12月に入り、世間は浮足立ち始める。町中はクリスマスに向けたイルミネーションで色づく。デパートはもちろんのこと、個々人の店や家庭などもイルミネーションされ、すれ違う幼い子どもたちの会話もクリスマスのものが多い。
『クリスマスツリーを飾った』『サンタクロースに何を頼む』『クリスマスケーキが楽しみ』『国防仮面を見てみたい』などなど。
クリスマスを楽しみにするのは勇者部も同じこと。決して広いとも言えない大きさの部室に、どこから持ってきたのかクリスマスツリーが設置される。それを飾るための小道具も用意されており、それは後日使うのだとか。
クリスマスだからと気が緩む人もいれば、そうする余裕がない人もいる。たとえば、今年度の受験を控えている勇者部部長とか。
「むむむむ……私の女子力をして悩むことになるとは……!」
「お姉ちゃん女子力は関係ないよ」
「それに風先輩のは女子力じゃなくてオカン力」
「黙りなさい! なによオカン力って! アタシは誰の母親にもなってないわよ!」
「ママ〜」
「ママ言うな!」
部長の受験勉強が行われ、勇者部の活動も落ち着いたものとなる。依頼も入っておらず、端的に言えば暇な状態だ。樹はいつもの癖で風にツッコミを入れてしまい、ここぞとばかりに勝希が便乗する。
「はいはい、勝希は風の邪魔しない。黙ってなさい」
「ぐぇぇっ!? か、かりんさん……! しまってる……首がしまってる……!」
「落とさないと静かにしないじゃない」
「おもちゃのスイッチ切る、みたいな感覚で言われても!」
首に回された夏凜の腕を必死にタップする勝希。背丈は夏凜のほうが低いため、勝希は背を仰け反らせた状態にもなっており、首以外の箇所も体力的に辛い状態となっている。
「えぇい! 結局うるさーい!」
「にぼっしー。やるなら部室の外でお願ーい」
「私まで!? 勝希あんたのせいよ!」
巻き込み事故に遭遇し、夏凜は勝希を責め立てると同時に腕の力を強めた。
「…………」
「黙ってないで喋りなさいよ!」
「ちょっ、夏凜さんストップですストップ!」
返事をするように促すも、勝希は黙ったままで、樹が慌てて夏凜を止める。さすがに妹のように思っている樹に止められ、夏凜はようやく腕の力を緩めた。その瞬間に勝希の体が倒れ始め、慌ててそれを支える。
「も、もしかして……」
「はい。勝希さん、気絶しています」
「夏凜ちゃん……」
「っ!」
やらかしてしまい、サッと血の気が引いた夏凜。それに追い打ちをかけるように友奈が夏凜を呼び、壊れかけのロボットのようにぎこちなく振り返る。夏凜を責めるような目ではないが、その瞳からいくつかの感情が渦巻いていることがわかる。
物申したいが夏凜を責める気にもなれない、そんな葛藤だろうか。
「ゆ、友奈ごめん……! わたし──」
「イェーイ! ドッキリ大成功〜!」
「……は?」
夏凜の腕の中で眠っていた勝希が飛び起きる。呆気にとられる夏凜を他所に、勝希は友奈とハイタッチ。
「まーくん演技上手だね〜!」
「友奈のサポートあってだよ〜。樹ちゃんのセリフが効いたのもあるね!」
「い、樹……?」
「わ、私は何も協力してないです!」
呆然とする夏凜に見つめられ、慌てて否定する樹。樹は誤魔化すのが苦手だ。正直過ぎるほどに正直で、それが樹の美点だと言えよう。それを知っているからこそ、夏凜は樹が関わっていないと信じられる。おそらくは樹の性格がたまたまいいスパイスとなってしまっただけ。
はしゃいでいる勝希と友奈を見ていると、揶揄われたこと以上に、本気で心配した気持ちが行き先をなくしたことに不満を抱く。わなわなと肩が震え始める。ここらで一回本気で注意するのもいいのかもしれない。
「あーもー! あんたら黙れとは言わないからもう少し静かにしなさいよ!」
