お姫様だっこされることに馴れてしまった僕は、大阪についた時には一段と大人になったと思います。精神年齢が上がったというか、ハードボイルドになった感じ。
「大丈夫だよまーくん。ハードボイルドからは程遠いから」
「現実逃避をさせてよ友奈さん!」
なんでサラッと僕の心を読んでくるんだろうねこの子は! 怖くて怖くて震えちゃうよ! 神様より友奈さんの方がある意味怖いよ! でも可愛いからOKです。
「大阪って地下が広すぎて迷子になるよね〜。地下にも一つの街があるんじゃないかって感じ」
「それなら地下で生き延びている人もいるかもしれないな」
「地上をある程度探索しつつ、地下への入り口を探しましょう」
杏の提案通りに行くことにして、少しバラけながら入り口を探す。索敵もしないといけないから、やることが多くて大変だよ。僕は全然役に立たないけどね。いやほんと、なんで僕ってこれに同行してるんだろ。
隣で友奈が手を握ってくれてるけど、これも友奈の行動を制限してしまってる。元の状態でも高い身体能力を持っている友奈を、僕の側にいさせるのってどうなんだろ。安心ではあるけどさ。全体に支障が出なかったらいいな。
「みんな強いからね?」
「……そうだね。あと心を読まないで」
「まーくんってば顔に出るから分かりやすいんだよ?」
「そう?」
「うん。すぐに分かっちゃう」
ふわっと微笑む友奈に完敗する。たとえ顔に出ていたとしても、友奈以外に読まれたことはない。それって友奈だから分かるってことで、他の人には分からないってこと。つまりは、それだけ友奈が気にかけてくれてるってことだよね。できればそれが役割とかじゃなくて、『個人で』とかなら嬉しいな。真相は分からないけど。
杏が地下への入り口を見つけて、先頭を若葉が、その後ろにタマとちーちゃん。ひなの後ろに僕と友奈。一番後ろに杏。黙って順番が決まるとか、みんなの絆が深まってる証拠だよね。
「バリケードっぽいね。壊されてるけど」
「抵抗の証なんでしょう。きっと賢明な判断だったと思います」
「誰か見つかるといいわね」
周囲に目を向けながら足を進めていく。地下は地上に比べて物が壊されていなくて、店とかもガラスが壊れたりとかはあんまりしてない。地下を支える柱だって無傷の柱の方が多い。
「大阪は小4以来かな」
「そうだね。まーくんのお爺ちゃんとお婆ちゃんと一緒に来たのが最後だね」
「たしかもう少し進んだとこに泉の広場があったような」
僕と友奈がこの中では大阪に詳しい方だ。そんなわけで、曖昧な記憶を頼りに道案内をする。二人で「どっちだっけ」なんて話ながら先頭を歩く若葉に指示を出す。二人で意見が別れるたびに「どっちだ!?」って若葉がノリよく反応してくれて、緊張が和らぐ。合わせてくれてるのか、自然とそうなっちゃうのかは追及しないでおこう。
そんなことをしながら足を進めると、記憶と一致する場所が増えてくる。それは友奈も同じようで、泉の広場に近づいてる証だ。そうして歩き続けていると、若葉が急に立ち止まった。泉の広場に着いたからなんだろうけど、はてさてどういうことなのか。
「若葉? どうしたの?」
友奈の手を引っ張りながら若葉に近づいて、固まってる若葉の顔を覗く。その表情は驚愕に満ちていて、顔色も悪かった。僕は友奈に声をかけられると同時に手を引かれて、それに従って後ろを振り向いた。
そうして目にしたのは
「なに……これ……」
見てわかることは、
「は、はは……!」
「勝希?」
「あはははは! 人間ってこんなことできちゃうんだ!」
「まーくん!」
「っ!? ……あれ?」
友奈の声に反応してそっちを見ると、何やら冷や汗をかいて慌てた様子の友奈が視界に入る。なんで友奈がこんなに焦ってるのかよく分かんない。若葉に目配せしても首を横に振るだけ。
よくわかんないな。僕はあれを見て
「若葉ちゃん。こちらに日記が落ちていました。おそらくここにいた方が書いたものなのかと」
