星と風の物語   作:シリウスB

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白き亡霊

 あのネルギガンテが大人しく座っているのを見て、調査団は何が起きたのかすら分からなかった。

 ひとつ確実に言える事は、そのネルギガンテの目の前で装備の最終チェックをする無防備な青年と、その相棒である編纂者、そしてそのオトモが居る事だけだった。

 

「敵はこちらの様子を既に察知してる筈だ。時間が無い、後を頼む」

「はい。相棒も気を付けて下さい!」

「後ろは任せて下さいニャ!」

 

 受付嬢を護衛していた双剣隊の備品。ナイフ・ワイヤー・弾薬・工具などの物資、つまり戦闘に必要とされる物を、ダークは人が持てる限界まで装備した姿をしていた。

 そんな青年の姿など今までに見たことが無かった受付嬢は、この先に起きる戦いが熾烈なものになることを想像してしまう。

 最後に、ダークはネルギガンテと視線を交わす。言葉が通じない者同士だが、その目的は同じであった。

 北へ向かって歩き始めたダークに、ネルギガンテが唸るような鳴き声を上げる。その声は調査団の誰も聞いたことが無い程に弱々しいものだったが、ダークはそれにサムズアップで答えた。

 

「どういう事なのか説明してくれないか?」

 

 遠征部隊はネルギガンテを包囲する陣形を崩さないまま、調査班リーダーが受付嬢へ問い詰める。渡りの古龍もネルギガンテの戦意が無くなったことを理解してはいるが、警戒は解いていない。

 ここで意外だったのは、渡りの古龍達が既にヴァルハザクの存在を知っていた事だった。40年以上新大陸で行動していれば、偶然瘴気の谷で出会っていても不思議では無い。

 ヴァルハザクという存在が中間に立ってくれたおかげで、今は古龍同士の戦いが始まらずに済んでいたのだ。

 

「ネルギガンテの真の目的が分かったんです」

「真の目的?」

「ええ、彼の目的は新大陸の古龍を捕食することではありません」

 

 調査班リーダーはネルギガンテを見やる。悪魔の化身と評されるその古龍が大人しく座っている姿を見ても、受付嬢の言う『目的』というものが何なのか見当も付かなかった。

 

 「これはいったい……何があったんだ?」

 

 突如としてネルギガンテとの戦いが終わったという監視員からの報告。それを聞いて現場に急行した総司令は、いまだに健在なネルギガンテの姿を見る。

 その様子に全く敵対心が無いことが逆に彼らを不安にさせた。総司令の顔に付けられた傷は、このネルギガンテによるものだからだ。

 

「無事!? 怪我は無い!?」

「やるじゃない。さすがネ」

 

 遅れて合流したフィールドマスターと三期団長が受付嬢を労った。

 

「あの子は?」

 

 この戦いを終わらせた本人であるダークの姿が見当たらないことに気付いたフィールドマスターは、受付嬢に問う。

 

「相棒は北に向かいました。……もう敵はこちらの状況に気付いていると」

「…………!」

 

 フィールドマスターは受付嬢が導き出した答えが当たったことに安堵しつつも、それが新たな戦いの前触れであることを思い出した。そして、この場にいる全員に叫ぶ。

 

「すぐに戦力を整えましょう。相手がどんな奴なのか分からない以上、いつここに現れるか分からない!」

「待ってください、ネルギガンテの目的とは何なのです?」

「教えてくれないか」

「先程まで命のやり取りをしていた相手だ。理由が分からねば横には並べん」

「…………」

「聞かせてくれ」

 

 調査班リーダー、竜人ハンター、ソードマスター、大団長、総司令。周囲に展開しているハンターも武器を収めてはいるが、その目はネルギガンテを睨んだままだ。

 

「ネルギガンテの目的は、新大陸から古龍を逃がすことです」

「逃がす……!?」

 

 調査班リーダーは驚いた声で言った。

 

