新入生が少しずつ学校にも慣れて四月も終わりを迎えようとしている。
六月のインターハイ県予選に向けて時は刻一刻と迫っているが、今更の段階で特別に手を打つようなことも無い。
宮永、対木、東横の三人娘は校内ランキングの順位を上げCクラスを抜け出し、五月初めにはAクラスに迫ろうとしていた。インターハイのレギュラー入りに関して心配することは何一つ無い。
強いて言えば、対木が「対子だけでなく順子を含めた役を作る」という課題に対して早い段階で予想以上に躓いたため、久保コーチと相談し、「対子を集める」という長所を活用する方向へと指導方針を変更したくらいだ。
この三人に引っ張られる形で入部時は全くの初心者だった文堂も78位からランキングを少しずつ上げていき、Bクラス入りを果たしている。余談だが僕はインカレ個人戦で優勝して世界大会に参戦した年にプロ麻雀せんべいの限定カードになったことがある。かなりの黒歴史だ。文堂から特に反応が無かったことから彼女は「期待の超新星、読川尊月」とか書いてある恥ずかしいカードの存在を知らないはずだ。今更入手するのは難しいだろうし、マジで助かった。
「県予選の前に合宿か。スタメンやオーダーの最終決定はその後になるだろうな」
県予選の前には合宿が決まっているが、特に他校と合同というわけではない。インターハイの開催期間中は団体戦における代表校同士の練習試合は禁止されているが、別に県予選で戦うことになる県内の高校との練習試合なんかが禁止されているわけではない。
団体戦にギリギリで参加できる程度の部員数しかいない学校であれば、部活内で毎日打つ面子がどうしても限られてしまう。そこで他校との合同練習を積極的に行っている小規模の麻雀部というのも少なからずある。
原作の清澄が県予選前に他校と練習を行った描写はなかったが、実質的にコーチのような役割を果たした“智将”竹井久の立場で考えると他校に宮永咲と片岡優希の情報を渡したくなかったのだと思われる。彼女の情報統制により清澄は原村和のワンマンチームだと他校からは思われていた。また染谷まこの実家である喫茶店兼雀荘「Roof-top」を利用できたのもあるだろう。
部員数が80名を超える風越女子は無理に他校と合同練習を行う必要がない。ただ藤田靖子プロの卒業校だという弓振など久保コーチのお付き合い的に断れない学校からの練習申込みもある。そういうところにはBクラスの部員、二軍メンバーをコーチと共に派遣している。風越女子は二軍メンバーでも県内で五指に入る実力はある。さすが名門といったところだろう。
原作では竹井久が長野の高校で麻雀をするなら風越女子か龍門渕といっていたが、この世界では少し事情が違う。龍門渕の女子麻雀部は昨年に龍門渕のお嬢様である透華が設立したばかりだ。また天江衣の遊び相手として力不足なのかは分からないが、部員も大々的には集められてはいない。超お嬢様学校のためかインハイ出場校といったことも売りにはしておらず、新入生を集める気も無い様子だ。ゆえに麻雀部としては風越女子とは比べ物にはならない小規模なものとなっている。
昨年のインハイの後に麻雀部顧問の誘いがあったが、これも高校からのスカウトではなく龍門渕の家からの打診だった。契約期間が二年だったことを考えても理事長としては可愛い孫の遊びに手を貸しはするが、高校として麻雀部に入れることはないという判断だろう。透華や衣が卒業した後に麻雀部が残っているかも怪しいところだ。
「他県の学校と言っても近隣にはツテがないしな。大阪や福岡は長野から遠すぎるし、予算も出ないのだろう」
竹井久のようにプロにツテがないわけでは無いんだが……気軽には頼みづらい。男子プロの旧友は
新道寺女子つながりではプンスカさんこと野依理沙プロとも面識はあるんだけど、住んでるところは神戸だったはずだ。口下手な人だから電話でのコンタクトにも不安がある。というか長野に引っ越ししたのが年賀状を出した後だったから、忙しくって引っ越しした案内のハガキとか送るの忘れてたな。郵便局に転居届は出してるから一年は大丈夫だけど……。
そんなことを考えているとケータイの音が鳴り響いた。
「誰だろ? この時間に……」
机に置いてあったケータイを特に着信先も確認せずに取る。電話かけてくる相手なんて限られてるしな。
「……もしもし」
『お、出た出た。よーっす久しぶりー』
「ん? 三尋木か? 珍しいな。どうした?」
予想していなかった相手に驚く。売れっ子である三尋木プロはかなり忙しいはずだ。日本代表の先鋒で若手のトップランカーである彼女とはインハイ時代からの長い付き合いだ。当時のインハイ女子における三尋木咏というのは、今でいう宮永照のような絶対的な存在で、男子の「双璧」と合わせた三人はインハイでも別格の「三強」と呼ばれていた。
インハイの個人戦決勝の後には男女混合のエキシビジョンマッチが毎年行われるが、僕らの時代は三年連続で「三強+女子選手」で行われた。インカレ後もプロの世界でも華々しく活躍している二人に比べて、インハイ個人戦で優勝したこともなくプロから逃げた自分としては「三強」という過去の肩書は喜ばしいものではない。
『いやさー、博多まで遠征に来たから飲みいかない? どーせ、おまえ暇だろ?』
「いや、無理だから」
『中洲の店を予約してんだってー、ウチのスタッフも会いたがってるし、おごりだぞー?』
彼女の所属する横浜ロードスターズには高校三年の頃からスカウトされていて何度も断っている。
「こちらは長野だぞ」
『わかんねー、なに言ってるか、ホントわかんねー。だって新道寺女子って福岡っしょ?』
「風越女子っていうインハイ長野の強豪校に監督としてスカウトされたから引っ越したんだよ」
『なにそれ、しらんし』
「年賀状送った後だったから忙しくって忘れてた」
『それって、連絡してくれてもよくねー?』
「……すいません」
大学を卒業した際も三尋木から「同じクラブチームで日本一にならないか」と誘われた。そのときは世界大会への参戦が決まってたから、その結果次第ではプロになるつもりもあって少し前向きな返事もしていた。
結果的にインカレ時代の男女混合リーグで気付いた不安定なツクヨミの力が、世界大会を通して
と言っても色々な負い目があるから、彼女には強く出れないのだ。
『ふーん、まだ教師になるために足掻いてんの?』
「ああ、インハイで全国ベスト8になれば念願の
『なんも変わってねーなー。長野って、ちっこいヘンなのがいるとこだろー?』
思わず三尋木もちっこいよなとか失言しそうになったがとっさに食い止める。
たしかに月齢に左右される天江衣の異能はプロ向きではないし、昨年のインハイなどは素人同然の打ち筋だった。
真のトッププロである彼女からしたら魔物と呼ばれる天江衣レベルでさえ「ちょっとヘンなの」といった感じなのだろう。
「まあな。今年は長野のインハイ県予選は魔境になるよ」
『けど、おまえが監督になったってこたー勝算はあるんだろ? 知らんけど』
「それなりに面白い選手が手元にいるよ」
『へー、おまえが“おもしろい”ねー』
「ま、そういう事情だから飲みは今度だ。悪かったから次には奢るよ」
『ふ~ん、そいつら私がみてやろうか?』
「ん? そっちは忙しいから無理だろ、予選決勝の相手を考えると軽く揉んでやって欲しいが」
『んー、予定わかんねー。あとでメールするわー』
週間ランキング2位になっていてビックリ! 感謝、感激です。
元のプロットがR-18向けということで様々な女性と縁があるオリ主です。
選手たちの動向は「ほぼ原作沿い」ですが、監督サイドは横道に逸れます。