何が起きてるのか理解できなかった。理解したくなかった。
戦いから帰ってきたみんなの表情はとても暗くて、信じたくない現実を叩きつけられたのをすぐに悟った。手を繋いだまま静かに眠る杏とタマの体には大きな穴が空いていて、体のいたる所から出血もしていた。友奈も傷だらけで倒れてるけど、弱々しく呼吸が繰り返されてることから、なんとか命が繋がってることがわかる。
「友奈……」
友奈に寄り添って、額から溢れ出る大粒の汗をハンカチで拭う。僕には何もできないから。これくらいしか。
一番傷が深い右手を見やる。いつも酷い怪我をしてくるけど、今回は比べ物にならなかった。骨も砕けていそうだ。そんな手に僕はそっと手を重ねる。おそらく怒りのままに振り続けたであろう拳に。
【────?】
「……煩いよ」
随分と久しぶりに声をかけてくる何かを黙らせる。みんないっぱいいっぱいだから、僕が呟いたことに誰も気づかない。その事に少しホッとしながら、大社の医療部隊が来るまで友奈の右手に手を重ねた。友奈に痛みが走らないように気をつけて。
「若葉とちーちゃんは部屋で休んでて」
「……あぁ」
相当まいってるのが分かる。ちーちゃんは無言で、若葉は短く言葉を返して自室に向かって行く。いつも気丈だった若葉でさえキツイんだ。ちーちゃんの方は限界を超えてるかもしれない。友奈だって意識が不明なんだし。
「勝希さん……」
「ん。来たみたいだね」
駆けつけてきた医療部隊に友奈を任せる。友奈の様子を見た隊員は、表情を曇らせて「精一杯のことはします」とだけ言った。素人ながらにヤバイだろうと思ってたけど、やっぱり深刻な状態なんだ。
杏とタマの体は、綺麗に血を拭ってから葬儀を執り行うらしい。でも、一般人に知られるわけにはいかないから、大社内で済ませるとか。関係者は呼ぶみたいだけど、二人の両親ってどうだったっけな。
「一ついいですか?」
大社の人にひなが交渉を始めた。その内容に目を丸くしたけど、ひならしいとも思った。それから、ひなは強い人なんだと思った。現実を受け止めて、自分にできることを最大限する。それを実行できる。僕とは違う。そういうのを思いつかなくて、口に出せない僕とは。でも……。
「それなら僕も手伝うよ」
「勝希さん?」
「じっとしてるのは苦手なんだ」
ちょっとお茶らけてみる。笑えてる自信がない。たぶん酷い笑顔になった。それはひなの顔を見たら分かる。一瞬悲痛そうな顔になったから。
「……わかりました。お願いします」
「うん」
大社の人たちと一緒に移動する。ひなと一緒に杏とタマの血を拭くために。女性の体を見てしまうことになるけど、そういう事をとやかく言っていられない。この役割を、ひな一人に背負わせるわけにはいかないから。みんなが戦ってる時に何もできないのは僕も同じだし、ひなと違って神託すらないのだから。これすらやらなかったら、僕が僕を許せなくなってしまう。
大社の人たちにはいなくなってもらって、部屋の中には僕ら4人だけ。杏をひなが、タマを僕が担当する。こびり付いてしまっている血を、丁寧に丁寧に拭いていく。脳内に流れ出すのは、二人と初めて顔を合わせた時。
『……3年生?』
『なんだと!?』
『お、落ち着いてタマっち』
『まーくんも謝って!』
初手で地雷を踏み抜いて、出会って3秒でバトルになりかけたところを止められたんだ。僕は友奈に拳骨されたけど。
たぶん、僕もタマも一瞬で理解できたんだ。僕らはこういうわざといがみ合うのが丁度いいんだと。こうして
「……っ……!」
「……ひな……」
すすり泣く声が聞こえてくる。涙を堪らえようとしても溢れちゃって、それでも手を止めないひなの姿が見える。震えてしまっているけど、手を動かし続けているのは、そうしないと崩れ落ちてしまうからだろう。それなら、ここで僕が声をかけるわけにはいかない。ひなの様子を気にかけながら、役目を全うするとしよう。
