東方古物想   作:紲空現

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戦闘シーンを書いていたら増量しました。
原作に入る前に一悶着あるようです。


第二章 騒乱の時候
009布石を打つ 壱


 深夜。山でコソコソと動く人影があった。俗に妖怪の山と呼ばれる、天狗が支配している山である。

 

「……」

 

 赤褐色のフードを被り、無言で足音を殺し木の間を縫っていく人影が一つ。フードの隙間からは金色の髪が覗いており、しかしその輪郭は不思議とぼやけて上手く掴めない。そして山へと溶けるように、その姿は更に曖昧になっていった。

 山の上の方では、建物から微かに灯りが零れており、中から怒号も聞こえてくる。夜更けまで天狗が活動していることはままあるが、あくまでも哨戒の白狼天狗が動いているか宴会をしているかであるため、珍しい動きである。

 それを尻目にそのまま人影は山を登り、周りを見渡している。標高とともに緊張感も高まっているのか、しきりに辺りを警戒しながら歩き続けている。加えて、なにかを探しているのだろう、その足を止めることは無かった。そして遂にお目当てのものを見つけたらしい。地面に伏せて身を隠し、息を殺した。

 辺りが騒がしくなる。どうやら天狗達が演習をしているようだ。夜の闇の中、高速で動き包囲するような動きを見せる白狼天狗。巧みな位置取りで隙と隙間を埋める烏天狗。全体を把握し即座に身振りや声で、真偽を織り交ぜつつ指揮を執る大天狗。なかなか大きな作戦を立案しているらしい。

 

 人影はじっと微動だにせず、ただ見つめていた。

 

 時間は流れ、演習が終わった。人影は再び移動を始め、ひとつの倉庫へと辿り着いた。鍵のかかっていなかった戸を微かに開けてそっと手を差し込み、直ぐに戻した。そして何かに満足したのか、また静かに山を降りていく。天狗達は気づいていない。不穏な侵入者は警戒していたものの、深夜まで徹底することは出来なかったのだ。

 

 夜は明け、再び日が昇る。

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

「る〜こと。今帰ったよ」

「おかえりなさい、ご主人様!」

 

 危険な外出を終えて、なんとか家に帰ってこれた。黎明の空はほんのり白んできていて、何とか間に合ったことを教えてくれる。

 そこへ、る〜ことが少し心配したような雰囲気で声をかけてきた。忠誠心など以外の感情も徐々に出てきているようで、少し嬉しくなる。

 

「ところで、どちらに行かれていたんですか?」

 

 まあ、隠す事はできない。アレ(・・)を見てしまったからには、対策をしなければならない。

 

「ああ……えっと、妖怪の山へこっそり偵察にね。最近怪しい動きをしていると恩人に聞いたものだから」

「そうだったんですか……無事でよかったです!でも、心配しました。先に言ってくれても良かったのではないでしょうか」

 

 珍しく、る〜ことが気持ちを表してくる。そうとう心配させてしまったらしい。

 

「そうだね。ごめん。でも、私がいない間に天狗たちがもし、もし来た時に、なんとも言えないと思って」

「それは……そうですね……」

 

 非常に悪いことをしたと思う。もし見つかっていたら、計画の前に袋叩きにされてあえなく生を失うところだった。まあ、一度死んだ程度であれば能力の超過使用でなんとかならないこともないと思うが、恐らくとても大切なものを失ってしまう気がする。保険はあるが、リスクのある行動だった。

 さて、必要な情報は得た。決行の日時まではまだ分からないがそう簡単に漏らすはずはなく、調べるにはリスクが高すぎるので諦めた。ただ、あの天狗たちの練度を見るに、猶予は1週間と言ったところだろうか。ならば、しっかり動向を見つつ早急に準備をするしかない。そう考えて、る〜ことに声を掛ける。

 

