ラストへの導入と説明回ですし、わりと読むのダルい内容かもしれません。
ぶっちゃけラストあたり読んでるだけでも次の話に影響ないです。
放課後に、友奈は勇者部に神婚の話をした。残された手段はそれしかなく、自分にできることをしたいのだと。
誰一人首を縦に振らなかった。友奈の命を犠牲にすることを認められないから。世界の命運よりも、友人の命を優先する選択をしたのだ。
友奈の話は受け入れられず、それしか残されていない友奈は折れることもできない。逃げるように部室から飛び出し、園子と美森を振り切ってその姿を消した。
園子の下に一通の連絡が入った。それは大赦からの連絡であり、指定の場所への呼び出しでもあった。友奈を除いた勇者部全員がその場に行き、大赦の人間──かつて美森と園子の教員であった安芸と会う。友奈が間もなく神婚の儀に入ること。世界がそれでしか守れないこと。歴代の勇者たちも身を犠牲にしてきたこと。それらを話し、勇者部から反発を受けてもなお、安芸は己の身を大赦側に置いた。
「まさかここに呼び出されるとは思わなかったよ」
その話が終わると同時に、勝希がこの場に姿を現した。階段を下りていき、皆がいる一番下に行く。勇者部からの視線を受け、自分に対する見方が変わっていることを察する。
「来てくれてよかったよ、まー坊」
勝希をここに呼び出したのは園子だった。
「そろそろこの世界も終わりだしね。用事も済ませてあるから来たってだけだよ」
「用事?」
「そ。大事な用事。ま、それはいいとして、僕のことを調べたみたいだね? 友奈の御記を拝借してたし、みんなにも疑われてるのは仕方ないか」
「……気づいていたのね」
「起きてたからね」
美森が友奈の部屋に侵入してきたことを、勝希は知っていた。寝ているフリをしていたのだから。普段の美森なら気づけていたかもしれない。しかしあの日、友奈の身に起きていることを確かめたかった美森は、勝希への観察が足りていなかった。
勝希を足を止めずに壇上へと上がり、安芸は横へと移動する。視線で園子に話を促し、園子は一旦瞳を伏せてから話を切り出した。
「まー坊は……普通の人間ではないよね。ある意味亡霊って言い方もできると思う」
「へー。そう考えた根拠を聞こうか」
「全ての調べがついて、話が繋がったのは本当にギリギリだったんよ。……結論から言えば、まー坊はこの時代の人間じゃない」
園子の言葉に全員が驚いた。勇者部たちは園子と勝希に視線を行き来させ、耳を疑う。安芸は仮面の下で静かに驚き、勝希は園子がその結論に至れたことに感心する。
気づかれることがないように、勝希はそれだけの手を打っていたのだから。
「凄いね。どうやって調べたの? 記録はなかったはずだけど」
「うん。
「……上里家?」
「初代巫女の一人、上里ひなたの日記には、まー坊のことが記されてた。つまり、まー坊は300年前の人間ってことになる」
勝希は言葉を失った。ひなたが、そのようなものを書いていたなんて知らなかったのだから。そもそも、彼女はカメラで記録を残すタイプであった。だから勝希は、そちらを消していた。写真で自分が写っている箇所を消失させたのだ。
「ひなの日記とはね。それで、そもそもどうやって園子は違和感を抱けたのかな? 東郷の時とは違って、僕らはそもそも過ごした日々が無かったのに」
「そうだね。だから、みんなはまだ実感ないと思うんよ。でも、わっしーっていう実例があったからこそ、私は疑問に思えた。たぶん、いっぱい満開した影響なのかな」
「……神に近づいたから、か」
かつて20回満開し、その身体の殆どを神樹に捧げた園子は、神と同等の扱いを受けるほど神性が増した。その園子だからこそ、美森を助け出した後に違和感を抱いたのだ。
「一度違和を感じたらそこからは早かったよ。まー坊だけ祟りの影響を受けなかったからね」
「牛鬼に齧られて、小指をぶつけたのは事実なんだけど」
「……たしか、友奈ちゃんの肌を見たのよね?」
話を聞いていた美森が口を挟んだ。そしてその内容に、勇者部員たちは心当たりがある。園子が先に帰ったある日、勝希はその事を口にしていた。今思えば、それは勝希の特殊性を裏付ける重大な事実である。
「脱衣所だったようだし、友奈ちゃんがあれだけ取り乱したのなら、祟りの紋様をはっきり見たんじゃないかしら?」
「
「やっぱり……」
