東方古物想   作:紲空現

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008昼酒・夜酒・深酒

 今日も、る〜ことが里に行っている。少し心配はしていたものの、さして問題なく行って帰って来ているので、少し家が寂しくなる程度のことだ。その程度のことなのだが、やはり寂しい。今までは日常となっていたので気づかなかったが、一人でいるというのは応えるものがあるらしい。気を紛らわすため、昼だけども酒盛りをすることにした。

 地下倉庫群の酒蔵から、適当な酒を10本ほど見繕って取り出す。だけど、高級なのは出さない。それはもっと大事な時のために取っておく。そしてそのまま地上の座卓へと持っていったが、瓶が多すぎて置ききれないので、一本以外を座卓の下へ置きつつ一部は氷水にガラガラと浸ける。一般的には貴重な氷だが、それなりの規模がある地下倉庫には氷作りと冷凍保存専用の極寒部屋を作ってある。倉庫は拾い物の冷蔵庫を参考にして作ったので熱が移動し、隣の部屋は逆に高温となってしまっているけど、それは使いよう。そんな形で酒盛りの準備を整え、一息。

 瓶を開ける音が、静かな部屋に響いた。

 

「昼間から酒とは、まあ珍しいこともしてみるものかな。さて、ああ、ツマミを忘れていた。その辺にないかな」

 

 その辺を見るも、干したイトウぐらいしかない。沢山捕れすぎて食べきれそうになかったので、開いてから吊しておいたのだ。日当たりのマシな東側の軒先から何枚か回収して、テーブルに置いた。

 徳利にとくとくと注ぎ、お猪口に注いでからクイッと一杯。

 

「……ああ、美味しい。昼に飲むのも良いね」

 

 そして、干物を頂く。味が染み出てきて、これまた美味しい。

 

「うーん、合わせると本当に美味しい。しかし、この辺は珍しくなってきた魚が取れるものだね。なんでだろう」

 

 イトウは、外の世界ではかなり珍しくなってきた魚で、あんまり捕れないらしい。なんでも、成長が遅いけど大きくなるとかなんとか。沢山とったら居なくなるのは、それはそうだとしか言えない。詳しいことはあんまり興味がなかったし、ここに来てからはあんまり聞かないので分からない。

 そんなことは置いておいて、一滴も零さないようにしながらまたドポドポと盃に注いでいく。機械化してから更に酒への耐性が上がった気がするので、多少呑んだところで影響はない。勢いに任せて、日光とそよ風を感じつつ大量に飲んでいく。

 

「……あれ。イトウが無くなった。うーん、新しいのを探すのも面倒だし。まあいいか。そのまま呑もう。美味しいし」

 

 ツマミが消えたので、そのままただ酒だけを呷っていく。いつの間にか、一本目が空っぽになっていた。

 

「ううー、『再生』……流石に酒は戻らないか」

 

 何回もやった事のある作業をした後、酒瓶を別の桶に入れて、氷水の桶から酒を引っこ抜く。皿に入れるのもなんだか面倒になってきたので、左手の金属部分で栓を力ずくで開けたあと、そのまま瓶に口をつけた。んー、美味しい。

 広くはない部屋の中に、どんどんと酒の香りが充満していく。そのままその香りは家の一階部分に染み渡り、空き瓶はまた一本と増えていった。

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 ご主人様からのおつかいで、里から酒を買ってきました。今は、森の中をなんとか突き進んでいます。時々妖怪も出てきますが、その時は空いている足で蹴散らしながら、頑張って家まで戻ってきました。

 ちょっと遅くなってしまったのですが、大丈夫でしょうか……呼び鈴をチリリンと鳴らして、ご主人様を待ちます。

 

「ご主人様、ただ今戻りましたー!」

「んー?まっててねー」

 

 ご主人様、今日は珍しく既に酔っているようです。普段は夜からしかお酒を飲まないのですけど、どうしたんでしょう?

