1話 似てるというかそっくりだからデジャヴどころの話じゃない
神世紀300年。それは大社が大赦に変わり、初代勇者がバーテックスとの戦いを終えて経った年数をも指す。それを理解しているのは、大赦の中でも一部の人間に過ぎないだろう。その他の人間や一般人は知らない。そもそも、一般人はバーテックスという脅威が存在することも知らない。人類はウイルスによって絶滅寸前まで追い詰められ、神樹が守る四国のみが残ったと教育されるからだ。
勇者ですら全てを明かされなくなっているのが現状となっているが、バーテックスとの戦いを終えた勇者たちは、一般人と変わらぬ日常を送っている。讃州中学勇者部は、勇者の適正が高い者たちが意図的に集められた部だが、その活動は『人のためになることを勇んで実施する』というものだ。
子猫の里親探しや保育園での手伝い。川原や浜辺でのゴミ拾いであったり、他の部の助っ人。その活動は学校内には収まらず、校外でも実施されている。そして地域の住人たちも、彼女たちの活動を快く思っており、信頼関係が築かれている。
本日、そこに新たなメンバーが加わる。
「勇者部入部希望の乃木園子で〜す!」
「わ〜!」
「来たわねー」
「で、伝説の……勇者……!?」
「また濃いのが増えましたね」
「勝希がそれを言うか」
転入生である乃木園子だ。2年前も勇者として戦い、その後は切り札として前線からは離れていた。満開の後遺症で動けなかったことも関係するが。
園子の入部を拒否する者などこの場に一人もおらず、同い年である友奈はさっそく園子と手を取り合ってはしゃいでいる。夏凜もまた同い年であるのだが、大赦で訓練していた夏凜は園子に尊敬の念を抱いており、その本人を目の前にして固まっている。
「乃木さんは私たちと同じようにお役目から解放されて、普通の生活を送ることを望まれたの」
「あ、敬語じゃなくていいですよ部長〜。他のみんなと同じように接してください」
「ぶ、部長……! ここに来てやっと私を敬う部員が入るとは……!」
「え、風先輩。僕はカウントしてくれないんですか?」
「あんたは勇者部員じゃないからね。友奈に誘われても頑なに入ろうとしなかったじゃない」
「ハーレムな状態は刺されそうで怖いですからね!」
友奈と仲がいい勝希は、友奈が勇者部に入る際に何度も誘われていた。今も誘われることがあるのだが、勝希は勇者部に入らない。男子生徒から人気の高い勇者部員と仲がいいだけでも目の敵にされているのに、そこに入部してしまったら目も当てられない状況になる。そんな予感がしているのだそうな。
「何はともあれ、勇者部にようこそ! 園子ちゃん!」
「ありがとう〜! これからよろしくね! ゆーゆ!」
「ゆーゆ?」
「あだ名でしょ」
園子の発言に夏凜が首を傾げ、すかさず勝希がフォローする。自由奔放に生活している勝希にとって、予測がつかない園子の思考はクイズ感覚で追いかけられるのだ。
「正解だよマッキー」
「それはなんか嫌だから別ので。殺されそうだ」
「誰によ!」
「友達に?」
「えー、じゃあ……まー坊は?」
「豆腐か!」
「それでよろしく!」
「いいんかい!」
ツッコミ属性を持つ夏凜は、どこかズレた会話をする二人にツッコミをせざるを得ない。全部相手にしていたら疲れるだけだと分かっているのだが、どうにも気づいたときにはツッコミをしてしまっている。
「部長はふーみん先輩で〜、樹ちゃんはいっつん!」
「いっつん……」
「いいね。僕もこれからいっつんと呼ぶことにしよう」
「園子さんはいいですけど、勝希さんは駄目です」
「差別!?」
椅子から崩れ落ち、両手を床について項垂れる勝希。心配そうに勝希の肩に友奈が手を置いたが、その優しさがトドメとなった。
「うわぁぁぁぁ!!」
「あ! まーくん!」
「あいつホントに自由ね」
