また友奈が入院した。そもそも退院していたのかと聞かれると、そうでもないからこの言い方はおかしいか。正しくは、友奈がまた面会謝絶になった。
神樹は四国を覆うように不可視の結界を張っていた。それは、結界の外にいるバーテックスが、一般人たちに見えないようにするためのもの。他にも効果があるのかもしれないけど、今わかっているのはそれだけだ。
今回、勇者たちはその結界の外を偵察しに行った。勇者たちですら結界のことは知らず、偵察の過程で初めて知ったらしい。そして結界の外では、杏とタマを殺した超大型バーテックスの別の形態が複数体生成され始めているらしい。その強大な力には、切り札じゃ太刀打ちできない。酒呑童子クラスの精霊じゃないと。
「まったく、友奈は自分の体をなんだと思ってるんだか」
外の空気を吸うために、一人愚痴りながら空を見上げる。変わることなく綺麗な空と形様々な雲。大自然は何一つ変わらない。変わっているのは僕達人間の世界だ。ゲーム感覚で言うなら、こうなっていくのも自然の浄化作用と言うことになるのかな。いや、神なんて存在が顕在化する程なんだ。浄化作用とは言えない。言わせない。
「勝希さん、こちらにいたんですね」
「ん? 何か用事?」
「いえ、特別何かあるわけでもないんですけど」
「なるほど。
「はい。そういう事、です」
友奈って抜けてるとこがあるのに、こういう所は抜け目ないよね。ひなには事情を話してあるってことでしょ。リーダーの若葉でもなく、巫女であるひなに。
気分転換も済ませた僕は、ひなの部屋へとお邪魔することになった。やっぱり部屋は部屋主の特徴が反映される。包容力の高さを普段から伺わせるひなの部屋は、リラックスできる空気が漂っていた。
「お茶でいいですか?」
「うん。ありがとう」
用意されたお茶をいただき、穏やかな表情で向かいに座るひなを見つめる。何をどこまで知っているのか、この状況でこうしているということは、少なくとも僕以上に僕のことを知っている。友奈が教えたんだろうから。なら、そこの確認でもしようか。
「全部、とは流石に言えませんよ。友奈さんが教えてくださったのは、勝希さんが丸亀城に、つまりは勇者の皆さんと一緒にいる理由です」
「一緒にいると言うよりも、
「そういう見方もできますね」
「僕としては、みんなと仲良くなれたし棚ぼたみたいな感覚だけどね」
「ふふっ、おそらく皆さんも似た気持ちだと思いますよ」
この待遇に文句なんて言うはずがない。男友達こそできなかったし、今からできるってわけじゃないけど、それでも大切だと思える友達ができたんだ。勇気を振り絞って戦う。そんな気高く、誇りのある友達が。
「なんで友奈はひなにだけ話したんだろうね?」
「教えられません。と言うよりも、私もその事自体を完全に理解できてるわけでもないので」
「ふーん? でも、役割として受け入れたんだ?」
「友奈さんの負担を減らせるなら。そう思っただけです。私は戦えませんから」
「そう言われたら僕は完全にお荷物なんだけどね〜」
「すみません……そういうつもりじゃ……」
皮肉なことを言ってしまった。すぐに反省して、眉を下げるひなに謝罪する。嫌なことが続いてるからか、どうにもマイナスな思考になってしまってる。これじゃ駄目だ。
「希望は前に、兆しは上に……だったね」
「え?」
「婆ちゃんが言ってたんだ。どれだけ苦しくても、希望はいつだって前に存在する。その兆しはいつだって上を見ないと気づけないってね。兆しを上って言ってるのは、その時に下を見てるって仮定らしいよ」
「……希望は前に……。素敵なお祖母様だったんですね」
婆ちゃんの言葉を繰り返したひなは、いつものふわりとした笑みを浮かべた。無理してなくて、自然な浮かべ方。僕はそれに頷いて、婆ちゃんから教わったことを少し思い返してた。……たいてい爺ちゃんと一緒に説教受けてたけど。
思考を切り替えて、仮の話を考える。もし世界がこんなんじゃなかったら、ひなは男子からモテてたんだろうな、なんて。若葉がガード役かもだけど、若葉は若葉で女子人気高そう。
