時の流れというのは自然なものであり、場合によってはそれが残酷なものと化す。たとえ誰かが、いや全ての人間が望んだとしても、そんな事は関係ないのだと流れていく。夜は深まり、やがて太陽が登り始める。それが沈めばまた夜がくる。その繰り返しだ。
悩みが解決していなくても、次の日というものはやってくる。友奈は自分の身に何が起きているのかを理解できておらず、かと言ってその悩みを打ち明けることも悩んでいた。話そうとした時に映し出される紋様。それによって友奈は口封じさせられている。
授業を集中して聞くこともできず、勝希が男子たちと廊下で「ジオラマごっこ関ヶ原編」をしているのも気づかなかった。
「なんで寒くなってきたこの時期にエアコンが壊れるかな……」
「私も昨日は急に電灯が切れて困ったわ」
放課後に勇者部の部室にいると、夏凜のぼやきに便乗して昨日起きたトラブルの話が始まる。
「うちなんて昨日は樹が鍵をなくして、寒空の下二人で大変だったんだからね。ちょっと近くのコンビニに行っただけなのに」
「うぅー、ごめんねお姉ちゃん」
「あはは〜、樹ちゃんってばおっちょこちょいだね〜」
「机に足を引っ掛けて転んでる勝希さんには言われたくないですよー」
クリスマスが近づき、冬の寒さも本番となってきている時に、寒空の下に放り出されるのは厳しいものだ。現在こうして元気に登校してきていることから、なんとか鍵を見つけ出して家に帰られたことは分かる。それなりに時間を要したのかもしれないが。
部室に倒れ込んでいる勝希は、休み時間にジオラマのために使った自作鎧兜を着込んでいる。兜には面もつけられており、それの製作を少し誤ってしまったために視界は狭まっているのだとか。当然教師たちは没収しようと考えたが、大きさが中学生一人分。それが10人分ともなれば置き場所に困るというもの。その結果注意だけにとどめたという。
「なんでそんなもの作ったのよ」
「ジオラマごっこやるなら本格的にしたいじゃん? 何事においても手を抜きたくないし?」
「あんたの場合遊び方面に全振りしてるわよね」
「否定はしないよ」
ちなみに、勝希が部室で鎧兜を装着したのは、飛び出した牛鬼に食べられないようにするためである。最近は大人しく、出てくることが少ないのだが、警戒するにこしたことはない。
「園子参上なんだぜ〜」
「園子さんその手は!?」
「おぉ、大丈夫大丈夫。こうしてサンチョを被せれば、あってないようなシュレディンガー」
「え、その口突っ込めるんだ」
サンチョクッションは口が描かれているのだが、その口に手を突っ込めるとは誰も予想していない。勝希が代表して言及するものの、他の者からすればそれは後回しの案件だ。
「何があったのよ」
「今朝ポットで火傷したんだ〜」
「みんな何かしらトラブってるね〜」
「勇者部全員厄払いにでも行ったほうがいいんじゃないかしら」
「ちょっと縁起でもないこと言わないでよー」
風は受験を控えている身。厄なんて一切ほしくないというもの。無論それは誰しもがそう思うのだが、風は一段と強くそう思っていた。
「僕は厄払い行かなくて良さそうだね〜。勇者部じゃないし」
「ちなみに聞いておきますけど、勝希さんは何もなかったんですか?」
「昨日だとねー。友奈の部屋に行った時に牛鬼に噛みつかれて机の角に足の小指をぶつけたくらいかな!」
「うっ、本当に痛いやつですね……」
勇者部全員がそうだが、牛鬼に噛みつかれたことはないため、その痛みは分からない。しかし、足の小指をぶつけた時の痛みなら分かる。その痛みを思い出した樹は、自分がぶつけたわけでもないのに目を強く閉じて一瞬硬直した。
「まぁでも、勝希のそれはいつものことだし、ノーカンね」
「仲間外れにされた気分だよ!」