「そう、お嬢ちゃんの言う通り」

「しかし……当初の仮説の全く逆じゃないですか!」

「一期団がここに来てから、ネルギガンテに殺された者はいるかい? ゼロだろう? 新大陸調査団だけじゃない。山猫族、奇面族、渡りの古龍達。他にも火竜の番いや、風漂竜と惨爪竜。ネルギガンテの実力を考えれば、一体一体を追い詰めれば容易く仕留められるはず」

 

 フィールドマスターの理屈に、調査班リーダーだけではなくその場に居た者全員が息を呑んだ。

 

「一方で、元から新大陸に生息していた古龍であるヴァルハザクには協力していた。死を迎える者を見届けるか、追い返すかの違いはあるけどネ」

 

 三期団長が付け加えた。

 

「その追い返す理由とは何なんだ?」

 

 ネルギガンテを追い続けてきた大団長が、受付嬢や三期団長に尋ねる。だが、その問いに答えたのは総司令だった。

 

「古代兵器だ」

「何?」

「ようやく分かった。ネルギガンテはこの地に潜んでいる古代兵器に同胞たる古龍を殺させないために、今まで戦い続けてきたのだ」

 

 その言葉には受付嬢も驚いた。

 

「古代兵器……ですか?」

「そうだ。『黒き闇』が新大陸に来た真の目的だ。五匹の龍の物語に記されていた、『贈り物』という名の古代兵器だ」

「総司令、その古代兵器とは――」

 

 受付嬢は、その問いを最後まで言うことが出来なかった。

 この場に居た者全てが、雷に撃たれたかのように顔を上げる。無論、五匹の古龍も。

 

「今の音は……!」

 

 歴史に残る戦いは、一発の銃声から始まった。

 

 

――――――

 

 ダークは北に向かう通路の中、一カ所だけ不自然な部位を見つけた。

 古龍でも通れる広さの通路は突き当りで左右に分かれており、左は奇面族の住処があった場所。右はネルギガンテの寝床と言われていたエリアだった。

 ネルギガンテに住処を追われて以降、奇面族は既にこの地を去っていた。拠点への道も崩落した岩で9割ほど埋まってしまっているため、古龍どころか奇面族でも通ることはできない。

 ダークが気付いたのは、ネルギガンテの寝床へ向かう途中にある壁面だった。周囲に生えている龍結晶は、北東にある青く輝く龍結晶と違い、黒くくすんだ色をしている。形状も複雑且つ鋭利になっており、青い龍結晶よりも攻撃的な印象を受ける。

 その黒い結晶が通路を余すところなく無数に生えているのだが、一カ所だけアーチが途切れている部分があった。方角を示すコンパスは、真っ直ぐ北を指している。

 

「この向こうか」

 

 フル装備でも登れるほどの高さしかないその壁面を超えると、そこには獣道すら無い黒い結晶の迷路が存在した。

 だが、よく見ると部分的に結晶が折れている部分がある。それが古龍、ネルギガンテが過去に通過したであろう事は、ダークには容易に想像できた。

 足場となる龍結晶は極めて頑丈で、ダーク一人が乗った程度ではビクともしない。ネルギガンテが過去に通ったルートをひたすら前進すると、そこにはダークが予想した通りのものが姿を現した。

 

「格納庫のハッチ……か」

 

 分厚い金属製の扉。周囲に生えている龍結晶のせいで、その入り口は巧妙に隠されているようにも見えた。

 そのハッチはネルギガンテが無理やり通れる程度の開度があった。事実、通ったであろう部分の龍結晶が折れている。

 ダークはそこから格納庫の中を見た。内部は照明が無く、奥の方は全く見えなかったが、上空から俯瞰すれば正方形の形をしている格納庫であることが辛うじて分かった。

 さらに、内部には金属製の箱や鉄骨のような細長い部品が無造作に置かれていた。見ただけでは用途が不明なものばかりだが、それらが脅威になるものでは無いとダークは判断した。

