ちーちゃん宛てに大社から届いた連絡。それは、丸亀市で家族と一緒に過ごさないか、という内容だった。それを知った時、ちーちゃんは混乱していた。何でそんな連絡が来るのか、といった具合に動揺していて、でもその話を親御さんに持っていくことを決めた。
僕は心配だったんだけど、ちーちゃんは家族の話だから一人で行くと言って高知へと旅立った。もちろん僕がそれを聞いて、はいそうですかと頷けるわけもない。最近丸亀城から出過ぎてるということもあって、監視の目がついたけど、大人の裏をかくのは得意だ。すんなりと抜け出して、ちーちゃんにもバレないように気をつけながら後を追った。スマホの電源は落としてる。電源を点けてたら、それで足が付くことなんて分かりきってたから。
「そういえば高知に行くのは初めてだな〜」
ちょっとした旅行気分になる。ちーちゃんを見失わないように追いかけたけど、移動手段がバスだったのは焦った。だって簡単にバレちゃうから。そそくさと後方の席に行って、座りながら息を潜め様子を観察する。ちーちゃんはイヤホンをしてゲームを始めた。それを見て安心した。だってあれは一人の世界に没頭する時にいつもしてることだから。一度あれを始めたら、しばらく周りのことを無視する。たぶん最寄りのバス停に着くまであのまんまだね。
ほっと息を吐いて、視線をちーちゃんから窓の外に向ける。基本的に山しか見えないし、反対側を見たら遠くに海。海に囲まれ、陸地の真ん中には山脈がある四国ならこんなものか。高知に入ったらまた違う景色になりそうだけど。
「そういえば、バスから海を見るのっていつぶりなんだろ?」
奈良は山ばっかりで、海なんてなかった。三重に行くか和歌山に行くか、近くても県を超えないといけなかった。たしかどっちも行ったことがあったはず。和歌山なら白浜に行ったし、三重なら…………あれ?
「三重に行った時ってどこに行ったんだっけな」
爺ちゃんと婆ちゃんに連れて行ってもらったのは覚えてる。2泊3日の楽しい旅行だった。それなのに、覚えてるのはそれだけだ。行ったという事実だけが記憶にあって、その中身を何一つ思い出せない。この時は友奈はいなかったっけ。
「……まぁいいや。ひょこっと思い出せそうだし」
きっと思い出せる。そう信じて、僕は意識を記憶から景色に戻す。相変わらずの景色だけど、民家とかは変わるわけで、若干でも暮らしは変わってるのかなって考えてみる。学校が見えたら、今の学校行事って何かあるのかを予想してみたり。たぶん、行事はしてないけど。それでも、何かやってるとしたら、何をやっているのだろうか。
そんな事を暇つぶしのために考え、何時間も潰したら目的のバス停に着いた。ゲームを中断して、イヤホンを外しながらバスを降りるちーちゃん。バレないかドキドキしながらその後をつける。
「高知初上陸! ……っていう気分になれないな」
ワクワクしてる自分もいるんだけど、そんな自分がすぐに消え去っていく。別に景色が殺風景だとか、民家がボロボロだとか、そんなことではない。過疎化が進んでるっぽい田舎。城はない。それはそれとして、ここは嫌な空気が蔓延していた。なんだか呼吸しづらい。
一回深呼吸して、意識を切り替える。できればちーちゃんの呼吸の第一印象を、悪いものにはしたくないからね。たしかな足取りで進んでいくちーちゃんは、周りをあまり見ない。ただ前を向いて、村を歩いていく。そのおかげで、僕もそこまでコソコソしないですむ。つまり、周りに怪しまれない。全然人とすれ違わないけど。田んぼで作業してる人を一回見かけたくらい。
──恐怖症の人がまだまだ多いのかもしれない
しばらく進むと、向かい側から二人の女性が歩いてくる。見た感じだと親世代。みんなのお母さんが生きていたら、だいたい似た感じかな。その人たちは、ちーちゃんを見て軽く挨拶してた。そう、軽く。勇者が讃えられるこのご時世で、軽く、だ。そのことに僕は驚いたし、ちーちゃんも驚いたっぽい。
けれど、それ以上に驚くことが視線の先で繰り広げられた。周りが物静かだから、風に乗ってその言葉が聞こえてくる。
「あの子、戻ってきたのね」
「よくあんな平然としていられるものね……あの子たちのせいで人が死んでるのに」
よくそんな事を言えたものだ。バーテックスという存在の恐怖を忘れたのか。平和ボケってこういう事? こんな短期間で?
