その夜、「ようこそ佐賀へ」がエンドレスに鳴り響くアルピノのステージで、ホールを埋めた5万人のSAGAマッポにエンドレスに射殺される夢から目覚めた源さくらは、紺野純子の寝床が空になっていることに気付いた。
こんな夜更けにどこに行ったのであろうかと熟睡するゾンビィメイトを起こさぬようそろりとフートンから抜け出し、ドアノブに手をかけたところで大声があがる。
「カワバンガ!」
驚きのあまり鼓動を停止したゾンビィハートがうっかり再始動しそうになるが、それはサキの寝言であった。
耳を澄ませばすやすやと眠るリビングデッドご当地アイドルたちは、それぞれ思い思いの寝言を呟いている。
「違うんだ先生、花瓶割ったのはボクじゃない……」
まさ……リリィの寝言は学校での嫌な思い出だろうか。
「人魚亭……ミスターの旦那……」
ゆうぎりは着流しにスカーフ巻いた三船敏郎とスーツ姿で六連発をぶっ放す若林豪が出てくる夢でも見ているのだろう。
抜き足差し足で廊下に出ると、正体不明のアイドルプロデューサー(自称)巽幸太郎の部屋から何やら物音がする。
それはギュイーン!ガッション!プッピッガン!という実にメカメカしいSEであった。
さくらの脳内に、語尾に「ロボ」を付ける機械化ゾンビィ娘をアシスタントにした幸太郎がエレキを掻き鳴らしながら、全身にドリルやら回転ノコギリやらを装備した巨大ロボットを建造する冒涜的イメージ映像が映し出される。
(でも幸太郎さん、今日は外泊するって……)
アルピノライブ以降フランシュシュの人気・知名度が株価垂直上昇したことに伴い、幸太郎がゾンビィハウスを留守にする回数も増えた。
メンバーの前では徹頭徹尾無駄にテンション高くて押しの強い変人プロデューサーとして振る舞い、裏方の苦労を一切見せないその姿勢にちょっとだけ他人行儀な感じを抱いていたこともあり、さくらは決断的にドアを開ける。
そこには幸太郎のパソコンに真剣な表情で見入る紺野純子がいた。
そして液晶画面には顕微鏡めいた三連ターレットレンズを回転させ、足裏のホイールで高速走行しながらマシンガンを撃ちまくるぶっさいくなロボットが映っていた。
「え……純子ちゃん?」
間の抜けた顔で間の抜けた声を出すさくら。
「ヴェイ!?」
奇天烈な声と奇天烈な表情で固まる純子。
無言で見つめ合うことしばし、やがて純子は覚悟を宿命に突きつけた面持ちでゆらりと立ち上がり、暖炉に置かれていた聖剣ヒカキボルグを決断的に振りかぶる。
「死ね!サクラ=サン、死ね!」
「アイエエエエエエエエエエ!」
インガオホー!
「意外だよなぁ~、オメェがこーゆーの好きなんてよぉ~」
ニタニタと笑うサキ。
「ああ、これは驚きんしたなぁ」
といいつつそれほど驚いてはいないゆうぎり。
「リリィよくわかんないけど別に恥ずかしいことじゃないと思うよ」
カワイイヤッター!
「パニクってさくらを襲うほどのことじゃあないわね」
あきれ顔の愛。
「わ、わたしはゼンゼン気にしてないから!」
あせるさくらのその頭を、たえは無心に齧っている。
輪になって口々に声をかけるシックスゾンビィズの中心に、ガックリと項垂れた純子はいた。
広い洋館といえどひとつ屋根の下でゾンビィ同士の大立ち回りが始まれば他のゾンビィメイトが起きてこないはずもなく、紺野純子の懐かしのロボットアニメ極秘視聴活動は極秘でもなんでもなくなってしまった。
そして流しっぱなしになっていた動画がEDに入ったところでさくらはハッと顔を上げた。
「あれ?この歌声……」
「そうです……」
断頭台に上るマリー・アントワネットめいた諦観の表情で純子は言った。
「このアニメのOPとEDは私が歌っているんです」
その企画が持ち込まれたとき、事務所の面々は当然のごとく反対した。
サブカルチャーとしてのアニソンの社会的地位がまだまだ低かった時代である。
だが脚本に目を通した純子は是非自分に歌わせてほしいと申し出たのだ。
地球を遠く離れた別の銀河系を舞台にしたその作品は、戦うことしか知らなかった主人公が運命の女性との出会いをきっかけに人間性を取り戻していくという戦争アクションの皮を被った純愛ドラマであり、セーラー服が機関銃持って走り回るような作品が囃された80年代にあって、敢えて時代に迎合しない王道ラブストーリーが純子の乙女回路にビビビと来たのである。
周囲のスタッフは口々に言った、天下の紺野純子がなにが悲しゅうてテレビまんがの主題歌なんぞをと。
だが線が細くて控えめに見えてその実思い込んだらキノコを生やそうがワゴン車に跳ねられようが自分を曲げないのが純子である。
最終的に収録は一回こっきり、紺野純子の名前は出さないという条件で事務所側が折れた。
こうしてOP・EDに< 唄 JUN >とだけクレジットされ1983年4月1日から放送が始まったそのアニメを、紺野純子は毎回欠かさず視聴した。
もちろん多忙を極める売れっ子アイドルが毎週定時にTVの前でスタンバイできるはずもなく、付き人が録画したビデオ―ちなみにベータマックスである―をオフの日にスルメを齧りながら鑑賞するのは、釣り糸を垂らしているときに勝るとも劣らない、純子の至福のひとときであった(フランシュシュのメンバーを選考する基準の一つに「スルメが好物」というものがある。これは巽幸太郎が清朝最後の幽幻道士であった孫備が残した文献の中の「暴走したキョンシーを鎮めるには生前好んでいた食物を与えるのがよい」という記述を参考にしたためである)。
だが主人公が過去のトラウマと向き合う3クール目の山場を迎えた12月9日、飛行機事故で純子は死んだ。
そして35年の歳月を経たのち魔砲少女……もとい、ゾンビィⅣ号として復活した純子は脱走したり立て籠もったりビーム出したりとなんやかんやでそのアニメのことは記憶の片隅に押し込めていたのだが、ある日偶然にも幸太郎が会員登録している動画サイトで全話視聴できることを知ったのだ。
「それでガマンできなくて……って皆さん聞いてます?」
雁首並べたゾンビィ1~6号は純子の回想そっちのけでパソコンに見入っている。
「やばい、がばイケてる」
「これは……耳に残るわね」
「純子ちゃん、こういう歌い方もできるんだ」
全員が35年も前のアニメのOPに目耳を奪われていた。
ロボットアニメでありながらロボットの固有名詞が一切出てこないストイックかつ硬派な歌詞、スタイリッシュなメロディとOP映像、そしてアイドルという箍の外れた紺野純子のダイナミックかつ情感溢れる歌声。
言うなればそれは巨大な不発弾であり、心臓に向かう折れた針であり、視聴者のニューロンに重篤な爪痕を刻む聴くオハギであった。
そしてその気になれば食事も睡眠も必要としないゾンビィ達は、神OPで盛り上がったテンションのまま全話52話マラソン視聴に突入するのであった。
しばらくしてTVシリーズのその後を描いたOVAの存在を知った純子は決断的に全話視聴、最終話におけるヒロイン死亡の衝撃で全身の継ぎ目から17のパーツに分解し、三日三晩蘇生しなかったという。