悔しさと言った感情も全て消え失せた。

 

 その時の私の心にあったのは、腸が煮えくりかえりそうな程の激情だけだった。

 

 

「――バカにするな!!!」

 

 

 そこから先の記憶は曖昧だ。

 

 

 ただ、全身が血に染まり倒れ、驚愕の表情を浮かべていた小路の顔だけは覚えている。

 

 

 

 

**********************

 

 例え相手が悪忍であったとしても、当時の私は忍所か忍学生ですらない。

 ただ身体を鍛えただけの中学生だった。

 

 入学前に違法行為を犯してしまうと、善忍を養成する忍学校の受験資格を失う。

 故に、私の善忍への道は閉ざされてしまった。

 

 

 善忍になれなくなった事で、両親は私を一族の恥だと激怒した。

 どんなに事情を説明しても、耳を傾けてはくれなかったのだ。

 

 そして、遂には勘当だと言われ、餞別として炎月花を投げ渡され、私は家を追い出された。

 

 信じていた人に裏切られ、両親には捨てられた。

 

 

 それからの私は、たった一人で行く当てもなく町を彷徨った。

 誰からも必要とされない人間……

 それは死んでいるのと同じ事だ。

 

 実際、私は自分が生きているという実感が何一つとして得られなかった。

 ぼんやりと頼り無い足取りで町を行く姿は、端から見れば幽霊の様だったのではないだろうか。

 

 

 

**********************

 

 そして、あの事件から一年が経過した頃の事だ。

 

「――漸く見付けた。 貴女ね、小路を半殺しにした少女というのは」

 

「この人で間違いありませんか?」

 

「ええ、ありがとう。 貴女の鼻が役に立ったわ」

 

 ある時、路地裏で見知らぬ女性の二人組に声を掛けられたのだ。

 

 一人は二十代半ば位の女性で、僅かに妖艶な雰囲気を漂わせている。

 

 もう一人は十代前半の小柄な青髪の少女で、町中で見掛ければ大勢の人間が振り返るであろう可愛らしい容姿の少女だった。

 

「……だったら、何?」

 

 私は面倒くさそうに答えた。

 

 というのも、無気力に生きていた私に取って、あの男の名は聞きたくない物だったからだ。

 

 さっさと済ませてしまおうと考えた時だ。

 

「私は蒼鬼という者です。 恐縮ですが、先ずはこれを見て下さい」

 

 すると、蒼鬼は私に新設された忍学校のパンフレットを見せてきた。

 

秘立蛇女子学園(ひりつへびじょしがくえん)……」

 

 

 それは、悪忍を養成する忍学校であった。

 例え悪でも忍である。

 幼い頃から目指し続けてきた忍への夢は、まだ捨て切れなかった。

 

「私達はこの学校、通称蛇女からのスカウトマンとして貴女を探していた悪忍の忍よ。 中学生がプロの忍を倒すなんて、そうある事じゃないわ」

 

「上は貴女の実力に高い興味を示しています。 もしも貴女が蛇女への入学を希望するのであれば、この入学願書にサインをして下さい」

 

 そして、私は言われるがままに入学願書にサインをして蒼鬼に手渡した。

 

 

 

「――確認しました。 では、失礼します」

 

「ッ! お、おい何を……」

 

 私は突如として頭に麻袋を被せられ、薄暗い場所に連れて行かれた。

 

 

 

「――着きましたよ」

 

 麻袋が取られると、そこは面接会場だった。

 目の前にはテレビでよく見る政治家や先程の女性に加えて、紫髪の女性、眉毛の濃い男性、そして蒼鬼も居た。

 

「蒼鬼、ご苦労だった。 これより面接を行う。 お前は面接官の一人として、引き続きこの場に残れ」

 

「はい、了解しました」

 

 そのやり取りは、正しく忍のそれだった。

 私よりかなり小柄で年齢も年下位に思えたが、彼女の振る舞いは私よりも余程忍らしい物だった。

 こんな少女が、蛇女には存在するのか……

 

 

 

 

(――いや、今はそれを気にするべきじゃない)

 

 そう、私は蒼鬼を見に来た訳じゃない。

 忍学校に入る為に来たのだ。

 それを再確認した私は、口を開いた。

 

 

「私を、この学校に入れてくれるのか?」

 

 私が物怖じせずにそう言うと、政治家の一人は首を傾げた。

 