傷ついても、何度襲撃が来ても戦ってる勇者たち。それを知ってるからこそ悔しい。普段の様子は、ただの女の子だっていうのに、それでも戦ってるのに。なんで彼女たちが貶められないといけないのか。
「勇者が化物を倒せないから、怪我人とか死ぬ人も出てるんでしょ?」
「本当にちゃんと戦ってるのかしら……?」
「さぁ……どこで何をしてるのかわかったものじゃないし」
「だいたいなんであの子なのかしら……親もロクなもんじゃないのに……」
もう通り過ぎてるのに、わざとちーちゃんに聞こえる声量を出してる。妬みとかじゃない。ただただ貶めて、嘲笑って、卑下にしてる。なんでちーちゃんが選ばれたか? そんなのちーちゃんの心が気高いからに決まってるだろ。少なくとも、君たちが選ばれる可能性は微塵も存在しない。
そう言ってやりたかった。だけど、ちーちゃんが黙っているのだから、僕も何も言わない。足早に離れていくちーちゃんを追いかける。今度は人通りが少ない道だ。誰一人としてすれ違わなかった。そしてちーちゃんの家へと辿り着いて、僕は家のすぐ横に行って、ちーちゃんとちーちゃんの父親の声が聞こえる位置でやり取りを聞いた。
母親のことも聞こえ、声を荒らげる父親の言葉から、さっきの子が『ロクでもない』と言った意味を理解する。ちーちゃんを本当の意味での我が子、とは思ってなさそうだ。自分のことばかり気にかけている。でも、同情の余地がないわけでもない。味方になる気もないけど。
だって──
「──千景、お前のせいだぞ! 勇者のくせに負けるから! 人を守れないから! クズが!」
千景にこんなことを言うんだから。
ふざけてる。千景がそんなことを言われる筋合いなんて存在しない。千景がクズだなんてありえない。ふざけてる。ふざけてる、ふざけてるふざけてる!
玄関が壊れかけるほどの勢いで一人の少女が飛び出した。大鎌を手に、その瞳を憎悪に染めて。僕はそれをすぐには追いかけなかった。開けられた玄関から中に入り、さっきまで千景がいた部屋に行く。なんかオッサンが叫んでるけど、僕はそれに聞く耳を持たなかった。いろんな紙に書かれている文字をザッと見る。
『勇者は役立たず』『クズの娘はクズ』『村の恥』『お前の娘がもっとちゃんとしていたら』『死ね』『人を守れない勇者に価値なし』『ゴミ一家消えろ』
『土居と伊予島は無能。税金返せ。勇者なんて価値なし!』
あぁ、これだ。千景が一番許せなかったのはこの言葉だ。これを見て彼女は飛び出していったんだ。
答えを得た僕は、飛び出した彼女を追いかける。どこに行ったのかはだいたいしか分からない。方向をチラッと確認しただけだから。それでも、僕はちーちゃんがいる場所がわかった。テレパシーなんてものじゃない。直感でもない。悲鳴が聞こえたからだ。
知らない女の子の悲鳴。それを頼りにそこに行くと、四人の女の子と大鎌を振るう千景が見えた。一人は出血していて、その子の近くで二人が腰を抜かしてる。少し離れたところで一人が薄っすらと斬りつけられていて、大鎌を構えつつそれを見下ろす千景。
「土居さんと伊予島さんは……命を落としてまで、絶望的な強さの化物に立ち向かったわ……。私も……怖かったけど、頑張って戦った……。私たちを蔑むなら、あなたも……自分より圧倒的に強い者と、戦ってみなさい……!」
──やっぱりそうだ。
大鎌が振るわれ、少女の太ももに赤い線が走る。悲鳴が上がる。
「戦いなさい……!」
今度は少女の髪の毛が数本落ちた。
「……戦え……! 私たちの苦しみを、知れ……!」
何度も大鎌が振るわれる。少しずつ傷が増えていき、少女の悲鳴が狂ったように響き渡り続ける。大鎌が止められる様子はない。
やがて決定的な一撃が放たれ──
「そこまでだよ」
千景の腕を掴み、千景の一撃を迎撃しようとした若葉を手で制す。
「佐天くん……? 乃木さん……? ……邪魔しないで!」
「待て千景! お前は今冷静じゃない!」
「そんなこと……!」
「はいストーップ」
若葉の口に手を当て、千景の口に人差し指を当てる。若葉には黙るように言いつけ、僕は千景に向き直った。殺されそうなくらい睨まれるけど、大鎌は振るわれそうにない。少なくとも今は。
「私たちは……裏切られた……命をかけて、人を、守ってきたのに……!」
「うん。知ってるよ。頑張ってくれてる。想像もできないほどの苦悩に耐えてまで、ね」
