「捕まえて来ました」
「げえっ、藤田プロ!」ジャーンジャーンジャーン
「いきなりの挨拶だな」
「いえ、雑誌の取材と聞いてたので……」
久保コーチに雑誌の取材があるとファミレスに連れてこられたら、何故か藤田プロがいた。罠か?
「取材も本当ですよ。ウィークリー麻雀TODAYの西田です」
「おまえを捕まえたら美味いカツ丼を奢ってくれると言うので、私が貴子(久保コーチ)に頼んだんだ」
まあ久保コーチの立場だと断り難いのは分かるけど、ちょっと騙し討ちは止めてほしいな。
「安いですね。というかカツ丼はテレビ向けの持ちネタかと思ってました。
それと長野にはソースカツ丼なんてあるんですね。知りませんでしたよ」
「千切りキャベツの上に、厚手のカツを載せる伊那と駒ヶ根のだな。あれはあれで美味い」
とりあえず西田記者と藤田プロの対面に座り、メニューからドリンクバーと軽いものを頼む
お互いに軽口を叩いた後に挨拶と自己紹介を済ませてインタビューが始まった。
「読川選手、いえ今は監督ですか――は、インハイ男子のレジェンドですからね。
風越女子や県予選もそうですが、色んな話をお聞きしたいと思ってましたので」
レジェンドとか「阿知賀のレジェンゴ」(赤土晴絵)と被るから止めてよ。
去年はあくまで臨時のコーチ代行だったけど、今年は全権(あるの?)監督だから関係者の注目も高いらしい。
「はあ……」
「そうそう。私もお前の話に興味があってな」
「あ、飲み物取ってきます」 「私ウーロン茶」
藤田プロの追求は聞いてないぞと久保コーチに目で物申す前に上手く逃げられてしまった。
「私がインハイで活躍したのって六年以上も前ですよ。
もう今の選手たちが小学生だった頃の昔話だと思ってます。
それなのに未だレジェンドとか言われるの恥ずかしいんですけど」
「何言ってるんですか、インハイにおける団体戦の三冠は伝説ですよ!」
そうなのだ。インハイ男子とはいえ団体戦の三冠と双璧の名は思った以上に重い。
なんせ原作の咲-Saki-に登場するインハイ男子に出場してそうな男性キャラって須賀京太郎くらいだったしね。甘く考えてしまっても仕方ない。
だからインハイで活躍しても男子だからモブキャラと自分を過小評価してた。
福路から伝えられて初めて原作キャラへの影響を知ったくらいだ。
そのときになって気付いたのが、昨年のインハイ団体戦における風越女子のオーダーだ。
先鋒が福路、次鋒が池田、中堅、副将、大将は卒業した三年生だった。
おぼろげだが前世で福路が2年のときは副将だったという情報を見たことがある。
そして思い出したのだが、池田は衣と昨年のインハイで戦ったような会話を交わしていた。
となると1年のときに池田が団体戦の大将を務めたことは間違いない。
たしかに1年の池田が大将とか風越女子の選手層って薄すぎだろ名門(笑)と思った記憶がある。
しかし春の大会は別として、この世界において昨年のインハイで池田は衣と戦っていなかった。
そして先日、原作の龍門渕は春の大会に出ていない可能性が高いことに気付いた――。
適当に相槌を打ちながら、一人で思案に沈んでいる間に話が進む。
軽くインハイ、インカレと経歴に沿った形で話題を進めて、昨年コーチ代行を務めた新道寺女子の話になっていた。
「それなら夏のインハイも新道寺女子の体制は盤石ですか?」
全国出場の可能性が高い強豪校なので気になっているのだろう。西田記者からの質問に答える。
「今年のインハイに関していえば、新入生の加入による底上げ次第でしょうか?
須田山コーチが休養に入ってた間に、スカウティングの体制が崩れましたから」
「とは言っても新道寺女子は野依理沙プロなんかを排出した北九州でも随一の強豪校ですよね。
スカウティングが落ちたとはいえ、地元の選手は自然に集まると思いますが?」
「そうですね。その辺りの有利は認めますが――」
「ただインハイで決勝の舞台にまで進むとしたら“天災”が一人は必要だ」
補足する形で藤田プロが話題に加わってくる。
「そうですね。特に女子のインハイには“魔物”が出てくると言われてますから。
昨年は九州だと永水女子の神代小蒔、甲信越だと龍門渕の天江衣」
「天江衣か」
「藤田先輩もプロアマの親善試合で負けたそうですね」
「……あれはな。
そもそも天江がプロとの試合に出てきたのは佐之海の奴のせいだ」
「そうみたいですね。先日、本人から聞きましたよ。
あいつにはこっちも迷惑してるんですから、流れ弾は止めて下さいよ」
戒能プロの件があって佐之海にも久しぶりに連絡を入れた。
そのとき知ったのだが、龍門渕からのスカウトは佐之海の影響だった。
まず佐之海は昨年のインハイでプロとして解説を担当した。
そこで天江衣を「素人同然の打ち方」だと酷評する。
インハイ後に噛み付いてきた龍門渕と対局し、天江衣を完封(大人げない)
そこで天江衣に、ちゃんとしたコーチの指導を受けろと言ったそうだ。
後は推測になるが、龍門渕透華が佐之海について調べて双璧のことを知ったのだろう。
そうなれば僕に辿り着くのは難しくはない。
天江衣が負けた相手が評価するライバルだ。指導を受けるのも吝かではないと考えたのだろう。
知らず知らずのうちに、龍門渕にも間接的な影響を与えていたわけだ。
「その天江衣がいる龍門渕に対して風越女子の勝算は?」
「監督として就任したからには勿論ありますよ」
「ほほう、言うね。私はインターミドルの東海王者を連れてきたって噂を聞いたが?」
「対木もこ選手ですね!