「夏凜。呆れてないで追いかけなさい。友奈まで出ていったわよ」
「は? そんなわ……いない!? あーもう!」
飛び出していった勝希を追いかける友奈を追いかける夏凜。勇者部名物の一つと言われる寸劇が始まったわけだが、これが他の男子たちの嫉妬を加速させるとは誰も気づいていない。傍から見れば、人気の高い少女二人に追いかけられる少年、という構図だというのに。
「勇者部は賑やかですね〜」
「騒がしいの間違いよ……」
「けどお姉ちゃんも楽しんでるでしょ」
「それは否定できないわね。あ、夏凜のあだ名なんだけど──」
三人が部室を出ていっている間に、まだ園子からあだ名を言われていない夏凜のあだ名を風が園子に教える。部室に他に人はいないというのに、園子の耳の側でコソコソ言う風。園子はそれを楽しみ、樹は呆れ顔。
三人で雑談していると廊下から話し声が聞こえ、その声の主が件の夏凜だと分かる。ドアの奥に見える人影からして、一緒にいるのは友奈だ。
「捕まえてきたわよ風」
「お疲れさまにぼっしー」
「別にこれくら、い……誰よ園子に変なこと吹き込んだのわ! おそらくは風なんでしょうけど!」
「くっ、まさか早々に見破られるとは……!」
「日頃の行いを悔いなさい!」
左手で顔を覆いオーバーにリアクションを取る風。夏凜はそれにノリノリで合わせ、指を差してドヤ顔になる。戻ってきた途端また賑やかになったな〜と目を細める園子の隣で、樹が友奈に問いかけた。勝希はどうしたのかと。
「見失っちゃったんだ〜。まーくん途中から楽しんでたし、全力で逃げたんだろうね」
「あー、それは捕まえられないですよね」
「ま、そのうち帰ってくるでしょ。っていうか、あいつは部員じゃないから戻ってくる理由もないんだけどね」
「とか言って〜、夏凜実は寂しいんでしょー?」
「そんなわけないでしょ。友奈じゃあるまいし」
「私も平気なんだけど……」
勇者部ではない勝希が、また部室に戻ってくるのを待つ必要はない。それは全員が共有している認識だった。家庭科の授業で作ったホールケーキを樹が取り出し、それを勝希の分も入れて人数分に分ける。勝希を入れて6人。六等分すればいいところを、園子は七等分にした。
「7? 勝希を入れても6人よ?」
「……そうだよねー。うっかりしてた〜」
「というか乃木、あんたよく七等分にできたわね……」
「余分に切っちゃったやつも六等分にしますね〜」
「できるんだ……」
ホールケーキは何かが描かれていたのだが、樹の前衛的な美術センスではそれが何か分からない。どこかおぞましさすら感じるそれは、園子によって丁寧に切り分けられる。ケーキが勇者部員に行き届いたところで、風はケーキをつまみながら週末の活動を記したプリントを配布する。
「保育園で次は劇なのね」
「文化祭でやったやつが好評なのよね〜。ぜひともやってくださいって。断る理由もないし、いいでしょ?」
「私は大丈夫です」
「私もやりたい、かな」
「夏凜は?」
「やらないとは言ってないでしょ! ナレーションは私の役割なんだから!」
腕を組んで息巻く夏凜に勇者部一同が微笑む。夏凜が正直な気持ちをなかなか出さないのはいつものことであり、そして不器用なだけで心優しい少女だと皆が知っている。園子だけ捉え方が少し変わるかもしれないが。
「乃木は?」
「文化祭の時を知らないので、私は今回やめときます。最近やっと時間を作れるようになったので、行きたいところもあるんですよ〜」
「そう。それが終わってから来るっていうのは? 劇のあとも遊ぶ流れになると思うから」
「それは参加しますね〜」
「あ、風先輩。僕も今回パスで」
「あんたも劇に参加してなかったでしょ」
いつの間にか帰ってきて、友奈の隣でケーキを食べる勝希だが、風も夏凜もツッコまなかった。勝手に入り浸り、勝手に出ていっては勝手に帰ってくる。制御不能な少年に笑顔を向けた友奈は、勝希の手元にあるケーキを一口奪い取る。