「何故、そんな事を聞く?」

 

「私はあんた達の仲間……

 

小路って男を半殺しにしたからだ」

 

 すると、政治家は薄く笑った。

 

 

「――過去など関係ない。 例えそれが仲間を殺した相手であろうとも。

 

――蛇女はどんな人間でも受け入れる」

 

 

 そして、政治家は私の入学届けに印鑑を押した。

 それが合格という意味だった。

 

 

「知っているかね? 善は規則正しく、誠実な者しか受け入れないが、悪は善よりも寛容なんだ」

 

「寛容……」

 

すると、蒼鬼が前に出て発言をする。

 

「自分の過去が原因で受け入れてくれる者が居ないと思っているなら、心配はいりません。 どの様な経緯があったとしても、貴女が()()()()()()()誰も差別などしないでしょう」

 

「――――」

 

 私は先生に裏切られ、両親に見捨てられた。

 だから自分に存在価値など無く、死体同然のとさえ思っていた。

 

 そんな私を、蛇女は受け入れてくれたのだ。

 

 

 ――私は悪忍の焔となって、もう一度、真の意味で生まれ変わった。

 

 

 多くの人は知らない。

 善に見捨てられる人が居ることを。

 悪でなければ救えない人が居ることを。

 

 

 

 

**********************

 

 

 私は書類の顔写真をじっくりと見た。

 そうだ。

 間違いない。

 この女は小路の妹だ。

 あの小路の妹が、私を殺そうとしているのだ。

 

「名前は旋風(つむじ)か……」

 

 

 恐らくだが、この妹、旋風は私が蛇女に居ることを知らない。

 この文章を見るに、知っていたなら確実に私の名を書いていただろう。

 

 

「……もしコイツと学校で会ったら、その時は殺し合いになるかもな……」

 

 私は書類に印鑑を押した。

 

 

 蛇女はどんな人間でも受け入れる。

 それが自分の命を狙う相手であってもだ。

 

「――ハハッ」

 

 私は思わず声を出して笑ってしまった。

 面白い。 実に面白い。

 きっと刺激のある学校生活になるに違いない。

 

 やはり、悪忍は最高だ。

 

 

 大事な人達に捨てられた時から、今も私の心はずっと死んだままだ。

 

 それでも、命を賭けたやり取りやそれに匹敵するだけの戦いの中では、生きている事を実感出来る様になるまでは回復した。

 

 最近では、自分の得意な芸を披露する事が出来る位には打ち解けられたが、戦い以外ではやはり物足りないという事を自覚する。

 

 そういう意味では、先程の戦いは充実していた。

 

 仲間と共に戦う強さ。

 

 戦えるなら何でも良いが、あれもまた面白さの一つである事に間違いは無い。

 

 と言っても、やはり私は蒼鬼の様には出来ない。

 

 

 自分を信じる仲間に応える事と、私が仲間を信じるかは別問題なのだ。

 

 籠鉄の期待に応えてやろうとも思ったが、あれは強さを求められていたからに他ならない。

 

 だから、私の強さを示す為に、そして鈴音先生の言葉の仲間に対する考えの答えを出す為に私は全力で戦い、私なりの答えを出した。

 

 仮に蒼鬼や春花の様になるとしても、それは何年も先の事だろう。

 

 

 

 そう。 今の私は忍として戦わなければ、戦いの中で生きていなければ、死体と同じなのだ。

 

 だから私は最強の忍を目指して戦う。

 

 それが私の忍の道だ。

 

 

 

 

「――焔さん」

 

「ん? ああ、悪い。 考え事をしていた」

 

 ふと気付けば、蒼鬼が心配そうな表情で顔を覗き込んでいた。

 

 少し思い出に耽っていたが、思いの外時間が経っていたらしい。

 

「焔さん。 済みませんが、その書類を見せて貰っても良いですか?」

 

「? まあ構わんが……」

 

 そして、蒼鬼に旋風の入学願書を渡すと、途端に険しい表情になる。

 

 

「…………」

 

「どうした? 知り合いだったのか?」

 

「いえ……ただ、この人はその、小路さんの妹で焔さんを狙っているんですよね……」

 

「――――」

 

 

 その言葉を聞いた途端に頭が冷めた。

 何故その事を知っている?

 まさか文章から旋風の狙う相手が私だと判断したのだろうか?

