「そっちはどうだ?」
ダークがリオレイアの翼の傷を処置している調査班リーダーへ訪ねた。
クシャルダオラの居場所を察知させるために負傷して飛べなくなったリオレイアを尾行するのが本来の作戦だったが、事態は大きく変わってしまった。
リオレウスと戦闘になった場合は撤退することを覚悟した一行だが、この状況は良しとするべきだろう。リオレイアだけでなく、リオレウスからも攻撃される心配が無くなったのは非常に大きな進展だった。見つからないように警戒する必要もない上に、至近距離であれば些細な様子の変化にも気付けるからだ。
これから傷を癒すために巣へ帰ろうとするリオレイアに助力するため、2人と1匹は応急処置に取り掛かっていた。
罠師が集めてきた薬草を細いツタで縛るという応急処置は手際よく進んだ。マヒダケの胞子を極僅かに混ぜれば鎮痛効果があるという罠師の指南によって、リオレイアは痛みで暴れることがなかったこともある。
作業のついでに、ダークは念のため全身の傷を一つずつ確認した。もしリオレイアがこのエリアで身動きが取れなくなった原因がクシャルダオラにあれば、それに由来する傷があるはずである。
リオレイアの周りを一周したダークだが、傷はどれもアンジャナフの攻撃によるものであった。
クシャルダオラが放つ疾風。その攻撃の特徴である曲線を描く傷は全く無い。
「処置終了」
飛べないリオレイアは徒歩で巣へ帰るしかない。その途中の中層エリアには下層のように大きく広いフロアはほとんど無く、逆に細く狭い通路が複雑に絡み合っている。まるで迷路のような古代樹の内部にクシャルダオラが潜んでいるとなれば、アンジャナフよりは嗅覚が劣るが視覚と聴覚で上回る火竜の番いが途中で存在を察知する可能性は大きい。
「こっちもすぐ終わる。ちょっと待ってくれ」
調査班リーダーは当初、アンジャナフがリオレイアを捕食するために襲っていたのだと思っていた。しかし急所となる部分はほとんど無傷であり、傷は大きかったが深くはない。頑丈な鱗と甲殻のためとも言えるが、脚や翼膜など致命傷にならない部分への攻撃が主だったことを考えると、アンジャナフに殺意は無く縄張りから出ていかないことに怒っての攻撃だったのかもしれない。
「アンジャナフには悪いことをしたかな?」
「殴られるまでやめない方が悪い」
調査班リーダーの軽口をダークはバッサリと切り捨てた。
応急処置で傷からの出血は止まったが、特に左脚部の痛みがリオレイアの歩行を困難にしていた。マヒダケの麻酔効果でも完全に痛みは引いていない様子である。これ以上麻酔を投与してしまうと脚が動かなくなってしまうため、今は我慢するしかない。
「さて……問題はここからだな」
ダークは独り言ちた。
ここからは徒歩でリオレイアと共に頂上近くの巣へ行かなければならない。そして、万が一クシャルダオラと遭遇した場合は今度こそ本格的な戦闘になるだろう。まだ太陽は高い位置にあるはずだが、古代樹の内部はどこも薄暗い。下手をすると至近距離での遭遇戦になる可能性もある。
「我はいつでもいいぞ」
「罠師さんは踏まれないように気を付けて」
ダークは古代樹の頂上へ向かうルートである傾斜を上り始めた。リオレイアにも移動することを伝えるため大きく腕を振って手招きのジェスチャーを行い、それを見たリオレイアはぎこちないながら続いた。リオレウスも飛翔し、ここへ降り立った場所から外へ移動した。上空を旋回しながらこちらの様子を見てくれている。地上と上空に警戒網が敷かれた形になった。
「暗号名を持つハンターか……」
調査班リーダーが呟いた。
調査団にとってモンスターと意思疎通を図ることはそれほど珍しい事ではない。テトルーと同盟関係にあるジャグラスやその群れのリーダーであるドスジャグラス。そして罠師が属するテトルーも、研究者からすれば立派なモンスターである。
そんな彼らと今の友好関係を築けたのはかつての一期団のメンバー達のおかげだろう。