「それ僕のなんだけど」
「自由過ぎるまーくんへの罰だよ」
「そんな理不尽な……」
誰も同情することなく、ケーキを食べるために使った食器を片付け、勇者部一行は部室を後にする。依頼がない日は決まってゴミ拾いなのだ。ゴミ袋とトラバサミを確保し、浜辺へと向かう。学校の裏門から出れば浜辺は近く、歩いて10分もかからない。
「それじゃ、今日も張り切って行くわよー!」
「ゴミがないのが一番ですけどね〜」
「始めた頃に比べたら減ってきてるし、このまま続けたらみんな捨てなくなるんじゃないかな!」
「友奈は前向きだね〜」
軍手をはめ、トラバサミとゴミ袋を持って友奈が浜辺へと駆け抜けていく。制靴の中に砂が入り、靴下にも砂が付くのだが、友奈は気にすることなく走っていく。対抗意識を燃やした夏凜も同様に走っていき、園子が面白半分で真似る。
「樹ちゃんが年下とは思えないや。あの三人と学年交換したら?」
「それはさすがに……。それに、あの人たちは先輩なんです。私よりも前をしっかり歩いてる」
「だ、そうですよ風先輩」
「いつきぃー! あんたいつの間にそんなに成長してぇぇ!」
目を赤くして樹を抱きしめた風を尻目に、勝希も友奈たちの下へと足を運んでいく。助けの声に手を振って逃げる勝希に冷めた視線を突き刺す樹だが、構わずにスキンシップを図る風に絆されていくのだった。
❀❀❀❀❀
浜辺での清掃活動が終わったら、ゴミを纏めて学校のゴミ捨て場に捨てる。用具も片付けたら解散して、それぞれ帰路に着く。途中まではみんな一緒なんだけどね。
「園子は車で帰るのかと思った」
「これからは車じゃないんよ〜。家もにぼっしーと同じマンションだし」
「そうなの!?」
「夏凜も知らなかったんだ」
「知らないわよ!」
「あのマンション自体、大赦の管理下だからね〜」
大赦の影響力って強いな。こうなってくると、大赦の息がかかってない場所がどこなのか、さっぱり分からなくなってくる。考えても答えが見えてこないし、知らない方が気楽なこともあるか。
園子と夏凜と別れ、犬吠埼姉妹とも別れて友奈と二人になる。帰る家は同じなんだけどね。僕が友奈の家に居候させてもらってる。
「今日も楽しかったね!」
「友奈はいつも楽しそうだよね」
「うん! だって、こうしてみんなと過ごせるのが好きだから!」
心からの笑顔を咲かせる友奈につられ、僕も自然と笑顔になる。こんなに楽しそうに日常を過ごす人が他にいるだろうか。僕はなかなかいないと思ってる。たぶん、勇者部の面々くらいだ。勇者としてのお役目を終え、普通の日常を普通に過ごせるようになった。その事がどれだけ素晴らしいことか、一番知っているのは彼女たちだ。
友奈がふと足を止めて後方に振り返る。疑問に思った僕も後方に振り返り、視線の先にいる二人組を見る。向こうはこっちの事に気づいていない。一人が車椅子で、もう一人がそれを押している。親子だろうか。
「友奈、どうかした?」
「……あ、ううん。なんでもない」
何かが気になったのかもしれないけど、それが何かは分からない。友奈がもう一度振り返ることはなく、僕らは結城家へとたどり着いた。
「ただいま〜」
「ただいま帰りました」
靴を脱いで、サッと上がろうとする友奈を静止する。小首を傾げる姿が可愛いんだけど、それは心の中にしまう。砂で靴下が汚れていることを指摘すると、忘れていたらしい友奈が苦笑いした。友奈は靴下を脱いでから家に上がり、僕は友奈の靴から砂を落として靴棚に仕舞う。僕の靴も同様だ。
「……デジャヴが過ぎるよ。君も知ったら驚くと思うな、
虚空を見つめて呟いた言葉は、誰にも聞こえることなく消えていった。
今回からは勇者御記はございません。