夏凜が怒鳴るよりも前に、受験生である風が怒鳴った。その声量は大きく、たまたま部室の前を通った生徒が跳ね上がるほど。
勝希と友奈はすぐさま正座で座り頭を下げる。
「ただでさえ先週は勉強どころじゃなかったっていうのに!」
「陳謝!」
「東郷を責めるつもりじゃなかったのよ!? 気にしないで!」
二人の隣に美森が追加。
二年生三人が部長に向かって土下座している。
「さすがに受験よりもブラックホールの方が急務だものね」
「あははは……」
「え、東郷ってブラックホールになってたの? それなら僕はホワイトドールで」
「さらっと人間やめてんじゃないわよ! それに対比するならホワイトホール!」
勝希は勇者たちの具体的な活動を知らない。特別なお役目を担っているとしか。
女子で勇者である東郷がブラックホールになったのなら、男子で一般人である自分はホワイトホールになれてもいいじゃん。そんな単純にして破綻した理論が勝希の中で出来上がった。
「陳謝!」
美森はどこから取り出したというのか、短刀の切っ先を自分の腹に向けている。そして精霊はノリがよく。青坊主が小刀を構えて解釈の準備。
誰も美森を責めておらず、友奈と樹は慌てて東郷を止める。刀の扱いに慣れている夏凜が短刀を没収。
「青坊主って器用だね〜。小刀も持てるんだ。それって本物?」
──サクッ
「ん?」
青坊主を突いて遊んでいた勝希の額に、青坊主が持っていた小刀が刺さる。傷は浅く、赤く細い糸のように液体が流れ出した。
「勝希。青坊主で遊ぶのはやめなさ……は!?」
「ま、まーくん大丈夫!?」
「ティッシュ!? タオル!? 救急車!?」
「樹ちゃん落ち着いて。みんなも深呼吸して深呼吸」
「なんであんたが一番落ち着いてるのよ!」
ラジオ体操で行うあの深呼吸を実演し、それを見た周りの部員が落ち着いていく。夏凜は変わらずツッコミをいれるも、周りの空気に当てられてひとまず落ち着くことができた。その裏で青坊主は美森に説教されている。
「これ、イチゴジャムだから」
「あ〜」
「それなら安心ですね」
「私も慌てて損したわ。見破れないなんて、鍛錬が足りない証拠ね」
「いやいやアタシは騙されないからね!? ちゃんと止血しなさい!」
やれやれ、いつものことか。と落ち着く後輩たちを見て、再び部長の風が割って入る。席を立ち、救急箱からアルコールとガーゼを取り出す。勝希を強引に椅子に座らせ、まずはティッシュで傷口を抑え、その間に流れ出てた血を拭いていく。その後にガーゼにアルコールを染みらせ、傷口に押し当てる。
「びゃぁぁあ!? 痛い痛い痛い痛い!!」
「なんちゅう奇声を発してるのよ……」
暴れる勝希を友奈と夏凜が抑え、樹が風のサポートをする。傷口は小さく、市販の絆創膏で十分覆える範囲だ。
「これでよしっ! 今日は大人しくしとくのよ」
「ありがとうママ」
「ママ言うな!」
「先輩〜。採点終わりましたよ〜」
ゴミを片付け、救急箱を元にあった場所に戻す。一連の騒動の間に園子が採点を終え、風が素早く元いた椅子に座る。
「ふーみん先輩全問正解です〜」
「おぉー」
「アタックチャ〜ンス! 正解すると女子力が二倍に増えます」
「やります!」
即答し、園子が作った問題を解いていく。周りはそれを見守り、風が解き終わったら園子がもう一度採点。丸が量産されていき……
「うん! これなら大丈夫そうですね〜」
「風先輩って頭良かったんですね」
「勝希、あんたちょくちょく失礼よね?」
「お姉ちゃんは、勇者部の活動が激化するまでは成績優秀者だったんですよ?」
「ほぇー。ま、しっかり者で頼れる先輩ですもんね。自分のことを疎かにするわけでもないですし。……ってあれ? みんなぽかんとしてどうしたの?」