二人の体を清め終わったら、二人の部屋に向かうことになった。遺品整理のためだ。二人のことを気にかけてて、仲が良かった巫女の安芸さんに何か渡せるものがあるかもしれないから。
「部屋の中にアウトドアグッズ……」
「球子さん、らしいですね……」
豪快な性格をしているわりに、部屋の中は案外と整理されてる。釣り道具は釣り道具で纏められてるし、キャンプ用品はキャンプ用品で纏められてる。思えば、タマはなんだかんだでしっかりしていた。それがこの部屋に表れてる。
「うっ……うぅっ……!」
「……辛いなら僕だけでやるよ?」
「いえっ……私が……言い出したこと、ですから」
溢れ出す涙を何とか抑えたひなと、杏の部屋に移動する。結局安芸さんに渡せるものが何か判断できなかった。僕は安芸さんに会ったこともないし、ひなが判断できないなら、渡せるものはないってことでいいんだ。
「いつ見てもすごい本の量だね。小さな図書館だ」
「そう、ですね……」
タマとは正反対の部屋。部屋全体から柔らかな印象が出てて、優しく包み込まれそうな空気を感じる。そうなるように杏が内装を整えたからだろうし、本に囲まれてるからだろうけど、杏の部屋だからだね。杏の普段の印象が、この部屋にも染み付いてるんだ。ここで生活していたから。
「あんず……さん………っ!」
「ひな。もう後の予定もないし、我慢しなくていいんだよ」
「っ!」
「泣いたっていいんだ。泣ける時に泣かないと、心が辛いから。僕だって胸を貸すことくらいできるし」
膝が崩れ落ちてしまったひなに合わせて、僕も床に膝をつけて声をかける。目を真っ赤にして、今にも目尻から涙が零れそうになってるひな。強い人だと思ってた。実際そうだと思う。でも、ひなだって人間だ。同い年の女の子だ。友達の死を悲しむ普通の女の子なんだ。泣いたって誰も咎めない。
抱きかかえるようにひなを包み込む。一瞬強張ったけど、次第に力が抜けて言って、腕の中から静かな泣き声が聞こえてきた。僕はそれを見ないように視線を上げて、自分の役割について考えていた。きっと、僕にできることはそういうことだけだって。
「すみません。もう、大丈夫です」
「うん」
目を真っ赤にしながら、照れくさそうにはにかむひなを見て、落ち着いたのを確認する。完全に大丈夫になれるわけもないし、一時的だろうと少しはスッキリできたのならいいや。
「これ、友奈さんに知られたら大変ですね」
「うぇっ!? い、いや、説明したら分かってくれるよ」
「ふふっ。そうですよね。それでは、私は部屋に戻りますね」
「うん。また明日」
ひなに手を振って見送る。一人杏の部屋に取り残された僕は、杏の机を探る。杏が書き込んでいた考察ノートを見つけるために。あの考察は当たっている。そんな確信があったから。これを大社に渡さないといけないし、その前に新しいことが書かれていないか確認もしたかった。
「あったあった。これだ」
探るのは引け目を感じたけど、どうせ大社が漁りにくるだろうから。それならその前にこっちが徹底的に探して、これを渡した方が気分がいい。友達の部屋にドカドカ入られるのは嫌だからね。
ノートを開いて杏の考察を一から見ていく。僕が知ってるのは、つい先日見た内容だけだからね。とは言っても、これを書き始めたのは最近のことらしい。タマが遠征中に2回目の切り札を使って、それから調子が優れないことを言ってた。それを機にこのノートに考察を書き始めたみたい。
「精霊……か……」
【────】
「だから煩いってば。今まで黙ってたくせに」
【────】
「……話しかけないで。気が立つ」
