「少し、調べさせてもらいたい」
と、希央は切り出した。
英俊は、これ程に希央が食いついているのは珍しいものだと、内心意外だった。
「ああ、いいよ。金にはならないと思うけどね」
そう笑って、珊揮は希央のすることを許した。
今回の仕事は、たしかに後味の悪いものだった。
利用されて気持ちの良いはずがない。
英俊にもそういう感情が無いわけではなかったが、それにも増して、この仕事をさっさと切り上げてしまいたいという思いがあった。
「私は奏でしばらく休もうかと思ってるから、何か分かったらそちらに頼むよ」
珊揮は、そう言って笑った。
奏には、珊揮の愛人の一人がいたはずだ。
確か、詠礼とかいう。英俊は、記憶をたぐってその姿かたちを思い描いた。控えめで地味な形はしていたが、ひそやかな美しさを持っている。人妻であったのをわざわざ別れさせたとか何とか。
おそらく、その女の元にでも行くのだろうと英俊は考えたが、そうではないことに直ぐに気付いた。
戒莉だ。
戒莉が今雇われている章羊の隊の目的地が、奏だからだ。
珊揮は、戒莉にはとても甘い。いつも先回りして危険を取り去ったり、彼が傷つかないように配慮している。それが最近では、増しているような感がある。
珊揮が過保護になるのも、分からなくもない。
あの美しい容姿と、危なっかしい性格には、庇護欲をかき立てるものがある。
だが、英俊は珊揮があそこまで甘いのは、問題だと思う。
剣の腕は確かだ。あれ程の剣客は、そうはいない。だが、その後がよくない。
なんと、血に弱いのだ。
初めて、それを知ったときには、珊揮が戒莉を相棒になどするはずがないと思った。相棒どころではない。戒莉が剣客を続けることを、きっと珊揮は許さないだろうと思った。
戒莉は完璧な剣客である珊揮の、唯一と言って良い弱みになる。
英俊は、そう感じていた。
だが、未だに戒莉は依然として剣客であり、珊揮の相棒なのだ。
珊揮が戒莉を子供のように溺愛しようと、いっそ愛人にしてしまおうと、それはかまわなかった。しかし、相棒はいただけない。
「お前はどうする?」
呑気な調子で珊揮が、英俊に問いかけた。
「私も希央と一緒に調べますよ。しかたないですから」
英俊は、肩をすくめてみせた。
「気に入らなければ、俺に付き合う必要はない」
希央は心にもないことは言わない。
「いや、そんなことはないですよ」
対して、英俊は心にもないことを言う。
「お前は、戒莉を邪魔だと思っているだろう」
突然、希央がそんなことを言い出すとは、英俊は思いもよらなかった。
「そんなことは……」
これはさっき言ったばかりの言葉だと気付き、英俊は口をつぐんだ。
「まあ、いい」
希央はその話題を持ち出すのと同質の唐突さで、会話を打ち切った。
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奏で休暇を楽しむ珊揮の元に、英俊がやって来たのは、その一月後のことだった。
「どうぞ」
詠礼という、その女が茶を進めた。
無表情すぎず、笑いすぎず。控えめで、しかもそれが心地よい。
「いただきます」
英俊は、愛想よく軽く頭を下げ、それに口をつけた。なかなかに美味い。
英俊は、湯気の向こう側に、いかにも嬉しそうな顔で詠礼から茶を受け取る珊揮を、盗み見た。
珊揮を見る詠礼の眼差しには、英俊には向けられなかったものがこもっていた。
「さてと、詳しい話を聞こうかな」
珊揮がそう切り出すと、詠礼はすっと身を引き、これまた控えめな一礼を残して、扉の向こうに消えた。
よく、できている。むしろ出来すぎている。
「英俊にしては珍しいね。そんなに詠礼が気になるのかい?」
にやにやした顔の珊揮にそんなことを言われて、英俊は初めて、自分が随分しげしげと詠礼を見ていたことに気付いた。
「はあ、珍しいのはあなたの方ですよ。あんなに気のきいた人をそのままにしておくだなんて」
実は詠礼は、英俊が思っていたような珊揮の愛人ではなかったのだ。
いわゆる女中で、この家の炊事、洗濯、掃除などを頼んでいる女性にすぎなかった。という訳だ。
「ああ、彼女は私のようなロクデナシには勿体なくてね」
などと、珊揮は言ってのけた。
英俊は、心のうちでそれに頷いた。