周りの視線に首を傾げる。信じられないものを見た、と言わんばかりの視線に勝希も肩を竦める。
「失礼だな。僕だって人を褒めることあるよ。というか褒めまくりだよ」
「まーくんが真っ直ぐな言葉で褒めるのって、珍しい気がして」
「えー。それは勇者部が相手の時だけだよ〜」
「そんな特別いらないわよ。ま、なんにしても、来週は樹のショーがあるしね〜」
今度は勝希から樹に視線が集まった。勇者部の特に姉である風にとって自慢の歌声を持つ樹。その彼女が、来週に町のクリスマスイベントに参加する。そこで歌声を披露するのだ。
「私のじゃなくて町のクリスマスイベント! 学生コーラス!」
個人で出るわけではないが。
「風邪を引かないように。ベストコンディションで行かないとね!」
──健康健康健康健康健康健康健康健康
東郷の言葉を合図に、園子が素早く対応。二人で樹を挟み、左右からアルファ波を送り込む。ひたすら健康という単語を左右から言われるのは、どこか洗脳じみたものもある。
「樹。サプリ決めとく?」
「夏凜それ麻薬の言い方」
「サプリは麻薬じゃないわよ!」
「いっつーのグッズ展開していい?」
「やめてくださいー!」
怒涛の流れで会話していくが、その話題が尽きることはない。誰かが話題を出し、話に混ざり、笑顔が生まれていく。それが毎日繰り返され、勇者部の絆の深さの証となる。
それを少し離れて見ている友奈と風。あの輪に混ざっていてもおかしくない友奈が離れており、それに風が違和感を覚える。
「友奈何か考え事?」
「え? 何も考えてないですよ?」
「それはそれでどうなのよ……。本当はどこか具合が悪いんじゃないの?」
「友奈ちゃん具合が悪いの!?」
「東郷の顔芸は凄いな〜」
この世の終わりを見たのかと言いたくなるほど、顔を真っ青にする東郷。普段の様子から大人しい人物だと思う人も多いが、仲がいい人ほどその評価に苦笑いする。
東郷の動きに園子が遅れることなく付き合い、今度は友奈を挟んで健康アルファ波を放ちだす。こっそり勝希も友奈の後ろからアルファ波。
「そんなの効くわけないでしょ……」
冷静なコメントは夏凜の談。
「効いてきたかも〜」
「嘘!?」
そのコメントも友奈の発言によって覆される。それでもアルファ波は迷信だと言い張る夏凜に、東郷と園子がジリジリと距離を詰めていった。獲物を追い詰める狩人のごとく。
ところで、勇者部には五箇条が掲げられている。
『挨拶はきちんと』『よく寝て、よく食べる』『悩んだら相談』『なるべく諦めない』『なせば大抵なんとかなる』
それが勇者部五箇条だ。勇者部結成の際に出来上がったもの。今もなお部室内に掲げられている。友奈はそれをじっと見つめていた。
「ゆーうーなっ!」
「ひゃっ!? まーくん!?」
そんな友奈の首を勝希がつつき、友奈は突かれた場所を抑えながら振り返る。視線の先には楽しそうにニヤつく勝希の姿がある。何を考えているのか一切読めない。考えていない時は本当に何も考えずに行動するのだから。今回はどうなのだろう。
「勇者には言いにくいことなら、家で聞くからね?」
「ぇ……」
友奈にだけ聞こえる声量で言う。勝希は変わらず笑っており、悩んでいることに気づかれた友奈は困惑。
しかし友奈の背中側に他の部員がおり、彼女たちは勝希の発言も友奈の表情も知らない。そのため、勝希がいつもの如くイタズラでもしたんだろうと当たりをつけた。勝希にとってはそこまでが想定済みのこと。自分の普段の行いを自覚して利用しているのだから。
友奈も何を言わなかった。小声で言われたのだ。勝希の考えは分からないが、合わせたらいいのだろう。心の中でお礼を言う。
「みんな……あのね……!」
