退院できた私は、素早く丸亀城に戻った。丸亀城内に用意された教室に駆け込んで、若葉ちゃんとヒナちゃんにおはようって言う。まーくんはまだいないみたいだけど、もう少し後で来るのかな。
「おはようございます。友奈さん」
「退院したのか!」
「うん! バッチリ治ったよ! 体が鈍っちゃってるから、若葉ちゃんに訓練に付き合ってもらいたいんだけど」
「構わないぞ。病み上がりとはいえ、手加減はしないからな?」
「ドーンと来いだよ!」
元気いっぱいに話し合ってると、嫌な空気なんて消え去る。私たちは無理なく笑うことができる。まーくんがいてくれたら、私はもっと笑えるんだけど……。
「あ、メモリーの容量がいっぱいになってしまいました」
「凄い量! これ全部に写真が入ってるの!?」
「はい。若葉ちゃんが赤ちゃんの時からの写真がありますよ」
「赤ちゃんって、その時はひなたも赤ちゃんだろ」
「お母様から貰いました!」
「なに!?」
あはは、ヒナちゃんは凄いね。若葉ちゃんのお母さんから写真のデータを貰うだなんて。執念みたいなとこあるよね。
私たちは、ヒナちゃんが撮った写真のデータを見ることにした。勇者として戦う前から写真はある。私たちが小学生の時からの写真が。
「これは初めて香川のうどん屋に行った時の写真だよね?」
「そうですね」
「友奈が提案してくれて、私とひなたが案内したんだったな」
提案ってほどじゃないんだけどね。だって、単純に私が香川のうどんを食べてみたかったから言ったことだもん。せっかくだし、みんなで行こうよってなった。私たちの距離が近づいていったきっかけの日。乗り気じゃなかったぐんちゃんを、まーくんが連れてきてくれたんだっけ。
「本当に美味しかったな〜。今まで食べたうどんと全然違うくて、コシがあって。香川のうどんが好きになったのも、あのお店のおかげだよ!」
「改めてそう言われると、私たちとしても連れて行ったかいがあったというものだ」
「勝希さんは相変わらずでしたけどね。うどんはうどんで、好きになってくださいましたけど」
「あはは、まーくんは根っからのラーメン好きだからね!」
お昼にみんなで食べに行って、その日の夜にラーメン食べたいって言ったんだったね。みんなが夜にもうどん食べてて、まーくんだけは自分でラーメン作ってた。急に思いついたから、好きなダシの豚骨にはできなくて、醤油ラーメンにしてたんだよね。私は相変わらずだなって思って、他のみんなはまーくんに視線を注いでた。
「若葉ちゃんと勝希さんが、初めて手合わせしたのもその日でしたね」
「そうだな。私が勝希に負けたのもその日だけだ」
「あれ? そうなの? まーくんは『負けた〜』って私の部屋に言いに来てたよ?」
「むっ? ……勝希の信条に反した結果だったというわけか」
うーん、ということは搦手かな? 負けず嫌いなとこあるから、勝つことを優先したのかもしれないけど、まーくんって堂々と勝つのが一番好きだからね。そうできなかったから、負けたって言いに来たんだろうね。しょんぼりするまーくん、可愛かったな〜。
ヒナちゃんが操作して、他の写真も見ていく。その中で出てきたのが、あんちゃん行方不明事件の時の写真。
「タマちゃんが凄い慌ててたよね。守らないといけないのにって」
「ああ。二人の絆の強さは、香川に来る前からあったもののようだからな」
その時、帰宅時間を過ぎてもあんちゃんが帰ってこなかった。私たちだけじゃなくて、先生たちも一緒になって捜索することになった。丸亀城にはいなくて、外ならいったいどこなのか。全然候補を絞れなくて、見つけられるか不安だった。
「球子さんが見つけたんですよね」
「うん。たぶんまーくんがそこに関わってたんだろうけどね」
「なるほど。杏を見つけた時に、二人が何かアイコンタクトをしていたのはそういう事か」
「かくれんぼの時、まーくんは見つけるのが上手いんだよね。そのやり方が、相手のことを考えてどこにいそうか、なんだって」
「つまり、杏さんの性格や趣味を知っている球子さんに、そのやり方を言えば自ずと発見が早くなるということですか。影で動くことに慣れてますね」
「だね〜」
その理由は私がよく知っている。まーくんがそうなったのは、そういう力に長けるようになったのは、私のせいなのだから。この話はあまりする気にはなれなくて、私は他の写真へと話を変えた。
「これは、クリスマスの時ですね」
「この時に私、ぐんちゃんと仲良くなったんだよ!」
「クリスマスがきっかけなのか。……ん? 勝希は千景ともっと早く仲良くなってなかったか?」
「そうでしたっけ? てっきり三人は同時に仲良くなったのかと思っていましたが」
