遊び心は大事   作:粗茶Returnees

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 手違いで一度違う話を上書きしてしまいました。そんなわけで書き直しましたが、前のものと多少文章が変わってるかもです。内容は変わってません。


30話 遊びは参加するもの

 

 若葉ちゃんと並んでバーテックスたちを待ち受ける。私達が今いる場所は変わることなく丸亀城。遠くに見えるバーテックスたちは、あの大型たちが6体。それ以外にも大量の小型バーテックスたち。あの一番でかいバーテックスの姿は見えない。

 それはそれでありがたい話で、まずは迫ってきているバーテックスたちを倒すという話になった。

 

「うん! とりあえずあいつら、一人3体ずつ倒せばOKだね。じゃあ、始めよっか」

 

 決戦だって分かってる。私も若葉ちゃんも出し惜しみなんてしない。そんな余裕もない。

 体の内側に意識を集中させる。やることはこれまでと同じだ。精霊の力を引き出して、自分の身に宿す。

 

「来い──酒呑童子!!」

「降りよ──大天狗!!」

 

 3度目の使用。手甲は私の体と不釣り合いなほどに巨大になって、おでこなら二本の角も生えてる。日本三大妖怪の一体、鬼の王──酒呑童子。私はその力を宿した。

 若葉ちゃんが宿したのは、世界を闇に覆ったとされる大天狗。勇者服も変化していて、背中からは巨大な漆黒の翼が生えてる。いつも持ち歩いてる刀は見当たらなくて、代わりに背丈ほどもある長さの太刀が一振り。

 

 私たちの勝利条件は、侵入してきたバーテックスを全滅すること。裏返せば、この世界を護るということ。でも、この戦いで守りに徹することはない。一歩も引く気はなくて、私は迫りくるバーテックスたちに突っ込んだ。

 私の拳は破壊力が凄まじく、一回振るうだけでも多くの小型バーテックスたちを倒せる。私が倒しきれなかったやつは、若葉ちゃんが翼を羽ばたかせて殲滅して回る。パワー重視な酒呑童子とスピード重視の大天狗。お互いにカバーしあえる。

 

「地中を移動してる!?」

「狙いは神樹か」

 

 大型バーテックスのうち、一体が地面に潜って私たちを素通りした。若葉ちゃんの言う通り、相手の狙いはもちろん神樹。潜ったまま進んで、神樹にたどり着こうとしてるんだね。

 

「地面に潜ったのは、私がやっつけてくるよ!」

「ああ、任せた。こちらの敵は私が食い止める!」

 

 若葉ちゃんにこの場を任せて、私が大型バーテックスを追いかける。潜っていても、スマホの画面にはバーテックスの位置が表示されてる。完全に見失うってことにはならない。

 

(若葉なら──きっと大丈夫だよね)

 

 潜ってるバーテックスを追いかけながら、チラッと若葉ちゃんの様子を確認する。敵の攻撃を全部避けていて、その動きに安心感を抱ける。

 

「うう、出てこなきゃやっつけられない……! このままじゃ、神樹が……」

 

 神樹が破壊されたら四国も滅ぶ。そうなれば人類は滅亡だ。まだ希望が残ってる地域もあるみたいだけど、今四国を攻めてるバーテックスたちがそっちに向かったら一環の終わり。そうはさせたくない。

 

「こうなったら……最後の手段!」

 

 潜伏してるバーテックスがいるであろう地面を思いっきり殴る。酒呑童子の力で強化されてる私の拳だと、一撃で地面にクレーターができあがる。それでもまだバーテックスの姿は見えない。

 それなら、バーテックスが潜ってる深さまで抉ればいい。

 

「おおおおおおおおお!!」

 

 何度も何度も何度も何度も地面を殴り続ける。そうしていたらバーテックスの体の一部がやっと見えた。そこ目掛けて拳を振り下ろす。体の一部を粉砕できた。でも、バーテックスはまだ潜ったまま進もうとしてる。

 

「こっのおおおぉぉ!」

 

 ヒレみたいなとこを掴んで、思いっきり引っ張り上げた。ようやくバーテックスを地中から出すことに成功。地上に出てきたバーテックスにトドメの一撃──はできなかった。

 

「うあっ!」

 