「まー坊のことは、上里ひなたからの日記では存在しか分からなかった。大きな何かを抱えてるってことしか。天の神の影響を受けないのは、まー坊が人間ではないから。そう考えるのが妥当なんだけど、そうじゃなさそうだね? ……やってることを考えたら、神様に近いと思うんよ」
確信を抱いた園子の言葉を、勝希は否定しなかった。園子の持ち合わせている答えでは、満点を与えることはできない。しかし、限りなく少ない情報から、その答えに至ったのは賞賛に値する。
(若葉。園子は君の子孫とは思えないほど頭のキレがいいよ)
正直に言ってしまえば、やりにくいとすら感じる。
勝希がこれからしようとしている事に、さしたる影響が出るわけではない。しかし、園子の発想力が侮れないことも十分に承知している。肩をすくめ、西暦の勇者たちが描かれているレリーフをしばらく見つめる。
「……ま、いいか」
レリーフから、勇者部員たちへと視線を移していく。その目は敵視でもなく、味方を見る目でもなかった。判断ができない。その戸惑いをありありと表している。
「そこまで推理できた園子に応えてあげないとね。……話をするに当たって、まずは前提を理解してもらうところからだね」
「前提?」
「そう。園子の言ったとおり、僕は300年前つまりは西暦の人間だよ。生まれは奈良。育ちも奈良。バーテックスが現れてからは、香川の丸亀市にいた。で、今の僕を表すなら、これも園子の推察通り神ってことになるね」
自分で言っておきながら笑いそうになる。見た目が明らかに人間だというのに、自分のことを神だと言うのだから。お客様は神様だと本気で言っている人と同類の頭の悪さだ。
自虐的に評価する勝希だが、勇者部も言葉を失っているだけで似た感情を抱いている。特に、神樹を直接見たことがある美森と園子は、その念が大きい。勝希からはそのような気配を感じないから。
「僕のことを説明するにあたって、予備知識は必要だ。大赦の人間には一言で通じるかもしれないね。東郷は疑問に思ってることかもしれない。みんなも、聞いたことくらいはあるんじゃないかな。天皇という存在を」
「それくらいなら、歴史の教科書にも載っているものね」
「いろんな時代で出てきてますよね」
「そう。西暦において天皇は特別な存在だった。さて樹ちゃん。なぜ天皇は特別なんでしょうか?」
「えっ……」
予想外のクイズ形式。そして歴史に疎い樹は、答えられずに視線を美森に向けた。美森は代わりに答える。クイズにしてはズルいやり方だと思いながら。
「
「分からない……ですか?」
「東郷、それが答えでいいの?」
「はい。天皇という存在がどういう存在なのか、私は調べたことがあります。でも、どこをどう探しても答えは得られなかった。いたということしか分からなかったんです」
あらゆる文献、ネット情報。可能な限りの媒介を駆使して調べたことがある美森だが、何一つとして情報を得ることができなかった。その時は、文献が残らず、調べもつけられないのかと考えていた。しかし、今にして思えば、それは徹底的な隠蔽だと受け止められる。都合の悪い情報を隠蔽する、その気質がある大赦ならやりかねない。
「大赦はもちろん知ってるんだろうけどね」
「……」
「沈黙は肯定になりますよ。さて、その天皇なわけだけど、漢字を分けて考えたら、自ずと隠された意味が分かるよ」
「分けたら……天……皇……っ!? まさか……!」
「由来とか、呼び名はいろいろあったりするけど、今は分かりやすさ重視でいこうか。東郷が察したやつで正解だよ」
真っ先に東郷が気づき、園子もそのすぐ後に気づく。二人に遅れる形で風、夏凜、樹も気づいた。それで合っているということならば、大赦が隠蔽したのも納得がいくというもの。
それを勝希は明確に言葉にした。
「天皇というのは、天の神の子孫だ。そしてその天皇家というのは、天の神の一族ということになる。現人神、なんて言い方もするくらいでね。かつての日本では敬われていた人たちになる。終戦以降、天皇は人間宣言をしたけど、その血筋はどうしようもない。天の神の血は脈々と受け継がれることになる」
「つまり、勝希さんも……」
「僕は分家の方だね。その中でも限りなく血が薄い一族だった。爺ちゃんは……僕が荒御魂の神饌を食べて目覚めたって説明してたみたいだけど、正しくはないんだよね。……配慮だったんだろうね。真実を隠してたのは」
祖父のことを憂う勝希は、人と一切の遜色がなかった。神と同等だと称されていても、やはり人間との差が見受けられない。強いて言うなら、違う時代の生まれだと言う点と、記憶や記録を操作できた点か。