 そう考えている間に、家のドアがひとりでに開いて、迎え入れてくれました。中を見ると、何本もの空瓶が転がる中、ご主人様が酒瓶を抱き抱えながら緩く笑っていました。

 

「る〜こと、無事で良かった……」

「はい!今日も無事に買ってこられました!とりあえず、お酒は蔵に入れておきますね」

「うんー、お願いー」

 

 完全に出来上がっているのか、ご主人様の語尾がのびのびになっています。口元もだらしなく笑っていて、かなり呑んだようです。

 酒瓶を蔵に入れた後、代わりに二本ほど取り出して持っていきます。そして空き瓶を回収して洗った後、また違う倉庫へ持っていきました。

 戻ると、ご主人様がまた話しかけてきました。

 

「る〜こと、一緒に飲まないー?」

「いえ、私はものが食べられないので……すみません」

「いやいやー、そう言わないでー、試してみたらー?」

「いえ……申し訳ありません」

「残念。また興味があったらー。じゃあー、屋根上で熱燗呑んでるから、よかったらー」

「はい!」

 

 そう。いくら人のようだとはいえ、ロボには違いありません。食べ物を食べると発声器官が傷んでしまいます。少し残念に思いながらも、地下倉庫群の管理と掃除をするため、地下へと向かいました。

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 屋根の上に陣取って、台所で温めた熱湯で熱燗を作っていく。流石に上へ火種を持ち込む訳にはいかないので、ちょっとだけ寂しい。

 秋晴れの下、月光に照らされながら風を浴びて熱燗を頂く。冷えた身体に熱が回って、ほうと息を吐いた。

 

「……美味しい」

 

 多くは呟かず、のんびりと酒を飲み重ねていく。既に8本は消費してしまったが、まだまだ飲めそうな気がする。

 ぐらぐらする頭で空を見上げると、上弦の月を超えたぐらい、十日夜の月が見えた。毎日姿や大きさを変える月は、見ていて飽きない。それから再びお猪口を口に運んで、また風に身を任せる。酔いは醒めたり回ったりを繰り返して、身体と一緒に船を漕いでいた。

 

 

……

…………

………………

 

 

 徳利からお酒が無くなった。取りに戻ろうとフラフラしながら家に入るが、もう外に出られそうにはない。ドアは押しても開かないし、お酒は増えたり減ったりしている。世界もグルグルしているけど、今日はあんまり気にせず呑んでいたい。る〜ことは、今は地下の掃除をしているだろう。早くはないから、多分深夜までかかるに違いない。

 ……家の中だから大丈夫だと知ってはいるものの、やっぱり、少し怖い。る〜ことが無事に帰ってこないかと考えると、やっぱり不安になる。大事にしているものが、人が消えるのは、やっぱりもう嫌だ。だから私は、不安を紛らわせつつる〜ことの帰りを待つ。

 酒の回った思考はまとまりなく止まらない。普段は繋がらない発想と認識から、酒はどんどんと加速していった。すぐ近くの汎用倉庫からもなんとか酒を取り出して、更に呑んでいく。思考がグルグル回って、なんだかよく分からなくなってきた。

 ……疲れた。

 

 

 

 

□□□□□

 

 

 

 

 やっと地下三階の掃除が終わったので、ご主人様の下に戻ります。カツカツと石製の階段を登って、居間の隣の部屋へと来ました。でも、部屋から音は聞こえてきません。少し心配になりながらも、そろりと戸をあけました。

 中では、ご主人様が飲み干した酒瓶を抱えながら倒れていました。辺りには残量がまちまちな酒瓶が並んでいて、大量の空き瓶が散乱していました。ざっと見て、20本はありそうです。ご主人様の酒の強さから見ても明らかに飲みすぎです。そして、何故か不思議なことに、ご主人様の髪の毛は綺麗な「銀色」になっていました。元々は綺麗な「金色」に「銀色」が混じっていたのですが、今は銀一色です。毎回とても疑問に思いつつも、まずは処置をすることにしました。

 ご主人様から抱えている酒瓶を回収して、横向きにします。それから飲みかけの酒はとりあえず並べて、空き瓶は踏むと危ないので全て集めて洗ってから倉庫に入れます。その後は使われた徳利とお猪口も丁寧に洗って乾かします。

 一通り仕事が終わったのでご主人様の様子を見に行きました。特に変化は無いのですが、その寝姿を見ていると少し不安になってきます。まるで、精巧な人形が倒れているかのような、そんな錯覚を抱いてしまうのです。

 

「……まあ、明後日になれば元に戻るはずです。それまで、しっかりと介抱をしないとです」

 

 声に出してそう決意を固めて、じっとご主人様の様子を見続けます。空は徐々に白んできたので、ご主人様から離れて、朝ごはんとして卵を溶かした粥を作っていきます。これで元気になると良いのですけど……




なお、筆者は酒を飲んだことがないので、描写が怪しいです。

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