年が明けると風越女子麻雀部の監督としての生活が始まる。
先任である久保貴子コーチとは同世代ということもあり、互いに面識があった。
おかげで悪い雰囲気にはならず風越女子の現状、部活動の運営について密な打ち合わせを行う。
「正直なところ話を受けてくれて良かった」
「熊倉先生だけでなく色んなところに声かけてたみたいだね」
「他に火中の栗を拾うような物好きはいなかったがな。
私としては監督として矢面に立ってくれるだけでも助かる」
「こっちとしては結果を残さないと、教職になれないから本気で頑張るつもりだけどね。
とりあえず麻雀部の現状について知りたいんだけど、いいかな?」
「ああ、ここに資料はまとめてきた。
風越女子の麻雀部の部員数は80名を超える。引退する三年を除いても60名弱だ」
「部員数の多さは、流石に名門といったところだね。
インハイ長野県予選の出場校は30校前後みたいだけど、風越は部員数でいえば長野では一強といって良いな」
「たしか新道寺女子の麻雀部もそこそこ大きかったと思うが?」
「まあね。麻雀部の強豪は費用や場所などの問題で、どうしても予算が潤沢な私立に部員が集まる傾向がある」
まあ公立高校で10台を超える全自動雀卓と設置スペースを用意するのは難しいので仕方がない。
この魅力的な環境があるからこそ、来年も多くの入部希望者が殺到することが予想される。
「前回インハイ時のスタメンは三年が三人に、二年が一人、一年が一人か」
「ああ、二年の福路は一年のときは中堅でスタメン、今年は先鋒。うちのエースだな」
「(原作通り)三年引退後の新キャプテンにするなら彼女が順当?」
「そうだな。実力もそうだが。部を背負って立つ責任感もある。
それに面倒見の良い性格で部員全員から慕われている」
「他に候補がいないなら、新キャプテンは福路で決定だな。
インハイで次鋒を任された池田は?」
「三年が引退すれば、福路に次ぐ校内ランキングの実力者だ。
特徴としてはTOP率や打点の高い攻撃力のある選手だな。
お調子者なところもあるが、精神的にはタフだと見ている」
「そうなの?」
「ああ、叩いて伸ばそうと考えている」
あの「池田ァ!」は愛のムチだったのか。
なんだか原作のせいか彼女は大戦犯のイメージが強い。
というか牌譜を見る限り、けして悪い選手ではない。
あの化物二人を相手に大将としては荷が重かったということか……。
「スタメンの他に有望な選手は?」
「校内ランキング上位でいえば吉留と深堀だな」
「(原作インハイのスタメンか)二人とも一年生か」
「二年生で福路の次となると弓野だな」
「来年の三年は層が薄い?」
「ああ、逆に来年の二年は他にも浅井、大迫がランキング上位と層が厚い」
「だとしても龍門渕のスタメン全員が同学年となると……」
「正直なところ現有の戦力で全国は厳しいな」
「ところで一つ気になったんだが?」
ここで問題になるのが風越女子のスカウティング能力に対する疑問だ。
特定の部活動に力を入れる私立であれば、当然ながら有望選手のスカウティング活動は行っている。
風越女子は強豪プロを排出していないとはいえ、OG会を初めとした人的ネットワークが存在している。
しかし原作において風越のスタメンで清澄と龍門渕に対抗できた面子は先鋒の福路美穂子しかいなかった。
ダークホースだった清澄はおいておいても、全国を目指す上で龍門渕という明確な仮想敵がいたにも関わらずだ。
「なるほど。スカウトについての疑問だな。
その前に風越女子の状況を説明させて欲しい」
「そうだな。頼む」
「まず風越女子の麻雀部が全国区になったのは二十年ほど前の話だ。
元々、風越女子は運動部の活動にも力を入れていて、特待生の制度や女子寮があるのはその名残だな。
そして麻雀部が全国大会の常連校となるに連れ、弱体化した他の運動部の部室や予算を吸収し、麻雀部が巨大化した」