拠点:アステラがまだ形すら無かった頃、その場所は当然モンスター達の縄張りであった。もし一期団がその土地に居たモンスター達を根絶やしにしていたらと考えただけで調査班リーダーは寒気がした。ジャグラスやドスジャグラスはもちろん、もしかしたらテトルー達とも敵対関係になっていたかもしれないのだ。
無論、全てが順調に進んだわけではない。時にはテトルー達と土地を巡る小競り合いがあったという記録も存在する。
だが、一期団は武器を抜かなかったのだ。
それと同じことをダークはこの場で咄嗟にやったのである。しかも相手は肉食竜の火竜である。言葉である程度の意思疎通が出来るテトルーやジャグラスとは訳が違う。種族も大きさも、生態も全く違う相手と意思疎通を行うのは討伐してしまうことよりも遥かに危険で、そして難しいことだろう。
「こっちのルートなら通れそうだな」
アンジャナフと勝負したエリアから伸びている斜面を登りきると、こちらを上空から監視しているリオレウスが見える開放的な場所が広がっていた。真正面にはツタに覆われた壁のような崖がある。ハンターであれば簡単に登っていける地形だが、飛ぶことが出来ないリオレイアにとっては行き止まりだろう。
一方、崖の右手には上へ登っていける遠回りの斜面があった。広さもリオレイアが通るには十分にある。
「気を付けてくれ。今は確認されていないが、この辺りをトビカガチが寝床にしている時がある」
飛雷竜:トビカガチ。調査班リーダーが警戒するこの牙竜種は調査団に大人気のモンスターであった。
ジャグラスと同じく雑食性のトビカガチは、魚や果実、小型の環境生物を主な食料としている。餌が豊富な古代樹で空腹とは無縁の生態故か、非常に人懐っこい上に好奇心旺盛な性格であり、現地の調査員の後ろに付いてくるのは珍しいことではない。ハンターはもちろん、研究者や食材調達係からも襲われたという報告は皆無である。
調査班リーダーの注意喚起は、別の意味でトビカガチが脅威だからだ。
好奇心が旺盛であるということは、イタズラ好きということでもある。食料調達係が集めた木の実が少なくなっていたり、釣った魚が消えていることが稀にあるのだ。
他のモンスターにちょっかいをかけることも多いトビカガチに遭遇すると色々と面倒になる。
「居ないようだ」
「こちらにもおらぬぞ」
先行していたダークと罠師が調査班リーダーへ手で合図を出す。ひとまずこのエリアは安全なようだ。
「道が二つあるな」
先ほどの崖の上に出るルートとは別に、古代樹の内部へ入り込む狭い道があった。ダークは頭の中に記憶している古代樹の構造を思い出す。入り組んでいるが、頂上へ行くには比較的近い道である。
「その道はやめた方が良いぞ。狭い上に段差が激しい故、我らでもあまり使わない道だ」
罠師がダークへ忠告する。
「こっちの道は前回の探索で調べたのか?」
「ああ、普段はアンジャナフが寝床に使うエリアだ。ヤツが古代樹にしばらく滞在しているということは、向こうにクシャルダオラがいる可能性は無いだろう」
ダークはリオレイアを見た。何かに気付いた様子もなくダークを不思議そうに見ている。上空のリオレウスにも変化はない。
「らしいな。先を急ごう」
一行は木の幹が洞窟の形を作っているルートへ歩を進めた。右側から太陽光が差し込み、その中は明るい雰囲気である。そして左側はつい先ほどアンジャナフと戦ったエリアを見下ろせる吹き抜けだ。
「岩がツタに絡まっているのか?」
高い部分には上層から落ちてきたと思われる岩がツタに絡め取られ、宙吊り状態になっている。
現在は巨大に成長した古代樹だが、当然昔は小さかっただろう。その時一緒に掬い上げられた地面や岩石が残っていると考えれば、木の上部や中層に岩石があることは説明がつく。
地形や環境を隅から隅まで観察しているダークへ、不意に調査班リーダーが声を掛けた。
「本当にクシャルダオラが居ると思うか?」
その言葉に、ダークは怪訝な顔で聞き返した。
「古代樹にクシャルダオラが居る、というのは調査団全体の意見だろう?」
