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監禁生活というほど酷い生活でもなくて、たんに丸亀城から出られなくなっただけ。城の周辺には警備員がつくようになってしまった。そこまでされたら、さすがの僕でもこっそり抜け出せない。スマホも電源を落としていても追走できるようにと、新しく内蔵チップを埋め込まれた。
僕は別にいいんだけど、それよりも気になるのはちーちゃんだ。謹慎処分になったと聞いたけど、丸亀城ではなく市内に引っ越してきた両親と一緒に過ごしてるらしい。あの家にちーちゃんの居場所がないと、なぜ大社は気づけない。なぜ勇者一人一人の事情を把握しようとしない。カウセリングとか言っておきながら、適切な手法を取らない。その事に苛立ってしまう。
「人手が足りないんだろうってのは分かってるけどさ」
言葉に出して自分に言い聞かせる。大社にだって事情がある。バーテックスへの直接の対抗手段を持っているのは勇者だけど、その勇者をバックアップできるのは大社だけだから。今まで影に潜んできた組織が、急に表に出てきたからって、漫画みたいに劇的に変わるわけじゃない。小さな組織ができるのは、それに見合ったことだけ。
それはそれとして、ちーちゃんは丸亀城に来ることを禁止されてるのだろうか。もしそうじゃないなら、遊びに来てほしいところ。……難しい注文だったね。心優しい彼女が、今回の件で疲弊しないわけない。顔を合わせづらい、とか思っていてもおかしくない。若葉がいるわけだし。
「友奈は面会できるようになったんだっけな」
高知に行った日、友奈から連絡が来ていたことを後で知った。慌てて折り返しの電話をしたけど、病院ということもあって電話はできなかった。メッセージでやり取りして、ひたすら謝ってた。高知で何があったかを聞かれて、僕は簡素な説明だけした。家族事情とか、あの村の人たちがどうっていうのは伏せた。ある程度察しちゃいそうだけどね。
僕は若葉に気絶させられたわけだけど、あの対応の速さなら友奈の手回しだね。若葉が僕の何を知っているのか分からない。そして、困ったことに僕自身も気絶させられる直前の記憶がない。怒ったとこまでは覚えてるのに、どのタイミングで気絶させられたのか分からない。
『勝希さん、よろしいですか?』
「ひな? ちょっと待ってね〜」
散らかってるとこはないか確認して、玄関のドアを開ける。若葉はいないようで、ひなが一人だけ。意外だった。丸亀城には僕と若葉とひなしかいないのに。若葉と一緒に行動すると思っていたのに。
「若葉ちゃんは今度の演説のための原稿作りです」
「考えを読まないでくれる?」
「では読まれないようにポーカーフェイスを覚えましょう」
「むっ!」
くすくす笑うひなにつられ、僕もくすっと笑う。中へと通して、冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注ぐ。ひなはキョロキョロしていて、その様子に首を傾げたんだけど、すぐにその理由がわかった。僕はいろんな人の部屋に遊びに行くけど、誰かを呼んだことは滅多にない。ひなは初めてだ。
「珍しいものはないと思うんだけど」
「あ、すみません。男の子部屋って初めてなので。それに、珍しいものはないですけど、写真は見つけましたよ? この二人が勝希さんのお爺様とお婆様なんですね」
「まぁね。小学生の時から二人に育てられてるから、両親代わりにもなるね」
「……ご両親は……」
「いつだったかな……小さい頃に事故でって話だけど、覚えてないんだよね」
謝るひなに、気にしてないことを伝える。どういう両親だったのかを覚えてないんだ。謝られてもね。
「……若葉ちゃんから聞きました。勝希さんが怒っていたことを」
「怒って……あー、高知の時ね」
「はい。勝希さんが怒ってるところを見たことがないので、珍しいなと思いまして」
「みんなと一緒になってから怒ることもなくなったからね。その前はそうじゃないんだよ?」
「そうなのですか?」
目を丸くするひなに頷く。視線を部屋に置いてある写真に向けて、あの日以前のことを思い出す。友奈と毎日のように一緒にいて、爺ちゃんに鍛えられて、婆ちゃんに指導されてた頃を。