 

 いや、確かに口に出してはいたからそれならまだ分かるが、それだけで旋風の兄が小路だと見抜けるのだろうか?

 

「……焔さんをスカウトする際、粗方事情は知っていましたからね。 それに私は小路さんとも面識はありましたから、その過程で家族構成も知りました」

 

「あ、ああ……そういう事か……」

 

 成る程。

 

 確かに言われてみれば、あの時点で蒼鬼は私の事情を知っていた様子だった。

 

 というより、蒼鬼は蛇女に入学する生徒の事情を千歳等の例外を除けば、ほぼ全て把握していると春花から聞いた事がある。

 

 それなら推測も立つという訳で……

 

(――ん? ……いや、何だこの違和感は……)

 

 

 蒼鬼の言葉を思い返してみよう。

 

 蒼鬼は小路と面識があると言った。

 

 確かに考えてみれば、監督生の蒼鬼なら立場的に可笑しな話ではないが、蒼鬼が監督生になったのは中学三年生からだと聞いている。

 

 そして、蒼鬼と私は同学年だ。

 私が小路を半殺しにしたのは、中学二年生の頃の出来事った。

 つまり、私が小路を半殺しにした段階では蒼鬼はまだ監督生では無い事になる。

 

 となると、蒼鬼は監督生になってから小路に会った可能性が高い。

 

 そして旋風の入学願書には、私が小路を半殺しにしてから奴が復帰するまでに一年掛かったとある。

 

 つまり、小路が目覚めたのは蒼鬼が監督生になった時期と概ね一致する。

 

 更に、旋風の入学願書には小路の腕を奪ったのは青い髪の女と書いてある。

 

 これは蒼鬼の髪の色と一致するし、確か以前、蒼鬼は姉が居ると言っていた。

 

 そして、確か小路は私の次のターゲットは青髪の女と言っていた。

 

 

 

(何だこの辻褄の合い方は……まさか――)

 

 

 

 私の次のターゲットであり、小路の腕を奪ったという青髪の女とは、蒼鬼の事なのだろうか?

 

 

 勿論、別人の可能性もある。

 

 偶然蒼鬼と髪の色が一致しただけかもしれない。

 そもそも、小路の言っていた青髪の女と旋風の入学願書にある青髪の女が同一人物である可能性は高いが、別人である可能性も無くは無い。

 

 

 そもそも、この心優しい少女にそんな非情な一面があるのだろうか?

 

 いや、忍らしい一面と人間らしい一面を合わせ持つ彼女なら有り得なくは無いが、その場合は生かさずに確実に殺すだろう。

 

 それに、仮に蒼鬼が小路の腕を奪った犯人だったとしても、そもそも焔には関係ない。

 

 今更あの男がどうなろうと、もう未練など無い。

 

 

 ――だから、この考えはここまでだ。

 

「別に心配は要らない。 命を狙われる事は蛇女では日常茶飯事じゃないか。 要するに私に個人的な恨みを持つ奴が蛇女に入ってくる。 ただ、それだけの事だ」

 

「……そう、ですか」

 

蒼鬼は何処か思う所がある様な顔をしていたが、直ぐに切り替えて書類を書き込む。

 

「では、再開しますか」

 

「ああ。 休憩は十分取った」

 

 

 そうして二人は、書類の処理に戻った。

 

 

 

 

**********************

 

 

 

「これで終了です。 お疲れ様でした」

 

「ふぅ……やっと終わったか……」

 

 

 一時間後、二人は中途入学者の書類のチェックを完了させた。

 

 焔は流石に疲れたのか、机に頭を付いている。一方の蒼鬼はと言えば、まるでなんてこと無いように振る舞っている。

 

 蒼鬼に取っては、普段からチェックしている書類の方が何倍も量は多いのだから造作も無いが、焔からすれば完全に超人だ。何故こんな物を嫌な顔一つせずに熟せるのかが解らない。

 

 そして蒼鬼は大量の書類を両手に持ち、立ち去ろうとしている。

 

「それでは、私は書類を届けに行きますので、これで失礼します」

 

「ああ」

 

「それと、近々期末試験も迫っていますから、勉強も怠らないで下さいね」

 

「もうそんな時期か。 よく考えたら、未来が選抜メンバーに入ってもう一ヶ月経つのか」

 