調査班リーダーはダークの返答が真っ当なものだと思いつつ、古代樹が置かれている状況の不自然さを肌で感じているようだった。
「だがいくら何でも静かすぎる。ここに居る火竜もまるで危機感というか……近くに古龍なんていない、という態度じゃないか」
その意見にダークは思考した。二人の人間の空気が変わったことを感じてか、リオレイアが二人の顔を伺う。ダークはその首筋を撫でて落ち着かせながら一つの仮説を立てた。
「逆に『クシャルダオラがこの地に潜伏する必要がある』と考えた場合、心当たりはあるか?」
逆転の発想。物事の推理には有効な方法であるが、調査班リーダーはそれでも思い当たることが無いので返答に詰まった。
「報告書にあったが、ソードマスターとテオ・テスカトル、そしてクシャルダオラは現大陸で何度も戦った宿敵同士だそうだな」
ダークが語り始めたことは、かつて新大陸への調査団派遣が決定するよりも前のことだった。今の五期団達と同じぐらいの年齢だったソードマスターは、剣の達人として古龍と対等以上に戦える数少ないハンターの一人だった。
天才的な剣の腕で名を馳せた彼が、現在は後継となるハンターの教育へ力を入れているということは現大陸のハンターでも有名である。
老齢のためとも言える仕事内容だが、現在でもその実力は衰えるどころか、むしろ歳を重ねたことで冷静さと集中力・忍耐力は鋭さを増し、かつての全盛期と変わらないと評価する者までいるのだ。
「因縁に決着を付ける、ということか?」
「この新大陸で人間が住み着いている拠点がアステラと三期団の研究基地のみとなれば、そのどちらかにソードマスターが腰を下ろしていることは容易に想像がつくだろう」
古代樹の上層に繋がる道へダークは歩き始めた。通過するルートの想定を行いつつも、仮説を組み上げていく。
「それと現大陸の学者も言っていたことだが、古龍が新大陸を目指す理由、分かるか?」
「ああ、なんとなく察しはつくさ」
「過去に渡りが観測された古龍は大半が老齢の個体だ。寿命が近い……まあ人間から見ればまだまだ健在だが、それらが新大陸へ向かう理由の仮説は二つある」
調査班リーダーはアステラの学者の説を思い出す。
「ひとつ目は古龍達が故郷へ帰ろうとしていること」
「もうひとつは悠久の時を経て力を付けた古龍が、さらなる力を得るため?」
それは過去の観測から導き出された仮説だった。
古龍渡りを行う個体の大半が老齢であることは既知の事実である。つい最近でも『シャガル・マガラ』という古龍に帰巣本能があることが観測された。他の古龍達にも同じような習性があるのでは、と考える学者は多いようだ。
そして、別の理由として考えられるのは――
「古龍が新大陸へ向かう理由が『新たな力を得るため』だとすれば答えは単純だ。クシャルダオラはより強力な能力を得て、ソードマスターとテオ・テスカトルと決着を付けたがってるのでは?」
「好敵手同士、寿命で死んでしまう前にということか……」
ダーク達は古代樹の中層部分、他では見られない特徴を持った螺旋状の地形があるエリアへ到着した。
そしてここは四期団の探索によって最後のクシャルダオラの痕跡が発見された場所でもある。
「この辺りで最後のものが発見されたのか?」
螺旋の最も下の階層でキノコを食していたモスが、ダークの後ろにいるリオレイアの姿を見て一目散に逃げて行った。ちょうどその時上空から見えなくなったからか、吹き抜けの頂上からリオレウスが顔だけを出してこちらを見下ろしていた。
「ああ、ちょうどさっきモスがいたところがそうだ」
キノコが生えている以外何も無いところに痕跡があった、というのがダークには引っかかった。
記録によれば、足跡はダークが向いている ――つまり行き止まりの方向を向いていたという。
「痕跡は消えてしまったようだな」
「ここはキノコが生えやすい場所で知られてるからな。モスがキノコを食べに来れば痕跡も踏まれて消えてしまうさ」
ダークは他に残されている痕跡が無いか辺りを調べていたが、ここにも手掛かりは無かった。二人が身に着けている導虫のコロニーにも反応は無い。