「怒らずに我慢する子がいたからね」
「ぁ……」
「本人が流せることなら僕も無視する。でも、我慢して、帰ってから一人泣いてるとか嫌だからさ」
そもそも喧嘩になること自体避けていた。場を和ませて、空気を明るくして。そういう子だった。それでも絶対に喧嘩にならない、なんて事はなくて。理不尽なことだってあったりして。それでも怒ろうとしなくて。みんなと離れてから静かに涙を流したのを見て、僕はその時から決めたんだ。僕が力になるって。正しいやり方かは知らないけど。
視線をひなに戻したら、柔和な笑みを浮かべられてた。何も言われず、ただ笑顔を向けられて、なんだかそれがむず痒い。
「なにさ……」
「いえいえ、お二人の絆の強さはそこから来てるのかと思いまして」
これからなのか、それよりも前から仲良かったからこうなったのか。細かく考える必要もないか。僕は友奈の力になりたいって思って、友奈が隣にいてくれる。それが全てだ。だから、友奈を失うことなんて考えられない。僕の日常には、友奈がいることが大前提になってるから。
「ちーちゃんを
「……難しいかと。大社から私に回ってくる情報も減っていますし」
「なるほどね〜。様子だけでも見に行けたらいいんだけど……」
「すみません」
「なんでひなが謝るのさ。僕が外に出られないのも自業自得なのに」
❀❀❀❀
若葉ちゃんの演説があった。人々を活気づけるような力強い演説が。カメラも入ってたみたいで、その様子は生放送で四国中に報じられた。若葉ちゃんの演説は無事に終わったんだけど、若葉ちゃんの言葉は全然なかったと思う。
それはそれとして、私が今気になっているのは、まーくんのことだ。高知であった出来事を本人から聞いてるけど、若葉ちゃんからも聞いてる。若葉ちゃんが緊急措置を取って、まーくんを気絶させたことも。それはつまり、それが必要な自体になったというわけで、もしそれが遅れていたら
「ヒナちゃんもずっとまーくんの側にいられるわけじゃないもんね……」
ヒナちゃんを責める気なんてサラサラない。ヒナちゃんはヒナちゃんで役目があるし、それに追加で対応してくれてるんだから。それに、巫女としての素質が一番あるからといって、ヒナちゃんからまーくんへの影響力は小さい。本来は私自身がやらないといけないこと。
「退院したらどこまでできるかな」
私にできることは、まーくんの中での変化の抑制。イメージ的にはバリアを張る感じ。あの時のまーくんを戻したのは私じゃない。お爺さんとお婆さんがやったこと。何をしたのかも分からなかった。教えられたことも抑えることであって、戻すことじゃないから。
だから、私なりに試してみようと思ってる。もしかしたら、私一人でやること自体が駄目なのかもしれない。ぐんちゃんにも協力してもらった方がいいのかも。
「退院したらやる事がいっぱいだね。……こうなったのは自分のせいなんだけど」
まーくんにお願いされたこと。無茶をしないでほしいって。それでも、私はそれを拒んでまで戦う。誰かが傷つくのは嫌だから。自分がやらないで、そのせいで周りが傷ついちゃう。そんな思いはしたくない。小学生の時、まーくんが私の代わりに怒って、矢面に立って、傷ついて。それを見ていただけの自分が嫌で。
「私は止まらないから」
今の私とまーくんの関係は、昔の私たちが入れ替わってるようなもの。まーくんが嫌だと思う気持ちを、私は知っている。そのはずなのに、私はその事に気づけていなかった。
若葉ちゃんの演説から日にちが経って、私は退院できる日が目前に迫ってきていた。そんなある日、若葉ちゃんがお見舞いに来てくれて、勇者関連のことから日常的なことまでいろいろと話してくれた。そんな会話の中で、私と若葉ちゃんが意識を向けたのは、ぐんちゃんの話だった。
大社の人たちはぐんちゃんへの評価を下げてる。勇者という立場を剥奪したのがその証拠。だけど、私たちの意見は違う。ぐんちゃんは、みんなが思っているような人なんかじゃない。その事を大社の人たちに直接言いに行きたい。
「だから、早く退院したいな」
願っていても退院の日は前倒しにならない。焦っても体の治りは早くならない。その日が来るのを待って、体を完治させて元気いっぱいになって、若葉ちゃんとヒナちゃんと一緒にお願いするんだ。まーくんは丸亀城から出られないけど。それでも気持ちは一緒のはず。
