『紅い河を下れ』 天涯Ⅳ   作:清夏

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「後悔」

「寂しいのか?」

 そう問いかける者があった。

「誰が、なんだって?」

 珊揮は、唇の端に薄笑いを引っ掛けて、顔を上げた。

 目の前には、漣浄のにやけた顔があった。

「戒莉が離れて仕事をしているんで、寂しいんだろう」

 これは、からかっているらしい。

 

 仕事の時には、いつも傍らに居るはずの戒莉が、そこに居ない。

 戒莉は今、章羊という馴染みの商人が奏に行く、その護衛に雇われている。珊揮は、その仕事を断り、戒莉は受けた。それだけのことだ。

 

「ああ、寂しいねえ」

 あっさりと、珊揮は認めてみせた。

「だったら、こっちの仕事を一緒にさせればよかったものを」

 珊揮の態度に肩すかしを食らったような心持ちで、漣淨は小さく溜息をついた。

「それは駄目だよ。お前さんとは一緒に仕事はさせたくないからねえ」

 意地が悪いのは、こちらの方だ。

「それは、それは。随分大切にしているんだな……しかし、ならばなおさら手元に置いておくべきじゃないか。ひとりで仕事をさせるなんて、心配だろう。なにせ、戒莉は血に弱い。あんたがいなかったら、大変だ」

 それは確かに、漣淨の言うとおりだ。

「いや、章羊の仕事は危険が全くなくてね。退屈なくらいだよ。だから戒莉が失神する心配がないんだよね。それに、一人でもないし」

「ああ、あの真佳とかいう。でも、あのワカモノに戒莉を守れるものかね」

 漣淨の記憶の中の真佳は、確かに動きは素早いが、剣の腕はそれほどではなかったはずだ。

「さてね」

 珊揮は、それだけ言うとニヤリと口をつぐんだ。

 漣淨は、珊揮の落ち着いた様子に、ぴんときた。

「他にも誰か付けてるのか? あきれたな、過保護にも程がある」

 護衛つきの杖身など、滑稽きわまりない。

 

 漣淨は、なんとも呪わしい体質を負った戒莉を思い遣った。

 一点のにごりもない美麗を、着慣れた上着のようにまとう姿が目に浮かぶ。

 珊揮があの杖身をいかに大切に守り育てているか、漣淨でなくとも分かる。

 今回の仕事に戒莉を加えなかったのも、それを念頭に置けば、簡単に珊揮の心の内が理解できる。

 漣淨が持ち込んだこの仕事は、血生ぐさ過ぎるのだ。それは戒莉のような人間でなくても、耐え難いほどだ。

「それにしても、戒莉にはいっそ杖身をやめさせた方がいいんじゃないのか」

 誰しもが思うことを、漣淨は口にする。

「本人にその気がないからねえ」

「それは甘いだろうよ」

「そうかねえ」

 珊揮はそう口にしながらも、漣淨の言うことなど意に介していないだろう。

 漣淨は軽く苛立つが、それを表に出すほど初心でもない。

「まあ、あんたがいいならいいが、戒莉にとってはどうなんだろうな」

 親切ごかしに言ってはみるが、所詮は他人事だ。

 そんな心の無い言葉に、珊揮の心は微塵も動きはしない。

「戒莉にとって何が良いかは、私やお前さんが決めることじゃないよ」

 口調はあくまでも柔らかいが、珊揮の目には明らかな拒絶がみて取れる。

 漣淨は、これ以上この話題を続けることは、無意味であると判断せざるを得なかった。

「まあ、後悔しないことを祈るよ。あんたも戒莉もね」

 

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