香々の熱は、商隊が立った翌日には、嘘のように引いていた。
真佳は、やや拍子抜けした心持ちで、しかし香々の命に関わるようなことがなかったことを由とした。
熱が下がった後も、香々はウトウトと、昼も夜も暫くは半眠りのような状態が続いた。
そうして夜の空に光が差し、紫の雲が輝く頃のことだった。
香々が、突然目を開けると同時に、叫んだ。
「父さまっ」
その場にたまたま居合わせた真佳は、あまりに驚いたために座っていた椅子から落ちそうになった。
香々は、真佳が驚いているうちに、弾かれるように半身を起こし、寝台から転げ落ちそうな勢いを見せていた。
「ちょっ、と待て!」
焦りながら真佳は手を伸ばし、香々の肩を抑え、辛うじて香々を寝台に押し留めた。
香々は、はっと顔を上げて、真佳を初めて見た。顔が近い。
いつもは見ることが叶わぬ香々の紺碧の瞳が、涙の底に沈んでいる。
香々が明らかに落胆したような表情をしたのを、真佳は見逃さなかった。
おそらく香々が期待したのは、戒莉だ。何の根拠もなく、真佳はそう思った。
「……だれ?」
蜘蛛の糸のようにか細い声で、そう問われたとしても、真佳は何ら傷つくことはなかった。
「オレは、真佳だ。戒莉と一緒にいただろう」
戒莉の名を聞くと、それまでただびくびくと真佳を見ていた香々の細い目が、うっすらと光を取り戻した。
真佳の口元からは、安堵とも、落胆ともつかない溜息が落ちた。
真佳は、香々に、ここに居る経緯を簡単に説明した。
香々が熱を出したこと。章羊が香々を置いていくと決めたこと。そのために下女ひとりと、真佳がここに残ったこと。
香々は、はじめはそれを大人しく聞いている様子であったが、途中からきょろきょろと辺りを見回し、落ち着きを失い始めた。
「父さまは、母さまは、一花は、、、いないの? みんな、いないの?」
「少し先に行っただけだから、体がよくなれは直ぐに後から追いかければいいんだよ」
「だめ、ダメなの……だって、みんな、父さまが、あたし聞いたの……」
香々がこんなに喋るのは珍しい。しかし、それは支離滅裂で何を言いたいのか、真佳は全く理解ができなかった。
「香々、落ち着いて」
「いやっ、はやく追いかけてっ、はやく、はやく助けてっ」
香々は、真佳の腕を摑んだ。その力の強さに、真佳は痛みを感じた。思わず顔をしかめたが、真佳はそれをなんとか引っ込めて、香々に微笑みかけた。
「助けるって?」
自らの心の波立つのを感じながら、真佳はつとめて平静を保とうとした。
「父さまを」
香々から、それが零れ落ちた。
「父さまを助けて……」