「部員じゃないから元から仲間外れみたいなもんでしょ!」
「酷いよ夏凜……。僕は友達だと思ってたのに……」
「そ、それとこれは話が別でしょ! わ……私も……その、……と、ともだちとは……思ってるわけだし……」
「え? なんて? 鎧のせいで聞き取れなかった。ワンモアプリーズ」
「聞こえてたでしょ! それと聞こえにくいなら脱ぎなさい!」
会話が脱線するのが面倒だと思い、勝希の鎧に手をかけて脱がせようとする。勝希はそれすら利用して巫山戯るのだが、鎧はそろそろ脱ぎたいらしい。特に抵抗することなく、夏凜と手分けする形で鎧を脱いでいく。もっとも、鎧の着脱方法を知らない夏凜は悪戦苦闘していたが。
「夏凜に乱暴なことされた……」
「何もしてないでしょうが」
終わることなくボケ続ける勝希に、律儀にツッコミを入れる夏凜。二人のやり取りがない日は数えられるほどしかなく、勇者部の日常の一つだ。
そんな二人のやり取りを尻目に、美森は友奈へと視線を向ける。まだ友奈がトラブルにあったかを聞いていないからだ。
「友奈ちゃんは何もなかった?」
「え? ぁ……うん。私は特に何もなかったよ」
「よかった。もし友奈ちゃんにまで何かあったら、いよいよ怪しいものね」
「また大赦かー、ってね」
園子の一言に部室が静まり返る。勇者部は満開の副作用のことを隠されていたことに否定的だ。それに伴ってあまり良い印象を抱けていない。さらに先週は美森の件があった。方針を改めると表明した大赦を信じる園子とは、大赦に対する認識にズレが生じてしまうのだ。
「園子滑ったね! マイナス50ポイント!」
だがそれは勇者部の話。
その輪から外れている勝希にとっては、また話が変わってくるのだ。勇者部と大赦のやり取りを知らない。何一つ説明されていなければ、聞こうともしなかった。秘匿される話は、関係者の間だけでのみ知られたらいいと理解しているのだ。
「ガーン! 私としたことが〜。あ、そういえば前にまー防が言ってたネット小説。あれ書いてるの私なんよ〜」
「なんですとぅ!? ガチでファンです! プラス300ポイント!」
「やった〜」
「判定ガバガバか!」
「あははは……」
不穏な空気を勝希は嫌う。だから話を逸したがり、察しのいい園子がそれに乗っかって話を逸した。流れができたらあとは皆が合わせればいい。ツッコミ担当の夏凜が役割を果たし、友奈が楽しそうに笑う。
違う話で盛り上がっていく中、友奈は改めて決意を固めた。上級生で部長である風に相談しようと。
「風先輩」
「ん? どうしたの?」
「ちょっといいですか……」
時間は夕暮れとなり、友奈は風と一緒に自転車置き場に来ていた。風は樹と二人でいつも自転車通学をしている。相談が終わればすぐに帰られるように、という配慮と、ここならそこまで人がいないという利点を考えた結果だ。
「それで、相談したいことって何? もしかして恋愛ごと〜?」
自分で言っておきながら口元が緩んでしまう風。恋愛ごとに興味があるお年頃であり、恋愛話が好きな風らしい反応だ。樹にはいつも「オジサン臭い表情」と称され、その度にちょっぴり傷ついていたりする。
「あ、でもそれなら東郷が怒るか。勝希は発狂して飛び降りかねないわね」
常に友奈と行動している二人を連想する。もし友奈が異性に好きな人ができたなら、美森は暴走しかねない。相手の監視はするだろうし、素性を徹底的に調べ上げ、SNSも荒い出しかねない。
それに対して、勝希はどうなのだろう。近くから見ていても、勝希が友奈に恋慕を抱いているように見えない。逆も然り。異性の大親友を地で行くような関係性だ。しかし、それはそれとして、勝希ならネタとして暴走しかねない。
(……友奈の側にいるのどっちもヤバくない?)