 

「『Distilled Water TANK』……蒸留水の槽か」

 

 金属製の箱に描かれていた古代文字を、ダークは瞬時に解読する。

 研究班でも実験で使用する蒸留水だが、これほど巨大なタンクに詰められているものは現大陸にも無いだろう。 

 ダークは導蟲のコロニーを軽く叩き、蟲達を外へ出した。古代の基地という未知のエリアではあるが、導蟲は普段と変わらぬ挙動で周囲を飛び回る。

 ふと、その色が青く変わった。古龍や龍結晶の影響を受けた大型モンスターに対して発されるその色は、部屋の奥を指していた。

 

「細い鋭利な傷、強い力で叩かれた跡。ネルギガンテの痕跡だな」

 

 それは、ここで激しい戦闘があったことを示す痕跡だった。

 残されていた棘をコロニーに入れた瞬間、導蟲は同じ匂いに反応して先程よりも広範囲を飛び回った。

 

「これは……?」

 

 導蟲が特に強く反応している部分があった。

 格納庫の北東側の部分、細かい金属製の部品が地面に散らばっている中で、一つだけ素材が異なる物を指していた。

 

「合成樹脂製の容器……」

 

 この時代の技術では製造できない、高分子化合物で構成された容器だった。

 

「何も表示が――」

 

 容器の表示を見ていた時、警報音が格納庫に響く。

 そして、この音をダークは知っていた。

 

「エレベーター……!」

 

 昇降機が作動する音だった。階層間を効率良く移動させる古代文明の機械製品。それが突如稼働し始めた。

 だが、昇降機はダークが居る格納庫の階で作動した訳では無かった。

 

「…………!?」

 

 ダークはエレベーターの方向へライトボウガンを構えた。

 現在位置を示す階層の記号が、LEDの光で浮かび上がる。

 

―― B5 B4 B3 B2 B1 1F ――

 

 LEDはB4を指していた。ダークはエレベーターの扉の近くの表示を見る。暗闇に慣れた目が、『1F』という文字を捉えた。

 この格納庫は地表に出ている。つまり、1階を示す古代語である『1F』がこの場所であった。

 LEDは次にB3を指した。もうこの時点で、ダークはエレベーターのドアの横へ隠れていた。

 

 何者かがここへ向かっている。

 

 B2。ダークはボウガンのコッキングレバーを引き、薬室に弾を装填した。

 B1。引き金に指を置いた。

 1F。

 

「動くな!」

 

 エレベーターから歩み出てきた人影に、ダークは銃口を向けた。

 その者は驚く声も上げずに、その場に固まる。

 

「武器を捨てろ」

 

 暗い部屋でも視認できるほど、全身が真っ白の金属に覆われた二足で歩く異形の者。

 その右手には、ダークですら知らない銃が握られていた。

 

「武器を捨てろと言っている」

 

 ダークの命令に白い異形は動じず、武器は握られたままだ。

 従わない異形に向かって、ダークは再び叫ぶ。

 

「Drop the gun!」

 

 古代語で『銃を捨てろ』という命令。

 だが、異形はそれでも従わなかった。その態度を見て、ダークは銃口を頭部の左、こめかみと思わしき場所に接触させる。

 

「This is your final warning! Throw your weapons on the ground!」

 

 最後の警告は、決裂で終わった。

 白い異形はダークのボウガンを左手で払い除け、出口に向かって走り始めたのだ。

 

「Freeze! Don't move!」

 

 もはやその警告が意味を成さないことを把握しつつも、ダークは発砲した。

 白い異形の左肩に命中した貫通弾が、火花を散らして弾かれる。

 出口に到達し、日の光に晒された異形の姿を見て、ダークは戦慄した。

 

「強化装甲服!?……『ミラ』か!?」

 

