「さて、どうしたものかな」
と、珊揮は漣淨に問いかけた。
漣淨は、もっともらしい顔を作り、重々しくこう応えた。
「ここまで痕跡が消えてしまっては、もう手の出しようがない」
つまり、この調査はここで終わりということだ。
「もちろん報酬は、約束どおりにするつもりだ。安心してくれ」
こんな話が、受け入れられるだろうか。もう、この件に関わるなと言われているのだ。
『戒莉なら、どうしただろうか』
そう珊揮は考えて、直ぐに口を開いた。
「ああ、ありがたいねえ。これで暫くは、ゆっくり休むことにするよ」
こんなことを、きっと戒莉は言わない。もしかしたら、何も言わないかもしれない。その沈黙と射抜くような視線が、漣淨をささやかに苦しめるくらいはしたかもしれない。
「そうしてくれ」
今、珊揮の目の前の漣淨は、うすく微笑むばかりで、特に堪えてはいない。
この場に戒莉が居れば面白かったのにと、珊揮は思ったが、そう思うのは一瞬で、直ぐにそれは否定した。
この男をわずかばかり傷つけるために、戒莉を傷つけるのは勿体無い。
「お疲れだったね。これで、ここから引き上げるよ」
珊揮は、嬉しげに英俊にそう告げた。
英俊は、それに対して異議をとなえず、頷いた。
ただ希央は、この仕事に対する感想のようなことをちらりとこぼした。
「あの男の仕事は、できればもうしたくないものだ」
「金になっていいけどねえ」
希央がそんなことを言うとは意外だと、珊揮は思いながらもそう言った。
「無駄骨折らされてる感があって、詰まらない」
希央がそう言う気持ちも、珊揮には分からなくもない。
漣淨は、人にものを頼むときにその真意を告げない。今回のことも、そうだ。漣淨は、殺戮の徒を捕らえようなどとは、最初から思っていなかったはずだ。
漣淨が珊揮たちに振った役割は、ただ目立つことだ。そうして、奴らに近づいていきさえすれば良かったのだ。直接に捕らえることは、望まれてはいなかったのだ。
近頃の雑な殺しを繰り返す集団と、何百年もの間密かに殺しを続けてきた集団は、別のものである。或いは、前者は後者からはみ出した者たちである。
最初の頃から、珊揮はこれに気付いていた。むしろ誰も口にしなかっただけで、みなが腹の中ではそう思っていたはずだ。
雑な集団が、密かに殺しをしてきた者達の元仲間であったならば、珊揮たちに捕らえられれば、幾百年と秘密であったことごとが明らかにされるだろう。その恐れがあると知れば、伝統的殺戮集団は、雑な奴らの口を徹底的に塞ごうとするだろう。
または雑な集団が、単に伝統的集団の偽者であったとしたら、同一の集団であると見なされることを由としない、或いは仕事の邪魔と考えた者があれば、やはり雑な集団は葬られる。
そう仕向ける為には、派手に雑な方を追いつめることが必要だったのだ。その役割を演じるために選ばれたのが、珊揮たちということになる。
「毒には毒を以って制す……ということだよ。合理的だと言えるね」
悪党なんぞ、こちらがわざわざ手を下すよりも互いに食いつぶさせればいいのだと、珊揮はカラカラと笑う。
「まあ、私はそれなりの報酬さえいただければ、それで充分ですけどね」
にっこりと、英俊はそう意見を添えた。