 私がバーテックスを倒すよりも先に、白くて大きな帯に吹き飛ばされた。地面に思いっきり叩きつけられる。

 その白い帯は、膨らんだ下腹部を持つ大型バーテックスの体の一部みたい。潜ってたバーテックスに集中し過ぎてて、他のバーテックスの接近に気づけてなかったや。

 白い帯を持つバーテックスが何かをこっちに噴出させる。さっきの攻撃で意識が朦朧としていた私はそれを避けられず、全部直撃してしまった。飛んできたそれは爆弾で、私は木の葉みたいに宙を舞う。

 

「あ、う……」

 

 攻撃が止み、私は樹海にある巨大なツルの上に倒れ込んだ。

 

(あ、れ……体が…………動かないや)

 

 視界が暗くなる。

 狭まっていく視界の中で、神樹へと向かっていくバーテックスが三体見えた。倒しきれなかったバーテックスと、白い帯を持つバーテックス、そして棒みたいな何かを体の周りに浮かばせてるバーテックス。

 攻撃を受けた痛み、酒呑童子の力を使った反動。全身がバラバラになってしまいそうな痛みに包まれる。

 

(もう……いいや……)

 

 急に馬鹿らしくなってきた。それと同時に凄い腹が立ってくる。

 なんでこんなに苦しみながら戦わないといけないのか。滅亡寸前の世界で、大人たちは何もできなくて、バーテックスは次々やってきて、生き残ってる人たちからは非難される。そのせいでぐんちゃんだって……。

 

(馬鹿みたい……こんな痛い思いまでして、苦しい思いまでして戦って……。私……一生懸命戦ってきた理由がわからなくなっちゃったよ……。勇者なんてただ痛いだけで、苦しいだけで……なんで……)

 

 まーくんだっていなくなっちゃったのに……。

 

 

──なんで戦うのかって?

 

 

「勇者だからだよ! 理由なんて、それで十分だ!」

 

 全身の力を振り絞って立ち上がる。

 

「また私……すっごい悪いこと考えてた……」

 

 精霊を使うと反動で精神面にも影響が出る。酒呑童子みたいな強力な精霊を使えば、それだけ大きな反動にもなる。

 

「若葉ちゃんだって……頑張ってるのに……」

 

 遠くで戦っている姿が見える。一歩も引かず、勇猛果敢に戦っている姿が。

 今神樹を守れるのは、私だけなんだ。

 

「う、うぅぅ……」

 

 体が重い。目がくらむ。意識が朦朧とする。

 でも、それでも私はまだ生きてる。動ける。酒呑童子の力もまだ宿ってる。

 

「私は……高嶋友奈は、みんなが大好きだーーー!!」

 

 思いっきり叫んでバーテックスたちへと接近していく。

 生み、育ててくれた両親。 

 幼稚園や小学校の頃、仲良く遊んだ友達。

 四国で暮らす人々。

 うどん屋の店主。

 うちわ職人。

 諏訪にいた白鳥さんと藤森さん。

 まーくんのお爺ちゃんとお婆ちゃん。

 若葉ちゃん、ヒナちゃん、ぐんちゃん、タマちゃん、アンちゃん、そして──恋人で大切なまーくん。

 

 14年しか生きてないけど、出会った人たちのことが好きだ。この時代を生きていこうとするみんなが好きなんだ。

 

「だから、絶対に、この世界を守るんだぁぁ!!」

 

 思いっきり地面を蹴って跳ぶ。バーテックスたちは神樹の近くにまでたどり着いてる。

 私は一番近くにいて、倒し損ねていたバーテックスに向かっていく。バーテックスたちも私のことに気づいたけど、私の攻撃のほうが早い。また潜ろうとしていて、それをやられる前に拳を叩き込む。

 

「おおおおおおおお!!」

 

 一撃で倒すことができて、その勢いのまま残りの二体にも突っ込む。白い帯があるバーテックスを倒そうとしたら、もう一体のバーテックスに邪魔された。棒から反射板が出てきて、それがすっごい硬い。さっきバーテックスを倒した私のパンチでも止められた。

 でも関係ない。

 

「お前たちなんかに! これ以上奪われてたまるかぁぁぁ!!」

 

 反射板を連続で殴っていく。

 私の手甲に宿る力は『天ノ逆手』。天を憎み、呪い、滅せよと願った憤怒そのもの。

 この力は、天に属する存在を侵食し、崩壊へと導く。

 殴り続けていると反射板にヒビが入り、やがて壊れていく。一枚壊したら、また次の反射板が出てくる。それも壊していく。

 

「何度だって何度だって──」

 