 ミラと呼ばれた強化装甲服は、自身が外に出る隙間があるにも関わらず、最短ルートで格納庫の扉を一撃のパンチで吹き飛ばした。その威力は、扉どころか周囲に生えている龍結晶さえも根こそぎ吹き飛ばす程だった。

 現大陸で事前に収集した古代兵器に関するデータ。そして『生存者』から直接聞いた情報に存在した、古代の防具。

 残されていた情報は極めて少ない。ミラの性能は『生存者』すら把握していなかった程の極秘情報だったのだ。

 だが確実に言えることは、古代文明を滅ぼし、世界を造り変えたと伝えられている『ミラボレアス』『ミラバルカン』『ミラルーツ』。伝説の龍に共通する『ミラ』の名前は、あの強化装甲服こそが正統な持ち主なのだ。

 世界を終わらせる力を持つ古代の防具の製品名が、時代と共に禁忌の古龍の名前へと変わっていった。それが不自然な事ではないほどの性能を持つ古代兵器なのだ。

 

「世界が終わる日か……!」

 

 世界が終わる日。『生存者』が語った強化装甲服の比喩は、実物を見たダークにとって誇張とは思えなかった。

 全身を覆う重装甲、ダークですら反応できなかった瞬発力、一発で分厚い鋼鉄の扉を吹き飛ばすパワー。

 格納庫に残されていた痕跡は、ネルギガンテが単独で『ミラ』に挑んだ時のものだったのだろう。しかし、何度戦っても勝ち目が無ければ、新大陸から古龍や調査団を何としてでも逃がそうとする心情は理解できる。

 

「…………」

 

 ダークは覚悟を決めた。新大陸で想定される最悪の事態が発生してしまった以上、ギルドナイツが運んできた『例の物』を使わざるを得ないことに。

 最終任務は古代兵器『ミラ』の無力化、並びに武装解除。不可能であれば、その破壊。

 黒き闇と白き亡霊が、始動した。




【解説】

・龍結晶
正式名称で龍脈石と呼ばれる鉱石。
大型モンスターの体内から稀に採取できる「宝玉」と性質が酷似しており、龍属性エネルギーに極めて強い反応を示す。
新大陸で息絶えた古龍はいずれこの鉱石へ変質すると推測されているが、発見されている龍脈石は全て純度の高いものばかりであり、変質途中の鉱石は一切発見されていない。
また、龍結晶の地では青く光るものと黒くくすんだ色の二種類の龍脈石が確認されているが、性質の違いに関しては調査が進んでいない。

・信号弾
大部隊で行動する際、司令官の命令を即座に全体へ伝えるために使用されるもの。
かつては色の着いた光を長時間放つことができなかったために狼煙を用いていたのだが、煙を発生させるまでに時間を要するために開発された経緯を持つ。
現大陸で既に実用化されており、新大陸でも二期団の就任と同時に配備が進められた。

・可変武器
主にスラッシュアックスとチャージアックスを示す呼称。
変形する武器はガンランスやヘビィボウガンも該当するが、「武器の性質を変化させる事が可能」な物を可変武器と呼んでいる。
二種類の形態を持つ故に、ハンターは両方の形態の知識と技量を習得しなければならず、使いこなすには長い訓練を必要とする。
また、変形機構が構造を複雑にしてしまうため、日頃の入念なメンテナンスを必要とする上に修理にも熟練した職人の腕を要求する。
戦術の幅が大きく広がる武器ではあるが、運用面で改善の余地がある武器種でもある。


・黒い撃龍船
ギルドナイツの管轄に置かれた新造船。
機密情報のため詳細は不明だが、船体はもちろん配備されている兵器や備品類も全て最新鋭の船である。
船員もギルドナイツの精鋭であり、その戦闘能力は非常に高い。


























































・『例の物』
アクセス権限がありません。
認証には暗号名、生体認証、起動キーが必要です。


・『ミラ』
全データのクラッシュを確認。
意図的に情報が破壊された可能性あり。
推定クラッシュ時刻……約8000年前

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