あるいは作者の出来る一番の召喚祈願。
幾度、鍛冶場で火を熾しただろうか。
幾度、鋼を鎚で打ち据えただろうか。
刀に魂を捧げた。
そう思っていた。
しかしそれは奢りだったのだろう。
戦に苦しむ人々は増える一方だった。
しかし、使い手は違ったのだ。
斬れ味鋭く、刃文妖しく、敵悉く倒れ伏す。
そんな刀は、結局のところ命を奪う道具でしかなかったのだ。
誰かを殺す為に刀はあった。一人でも殺せる性能を望まれた。運命は閉ざされたまま、命だけが無駄に散っていった。
「命を奪う為に刀は生まれたのではない」
弟子をとるとき、まず初めに教えることだ。
無論、当時は戦乱の時代。刀は造るだけで戦にも出られない
……
この国が嘗て神話の時代であった頃、八岐大蛇から出現したという伝説の剣。
ただ軽く薙ぐだけで生い茂る草が刈り取られるほどに鋭い刀。
単に斬れ味が鋭いだけでは駄目だろう。物質を斬るのは一つの過程。本来ならば絶対に切れない宿業をも切れる刀が必要だった。
それが完成した時、
「――奥の手、か」
造り上げた刀を眺めて、青年の身を借りた刀匠は嗤う。
確かにこの刀は、刀身に込められた力を解放して一切の宿業を両断するだろう。
生前に身についた噂もあり、敵が敵だ。この一刀は必ずや彼ら彼女らを救う一手になるだろう。
しかし、己の身もここまで。
自分は偶然にも、世界を破滅させようと目論んだ存在に対抗する為に抑止力から呼び出された英霊に過ぎない。
あのカルデアという場所から夢を通じて来たという者は、この状況すら乗り越え、そして更なる困難へと歩み続けるのだろう。過去の話を聞いた時はただただ驚いたものだ。才能の無い一般人が一度自分の世界を救ったのだから。才能があっても刀を造り戦を生むだけだった己とは根本から違う在り方だ。少し……羨ましい。
かの二刀流を極めし剣豪に預けた刀は、これからも彼女の手によって数多の命を奪うだろう。しかし彼女は、単に敵を切るのではない。敵の向こう側、己の内側にある運命を拓く為に刀を振るうのだ。預けたことに対する後悔はない。
後悔するとなれば、それは自分が彼ら彼女らの行く末を見届けられないことだろう。
一人では限界出来ない擬似サーヴァント。憑依先の霊基も二度目を許してくれるのかどうか分からない。カルデアとやらには多種多様な英霊がいるそうだが、自分が仲間入りを果たす事もないだろう。
そして、自分が面倒を見た子供達とも再び会うことは無い――。
(集中しろ)
村正は首を振って雑念を飛ばそうとした。莫大な加護が込められた刀は唯存在するだけでも不安定だ。造り手の自分以外ではマトモに抑えられず、今こうして抑えているだけでも右手が破裂しそうだ。
しかし、たった一度の召喚になるであろうとはいえ、以前のように自分だけ生き残ってしまうような苦痛はないだろう。
奴らなら大丈夫だろう、この後を任せられるだろうという安心感があるからだ。
刀を造る者として、担い手が彼女であれば。
英霊として、味方のマスターが奴であれば。
自分は満足だ。
炎に包まれる原野。
この世に再現された彼方まで続く地獄。
全てを憎み世界を殺そうと企む男の固有結界を、今。
この刀で砕いてみせよう。
「かつて求めた究極の一刀。
其は、肉を断ち骨を断ち命を絶つ鋼の
我が
縁を切り、定めを切り、業を切る。
――――即ち。宿業からの解放なり」
刀が煌めき、魔力が収縮する。
「……其に至るは数多の研鑽。
千の刀、万の刀の象り、築きに築いた刀塚。
此処に辿るはあらゆる収斂。
此処に示すはあらゆる宿願。
此処に積もるはあらゆる非業。
我が人生の全ては、この一振りに至るために」
息を吸って、ここまでに喪われた全ての人々の願いをかけた。
「剣の鼓動、此処にあり――――! 」
この燃え盛る地獄の何処かで見ている奴らの事を思う。
……まあ、巻き込まれはしないだろう。この一振りが両断すべきは、穢れたこの地と絡み付く宿業だ。
「受けやがれ、これがオレの、都牟刈、村正だ――――!!!! 」
この身を保つ霊基では耐えられない神の剣。
宿業を砕き、非業を解き放つ最期の一太刀。
ふと、オレは金の髪が揺らめく先に溢れる黄金の光を思い出していた。
~・~・~・~
妖術師の企みは潰えた。
それだけで
「おう、ここいらで
エーテルの光が天守閣に満ちる。
何やら味方の忍者英霊が驚いているが、正直な所あまり聞こえていない。魔力の崩壊が著しいようだ。
「神ならぬ身で都牟刈を使ったんだ、そりゃ消えるさ」
などと言ってみる。多分会話の流れはあっているはずだ。
「仕事はきっちり終わらせたんだ。一足先にあがっちまっても文句はねぇだろう?」
ふと、先程城と共に吹き飛ばした筈の後悔が蘇ってくる。
ポロリ、ポロリと零した本音は忍者の耳に届いたのだろうか。
そのまま、擬似サーヴァントである千子村正のエーテルは空の彼方へと溶けていった。
~・~・~・~・~
時は満ち、世界は白紙となり、地球はイフの歴史に席巻された。
嘗てのカルデアにいたサーヴァントはその殆どが退去しており、カルデア最後のマスターだった藤丸立香を含めた一行は脱出を余儀なくされた。
様々な思い出の篭もったカルデアは、既に跡形もなく破壊されてしまった。この小さな車輌に縋り付き生き延びはしたものの、異聞帯に潜む敵は強大だ。
(自分は、どうしたらいいのだろう)
この運命を乗り越えていこうにも、絶望を刻み込まれたこの身は何度も選択を迫られる。
本来ならば仲間であったはずのクリプターこと元カルデアのマスター達と敵対しなければならない。
歪められた歴史ではなく、実際にそこにいる人々の命を奪ってしまうことに対する忌避感。
心の中は、既にぐちゃぐちゃだった。
ふと、手元の霊基グラフを見る。
カルデア召喚システムの核となるこのケースは、魔力を必要とするのだったか。ダ・ヴィンチちゃんは電力でも召喚できると言っていたので、直に魔力を込めても作動するはずだ。
自分に魔術師としての才能なんて無い。魔力の絶対量は非常に少なく、出来ることと言えばサーヴァントを令呪や礼装で支える事位だ。
でも、今なら。この記念すべき元旦という一日であれば、奇跡が起きても構わないのではないか。
命を奪いながらも、運命を切り拓けるようなサーヴァントを
(頼む――)
令呪の刻まれた右手を霊基グラフに重ねる。
(どうか、頼みますからどうか――)
霊基グラフから光の筋が伸び、床に召喚魔法陣を形成する。数々の光の玉が飛び出し、空中で回転する。
エーテルが収束し、身体が足元から構築されていく。そして現れたサーヴァントは――
「……あの時で最期だと思っていたんだが、なあ。
苦笑いの中に僅かな喜びを滲ませた男は、目の前に座り込むマスターに声を掛けた。
「千子村正だ。刀造りしか能がねぇ爺だが、これからよろしくな」
大晦日に思いついてしまって慌てて書きました。正月鯖が村正おじいちゃんでなければとても悲しい事ですが、もし正月鯖であれば召喚触媒になるかも知れません。サーバーが混乱している合間にでもお読み下さい。