「寂しいのか?」
そう問いかける者があった。
「誰が、なんだって?」
珊揮は、唇の端に薄笑いを引っ掛けて、顔を上げた。
目の前には、漣浄のにやけた顔があった。
「戒莉が離れて仕事をしているんで、寂しいんだろう」
これは、からかっているらしい。
仕事の時には、いつも傍らに居るはずの戒莉が、そこに居ない。
戒莉は今、章羊という馴染みの商人が奏に行く、その護衛に雇われている。珊揮は、その仕事を断り、戒莉は受けた。それだけのことだ。
「ああ、寂しいねえ」
あっさりと、珊揮は認めてみせた。
「だったら、こっちの仕事を一緒にさせればよかったものを」
珊揮の態度に肩すかしを食らったような心持ちで、漣淨は小さく溜息をついた。
「それは駄目だよ。お前さんとは一緒に仕事はさせたくないからねえ」
意地が悪いのは、こちらの方だ。
「それは、それは。随分大切にしているんだな……しかし、ならばなおさら手元に置いておくべきじゃないか。ひとりで仕事をさせるなんて、心配だろう。なにせ、戒莉は血に弱い。あんたがいなかったら、大変だ」
それは確かに、漣淨の言うとおりだ。
「いや、章羊の仕事は危険が全くなくてね。退屈なくらいだよ。だから戒莉が失神する心配がないんだよね。それに、一人でもないし」
「ああ、あの真佳とかいう。でも、あのワカモノに戒莉を守れるものかね」
漣淨の記憶の中の真佳は、確かに動きは素早いが、剣の腕はそれほどではなかったはずだ。
「さてね」
珊揮は、それだけ言うとニヤリと口をつぐんだ。
漣淨は、珊揮の落ち着いた様子に、ぴんときた。
「他にも誰か付けてるのか? あきれたな、過保護にも程がある」
護衛つきの杖身など、滑稽きわまりない。
漣淨は、なんとも呪わしい体質を負った戒莉を思い遣った。
一点のにごりもない美麗を、着慣れた上着のようにまとう姿が目に浮かぶ。
珊揮があの杖身をいかに大切に守り育てているか、漣淨でなくとも分かる。
今回の仕事に戒莉を加えなかったのも、それを念頭に置けば、簡単に珊揮の心の内が理解できる。
漣淨が持ち込んだこの仕事は、血生ぐさ過ぎるのだ。それは戒莉のような人間でなくても、耐え難いほどだ。
「それにしても、戒莉にはいっそ杖身をやめさせた方がいいんじゃないのか」
誰しもが思うことを、漣淨は口にする。
「本人にその気がないからねえ」
「それは甘いだろうよ」
「そうかねえ」
珊揮はそう口にしながらも、漣淨の言うことなど意に介していないだろう。
漣淨は軽く苛立つが、それを表に出すほど初心でもない。
「まあ、あんたがいいならいいが、戒莉にとってはどうなんだろうな」
親切ごかしに言ってはみるが、所詮は他人事だ。
そんな心の無い言葉に、珊揮の心は微塵も動きはしない。
「戒莉にとって何が良いかは、私やお前さんが決めることじゃないよ」
口調はあくまでも柔らかいが、珊揮の目には明らかな拒絶がみて取れる。
漣淨は、これ以上この話題を続けることは、無意味であると判断せざるを得なかった。
「まあ、後悔しないことを祈るよ。あんたも戒莉もね」