ふっ、と笑いが溢れてしまった。首を傾げるひなに、想像してみたことを話してみる。
「若葉ちゃんはそうかもしれませんが、私はそんな事にならないですよ」
「そうかな?」
「はい。私は若葉ちゃん一筋ですからね」
「……そういう事ではなく。それはそれとして、男子からの人気高いと思うよ? 包み込んでくれそうな柔らかい雰囲気があるし、可愛いし、笑顔だって綺麗だし」
「ナンパですか? 友奈さんに報告しますよ?」
「違うからやめて!? 仮の話を男子代表として意見してるだけ!」
スマホを操作しようとするひなに手を伸ばして、静止の声をかける。冗談ですってクスクス笑ってるけど、心臓に悪いからやめてほしい。あと、スマホの画面が友奈とのトーク画面だったんですけど。本当に冗談なのかな……。考えるのはやめておこう。
「話を戻してみますか。私は杏さんの人気が高いと思うんですが」
「あ〜。奥ゆかしい感じだけど、芯があってしっかりしてるもんね。でも、それこそタマが障害として間に割って入りそう」
「たしかにそうですね。球子さんならきっとそうします」
「喧嘩とかにはならずに、何なら友達とかになるんだろうね」
学校生活があったらどうか。そんな話をして盛り上がる。数年一緒に過ごしたんだ。こういう事をしそう、なんて簡単に想像できる。もしかしたら、なんて展開も予想してみたり、話題が尽きることはない。
「友奈さんは男女ともに人気高そうですよね。誰でも分け隔てなく接しますから」
「友奈は僕の彼女だから。誰にも渡さないから」
「ここで本気になられても……」
しまった。反射的に即答してしまった。
僕の失態をひなは笑って流してくれた。友奈ならどの部活にも入らないだろう、って話題を作ってくれる。僕もそれに乗る。友奈が入るとしたら、ボランティア部とかだろうって。そんな部活があるかは分からないけど、もしあったらそこに入ってる。無くてもボランティアをしてる。そんな姿を簡単に想像できる。
「勝希さんは友奈さんと同じ部活ですか?」
「そうなるかなー。それか自分で何か作るか」
「でしたら、勝希さんがボランティア部を作ってるかもしれませんね」
「たしかに……!」
ボランティア部が無かったら、僕が友奈と一緒に作ってそうだ。というかそうする。絶対にそうする。それで、たぶんメンバーを集めた結果が、今の面子になるんだろうね。そんな気がする。
「私もそう思います。千景さんも、友奈さんと勝希さんが声をかけて入るんでしょうね」
「だね〜。……ひな」
「はい。それではまた明日」
「うん、また明日」
淹れてもらったお茶を飲み干して、手を振って部屋を出る。こういう察しの良さとか、気遣いとかもモテる理由になりそうだけどね。本人は当然のこととしてやってそうだから、全然自覚してないだろうね。
ひなの部屋から自室へ……戻るわけではなく、ちーちゃんの部屋に向かう。友奈がまた面会謝絶になってしまってるから、ちーちゃんの心の支えが揺らいでしまってる状態だ。僕が支えになるかはともかくとして、寄り添うことぐらいできるはず。
「ちーちゃーん」
声をかけても返事が無い。インターホンを鳴らしても返事がない。どうしたものか。何回も訪れている部屋とはいえ、女の子の部屋に突然入るわけにもいかない。それなのに返事がない。もう一度インターホンを鳴らすけど、やっぱり反応がない。ドアノブに手をかける。鍵が開いてるのがわかり、少しだけドアを開けて、声をかける。でも返事がない。
部屋の灯りが薄暗い。嫌な予感がした。僕はすぐに部屋に入り、慌ただしく靴を脱いで部屋に上がった。奥に駆け込むと少し荒れた部屋が目に入った。物は壊れてない。整理されてたはずの部屋に、物が散乱してるくらい。ちーちゃんはベッドの上で布団に包まり、膝を抱えてる。どう声をかけたものか。原因が分からず、辺りを見渡して
「これって…………っ!」
机の上に置かれていたパソコンには、とあるサイトでの人々のやり取りが書かれていた。ネット上での知らない人同士のやり取り。それ自体は珍しくない。よくあること。だけど、その内容が酷かった。
『勇者が死んだらしい』