耳から聞こえてくる音じゃない。脳内で勝手に響いてくるだけ。だから当たりも強くなる。耳を塞いでも聞こえてくるんだから。自分の中で誰かいる、とかそんなのでもない。二重人格でもないから。それなのに、誰とも分からない声が脳内で響く。
──あぁ煩い。友奈の名を出してくるな
「……どうしたのよ」
「え?」
「……あなたが部屋に来たのに、何その反応……」
「あ、ごめ……。……ねぇ、部屋に入っていい?」
「…………話し相手は、できないわよ」
気がついたらちーちゃんの部屋に来ていた。玄関で変なやり取りをしちゃったけど、中に入れてもらえた。本当は一人でいたかったはずなのに、僕は彼女に負担をかけてしまっている。
「机借りるね」
「ええ」
許可をもらったところで、机に向き合って作業を始める。感謝されないかもしれない。ただ追い打ちをかけることになるだけかもしれない。それでも、僕はこれを作ったほうがいい気がした。これを完成させようと思った。でも、一人ではいたくなかった。だからここに来てしまった。
「……こんなところかな」
完成したそれを翳してみる。表と裏も確認して、変な部分がないかチェックする。特に違和感がない。明日改めて確認するとして、今日はこれで終わろう。作業に没頭していて、時間のことを忘れてしまっていた。ちーちゃんも放置してしまっている。話しかけない方がいいのかもしれないけど、気まずさだけ与えてたら、それこそ厄介ものだ。
「ちーちゃ……」
振り返って愛称を口にしたけど、それは途中で止まった。ベッドに腰掛け、布団に包まっていたちーちゃんが震えていたから。その震えの原因なんて分かってる。僕やひなと違って、その瞬間を目の当たりにしたんだ。恐怖がこびり付いていてもおかしくない。
そして、僕は自分のことに手一杯で、彼女のことを放置してしまっていた。殴ってやりたい。僕は僕自身を全力で殴ってやりたい。
「怖いよね」
隣に腰掛け、彼女の方を見る。布団で隠された彼女の表情は分からない。怯えた様子も変わらない。
僕はどう声をかけるべきなんだろうか。戦うことができなくて、サポートすることもできない。そんな人間の同情なんて鬱陶しいだろう。苛立つだろう。だから、言葉を持ち合わせない僕は、黙って側にいることしかできないんだ。
「…………離して」
「やだ。少しだけ、こうしてよ?」
横から彼女を抱き締める。一度言葉で拒絶されたけど、少し抵抗してみてたら黙り込んだ。あまり会話もしたくない心境なんだね。
僕らはしばらく無言のままでこうしていた。会話もなく、特になにか行動するわけでもなく。居心地が悪いことなんてなくて、気まずいなんてこともない。いつの間にかちーちゃんの震えも収まってきて、彼女の方から口を開いた。
「……あれは、バケモノよ……。切り札も効かなくて……彼女たちも……」
「うん……」
「次あんなのがまた来たら……今度は私が…………いや……死にたくない……!」
「うん」
本音を吐き出すちーちゃんに、僕は何も返せない。恐怖に染まり、声を震わす彼女に何も。
戦う力なんてないから。慰めの言葉なんて持ち合わせてないから。根拠のない大丈夫なんて言えない。気休めどころか、相手の神経を逆撫ですることになる。
なぜ僕はこんなにも無力なんだろうか……。なぜこんな僕が、丸亀城にいるのだろうか。
何か役割があるからだと思ってた。
小さな事でも、何かがあると。
でも、どうやら違うみたいだ。
──杏が
今日になってまた■■■が聞こえるようになった。聞こえないでよかったのに。脳内に響かせてくる。それをどうすることもできなくて、ただ無視するしかない。
それはそれとして、杏の考察を元に考えたら、どうやら僕は■■■■■■■■■■■。
勇者御記 二〇一九年 五月
佐天勝希 大赦史書部・巫女様検閲済