友奈はまだ入院中。命を落とす可能性があると言われていたけど、危険な状態から脱することができたらしい。今はただ眠っているだけ。もう少し時間がかかるだろうけど、あとは目を覚ますのを待つだけ。友奈のことだから、ひょっこり目を覚ますだろうし、お見舞いに行ったらケロッとした態度で元気な様子を振る舞うんだろうね。
タマと杏の葬儀は大社内で密かに行われた。大社が遠征の結果を虚偽まみれの内容で人々に伝えてるせいで、勇者二人の落命を報じられないんだ。『勇者でも勝てない敵が現れた』なんて教えたら、狂乱騒ぎも考えられる。
「あんた達……」
タマと杏の棺を前に膝をつく巫女がいた。溢れる涙を止めることなく、二人の死が信じられないという様子で。
ひなに聞かなくても分かる。彼女が、杏とタマを導いた巫女安芸真鈴さんなんだ。
「こんな事になるくらいなら……。無茶を言ってでも側にいればよかった!」
彼女の後悔が胸に突き刺さってくる。『側にいたかった』という彼女の想いが、僕にとっては違う意味で辛いものだった。だって、僕は何も持たない人間なのに勇者の側にいられるのだから。居場所を奪ってる可能性すらある。
だけど、ごめんなさいは言わない。何も言うことはできないし、何も言わない方がいい。僕はただ、彼女の想いを、現実を受け止めるしかない。
「安芸さん、ですよね?」
「っ……?」
「初めまして。佐天勝希です」
「……あんた、が……」
でも、それはそれとして、僕は僕にできることをやらないといけない。そのために、ちーちゃんの部屋で作業をしていたのだから。
瞳を赤く染め、涙を零す安芸さんに合わせて僕も膝をつく。僕は安芸さんのこと全然知らないけど、安芸さんは多少なりとも何か知ってるらしい。ちょっと気になるけど、興味本位で聞く空気でもない。用を済ませよう。
「ひな……ひなたと遺品整理してたんですけど、渡せるものが何か分からなくて。だから、僕が勝手に作ったものですけど……これを」
安芸さんにロケットを示す。ネックレスになるように紐を通してあるそれを、安芸さんは受け取ってくれた。なんの捻りもない簡単なもので、珍しくもない。だからこそいいと思う。それには、杏とタマのツーショットを入れたのだから。
「ぁ……あぁぁ」
「急造だったので、あまり良い物にはできませんでしたが……」
安芸さんが強く首を左右に振る。今、言葉を発する余裕はないけれど、否定はするってことみたい。これで十分だと、そう言われた気がした。
この手のものを作る時に、こだわりを入れたりする僕だけど、安芸さんのことを知らない僕はシンプルさを求めた。もっとこうしたらよかったかな、なんて思ったりするけど、安芸さんがこれでいいと言ってくれてるのだから、素直に受け取ろう。
「すみません、僕はこれで」
安芸さんは他の巫女さんに任せて、僕はこの場を後にした。まだ精神的にキツイ状態のはずだけど、若葉たちは最後まで残ったらしい。そういうところが勇者たる所以なのか。
「佐天くん」
「……あれ? どうしたの? 葬儀はまだ終わってないんじゃ……」
「ついさっき終わったわ」
僕は勇者たちから離れ過ぎるわけにはいかない。ここが大社内であるならこと更に。それに、先にあの場を離れるという後ろめたさもあって、僕は葬儀場の近くの壁に項垂れるようにもたれかかっていた。何も考えず、ただぼうっとしていたら、ちーちゃんが僕に声をかけてきた。顔色はまだ優れない。多少は落ち着けてるみたいだけど。
「丸亀城に戻るって流れ?」
「乃木さんたちはそうするみたいね」
「ちーちゃんは?」
「病院に行ってから帰るわ。佐天くんも来るでしょ?」
病院……なぜ今そんなことを言っているんだろう。だって友奈はまだ眠っているはずだし、大社から言われてるカウンセリングだって無視してるはず。