 反射板を殴り続ける私の拳は、酒呑童子の力の反動もあって砕けてる。手甲から血が漏れて、それが吹き出していく。それでも私は攻撃の手を緩めなかった。何度も殴り続けて、全ての反射板を破壊する。

 

「何度だって、私たちは立ち向かう! それが私たち人間だぁぁぁぁ!!」

 

 反射板を扱っていた大型バーテックスを粉砕する。このバーテックスに時間を取られた。残りの一体が神樹に迫っている。

 あの爆弾を神樹にぶつけ始めた。結界が現れて神樹を守ってる。あれくらいの攻撃なら耐えられるみたい。それが敵にも分かって、さらに接近していく。

 

「勇者ぁぁ、パァーーンチ!!」

 

 後ろから思いっきり殴る。私の手はもうボロボロで、骨も折れてる。内出血してて、全体が黒ずんでる。でも、私はまだ戦えてる。

 相手の下腹部を破壊したけど、その直後に帯に弾かれて吹き飛ばされる。ツルに叩きつけられて、その衝撃に血が吐き出される。でも私はすぐに立ち上がってもう一回突っ込む。

 

「私は! 勇者、高嶋友奈だぁぁぁぁ!!」

 

 相手の帯ごと粉砕する。バーテックスを今度こそ完全に倒せた。

 体の力が抜けていって、私は地面に落下する。そこは神樹のすぐ根本だった。他の大型バーテックスも小型バーテックスもこっちに来ない。若葉ちゃんが倒したんだろうね。

 

(さすが若葉ちゃんだ……)

 

 体は重く、指先一つも動かすことができない。

 視界が暗くなっていく。このまま瞳を閉じたら、もう起きることはないって分かってる。

 その時、自分の体が温かいものに包まれていくのが分かった。

 

(神樹……様……? 私、中に入っていってる……?)

 

 不思議と恐怖はなかった。

 

(若葉ちゃん。ヒナちゃん。……一人でも欠けることはないようにって……ごめんね……)

 

 交した約束を守れない。その事が悔しい。それに──

 

「まーくんに……会いたかったなぁ……」

 

 大切な恋人。退院してからというもの会えていない。どこに消えてしまったんだろう。元気なのかな。ご飯ちゃんと食べてるかな。一人ぼっちは嫌いなくせに。どうしてるんだろう。

 

「呼んだ?」

「ぇ……」

 

 聞こえないはずの声が聞こえた。閉じていた瞼を見開く。真っ暗な空間の中で、まーくんと私の体だけはっきりと映る。

 

「仕方ないこととはいえ、こんなにボロボロになるまで戦うなんてね。……お疲れ様友奈」

「まー、くん……」

 

 まーくんの手が私の頬を撫でる。目が熱くなって、溢れだす雫が頬を伝っていく。動きたい。でもその力が入らない。もどかしくて、悲しくて、会えたことが嬉しくて。何もかもグチャグチャ。自分でも今の感情が分からない。

 

「ごめんね、友奈。勝手にいなくなって」

 

 まーくんの手が私の背に回って、ボロボロの私を気遣った優しいハグをされる。私はまーくんの胸に顔をグリグリ押し付けた。会えたことを喜びたい。勝手にいなくなったことを怒りたい。相反する気持ちだけど、それは私がまーくんのことを好きだっていう証。

 胸がぽかぽかしてくる。

 そして私は気づくのが遅れた。体が動く(・・・・)ようになっていることに。

 

「なんで……っ! まーくんまさか!」

「あはは、気づかれるよね」

 

 困ったように笑うまーくん。私は今どんな表情でそれを見つめているんだろうか。

 

「友奈がボロボロなのを、見て見ぬふりはできないからさ」

 

 私を包み込んでいた暖かさも変わってる(・・・・・)。暖かいことに変わりはないけど、感覚でそれが別物だと分かった。だってこの感覚は、今みたいにまーくんに抱きしめられてる時の感覚だから。

 

「神樹に取り込ませるのを防ぐことしかできないけどね。友奈の勇者の力は抜かれるだろうけど、友奈の体自身は取り込ませない。正真正銘ただの女の子に戻るって説明したほうがいいかな」

「まーくん何考えてるの? 何をする気なの!?」

「今にでも友奈をここから連れ出したいんだけどね。今の僕は未熟過ぎるから、生身の人間を連れ出すほどの力はない。僕自身が抜け出すので手一杯。だから待ってて」

 

 まーくんが何を言ってるのか、理解したくない。私を想ってくれてるのは素直に嬉しい。だけど、まーくんがこれからしようとしていることが、止めないといけないことだって直感で分かる。やらせちゃいけない。