気づかないほうがいい事に気づいてしまった気分だった。
「で、どしたの? 言ってみ?」
思考を止め、友奈の相談に意識を向ける。背負いがちな少女だということは、勇者部全員分かっている。そんな彼女が話そうとしているのだ。聞いてあげないなんてありえない。
「実は……前に、東郷さんを……あっ」
「なに?」
「ぁ……いえ……」
風には分からないが、友奈にははっきりと見えている。先日と同じ箇所。つまり、自分と同じように、風の左胸付近に太陽の紋様が浮かび上がっていることが。
これ以上はいけない。話したらいけない。恐ろしい何かが起きる。
漠然としたものだが、直感的に理解した。もし全てを言ってしまったら、風の身にとんでもない何かが起こってしまうと。
「ま、前にみんなで撮った写真とか、大事なやつがスマホから消えちゃってて……」
「あー。大赦に回収された時に消えちゃったのかも。……もしかして二人の恥ずかしい写真があったとか?」
「えぇ!? ないですよそんなのー!」
誤魔化したら妙な詮索をされた。
ありもしないことをはっきりと否定し、そこで相談をやめた。友奈は正門で待っていた勝希と美森と合流し、帰宅するのだった。
❀❀❀❀❀
帰宅した友奈は、学校の宿題に取り掛かっていた。勝希も自室で取り掛かっているだろうが、壁越しではその様子も分からない。友奈の隣では牛鬼がサンチョに似たアモーレのクッションを囓っている。
そうしている中、勇者部のチャットが起動していく。最初に入力したのは珍しいことに樹。しかし、その内容が緊急性の高さを表していた。
『今病院です。お姉ちゃんが車にはねられてしまって』
「えっ……!?」
友奈はその文面から多大の衝撃を受けた。夏凜、美森、園子が順に素早く声をかけ、皆が病院に向かうのがわかる。友奈も、入力こそはしなかったものの、慌てて家から飛び出していった。
「……あれ? お義母さん。友奈が出かけるとか聞いてた?」
「聞いてないわよ? 靴ないの?」
「ないね。……ちょっと探してくる」
「お願いねー。見つけたら連絡ちょうだい。私からも友奈の方に連絡はするけど」
「りょーかーい」
勇者部じゃない勝希が対応に遅れるのは、仕方ないことだろう。
(さて、病院かな?)
友奈が到着した頃には、他の面々が揃っており、風が医務室から出てくるのを待っている状態だった。そのすぐ後に、息も絶え絶えな勝希が駆け込み、体力が果てて突っ伏す姿は負傷者も同然だった。
「あ、お姉ちゃん!」
「いやー参った参った……って! 勝希あんたの方が死にかけてない!?」
「ほ……包帯ぐるぐるの……風先ぱ、ゲホッ……風先輩には……言われたくないですよ」
「それもそうね。みんなわざわざ来てもらっちゃってごめんねー」
誰も勝希のことは言及しなかったのに、重症である風が言及した。移動式ベッドに体を横たわらせる少女と、ゾンビみたいに体をガクガクさせる少年。ハロウィンならさぞや盛り上がっただろう。
「あの風先輩、お命には……」
「それは大丈夫よ。大袈裟ねー」
「でも、受験生になんて酷いことを」
「それは言わないで! 受けるから! 絶対受けるから!」
「命は無事だったけど受験生の命は危ういと。上手いですね!」
「何も上手かないわよ! これでアタシが駄目だったら勝希に責任取らせるわよ!」
「替玉受験は嫌です」
「頼む気もないわ!」
雰囲気が暗くならないように努めて明るく振る舞う風。そんなものはお構いなしにいつもの調子で話す勝希。ヒートアップし始めたところで看護師からの雷が落ちたのは言うまでもない。
犬吠埼姉妹は両親を亡くしてしまっている。そのため、風が入院するとなればその手続きは妹の樹が行うことになる。二人に雷を落とした看護師に連れられ、樹は若干ビクビクしながら手続きに向かうのだった。
「あんたたちも気をつけなさいよねー。信号無視した車が悪いわけだけど」
「アルファ波の出番ね!」
「よし来たわっしー!」
「それはいらない!」
「「しょぼーん」」
病室に運ばれていく風を見送り、二年生組は帰路につく。勝希は友奈と合流したことを家に連絡し、何も言わずに出たことを友奈は謝った。
「それにしても、精霊は何をしていたのかしら……」
「え、あの精霊ってマスコットじゃないの?」
「……勇者を守るのも精霊の仕事なのよ」
「へー。ちっちゃいのに優秀なんだね」