清澄高校のインターミドル・チャンピオン原村和選手との直接対決も期待されてます」
「原村和か……」
「ご存知ですか?」
藤田プロの呟きに反応した久保コーチが自然な形で気になった情報を聞き出してくれる。
「ああ、先日ちょっと雀荘で打ってまくった」
「流石は“まくりの女王”ですね。どうでした?(原作通りか)」
「あのままだと絶対に天江衣には勝てないね。
南浦プロのお孫さんもいたから団体戦ともなれば分からないが」
「南浦プロのお孫さん?(つうか誰?)」
「清澄高校の南浦数絵選手ですね。
シニアの南浦聡プロのお孫さんだそうです」
南浦、なんぽ、南場、なんぽっぽ……思い出した!
青いリボンのポニーテール少女。アニメ版の個人戦で登場した南場に強い人か(1コマだけ漫画版にもいるよ)
「(宮永咲が抜けた代わりだろうけど)なんで清澄にいるん?(素)」
「それは分かりませんが――」
「南浦プロがトシさんに焚きつけられたと言ってたぞ。
今年の長野は荒れるから団体戦にも出れる高校に通わせてやれって」
「熊倉先生、なにやってくれてるんですか(マジで!)」
「くくく、恩師からの熱いエールじゃないか」
「原村だけのワンマンチームかと思っていたが……
そうなると龍門渕に加えて、清澄にも注意する必要があるな」
たしかに事前に情報が手に入ったのは大きい。おかげで久保コーチも警戒してるしな。
とはいえ宮永咲の抜けた清澄は、ニンニクラーメンからチャーシューを抜いたみたいなものだ。
東場と南場に強い選手がいるからといって、闇雲に恐れることはない。
やはり気になるのは龍門渕だ。原作では天江衣の外出制限などで春の大会には不参加だったと仮定する。
となると原作の県予選での風越女子に対する「歴代最強」や「今年は龍門渕も危ない」といった周囲の評価に一定の納得が得られる。まず風越女子が龍門渕は不参加の春の大会に出場した場合、甲信越代表となった可能性は高い。そして全国に出場していたなら、池田の強気な態度や謎だった自信の根拠にもなる。
しかし、この世界では素人同然だった天江衣は、佐之海という世界のレベルを知り、春の大会で先鋒として全国の舞台で神代小蒔と戦い、月が上弦だったとはいえ破れている。そうなると原作のような過度の慢心を期待するのは誤りだろう。
救いがあるとしたら県予選の決勝当日が満月ではないということだ。原作では間違いなく満月だったはずだ。この世界の月齢が原作とズレているのか、それとも県予選の日時が原作と違うのかまでは分からない。
久保コーチが西田記者の質問に答える横で、頭の中で考えを張り巡らせる。
昨年からは前世の記憶を呼び起こそうと色んなことを試しながら毎日を過ごしていた。
それこそ最近では咲のアニメを夢で見るくらいに――。
この世界が原作と必ずしも同じではないというのは分かっている。けど原作知識というコンパス(指針)がなければ、情けないことに航路を進む自信がないのだ。少なくとも影響がない範囲においては原作通りとなっているのだから。
「最後に読川監督からも長野の県予選について何かお願いします」
「そうですね。龍門渕に、風越女子、そして清澄。
間違いなく今年の団体戦は荒れます。
ずっと長野は層が薄いと言われてきましたが、私は魔境で戦うつもりで来ました」
「魔境ですか? それは、どういう……」
「長野に潜む魔物は、天江衣の一人だけではないということです」
そう。風越女子には魔物が二人いる。戦力としても原作の清澄を上回る。原作通りの結末を迎えるつもりなどない。
予想されていた方も多かったですが清澄の穴埋めは南浦数絵となりました。
オリキャラとか他県の強者が転校とか奇抜な手も検討しましたが……ボツ。