 

「まーくん待って!」

「待たないよ。……もう僕は限界だ。こんな世界にした天の神も、少女しか戦わせられなくて、ちーちゃんに供給するのをやめた神樹も、そんなシステムをそのままにした大社も、僕は許せないんだ。許せなくなっちゃったんだ」

 

 落ち着いたように話してるけど、その言葉が怒りで震えてるのは聞いていて分かる。荒御魂の影響もあるのかもしれない。

 

「これで友奈まで奪われたら……。そんなのを嫌だから。僕は抗うことに決めた。神々の戦い(遊び)に介入する。遊びって参加するものだからね」

 

 だんだんと意識が遠のいて行くことが分かる。まーくんも私から離れて、でもまーくんに包まれてる感覚は残り続けて。

 

「だいぶ時間はかかるだろうけど、それまで眠って待ってて」

 

──私は、私が一番望んでるのは……

 

 言葉が出なかった。まーくんに届けたい言葉が。口も動かず、視界も閉じて。私は長い眠りに入ることとなった。

 

 

 

 

❀❀❀❀❀

 

 

 

 バーテックスとの決戦を乗り越え、四国は存続することが叶った。過去最大規模の侵攻であったが、私と友奈の二人で、強大な精霊の力を使うことで免れることができた。しかし犠牲は出てしまった。

 

「友奈……が…………」

 

 戦いを終え、数日間眠り続けていた私は、目を覚した日にひなたから話を聞いた。友奈の反応がなくなってしまったということを。

 球子、杏、千景、友奈。諏訪にいた白鳥を始め、誇らしい仲間たちがいたのだ。彼女たちはたしかにいたのだ。しかし、今はもう私一人が残っている。

 

「失ったものは大きかったですが……、成果もあるんです。四国は皆さんのおかげで存続し、神樹様の結界もより堅牢なものとなりました。通常個体のバーテックスでは絶対に突破できないほどに」

「そうか……よかった……」

 

 眠っている間のことを、ひなたから教えてもらう。大社の中では、この四国の呼び名を『根之堅州國(ねのかたすくに)にしようという話も出ているのだとか。

 正直話をまともに聞けていなかったと思う。全てが通り抜けるような感覚だった。しかしひなたは私の側にいてくれた。慰めるわけでも励ますわけでもなく、ただ側に。それが嬉しかった。今の私には、そうしてもらうことが一番ありがたかった。

 

 退院してからのこと。私は大社から一つの任務を与えられた。壁の外でバーテックスが不穏な動きをしており、それを調査してほしいというものだった。勇者服を纏うのも久しく感じる。巫女のひなたも同行することになり、私はひなたと壁の外に出た。

 壁の外では、新しくなった結界に阻まれ、侵入できずにいる通常個体のバーテックスたちがいた。そのバーテックスたちが私達に気づき、襲い掛かってくるも私はそれらを斬り伏せた。ひなたを後ろに下がらせ、一体のバーテックスも近づけさせない。

 何体も斬っていると、バーテックスたちが動きを止めた。何か狙いがあるのかと警戒したが、奴らは私達に背を向けて離れていく。

 

「壁の外は危険なんだけど……、大社の仕事かな?」

「っ!?」

 

 横から声をかけられた。その声にも、そしてこんな場所にいることにも驚愕した。ひなたも驚いていることが気配でわかる。

 

「なぜお前がここにいる。勝希!」

「見届けに、かな」

「なに?」

「見届ける、ということは、勝希さんはこれから何が起こるかご存知だということですか?」

「そうだね。止める気もないし、若葉も今からじゃ間に合わないよ」

 

 勝希が大橋の方へと視線を向ける。私達もつられてそちらを見た。超大型バーテックスは既に融合を終え、その他の大型バーテックスたちが何体か見える。中には、私と友奈が倒したはずの個体も見られる。

 

「何ということだ……」

 

 膝を折ってしまいそうだ。

 あれはつまり、大型バーテックスたちは倒せども、何度でも復活するということではないか。あれだけの犠牲を払い、体を壊して倒せる個体が。何度でも侵攻してくる……。

 形成途中の個体を見て気づいたが、体の中で何かが光っている。戦闘中に気になっていたことだが、奴らは何か空洞があった。そこにあの光っているものが入るのだとしたら、私達は未完成個体であれだけの苦戦を強いられたということになる。

 

