ともあれ、戒莉は白い衫に水色の袍という、いかにも涼しげな組み合わせを身にまとうことになった。袍には同色の糸で流水文様が縫いつけられている。
交換条件をのまなかったとはいえ、それを着る義理はなかったが、戒莉は抵抗するのも面倒になっていた。
いつもに増して、周囲の視線が強くまとわりついているのを気にしながらも、戒莉はただ前を見て、騎乗の人となっていた。
漢将が声をかけてくるが、戒莉は生返事でやり過ごした。
間もなく、奏だ。
今の十二の国の中で、最も息の長い王朝を誇る国だ。
この国の人々は、きっと幸せなのだろう。と、誰もが思う。
奏でも、不幸な人は居るだろう。もしかしたら、飢えて死ぬ者もいるかもしれない。しかし、他の荒れている国に比べれば、はるかに幸福な者は多いはずだ。
かつては戒莉もそう自然に思っていた。
けれど、人と比べて幸せでも、当人にはそうでないこともあるのだと、今は思う。
人はいろいろで、幸福の形も、不幸の色艶も、いろいろなのだ。
ともかく、奏にたどりつけば、この旅ももう終点が間近だ。
そうしたら、雇い主から報酬を受け取って、雁に帰る。そして、少し休んで、また次の仕事を決めて、旅に出る。いつもと同じ、その繰り返しのはずだ。
血の匂いは、今は遠ざかっている。このまま、穏やかに生きていけるのかもしれないと、思ってもいないことを戒莉は考えてみる。
やはり、それは戒莉にとっての幸福ではない。
しかし、それを阻むものもある。
血だ。これから、戒莉は逃れることはできない。
この呪わしい体質を、改善できるものなら、そうしたい。戒莉が、それを願わぬ時はなかった。
宍道は、戒莉をこの状況から救うと言った。
まさか、と戒莉は思う。
あの宍道という男にできるはずがない。
あの匂い。血の臭いは、どうにも耐えられない。
「臭い……」
戒莉は、ふとそれを口にした。
なぜ、臭いなのだろうか。
戒莉は、今まで自分が斬ったものから流れ出る赤い血の色を見て、気分が悪くなっているのだと、なんとなく思っていた。
それが今、自分は『血の臭い』がだめなのだと、感じていた。
失神の原因が、視覚的なことではなく、臭覚的であるというのは、何を意味するのだろう。
戒莉の頭は、あまり長く考えることには向かない。そんな自分を叱咤し、戒莉は『考えろ、考えろ』と命じた。
深く、もっと深く、戒莉は自らの思考の底を探った。
戒莉は、なかなかそこに辿りつけなかった。
「戒莉」
優しげな声が、戒莉の思索を遮った。
戒莉は、それを無視しようかと思ったが、それができる相手でもなかった。
「なんだ?」
できるだけ、突き放すような口調で言ってみた。だが、宍道はそれを意に介さずニコニコと近づいてくる。
「この間の話、考えてくれたかな?」
「俺、あんたと何か、話してたか?」
戒莉は、不機嫌に首を傾げた。
「ほら、僕の仲間になるって話だよ」