『紅い河を下れ』 天涯Ⅳ   作:清夏

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『ろくでなし』

 「少し、調べさせてもらいたい」

 と、希央は切り出した。

 英俊は、これ程に希央が食いついているのは珍しいものだと、内心意外だった。

「ああ、いいよ。金にはならないと思うけどね」

 そう笑って、珊揮は希央のすることを許した。

 今回の仕事は、たしかに後味の悪いものだった。

 利用されて気持ちの良いはずがない。

 英俊にもそういう感情が無いわけではなかったが、それにも増して、この仕事をさっさと切り上げてしまいたいという思いがあった。

「私は奏でしばらく休もうかと思ってるから、何か分かったらそちらに頼むよ」

 珊揮は、そう言って笑った。

 

 

 奏には、珊揮の愛人の一人がいたはずだ。

 確か、詠礼とかいう。英俊は、記憶をたぐってその姿かたちを思い描いた。控えめで地味な形はしていたが、ひそやかな美しさを持っている。人妻であったのをわざわざ別れさせたとか何とか。

 おそらく、その女の元にでも行くのだろうと英俊は考えたが、そうではないことに直ぐに気付いた。

 

 戒莉だ。

 戒莉が今雇われている章羊の隊の目的地が、奏だからだ。

 珊揮は、戒莉にはとても甘い。いつも先回りして危険を取り去ったり、彼が傷つかないように配慮している。それが最近では、増しているような感がある。

 珊揮が過保護になるのも、分からなくもない。

 あの美しい容姿と、危なっかしい性格には、庇護欲をかき立てるものがある。

 だが、英俊は珊揮があそこまで甘いのは、問題だと思う。

 剣の腕は確かだ。あれ程の剣客は、そうはいない。だが、その後がよくない。

 なんと、血に弱いのだ。

 初めて、それを知ったときには、珊揮が戒莉を相棒になどするはずがないと思った。相棒どころではない。戒莉が剣客を続けることを、きっと珊揮は許さないだろうと思った。

 戒莉は完璧な剣客である珊揮の、唯一と言って良い弱みになる。

 英俊は、そう感じていた。

 だが、未だに戒莉は依然として剣客であり、珊揮の相棒なのだ。

 珊揮が戒莉を子供のように溺愛しようと、いっそ愛人にしてしまおうと、それはかまわなかった。しかし、相棒はいただけない。

 

 

「お前はどうする?」

 呑気な調子で珊揮が、英俊に問いかけた。

「私も希央と一緒に調べますよ。しかたないですから」

 英俊は、肩をすくめてみせた。

「気に入らなければ、俺に付き合う必要はない」

 希央は心にもないことは言わない。

「いや、そんなことはないですよ」

 対して、英俊は心にもないことを言う。

「お前は、戒莉を邪魔だと思っているだろう」

 突然、希央がそんなことを言い出すとは、英俊は思いもよらなかった。

「そんなことは……」

 これはさっき言ったばかりの言葉だと気付き、英俊は口をつぐんだ。

「まあ、いい」

 希央はその話題を持ち出すのと同質の唐突さで、会話を打ち切った。

 

 

 

 

 

 

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 奏で休暇を楽しむ珊揮の元に、英俊がやって来たのは、その一月後のことだった。

 

「どうぞ」

 詠礼という、その女が茶を進めた。

 無表情すぎず、笑いすぎず。控えめで、しかもそれが心地よい。

「いただきます」

 英俊は、愛想よく軽く頭を下げ、それに口をつけた。なかなかに美味い。

 英俊は、湯気の向こう側に、いかにも嬉しそうな顔で詠礼から茶を受け取る珊揮を、盗み見た。

 珊揮を見る詠礼の眼差しには、英俊には向けられなかったものがこもっていた。

「さてと、詳しい話を聞こうかな」

 珊揮がそう切り出すと、詠礼はすっと身を引き、これまた控えめな一礼を残して、扉の向こうに消えた。

 よく、できている。むしろ出来すぎている。

「英俊にしては珍しいね。そんなに詠礼が気になるのかい?」

 にやにやした顔の珊揮にそんなことを言われて、英俊は初めて、自分が随分しげしげと詠礼を見ていたことに気付いた。

「はあ、珍しいのはあなたの方ですよ。あんなに気のきいた人をそのままにしておくだなんて」

 実は詠礼は、英俊が思っていたような珊揮の愛人ではなかったのだ。

 いわゆる女中で、この家の炊事、洗濯、掃除などを頼んでいる女性にすぎなかった。という訳だ。

「ああ、彼女は私のようなロクデナシには勿体なくてね」

 などと、珊揮は言ってのけた。

 英俊は、心のうちでそれに頷いた。

 

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