『紅い河を下れ』 天涯Ⅳ   作:清夏

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「いつか終わりを告げる」

 暫しの間、一花はポカンと宍道のなんとも奇妙な笑みを見入っていたが、何が合図だったのか、急にはっと我にかえった。

「つまんないっ」

 一花は、あきれたと言う顔をして一言。そう棄て吐くと、立ち上がって天幕へと大股に歩いて行った。

 

 ぱちりと、火の粒が跳ねた。

「あんたも寝ろ」

 これで戯言は、お仕舞だと宣言している。

「じゃあ、休ませてもらうかな。明日も早いから」

 宍道は、ゆっくりと立ち上がり、体についた砂を払う。もったいぶった儀式のように。

「じゃあね。また明日」

 かるく手を振り、去っていく宍道の背中に、戒莉は安堵のような溜息を落とした。

 これ以上、会話を続けらる体力と気力を、戒莉は持ち合わせていなかった。ここで一花や宍道が引き上げてくれたのは、正直ありがたかった。

 

 戒莉は、なぜ自分がここに起きてきたのか、目的を思い出した。

 見張りだ。今は、見張りだ。

 心にそう言い聞かせるが、空気はどうしようもなく間延びした姿で横たわっているばかりだ。

 なんという平和。

 音もなく、光もなく、ただ闇の色をしているだけで、何の危険も感じさせない風景。

 なぜに、ここまでに何も起きないのだろうか。

 まるで何かに守られているかのようだ。

 

 ふいに、以前珊揮が話していた昇山のことが、ぶくぶくと戒莉の内で浮上してきた。

 人々は、王となるべく黄海を渡り、蓬山に向かうのだという。蓬山には麒麟がいて、黄海を無事に渡りきった者達が王か否かを見極めるのだと。

 これを聞いた時に、麒麟というのは随分と怠慢な生き物だと、戒莉は思った。

 黄海は、妖魔、妖獣の巣窟のようなところだ。そんなところを旅すれば、命を落とす者もいる。そこを生き残ってこその王なのかもしれないが、その仕組みは民をいたづらに減らすだけではないだろうか。そして、間違って王が死んでしまったら、どうするつもりだと。

 麒麟ならば、黄海などひとっ飛びで、自分で王を探しに行けばいい。

 戒莉は、それらを胸の内にたたんでおくような性分ではない。当然、珊揮にそうぶちまけた。

 珊揮は、なるほどなるとほどと、いちいち頷きながら戒莉の話をひと通り聞いていた。そしてその後で、こんな話をした。

 王となるべき者が黄海を旅する時、その道中は、そうでない者と比べると楽であるらしい。まるで何かに守られているかのように。

 だが、と珊揮は付け加えた。完全なる庇護が保障されているという訳ではない。うっかりすれば、王となる前に、その雛は命をなくすこともあるのだと。

 王に選ばれる前に、民が黄海を旅することにも何か意味があるのかもしれないし、全く無意味であるのかもしれない。

 

 

 

 世界は、完璧に出来ているわけではない。と、いうことだ。

 

 

 

 

 

 この平和も、跡形も無く消え去ってしまうのかもしれない。いや、いつかこれは終わりを告げる。章羊が持っている怖ろしいほどの強運が、戒莉には永遠に続くとは思えなかった。

 

 

 静かな空気を戒莉は肺いっぱいに吸い込み、ひといきで吐き出した。

 その行為で、平和は違うものへと変質したかのようだった。

 

 

 

 

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