『紅い河を下れ』 天涯Ⅳ   作:清夏

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『血炎』

 

 

 

 何が起きているのか、戒莉は総てを理解することはできなかった。だが、かなり状況が悪いことだけは、分かった。いや、これは悪いなんてものではない。

 ほとんどの者が、方義の酒に酔いつぶれている。いや、これは酔い潰されたのかもしれない。だとしたら、酔っていないのは、総て敵である可能性が高い。

―― 最悪だ

 

 

 あまりに勢い良く外へ飛び出したことに舌打ちをしながら、戒莉は周囲に警戒した。

 幸いなのか、外には敵らしきものが待ち構えてはいなかった。ただし、そこに安穏と留まることはできない。

 漢将は、天幕の中にいない戒莉を追って、すぐさま外に出てくるはずだ。

 戒莉は、漢将の姿を確認する前に、走った。

 わずかな篝火が燃えている。それは闇を否定するには至ってはいなかったが、少しだけ退ける役割を担っていた。

 そのゆらぐ光を頼りに、戒莉は章羊の天幕へと走った。

 雇い主と、その荷を守るのが戒莉の仕事だ。今、守るべき存在である章羊のもとに行くのは、戒莉にとって本能のようなものだった。

 とは言え、無防備に天幕に飛び込めば、待ち伏せをくらうことになるかもしれない。

 だが、躊躇しているわけにもいかない。戒莉は思い切って、勢い良く天幕を跳ね上げ、中へ踏み込んだ。

 

 

 方義がいた。

 足許には章羊の妻がこと切れて転がっている。

 そして、今まさに章羊の首が紐で締め上げられている。

 その紐は戒莉の髪を束ねている、それと同じものだ。

「方義っ」

 叫ぶ。

 方義がわずかにひるんだ処に、切り込む。方義は、すれすれでそれをかわしたが、章羊を締め上げる手元がゆるんだ。

 支えを失った章羊が、咳き込みながら倒れる。

 戒莉の心が、章羊の生存を祝福した。

 

 方義は剣を抜き様、戒莉に斬りかかる。商人とは思えぬ剣さばきだ。

 争いの中、灯明が倒れ、天幕に火がついた。

 方義は炎の広がるの見て、すぐさま天幕の外に飛び出す。

 戒莉は、はっとして章羊の腕を掴むと、外へ引きずりだした。

 

 天幕が勢いよく燃え上がり、辺りを照らし出した。

 方儀の剣が飛んでくるのが、はっきりと戒莉に見えた。

 剣と剣を合わせると力負けをしてはねとばされるだけだ。

 戒莉は、思い切って体勢を低くして、下から地をけって男の懐に飛び込んだ。相手の剣を右の天涯で受け、左で脇差しを抜く。

 ぱっと、血が飛んだ。戒莉の脇差しは方義の喉を切り、剣と剣がぶつかって飛んだ刃の欠片が戒莉の頬を斬った。

 絶命したのは方儀の方だった。おびただしい血が、炎のように燃え上がった。

 

 血の匂い。

 この旅で初めてかぐ鉄さびに似た匂いに、戒莉の視界がややぐらついた。

 

 ほっとひと息つく間も無く、新たな刃が迫ってきた。

 驚くが、ひるむことなく剣を受けとめる。

 と、剣と剣の間に散った火花の向こうに、宍道の顔が見えた。

 宍道は、怖ろしい速さを持つ太刀筋で、戒莉の内へと斬り込んでくる。

 

 章羊が、苦しげに戒莉は敵ではないと、気丈に叫んだ。

 だが、章羊の言葉にも関わらず、宍道は攻撃の手を緩めない。

 

「おまえ、方義の仲間か?!」

 戒莉の問いかけに、男は言葉で答える代わりに、にやりと笑った。

 

 

 

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