「……読もう」
どう考えても重苦しいやつ。でも、ここで何があったのかを知るには十分過ぎる手がかりだ。ここに訪れた僕らは、きっとこれを読まないといけない。バーテックスがいないかを少し離れたところで監視してた他の人たちも、若葉が呼んで集まってくる。全員が揃うと、そっと日記が開かれていった。
書かれていたことは、やっぱりここでの生活のことだった。空から無数のバーテックスが降り注いだあの日以降、人類は着々とその数を減らした。この日記を書いた人は、妹を連れてこの地下へと逃げ込んだらしい。
同じように逃げ惑う人たちも、地下へと逃げ込んでいって、ある日バリケードが作られた。建物すら破壊するようなバーテックスに対して、即席のバリケードは脆いもの。ただの気休めにしかならないけど、実際にバーテックスたちが攻めて来なかったから一安心はできたらしい。
でも、問題はバーテックスだけじゃない。食料もある。そもそも日本は食料自給率が低い。大阪のような都会であればなおさらだ。つまり、食料問題が発生する。地下のスーパーマーケットから食料を取ってきたとしても、その数には限度があるし、電気が止まるのだから保存が効かない。冷蔵庫とか冷凍庫が軒並みアウトになるのだから。
そうして生まれたのが食料問題。平等に分けていっていたけど、不安は人の心を荒ぶらせる。集団をまとめるにはリーダー格が必要だけど、そのリーダー格たちが荒れたらその集団は荒れたものとなる。この場所はそれが顕著に現れたそうだ。年寄りを人の手で殺し、病気になった人、動けない人を人の手で殺し、そうしていくことで食料の消費を抑えた。この日記の人の妹も殺され、死んだ人たちは泉の広場へと集められた。ここは死体置き場として扱われたらしい。
それで、この場所がどうなったか。答えはシンプルで
それは生き残りの人たちを二分させ、話し合いの形すら成立せずに決裂。外に出ると主張した人がバリケードを自分で壊し、そうしてバーテックスたちが中に突入した。日記を書いた人は、バーテックスは中にいる人間たちをわざと泳がせて遊んでいたのだと感じたらしい。無理からぬこと。シャチだって獲物で遊ぶらしいし、ひょっとしたらそうなのかもしれない。
そうしてここにいる人たちは全員命を落とした。この大阪に生き残りなんていない。四国以外だと、勇者がいるところくらいなのかな。
「まーくん、大丈夫?」
「さすがにキツイかな……。友奈は?」
「正直に言うと私もかな」
「そっか……」
手を繋いだまま背中合わせになって、お互いに寄りかかる。友奈が正直に言ってくれるってことは、それだけ堪えたということ。僕ばっかり友奈に支えられるわけにはいかない。お互いにへこたれ合って、お互いに支え合おう。目的地がここじゃないから、すぐに移動しないといけないけど。
少しの間休んだら同じタイミングで背中を離して、お互いに様子を確認し合う。特に問題もないと判断したら、ひなのスマホに電話をかける。合流したいから場所を教えてほしいと。
「みんなはたちどこだって?」
「ひなたは屋上だってさ。若葉はバーテックスを見つけたちーちゃんを追いかけたとか」
「そっか。それなら私たちも屋上に行こ」
「そうだね」
いくらひなが巫女で比較的に安全な場所が分かるとはいえ、若葉がひなを一人にするわけがない。タマと杏も一緒のはず。だから、ひなたちの居場所が全員の合流地点になる。
「屋上まで階段ってしんどいね」
「それならまた抱っこしてあげるね!」
「それはいいで……いいってば! 友奈さん聞いてます!?」
「聞こえなーい!」
なんてこったい。こんな至近距離でも聞こえないなんて、友奈さんは疲労が溜まっちゃってるのだろうか。後で婆ちゃん直伝のマッサージでもしてあげよ。疲労回復を狙える優れものだし。
「みんなお待たせ〜!」
「勝希がアレをやられてるのを何とも思わなくなってきたな」