「実はまーくんが先なんだよね〜。ほら、まーくんってゲーム好きだから。教室にいるときとかは軽く話すぐらいだったけど、放課後とか結構遊んでたみたいなんだよね」
その事に二人が驚く。それもそうなのかな。まーくんと私はセットってイメージが強いらしいから。私もそれでいいと思うし、嬉しい。だけど、まーくんは放課後に私と過ごす時間と同じくらい、ぐんちゃんと過ごしてた。ゲームを理由にぐんちゃんの心を開いて、会話を増やして。
「ぐんちゃんはクリスマス初めてだったんだよね……」
「そうだな……」
「楽しかったですね。みんなで教室を彩って、クリスマスツリーを用意して、ケーキやご馳走も」
教室で一人ゲームしていたぐんちゃんに私が声をかけて、その時にぐんちゃんがクリスマスを知らないことを知った。言葉しか知らないって。それに驚いたけど、じゃあなおさら楽しまないとって思った。だから、クリスマスがどういうものかを言葉で教えようとして、そしたら──
「帽子をかぶった人が……骨付鳥を食べながら、銃で撃ち合う……?」
「違う違う!」
「あはは! ちーちゃんの発想面白いね!」
「っ、仕方……ないじゃない……! 知らないんだもの……」
「うーん、まぁでも一緒にやってみたらぐんちゃんも分かるよ!」
「そう。……あと、私の名前……『ぐん』じゃなくて『こおり』」
「え!?」
思いっきり勘違いしていたんだけど、ぐんちゃんは私ならいいって許してくれた。そのまま流れで話をしていて、私にもゲームをくれたり、教えてくれたり、なかなか上手くできなくても楽しんでくれた。
この日にやったクリスマスパーティは、私たちの距離を一気にグググって詰められたと思う。まーくんが間を取り持ってくれて、体を張って話題の中心になってくれたもんね。
「私たち……7人いたんだよね」
「あぁ」
「6人じゃなくて……7人……だよね?」
「もちろんだ。みんなここにいた。私たちと共に」
「……千景さんを探しませんか? お墓参りができるように」
涙ぐんじゃってるところに、ヒナちゃんからの提案が来る。それはとても大切なことで、断る理由なんかなかった。
「うん……行こう! 私、ぐんちゃんにお別れを言えなかったから」
「よし、そうとなれば全員で行くぞ。まずは勝希と合流だな!」
「そういえばまだ来ていませんね……。寝坊でしょうか?」
ここで寝坊を疑われるのは、まーくんの日頃の行いのせいかな。全然寝坊なんてしないのにね。ヒナちゃんも分かってて、わざと言ってるのかな。
教室から出ようと扉の方に向いた瞬間、左手に激痛が走って思わず倒れそうになった。若葉ちゃんがすぐに支えてくれて、倒れずにすんだんだけど、嫌な汗がドッと溢れてくる。痛みのせいだけじゃなくて、嫌な予感もして動機が早くなる。
「友奈大丈夫か!?」
「う、うん……ありがとう若葉ちゃん」
若葉ちゃんへのお礼を上の空になりながらする。失礼なことだとは分かっている。でも、今はそれ以上にまーくんのことが気になって仕方がない。左手に走った痛みは弱くなるも、チクチクと痛みが続いてる。これはサインなんだ。
「友奈さん、左手が痛むのですか?」
「ちょっとね」
左手が痙攣しちゃってる。ヒナちゃんの柔らかい手でそっと包まれて、なんだか癒やされた気分になる。それでも、この痛みが収まるまで待つことなんてできなくて、私は部屋がある方向に目を向けた。
「まーくん……」
「勝希に何かあったのか?」
「分からない、けど……急がなきゃ!」
教室を飛び出した私の後ろを、若葉ちゃんとヒナちゃんがついてくる。鍛えてる分私が早くて、若葉ちゃんはついてこられるけどヒナちゃんがついてこられない。若葉ちゃんはヒナちゃんを気にして、私とヒナちゃんの中間辺りを維持してる。
私は二人を気遣う余裕がなくて、一直線に部屋へと走り抜けた。いつもインターホンを鳴らすけど、今日はすぐにドアノブに手をかけた。鍵はかかっていなくて、私はドアが開ききる前に体を滑り込ませて部屋に入る。靴を乱雑に脱いで部屋に駆け上がる。
「まーくん!」
呼びかけても返事はない。部屋には電気もついてない。
「まーくんどこなの!?」
お風呂場もトイレもいない。ベッドにもいない。この部屋のどこにも、まーくんがいない。
「友奈! 勝希は!?」
「若葉ちゃん……どうしよ……! まーくんが、まーくんがいないの!」
「なっ!」
「勝希さんはいったいどこに……。今の警備体制では勝希さんも城から抜け出せないはずなのに……!」
「どうしよ! 見つけなきゃ!」
「落ち着け友奈。勝希はあれでしっかりしている。何かがあるという事にはならないだろう」
「違うの!