「はい。それに、期末試験の後には温泉旅行の事もありますから。気は抜かないで下さい」

 

「――――」

 

 その言葉を蒼鬼が告げると、焔は何とも言えない表情をする。その表情はまるで、罪悪感を感じているかの様な物だった。

 当然だが、そんな表情をしていれば直ぐ近くに居る蒼鬼が気付くのも可笑しな話ではない。

 蒼鬼は首を傾げながら、焔に尋ねる。

 

 

「? 焔さん?どうかしましたか?」

 

「いや、少し去年の事を思いだしてな。ほら、お前は籠鉄が赤点を取ったから温泉には……」

 

 

 そこまで聞いて、蒼鬼は納得がいったと言わんばかりの表情で苦笑する。そして苦笑を納めると、その表情を真剣な物へと変える。

 

 

「あの時の事でしたら、気になさらないで下さい。温泉に行けなかったのは、監督生として私の力量が不足していたというだけの話です。今年こそは籠鉄君も含めて、全員で温泉旅行に行ける様にしてみせます」

 

 そう告げる蒼鬼の表情には、必ず成し遂げるという、一種の覚悟の様な物が見受けられた。

 

 少しばかり大袈裟ではないかと焔は思うが、蒼鬼は一度の失敗を引きずるタイプだ。他者には気にするなと言うが、自分は気にし続け、改善の為の最善を尽くす。

 

 本当に損をする性格をしている。

 

 しかし、それはもう蒼鬼に取って意地の様な物なのだから、焔は蒼鬼にその気が無ければ変えるのは不可能だと思っている。

 

 だから、これ以上は言わない。

 

 

「ああ、分かった。それから、今度また、私の相手をしてくれ。次こそは勝ってみせるぞ!」

 

「――はい、受けて立ちます」

 

 

 

 そう言って蒼鬼は焔の部屋を後にする。

 

 

 

 

 

 その足取りが無意識に早くなっている事を、焔も、蒼鬼自身も気付く事は無かった。

 

 

 

**********************

 

 

 

「――あの人の妹が、私と焔さん、そして姉様を狙っている」

 

 ふと蒼鬼は廊下でそう呟いた。

 

 ――いつかは来ると思っていた。

 しかし、まさか姉様まで狙うとは予想外だ。

 とはいえ、正直姉様が忍学生に殺られる可能性は限りなくゼロに近い。そもそも、プロの忍であったとしても殺せる者が何れだけ居ると言うのだろう。

 

 だが、用心は必要だ。

 

 

 

「あの時、私がアレを制御出来ていれば……」

 

 今にして思えば、それが出来たらきっとあの人達を助けられた筈だ。

 

 だが、幾ら後悔しても過去は戻らない。それに昨日の道元の話では、近々大きな任務があるという。

 

 恐らく、半年前のS級任務に匹敵する程の……

 

 

 

 ――ならば、今はただ備えよう。

 いつその時が来ても良いように……

 

 

 

「――今度こそ、私は守り切る」

 

 

 

 

**********************

 

 

 その頃、道元の研究所では――

 

「ぐあああああっ!!」

 

 真司蛇がある人物と戦い、押されていた。

 その後ろには道元がいる。

 

「どうする? ここでリタイアするかい?」

 

「……いや、まだまだだ……!」

 

 真司蛇の目には未だ強い闘志が宿っていた。

 

 それを見た道元は何を言うでもなく、ただ真司蛇の対戦相手である少年を見る。

 

「では、続けたまえ。 ――蒼馬」

 

「――了解しました。 マスター」

 

 真司蛇の戦っていた少年の名は蒼馬。

 

 道元が手を出した事で生み出された強化型の忍の中でも頭一つ飛び抜けた実力を持つ者だ。

 

 そして真司蛇は、ある力を手に入れる為の修行として蒼馬と戦っていた。

 

「……ハア……ハア……何としても、この呪印の力を物にする」

 

 真司蛇の首には、黒い模様があった。

 

 そしてその模様は、少しずつ真司蛇の身体を蝕むかの様に広がっていく。

 

 それを見た道元は真司蛇に向かって告げる。

 

「あの子に外の世界を見せたいなら、君が死ぬ訳にはいかない。 次の大規模任務で生き残るには、今日中に状態2まではマスターしないと厳しいよ」

 

「分かっている……!!」

 

