『紅い河を下れ』 天涯Ⅳ   作:清夏

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『血の匂い』

 

 

 

 ともあれ、戒莉は白い衫に水色の袍という、いかにも涼しげな組み合わせを身にまとうことになった。袍には同色の糸で流水文様が縫いつけられている。

 交換条件をのまなかったとはいえ、それを着る義理はなかったが、戒莉は抵抗するのも面倒になっていた。

 いつもに増して、周囲の視線が強くまとわりついているのを気にしながらも、戒莉はただ前を見て、騎乗の人となっていた。

 漢将が声をかけてくるが、戒莉は生返事でやり過ごした。

 

 

 

 間もなく、奏だ。

 今の十二の国の中で、最も息の長い王朝を誇る国だ。

 この国の人々は、きっと幸せなのだろう。と、誰もが思う。

 奏でも、不幸な人は居るだろう。もしかしたら、飢えて死ぬ者もいるかもしれない。しかし、他の荒れている国に比べれば、はるかに幸福な者は多いはずだ。

 かつては戒莉もそう自然に思っていた。

 けれど、人と比べて幸せでも、当人にはそうでないこともあるのだと、今は思う。

 人はいろいろで、幸福の形も、不幸の色艶も、いろいろなのだ。

 

 ともかく、奏にたどりつけば、この旅ももう終点が間近だ。

 そうしたら、雇い主から報酬を受け取って、雁に帰る。そして、少し休んで、また次の仕事を決めて、旅に出る。いつもと同じ、その繰り返しのはずだ。

 血の匂いは、今は遠ざかっている。このまま、穏やかに生きていけるのかもしれないと、思ってもいないことを戒莉は考えてみる。

 やはり、それは戒莉にとっての幸福ではない。

 しかし、それを阻むものもある。

 

 血だ。これから、戒莉は逃れることはできない。

 この呪わしい体質を、改善できるものなら、そうしたい。戒莉が、それを願わぬ時はなかった。

 宍道は、戒莉をこの状況から救うと言った。

 まさか、と戒莉は思う。

 あの宍道という男にできるはずがない。

 あの匂い。血の臭いは、どうにも耐えられない。

「臭い……」

 戒莉は、ふとそれを口にした。

 なぜ、臭いなのだろうか。

 戒莉は、今まで自分が斬ったものから流れ出る赤い血の色を見て、気分が悪くなっているのだと、なんとなく思っていた。

 それが今、自分は『血の臭い』がだめなのだと、感じていた。

 失神の原因が、視覚的なことではなく、臭覚的であるというのは、何を意味するのだろう。

 戒莉の頭は、あまり長く考えることには向かない。そんな自分を叱咤し、戒莉は『考えろ、考えろ』と命じた。

 深く、もっと深く、戒莉は自らの思考の底を探った。

 戒莉は、なかなかそこに辿りつけなかった。

 

 

「戒莉」

 優しげな声が、戒莉の思索を遮った。

 戒莉は、それを無視しようかと思ったが、それができる相手でもなかった。

「なんだ?」

 できるだけ、突き放すような口調で言ってみた。だが、宍道はそれを意に介さずニコニコと近づいてくる。

「この間の話、考えてくれたかな?」

「俺、あんたと何か、話してたか?」

 戒莉は、不機嫌に首を傾げた。

「ほら、僕の仲間になるって話だよ」

 

 

 

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