「ふむふむ」
「二十年間の成績で言えば、インハイにおける全国大会の出場回数は十五回。
名門の看板に相応しい実績を残している。
しかしながら風越女子が全国の舞台で活躍したことは無い。最高でもベスト8が一回だけだ」
「長野出身だと有名なプロ雀士もいない。トップリーグ所属の実業団チームもない。
競技人口が大都市圏に比べて三分の一以下だ。まあ仕方ないと思うよ」
「藤田靖子プロは、風越OGではないが長野出身だぞ」
「あっ……(忘れてた)」
「おいおい、まあ話を元に戻そう。
風越女子が麻雀部に専任コーチを置くようになったのが16年前だ。
招聘されたコーチは、予算に対して常に結果が求められた。
コーチの寿命は平均3年弱。1年で解任されたコーチもいる。ちなみに私で七代目だ。
県大会六年連続優勝という黄金期を築いた女性コーチが勇退がしたのも、全国で結果が残せなかったことが理由だ」
「条件を提示されたときに察してたけど、思った以上に結果に対してシビアだな……」
「そうだな。ただコーチが外様ばかりというのは今後の伝統を考えると良くない。
そこで白羽の矢が立ったのが生え抜きのOGである私だ」
「風越女子が全国ベスト8となったときのキャプテンだったけ?」
「ああ、それに麻雀部の戦力も充実し、将来が見通せる時期だった。
昨年の県大会を制覇したスタメンの内訳は一年生が一人に、二年生が三人、三年生が一人。
層の厚い二年が三年生となり、また多くの新入生が入部する予定だった」
それなら例年通りであれば、初年度でも県大会の優勝は難しくない。
そこに母校の期待を背負った新任コーチを招き、長期的視野に立って全国上位を狙える麻雀部へと体制の強化。
取らぬ狸の皮算用だけど、風越女子経営陣の考えはそんなところかな。
「で、そこに現れたダークホースが龍門渕ってわけか」
「ああ、そうだ」
重ね重ね、ご愁傷さまとしか言いようがない。
まあ原作知識がなければ、天江衣なんていう“天災”の出現なんて予想しようがない。
なにしろ全員一年生のチームが初出場で県優勝どころか全国ベスト8だ。
久保コーチと話を進めると、原作知識だけでは分からなかった舞台裏の事情が明らかになった。
まず風越女子は全国区ではあるものの、全国高校ランキング上位の学校ではない。むしろ低い。
これはスカウティングをする上で、かなり不利な要素となる。
また龍門渕が全国初出場でセンセーショナルな話題を提供したことも問題だ。
天江衣はインターハイ最多獲得点数記録者で、またプロアマの集う親善大会でも優勝している。
全国の強豪校の選手達がその力を恐れるだけでなく、多くの業界関係者が注目する存在となった。
つまり業界関係者の立場で考えてみれば、有望な中学生を長野の高校に推薦するなんてありえない。
天江衣がいる長野県大会は明らかに鬼門だ。風越女子に進学すれば二年間は全国の舞台に立てない可能性が高い。
推測も含むが原作でも似たような状態だったのだろう。
生え抜きの若手コーチの矢面に立つ監督を探したが誰も引き受けず。
県在住のインターミドルチャンピオン原村和にスカウトをかけたが失敗。
たぶん他県の選手にもスカウトの手を伸ばしたのだろうが失敗。
結局のところ現有戦力(+新入生)のみで風越女子は戦うしかなかった。
原作で久保コーチが荒れてたのもわかる。相当にストレスが溜まっていたのだろう。
麻雀部の伝統を築くというミッションを任され、辞めるに辞めれない状況で、名門としての結果を求められる。
僕が同じ立場だったら逃げ出していただろう。
というか原作知識と好条件での教職員採用がなければ受けなかったオファーだ。
「結局のところ監督権限の特待生枠を有効活用するしか手はないか」
「こちらとしてはアテがないからな、特待生枠に関しては一任するよ」
「わかった。あとは役割の分担と校内ランキングの見直しだな」