「僕はね。佐天勝希という人間は、
「はぁ!? 死んでるって、あんた……何言って……」
「夏凜は反応良くて嬉しいよ。……僕は人として生まれた。ひとりっ子だったんだけど、5歳の時に家族で交通事故に遭った。父さんも母さんも、そして僕も致命傷だった。特に子供だった僕は、ほぼ即死だったんだよ。でも、父さんと母さんは諦めなかった。薄れゆく意識の中、父さんたちは僕の体に神を降ろした」
「神降ろし……憑依の類……だったよね」
「そうだよ。神を選んでる余裕もなくて、父さんたちは血筋の祖である天の神を僕の体に降ろした。けど、本来神降ろしなんて行うものじゃない。天の神は自分の中でも気性の荒い部分だけを削ぎ落とさせた。それが荒御魂。僕のもう一つの心臓とも言えるもの」
荒御魂、という単語には聞き覚えがないが、御霊なら知っている。それはバーテックスの心臓とも言えるものであり、核である。それが勝希の命を支えている。しかし、それだけで死者が蘇るというのか。
「もちろん御霊だけじゃ駄目だよ。そもそも、それなら僕の人間性が皆無になるからね。神性は荒御魂から。人間性は、
「……そうだとして……なんで勝希はまたその力を持ったのよ。記憶もなかったんでしょ?」
「そうですよ風先輩。でも、記憶は無くなったんじゃなくて封じられた。元々あった記憶は、封じられても思い出せる。その前にまず、引き寄せられる。友奈や園子が真っ先に東郷のことを思い出したのが良い例かな」
たしかに近似性はあるだろう。しかし、勝希の話し方では何か違うニュアンスを感じられる。理由がそれだけではないのだと。
「僕の場合は強く封じられてたけど、荒御魂はいわば僕の心臓でもある。覚えていなくても引き寄せられて、神性を取り戻そうとするのは当然のこと。そうとは知らず、だけど僕はそれが当然であるように神饌を口にした。バーテックスが現れた日、僕も完全に目覚めることになった。爺ちゃんたちに封じられたけどね。……その後は、
「友奈ですって? なんでそこで友奈の名前が」
「……高嶋友奈、だよね。初代勇者の一人。生まれた赤子の最初の所作次第で、彼女の名前が付けられるって風習もあるくらいだし」
「園子は詳しいね。さて、だいたい話し終えた気がするね」
「まだよ」
「ん?」
肩の力を抜き、体を伸ばしてリラックスする勝希を、夏凜が制した。その目は鋭く、勝希も気を引き締め直す。
「あんたがこの時代に来た目的は何? 私たちの記憶を弄って……友奈まで……。利用したってことでしょ? 友奈を!」
「そうだね。否定しないよ。目的のために友奈を利用してる。僕は神を殺したくてね。こんな世界にした天の神を」
「それなら──」
天の神を敵視するなら、味方になれる。そう思った樹だったが、その希望は勝希の言葉によって否定された。
「神樹も壊すよ」
「なっ……!」
「言ったでしょ。神を殺すって。神樹も例外じゃない」
「何言ってるのよ。神樹様が消えたらこの世界は滅ぶのよ!」
「ま、止めたければ力づくでどうぞ?」
大気が振動する。大地も揺れ始め、透明な何かが勝希へと集まり始める。やがて勝希の体が光り始め、それに伴って神樹も樹海化を始める。
「樹海化って……!」
「僕と戦うかは君たち次第さ」
神婚が進行されている。それを止めるために、天の神自らが動き出すのは明白。その力はバーテックスの比ではなく、万全の態勢で挑む必要がある。しかし、勝希を放置してしまえば神樹が破壊される。神殺しに挑むほどだ。その力は強大だと予測される。
『そうか。ならば戦わせてもらおう』
「っ!?」
どこからともなく声が聞こえる。その声に心当たりがあるのは勝希一人。その声の主がこの時代に現れられるはずもなく、勝希の表情に動揺が見て取れる。
一つの石碑が青白く光り始める。鼓動のように明滅を繰り返し、次第にその光度を増していく。やがて明滅を終え、視界を奪うほどの強い光が発せられる。その光が収まると、勇者たちと勝希の間に一人の女性が立っていた。その姿は勇者服に包まれているが僅かに歪であり、満開とも違う力を帯びている。女性の背からは漆黒の翼が生えており、背丈ほどもあろう太刀を携えている。
「まさかひなたの備えが使われる日が来るとはな」
「……若葉……!」
「なんにせよ。お前を止めるのは友の私の役目だ。勇者乃木若葉。最後の役目を遂行させてもらう」