そう、思っていたのに……。
「そんな……ぐんちゃんが……」
「すまない……」
お見舞いに来てくれた若葉ちゃんから告げられた話は、とても残酷で、悲しくて、頭がグチャグチャになるものだった。
「私がもっとうまく立ち回れていれば……」
「……ううん。……若葉ちゃんの、せいじゃないよ……。退院したら……また遊ぼうって思ってたのに……」
「友奈……」
若葉ちゃんが悪いわけじゃない。いつも以上に怪我してる姿を見たら、無茶をしてまでぐんちゃんを守ろうとしてくれていたって分かる。そして、ぐんちゃんが悪いわけでもない。ぐんちゃんの心は乱れていたかもしれない。酷い状態だったかもしれない。だけど、ぐんちゃんは優しい人で、思いやりがあって、だから……。
視界がボヤケる。涙が勝手に溢れてきて、ベッドのシーツをぎゅって握りしめる。脳裏を過ぎ去る日々。脳内で響くぐんちゃんの声。大切な宝物。
「ごめん……今日は……もう」
それ以上は言えなかった。せっかく来てくれた若葉ちゃんを、厄介払いするように思えたから。
「わかった……」
若葉ちゃんが病室から出ていって、扉が閉まった時に限界を迎えた。流れる涙の量が増えて、声を我慢できなくなった。胸が張り裂けそうなほど悲しくて苦しい。
先日、若葉ちゃんがお見舞いに来てくれた時に、ぐんちゃんも部屋の前まで来てくれていた。あの時は走っていなくなっちゃって、なんでか分からなかった。だけど、もし、もしあれが、お見舞いじゃなくてSOSの意味だったら……。私はそれに応えられなかったんだ。
「うぅぅ……っあぁっ! ぐん、ちゃん……っ!」
泣きたくても、声が絞り出したようなものになる。謝罪もできない。もう二度と会えない。私は、ぐんちゃんが追い詰められていってることに気づけなくて、対応できなくて。何が友達だ。何が親友だ。肝心なときに何もできないなんて……。
❀❀❀❀
現実を受け止めたくなかった。事実を理解したくなかった。だけど、そんな幼稚な願いを世界は叶えてくれない。現実から逃げるなと、目の前に突きつけてくる。遺体という否定仕様もないやり方で。
「ああぁぁ……!」
その姿を見て、彼女の手に触れて、そして脳が認識した。
勇者、郡千景の死という現実を。
タマや杏の時と同様に、ひなが遺体を清めることになった。僕はそれを手伝うことができなかった。部屋に一人閉じこもり、彼女の死に発狂していた。杏、タマに続き、ちーちゃんも喪った。二人は超大型バーテックスによって。ちーちゃんは、小型バーテックスによって。
なぜちーちゃんが小型バーテックスに殺されたか。それは若葉を庇ったから。
なぜそういう事態に陥ったか。それは若葉がちーちゃんを守るために無茶をしたから。
なぜちーちゃんを守る必要があったか。それはちーちゃんが樹海の中で勇者の力を失ったから。勇者の状態から一般人と変わらない状態に代わり、戦う力を失った。
「……ふざけるなよ!」
部屋にあるクッションを思いっきり殴る。怒りをぶつられる場所がそこしかなかったから。誰に対して怒っているのか。それは、この世界に対してだ。こんな世界にした天の神も、ちーちゃんに力の供給を止めた神樹も、ちーちゃんを追い詰めた大社も一般人も。全てが憎たらしい。微塵も赦せる気になれない。
だけど、一番許せないのは、僕自身だ。だって、ちーちゃんが死ぬ原因を作ってしまったのは、僕自身なのだから。
勇者は無垢なる少女しかなることができない。それなのに僕は……。
「こんな世界……!!」
【────?】
こんな時に声をかけてくるのか。いや、こんな時だからこそか。
その声が悪魔の囁きだなんて理解している。
だけど──
「いいさ。乗ってあげるよ」
ふざけたこの世界に一石を投じられるなら!
乃木さんの姿には憧れがあって、そうあれることが妬ましくて、嫌いで。だけど、それと同じくらい彼女のことが好きだった。
勇者の力を失った時、その原因に心当たりがあって、それは私自身が撒いた種。だから……どうか佐天くんは……自分を責めないで……。
最後まで私の味方でいてくれて……私を愛してくれて……ありがとう。