「上を探してみてはどうか?」
上層の土から染み出た雨水によって形成される水たまりを避けるために、調査班リーダーの肩の上に乗っていた罠師が提案する。
「ちょうどこのエリアの真上辺りが火竜達の巣なんだろう?クシャルダオラが居る気配は全く無いな」
「しかし……他のフィールドへ移動したとは思えない」
ダークと調査班リーダーは上階へ伸びる螺旋状の通路を歩きながら議論していた。
古代樹の森は調査団で最も調査が進んでいるフィールドである。内部構造は原住民である虫かご族やその協力者であるジャグラスによって概ね把握されているし、その周辺は拠点アステラや三期団の研究所、他にも多数のキャンプが存在する。これらによって古龍はもちろん一般の大型モンスターの動向も常に監視されている。
しかも最初にクシャルダオラの痕跡が発見された段階で対空監視は交代で常時行われている。二つ目に発見された痕跡がその期間中に残されている事を考えると、物的証拠ではまだ古代樹の中にいるはずなのだ。
普段よりも強化された監視体制のなか、誰にも悟られることなく離脱するのはいくら古龍でも不可能なことだと思えた。真夜中に監視の目を逃れたとしても、各地のモンスター達が動きを見せるはずである。
「……認めたくは無いが、クシャルダオラは何らかの方法でこのフィールドを離脱したと考えるしかなさそうだな」
調査班リーダーは安堵とも無念とも取れる表情で言った。
自身が率いる調査班の監視体制は万全だと確信していただけに、クシャルダオラを見失ってしまったことは監視体制に改善の余地があることを示していたからだ。
一方で、クシャルダオラと正面から戦う危険が無くなったことでもある。
「では女王様を送り届けて俺たちも帰還するとしようか!」
肩を撫でおろした調査班リーダーが、気を取り直して言った。
ちょうどこのエリアの東側には、はっきりと古代樹の外側が見える大きな空洞が存在する。枝葉に隠れて見えづらいが、最上階からはアステラの港も見える。
ダークが背を伸ばして港を見ると、最後の五期団船の受け入れ作業を行っている様子であった。本来の予定よりも早く進んでいる。
「ああ、受付嬢も俺を探しているだろうからな」
ダークは何も言わずに置いてきてしまった受付嬢が今頃どんなに慌てているか想像した。アステラでは念のために古龍迎撃準備が行われているはずだが、彼女は『相棒』無しできちんとやっているのだろうか?
「宴が我らを待っているぞ!」
罠師が待ちに待った時間が近づいていることで、興奮気味に言った。
それと同時に、いつの間にか外へ出ていたリオレウスがこのエリアへ入ってくる。一度リオレイアの元へ降りて互いに顔を擦り合わせると、再び外へ飛び立って行った。このエリアの周りを旋回し、外敵を監視しているようである。古龍のような強力な外敵を見つけた様子は全く無い。
「向こうは……虫かご族の住処に登れる細道か」
ダークが見つめている先は、細い枝やツタが足場を形成している非常に不安定なエリアだった。小型モンスターですら脚を踏み抜いてしまいそうなほどに脆い地形は狭く暗く、リオレウスですら容易に近付けない。それが理由でキャンプも設営されているのだが、そのエリアにクシャルダオラがいる可能性はゼロだろう。
しかし、もはや探す場所がそこしか無くなっている故に、ダークは下見も兼ねて寄り道をしようと思った。
「ちょっと寄り道をしたいんだが、いいか?」
「もちろんさ。少し暗い場所だが景色はなかなかだぜ。キャンプもあるしな」
カンの良い調査班リーダーはダークの考えを見抜いたようで、返事は早かった。
「頂上で落ち合おう」
右手を上げた軽い挨拶に、調査班リーダーと罠師が同じようにして答える。
離れていく青年の背中をリオレイアは静かに見ていた。ダークが単独行動を取ったのは、リオレイアが調査班リーダーと罠師も信頼できる相手だと認識してくれたと判断したからだ。