「本当に人類を存続させたいなら、殲滅なんて非現実的な手段を諦めたほうがいい。具体案は示せないけど、どうせその案を大社は用意してるだろうね」

 

 どういうことなのか。それを聞く前におぞましい不協和音が響き渡る。大型バーテックスたちは明滅を繰り返し始めた。

 

「なんだ……!?」

「始まったね」

「勝希、何を知っている!」

「これから文字通り、世界が変わるんだよ」

 

 海の向こうから鼓動のような音が聞こえてくる。

 大気は震え、海は荒れ狂う。

 鼓動のような音が次第に大きくなる。

 そして大地が揺らぎ始める。

 

「うわ!?」

「きゃっ!」

 

 立っているのが難しい。大地の揺れは収まるどころか大きくなる。

 

「ひなた、私の手に掴まれ!」

「はい!」

 

 伸ばした手とひなたの手が繋がる。

 勝希に視線を向けると、勝希は地面から数センチ足を浮かせることで揺れを回避していた。その光景に目を疑うも、それ以上の光景が広がり始める。

 空から何本もの光の柱が海に降り、光の柱を中心に海水が渦を巻く。海の底が抜けたようだ。

 

天沼矛(あめのぬぼこ)……」

「ひなは詳しいね」

 

 ひなたの呆然とした呟きに勝希が反応する。しかし私達にはそれに言葉を返す余裕はなかった。

 水平線から巨大な炎が現れた。太陽にしては巨大過ぎる。それは次第に大きくなり、輝きも強くなっていく。やがて空を覆い尽くし、ゆっくりと落下を始めた。

 

──天が……落ちてくる……。

 

 ひなたを連れて壁の中へと向かう。視界が真っ白な世界。分かるのはひなたの存在だけ。私の背を大きな何かが押した。それによって加速し、私達は壁の中へと投げ込まれる。

 いったい何が起きたのか。

 時間をしばらく開けてからひなたともう一度壁の外に出る。そして目を疑った。

 

「なんだ……これは……。世界は、滅んだのか……?」

 

 視界いっぱいに広がる火の海。どこにも青い海も青い空もなく、陸地も見当たらない。人類の足跡どころか世界そのものが消えている。

 

「そんなものではありません。これは……世界の理が書き換えられています!」

「書き換え……?」

 

『文字通り、世界が変わるんだよ』

 

 勝希の言葉はこういう事だったのか。

 歯を食いしばり、爪が食い込むほど拳を握りしめた。

 私達のしてきたことが、無に返された気分だった。

 

 

 それからというもの、大社は可能な限りの手を尽くして人類を存続させた。まず、天の神側の侵攻を止めるために停戦を結んだ。神樹の結界内でのみ人が生活すること。外に出ることを諦め、勇者システムを破棄すること。それが条件だった。

 私達は世界を取り戻すことを諦めない。勇者システムは、最大の極秘事項として、影で細々と研究を続けるものとなった。

 大社は大赦と改名し、天の神から赦されたことを戒めとして名に残すこととした。

 勇者であった高嶋友奈の名をあやかり、出生後の赤子が特定の行動をすれば、『友奈』の名が与えられるようになった。

 

 そうして変わっていった日々の中で、もう一つ変わったことがある。それは、勝希のことだ。

 私だけでなく、ひなたや他の人々からも佐天勝希という人物の記憶が消え、役所や大赦の資料、勇者御記に至るまでの記録からも勝希の情報が消えた。部屋ももぬけの殻となり、生活していた跡すら消えている。

 

 当然私達の誰もが、その異変に気づくことはできなかった。

 

 

 

❀❀❀❀❀

 

 

 どこまでも広がる灰色の世界。距離感など消え、時間の感覚すら薄れる。『今何時?』とかネタで済まされないレベルだ。そもそもここに時間の概念があるのかすら怪しい。

 そんな場所でどれだけの時を過ごしたのだろうか。変化など起きもしないこの場所で。

 

『届けぇぇぇぇ!!』

 

 だから、突如聞こえてきたこの声に惹かれて、そこに行ったのも仕方ないことだと思う。他に誰もいないはずの世界に現れた少女。膝を抱えて俯いているその子に僕は声をかけた。

 

「友奈って無茶しないと生きていけないのかな?」

「ぇ……」

 

 誰かがいるとは予想だにしなかっただろうね。声をかけると弾かれるように顔を上げたよ。……そっくりだね。

 

「初めまして。自己紹介は後にするとして、ここから出る気はあるかな?」

 

 


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