「先ほど知ったのだけど、高嶋さんと面会できるらしいわ」
「っ!! そっか……。意識が戻ったんだ」
肩の荷が降りたように、僕の気持ちは楽になった。ほっと息を吐いただけのはずなのに、思ってた以上の空気が吐き出される。その事に苦笑しつつ、僕はちーちゃんの誘いにのった。
❀❀❀❀
使用を禁止されていた奥の手。三大妖怪の1体である酒呑童子の力を使った。それまで使ってた切り札じゃ通用しなかったし、タマちゃんとあんちゃんのことがあったから。
思考が消え去った。怒りに飲み込まれた。私は一切の迷いもなく、一片の後悔もなく酒呑童子を使用して敵を倒した。……ううん、後悔はある。もっと早く判断して禁じ手を使っていたら、二人を守れたんだから。明らかに今までと違う敵だってことは、雰囲気で掴めていたのに。
「高嶋さん」
「ぐんちゃん! まーくんも、来てくれたんだ!」
暗い思考を中断した。二人が来てくれたんだもん。お見舞いに来てくれたことを喜ばなくちゃ。
「傷の具合は?」
「右腕以外は大丈夫だよ。これは治るのにまだしばらくかかるみたい」
「そっか」
私が座ってるベッドの側に、来客者用の椅子が置かれてる。まーくんはそこにぐんちゃんを座らせて、その横に立ってる。レディファストなんだろうけど、それ以外にも理由がありそう。
酒呑童子の力を使った私は、戦闘の傷とは別に体に大きな負担がかかってる。強大過ぎる力だから、反動も強い。体の内側が悲鳴を上げてる。
「ぐんちゃん大丈夫?」
「え?」
「ちょっと辛そうに見えたから」
顔を少し下げて、覗き込む形でぐんちゃんを見る。ぐんちゃんは困ったように目を泳がせて、その様子を見てたまーくんが一言断って、部屋から出ていく。まーくんなりの気遣いに感謝して、私はぐんちゃんの手を引いた。
「高嶋さん?」
「ぐんちゃんもう少しこっち来て」
「え……」
「いいからいいから」
ぐんちゃんに近づいてもらって、私はぐんちゃんを優しく包み込んだ。どうするのが最適か分からない。だから、私は私が落ち着けるやり方を実践してみた。ぎゅーってして、背中をゆっくりぽんぽん叩いて。子供っぽいかもしれないけれど、これが結構落ち着ける。
「大丈夫だよ。ぐんちゃんは私が守るから」
「…………」
「あれみたいなのが来ても、私がまた倒してみせる。だから、大丈夫」
「……ありがとう高嶋さん。もう……大丈夫よ」
はっきりした口調で、ぐんちゃんが私から離れる。言葉の強さとその瞳から、ぐんちゃんが本当に大丈夫なのだと分かった。ぐんちゃんは決して弱い人じゃない。
「高嶋さん? どうかしたの?」
「ううん。ぐんちゃんって凄いなぁって思っただけだよ」
「……私は……」
「ぐんちゃんは強い人だよ」
自分のことに揺らいでしまいがち。そこが偶に傷ではあるけど、そんなの関係なく私はぐんちゃんが好き。ぐんちゃんのことが好きで、ぐんちゃんの親友でいたいと思う。それくらい誇らしい人なんだ。その事を自覚してくれてないけど、気づいてくれる日が来ると信じてる。
私はぐんちゃんに頼んで、席を外してるまーくんを連れてきてもらうことにした。まーくんとはまだ全然話せてないし、話さないといけないことがあるみたいだからね。
「二人の話はもういいの?」
「私は大丈夫」
「私もよ。今度は私が席を外すわね」
「ありがとう、ぐんちゃん」
お礼を言ったらふわりと微笑んでくれた。それは友として嬉しい返しだし、ぐんちゃんの心が落ち着いてる証でもある。私も自然に笑みが溢れて、小さく手を振り返した。