ダークは細い木々を潜り抜け、鬱蒼としたエリアに入った。新大陸の調査報告書の内容通り、この場所は土や石ではなく絡み合った植物が地面となっていた。
人間やテトルーが歩くには十分な強度があるようだが、それらより重いモンスターは踏み抜いて落下してしまうだろう。このエリアに生えている木の実をテトルーに採取してもらっているジャグラスの生態はかなり効率的だとダークは思った。
「あそこがキャンプか・・・」
そのエリアのやや高い場所、他の部分より強靭な枝がまとまっている部位に、調査団の紋章が描かれているキャンプが見えた。
新大陸のキャンプには必ず1人宿直の者が滞在し、大型モンスターの動向を監視したり保存が効く食料や薬品を集めて備蓄する仕事をしている。だがこのキャンプの担当は五期団受入れの人手確保に駆り出されているようで、中は無人であった。
しかし、キャンプの中に残されていた保存食やお茶はほとんど劣化しておらず、今日の朝まで人が居た様子である。
「『深夜:異常なし:アオキノコ3個、薬草5本採取』『朝:拠点より応援要請:五期団受入れのため、一時的に無人になる』……か。荒らされた跡も無いな」
テントの中にある簡易ベッドのすぐ横に、朝まで居たであろう宿直者の記録が残されていた。アステラで行方不明者に関する情報は無かったため、このメモを書いたハンターはクシャルダオラに襲われることも無く、今頃アステラで作業の真っ最中なのだろう。
キャンプ本体もクシャルダオラに襲撃された様子などは全く無いため、ダークは誰もいないテントの中で一人思考した。
今回の騒動はゾラ・マグダラオスの捕獲失敗の直後、僅かに残った物資をアステラへ収容する最中に始まった。
物資や人員、食料などを送り届ける役割を担当している『輸送班』は、人員を総動員しても輸送に時間が掛かっていた。ほとんど自然のまま、獣道と言ってもいい陸路は物資の運搬には最悪の相性だっただろう。
また、ここが未知の新大陸であることも影響した。どんな些細なことでも拠点の外では護衛が必要になる。それが作業を大幅に遅らせた。捕獲失敗の知らせが現大陸へ届き、五期団が編成され派遣されるまでの長い時間でも終わらなかったほどである。いかに物資の輸送が不便であったのかを物語っている。
クシャルダオラはその撤収・収容作業が始まった時期から五期団が到着した現在までの長い期間中に間違いなくこの古代樹に入っている。現在はどこに居るのか見当も付かないが、痕跡は正真正銘クシャルダオラのものだと研究者は結論を出した。無論、ダークもそれは疑っていない。
痕跡が発生した時間が研究班の推定通りであれば、クシャルダオラは古代樹の下層から入り徐々に中層へと登ってくるようなルートを取ったことになる。
そして、四期団の大規模な捜索があったにも拘わらず姿形も見せていない。そして、痕跡のルートを辿ればそのまま上層である火竜の巣へ辿り着くはずである。
だが、火竜の番いは健在だ。リオレイアはアンジャナフとの戦闘で負傷したが、先ほどの応急処置でそれ以外の外傷は全く無い。つまり、リオレイアもリオレウスもクシャルダオラとは遭遇していないということだ。
「古代樹の最下層か……?」
ダークは先ほど調査班リーダーと交わした会話、クシャルダオラがソードマスターとの決着を望んでいるという可能性は無いと断定した。
理由としてはありえそうだが、それならわざわざ古代樹に潜伏する意味が無い。直接アステラに不意打ちを掛ければいいだけの事だ。
痕跡を残し、数週間にも渡って留まり続けてしまうのは「見つけて下さい」と言わんばかりの――――
「…………!!!」
ダークに緊張が走った。
今回の騒動、自身も含めて新大陸調査団全員が前提から勘違いを起こしていたと理解した時、ダークは全速で火竜の巣へ向かっていた。その最中、頭の中で独立し漂っていた数々の謎が、全て線で繋がっていく。
クシャルダオラが姿を見せない理由、古代樹がいつもと変わらない平穏な理由、痕跡だけを残して留まり続けた理由、そして……なぜ古代樹へ来たのかという理由。
それら全てを、ダークは理解した。