 そう言うと、真司蛇は蒼馬に向かって構える。

蒼馬も応える様に構えを取る。

 

 そして動き出す瞬間、真司蛇は誓う様に仲間の顔を思い浮かべた。

 

 焔、詠、日影、未来、春花、籠鉄、光牙、そして蒼鬼の八人。

 

 彼等の一人一人が大切な仲間で、絶対に死なせたくない大切な存在。

 

 そんな仲間を全員守るには今よりもっと強くなる必要がある。

 

 しかし、自分は弱い。

 

 蒼鬼や光牙の様な強さを持っていない。

 

 焔の様な急成長を遂げる才能が無い。

 

 

 

 

 だから強くなる。

 

 もう二度と、何も無くさない為に。

 

 自分を真っ直ぐに慕ってくれた少女の為に。

 

 ――そして何より、あの男を殺す為に。

 

 一つ一つが欠けてはならない理由で、今の自分を作っているのだ。

 

 

 そして、今の自分の目的は、復讐を遂げて大切な存在を守り切る事だ。

 

ならば、こんな所で躓いてなどいられない。

 

『――先輩!』

 

 ――必ず、お前を。

 

 

 

 そして、真司蛇は蒼馬に向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**********************

 

 

 

 

 ――蛇女史上最大の戦いまで、残り二ヶ月。




以上になります。

焔の過去を考えると、悪にならざるを得なかったというべきですかね。

今回は蛇女に入学する前までを描きましたが、後に入学してからも書きます。

そして、前書きでも書いた現在の時系列ですが、今は6月になります。

作中でも書いた通り、今は未来が選抜メンバーに入って一ヶ月後です。

未来が選抜メンバーに入ったのは入学から一ヶ月後というburstの設定があったので、未来は5月頃に入った事になります。

よって現在は6月です。



そして、現在の選抜メンバーの戦力差はこんな感じですので、参考程度にして下さい(以前2話の後書きで焔が3位としていましたが、真司蛇と焔は逆です)

蒼鬼(奥の手)>(絶対的な壁)>>蒼鬼(通常時)>日影(狂乱状態)=ドーピング焔>ドーピング光牙>(越えられる壁)>真司蛇(写輪眼)=光牙(通常時)>焔(通常時)>春花>日影(通常時)>真司蛇(写輪眼無し)=詠>籠鉄>未来

今回はドーピング時を加えました。

色々複雑ではありますが、下記の点で覚えてくだされば少しは覚えやすいと思います。

Q:何で日影の狂乱はこんなに高いんですか?

A:狂乱の日影として覚醒扱いの為です。焔と光牙のドーピングはあくまで擬似的な覚醒の為、本家の覚醒には及ばなかったという訳です。

Q:同じドーピングなのに光牙よりも焔の方が上なのは何故ですか?

A:消費燃料の問題が大きいです。焔のドーピングは光牙程持続しませんが、その代わりに火力は光牙以上になります。但し、光牙はあくまで5分持続させる為にエネルギーの消費をコントロールしているだけなので、その気になれば焔以上にもなれます。因みに光牙のドーピングは5分に対し、焔は蒼鬼戦で30秒前後になりました。


Q:ドーピングと覚醒の同時使用は出来ますか?

A:物によります。 光牙は竜騎の光牙と同時使用は出来ますが、焔は紅蓮の焔と同時使用は出来ません。


Q:焔が紅蓮の焔とドーピングを同時使用出来ないのは何故ですか?

A:焔のドーピングが炎月花が鞘に納まった状態でのみ発動出来るからです。 逆に紅蓮の焔は炎月花が鞘から抜けた状態で発動出来るので、必然的に無理です。 そもそも焔のドーピングは紅蓮の焔の下位互換でしか無いので、途中でお役御免です。



と言った感じになります。

また、焔や光牙は仲間の大切さを知る事で蒼鬼との差を埋めていくので、追い付くのも時間の問題です。

因みに蛇女史上最大の戦いとは半蔵学院との決戦の事です。

それから、現在は蛇女編のストックはそこそこあるのですが、私が納得出来るラインまで出来上がったら定期的に投稿を再開致します(目標は蛇女編完結まで)

気長に待っていて下さると助かります。

では、次回も楽しみにして下さると幸いです。

焔の仲間に対する考えを改める時期は

  • 原作より早めが良い
  • 原作と同時期で良い

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