部屋のドアが閉まったら、ぐんちゃんを見ていたまーくんの視線がこっちに向けられる。まーくんが口を開く前に、『大したことはしてない。本人の強さだよ』と答えをぶつける。私の予想は当たってたみたいで、まーくんも開きかけた口を閉じて、私の目を見つめてくる。その瞳は話を促すだけじゃなくて、私のことを見透かしてきそうなものだった。
「まーくんさ、
「……なんでそう思うの? 確信を持ってるようだけどさ」
「私には分かるんだ。そうできるようにお爺さんに託されたから」
「!?」
まーくんが目を見開く。それもそうだよね。だってまーくんは何も知らないんだから。
「……それさ、教えてくれるわけじゃないんだよね?」
まーくんなりの探りが始まる。どこか確信を持った質問で、それは疑問を確固たるものに変えるためのもの。誤魔化しが聞くわけでもなく、かと言って話せるわけでもない。だから私は、まーくんの質問を肯定した。教えられない内容なんだと。
「まーくんはできるだけ私の側にいて。もしくはヒナちゃんの側に」
「……共通項が分からないな」
「私は勇者で、ヒナちゃんは巫女だもんね。でも、分からないままでいてほしいな」
「はぁ。……まぁ、爺ちゃんが黙ってたことだし、友奈が秘密を守ってるわけだしね」
やれやれって頭を振ったまーくんだけど、私にも一つ言ってきた。考えないようにするのは、無理があるってことを。どうしても頭を過ぎってしまうことはある。それは私も同意見。
「それでも、まーくんには前を見て過ごしていてほしい。それが一番の対処法になるから」
「よく分からないけど、そうする事を心掛けるよ。ここまで言われるってことは、それだけ大事なんだろうから」
まーくんが私のお願いを聞いてくれる人でよかった。誰だって深く追求したくなっちゃうことが、今まーくんの中で起きているのに。
私がほっと一安心してると、今度は私の番だとまーくんに言われた。なんの事かさっぱり分からなくて、小首を傾げる。冷めた目でじとって見られるても、分からないものは分からない。
「酒呑童子を使ったんでしょ? 今までの比にならない負荷がかかってるはずだよね?」
「あー、結構しんどかったけど、今は大丈夫だよ」
「
「まーくん……」
さすがあんちゃんだよ。今の話を聞いて、私は納得がいった。穢れが溜まって精神に影響を来たす。その仮説は正しいんだ。良くない思考をしてしまっていた時期もあるから。
それよりも、私は今看過できないことが起きてると知った。それは、まーくんがこの事に確信を持ってることだ。今までそんな事なかった。せいぜい、『合ってる気がする』程度だった。それなのに、今回は確信を持ってしまっている。それはつまり……。
「人のことばかり優先してるけどさ、これに関しては自分を優先して。本当は時間をかけてケアすることだけど、それができる状況でもない。それなら少しでも気持ちを安らげられるようにして」
「……そうだね。でもほら、私って誰かといる方が落ち着けるから」
「……たしかに」
看過できない。でも、まーくんに知られるわけにもいかない。それなら、せめて私にできることをするだけ。
「まーくんこっち来て?」
「うん」
「やっぱり私にはこれが一番だよ」
さっきぐんちゃんにやったことと同じ。まーくんとハグ。背中に手を回して、回されて。お互いにぎゅってする。大好きな人に包まれる嬉しさ、温もり、愛おしさ。いろんなことが頭の中を回って、心を満たしていく。
私にとってたぶん効果的なケア。そして、まーくんにとっても。気休め程度の効果しか出なくても。それでも。
おそらく激化する戦いに、友奈さんは一歩も引かない。入院数が増える。
彼女から話を聞かされている私は、勝希さんをしっかりと見ないといけない。……どこかで分かっていたから、彼女は先に教えてくれたのだろうか。
二〇一九年 五月
上里ひなた