「る〜こと、この時計が12時になったら起こして欲しい。それからお昼ごはんをたべて、そのあとは少し戦い方を教えようと思う」

「急ですね……ああ、山の問題ですね。分かりました!それでは、おやすみなさいご主人様」

「おやすみ、る〜こと」

 

 それなりに寝てはいたものの、徹夜だったのであんまり体調は宜しくない。全く問題ないといえば問題ないが、戦闘訓練を疲れたままの状態でやると、うっかり加減を間違えてしまうかもしれない。安全を取るのが大切だ。また、昨晩の偵察がバレていて、今日にも襲いかかってくるかもしれない。可能な限り体調を整えることは必要だった。

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 12時になったので、ご主人様を起こします。そしてそのまま私が作った昼ごはんをご主人様と頂いて少し落ち着いたところで、家を出て森を少し歩きました。ご主人様は手ぶらのようですが、なにを教えてくださるのでしょうか……

 そう考えている間に、家の近くのやや開けた場所へと出ました。ご主人様はあまりものを持っていないようなのですが、一体どうするのでしょう?

 考えを巡らせていると、ご主人様がこちらに向き直って、にこやかに話を始めました。

 

「る〜こと、今日は戦いに備えた練習をしようと思う。今朝も言ったけど、天狗の動きが怪しいから、その対策としてる〜ことにも戦う力をつけてもらった方がいいと思うんだ」

「そうですね。私はあまり戦えないですし、それを知るのは大切です」

 

 とはいえ、昔は一応モップを使って自衛は出来たので、使うならそれが良いのですが……

 

「うん。そこで、る〜ことには武器を渡そうと思う。多分その方がいいと思って」

 

 そう言ってご主人様は、腰に提げた大きめの信玄袋から、そのサイズに合わない大きさの金属製モップを取り出しました。

 どうして分かったのでしょうか……

 

「る〜ことは、この武器ならまだ扱えるかなと思って。前に修理のため過去を再生していた時にモップを使っているのを見たから、いいんじゃないかと思って作っておいたんだ」

「ご主人様……ありがとうございます!」

 

 どうやら、そのサードアイで見ていたらしく、すっかりお見通しでした。ご主人様、こういうサプライズをするんですね……嬉しいです!

 

「さてそれでは、早速やろうか。まあ、教え方はよく分からないから適当に打ち合ってやる感じかな。私の装備と動きは山の白狼天狗を参考にしてやってみるから、一応の仮想白狼天狗ということで」

 

 そう言うと、少しにやりとしながら、その信玄袋から更に刃を潰した剣と盾を取り出してきました。これもまた、いつの間に用意したのでしょうか……

 

「では、いくよ」

 

 そのようにゆるく話をした途端、空気が一変した気がしました。こちらを警戒しつつも突撃できるように、やや前傾姿勢で足を前後に軽く開き、盾を前にして構えるご主人様。サードアイは服の中に隠していて、かつ軽装なので引っかかるものも少なそうです。私も、自身の身長に近い長さのモップを、糸のついた先端を相手に向け真っ直ぐに構え、腰を落として半身にしました。

 今回の私は生存と防衛が主体なので、下手に動いて隙を作るよりは、後の先を取って守れるようにしていきます。

 

 __一拍。初動の準備動作を省いて、突然ノーモーションでご主人様が飛びかかってきました。

 

「……!」

 

 それに対応するように、両手でモップを保持したまま突き出し、すぐに戻します。槍の突きは高威力かつ射程が長いので、上手く使えばかなり強いです。今はモップなのでダメージはそう大きくないですが、本番の時は薬品でも染み込ませようと思います。

 その突きを、盾で受け流すのではなく私から見て左に跳んで回避したご主人様。そのまま横から接近して顔に突きを入れようとしてきたので、左に回転しつつ後ろへ飛んで、モップで足払いを掛けました。

 しかし、こちらに顔を向けたままご主人様は一回転。最小の隙で宙を飛び回避した直後、私の石突での一撃をバックステップで回避しました。

 