「!? どう……いうことだ……?」
若葉ちゃんはまーくんのことを知らない。ヒナちゃんだって全部は知らない。だから、私が取り乱す理由が分からない。説明をしたら分かってくれる。それをする時間はない。時間というか、私の余裕がない。一刻も早くまーくんを見つけ出さないといけない。その焦りが私を追い詰める。
若葉ちゃんとヒナちゃんがその事を察してくれて、捜索を優先してくれた。手分けして丸亀城内を捜索して、敷地内全部、天守閣もくまなく。それでも、まーくんを見つけることはできなかった。左手の痛みはいつの間にか収まっていて、まーくんに何が起きているのか不安が募っていく。
「周辺の警備の方に確認しましたが、勝希さんを見た人は誰もいませんでした。体制的にも穴はなく、誰にも気づかれずに抜け出すのは不可能だそうです」
「となるとやはり中にいるはずなんだが……。連絡もつかないとなると手のうちようがないぞ」
「……若葉ちゃん、ヒナちゃん。先にぐんちゃんを探そ」
「……いいんですか?」
「心配だけど、まーくんのことだからひょこっと帰ってくるかもしれないし」
無理やり前向きに考える。心配で、不安で、胸が苦しいけど、だけどぐんちゃんのことも大切で。ぐんちゃんを先に探したい。
ぐんちゃんを探すのは大変だった。住所とか知らないし、私はぐんちゃんの家族が、こっちに引っ越してきてたことも知らなかった。何日もかかったけど、ヒナちゃんが主導になって捜索してくれて、いろんな人に話を聞いてなんとか場所を特定した。やっとの思いで見つけた場所に、私たちは言葉を失った。
家はもぬけの殻で、ぐんちゃんのお父さんは夜逃げ。お母さんの方は『天恐』だってこともあって、病院に保護されてるみたい。そして、ぐんちゃんの部屋はパソコンもゲーム機も椅子もベッドも、何もかも破壊されてた。竜巻でも発生したんじゃないかってぐらいボロボロで、ぐんちゃんがどれだけ苦しかったのかが痛いぐらいに伝わってきて。それなのに私は何もしてあげられなくて……。
「これは」
「ぁ……」
部屋の中で唯一無事だったのは、私たちがぐんちゃんに贈った卒業証書。それだけは、傷一つついてなくて綺麗なまま。あんちゃんが卒業証書を贈ろうって言って、バトルロワイヤルの優勝者が贈ろうってまーくんが言って、ぐんちゃんが勝ったらみんなで贈ろうってなって。一番達筆な若葉ちゃんに書いてもらった卒業証書。
「ずっと……持っていたんですね……」
卒業証書だけじゃなくて、もう一つだけ無事だったものを私は発見した。それは綺麗なヘアゴムで、ぐんちゃんがつけてたら似合ってたんだろうなって簡単に想像できる。ぐんちゃんが自分でこれを買うとも思えなくて、よく見たらお手製なのがわかる。ちょっと癖が出てる。まーくんの癖が。
まーくんが贈って、ぐんちゃんが卒業証書と同じくらい大切にしたもの。二人の絆の表れ。
結局、ぐんちゃんがどこにいるのか分からないままになった。知ってる人を見つけられないから。
そして、何日も経っていて大社も捜索しているのに、まーくんの行方も分からないまま。
「まーくん……なんで……。会いたいよ……」
まーくんは私にとって唯一無二の存在で、彼がいない日常なんて味わいたくない。早く帰ってきてほしいし、せめて連絡ぐらいほしい。
神樹様は神々の集合体で、その中には■■■■にいた■■もいるんだとか。それなら、■■■■はいったいどうなってしまうのだろうか。
勇者御記 二〇一九年 七月
高嶋友奈 勇者史書部・巫女様検閲済