「……みんな、ふざけてるわ……! なんのために……なんのために、私たちは戦ってるの!? 守ってきたのに……! 人を守ってきたのに……! 命をかけて戦ってきたのに……! なぜ蔑まれないといけないの……!? こんなことになるなら……戦う意味なんか、人を守る意味なんか……ない!」
「タマと杏のことも蔑まれたしね」
「そうよ! 彼女たちは勇敢だったのに……! 最期まで……なのに! ……これじゃ昔と同じ……蔑まれて、傷つけられて……! 勇者になったのに……! なんで、こんな……!」
「辛いよね……。心が壊れそうだよね……」
「なんで……うぅっ……うぅぅ……」
涙が頬を伝っていく。歯を食いしばり、大鎌を強く強く握りしめる。そんな彼女を、僕はそっと包み込んだ。体が強ばり、戸惑っている千景をぎゅっと。彼女の体の震えが大鎌に伝わり、カタカタと音が鳴るけど、僕はそれを気にしなかった。僕が見るのは千景なんだから。
「千景は優しいよね。だって、我慢の限界が来たのも、タマと杏が蔑まれたのが許せなかったからでしょ? 自分のことは我慢できても、仲間のことは駄目だった。本当に優しい人。だからこそ千景は、勇者なんだよ」
「……友奈に頼まれたんだ。……千景を助けてくれと」
「ッ!」
千景が落ち着いたと判断したみたいで、若葉が声をかけてくる。友奈の名を出すのはズルいけど、友奈が心配するのも明らかだから伝えない手はない。
「友奈は誰よりもお前を心配していた。だから……」
千景の力が抜け始めた。大鎌はスルリと手からこぼれ落ち、刃が掠れそうになったことに内心ヒヤヒヤする。
千景と一緒に周りを見渡すと、騒ぎを聞きつけて集まった野次馬たちが僕らを囲っている。村ってこともあって、人がすぐに集まるのかな。都会でもありそうだし、日本人の嫌な習慣って考えたほうがいいか。
それはそれとして嫌な目だ。蔑む目。咎めるように、怒りと恐怖と嫌悪と。無数の目が僕らを、いや、千景一人を追い詰めていた。
「やめて……そんな目で見ないで……」
崩れそうになる千景を支える。
「嫌わないで……お願い……お願いです……。……私を……好きでいてください……」
「……千景……」
千景の頭を引き寄せ、抱える。周りが見えないように僕の胸に押し付けさせた。どう言葉をかけるか。間違えるわけにはいかない。言葉に悩んでいると、周りの野次馬から言葉の矢が飛んでくる。
「好きになるわけないだろ」「早くいなくなれ」「お前に価値なんてない」「お前が勇者であることが間違いだ」
言葉の矢が飛んでくる度に、腕の中で千景が震える。僕にしがみつく力が強くなる。僕はそれを一緒に耐えていた。若葉が止めさせようとしても、若葉の言葉さえ無視される。
そんな中、
──「お前のようなクズは生まれてくるべきではなかった」
そんな言葉が飛んできて、僕は我慢の限界を迎えた。
「取り消せよ、今の言葉」
ギョッとした顔で若葉がこっちを見るけど、僕はそっちを見なかった。今の言葉を発した人を睨みつけていた。千景に一声かけて離れ、その人の方にゆっくり歩く。
「あなた方のような人間が、勇者たちを貶めて良いわけがない。そもそも、誰も勇者を責めることなんてできない。彼女たちは、バーテックスという存在に少数で立ち向かう勇気を持った人たちだ」
「人を守れない勇者なぞ価値などないだろ!」
「バーテックスに立ち向かうということ自体! あなた達ができないことだろ! あの日! あの時! 立ち向かうという意志を示せた人がどこにいる! 勇者という存在を知らない時に立ち向かえた人がどこにいる! もし、今なら立ち向かえるとか言うつもりなら──」
【「
誰か別の声が僕の声に重なった気がする。体が変な感覚になる。気にすべきことだろうに、僕はそれを気にせずに煩い人へと近づいていく。なんでか囲っていた人たちが腰を抜かしたり、謝り続けたり、泣いたり、発狂したり、嘔吐してる。
「すまない、勝希」
後ろから若葉の声が聞こえ、次の瞬間には強烈な衝撃に襲われた。僕の意識はそこで途切れた。
この日、ちーちゃんは勇者システムを剥奪され、謹慎処分になった。そして僕は、監視の目が強まり、どんな事情であれ丸亀城から出ることを禁じられた。友奈のお見舞いも許されないという処分だった。
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勇者御記 二〇一九年五月
■■■ 大赦史書部・巫女様検閲済