「なかなかやるね」

「いえ、まだまだです。そちらも、動きがとても速いですね。対応するのがギリギリです」

「まあ、白狼天狗の速さを真似しているからね。戦い方も、リスクを避けつつ一撃で致命傷が与えられるように振舞っているし」

 

 少し離れたためそのような会話をしつつも、相手の動きを互いに伺います。ときに、白狼天狗の再生ではなく真似をするということは、今回は能力なしの素の力で。つまり最低でも一般白狼天狗の速度までは出すことができるということなので、ご主人様、実はもっと強いのではないでしょうか。

 そのような要らないことを考えている隙に、いつの間にか目前にご主人様が迫っていました。

 

「わわっ!?」

 

 とりあえずお腹を横殴りにしようとして、またバックステップで回避されました。直感で動いているようで、反応がとても早いです。そしてここも真似ているのか無言のままこちらを睨んできています。

 そして、もう一度正面から突撃してきました。同じように一突きすると、なんと上に跳んで突撃してきました。

 

「えっ!?でも!」

「……チッ」

 

 そのままご主人様の方に(・・・・・・・)突撃して即座に反転。そのまま着地狩りで足を薙いだものの、胴薙ぎを警戒していた盾を下に移動させて無理矢理受け流され、ご主人様はまたくるりと一回転して着地。更に石突で追撃しましたが、また後ろに下がられました。

 しかし、これでは終わりません。更にモップを持つ前の手、つまり左手の中でモップを滑らせて射程を伸ばし、繰り突きをします。先程よりも伸びるモップは、後ろに下がるご主人様のお腹を軽く刺し、加えて威圧感を与えました。

 

「なかなかやるね。でも、次の攻撃は多分対応できないと思うよ」

「そうですかね……頑張ります!」

 

 少しよろけながらもそう話すご主人様。嫌な予感がしましたが、できる最善を尽くすと決めました。そして、目付きが変わるご主人様。なんだか、力強いと同時に少し辛そうな……

 その瞬間、再び真っ直ぐ突撃してきました。再三同じ動きをしてきているので、こちらも同じく真っ直ぐ突きを繰り出します。するとなんと、身体を少し左側にズラしながら屈めて、盾でモップを横に弾いて来ました。

 

「くううっ!」

 

 そのまま右手の剣で首を取ろうとしてくるご主人様。負けじと弾かれたモップを引き戻しつつ、左足を軸にして斜め後ろに飛ぼうとして__

 

「きゃあっ!」

「はあああああっ!」

 

 突撃の勢いのまま、右足で私の軸足を刈り取ってきたご主人様。バランスを崩して倒れたところに飛びかかってきて、首に剣が振り下ろされて、ギュッと目を閉じてしまって……

 

「これで終わり」

 

 そう声をかけられ、おそるおそる目を開くと、ご主人様が剣を寸止めした体制のままほんのり笑いかけてきていました。

 

「うっ!……はぁ。良かったです……」

「いやあ、なかなか強かったよ。疲労があるだろうに身体の動きも一切鈍らないし。ああ、だから、そう涙目にならなくても」

 

 安心してしまったからか、緊張の糸がほどけてへたりこんでしまいました。あと、視界が少しぼやけるような……?不思議ですね……

 

「……まあ、とりあえず今ぐらい動けたらなんとかなると思うよ。ただ、最後の時みたいに、相手か身内に追い詰められた白狼天狗はかなり捨て身の積極的な攻撃を繰り出してくるから、その変化に注意すればもっと上手く相手に出来ると思うよ。そして、本番は確実に複数人で来るから、その辺の立ち回りも考えないとね」

「……はい!」

 

 丁寧に教えて下さったご主人様。この後も少し動きを確認したあと、また何回か打ち合いをしました。

 なんとか、ご主人様の足を引っ張らないように頑張ります!


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