「タマは香川に帰ったら絶対にケチョンケチョンにする」
「受けて立つぞ!」
「若葉ちゃんとぐんちゃんは?」
「もうすぐ合流してくれると思いますよ」
僕とタマが、前哨戦こと睨めっこをしていると、若葉とちーちゃんも合流してくれた。何やらちーちゃんの表情が少し暗くなってるのが気がかりだけど、それは落ち着いたら話してみるとしようかな。
「ほらまーくん行くよ〜」
「両手を広げて僕を見てくれるのは嬉しいんだけど、そこに行ったら待ってるのがお姫様だっこっていうのが何とも」
「贅沢言わないでください。友奈さんの善意がなければ、勝希さんだけ縄に括り付けられて運ばれてたんですから」
「そんな予定だったの!?」
まさかの展開が待ち受けていたかもしれないという事実に驚きつつ、黙りこんで友奈に抱き上げてもらう。自分の足で移動しなくていいという楽さはあるけども、それ以上に申し訳無さが勝つ。あと相手が友奈ってことが追い打ちっす。
さて、出発しようってなった時に、一体のバーテックスが突っ込んできた。それに若葉がいち早く反応して一刀両断する。その洗練された太刀筋はあまりにも綺麗で、素人目からしても惚れ惚れする。
「若葉かっこいいー!」
「いや、私はまだまだ未熟な身だぞ」
「おぉ、イケメン……。これは若葉の女にされるわー」
「何をおかしなことを……」
「いいえ若葉ちゃん! 若葉ちゃんの魅力なら十二分にあり得ることです!」
「ひなた!?」
ひなに火がついたところで行きますか。他にはバーテックスがいないみたいだし、今のうちにさらに東へ。空気は少し重たくなってるけど、みんなの目は死んでない。
「なんだこれは……」
「うっ……」
「あんず大丈夫か!」
名古屋で見た光景。それは生物的に、生理的に、激しい嫌悪感を抱くものだった。とてもおぞましく、杏が気分を悪くしたのも無理は無い。というかあれは全員気分が悪くなる。
「巨大ないくらだー」
「こんな時にボケるな!」
「バーテックス自体は味が酷いけど、アレを混ぜたら味が良くなるのかな? 親子丼的な。いやでも卵の時点で不味かったらグロテスク親子丼になるし……」
「バーテックスの調理って本気だったのか!?」
「料理に終わりはないんだよ!」
僕の呟きに反応するタマに、ドヤ顔で言い返す。その瞬間アッパーを喰らったんだけど、理不尽じゃないかな。勇者として底上げされてるんだから、威力がデカイのなんの。生身の人間にすることじゃないと思うんだ。
「今回はまーくんが悪いよ」
「やっぱりかー」
顔をしかめた友奈にバッサリと怒られて、反省しながら卵が焼き払われていくのを眺める。タマが精霊の力を借りて一掃したみたい。周りがちょっとした火の海になったけど、巨大化したタマの旋盤の上に全員が乗って移動するから問題ない。便利な使い方だね。
──浮かんでいる、飛ぶではなく浮く。眼下にはかつて人の営みがあった場所……夢で見た景色とは違う。あの時はもっと……
「……南西か」
「まーくん」
「ほえ、どったの友奈」
横から頬を引っ張られ、そっちを見たら反対の頬にも手を回される。
「ボーッとしてたら落ちちゃうよ」
「そんなこと……わーお、わりとギリギリに立ってる〜」
「やっぱり気づいてなかったんだ。気をつけてね?」
「うん」
旋盤から落ちないように半歩下がる。この空中移動は、精霊に力を借りられる間続けるらしい。そんなに長くは保たないにしても、これで距離を稼げるのはいい。
僕は目線をさっきより少し北側に向ける。あっちの方が奈良だ。僕と友奈の故郷。あの日以降行けていない場所。いつかまた行きたい。帰りに寄れたら万々歳。余裕があれば頼んでみようっと。
あの卵がどういうのか分からないから、調理するときにどういう味付けをするのが正解かも分からない。でも気持ち悪いから使わなくていいやって結論に達したよ。
勇者御記 二〇一九年 二月
佐天勝希 大赦史書部・巫女様検閲済