精霊たちの姿を思い出す。体格的に一番大きいのは、園子の烏天狗か風の犬神あたりだろうか。それでもあくまで相対的に、という話だ。その大きさは生まれたての赤ん坊と競るぐらいである。やはり小さい。
「私、みんなの身に何かあったら、きっと正気じゃいられないわ」
「東郷……。国防仮面もブラックホールもなしよ」
「夏凜も。にぼし仮面はいらないからね」
「やったことないわよ!」
夏凜と園子とも別れ、友奈と美森と勝希の三人になる。明るい話をする気分にもなれず、三人の相田では沈黙が流れていた。一番居心地を悪そうにしていたのは勝希だったが、それも家に着いたら終わった。
再び部屋に戻った友奈は、机にノートを広げ、イラストを交えて自分の身に起きていることを纏めていく。
「私がみんなに話そうとしたら、みんなに少しずつ嫌なことが起きた」
犬吠埼姉妹は寒空の下で家の鍵を探し、夏凜はエアコンが故障し、美森は電灯が切れ、園子は火傷。勝希は小指をぶつけたが、あれは牛鬼に噛まれたから。牛鬼に噛まれるのは珍しいことでもなく、判断に困る。
「……まーくんのは考えるのやめよ」
よって除外。
──改めて話そうとした風先輩は事故に
──天の神の力は、現実の私たちに影響を及ぼせるほど強力
──どうにかしようとしても、別のところに影響が出る
「そうやってバランスを取ってるんだ。私に起きていることは、言っちゃ駄目なことなんだ。私がルールを破るとみんなが不幸な目にあう」
思い返す。部室にあるクリスマスツリーを飾り、仮装し、みんなで笑いあったことを。あの笑顔が消えるのは嫌だ。
(もう私達の戦いは終わったんだ! みんなはもう苦しまなくていいんだ!)
美森もみんなを守ろうとして行動した。それが友奈の役割に変わっただけ。
(私が黙ってたらいつも通り何も変わらない、勇者部の楽しい日々が続く)
みんなが大好きで、だからこそみんなには苦しんでほしくない。そう考えてしまうのが、結城友奈という少女だ。
(誰も絶対に巻き込んじゃ駄目なんだ……私が黙っていたら、それでいいんだ)
「とか思ってる? 友奈」
「ぇっ……!」
両肩に手を置かれ、上から声がする。見上げればそこには勝希の姿が見える。相変わらずふにゃりとした柔らかい表情をしているが、その目は真っ直ぐに友奈を捉えていた。
考えてることが読まれてるのだろうか。それともお得意の引掛けだろうか。突然声をかけられたことで、心臓がバクバクと煩い。勝希の考えが読めないのなら、黙っていた方がいいかもしれない。変にボロを出してしまったら、勝希にも危害が及ぶ。
「友奈は分かりやすいよね。優しくて、みんなのことを優先して。それは友奈の美点で魅力だとは思うけど、自分を蔑ろにしちゃうのは好きじゃないな」
「まーくん……?」
どこまで理解しているのだろうか。自分で理解した場合なら危害が及ばないのだろうか。分からない。それは検証しないと分からないことであり、しかしそれを検証しようなどと友奈は考えられない。
友奈の胸中を知ってか知らずか、勝希は優しく微笑んで語りかけた。二人だけの秘密を確かめる。それがどう関係するのか友奈には分からない。
「ねぇ友奈──賭けをしてみない?」
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クリスマスイヴの日、入院中の風の御見舞を兼ねて、勇者部で訪れようと話が纏まった。妹の樹は先行し、サンタクロースの格好に扮した夏凜と美森が後から訪れる。友奈や園子もそれぞれのタイミングで訪れる手はずになっていた。
「……そっか……うん」
病室に向かう廊下を歩きながら、園子は電話でやり取りしていた。知り合いに頼んでいた調査で、ある程度進行したことで連絡が来たのである。漠然とした園子の仮説が、その報告によって固まっていく。新たに出てくる疑問を整理し、一通り報告を聞いたら確認作業の後にそれらの調査も依頼する。
「ごめんね、任せっきりで。……うん、ありがとう」
通話を終え、スマホを仕舞った時には病室が目前だ。ふと視線を落とすと、病室の前に押し花のしおりが落ちていることに気づく。園子の友人の中で、それを趣味とする少女は一人しかいない。中から聞こえてくる会話では、その少女がまだ来ていないことが分かる。
「……私、分かっちゃった」
押し花を拾い上げ、病室のドアをノックする前に外に視線を向ける。
「まーくん。あなたは私たちの敵なのかな?」