『災害は勇者がバーテックスを抑えられないから』
『役立たず』
『何のための勇者なのか』
『ふざけるな』
心ない言葉ってのはこういう事なんだろう。自分たちがなぜ生きていられるのかも度外視。バーテックスという存在がどれほど恐ろしい存在なのかも度外視。勇者がどれだけ苦しい思いをしながら戦っているのかも度外視。
みんな好き勝手言って。勇者という存在を自分の都合のためだけに考えて。ちーちゃんが荒れたのも分かる。これは勇者じゃない僕だって腹が立つ。でも、僕が怒っちゃいけない。僕は勇者じゃないから。バーテックスの怖さも知らないから。代弁者になることなんてできないし、僕がこの部屋に来た目的は別なんだ。
「ちーちゃん」
「……」
ベッドの側に行って声をかけるけど、塞ぎ込んでるちーちゃんは返事してくれない。寝てるわけではないみたいで、僕が声をかけたらピクッと反応してた。僕はちーちゃんを覆う布団をどけた。何をするんだ、という目を向けられても、僕はわざとふにゃっと笑う。それと同時に内心で少し動揺してる。だってちーちゃんの目が憎悪に染まっていたから。
「……見たでしょ?」
「パソコン? うん、見たよ」
「みんな……好き勝手に言って…………私たちがどれだけ、どれだけ苦しい思いをしてるかもしらないで……!」
「うん」
「何のために戦ってるの!? 私たちが守ってきた人たちにあんな事言われて! それなのにまだ戦わないといけないの!?」
ベッドに上がり、向かい合って座る僕にちーちゃんが本音をぶつけてくる。今まで溜め込んでたことを。知らない一面ってわけだけど、怖くない。むしろこうして話してくれることが嬉しい。どう思ってるのか分からないことが、一番怖いことだからね。
「好きで勇者になったわけじゃない! 勇者になったから、戦う役割を押し付けられたから戦ってるの! みんなが私を見てくれるから! それなのに……!」
「うん。でも、僕はずっと隣でちーちゃんを見続けてるから。人数では到底どうしようもないけど、それでも僕はちーちゃんの隣に居続ける。できるだけ支え続けるから」
「そんなの……。あなたがそうしたところで、あいつらは何も変わらないじゃない! 知ってしまったのよ! ああやって叩かれてることを! もう知ったのに!」
「そう、だね……。うわっ!? え?」
なんて声をかけたらいいんだろう。友奈なら何か言えるのかな。僕には思いつかない。だから僕は目を逸らしてしまった。その瞬間に僕は押し倒されて、両肩をちーちゃんの両手で押さえられる。目をぱちくりさせながら、僕を押さえつけるちーちゃんの様子を伺うも、その瞳からは何も読み取れない。いろいろ渦巻いてるってことなら分かるけど。分かるなりにやってみようかな。
「……ねぇ、
「っ!」
「僕は何もできないからさ。戦えないから、せいぜい気晴らしのために一緒にいてあげることしかできないから。だから、千景が望むことをできたらなって」
「……そう。……なら……私を
「…………ぇ? それは……っ!」
どういう意味で言ったのだろう。あの瞳からはその真意が読み取れない。分かってることは、僕が言葉選びを間違えてしまったこと。真意を確かめようにも、なんとも言えない柔らかな唇で口を塞がれてしまってることくらい。ちーちゃんだって、友奈と僕の関係を知ってるのに。
抵抗しても上にいられて、抑えられてるから抜け出せない。息が苦しくなって力が抜けてくると、そのタイミングでやっと口が解放された。見上げた先にいるちーちゃんを、不意にも綺麗だと思ってしまった。綺麗だとはいつも思ってるけど、今回のこれは何か違う。それを考えられるほどの思考力はたった今奪われた。
「──さい」
何か呟いてたみたいだけど、それを聞き取ることはできなかった。体に力が入り切る前に僕はもう一度口を塞がれる。
──駄目だこりゃ
そうして僕は、友奈に謝らないといけないことができてしまった。
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勇者御記 二〇一九年五月
郡千景 大赦史書部・巫女様検閲済