第01局 撒餌
「高校麻雀部の監督さん……ですか?」
ようやく図書館帰りの受験生(中学三年生)を捕まえることに成功する。
いきなり知らない男性に声をかけられて涙目なところを何とか宥めて落ち着かせる。
気弱そうなショートカットの女の子の名前は宮永咲。僕が探し求めていた少女だ。
「ああ、正式には来冬からだけどね。風越女子は知ってる?」
「えっと……私立の女子高ですよね?」
「昨年まで六年間連続で県大会優勝を誇る長野屈指の強豪校だ。
もし君が麻雀に興味があるなら是非……」
「あの、ごめんなさい」
「ん?」
「私は麻雀、それほど好きじゃないんです」
「そっか、それは君のお姉さんが麻雀の世界で活躍してるから?」
少しでも相手の興味をひくために強引にでも話題を提供し話を進める。
「えっ? お姉ちゃんのこと知ってるんですか?」
「宮永照、東京の白糸台高校の二年生。
麻雀界に関わる人間で彼女を知らない者はいないよ。
先月まで福岡代表になった高校でコーチ代行をやっててね。
インターハイの舞台で教え子が戦ったよ」
「お姉ちゃんは強かったですか?」
「インターハイ団体戦優勝の立役者ってだけでなく個人戦のチャンピオンだ。
全国区の猛者達の中でも抜きん出た雀力を誇る逸材だろうね」
「そ、そうなんですか」
「君は
「え……?」
「彼女の実力なら、高卒でプロ入りしても十二分に活躍できる。
君が高校に入学する来年には、お姉さんは三年生だ。
もし同じ舞台で戦うとするなら最後のチャンス。
そして風越女子なら君を全国の舞台に連れていける」
「でも……私は……」
「急な話で悪かったね。
でも地元の公立高校を受験する以外にも道があるんだってことを知って欲しい」
「はい」
「もしよかったら学校見学に来てほしい。いつでも歓迎するよ」
「……わかりました」
ペコリとお辞儀をして、駆け足で去っていく少女を見送る。
「はぁ……、なんとか風越女子に来てもらえないかな?」
自動販売機で缶コーヒーを買いながら溜息をつく。
「原村和には、キッパリと断られたからな……」
インターミドル個人戦優勝者の彼女は、他県を含む複数の強豪校から誘いをすべて断ってた。
それならばと原作知識を活かして親友である片岡優希と一緒に風越女子の麻雀部に勧誘した。
幸いなことに清澄高校と風越女子は長野の南部にあり同じ通学区だった。
麻雀部の監督として特待生の推薦枠があるし、自宅から学校が遠ければ女子寮もある。
しかし高校には実家から通いたいし、通学するなら近くの学校が良いと二人には断られてしまった。
「原作通りの戦力で長野県予選を勝ち抜くなんて無理だ。
はぁ……こんなことなら単行本とか、ちゃんと細かいとこ読んどけば良かった」
僕はテンプレ二次創作小説によく出てくる転生者という奴だ。
この生まれ変わった世界が『咲-Saki-』の舞台と気づいたの高校生の頃。
入学時に麻雀部および全国大会の存在を知ったときだった。
とはいっても『咲-Saki-』の知識は殆ど無い。メインキャラを知ってるって程度だ。
アニメ版は三作目の全国編まで見てたけど、単行本は特に集めていなかった。
幼少の頃はコロコロやボンボンでもなくガンガン派だったので、ヤングガンガンの雑誌は創刊から読んでいた。
とはいっても完結前に死んだから準決勝の途中までくらいの曖昧な記憶しかないのだ。
幸いなのか
お陰様でインターハイでは中堅を任され、エースとして活躍。高校(男子)麻雀界の「双璧」とまで言われた。
卒業時には横浜の実業団チーム(男女混合)からプロ入の誘いもあったし、都内の私立大学から誘いもあった。
それらを全て断ってセンター入試を受けて合格した福岡の大学に入学した。
知識チートとまでは言わないだろうが、前世の記憶のおかげでそれなりに上手くは生きてきた。
前世では底辺大学中退だったが、今世は国立大学を卒業できたのだ。馬鹿なりに万々歳だろう。
大学を卒業して数年が経ち、いつの間にか前世で死んだ年齢と同じになった。
前世の死因はトラック転生ではなくビルからの転落死だった。
痴漢行為をしたと女性に訴えられ電車から降ろされたところキョドって逃走した挙げ句の末路だ。
おかげで都会の満員電車は未だにトラウマだ。あと神様とかには会ってない。
前世はブラック企業の社畜だったので、今世では安定した職を求めた。ずばり公務員だ。
とは言ってもキャリア官僚などを目指すほど地頭が良くもなく、熱心に働いて出世しようという野心もない。
ということで大学では高校教師を第一志望に教員免許を取得した。
ついでに司書と学芸員の資格も取った。とはいえ、これら公共機関の求人は民間企業に比べて少ない。
県の教職員採用試験に落ちて、就職先に悩んだ際に麻雀のプロという道も考えた。
一応ながらインターカレッジ(全国大学生麻雀大会)の個人戦優勝という実績もあったからだ。
高校時代のライバルは、高卒でプロ入りし、世界の舞台で女子を相手に奮闘していた。
物は試しということで
そこは
今まで競っていた綺羅びやかな舞台は、所詮はアマチュアの世界だったのだ。
麻雀の競技人口が一億人の大台を超えた世界で選ばれた一握りの存在。
それがプロ雀士だ。才能なんてあって当たり前。
その中で頂点を目指し、勝ち続け、生き残るには、何もかもが足りなかった。
結局のところ麻雀のプロとして喰べていく覚悟が自分にはなかったことを思い知らされた。
帰国して教職員採用試験を再び受けるも不採用。
インカレ時代に世話になった恩師のツテで、新道寺女子の事務職員として働くことになった。
福岡の新道寺女子は全国大会の常連校だ。
部員数も多く、私立ということもあって麻雀部で、顧問である監督の他に専任コーチを雇っている。
僕も当初はコーチを補佐するスタッフとして麻雀部に関わっていた。
しかし須田山悦子コーチが体調を崩し休養となり、その穴埋めとしてコーチ代行を努めた。
重圧を感じながらも県予選を突破し、インターハイ準決勝進出(ベスト8)という成績を残した。
強豪校の麻雀部コーチという仕事にやり甲斐を感じながらも、来年のことを考えていた。
事務職員という仕事は、契約社員で安定した職業とはいえない。
麻雀部の監督やコーチになるにも、やはり正規の教員(正社員)として働きたい。
そんな想いを強くしていた。
そんなある日、恩師から久方ぶりの電話がかかってきた。