友奈は勇者部が大好きだ。そして、勇者部五箇条も大切に思っている。だから、悩みごとを今から相談する。
友奈の呼びかけに勇者部が反応し、どうしたのかと視線を注ぐ。話しづらいことだが、話さないわけにもいかない。特に美森のことを思うと苦しいが、みんなで共有したい。
葛藤し、その結果なぞなぞめいた話をしてしまう。
「こ……ここで問題です。キリギリスがアリの借金を肩代わりしたらどうなるでしょう?」
「なにそれ?」
「いきなりなぞなぞ? それに借金するならアリじゃなくてキリギリスじゃない?」
「あう……」
「待ってにぼっしー。そこも踏まえてのなぞなぞかもしれないよ」
友奈はなぞなぞを作るのが苦手だ。アリとキリギリスで例え話をしてみたが、それも訳のわからないことになってしまう。園子の深読みによって、難題ななぞなぞと化してしまったが。
それはともかく、相談したいことが相談できていない。改めて意を決し、相談する。
「あ、あのね……! 実は私……あの日──ッ!」
話そうとしたが言葉が詰まった。その先を言い出せない。
友奈の視界には、勇者部員それぞれの左胸付近に自分のものと同じ紋様が見えたからだ。その紋様は赤く、焼いてしまいそうだ。もちろんそれは幻覚の類。部員たちには見えず、違和感すら感じない。友奈にだけ見えるのだ。
「友奈ちゃん?」
言葉を不自然に止めた友奈に疑問を抱く。しかし友奈は言葉を続けなかった。
「親から貰った財布を失くしちゃったみたいでね。見かけたら連絡してもらえると嬉しい。ね? 友奈」
「う、うん……。お願いしても……いいかな?」
「勿論よ友奈ちゃん。まずは町の防犯カメラをハッキングして──」
「それは駄目だからね? わっしー」
勝希がそれらしい理由で誤魔化した。友奈の性格とこの内容であれば、言いづらそうにしているのも納得できるというもの。もっとも、財布は落としていないわけだが。
部活が終わり、帰宅した友奈はベッドに身を投げた。入浴も夕食も済ませており、あとは寝るだけ。スマホの通知を見てみれば、勇者部でのチャットが行われていた。どうやら美森はクリスマスという言い方が嫌らしく、もみの木祭りに解明したいらしい。間髪入れず総叩きで却下されている。
(東郷さんを助けた時、お役目は私に引き継がれた)
高天原にいた美森は、天の神に解放されたのではない。友奈が強引に連れ出したことによって役目を終え、生き残ることができた。それを天の神がそのまま放置するわけもなく、美森を連れ出した友奈にターゲットを変えた。その証が友奈の左胸に表れている。
それを知ったら東郷は悲しむ。そして、今はみんなで楽しく日常を送ることができている。友奈はそれが嬉しく、みんなにはもうしんどい思いをしてほしくないと思っている。
(私は生かされている。だから……こっちにいられるんだ……)
『友奈〜。起きてるー?』
「まーくん? うん。起きてるよ」
「お邪魔しまーす。牛鬼〜、僕を食べようとするの止めない?」
勝希が部屋に入った途端飛びつく牛鬼。その光景は途中までは微笑ましいのだが、その口は大きく開かれている。勝希は左腕を突き出し、牛鬼が遠慮なく噛み付く。
「やっぱり痛い! 離してくれこの牛! っていひゃい!? 机の角で小指打ったー!」
「ま、まーくん大丈夫……? 牛鬼もまーくんから離れて?」
友奈に差し出されたビーフジャーキーを噛む牛鬼。一瞬勝希を見下ろしてドヤ顔してからふわふわ移動する。
蹲る勝希は涙目でそれを睨み、痛みが引いたら友奈の顔を見つめた。
「えっと……何かついてる?」
「ううん。大丈夫じゃないのは友奈の方じゃないかなって」
「っ! ……それは……」
「無理に聞き出す気はないけどさ、僕は
「……ありがとう」
話していると気持ちが楽になる。
友奈はたしかにそう感じた。